「静馬くん……いる?」
「いますけど、唐突に天井裏から覗いてくるの止めて貰えますか。本気で怖いんで」
天井の一部分を切り取ったように外し、そこから顔だけを覗かせ現れた楯無先輩。
音すらなくそっと出てくるものだから、完全にホラー映画状態。危うく悲鳴上げるところだったわ。
「あらら、ごめんなさいね」
そしてやはり音もなく、まるで猫のように降り立つ先輩なのだが、いつもと違って様子がおかしい。いや、いつもヤバい方向におかしいけれど、それとは違うおかしさがある。
あの楯無先輩が、どうにも静かなのだ。
いつもだったらこのまま人のベッド占領して、「今日はここで寝るからよろしくねー」くらい容易く言ってるのけるのに、今日は大人しく床に座っている。
「楯無先輩どうしたんですかっ、そんな普通で常識ある行動を取って! もしかして体調悪い……いや、もしや余命半年とか!?」
「静馬くんが私のことどう思ってるか、よくわかったわ」
「だって先輩が、あの楯無先輩がこんな常識的に振る舞って、その上素直に謝るだなんて!」
「え、なに、静馬くん私に喧嘩売ってるの?」
落ち着いて笑った表情を浮かべているように見えるが、よく見れば目が笑ってない。謝ったら溜め息混じりにも許してくれたので、とりあえずよし。
「しかしまた、随分と今日は静かですね。何かあったんですか?」
部屋の入り方じゃなく、その後の行動がという意味。部屋への入り方はインパクトありすぎてしばらく忘れられんわ。
「そんなことないわよ。いいの? 私もっとはっちゃけていいの?」
「止めて。本気で止めて下さい」
俺が土下座してお願いすると、先輩は不服そうな口ぶりで「なによう、そこまで言うことないじゃない」とこぼした。
いやあんたはっちゃけたらまた俺の部屋が壊れるだろ。先輩に限らずだけど。
「ここに来たってことは、何かあったんですよね」
「わかる?」
「そりゃまあ、これでも姉弟みたいなもんですからね」
もっともそうは言うが、実際は十年どころか五年程度しか一緒に暮らしていないけれど。まあその分密度が半端なかったのだ。
俺が更識家に来た当初など、楯無先輩が「弟も欲しかったの!」とか言って四六時中付きまとわれたこともあった。おかげで簪に嫉妬されたり。おかげで一時期は簪と仲が悪かったのだ。
今も若干避けられ気味だけど。あれは俺が悪いんじゃない……。
「静馬くんには隠し事はできないわね」
「俺も先輩には隠し事できませんから。お互い様ですよ」
「あら、静馬くんは何か隠したいことでもあるの?」
「これでもお年頃の男の子なもんで。色々あるんですよ」
「じゃあ引き出しの裏に張り付いてる肌色の多い本のことは、みんなに黙っておいた方がよさそうね」
「何で知ってんだおい」
「実はね、静馬くんにお願いがあってきたの」
いつものようにお茶を淹れ、互いに一口ずつ口を付けてから先輩の話は始まった。
少し苦味の強いお茶と、先輩の落ち着いた口調がいつになく気を引き締めさせる。
「お願い、ですか?」
「うん。静馬くんにしか頼めない、大事なこと」
そう言われ、思わず眉間に皺を寄せる。
これは決して、嫌という訳のはない。それどころか、光栄なことだ。先輩が俺を頼ってきてくれたのだから、喜んで力になろう。
ただ、一つ懸念があるとすれば、俺なんかの力で大丈夫なのだろうか、というところだ。先輩がここまで思い詰めるような出来事に、果たして俺で力になれるのか。
眉間に寄った皺は、その思いからだ。
「そんな大したことじゃないから大丈夫よ」
先輩は苦笑し、そのまま話を続けた。
「簡単なこと。ただね、私とお出かけして欲しいの」
「それって、買い物か何かってことですか?」
「ああ、言い方が悪かったわね。じゃあ改めて言うわ。私と、デートして貰えないかしら」
言葉にすれば、ただそれだけのこと。しかし俺は、先輩の言ったその言葉の真意を計りきれず、もう一度眉間に皺を寄せるのだった。
「理由を聞いてもいいですか?」
「……そうね」
楯無先輩は目を伏せると、小さく笑みを浮かべそう呟いた。
こういうと本人は嫌がるだろうが、その様子がとても簪とよく似て見えた。姉妹だから当たり前なのだが、しかし性格が正反対である更識姉妹が似て見えることは、実はそうないのだ。
「私って、更識家の当主じゃない」
「ええ。歴代最年少の当主だ、って話題になりましたもんね」
「そうなのよ。でも話題になった反面、よく思わない奴らも当然いるわけなのよね、面倒なことに」
「その辺は例え更識であろうと、結局は人間の集まりですからね。致し方ないことなんじゃないですかね」
「わかってはいるんだけどね。けどそっちは大した問題じゃないのよ。結局は『当主様の命令は、絶対!』なんだし」
そんな王様ゲームみたいに言われても。あんな軽いノリで指令だされても、従う気持ち薄れるわ。
「問題は、取り入ろうとしてくる輩なのよ。親子揃ってとか鬱陶しいのなんの」
この場合苦虫を噛み潰した、という表現はおかしいか。ともかくいつも飄々とした先輩らしからぬ、実に嫌そうな顔を見せた。
しかしまあ、親子揃ってね。
「なんて言うか、そんなわかりやすい人たちが暗部なんてやってて大丈夫なんですかね」
「わかる!? この使えない奴らを従えなきゃいけない気持ち! 使えないだけならいいわ、使わなきゃいいんだもの。でもね、そんな奴らに限って無駄にすり寄って来たりするから嫌なのよ。なーにが『当主もそろそろ良いお年頃なのだから』よ。そんなもんあんたに言われる筋合いないっていうの! 第一そんなの、あんたの気持ち悪い息子を私に宛がいたいだけでしょーが!」
「……つまり、更識の使えない人に使えない息子を婚約相手として宛がわされそうになってるから、もう好きな人がいるから無理ですアピールをするために俺とデートして見せつける、という訳ですね」
「そう、その通りなのよ! あー、ホント静馬くんだと話が早く進んで助かるわ」
いや、評価してくれるのは嬉しいんですけど、なんだろう。言い方のニュアンスが「やっぱり家が一番だわー」に似た感がしてどうも複雑な気持ち。
いやしかし、こんなにストレス溜まってたのか、楯無先輩。いつも飄々としてるから、あんまり気にしてないのかと思ってた。
しかしまあ、冷静に考えれば当主やって生徒会長やって国家代表やって一夏の護衛やってと、どう考えてもオーバーワークだよな。
自分で選んだ道だろう、と言ってしまえばそれまでだけど、だからといって周りが何もしないのは違うと思う。
先輩には色々とお世話になってるし、ここは引き受ける以外ないだろう。
「わかりました、そういうことでしたら俺に任せて下さい」
「本当!? 後でウソでした、とか言わないわよね?」
「そんな子供じゃないんですから……。もとより、この前約束しましたからね」
「言質取ったわよ。じゃあ明日、お願いね」
「明日ですか。また随分と急ですね」
「善は急げって言うでしょ。それじゃ、詳細については後で送るわ。盗聴とかされるの嫌だし、プライベートチャンネルでね」
楯無先輩はそれだけ言い残すと、軽快な足取りで部屋から出て行ってしまった。
そして残った俺はというと、千冬さんに外出届を出すとき色々聞かれるんだろうなあ、なんて考えていた。
まあ二人しかいない男性操縦者だから詳しく聞かなきゃならんのはわかるけど、何でデートプランを事細かに、しかも先生とはいえ親友の姉に話さなきゃならんのか。
加えて外出後も事細かに話さなきゃいけないこの地獄。しかもこれ、千冬さんの趣味。単に酒の肴が欲しいだけであって、学園としては報告の義務はない。
酔っ払いマジめんどくせえ。
重い足で外出届を出しに行ったら、案の定絡まれた。
しかもすでに酔っぱらってやがったし。
千冬さん、あんた二つ名ブリュンヒルデ止めて、クヴァシルに変えなさい。もしくはフルングニル。
千冬さんはお酒で失敗するタイプ。
いつか飲みすぎて一夏か静馬を襲うに違いない。
前回より随分と間が空きましたが、全部貧乏が悪いんです。
あとにこまきもいけない。<イミワカンナイッ
すいません更新頑張りますので
07/05 こっそりと一部修正