「あら、ようやく起きた?」
暗闇から浮かび上がったところで、一番に聞いた声は先輩のものだった。
後頭部からは柔肌の感触と暖かさ、眼前には制服に包まれた小山越しに、にやにやとした先輩の顔が伺い見える。
殴られた体はまだ痛いけれど、それを顔に出さぬよう堪えながら先輩に答えた。
「ええ、なんとか。で、何ですかこの状況」
「それは静馬くんの状況かしら。それともあの子たちの状況?」
「そりゃあの子たち、の方でしょう」
先輩の膝枕から頭を離し、もうお通夜状態の五人の専用機持ちの方へと目を向ける。
俺がぶっ倒れている間に何があったのやら、皆シャルロットがそうだったように激しく落ちんこでいる。
ちなみにシャルロットは幾分復活したようで、俺の視線に力なく苦笑で答え気まずげに視線を逸らした。まああの取り乱した姿を見られたんだ、顔を合わせづらいのもわからなくはない。
「じゃあ、簡単に説明して貰えますか」
俺のその言葉に、先輩は音をたてて眼前に扇子を広げてみせた。そこに書かれた文字は、『今北産業』の四文字。
それ俺が言う言葉でしょうが。
「一夏君の
鈍感アビリティ
エクストリームフルバースト」
「本当に三行で済ますの止めてください。エビフライぶつけますよ」
確かにそれだけで意味はわかったけども。
「なによう、簡単に説明してって言ったのは静馬くんじゃない」
「いやまあそうですけど。それに失敗したなんて、見りゃあわかりますよ。むしろこの状況で成功してたら怖いですって」
だけってあっさりと言ってのける先輩も怖いけど。あと失敗って言った直後に睨みつけてくる五人の女子も怖い。あれは完全に人を殺った目だわ。
「そうねー、正に死屍累々って感じだし」
「とりあえず先輩、煽るの止めてくれません?」
この人、本当に箒たちに何か恨みでもあるんじゃないか。
「静馬くんがそこまで言うなら仕方ない。それじゃ、プライベートチャンネルで話しましょうか。このまま口頭で言ってもいいんだけど」
「通信チャンネル開きますんで早いとこ応答お願いしますほら早く早くお願いします」
「せっかちねー。早いのは女の子に嫌われるわよ」
「やかましい、さっさと応答せんかい」
「乱暴なのも嫌われるわよ?」
殴りたくなってきた。
……実際やったら負けるけど。
『そうね、じゃあ順番に話しましょうか』
楯無先輩は、そう言って話を切り出した。
通信回線越しに届く声音は機嫌が良いのか、弾んで聞こえる。その表情もにこやかで楽し気なのだが、その顔から少し視線をずらせば惨劇が広がっているのだからおかしな話である。モザイク処理が欲しい。
『シャルロットちゃんの次に行ったのは、ラウラちゃん。まあここは静馬くんが気絶する前に話してたから、わかるわよね』
『ええ。でも知りたいのは中身なんですよね、順番は大よそ検討が付きますし。どうせラウラ行って鈴行ってセシリア行って箒でしょう?』
『正解。凄いじゃない、よくわかったわね』
『わかりますよ。ラウラが失敗した後良くわからない勢いで鈴が行って、鈴が失敗した後「わかりましたわ!」とか意味不明に自信満々のセシリアが出て行って、セシリアが失敗した後出遅れて焦り気味の箒が出て行ったって流れに決まってます』
ここまでテンプレ。
『まるで見てたかのようね、正にその通りでおねーさん驚きだわ』
『ある程度付き合いがあればわかりますよ、みんな単純ですから』
『おー、プライベートチャンネルだからって言うわね静馬くん。でもこれ実はオープンチャンネルだったりして』
『俺からプライベートチャンネル発信したんですから、そんなわけないじゃないですか』
『なによう、つまらない。昔はすぐ私の言うことを信じた素直な子だったのに、こんなに捻くれちゃって、よよよ』
『先輩それマジブーメラン』
『……言うじゃない。いいわ、後でその性格矯正してあげるから。昔の素直で従順だった「しーくん」に』
『先輩、早いとこラウラの話聞かせて貰えませんか?』
『静馬くん最近ホントそっけないわよね』
『そろそろてっぺん越しそうだから、早いとこ話を進めたいんですよ』
俺の言葉に先輩は壁に掛けられた時計に目をやった。ISで確認することもできるのだが、反射的な行動だったのでついそうしてしまったのだろう。まあ、習慣ってやつだ。
『じゃあ、このまま私と一緒に寝る?』
『もうそれでも構いませんから、話進めましょう』
『ホント冷たい……』
だって千冬さんに怒られるの嫌ですし。
『ラウラちゃんの場合はそうね、まあ大よそ想像通りって所だと思うわ。嫁宣言してそれだけで満足して帰ってきちゃった訳』
さっきとは打って変わって、やや機嫌が悪そうに喋る楯無先輩。いやまあ、確かにぞんざいな扱いはしたけれど、それはいい加減話が進まないからであって、別に先輩に隔意があった訳じゃないんだけどな。
しかしそれを伝えたところで、納得するような人でもない。まあその内戻るだろう。
『でも何でラウラはあんなヘコんでるんですか?』
『結局意味が伝わってないことがわかったからよ』
ああ、と思わず頷く。ラウラの「嫁にする!」はある意味ストレートな物言いではあるが、普段から『嫁』と呼んでいるところに上の言葉を言ったところで意味は伝わらないだろう。
『みんなからそれを言われた時のラウラちゃんの落ち込みようときたら……』
『想像しただけで哀れになりますよ』
自分にとってラウラは今や相棒のような存在だ。だからといって一夏関連で贔屓するつもりはないけれど、それでもあの姿は見るとつい少しくらいはと思ってしまう。
『でも鈴ちゃんはもっと哀れよ』
『何でですか?』
『一夏君とまともに話すらできてないんだもの』
どういうことかと話しを聞けば、鈴が一夏の部屋を訪れたその時、タイミングの悪いことに一夏はトイレに入ってしまったんだとか。しかも大。
元来せっかちな性格をしている上に、告白しようと気が迫っているところでそのタイムアウトは相当頭にキたようで。
まあ何があったかと言えば、「イラついてトイレに龍砲ぶちこんだ」ということ。
……うん、まあ深くつっこむのはよそう。一夏がフル○ンでふっ飛んだとか、う○こまみれになったとか。
『セッシーちゃんはね、何て言うか色々残念なのよね』
最初の頃からあんなんだったからな。なんていうか、噛ませい……げふんげふん。いや、良いところもあるんだよ? 何だかんだで情に厚かったり。
『告白もテンパった挙句フランス語でしちゃうし』
「Se marier avec moi!」
訳せば結婚してください、とドストレートなものだけど、英語すら危うい一夏がフランス語なんてわかるはずもなく。
「す、すまび……? なんかよくわかんないけど、ごめん」
録画された映像の中で、そんなやり取りが行われていた。一夏、明日からフランス語必修な。
『可哀そう過ぎる……』
『で、最後の箒ちゃんなんだけど』
『これまでの流れからいって、かなり悲惨になりそうな気がするんですけど』
鈴程じゃないかもしれんけどさ。
『そうねー、まあみんなの中では一番まともだったと思うわよ。けど、ある意味一番悲惨でもあったけど』
『どういうことですか?』
『……相談されてたのよね』
『へ?』
『だから、相談されてたのよ。みんなのこと』
要するにだ。この短時間で四人も一夏の所に来るものだから、一体どうしたことかと不思議がっていたところに箒が現れた。渡りに船とばかりに幼馴染で気兼ねしない箒に、つい相談してしまったと言う訳だ。
『いいじゃないですか。それだけ仲が良いってことでしょう?』
『わかってないわね、静馬くん。男女の仲を相談されるってことは、つまり「あなたは眼中にないですよ」と言われているようなものなのよ』
『でも映像を見る限りでは、相談されてる箒も満更でもない様子ですけど』
『その時点ではね。でも見て御覧なさい』
そう言って目配せをして、視線をゾンビーガール……もとい、専用機持ちたちの方へと送る。
箒は床に両手を付き、長い黒髪も床へとしな垂れ落ちている。
『そういう相手として見られてないことをね、教えてあげたらああなっちゃったのよ』
『先輩って実はみんなのこと嫌いですよね』
「じゃあ最後に静馬くんも行ってみようか」
プライベートチャンネルを切ってすぐ、楯無先輩が一番に口にしたのはそんなふざけたものだった。
「何言ってんだこのバカ」
「バカ!? しかも敬語すらなくなった!」
「いやだっておかしいじゃないですか。普通に考えて俺が一夏に告白するって、頭おかしいんじゃないですかこのバカ」
「二回も言った。口が悪いわよ、まったく。いいじゃない。ほら、ものは試しってことで、ね?」
先輩は両手を組み合わせ、俺を見上げて言う。上目使いで乞うように話す姿は確かに魅力的なのだけれど、その頼んでいる内容が酷いので全てが台無しだ。
「殿中にござる」
「失礼ね、私は落ち着いてるわよ」
「落ち着いてる人は、間違っても男同士で告白させたりしません」
「最近の落ち着いてる人はそうなのよ」
「世界はどれだけゲイで溢れてるんですか」
ああ言えばこう言う。この人相手に屁理屈合戦したところで、敵う訳がない。いっそ逃げ出してしまおうか、そう考えた時だった。
「へえ、いいじゃない……」
ぽつり、と小さいながらも響く声。誰の声だ、などど誰何する必要もない。鈴の声だ。
「ああ、この変人にしては妙案だ」
さらりと暴言を吐きつつ追従して頷いたのはラウラ。しな垂れ落ちる銀の髪から覗き見える赤い瞳が、不気味に輝いて怖い。
「ふふっふふ……。わたくしたちがこのような目に合ったのですから、体を張って慰めるのが殿方ではなくって?」
言葉だけ聞けば完全にR指定な台詞を吐きながら、妖艶に微笑むセシリア。おい、誰か止めろ。
「もちろん引き受けてくれるよな、静馬?」
木刀をチラつかせながら言われたら、頷くしかないじゃないですか箒さん。
「じゃあ頑張ってね、静馬くん」
当然逆らえるはずもなく、俺は涙を堪えながらその言葉を背にして、一夏の所へと向かうのだった。
一夏の部屋のトイレが使えなった。
これ小学校だったら間違いなく明日からあだ名がうんこ。