皇女戦記   作:ナレーさんの中の人

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実をいうと1より先にこっちが書けてた
「ではなぜもうないなどと言った」
期待値を下げるためです、ハイ!


北方戦役の終幕(その2)

統一歴1924年12月26日

 

この日、交渉の場で帝国から突き付けられた条約案に、協商連合側は困惑した。

対する帝国側交渉団の表情はと言うと…。

 

 

困り切っていた。

苦り切ったとも言う。

 

 

その理由は交渉団のど真ん中に座っている少女。

「どうしました、評議会委員長?」

「…なぜ、貴女がここに?」

「この手の話はトップ会談で大枠を決めた方が早い。外野(・・)に茶々を入れられるのも御免ですからな」

「…なるほど。しかし危険だとは思わないので?」

 

委員長のいじわるな問いに、皇女は人の悪い笑みで答える。

 

「ふふ、こう見えて私も魔導師でね。ついでに言うと――」

そういって、彼女は自分の後ろに控えた小柄な士官…よく見るとまだ幼女である…を指さす

「――ネームドの部下も連れてきているのだよ。デグレチャフ少佐、準備は良いかね?」

「…気乗りはしませんが、いつでも行けます」

物凄く不機嫌そうな顔で言う幼女。

その顔は凶悪そのもので、本当の子供がいたら泣き出したに相違ない。

まぁ仕方あるまい。久しぶりにうまい朝のコーヒーを飲んでいたところを拉致同然に連れてこられたのだから。

「だ、そうなので軽率な行動はお互いのためにならない。よろしいかな?」

「…なるほど。そいつは話を聞くしかなさそうだ」

「話が早くて助かる。では条文に戻ろうか」

 

 

 

第一条

 帝国と協商連合国との間の戦争状態は、この条約が両国間に効力を生ずる日に終了する。

 

第二条

 帝国は、ロンディニウム条約に基づく協商連合国及びその領水に対する協商連合国民の完全な主権を承認する。ただし、その領域について以下のとおり定める。

 

第三条

 協商連合国は、ロンディニウム条約に定められた国境線を承認し、帝国領たるノルデン地方に対するすべての権利、権限及び請求権を放棄する。

二 今回の戦争状態を鑑み、帝国及び協商連合国は本条に定められた国境より北側(・・)三〇キロを非武装地帯と設定し、小銃以上の火器持ち込みを禁止する。ただし、両国政府が同意した場合に限り、この制限は解除される。

三 協商連合国は、協商連合国民の活動に由来するか又は他に由来するかを問わず、スカゲラク海峡及びバルト海の各諸島に対する権利若しくは権限又はいずれの部分に関する利益についても、すべての請求権を放棄する。

 

 

 

ここまでの条文に、協商連合国は困惑した。

てっきり併合されると思っていたところが、蓋を開けてみれば主権は残るうえに国境も戦前のままだという。

まぁ、戦前は『不正確な国境』『ノルデンの主権は我らにあり』と息巻いていたことを思えば敗北だが、少なくとも国家の消滅は避けられそうだ。

なによりそう言った極右連中は、戦局の悪化でほとんどが政治生命を失っている。

非武装地帯を「北側」、つまり一方的に協商連合側に設定されたことは遺憾だが、現時点で首都近郊まで帝国軍が進駐していることを思えばマシである。

 

驚くほどの好条件に困惑する協商連合国に、恐れていた話題がやってくる。

 

 

 

 

 

第四条 協商連合国政府は、今回の戦闘の原因が自国にあることを認め、誠意ある謝罪を行う。

・ 本条の目的を達成するため、賠償金(・・・)200億マルクを帝国に支払う

 

 

 

 

 

「200億だと!?」

「そんな金、払えるわけがない!!」

 

賠償金。

 

それは協商連合国において、最後まで徹底抗戦を唱えていた一派が危惧していた点である。

講和に応じたところで、国土を奪われ、賠償金をむしり取られては意味がない。なるほど勝利は絶望的だが、だからこそ最後まで抵抗し、帝国に一撃を与えてから有利な条件に持ち込むべきだ、というのが彼らの主張である。どこかの一撃講和論のようである。

それゆえ、帝国が提示した金額は徹底抗戦派を勢いづかせ、戦闘再開に行きつく恐れがあった。

 

「何をお考えなのですか?こんな額を提示されては、我々も戦わざるを得ません」

「その結果、さらに多くの国民を犠牲にするとしても?」

「………」

「何より続きをご覧あれ」

「…?」

 

 

第五条 協商連合国軍を除く、協商連合国内のすべての軍隊は、この条約の効力発生の後なるべくすみやかに、且つ、いかなる場合にもその後45日以内に、協商連合国から撤退しなければならない。

ただし、この規定は、帝国を一方とし、協商連合国を他方として双方の間に締結された若しくは締結される協定にもとづく、又はその結果としての帝国軍の協商連合国の領域における駐屯又は駐留を妨げるものではない。

 

「…つまり、貴国の軍隊を我が国に駐留させろと?」

「その通り」

「ふざけるな!!」

軍事評議員が思わず叫んだ。

 

「帝国軍を我が国に駐留させる?そんなことは断じて認められん!」

「では、賠償金は全額払っていただくことになるな」

「…どういうことだ?」

 

首をかしげる評議委員長に、皇女の合図で帝国側から一枚の紙が差し出される。

 

 

 

『 帝国と協商連合国との間の安全保障に関する協定 』

 

 

そこには、今回の戦争で防衛戦力を著しく喪失した協商連合の防衛(・・)に寄与するために、帝国軍がオース港をはじめとする主要港、大型飛行場を租借、駐留することが記されていた。

それら以外の場所での帝国軍の行動は制限され、協商連合国政府の要請ないし同意を必要とする、とも。

そしてその租借料として帝国が年間1億マルクを支払う事、『ただし』帝国が支払う租借料は、協商連合が帝国に支払うべき各種の債務(賠償金)と『相殺可能』ともあった。

 

協商連合は、読んで字のごとく「商人の協同体」をそのルーツとする。

そうである以上、評議会のメンバーはその多くが経済的視野を有しており、先の条約と合わせた、帝国の真意を知る。

 

 

すなわち、賠償金免除と引き換えに、オース港をはじめとする良港、軍港を帝国が200年間自由に使用出来る。と言うことである。

 

 

「ああ、勿論民間利用区画は確保すると約束しよう。なんだったら明文化してもよい」

「……」

 

「まあ、決裂してもこちらは構わんのだよ。確かに戦線は縮小したいが、最悪この地域を石器時代に戻せば(SB-1なら可能である)いいだけの話だからな。

 

さて、どうする?」

 

少女が嗤う。とてもとても楽しそうに。

 

 

◇◇◇

 

 

統一歴1980年

連合王国BBC放送

 

――統一歴1925年1月に締結された、帝国と協商連合間の諸条約は、その後の外交条約、特に戦後処理のあり方に大きな影響を与えたと評価されています。

 

――現在に至るありとあらゆる平和条約の類は、この時の条約を参考に作られていることは間違いないでしょう――

近代史研究家、フォーク博士は断言します。

――当時の戦争においては、その決着は莫大な賠償金を伴う降伏か、国家体制の崩壊、占領のいずれかでした。

ところが、この条約は賠償金を謳いながらも、帝国軍駐留地の租借料と相殺と言う形で協商連合国の支払いを免除し、帝国からすれば軍事上の要地を合法的に200年使用できるという利益をもたらしました。

これにより、帝国は占領統治の重みと恨みを買う事なく、協商連合側は「実質賠償金を支払うことなく、国土を守った」と国民を納得させることになったのです。――

 

軍事研究家、ウェンリー博士はその後の大戦への影響を指摘します。

 

――この時、帝国が建設した協商連合国内の飛行場により、連合王国からルーシー連邦への海上航路は著しく制限されました。

また、各地のフィヨルドに構築された潜水艦基地からの攻撃により、北海のシーレーンはズタズタに切り裂かれることとなったのです。

しかも帝国は、協商連合全土を占領統治する経費や軍備からも解放されました。

まさに良港や飛行場と言う『良いトコどり』を実現したのです――

 

 

経済研究者、ケインズ博士は、同時に締結された『外交貿易協定』に着目します。

 

――ほかの条約に隠れがちですが、この条約は相互間の関税撤廃を規定しています。

世界初の自由貿易協定ともいえるでしょう。結果、両国は経済分野での結びつきを強めることとなり、協商連合は大戦終結まで帝国を裏切れなくなったのです――

 

――それは、どういう事でしょうか?――

 

――相互の関税撤廃と言うことで、帝国側にも不利益をもたらすように思われますが、そんなことはありませんでした。

なぜなら、当時の帝国は大規模動員の結果、慢性的な労働力不足に陥っていました。

工場労働者の賃金も上がり、それを求めて農村から多くの労働者が都市部に流入しました。

結果、農業生産力は低下し、食料品の値上がり、品不足が起こりつつあったのです。協商連合国産の農産品は、それを補って余りあるものでした。

無論、帝国の農業は打撃を受けましたが、それに目をつむってでも、農産品の確保は帝国の急務だったのです。

かくして、協商連合は帝国の食糧供給地となりました。

 

もしあなたが協商連合の農家、もしくは物流商社の人間だったとして、そんなお得意様と喧嘩したいと思いますか? つまりはそういう事です。

 

そして帝国からは多くの工業製品が協商連合に流れ込みました。協商連合は戦後復興が急務であり、帝国の高品質工業製品は喉から手が出るほど欲しいものだったのです。

しかも帝国はすでに大量生産体制を確立していましたから、関税の撤廃と相まって帝国製品は低価格高品質。結果、協商連合の工業地帯は戦争に伴う破壊から立ち直ることが出来ず、精密機械産業だけが生きながらえることとなったのです。

大戦後半ともなると協商連合国からの出稼ぎ労働者が、帝国国内の工場に勤務する光景が普通に見られるようになりました――

 

一方で疑問も残ります。

なぜこれだけの成功を収めた外交関係を、帝国はほかの交戦国と結ぼうとしなかったのか?

多くの研究者たちが首をかしげるこの点を、ウェンリー教授はこう考えています。

 

――ほかの国に適用しなかった、のではなく『協商連合相手だから締結した』のが正解でしょう。

当時、帝国の実権を掌握していたのは皇太女ツェツィーリエですが、彼女は極めて実利的な人物だったと言われています。

そんな彼女から見れば、協商連合国は『占領するのは難しく、その割に利益がない』ところだったのです。ダキアにあった油田はなく、共和国ほどの工業力も市場もない。確かに鉱物資源には恵まれていますが、当時はまだそれほどの産出量ではありませんでした――

 

帝室研究の第一人者、シュナイダー博士もこう述べます。

――おそらく、冬の寒さを恐れたのでしょう。

当時の資料によればツェツィーリエは極端に寒さを苦手としていました。

統合作戦本部や帝国最高指導会議でも、厳冬期になると座長たる彼女が暖炉前から動かなくなるので、結局参加者全員、円卓を離れて暖炉の周りに車座になっていたという証言があるほどです。

そんな彼女だからこそ、冬の寒さ厳しい協商連合国の占領の難しさを誰よりも理解していたのでしょう。

実際、正しい判断でした。なにせ後年、協商連合の同意を得て実施した冬季行軍訓練において、帝国軍は多数の死傷者を出していますから――

 

そんな訳で戦争の終結に進んだ両国ですが、頭を悩ませる厄介なことがありました。それは当時協商連合国に展開していた、共和国軍と連合王国軍です。

 

――和平条約第四条は、条約発効後45日以内に、協商連合国内の他国の軍隊が撤退することを定めています。これは明らかに共和国軍と『国籍不明の義勇軍』を念頭に置いています。

戦争に負けた以上、協商連合としても拒否することが出来ないものでしたが、『昨日までの同盟軍、援助国をどうして追い出せるだろう』と言う至極もっともな問題に突き当たります――

 

フォーク博士は言います。

ここからが、帝国の、いやツェツィーリエの狡猾なところだった、と。

 

――彼女はこう言ったのです。『義勇軍は、貴国の困難に手を差し伸べた名も知らぬ隣人(どこの国かは知りません)であろう?貴国の困難は終結するのだから、お帰り頂くのが筋と言うもの。帝国としてもその高貴な振る舞いは賞賛こそすれ、危害を加えようとは思わない。武装解除に応じさえしてくれれば、彼らの出国を一切妨害しない。私と帝国軍司令の連名で誓書を認めても構わない』と。

 

協商連合は、いや共和国も連合王国もこれに乗るしかありませんでした。

既に協商連合国の制空権、制海権、陸路はすべて帝国に抑えられており、増援を送り込むことも不可能である以上、協商連合を翻意させる手立てはありません。

彼らに出来るのは取り残された友軍をいかに脱出させるかということだけだったのです。

結局、そもそも『国籍不明の義勇軍』だった連合王国軍はもとより、共和国軍も『義勇軍の一部』と言う形で武装解除させられたのち、本国に帰還することとなったのです――

 

――それだけ見れば共和国軍部隊をみすみす見逃した帝国側の手落ちのように見えますが?――

 

――確かに、当時の帝国軍上層部でもその点が大問題となりました。

しかし、早期に北方戦争を終結させ、ひいては共和国との戦争にもケリをつけることのほうが優先度は高いと判断されたのです。共和国本国との戦争に勝利さえすれば、魔導師を見逃したとて大きな問題にはならない、と――

 

軍事研究家ウェンリー教授も口を揃えます。

――しかも帝国は『武装解除と武器隠匿は異なる。後者の場合、戻ってきて再度騒乱行為を起こす意思ありと判断し、処理する』と内々に伝えていたのです。

結果、時間的制約もあり、隠匿が間に合わなかった連合王国軍、共和国軍の装備及び宝珠が少なからず帝国に接収されてしまいました。それらは分析され、帝国軍の宝珠開発にフィードバックされたと言われています――

 

ともあれ、これらの処理も統一歴1925年3月には終了。

帝国はその総力を西方戦線に振り向けることになります。

今日、我々が言う『共和国最後の日』がすぐそこまで迫っていました。

 

 

 

 

 

 

「ところで、その短機はどうした?わが軍のものでは無さそうだが?」

「ハッ!敵魔導師と交戦した際に鹵獲しました。なかなか使い勝手が良い物でして」

「フム…。弾薬の互換性は?」

「確認済みであります。我が国の弾丸を問題なく使用可能です」

「ならばよし。ところで少佐?帝室御用達のコーヒー豆を持ってきたのだが、一杯いらんかね?」

「是非とも!」

「よろしい。それでは君たちの駐屯地に行こうか。魔導大隊とはどういうものか見ておきたい」

「ハッ!」

 

 

 

 

後年、セレブリャコーフ少尉は語る。

あの時の昼食ほど味のしない食事はなかった、と。

 

 




お察しの通り、条文はサンフランシスコ平和条約及び日米安全保障条約の一部改変です。
元歴史学者のツェツィーリエの面目躍如でしょう。

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