統一歴1928年1月8日
連合王国首都 ロンディニウム
「──認めよう。我々は、読み違えた」
ウィストン・チャーブル第一大蔵卿のその声に、情報部長ハーバーグラムは沈黙をもって同意した。
「…まさか、帝国がここまで派手に仕掛けてくるとは」
──帝国は、限界まで合州国との戦争を回避する
それが、従来からの連合王国情報部の見解。
なにしろ、彼らが「うっかり」漏らした合州国からの大輸送船団に関する情報にも、帝国は決して喰いつきやしなかったのだ。
…一応、今でもこの『怠業』は不定期に発生して「しまって」いるのだが、それに関わっているある情報部員がぼやいて曰く、『史上最大の徒労』。
その国は、かつての連合王国の植民地にして──「忌々しい、認めたくはない」という感情がないと言えばうそになる──今は世界第一の工業生産国。
その生産量たるや、呆れたことに連合王国やルーシー連邦への膨大な『レンドリース』を供給しながら、自国の軍備近代化、拡充もこなしているというではないか!
…しかもこれで民業への悪影響はほとんど出ていないどころか、軍需生産を行う企業の周辺では、むしろその恩恵に与る形で好景気が実現されていると聞かされた時、さしものチャーブルも呆れて乾いた笑いを上げるほかなかった。灯火管制実施中の連合王国ではありえないことだな、と。
だが、連邦や連合王国がその莫大な工業力の恩恵に与っているも事実。
故に帝国とて敵に回すのを躊躇する……。
…いや、事ここに至っては『以前の帝国は』と訂正すべきだろう。
──以前の帝国は、かの国との正面対決を回避しようとしていた。
何しろ、それは『列強』にカテゴライズされる大国の軍備、補給品を3か国分も吐き出し続ける『一大生産拠点』。世界の工場と言えば聞こえが良いが、帝国に言わせれば『怪物』、新皇帝ならば『チート』と評するほかない悪夢。
しかも、帝国にとってはあまりにも遠く、その本土を叩く手段が見当すら付かない時点で『詰み』である。
そして、チャーブルは帝国の新しい皇帝を知っていた。
そう、『合州国との戦争は避けるだろう少女』を。
「ゆえに、帝国はジリ貧だと知りながら打つ手がない」
そもそも、東でルーシー連邦、西でアルビオン連合王国と戦い続けられている時点でおかしいのだ。実際、帝国内のあらゆる分野で影響が出ていることをハーバグラムらは掴んでいる。
──いずれ帝国は息切れを起こす
気合と精神で武器弾薬やガソリンが造られるのではない以上、当然の帰結である。
帝国がその『破局』を回避するには、先に連合王国か連邦を息切れさせるほかなく、そのためには合州国からの補給を断ち切る必要がある。
では、どうやって?
合州国と戦って勝つ?
──論外。理由はもはや言うまでもなし。
合州国からの輸送路を断つ?
──不可能。なにせ合州国―連合王国間の制海権は連合王国の掌中にある。
確かに開戦劈頭、帝国海軍水上遊撃艦隊は猛威を振るったが、それも今や過去の話。
なにしろ『護送船団』の周囲は護衛艦艇が固めており、しかも必ず──書類上は合州国製「タンカー」を連合王国が徴用して改造したことになっている──「護衛空母」が付いている。
船団は昼夜を分かたぬ哨戒行動で守られており、最近では返り討ちに遭うことも珍しくない。
となると帝国ご自慢の潜水艦隊の出番だが、こちらには一つ深刻な問題があった。
「潜水艦による通商破壊は、『不幸な事故』が避けがたい」
そもそも「通商破壊」という行為自体、戦時国際法上では黒に近い。
帝国はこれを「厳格な海域の指定とその宣言」「対象は交戦国の軍需物資積載船舶に限る」ことで潜り抜けている(前者はともかく後者は実現性が甚だ怪しいモノだが、建前と言うのはとても大事なのである!公務員志望の人間はよく覚えておくこと!!)。
そして、その建前は帝国海軍に大きな制約を課すこととなる。
──すなわち「船籍確認もなしに、ましてや
無論、単純かつ明白な「解決法」はある。
実に簡単な話だ。
「船籍確認」を厳格に行い、「臨検」で積荷を確認して、より慎重を期すならば「船員を下船させたうえで」、当該船舶を撃沈ないし拿捕すれば何の問題もないのである。
事実、チャーブルらは知らなかったが、同時期の帝国陸軍参謀本部で「不幸な事故」が問題となった際、ウーガ少佐も似たような提言を行っている。
その提言に関する回答は。
「論外」
その一言に尽きる。
潜水艦は潜っているときにこそ、『隠密性』という唯一無二の特性を、真価を発揮する。
翻って浮上時はと言うと…、まぁ、アレだ。『予備浮力に乏しい虚弱体質』そのもの。
なにしろ戦前時点で、「事故」──暗喩ではなく、正真正銘の事故だ──で「民間船に衝突されて」沈んだ潜水艦が結構な数あるくらいだし、それどころか連合王国の船乗りたちの間で交わされる「不幸にも潜水艦に遭遇してしまった哀れな羊の対処法」なるものには、ハッキリと『体当たり』の文言がある。
しかも、冗談無しにそれなりに有効な方法なのだから笑えない。
…そんな潜水艦に、厳格な船籍確認と臨検のため、護送船団の真正面で浮上せよと?
潜水艦について、どこぞの誰かから聞きかじった程度のルーデルドルフですら分かる話だった。
「論外」
かくして、合州国からの『レンドリース』は増えることはあっても減ることはなし。
連邦宛て補給物資に至っては太平洋航路とシルドベリヤ鉄道、つまり帝国には手も足も出せない──もとい、届かない──ルートを経由するのだから論ずるまでもない。
「ゆえに、帝国は詰む」
帝国は東では連邦相手の消耗戦と言う底なし沼に沈み、西部では連合王国の『夜間絨毯爆撃』にじわりじわりとむしばまれつつある。
連邦が誇るバクー油田の破壊によって見えてきた勝機も、合州国の「最後通牒」で潰えた。
合州国がやる気な以上、連合王国も連邦も耐え抜くだけで良い。
必要な補給物資は合州国から溢れんばかりに届くのだから、後は帝国が息切れするのを待って一気にケリをつける。
それが、『連合国』の共通見解にして基本構想。
無論、それをゆっくりと待ってやる連合王国ではない。様々な挑発と情報を駆使し、帝国が「手を出す」、つまり合州国参戦の大義名分をお膳立てするべく工作を駆使してきたのだ。
「…だが、ここまでやるとはな」
意思と能力は別。
たとえ帝国世論を激発させたところで、肝心の帝国軍(主に西部軍)に連合王国を攻撃する力はない。ゆえに、帝国に出来るのは「限定的な」、連合王国にとっては「こちらの被害は軽微、然るに『大義名分』には必要十分な」攻撃となる見込みだった。
──それが、どうしてこうなった!?
本日5本目の犠牲者となりつつある葉巻を握り締めて、チャーブルは唸る。
「──つまり、あれの正体は『無人飛行爆弾』であると?」
「情報部、空軍技術局ともその結論で一致いたしました」
ハーバーグラムが首相の机に差し出した膨大なレポート。すなわち情報部のエージェント達の暗闘苦闘、瓦礫の山から掘り出した無数のちっぽけな破片を、気の遠くなるような分析にかけた技術者達の血と汗の結晶を、一言で纏めればそうなる。
「無人であることは確実です。現時点で
「…宗教的には安堵すべきなのだろうが、全く安心出来んな」
国王陛下の忠実な僕にして、連合王国の舵取り役である──つまり、膨れ上がる戦費に頭を悩ます大蔵省からの悲鳴を聞き続ける立場の──チャーブルは知っている。
「人命ほど重いものは無い。──そう、遺族年金と育成費用の両面で」
帝国西方地域への夜間爆撃において、連合王国を悩ます要因はそこにある。
何しろ連中、早くも夜間邀撃体制を構築したのか、此方の被害も無視出来なくなりつつある。
損耗率は許容範囲の5%を超えることもしばしば、たとえ帰還出来たとしてもスクラップ処分するほか無い損傷を被っていたり、死傷者を乗せている事だってある。
──余談だが、後に『連合王国爆撃手の嗜み』と呼ばれることとなる「股の下に鉄兜」の作法は、この頃誕生した。
だが、チャーブルは勿論のこと、連合王国政府にこの夜間爆撃を中断するつもりは全く無い。なにせ情報部が『史上最も効果的な放火事件』と太鼓判を押すほどの「効果的な」やり方なのだ
故に──
「割が合わんぞ!」
帝国の手口を知った、ハリス空軍大将がそう叫んだのも宜なるかな。
事実、戦後の検証で『ランカッシャーよりコスト面で優れていた』VOBである。
何しろ遺族年金も訓練費用も一切掛からないのだ。
使い捨てのエンジンは極めてシンプルな構造で(つまり、安い)、しかも低オクタン価の燃料でも問題ないと来れば、費用対効果は抜群と言って良い。
「幸いな事は、命中精度は劣悪と見られる事でしょうか」
「どういう事かね?」
首相閣下の問いかけに、ハーバーグラムは資料のとある1ページを指し示す。
「此方が現時点で確認された着弾地点になります」
「…散らばっておるな」
チャーブルの指摘に頷いて、ハーバーグラムは続ける。
「ロンディニウムに着弾したのはおよそ700発程度ありますが、周辺にはそれ以上の数がバラバラに着弾しています」
それこそ、後年『VOB』について語られる際の「最大の問題点」。
事実、この「第一次ロンディニウム総攻撃」において、発射されたVOB5,120発のうち、ロンディニウム市街地に直撃したのは──
──僅か700発。
それ以外は手前に落ちるか、もしくは飛び過ぎるか別の場所に落ちて爆発していた。それでも3,600発は連合王国本土に届いている点、西暦世界よりはマシだったのだが
どこかの少女は知っていた。
西暦世界の『V-1』、その命中率の低さを。
そして彼女は知っていた。
高価格高精度の兵器を精緻に造り上げた『第三帝国』、あるいは極東の島国が物量の前に如何に踏みつぶされたかを。
──故に、彼女はこう割り切ったのだ。
『どうせ高精度なんぞ不可能なのだ。とにかく安上がりにしてくれ給え』
手始めに、西暦世界『V-1』にあった「斜進装置」、つまり進路変更機構がオミットされた。
これは西暦世界ではコンクリート製の固定式大規模発射施設から発射されていた事と密接な関係があるが、そんなご立派なもの、件の女帝に言わせれば「コンクリートの無駄遣い」。照準なんざ、カタパルトの向きで設定してやればいいのだ、大規模発射施設なんて爆撃の的でしかない、と。
補助翼と垂直尾翼は残されたが、その機能は内蔵ジャイロ(それも簡易型)で検知したズレ(風で流された分)を補正する──性能的には補正しようとする、と言った方が正しいかもしれないレベル──という限定的なものに。
カタパルトについても「移動式とする事」という大命題が課された結果、技術局──特に、ヒドラジン燃料に並々ならぬ情熱を傾けていた某技師──謹製の『ヴァルター式カタパルト』から従来通りの火薬式に変更。
「薬液を補充すれば繰り返し使える?…火薬式だって繰り返し使えるだろう」
実際、JBー2は火薬式だったし、と彼女が小声で呟いたのを知る者は無い。
ちなみにこの火薬式カタパルト、分解して鉄道輸送も出来たり、専用牽引車を使えば発射体制のまま運べたりと、どこぞの『JBー2』か『V-2』で聞いたような設計方針に従って設計されていたりする。
高度維持装置も実にシンプルになった。
すなわち、気圧式高度計(それも誤差が出やすい簡易型)をセンサーとし、設定高度より上がり過ぎたらエンジン出力を下げ、逆に高度が落ちたらエンジンを吹かすというものに。…どこかの世界線の燃料漏洩防止装置を思い出すのは筆者だけだろうか?
ちなみに出力制御というと複雑に見えるが、その実態も「気圧計と連動したピアノ線によって、エンジンの燃料噴射バルブが調節される」というカラクリ仕掛け。あまりの単純さに技術局員から誤差への懸念が噴出したが、「費用対効果」の声に反論は封殺される。
飛行距離の算定に至っては「プロペラ回転数でも、どうせ誤差は出る」と言うことで、なんと戦前市販されていた民間時計を流用した時限式に。
ちなみにVOBは機体の安定性向上のため、西暦世界のVー1と違って「高翼式」となっている。(先述の、曲がりなりにも連合王国本土に届いた率の高さもここに一因がある)
そして、実にはここにも簡易化に向けたカラクリがある。
すなわち、VOBの主翼は中央部の大型ボルト一本で胴体中央上部に接合されているのだが、このボルト、実は『爆砕ボルト』となっている。
後はもうお分かりだろう。
この爆弾、「燃料ストップ」だの「昇降舵下げ」などという金のかかる機構は無く、着弾は「設定された時間になると爆砕ボルトが作動して『墜落する』」事で達成される。
「主翼が折れればどんな飛行機でも墜ちる。簡単な事じゃないか」
とまぁ、高性能高精度という文言からかけ離れた設計のオンパレード。
最後の機構に至っては墜落──しかも、主翼の折れ方によって落下位置が大幅に狂う──と来ている。
「…本気でこれで宜しいので?」
「安くはなっただろう?」
「それは…まあ…」
ちなみに主翼は木製(造るのは、戦争で仕事が激減した家具屋だ)、それ以外は鉄製、ブリキ製なので、さらに原価は下がっている。
「正直、胴体も金属貼り合わせ六角柱にしたらどうだろう?」
「…殿下*1、今でも既存の大型配管の製造ラインを転用しておるのです。むしろ逆効果かと」
「そう言えばそうだったね。…ふむ、ほかにもっと安くできる方法は…」
「もう、あとは大量生産でよろしいのでは!?」
後年、この時対応した技術職員らは語る。
とにかく安くしろと上から叩かれるマーケット店員の気持ちがよく分かった、と。
そんな事とは知る由もないチャーブルら。
「…本当に誤差なのかね?あの国の精度狂いは私でも聞いたことがある。先日のセバスチャン・ト・ホリの件は聞いているだろう?」
「小官も同じ思いであります。しかし、『O・R』に参加している数学者、統計学者らに着弾分布を分析させた結果です」
ハーバーグラムが差し出した報告書には、彼のいう通り「この着弾位置から見て、複数の目標を狙ったのではなく、ロンディニウム中心部に向けて発射された飛翔体が落下したものと考えるべきである」と記されている。
「無論、今後命中精度が向上する可能性は十分に留意するべきでしょう」
「ウム、しかし帝国らしくない兵器だ。帝国らしくないという事は──」
──君の仕業かね、ツェツィーリエ
脳内でそう呟き、宰相は東の空を見上げる。
厄介な新兵器の飛んできた方角、そしてあの少女のいる方角を。
次は数ヶ月後だと予想した読者諸氏へ
奇襲作戦は成功だワッハッハ!
ーーすいません珍しく早く書き上がっただけなんです調子乗りましたスイマセン靴投げないで!