第八話
「お金がない」
「知るかバカ」
「なあ扱い酷くないか!?」
またしても俺の部屋にいきなりやってきては、またどうでもいいことを宣うのは幼馴染兼同級生の織斑一夏。ちなみに俺は椎名静馬で、一夏と同じくISの男性操縦者。
なぜ俺が一夏のお小遣い事情まで把握しなければいけないのか。なんだ、俺はお前のお母さんか。いや、待て。こいつのお母さんってことは、千冬さんのお母さんにもなる訳で……やっぱり全力でお断りだ!
「何だよ、もう少し優しくしてくれたっていいだろ?」
「お茶出してお菓子出して座布団まで出してやったのに、これ以上どう迎え入れろって言うんだよ」
「確かに俺のためにここまでしてくれるのは、静馬ぐらいだけどさ。ありがとうな、静馬」
お茶とお菓子に目をやりながら、そう言ってはにかむ。つられて俺も笑みを浮かべてしまうのは、こいつとの付き合いの長さから来る信頼からだろう。
しかしだ。きっとこういうことしているから、他の女子たちに『静馬と一夏のBBS』とか訳の分からないものを発行されるんだろうな。ああ、BBSとは『Bad Boys Scandal』の略らしい。うるせえ、悪いのはお前らの頭だ。
ちなみにどういう経路で手に入れたやら、この冊子を見た束さんが「ふーん。いっくんが攻めっていう点は気に食わないけど、これを描いたヤツは認めてやってもいいね」とか言っていた。
やったね、篠ノ之束に認められたよ!
……もうやだこの学校。
「んで、何で金がないんだ?」
俺の問いかけに、一夏は眉を顰め複雑そうな表情を浮かべて答えた。
「……俺の部屋、壊れただろ? それの修繕費が結構掛かってさ」
一夏が言うのは、この前の『一夏ゲイ未遂事件』の際のことだろう。誰が見ても、そこには誰も住めない程の崩壊っぷりだった。一夏が無傷で生きていること自体が謎だ。こいつ、実はサイボーグじゃなかろうな。
「あれだけ大々的に壊れれば、相当な額はいくだろうしなあ。けど、そういうのって学校の方で補ってくれるんじゃないのか?」
「前まではそうだったんだけど、言い加減にしろって怒られてな。後は静馬が言った通り、金額が大き過ぎた」
まあ確かに、一夏の部屋の破損率は半端じゃないからな。けどその殆どは一夏じゃなくて、あの歩く兵器と書いて専用機持ちたち一行が原因だと思うんだが。
一夏にも全く原因がないとは言わないが。驚きの鈍感力を発揮した、一夏トラブルが発端だったりするだろうからな。
「金額は怖くて聞かないでおくけど、どう頑張っても一夏一人でどうこうなる額じゃないだろ。それこそ借金ものだぞ」
「ああ。だから卒業後は、IS学園で一定期間教師になるよう約束させられた」
「……政府にこき使われるよりかはいいんじゃないか? 山田先生とか見てると大変そうだけど、ちゃんとした学園機関として機能してる訳だし。むしろ就職先が決まって良かったじゃん」
特に一夏の場合、どこかの企業に就職、というのは難しそうだし。まあいざとなれば束さんの下に所属すればいい。体面上どこか企業にいる必要もでてきるが、そこは昔意味もなく立ち上げた『大天才束さんの有限会社だよぶいぶいっ!』とかいうふざけた名前の会社を使う。一周してもはや頭悪そうだ。
「それにほら、千冬さんと同僚になるぞ。やったな、千冬さんに『先生』とか呼んで貰えるじゃん」
「なっ、何いってんだよ! 別に俺は……」
止めろ、焦るな、黙るな、赤面するな。こっちは冗談で言ったんだから冗談のままにさせてくれ。……おい、マジで。
この話題はマズイ。「それよりも」と慌てて話を戻せば、一夏もそれに従って相槌を打ってきた。
「けど何に使うんだよ、生活費なんて学園にいる限り必要ないし」
衣食住の内、食と住が学園でほぼ賄われている中、買い足す必要があるのは衣。つまり服ぐらいだ。もっともこれもほぼ毎日制服で過ごす俺らにとって、さほど必要な物とも言えない。
女子は違うだろうが、男の俺らはそこまで言う程服に興味はない。どちらかと言えば、娯楽費は嗜好品に使ってしまうような年頃だ。……ということはだ。
「なんだ、一夏もやっぱりそういうのに興味があったんだな」
「へ? 何がだ?」
「とぼけんなって。千冬さんが地味に心配してたからさ、これを教えてあげれば一発で不安も解消してあげられるな」
「だから何の話だって。千冬姉が何を心配してるんだよ」
「そりゃ一夏がゲイってことに決まってんだろ!」
力いっぱい言い返してやると、一夏も声を大にして言い返してきた。部屋に男二人の叫び声が響く。
「おい、なんだよそれ! ってちょっと待て。静馬お前、俺が買うと思った物ってまさか」
「そりゃ男子高校生の嗜好品って言ったら、エロ本以外になにがあんだよ」
「そんなわけあるか! 仮に俺がエロ本買ったとして、それを千冬姉に言うってどれだけ鬼なんだよ! そんなことするなら俺にだって考えがあるぞ!」
そう言って、一夏は左の口角を上げて笑った。滅多に見ない、あくどい顔付きだ。
「静馬がパソコンの履歴に残ってたエロサイトのこと、みんなに言うからな!」
「ちょ、お前バカそれは反則だろ! 俺が学園に居られなくなるだろ!」
女子一人にでも伝わってみろ、翌日にはほぼ全員に伝わってるぞ。女子の伝播力を舐めるなよ。
「っていうか何で一夏が俺のネットの履歴を知ってるんだよ、それこそ問題だぞ!」
「たまたま目に入っただけだよ。そんなことよりいいのか、みんなに言っちゃうぞー」
にやにやと笑う一夏。今まで何度もケンカはしてきたが、かつてこれほど殴りたくなることはあっただろうか、いやない。
「ならばこちらにも手はある」
「なんだよ、はったりは効かないぞ」
「……俺の履歴を見たってことは、サイトも見たってことだろ。このことを箒や鈴たちに言う」
「待て静馬、それは卑怯だろ! 第一それは静馬も被害を受けるぞ!」
「うるさいっ、死なばもろともだ! ふはははは!」
「……もう止めようぜ、一夏」
「……そうだな、静馬」
どちらも怪我しかしないこの会話。
いつも間にやら立ち上がっていた俺たちは、ゆっくりと座布団の上に腰を下ろし大きく息を吐き出した。なにこの無駄な疲労感。
温くなったお茶を再び淹れ直し、互いに寸前の騒ぎを落ち着かせようと沈黙のままそれを飲み干した。
これは昔まだ俺と一夏が小さかった時から続く、仲直りの方法だ。正確には仲直りするために、俺の母さんがしてくれたことだ。
「一夏がお金を欲しいのはわかった」
「その言い方だと俺ががめついみたいだな」
「茶化すなよ。欲しいのはいいとして、いくら必要なんだ? 俺もそれなりに蓄えてはあるから、貸すこともできるぞ」
考えて使いなさいと言われたお金だが、一夏のためなら母さんも文句は言わないだろう。一夏や千冬さんには甘い人だったからな。息子の俺を差し置いて。
「いや、出来れば自分で稼ぎたいんだ」
「そうか。じゃあもし必要になったら言ってくれ」
「ああ。ありがとうな、静馬」
「気にするなよ。ところで何に使うんだ? さっきも少し言ったけど、俺らに生活費はこれと言って必要ないんだし」
「恥ずかしいからあんまり言いたくないんだけどな……」
顔を背け、呟くように喋る。そうは言うが、ここまできて教えないというのもまた酷い話だろう。別に無理に聞き出すきもないが、教えて貰えるなら教えて貰いたい。
そう伝えると、少し逡巡した後一夏はゆっくりと話し始めた。
「……千冬姉にプレゼントしたいんだよ」
「は?」
「だからっ、千冬姉にプレゼントしたいんだ!」
叫ぶ一夏の顔は、もはや顔を朱色に染まっている。
普段は恥ずかしいセリフもサラッと言うくせに、何で千冬さんに関することはこんなにも照れて恥ずかしがるんだよ。言うと否定されるけど、シスコンにしか思えないぞ。
ブラコンの姉とシスコンの弟って、何なんだあんたらは。面倒だからもう結婚しちゃえよ。
「ふーん。でも千冬さんって誕生日まだだよな。何でまた急にプレゼントなんだよ」
「……いつも迷惑かけてばっかりだから、たまには感謝の気持ちと思ってさ」
なるほど。昔はともかくとして、IS学園に入ってからは心労も大きいだろう。特に一夏の人間関係で。
けどあの人になら、プレゼントなんかより一夏が「お姉ちゃん、大好き!」とでも言えば鼻血出して喜ぶと思うぞ。
「そうか。じゃあちょっくら出稼ぎにでも行きますか」
言いながら立ち上がるのだが、しかし一夏はキョトンとした顔で座ってこちらを見上げたままだった。
「ほら、何座ってるんだよ。行くぞ」
「行くぞって、静馬も手伝ってくれるのか?」
「当たり前だろ。俺だって千冬さんには世話になってるし、それに親友困ってるんだから助けない訳にはいかないだろ」
「静馬……」
「ほら、早く行くぞ」
本人目の前にして、親友と言うのはさすがに恥ずかしいものがある。それを誤魔化そうと、俺は一夏を置いて廊下へと出た。ああ、恥ずかしい恥ずかしい。
「お、おい待てって。なんだよ、照れてんのか?」
「うるさい」
「へへへ。静馬も可愛いところあるよな」
廊下を行く道すがら、俺をからかい笑う一夏。とりあえずそのセリフは危険だから止めろ。そしてそれ以上喋るな。
「やっぱ俺静馬のこと大好きだ!」
後日、俺と一夏はデキているだとか、愛を囁き合っていたとか、同じ部屋から二人で出来た等、碌でもない噂がいくつも駆け巡った。
千冬さんは発狂し、俺は絶叫した。
はーい織斑さんお薬だしておきますねー
あ、椎名さん今日はこのままカウンセリングですので残ってくださいねー
はい次の方ー