皇女戦記   作:山本 奛

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お久しぶりで御座います


「終わりの始まり」

統一歴1928年1月3日

帝国首都ベルン 外務省

 

「一体全体、どういう事ですかな?」

 

不機嫌な表情を隠そうともしないコンラート参次官に、エーリッヒ・レルゲンは態とらしく首を傾げた。

 

「どういう事、と仰いますと?」

「惚けないでいただきたい。知っていれば此方でも準備できたものを…」

「つまり?」

「端的に申し上げましょう。夜間の、それも連合王国都市部への無差別攻撃など――」

 

 

 

「――合州国に参戦の大義名分を与えるだけ。そう、仰りたいのですかな?」

 

 

 

自身の発言を途中で引き取ったレルゲンに、コンラートは一瞬瞠目し、そして長い溜息を漏らした。

 

「…つまり、軍は、陸軍参謀本部は、それを覚悟の上、と?」

「正しくは統合作戦本部、いえ、統帥府の意思とご承知頂きたい」

「……統帥府。そう、仰いましたかな?」

「いかにも」

「…なるほど」

 

そう言って、紫煙を燻らせる次官の姿に、レルゲンはそっと安堵のため息を零した。

 

 

『統帥府』

 

 

統合作戦本部を態々そう言い換えた意味。

それが分かるという点で、目の前の人物は得難いカウンターパートナーと言えた。

極端な話、統合作戦本部は『統帥』の()()、作戦全般――ここで言う「作戦」は陸海空三軍全てにまたがる、極めて高次元での話であるのだが――を司る『一部局』に過ぎない。

その文脈に従って『統帥府』と言う場合、それはその統合作戦本部より高次の、つまり『統帥()全般を所掌する』ものを意味しており…。その様な存在(人物)、帝国には一つしか無い。

それが分かるコンラート次官だからこそ、思わず天を仰ぎ、溜息と共に呟くのだ。

――つまり、『コレ』は既定事項だったという訳だ、と。

 

「『コレ』とは?」

「…此方を」

 

そう言って、彼が懐から取り出したるは一枚の紙。

正確には、解読が概ね終わったところで書きなぐられたと思しき、暗号電。

 

「喜びたまえ、親愛なる外相閣下も今頃見ているかどうかというレベルの、極めて新鮮な情報だ」

 

そこに書かれていたのは――

 

 

 

 

 

 

『合州国国務省より召喚あり、詳細は随時追送ス』

 

 

 

 

 

 

◇――◇――◇

 

 

統一歴1928年1月7日

連邦首都モスコー 内務人民委員会

 

 

「馬鹿め」

 

ロリヤは断じた。

 

「ロンディニウムへの無差別攻撃など、こうなるのが分かっていただろうに」

 

彼の手にあるのは、駐合州国ルーシ連邦大使館からの報告。

 

 

 

 

『合州国、帝国に対し宣戦を布告』

 

 

 

 

「連中は、起こしてはならぬ巨人を起こした」

「思った以上に早かったですな。ま、我々としては助かりますが」

「同志デューコフ、まさにそれですよ」

「ほう?」

 

首を傾げるデューコフ上級大将は、おそらく分かっているだろう。

 

「同志、君と私の仲です。認識のすり合わせを行いたいのですが?」

「同感であります、同志人民委員長。なにせ小官は根っからの軍人でありまして」

 

よく言う、とロリヤは苦笑する。

正真正銘の『ただの軍人』が、この国難にあって、否、この国難を利用して自分のライバルを蹴落とし、ロリヤと手を組んで参謀総長の椅子を奪うなど、出来るはずも無いのだから。

だが、それだけにこの『軍人』との共闘は利に適っている。

 

「腹の探り合いのようなことはやめようじゃありませんか。まず異様に早かった合州国の対応ですが…。貴官ほどの人間なら、理由も察しが付いているのでは?」

 

問いかけに、デューコフはニヤリと笑う。

その様子を見たロリヤもまた嗤い、そして二人は頷き合うと声を揃えてこう言うのだ。

 

 

──合州国は「待っていた」、と。

 

そうでなければおかしいのだ。

思えばこの数年、合州国は参戦する機会を狙っていた。

なにしろ、かの国は『中立国』を謳いながら、その実大量の『レンドリース』によって、実質的に対帝国戦線の武器供給源となっている。

 

「しかも『船団』に関する意図的なリークまでやっていた節があります」

「なるほど、それを襲わせて参戦の口実にしようと」

「実際、『不幸な事故』も複数発生していると聞きます。それに加えて今回の件…、大義名分としては十分でしょう」

「どうしてそこまで参戦したがるのか…、ま、我々には好都合ですが」

 

大方、『中立国』として――合州国の産業界基準で言えば――中途半端に武器を卸すよりも、自国が参戦してくれた方が発注も増えるという計算なのだろう、と嘲笑するロリヤ。これだから資本家の馴れ合いと談合で政治が決まる国家という奴は!

 

「そこも合州国の狙いでしょう」

「…まぁ、そうでしょうな」

 

バクー油田が甚大な損害を受けた現状、連邦は苦境に立たされている。

なればこそ、純軍事的には合州国の参戦は願ったり叶ったり。

『中立国』時代よりもより多くの支援が期待できるし、いずれは『第二戦線(大陸反攻)』の成立によって、連邦軍西部戦線(帝国にとっての東部戦線)への負荷も大幅に削減されるだろう。

 

だが、いや、だからこそである。

 

 

「このままでは、美味しいところは全て合州国が掻っ攫ってしまう」

 

 

今次大戦において、連邦ほど血を流した国は無い。

当然、対帝国戦勝利の暁には多くの配当を得る権利がある。

少なくとも、連邦首脳陣はそう確信している。

 

――だが、その「勝利」が、合州国の参戦によって齎されたものだとしたら?

 

当然、『配当』の受取人は変更となってしまうだろう。実に度し難いことに!

 

「困りましたな。実際助けられたとなれば、反論もしづらいでしょう」

「全くです同志、実に困ったことに」

 

故に、ロリヤはデューコフに向き直る。

 

「同志、貴官は政治と軍事、どちらが優先されると思われますかな?」

「同志、それは偉大なる党の指導者たる同志書記長がお決めになることでしょう。軍はそれに従うまでであります」

「実に結構な覚悟ですな。…けれど、です」

 

偉大なる党の偉大なる指導者、同志ヨシフ書記長の忠実な僕にして優良な官僚たるロリヤは嗤う。

 

 

「指示を待つだけならば、ただの兵隊と変わりはない。そうは思われませんかな?同志参謀総長」

 

 

 

 

◇――◇――◇

 

統一歴1928年1月8日

帝国陸軍参謀本部 作戦局次長執務室

 

「全ては殿下、いや陛下の予想通り、か…」

 

そう、葉巻片手に呟いたルーデルドルフに答えるものはない。

当然と言えば当然である。

合州国の参戦に騒ぎ立てる参謀連の声に飽き飽きして、『暫く一人にさせろ』と、半ば怒鳴り声の如き一喝を残して中座したのは、ほかならぬルーデルドルフ自身なのだから。

そんな、荒ぶる作戦参謀次長閣下の執務室に、それこそ鼻歌まじりに入室出来るような御仁は帝国に二人しかおるまい。その人物がかたや東部戦線に、もう一人が帝室会議に出張っている現状、彼の執務室が閑散とするのは至極当然の結果だった。

 

「まったく、参謀本部も質が落ちたか?」

 

時折、扉から漏れてくる参謀連中の喧騒に顔を顰めながら、ルーデルドルフは嘆息する。

 

『参謀本部、そは叡智のましますところ』

 

帝国が、帝国陸軍がそう自負して止まぬ、帝国軍の頭脳。

そう、手足でなく頭脳。

参謀将校と言う灰色の脳細胞を濃縮したそこは、如何なる事態にも動じることなく、冷静沈着に対応策を練り上げ、企画立案の上、各方面軍という「手足」に命令する「頭脳」であった。

その様は実に粛々としており、いっそ「静謐」と言いうるほど。

無駄な咳き、軽挙妄動など論外と言わんばかりの神殿であったのだ。

 

──それが、今やどうだ。

 

合州国参戦の報に慌てふためく参謀連中を思い出して、ルーデルドルフはため息を一つ。

…そもそも合州国が『あちら側』だったのは周知の事実。

ルーデルドルフに言わせれば、事実上の敵国が正真正銘の交戦国になったに過ぎない。

 

「…いや、あの生産力を思えば無理もないか」

 

そして連合王国と連邦が戦争継続意思を失わない原因こそ、その生産力に支えられた『レンドリース』であることを思えば、かの国との対峙は避けようがなかった。

 

だが、同時にその参戦は、帝国が開闢以来対峙したことがないほどの強敵との戦いをも意味する。

 

「戦前の想定で言えば、『敵が増える愚行』」

 

『内線戦略』

 

それは周囲を仮想敵国に囲まれた戦前の帝国が、正確には参謀本部の先達が練り上げた基本戦略。

『ある方面での敵国の侵攻に対し、各方面軍は遅滞防御を実施。然るのち、中央本軍の来援を待って、断固反抗に転ずる』

その方針で行けば、成る程、あたら新しい戦争正面を作る行動は慎むべきだろう。しかも新しい敵が、世界最大の生産力を持つ化け物となれば尚のこと。

 

──しかし

 

「そもそも最初から、想定は完全に破綻している」

 

帝国はこの大戦劈頭──と言うより、まだ「大戦」という認識すら無かった時点で──、協商連合軍を叩くために兵力を北方ノルデン地方へ転換した結果、共和国の参戦を招き、『絶対あってはならぬ』多正面戦争へと引き摺り込まれた苦い記憶がある。

 

そして、その状態はそれからずっと変わっていない。

否。西に連合王国、東にルーシー連邦、それらを支える合州国と言う状況は、あの時よりも深刻と言うほかない。

そう、帝国が、参謀本部が練り上げてきた『内線戦略』は、ついに実現していないのである。…そして、これからも。

 

 

「そして戦務からすれば、敵策源地を引きずり出す好機」

 

と、そこまで考えが及んだところで、唐突にルーデルドルフは悟る。

 

「…ああ、なるほど」

 

道理で参謀本部の神通力も衰えて見える筈だ、と。

 

「戦争の規模と広さが桁違い過ぎるのだな」

 

 

 

――世界大戦

 

合州国の参戦により、戦争は文字通りそれとなった。

先達が緻密に造り上げた『内線戦略』に息づいてきた参謀本部が、世界大戦に適合できるはずも無し。

そもそも戦前の作戦局に「大西洋を挟んだ海の向こうから押し寄せてくる敵を想定したプラン」なるものは存在しない。

 

なにせ、帝国は強国ひしめく欧州大陸のど真ん中に産まれた国家である。

それら諸列強を想定した作戦計画は作れても、それを越えて海の彼方にある合州国(それも伝統的に孤立主義を取ることで有名な!)が敵に回る状況など、想定はおろか想像すらしたことがないと言って過言ではない。

 

「…いや、軍大学でも聞いたことがないな」

 

それを、あの陛下はこともあろうに『招待』したのだ。

 

「──黄昏るには少々早いと思うがね。ルーデルドルフ次長?」

「陛下?いつ此方へ?」

「ちょうど今()()()()()所だとも」

 

そう言って、おそらく帝国始まって以来、最も皇族らしくない軍服姿の皇帝陛下はニヤリと笑う。

 

「いよいよ本番だぞ、ルーデルドルフ」

「…本番、と仰いましたか?」

「然り。合州国が相手となれば、今までのドクトリンは殆ど無意味になるやも知れん。ただ、一つだけ確実なことがあるとすれば──」

 

合州国への招待状(ロンディニウム爆撃)を出した張本人は、そうして楽しそうに宣う。

 

 

 

 

「嵐が来るぞ、ルーデルドルフ。今までの戦争が前座だったと言えるような、盛大な鉄の嵐がな」

 

 

 

 

その言葉の本当の意味を知る者は、この時、世界に2人しかいなかった。

 




いやぁ、保険業務はブラックですわぁ〜(意:残業代が本棒を超えそう)
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