皇女戦記   作:山本 奛

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オーバーロード
史上最大の――


統一歴1928年()()11日 午後2時

共和国北西部 シェ()ブール沖

 

 

それは、異様な光景であった。

 

 

ドードーバード海峡に突き出すコ()ンタン半島、その先端に位置する共和国随一の港町、シェリブール。

それを守るように海岸線と並行に浮かぶ、フランソワ共和国海軍旗を掲げた艦艇。彼女たちは緊張の極致にあった。理由は、彼女たちの視線の先、連合王国側の海上にある。

 

 

 

 

 

 

──それは、沖合を埋め尽くす艨艟の群れ。

 

 

 

 

 

特に周囲を圧倒するは、僅か8,000メートル先に並びたる、連合王国ご自慢の『マイティ・フッド』以下の戦艦群。

その威容に、フランソワ海軍司令官は双眼鏡を握りしめて生唾を呑み込み、彼の側で「シェーン海軍年鑑」をめくる参謀の手は止まらない。

なにしろ()()()()()()()()()()()()()。周囲を取り巻く巡洋艦の名前が途中まで読み上げられたところで、司令官は参謀の肩を叩く。もうよい、と。

 

「…各艦に再度命令、『決して此方から発砲するなかれ。砲は正位置を維持せよ』」

「了解!」

「…司令、メルセルケビークのこともあります。『万一』に備えるべきでは?」

「君の言うことも一理あるがね、『上』の命令は絶対だよ。それに…」

「それに?」

「この戦力差だ、意味は無かろうて」

 

巡洋艦4隻に、駆逐艦7隻

 

それが、彼の手持ちの戦力であった。

かつて連合王国と大陸の覇権を争い、欧州第二位を謳われた共和国海軍も今は昔。

主力艦艇の大半をブレストで失い、残された基幹艦隊もメルセルケビークで焼かれた彼らに、昔日の面影はない。

今、目の前の連合王国海軍に一発でも発砲すれば、たちまち消し飛ぶ沿岸警備隊。それが自分たちの実情であることを、司令官はよく承知していた。

 

「むしろ救命胴衣の着用を下令すべきだろうな。この距離なら泳いで帰れるだろうて」

 

自嘲気味に笑う指揮官の視線の先には、『フッド』へと向かう内火艇の姿がある。

 

「…副官、彼らの官姓名はきちんと記録してあるな?」

「は、ハッ!」

「この状況下で志願した、勇気ある若者達の名だ。決して忘れてはならん」

 

 

◇――◇――◇ ◇――◇――◇

 

同刻

連合王国王王立海軍 本国艦隊第一艦隊 旗艦『フッド』

 

「提督、共和国海軍からの連絡艇が接舷いたしました」

「宜しい。丁重にお迎えするように」

「ハッ!」

 

駆けだす伝令の後姿を見やりつつ、第一艦隊司令、ソマヴィル中将は息を吐いた。

 

()()のあった通りですな」

「うむ。しかし、本当にこうなるとはな」

「同感であります、長官」

 

相槌を打つフッド艦長、カー大佐の視線の先には、フッドと共に戦列を組む連合王国第一、第二艦隊、そして合州国第二艦隊の姿がある。

戦艦20隻、巡洋戦艦8隻、正規空母、護衛空母10隻を基幹とする大艦隊だが、しかし、それはほんの一部に過ぎない。

戦艦級28隻、巡洋艦16隻、駆逐艦やモニター艦──連合王国海軍を狂乱させた「大改装」計画の結果、費用に見合わないと言うことでモスボール処理となった戦艦たちから撤去した主砲を積んだ大型の「砲艦」──をはじめとする戦闘艦艇約300隻、補助艦艇及び徴用商船約1600隻。

 

──そして、()()()()()()()()()()()()()()()と、それに分乗する陸上戦力、実に約16万人。

 

しかもこれは『第一陣』に過ぎず、連合王国には第二陣以下100万の将兵が集結しつつあると聞けば、なるほど『史上最大』という言葉に偽りはない。

 

ただし──

 

 

 

 

 

「これでは『史上最大の()()』だな、全く」

 

 

 

 

 

 

ハァーグ陸戦条約 第弐拾参条

防守されていない都市、集落、住宅または建物は、いかなる手段によってもこれを攻撃または砲撃することはできない。

 

 

 

 

 

フランソワ共和国政府より、帝国軍西方司令部及び連合国軍最高司令部殿

我が国は我が国ノルマンディア地方(詳細は別途通知す)について、ハァーグ陸戦条約 第弐拾参条の規定に基づく無防備地区であることを宣言する。

ただし当該地域外における施政権及び安全保障については、引き続き共和国政府および共和国軍がこれを行使し、自国民の生命財産の保持のため、万難を排する決意である。

なお、本宣言の忠実なる履行を保証するため、我が国は森林三州誓約同盟、イスパニア共和国、イルドア王国から監視団の受け入れについて協議中であることをここに通知する。

本宣言の内容、対象地域について、我が国は交戦各国と交渉する用意がある事を合わせて宣言する。

 

 

 

 

 

『無防備都市宣言』とは

現代用語辞典より

無防備都市宣言、または無防備地区宣言とは組織的降伏の一種。戦争もしくは紛争において、都市に軍事力が存在していない開放地域(Open City)であると宣言し、敵による軍事作戦時の損害を避ける目的で行われる。

特定の都市がハァーグ陸戦条約第25条に定められた無防守都市であることを紛争当事者に対して宣言したことを指す。(中略)この地域に対して攻撃を行うことはハァーグ陸戦条約第1追加議定書によって明示的に禁止されている。当該地域においては全ての戦闘員、移動可能な兵器、軍事設備が撤去され、また軍隊や住民が軍事施設を敵対的に使用すること、軍事行動の支援活動を行うことが禁止される。つまり無防備都市宣言とは、当該都市ないし地域が軍事的な抵抗を行う能力と意思がないことを宣言することにより、それに対する攻撃の軍事的利益をなくし、そのことによって、その地域が軍事作戦による攻撃で受ける被害を最小限に抑えるためになされる宣言である。

 

ただし、これが有効に機能するのは当事者たちが法を忠実に守った場合だけである。

 

◇――◇――◇ ◇――◇――◇

 

~とある取材記録より~

取材対象:フィリップ・ペッタン(フランソワ共和国元大統領・共和国元帥 以下「P」と表記)

取材日時:統一歴1935年9月21日

取材場所:パリースィイ郊外

取材者:アンドリュー(以下、Aと表記)

 

A:──次に閣下、1928年の『無防備都市宣言』についてお伺いしたいのですが…。

P:あれは我ながら危険すぎる綱渡りだったのぅ。何しろ合州国、連合王国あわせて100万の軍隊じゃ。如何に文明国同士の戦争とはいえ、共和国国民の生命財産の安全が確保できるのか、不安だったとも。

A:帝国軍の動向についての不安は無かったのですか?

P:無論、それもあった。何せ当時の共和国は陸海軍とも壊滅状態からの再建もままならぬ状態じゃったからのぅ。合州国、連合王国、帝国…、ああ、イルドア王国もじゃな。それらの列強を相手に抗しうる状態ではなかった。

A:そのような状況で、何故『無防備都市宣言』を?

P:…ふむ。まぁ、細かく言えば色々とあるのじゃろうが、端的に言えば──

A:端的に言えば?

 

 

P:──もう、戦争なんてこりごりだったのじゃよ

 

 

A:…それは。

P:連合王国民の君には分かりにくいじゃろう。…そうじゃな、当時の共和国民の認識を述べさせてもらっても?

A:むしろ、お願いいたします。

P:うむ。中々良い『連合王国人』の様じゃな、君は。

…さて、話を戻そう。当時の共和国民の大戦に対する認識はこんな感じじゃった。

『協商連合が余計なことをして引き起こして自滅し、それにダキアも自分達も巻き込まれた』…ま、自己欺瞞じゃな。ノルデン戦役はともかく、ライン戦線の号砲を鳴らしたのは我々共和国だったのじゃから。

A:しかし、そう思わないとやっていられなかった?

P:然り。なにせかのボナパルト以来の栄光ある大陸軍が全滅、海軍は…ま、君たちの方が知っているじゃろう

A:えぇ、まぁ…。

P:連合王国民である君に言うのは酷だがね。あの件で我々は連合王国を信用できなくなった。何せ昨日までの同盟国に撃たれたのじゃからな

A:……

P:では帝国のことは信用できたのか?…普通ならば無理じゃな、なにせ昨日まで殺し合っていたのじゃから

A:だから「もう戦争はこりごり」と。

P:左様。敵に徹底的に叩かれ、味方に裏切られたのじゃ。当時の共和国市民の無力感、徒労感、絶望感は筆舌に尽くしがたいものが有った。

だからこそ、『知名度があり、その前の戦争で共和国を救った』と言うだけで、儂のような老骨が引っ張り出されたのじゃが。

A:そうは仰いますが、その後の帝国との停戦協定では、…失礼、事実上の敗戦国ながら、そうとは思えぬ好条件を引き出したと評価されています。

P:ああ、君。そこが違うのじゃよ。

A:違う、とは?

 

P:引き出したんじゃない、帝国が提示してきたのじゃ

 

A:そうなのですか!?

P:ふぉっふぉっふぉっ、これを言うと皆驚くのぅ。あの時のアイゼンバウワー将軍も全く同じ反応じゃったよ。

A:それはいつの話です?

P:それこそ1928年の…7月終わりごろじゃったかのぅ。パリースィイで彼ら『連合国遠征軍』の首脳部と会談した時じゃよ。

…うん?話がそれたな?

A:ああ、失礼いたしました閣下。しかし、帝国が譲歩など、俄かに信じられませんね。

P:それこそが連中の狙いだったんじゃよ。

A:と、仰いますと?

P:『昨日までの同盟国を討った国』と、『昨日までの敵国に敬意を表する国』。さて、共和国市民に好印象を与える国はどちらかな?

A:…なるほど。大いに納得できます。

P:確かに『保障地域』と言うことで大西洋岸地域は事実上占領された。しかしそれとて軍政ではなく共和国の行政機関に代行、委託させる形を取っておった。変わったのは駐屯地にいる人間と、やたら増えた検問所。あとは閉鎖されたビーチかの。

あとはそうじゃな。君、帝国海軍の空母には詳しいかね?

A:『ルイ・ピエール・ムイヤール』のことですね?当時我が国でも話題になっていましたよ。

P:知っておったかね。ならば話は早い。『昨日までの敵国と言えど、かの国が生んだ大空の偉人に対する敬意は不変である』…正直、儂が心の底から『負けた』と思わされた一件じゃった。

A:……。

P:そういう訳での。1928年時点で帝国への憎悪は大分薄らいで居ったよ。少なくとも、積極的に『また連合王国と一緒に帝国と戦争しよう』とは思わぬ程度には。

A:それが『無防備都市宣言』に繋がったと?

P:いやいや君、そんな感情論だけで政府が動く訳があるまい?今言ったのはあくまでも『背景』じゃよ。『宣言』は現実問題から決断したのじゃ。

A:現実とは?

 

 

P:「どうしようもない」じゃよ

 

 

A:…はい?

P:どうしようもない、じゃよムシュ・アンドリュー。

…あの当時、合州国の参戦により、近い将来彼らが大西洋を渡り、帝国に第二正面、西方戦線を強いるのは確実と見られておった。

A:『オーバーロード』ですね

P:左様。そしてその場合、彼らは共和国の何処かに上陸するだろう、とも。

何しろ帝国西部沿岸が要塞化されているのは戦前から有名じゃったし、大戦中ともなればさらに強化されているのは予想がついた。…それに引き換え我が国は…

A:加えて海軍も喪失している、と。

P:貴国のお陰でね。あぁ、皮肉では無いよ。事実じゃ。

A:ええ、承知しております。

P:ゆえに我が国が『通行路』となるのは避けがたいと思われた。

儂に限らず、共和国の軍関係者、知識層も予想して居ったじゃろう。事実、合州国の参戦後、『保障地域』からの人口流出が止まらんでのぅ。財務省が頭を抱えて居ったわい。

A:加えて帝国軍が進駐している以上…

P:どう足掻いてもかの地は戦場となる。左様、如何に我が国が「中立」を叫んだところで、力なきその声は無視され、勝者によって全土が占領されるだろうと覚悟したとも。おかげで共和国政府は毎日葬式のような状態じゃった。

A:連合国に与する。あるいは帝国に与するという選択は?

P:前者は国内の『保障地域』に帝国軍部隊が展開し、休戦協定で東部地域への部隊展開に制約が課せられた状況では危険過ぎる。後者にしても『通行路』として利用する大義名分を連合国に与えるだけだと考えておったよ。

中立国ならまだしも、敵国ならば蹂躙するのに遠慮はいるまい?

A:いずれにせよ、共和国が再び戦火に巻き込まれるとお考えになっていたのですね?

P:然り。そして大いに嘆いたよ。脆弱な軍隊しか持たぬということがどれほど惨めなことか、とね。

A:……。

P:連合国と戦う戦力も、帝国を追い出す軍事力もない。しかし戦場予想地域の共和国市民の安全は確保せねばならぬ。

海岸防備の拡充?逆立ちしても無理じゃ。なにより『保障地域』での共和国軍の活動は休戦協定で禁止されておった。それを破れば再占領は必至。

集団疎開?同様に帝国を刺激し、破滅を招くのみじゃろう。…文字通り、先の見えない闇路を歩くような気分じゃった…

A:そして辿り着いたのが『無防備都市宣言』だったと?むしろ帝国を刺激しそうなものですが?

P:…ウム、()()()()()そうなって然るべきなんじゃろうな。

A:…と、仰いますと?

 

P:ムシュ・アンドリュー。この『無防備都市宣言』、誰の提案か知りたくはないかね?

 

A:ご存じなのですか!?かの大戦における謎の一つですが。

P:無論、提案を受けた本人なのじゃから知っておるとも。

A:おお…。それで、誰なのです?あの『宣言』を閃いたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P:『帝国』じゃよ。

A:……は?

 




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共和国「もう勝手にやってくれよ!」
帝国のとある少女「私に良い考えがある♪」


連休最後の投稿です。次回投稿は未定に戻ります(悲しみ
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