「そりゃIS学園の中で出来ることに決まってるだろ」
俺の言葉に対し、一夏は言外に意外だと表情を歪めて答えてみせた。一夏らしくない表情だが、こんな顔でも写真にしたらきっと高く売れるんだろうな。……閃いた!
そもそも一夏が「何のバイトするんだ?」というふうに聞いて来たから、俺は答えただけなのだが、こいつにとってはそんなこと思ってもみなかったらしい。
昔家計の足しにと、知り合いの商店を手伝っていたためそれなりに自信があったのだろう。しかしながら残念、外に出ることはない。
なぜか、と言われれば簡単な話だ。IS学園ではバイトが認められていないから。
いや、普通に考えればそうだろう。全寮制でこの閉鎖的な空間から外に出るためだけでも一々外出届を出さないといけないのだから、よほどの事情がない限り認められるはずがない。っていうか担任がめんどくさがりそう。
そして何よりISという最先端で最重要な最新機を扱う学校に通っているのだ。何か事件に巻き込まれでもしたら大変だし、機密を持ち出されでもしたら一大事だ。
まあいつだったか、バイトして事件に巻き込まれた金と銀がいたけど。ああ、あれバレてるからな。専用機持ちが監視も無しに容易く外に出られるなんて、そうあるはずもないだろう。
俺や一夏だって出かける度に、護衛兼監視(どちらが優先だか)が付いてるんだから。ちなみにどこにいるのか探ったことがあるが、一度たりとも見つけることはできなかった。ジャパニーズNINJAすげえ。
ということを要点だけ絞って説明すると、納得したとばかりに頷いていた。
「じゃあ学園内でバイトできるところなんてあるのか?」
「検討は付けてあるけど、実際できるかどうかはわからん。ま、とりあえず行ってみようぜ」
「そうだな。やれるだけやって、駄目ならまた探せばいいもんな」
笑い、何でもないことのように言ってのける。この逆境に強く、常に前向きなのは一夏の美点だろう。その点は、純粋に凄いと思う。
「という訳で、食堂にやって来ました」
「しゃもじ持って何やってんだよ」
このまま隣に突撃しようかと思って。
俺の言葉の通り、やって来たのは学園の食堂。IS学園という巨大な施設に関わる、何百人という人数の食事を朝昼晩と賄っているある意味最重要地点と言ってもいい場所だ。
食べ物の有無と良し悪しは、士気に大きく関係するからな。特に女子の多いここでは、尚更だ。
「なあ静馬、ここに来たってことは食堂の手伝いってことでいいんだよな?」
「ああ。話によると、今日困ったことに病気で一人欠員が出ているらしいんだ。一人いなくても回らないことはないが、それはやっぱりしんどい。何せ半端ない数の注文をこなさないといけない訳だからな。そこで一夏の出番って訳だ」
「なるほどな。ようし、任せとけ。伊達に小学生の時から料理を作ってた訳じゃないぜ」
制服のブレザーを脱ぎ、更には袖まくりまでして気合の入り様を見せつける。IS学園に入ってからまともに料理なんてしていなかったからだろう、いつも以上にやる気満々だ。
と、なんやかんややっている内に昼時になってきた。ぼちぼちみんなが来る頃だろう。
「じゃあこれ、着替えな。そのままの恰好でやる訳にもいかないだろ」
「そういやそうだな。制服のままじゃ衛生的によくないもんな」
と言って着替えた一夏がこちら。
「なあ、これウェイター服に見えるんだけど」
「よくわかったな。どっからどう見てもウェイターだぞ」
シンプルな白いシャツに、黒いスラックス。腰にはギャルソンエプロンを、頭にはバンダナを巻いている。オシャレなカフェにいる、イケメンウェイターだ。
「おかしいだろ! 俺は料理を手伝うんじゃなかったのか!?」
「落ち着けよ、そんな訳ないだろ。いきなり素人が厨房に入ったって、邪魔になるだけなのはわかるだろ?」
頷き返してはくるが、明らかに怪訝そうだ。
「だからまずはホールからやって貰おうと思ってな」
「なあ。俺の記憶違いじゃなければ、IS学園の食堂ってセルフサービスだったよな?」
「その情報、古いよ」
「それ鈴のマネか? 止めてやれよ、鈴あれ思い出す度に死にそうな顔して転げまわってるから」
黒歴史って怖いね。まだ数ヶ月前の話だけど。
「さて置き、食堂の入口にこんなもの張っておいた」
「なになに、『本日限定、十円追加であの織斑一夏があなたの昼食を配膳致します』……っておい。静馬、おい」
「どうした。これでばっちりだろ。あ、追加の十円はちゃんと一夏の懐に入るようになってるからな。頑張れば頑張った分だけ一夏のものになるぞ、良かったな」
「何も良くないわ! 十円って安過ぎんだろ!」
「俺もそう思ったんだけど、高すぎると色んな方面から怒られるからさ」
「色んな方面?」
主にシスコン二人から。青い痴女は精神攻めしてくるし、目つき悪い方は肉体的に攻撃してくるしで怖いし。
特に最近当たりが強いし。青いのは一夏の部屋崩壊したせいで俺の部屋に居座るようになったし、目つき悪い人は弟関連で俺をエネミー指定し始めたし。全部俺のせいじゃないし。
「生徒から大金取るのはまずいだろ。そういうことだから一夏には悪いと思うけど、これで勘弁してくれ。な?」
「……静馬がそこまで言うなら、わかったよ」
ふう、と小さく息を漏らしながらも、今度はしっかりと頷いて答えてくれた。
「じゃあ頼んだぞ、一夏」
「ああ。……って静馬はやらないのか?」
「そりゃあ、俺が一緒にいても邪魔になるだけだからな」
「そんなことないって。静馬も一緒にやってくれよ」
「いや、いいよ。第一、俺接客って苦手なんだよ」
「静馬なら大丈夫だろ。相手も知らない人じゃないんだからさ。俺とやろうぜ」
「俺はいいって」
「やろうって。今日だけだからさ、頼むよ」
「いや、俺は」
「ほら、今回だけ、今回だけだからさ。な、ちょっとだけでいいから!」
「……わかったよ。今回だけだからな。次は絶対にやらないからな」
「サンキュー静馬! やっぱ静馬じゃなきゃな!」
後日、一夏が必死になって俺を口説き、更に俺が口説き落とされていたという噂が流れた。
千冬さんは泡を吹き倒れ、俺は白目を向き倒れた。
ごめんなさいとしか言いようがない。