「っていうかですよ、楯無先輩に婚約話とかまず嘘ですよね」
開口一番。ドアを開け放つと同時に、俺の口から一番に出た言葉がこれだ。
まさか俺の方から、それも約束した当日のこんな朝早くに楯無先輩の部屋――正確には一夏の部屋――に来るとは思ってもみなかったらしく、珍しくもぽかんとした表情をしている。
普段ならノックぐらいしてから入るのだが、一夏が俺の部屋を勝手知ったると扱うのと同様、俺も一夏の部屋を勝手知ったると扱っている。別にいつも勝手に部屋に入って来られてるから、その憂さ晴らしとか思ってない。思ってないったらない。
そしてその一夏はというと、あっけに取られている先輩よりも順応が早く「おー、しずまーおはよー」と言ってこちらにゆるい笑みを向けていた。単純に寝ぼけているだけとも言うが。
「いいいっ、いきなり入って来て何言ってんのこの子!?」
そんな一夏と打って変わって、あからさまに慌てている先輩。先輩こそ何言ってんだ、この子って。なんて返そうかと思っていた束の間。あ、たばねの間じゃない、つかのま。
「たっ、楯無さん結婚するんですか!?」
でもって寝ぼけ一夏と言えば、俺のセリフで眠気も吹っ飛んだらしく、それどころか目を見開いて先輩へと詰め寄っていた。その素早さといえば、瞬時加速でも使ったのかというくらい一瞬のことで、楯無先輩すら対応することの出来ないぐらいだ。
焦って逃げようとしたが時すでに遅く、結果的に一夏に壁ドンされる形になってしまっていた。一連の流れが劇というかマンガ、それも少女マンガのような鮮やかな流れで、それを無意識にやってのける一夏はさすが一夏。誰かこいつを主人公に少女マンガ書いてくれないかな。や、ダメか。一夏が鈍すぎてヒロインの恋愛一生成就しないわ。
こち亀並続いて、ヒロイン(九十七歳)とかになりそう。最終回はヒロインが寿命を迎え亡くなると同時に、主人公(九十七歳)がヒロインへの恋心に気付き後悔するも、主人公も寿命を迎え天国で再開して告白そしてハッピーエンドを迎える。そして天国編に続く。
「楯無さん結婚するなんてウソですよね!? だってまだ学生……それに学園はどうするんですかっ! 生徒会長だって! 俺まだあなたに一度も勝ってないんでカヒュ!?」
「み、見てないで……早く助け……なさいよ……静馬くん……!」
俺が一人妄想をしていた間、先輩はどうやら頑張って抜け出したようでハァハァと息を切らしながら、こちらへと力なく歩み寄ってきた。
顔を赤くしているのは、イケメン人間一夏に壁ドン+顔数センチまで寄られたから、それとも単純に息を切らしているからか。
ちなみにそのイケメン人間はというと、最後に気の抜けた声を上げたきり床にうつ伏せで倒れ伏したままだ。両手が股に伸びているということは、つまりそういうことなのだろう。色んな意味で大丈夫か心配だ。主に将来が。
「朝早くから仲良さそうだったので、邪魔しちゃ悪いかなあと思いまして」
「もしも本気でそう思ってるなら、静馬くんの両目を『クリア・パッション』で吹き飛ばしてあげるわ」
「いやいや、目だけじゃなくて頭まで吹き飛ばしますからね」
「ならそのふざけた思考回路も吹き飛ばせてちょうどいいわ。一石二鳥ね」
「鳥を射止めるどころか粉砕してますけど」
「あら、偶然。まるでこれから静馬くんの身に起こる出来事のようじゃない」
サラッと笑顔で言いながらIS展開時特有の収束光を放つ先輩に、俺は額を床に着けて謝るのだった。同時にしばらくの間下僕となることが決定した。
なんかこんなこと前にあった気がする。
「で、さっきのは一体何なの?」
ところ変わって食堂。
なんかヤバそうに泡吹き始めた一夏を置いて、俺と先輩は一足先に食堂へと来ていた。
一応保険に箒へと連絡して様子を見るよう言っておいたので、きっと大丈夫だろう。先輩に言わせれば「エロ同人誌みたいに!」な展開を期待してカメラを設置しといたとか。それもうただの覗きだからなこの出歯亀。
「さっきのって、一夏の泡吹いた写真を千冬さんに送ったことですか?」
「違うわよ……ってそんなことしてたの!?」
「ええ。千冬さんに『休みの日は逐一一夏の様子を写真付きで報告するように』とのお達しを受けてますから」
週一の課題みたいなものだ。ちなみに「これ単位くれるんですよね?」と聞いたことがあるが、返ってきたのはビール缶だった。いらんがな。ってか誰かあの人酒止めさせて、アル中になる。
さて、俺の言葉を聞いた先輩はというと、右の口角を引き攣らせながら躊躇いがちにこう聞いてきた。
「……それ、もしかして私が一夏君蹴り上げたのも報告してたりする? いやまさか更識家に仕える静馬くんが当主の私が不利になることを伝えたりする訳ないわよねそうに決まっているわ」
「『一夏が不能になったら責任は取って貰う』だそうです」
「しっかり伝えてるじゃないのぉおおおおお!」
「だって千冬さんに言われたんだもの」
「もの、じゃないわよ! 私、更識家の、当主! とっうっしゅっ! わかる!? あなたは家臣っ、かぁしぃんっ! つまりっ、静馬くんにっ、命令できるのはっ、このっ、わたしっ、だけ!」
「じゃあ当主として家臣の代わりに千冬さんに断って貰えます?」
「この話は止めにしましょう」
「おい当主」
俺のツッコミから顔を背け、置いたままであった朝食――ちなみにパニーノとミネストローネのセット――へと手を付け始めた。
「ふと思ったのだけど、責任を取るってどうするつもりなのかしら」
先輩は口にパニーノを加えたまま、しかし滑舌良く器用に話し始めた。聞けば腹話術の一環らしいけれども、甚だ技術の無駄遣いである。
「まあ普通に考えれば結婚ですよね」
「そうよねぇ……」
「けど千冬さんは普通じゃないので、きっと小指程度で済ましてくれると思います」
「え、なに、あの人ってどっかの組長?」
「というよりは、IS界のドンですかね」
ISという現行最強の兵器のテッペンに君臨する首領。副はもちろん名前を呼んではいけないあの人。呼んだら「しーくんが私いない所で私の名を呼んだということはもう婚約だねいや結婚いやもうセッ(以下略」とか言いながら空間突き破って現れるので要注意。異次元からの侵略者。
「……私、一生あの人に勝てる気がしないわ」
「むしろ現存する存在で勝てる存在なんて現存しないんで安心して下さい」
「前から思ってたけど静馬くん、織斑先生のこと常人として見てないわよね」
「千冬さんならエイリアンやプレデターでさえも超えた存在だと確信しています」
「人としてですらなかった」
「そういえば、何であんなことしたかでしたっけね」
「……え? あ、そうよ、それそれ! 静馬くんあなたね、何で急にあんな意味わかんないことしたのかしらねえ?」
俺の言葉から数秒の間を置いた後、思い出したように……というか完全に忘れてましたよね。その一瞬見せたぽかんとした顔。
小首を傾げていたそんな様子から一変、こちらを軽く睨みながら言葉尻強めに声を上げた。場所が場所、食堂のままなので大した声量ではないけれども、それでもこちらを威圧するには十分な迫力を持っていた。
まあ千冬さんという鬼人……間違えた、魔王の威圧には程遠いですけどね。でも怖いものは怖いのでやめてくださいしんでしまいます。
「や、朝起きてなんとなく頭に浮かんだのでとりあえずやってみただけです」
「つまり特に何も考えてなかったという訳ね」
ため息と共に吐かれた言葉に、俺は味噌汁を口に含んだまま頷いた。今朝の具は豆腐とわかめ。噴き出す予定はないので、素直に呑み込む。
「まあ正直何か起こるだろうな、と思いましたけどね。リアクション的な意味で」
「思ったなら止めなさいよ」
「でも先輩と一夏ならいい反応してくれると思って止めることを止めました」
案の定面白いものを見せてもらったので、ありがとうございますの言葉と一緒に飲みかけの味噌汁を先輩にあげると、代わりにスープとショートパスタだけなくなったミネストローネを貰った。離乳食みたいだ。
野菜もちゃんと食べで下さいよ。え、セロリが苦手? ロシア代表が何言ってんですか、ロシアはセロリ入った料理多いでしょうに。私日本人だからって、じゃあもうなんでそのセット選んだんですか。マカロニが食べたかったってもう知らんがな、マロニーでも齧ってて下さい。
なんてやり取りはさて置いて、一番の予想外は一夏のリアクションだ。
前言の通り何かしら面白いことは起きるだろう、という予測はあったものの、一夏がああも先輩に食い下がるとは思いもしなかった。何度もからかわれ振り回され遊ばれ、そんなことばかりされてるから一夏は先輩のこと苦手かと思っていたんだけどな。……ああ、わかった。あいつ生粋のマゾなんだな。今度みんなに縄で縛って鞭で叩くと喜ぶって教えてやろう。
姉がドSで弟がドМ。なんてバランスの取れた織斑家。
「けど、考えずに行動したのはさすがに悪かったですね」
くだらない考えから思考を戻し、すいませんと言葉を加えて先輩に頭を下げる。と、「まったくもう」と一言置いてから、こちらをすこし睨むようにして言葉を続けた。
「そんなあっさり謝られたら、怒ってる私がバカみたいじゃないの」
いや、そんなこと言われても。
「昨日の婚約云々の話ってウソに決まってますよね?」
「……まあそうなんだけど。でもそこまで断言しなくてもいいじゃない」
ぶす、っと頬を小さく膨らまし不満げな返答。
いやいや、冷静に考えてみればおかしな話だった訳ですよ。いくら先輩に一切そういう浮いた話がないとはいえ、この女尊男卑の風潮の真っただ中。自分の息子を婚約者に無理やり宛がおうだなんてする親がいったいどこにいようか。いや、いない。ましてや分家の人間が宗家の、それも現当主に手を出そうだなんて。そんな奴いたら、即刻一同から叩きだされるか、ヤバい奴扱いで村八分状態にされ兼ねない。
俺でさえわかるその程度のこと、更識に関わる人間がわからないはずがない。
「何より先輩みたいな痴女に息子を預けようだなんて、そんな非人道的なことする親がいるはずないじゃないですかぁ!」
「誰が痴女よ、誰が!」
「男の部屋に忍び込んだ上に半裸で出迎え、剰え誘惑までするその行動。挙句脱いで私を見ろと迫る始末。これを痴女と呼ばずなんと呼びましょうか」
「……何のフォローも入れられないぐらい変態ね。でもね、静馬くん。私思うの。それでも私は……変態という名の淑女だと!」
「もしもし警察ですか」
「ふっ、警察程度で私が怯むと思ったら大間違いよ」
「もしもし簪ですか」
「ごめんなさいおねがいだからやめてごめんなさい」
さっきの一夏以上の速さで頭を下げる先輩。味噌汁の中に顔突っ込んでますけど。
「いやどんだけ簪怖いんですか」
「だってこれ以上何かやらかしたら一緒に出掛けて貰えなくなるし私が『簪ちゃん』って呼んだら照れながら『な、なに、お姉ちゃん……?』って振り向いて貰えなくなるし手も繋いで貰えなくなるしなにより、なにより一緒にお風呂に入って貰えなくなるじゃない!」
「あ、簪? なんか青い髪した人が気持ち悪いこと――って俺のケータイいぃい!?」
一瞬で奪われた買ったばかりのケータイは、ディスプレイをフォークで穴だらけにされた後手元へと戻ってきた。うそぉ……。
先輩は呆然とする俺にふっと一つ笑みを浮かべると、今度はフォークを俺の方へと指さすように向けてみせた。行儀悪いですよ。
「私の簪ちゃんを気持ち悪いと言った罰よ」
「や、気持ち悪いのは先輩ですけど」
「静馬くんの顔も穴だらけにしてあげましょうか」
「顔の穴は鼻と口だけで十分です。それよりも先輩。先輩の髪の毛にわかめがくっ付いて、青い髪が海みたいになってますよ」
「えっ、やだ本当じゃない。まったく、いくら私の髪が海みたく綺麗だからって、くっ付くことないのに」
「昔の東京湾みたいですよね」
「それ私の髪が汚いってこと? キレちゃったわ、久々に。屋上行きましょう」
サンドバック静馬、爆誕。
翌日。教室には股間を抑えて痛がる一夏と、怪我をしてボロボロの俺の姿があった。
そこから何を見出したのか、女子たちの間で『相当ハードなことが行われたらしい』との噂が出回った。
俺は静かに泣いた。
何がしたかったかってーと、楯無さんの髪にわかめ付けて『海!』っていう一発ギャグやりたかっただけ。
あとこんなの書いてないで続き書けって話。