第三十話
「おかかおにぎりで思い出したけど、静馬って思ったより有名じゃないんだな」
「それって『お前と違って俺は全世界のテレビに顔が出ちゃうぐらい有名なんだぜすげーだろひれ伏せ愚民ども』っていう解釈で合ってる?」
「うわ、一夏そんなこと思ってたの、ひっど」
「一夏さん、見損ないましたわ」
「男の風上にもおけないな!」
「ボク、そんな一夏嫌いだな」
「……最低」
「教官に頼んで修正してもらう必要があるな」
「違う、違うって! そういう意味じゃないし全然そんなこと思ってない! ないからラウラは立たなくていいし千冬姉の所に行かなくていいから!」
『おかかおにぎり』のどこからいったい何を拾ったのか、一夏の思考回路に俺は頭を悩ましながらも冗談混じりにそう言葉を返した。もうショート寸前。
周りにいるメンバー――発言順に鈴セシリア箒シャルロット簪ラウラ――から、上手い事悪く乗って来てくれるだろう、そう考えてのことだ。
大きく声を上げながら、言葉尻に出口の方へと向かうラウラの足に縋り、必死に引き留める一夏を見れば、その結果は大成功だと言えよう。
しかしこの絵面、別れを切り出されたダメ男にしか見えないな。行かないでと泣き縋りつく、女々しい男にしか。これで女役のラウラが嗜虐心に染まった顔してなければ、なおよかったんだけど。止めろ、そっち(ドS)側に行くなラウラっ、お菓子あげるからほら、ね!?
「助かったよ、静馬」
ふう、と安堵の息を吐きながら、一夏は俺の右横に腰を下ろす。左隣にはお菓子頬張っているラウラ。
まあそもそもを辿れば俺の発言が原因なのだが、それを忘れて感謝するのだからその素直さに罪悪感すら覚える。正直スマンかったと思う。
しかしそれはともかくとして、片手を上げる一夏にその手をハイタッチの要領でパンと打ち合わせ、気にするなの意を伝える。それで通じるんだから、長年の付き合いっていうのはいいよな。
「なにニヤニヤしてんのよ、気持ち悪いわね」
そんな内心が顔に出てたのか、鈴に鋭くつっこまれた。気持ち悪いは余計だ。
「これは男にしかわかんないって。な、静馬?」
「ああ。そうだよな、シャ――いや、なんでもない」
「ねえ静馬、もしかして今ボクのこと呼ぼうとした? ボクの名前を呼ぼうとした?」
失言しかけた俺に半笑いの顔を向けて迫ろうとするシャルロット。止めて、その眼怖いから止めて。不安になるから止めて。一夏も顔背けてないで助けてくれよ、俺も逃げたいよ。
「……有名じゃないのは、当たり前のこと」
そんな俺のピンチを救ってくれたのは、簪がぽつりと溢した一言だった。皆の視線が、そちらへと集まる。俺は同時に拝んでおいた。
「どういうことよ?」
こういう時、一番に問いにいくのは鈴だ。今回も、やはり。
「静馬は姓こそ違うけれど、歴とした更識家の一員。その更識家の人間が、無暗矢鱈と名と顔を曝していい訳がない」
日本に務める暗部専門の暗部。更識家の裏の顔だ。表の顔が何か知らんけれど。
簪の言う通り、暗部に属する人間が表にひょいひょい顔を出していいはずがなく、忍んでこそ忍者、暗闇に潜んでこそ暗部なのだ。
「でもさ、楯無さんも更識の人だよな? それに確か当主とか言ってた気がするんだけどあんな堂々としてていいのか?」
「……あの人のことは関係ない」
「いや、でも」
「関係ない。関係ない。全くもって関係ない」
簪のごりおしで、躊躇いながらも首を縦にふる一夏。同時に天井裏に潜む『あの人』の泣き声がプライベートチャネル越しに聞こえてきた。うん、まあ……ある意味自業自得……か?
「なるほど、納得がいきましたわ。どうりで入学前に静馬さんの情報が入って来な「さすが忍者! 情報を制するものは戦いを制するってやつだね!」……」
シャルロットの中で、俺はもはや忍者確定らしい。その期待にそぐえるように、手裏剣投げる練習でもしといたほうがいいか。
あとセシリア。シャルロットに悪気はないから、声被ったのは許してやれって。
「しかしセシリアの言うことももっともだ。日本でも一夏の情報はテレビやらネットやらで散々出回っていたが、こと静馬に関しては『もう一人男性操縦者が見つかった』としか発表されなかった」
「俺も調べまくったけど、静馬のしの字も見つからなかったな。それもやっぱ、更識と関係あんのか?」
「あー……あるっちゃあるんだけど……これ言っていいのか?」
一応機密っていう形になってるから、ホイホイ話していいもんじゃないし。けど話したからって今更どうこうなるような内容でもないしなあ。
どうしようか、と悩みながら簪に視線を送るも、返ってきたのは困ったような表情だけだった。
冷静に考えてみれば簪は更識ではあるものの、暗部としての活動は一切していないし、本家の次女で当主の妹という立場にあっても、ただそれだけだ。その簪に機密の開示の是非を問うたところで、どちらとも答えられる訳がない。
なら仕方がない、と楯無先輩にケータイで一文送ると、あっさりと『いいわよー^ω^』の一言が返ってきた。ちなみに即レスだった。生徒会長仕事しろ。
「静馬、お姉ちゃん何て言ってた?」
「ああ、話してもいいって」
ご当主がいいと言うのだから、問題ない。
咳払い一つして、語りに入る準備……ってなにこれ、みんな注目してき過ぎで凄い喋り辛い。もっとこう、ラウラみたいにお菓子食べながらとか、いっそテレビ見ながら聞くぐらいでもいいんだけど。
「どうしたのよ、早く話なさいよ」
急かしてきたのは、この中で一番気の短いだろう鈴。わかったよ、わかったから睨まなくてもいいじゃないか。
さてしかし、どう話したらいいものか。
「……そうだな。政府が行った、全国一斉IS稼働確認調査って覚えてるか?」
「ああ、ニュースでやってたな。俺がISを動かせるのわかった後、政府が他の男も動かせないか調べたやつだろ?」
視線を少し上に向け、一夏は思い出すように話す。もっと見つかればよかったのにな、と加えて言うが、それはどう頑張っても無理だろ。動かせたとしても、そうは問屋もとい束さんが許さない。見つかった時点で強制終了させられる。人生を。
「でもそれ、一夏の言う通り結局見つからなかったんだよね?」
「ええ。日本政府は妙に強気で調査を進めていたようですが、イギリスを含め他の国は冷ややかでしたわね」
「もっとも、見つかれば便乗してやるつもりではあっただろうがな」
ラウラは真剣な表情でそう語るが、抱えたアイス――しかも業務用――が台無しにしてしまっている。あらやだ可愛い。
ただ言っていることはその通りだ。シャルロットが言った見つからなかったことも、セシリアが言った他国は冷ややかで、対し日本だけはやけに自信満々で調査を行ったことも、だ。
「だがその調査も、まだ完全には終わっていないと聞くが……」
と箒は言うが、その通りまだ終わってないらしい。ソースは更識。
というのも、肝心のISとそのコアの数が圧倒的に足りてないからだ。
全世界に存在するISコアは四百半ばで、その内企業やら国やらが確保しているのは約百五十しかない。そこから更に日本だけに絞れば、一体いくつになることやら。その数少ないISコアで、全国の男を調べるのだからそう簡単に終わるはずもない。
更に言えば、その調査をする場所もだ。現状兵器としての側面の強いIS。テロリストどころかあわよくば他国も狙う代物を、選挙の投票よろしくその辺の公民館や学校なんかに持って行けるはずがない。
じゃあどうするのかと言われれば、逆に全国の男が調査に協力してくれている企業に赴いて調査するしかないのだ。とんでもなく非効率ではあるが、安全面を鑑みればそうする他ない。
もっと言えば面倒だから行かない人間がいたり、そも調査に協力してくれている企業や団体自体があまり多くなかったりと色々な問題もあったりする。
「そんな訳で、調査の具合は芳しくないらしいな」
「……なんか色々と大変なんだな。俺、あんな形でIS乗れるのわかったけど、逆にラッキーだったのかな」
俺の説明を聞いた一夏の感想がこれなのだが、寧ろ一夏のせいでこんなことになってるということを全く理解してないだろ。や、元を突き詰めれば束さんのせいなんだけどさ。
「でもさ、これだけ時間もかかってるってことは、費用も凄く掛かってるんじゃないの?」
小首を傾げ疑問を浮かべるシャルロットだが、これも事実その通り凄く掛かっている。ソースは更識。何せ企業からISをレンタルしているようなものなのだから、多額のお金が必要になるのは当たり前の話だ。
「それでも止めないとは、日本政府は頭が悪いのか?」
「そこで俺の話が出て来るわけだよ、ラウラ」
「……どういうことよ?」
「いいか鈴。いくら日本政府の頭がアレだとしても、金と時間が掛かるのは俺たちでもわかることをわからないはずがないだろ? にも関わらず行動に起こしたということは、それなりに自信があったという他ならない」
「……椎名静馬という、自信」
「なるほど、わかりましたわ!」
簪が付け足すように呟いたところで、合点がいったとセシリアが声を上げた。まあここまで言えば、わかりもするだろう。他のみんなも、そういうことか、とばかりに首肯している。あ、一夏は別ね。
「つまり調査するよりも早く、静馬さんが見付かっていた。そういう訳ですわね!」
「そういうこと」
「正確には、調査の事前調査で見つかった」
セシリアの言葉で納得したという風に頷いたみんなだけども、簪の附言に今度は首を傾げた。
「あー、つまりはいきなり一般人で調査するんじゃなくて、とりあえず試しに関係者で問題ないか試そうってことになったらしくてな。それを俺が更識の任務として請け負ったってだけの話だ」
先輩は俺をISに関わらせたくなかったのか、露骨に嫌な顔をして止めに入ったが俺としては断る理由もないし、束さんの作り上げた物の一つを実際に目にしてみたかったというのもあった。目にするどころか動かしちゃったわけですけどね!
「で、どういう訳か動かせたことで、調子乗って本格的な調査に移行したってことね」
「……見つかるはずないのにね」
「いや、もしかしたら……もしかしたらもう一人くらい……もう一人くらい男が見つかるかもしれないっ……!!」
……あ、ラウラ、悪いけどもう少し向こう寄って貰えるかな。ちょっと身の危険を感じるんだ。
本気で羨望する一夏を横目に、俺は少しずつ距離を離していった。いったいお前の何がそこまで男を求めるんだよ。簪がドン引きしてんぞ。
「そ、それじゃあさ、ボクたちが転入して来る前ってどんなだったのかな!?」
機転を利かせたというか、この空気に耐えきれなくなったシャルロットがあからさまな話題転換を図った。ありがとう、ナイスだシャルロット。俺も耐えきれなかった。
「シャルとラウラが来る前か……。そうだな、その時の出来事といえば、一夏と静馬がセシリアと決闘したことと、一夏と鈴との試合中に無人機が乱入して来て私と一夏が死にかけたことぐらいか」
「……いや箒、サラッと言ってるけどそれ割と大事だよね?」
「さすが嫁。何事もない日常すら非日常へと変えて見せるとは、やはり教官の弟ということか」
「ラウラさんもそれは一夏さんだけじゃなく、織斑先生もトラブルメーカーだって仰ってますわよね?」
いや待てセシリア。千冬さんは傍観者っぽい立ち位置にいるけど、あの人も大概トラブルメーカーだからな。
特に束さんと揃った時なんて、巻き込まれたら死ぬことを覚悟するから。その最たるものが、かの有名な白騎士事件。
実際俺は巻き込まれた訳でもその場にいた訳でもないが、いたら間違いなく頭どころか全身パーンしてたことは間違いない。断言する。
最近になって白騎士事件のあらましを主犯のスーパートラブルメーカー束から聞いた時は、巻き込まないでくれてありがとう、と本気で泣いて感謝したぐらいだ。
「……けど懐かしいですわね。まだそんな経ってないはずですのに、なんだか遠い昔なような気がしますわ」
「確かに。セシリアと戦ったのが、なんだか凄い昔みたいに感じる」
「あの時と比べたら、一夏さんも随分と上達したのではなくて?」
「当たり前だろ、この力で、みんなを守るって誓ったんだから。そう言うセシリアだって、俺と戦った時よりもかなり上手くなったよな」
「それこそ当たり前ですわ。私だって、オルコット家の当主として誓ったのですから。あんな所で立ち止まっている訳にはいきませんわ」
「なんだよ、俺のマネすんなって」
「あら、失礼致しましたわ」
ふふふ、あははと笑い合うセシリアと一夏。なんだこいつら、なにいちゃついてんの。そういうの止めてくれないかな。周りの奴らが怖いんだから。
見ろよ、四人の目を。餓えた獣というか、これから人でも殺そうかって目してるぞ。俺怖いから帰っていいかな……ってここ俺の部屋だったよどうすんだよ。家出か、家出すればいいのか?
「……ねえ静馬。ちょっとムカつくから、あんた面白く昔の話して場を和ませなさいよ」
おい鈴待て、なんだその忘年会で上司が無茶ぶりするみたいなノリは。
「あはは、そうだね。ボクも聞きたいなあ、静馬の面白い話!」
おいシャルロット止めろ、すべったらいけないような空気作るな。あと目怖い。
「あれを如何に愉快にするか、まあ静馬の腕だったら笑わせて貰えるだろう」
おい箒ふざけんな、なんで梯子外してんだっていうか話すの確定かよ。
「私も楽しみ」
おいこら簪、なにしれっとそっち側に付いてるんだ。目を逸らすなこっち見ろ。
「相棒、アイスを食べ過ぎた。腹が痛くなってきたからトイレに行ってくる」
そうだなラウラ、二リットルの業務用はお腹壊すな。でもお願いだから置いていかないで。
「お、静馬が面白い話するのか。楽しみだな!」
「あの頃のことを違う目線で語られるのは、少しばかり恥ずかしいですわね」
「うるせえお前らは黙っとけ」
生きてます。約一年ぶりの更新。
登場人数多すぎて面倒だから、トイレといいながら戻って来なくさせれば人数減らるという閃きを感じたものの、それただのホラーかサスペンスになるから止めた。
千冬さんの存在がゾンビもじっちゃんも圧倒する。がくえんぐらし!
原作的な流れに入りますです。続くです、はい。