皇女戦記   作:ナレーさんの中の人

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つーかーれーたー


ノルマンディア

統一歴1928年7月15日

連合王国首都ロンディニウム 首相官邸

 

 

「…帝国め、何を考えている?」

 

――正確にはツェツィーリエは、だが。しかしそれを閣僚らの前でいう訳にも行かず、チャーブルはブルドッグの如き形相で葉巻を圧し折る。

 

『帝国に乗せられている』

 

そう思っているのは、チャーブルだけではない。

 

 

◇――◇――◇ ◇――◇――◇

 

 

統一歴192()年初頭、連合王国と合州国の間で、ある討議がなされた。

 

 

『大陸反攻作戦における、上陸地点はどこにするべきか?』

 

 

この時点で合州国参戦は決定事項だった、と後世の史家は指摘するがそれはさておき、上陸地点の選定は重要なテーマであった。

会議の出席者たちは各々の開示できる資料を持ち寄り、来るべき大陸反攻について議論を重ねていった。

 

 

 

「――協商連合方面はどうか?」

 

 

 

中立を宣言している点は一顧だにされなかった、出席者はのちに回顧している。

 

「無駄だ。帝国本土までにもう一度海を渡ることになる」

「あの地域を制圧すれば、ムルマンスク航路*1も復活するが?」

「君のところの大統領閣下が喜びそうなメリットだな。しかし我々にはメリットがない」

「全くですな。つまり、却下で」

「異議なし」

 

 

 

「――では、帝国西方、低地地域への直接上陸は?」

 

 

 

「帝国への直接的ダメージと言う意味では魅力的だが…」

「制海権が問題だ。わがロイヤルネイビーと比べて帝国海軍は脆弱とはいえ、自国沿岸の制海権をやすやすと手放すとは思えん」

「となると、艦隊決戦が惹起すると?勝てますかな」

「愚問ですな。…と、言いたいところですが」

「何か懸念が?」

「もちろん、艦隊戦そのものについては心配はいらんでしょう。戦力差は圧倒的です」

 

ただ…、と連合王国海軍人は顔を顰める。

 

「帝国が沿岸要塞、潜水艦、魚雷艇、なにより空軍を総動員した場合、少なからぬ損害を覚悟する必要があります」

「要塞か…。いや、あの地域の沿岸要塞はなまじ古く、旧式装備が多いと聞いたが」

 

合州国陸軍関係者の指摘も正しかった。

帝国は陸軍国であり、その開闢以来、海軍力、沿岸防衛には苦心してきた歴史がある。

西方地域、大西洋沿岸に広く分布する沿岸要塞、砲台の数々はその生き証人であり、言い換えれば、どれもこれもが骨董品揃いであった。

例を挙げれば、『規格統一令』で規格外れとなりながら、代替砲が用意できないと言うことで残っている15.2センチ加農砲、21センチ加農砲、24センチ加農砲が多数。

現行の規格には残っているが、原設計が1890年代(!)と言う30.5センチ加農砲もかなりの数が設置されている。これらはほぼ全て、統一歴1928年基準で言えば射程と威力が不足した旧式砲である。

…余談だがこの30.5センチ砲。実はセバスチャン・ト・ホリ要塞攻略戦への動員が考えられたが、「重すぎる上に搬送に耐えられない可能性がある」と言うことで、近くにあった28センチ榴弾砲に白羽の矢が立った経緯がある*2。榴弾砲ゆえ、口径の割に加農砲ほど重量がなく、要塞攻略には威力十分だと考えられたからである。

閑話休題。

 

――しかし、それは以前の話である。

 

「情報が古いですな。連中、旧式化した戦艦主砲や場所によっては戦艦そのものを使って沿岸砲台を強化している」

「…戦艦()()()()?」

「こちらです」

 

そう言って連合王国側が差し出したのは、何枚かの航空写真。

そこに写っているのは帝国西方地域、低地地方の海岸線なのだが――。

 

「…なんだこれは。戦艦が埋まっている!?」

「そのとおり。連中、古くなった戦艦を海岸線に埋め込んで沿岸砲台に転用しやがった」

 

連合王国軍関係者は語る。盲点だった、と。

 

「あの地域は地盤が弱く、重砲、巨砲の類は接地できないと踏んでいたのが…」

「戦艦の船体そのものを土台としたと?」

「情報部の調べでは、干満差を利用して浅瀬に着底。その後周りをべトンで固めたらしい」

「…どこかで聞いたことがあるような話ですな」

「何年か前、秋津洲が戦艦を保存するときに行った手法ですよ」

 

そう言って、彼らは追加写真を数枚。今度は地上から――おそらく諜報員が――撮ったものと思われ、遠くからの撮影なのか、やや不鮮明であった。

 

「ただ、秋津洲のそれが『記念艦』の保存だったのに対し、こっちは沿岸砲台への転用です。あちこちを大分いじった形跡がある」

「つまり、沿岸砲台として十全に機能すると?」

「それも、旧式とはいえ戦艦クラスの主砲が、ですな」

 

事実、これらの「元戦艦」は沿岸砲台への転身を遂げていた。

沿岸砲台では不要の舷側装甲はすべて撤去され、装甲板は元の甲板部分に増設。さらにその上にはたっぷりのべトンが上乗せされている。

砲塔についても「設置地点」への回航を前に、海軍工廠で防御力向上、仰角増大工事措置が施されている(余談だがこの工事の際、工廠に潜り込んでいた協力者を通じて連合王国情報部に情報が漏れた)。

艦橋以下の上部構造物についても、陸上砲台ゆえ不要と言うことで撤去された。

軍艦では限られたスペースに押し込むこととなる観測装置、射撃指揮装置も、陸上砲台ならば分散して、隠匿して、特に司令部機能は頑丈な地下施設に置く方が自然なのだから。

ボイラーなどの機関部は残されたが、それは砲などの動力源として必要な分のみ。空いた部分は上部構造物跡地に盛り付けられた対空火器群の弾薬庫に改造されている。

 

こうして出来た「艦艇式沿岸砲台*3」は戦艦譲りの砲門数(一箇所あたり、連装砲塔5基10門)と、陸上砲台ならではの射撃精度――複数設置された観測所と完全防護された射撃指揮所――を有する、凶悪な代物に仕上がっていた。

もっとも本職の沿岸砲台と比べると弾火薬庫がやや狭かったり、地下施設内に砲弾や要員運搬用のトロッコがなく要員が走る必要があったり、砲身を交換する設備が地下に無く、もし戦闘中やその前後に交換が必要になっても対処出来ないという欠陥を抱えていたが。

それを言われた建設担当者は憮然としてこう言ったとされる。

 

『もとが船なんだから仕方ないでしょう!』

 

道理である。

ともあれ、この時点ではそうと知らぬ連合国である。

もし知っていたのなら、これら「艦艇式沿岸砲台」に猛爆を加え、砲身を破壊したのちに上陸作戦を敢行したかもしれないが。

 

「…設置を阻止できなかったので?」

「無論、わが海軍と空軍が全力で阻止しましたとも。だからこそ3隻で済んだのです」

「…と、言いますと?」

「連中、最初は6隻を沿岸砲台にするつもりだったようです」

「それはまた。いずれにせよ、この地域も上陸地点としては不適切ですな」

「同感です。ネールデラント地方より東についてはまだ貴官の言うとおり、古い砲も多いのですが…。これもいずれ近代化されるでしょう」

「…帝国西方に直接乗り込むのは不可能ですな」

 

 

 

「――となるとフランソワ方面か、思い切ってイルドアか」

 

「どちらも中立を宣言しているが、まぁどうとでもなります」

「然り。だがその二つならばフランソワでしょう」

「その理由は」

「イルドア海軍は強力です。なにしろ今次大戦で一切損害を被っていない」

「ごもっとも。付け加えさせていただくと、『半島』と言う時点で望ましくない」

 

半島。

それは防御側にとって有利に働く。

なにしろ攻める側からすれば戦闘正面が限定されるうえ、迂回機動にも制約がかかる。

無論、攻撃側も大兵力を一点に集中できるが、集中と言う利点は防御側にも働く。馬鹿正直に突っ込んで大損害を被る馬鹿はいないだろう。

そして半島における迂回となると、再度の上陸作戦を敢行せねばならない。イルドア海軍を排除すれば可能だが、そういった苦労を重ねてイルドアを屈服せしめたところであまり意味はない。何故ならば――

 

「イルドアを落としたところで、今度は山越えが待っております」

「トンネルを残してくれるとも思えませんからな」

 

ゆえに、彼らは結論付ける。

 

「共和国しかあるまい」

 

では共和国の何処が良いのか?

この点でも両者は早期に意見の一致を見る。

 

 

「ノルマンディア地方でしょう。あそこならば比較的早期に帝国領に辿り着く」

「なにより連合王国本土から近い。航空支援と補給、制海権の面でも理想的です」

 

加えて――

 

「しかもあそこは帝国、共和国間で定められた『安全保障地域』」

「帝国軍が進駐している、つまり『帝国によって占領された地域』です」

 

進んで法律違反だと咎められたい者はいない。

それが『正義』を標榜する国家ならば尚のこと。

 

かくしてノルマンディア地方への上陸作戦は決定した。

連合国は連合王国南部の港に大量の資材と兵員を集積し、同時に上陸予定地域が帝国に露見しないよう、工夫と苦労を重ねたのである。

例えば北海の協商連合沖で大規模な艦隊行動を起こしたり、あるいは内海艦隊を増強してみたり、最近では『ノルマンディア地方の帝国軍陣地に爆弾1トンを落としたら、パ・ドゥ・カレーに3トン落とす』なんてこともやってきたのだ。

 

 

――そんな苦労の末、ようやく作戦発動準備が整った矢先の『無防備都市宣言』である。

 

 

しかも、よりによって上陸を予定していた地域で!

これで情報漏洩を疑わぬ馬鹿はいないだろう。先述の地勢的にエリア予測は出来るとして、タイミングが良すぎる。

何しろ上陸予定日の二週間前の宣言である。

各部隊は集結を完了しつつあり、爆撃機部隊に至っては宣言の30分前に爆弾を投下したばかりであった。

 

「共和国内に展開していた帝国軍部隊は、ほぼすべてが帝国本土に引き上げた模様です」

「閣下、やはりこれは帝国の罠では?」

「おそらくそうだろうが…」

「ライン戦線の再現を目論んでいるのではないでしょうか?」

「あるいは戦前宣伝していた『ジークフリート線』を完成させたのでは?」

「そのあたり、どうなのだね?」

 

親愛なる首相閣下に問いかけられたハーバーグラム少将だが、その顔に焦りはない。

情報部員と言うのは『言われてやるのは二流、言われる前にやっているのが一流』なのだ。その長たる彼ともなれば、既に質問への回答――ファイルを仕上げたのは、限界まで酷使されている情報部員一同である。黙祷――を持参している。

 

「我々の調査によれば、確かに帝国軍はライン戦線で使用した陣地群の修復に着手している様であります」

「で、ではやはり!?」

「ですが、ご安心を」

 

顔面を蒼白にする大臣の一人に、ハーバーグラムは微笑みかける。

 

「やはりと言うべきでしょうか、帝国は資材も労働力も東部戦線に吸い尽くされている様です。修復は遅々として進んでいないとのこと。それに――」

 

彼は胸元のポケットから、折りたたまれた地図をちらり。

 

「ここで開く訳にはまいりませんが、それら陣地の所在は全て判明しております」

「なんと!」

「よほど人手が足りんのでしょう。我が情報部のエージェントが易々と侵入できるほどの警備だったようです。

無論、我々連合国が共和国に上陸した以上、帝国も工事を急ぐことは十分に予想されますが…」

「そこからは、私が」

 

そう言って、説明を引き継ぐのは連合王国陸軍参謀長。

 

「しかし、これから工事を急いだところで、出来上がるのは塹壕か小規模なトーチカ程度であろうと、陸軍は見ております。頑強な要塞を作るのには時間が足りません。

ゆえに主要な防衛拠点、陣地群は現状のまま。――つまり所在が判明している『的』です」

 

その発言に、場の面々からどよめきが漏れるのを満足そうに眺めて、彼は続ける。

 

「加えて、投入を予定しているのは我が軍きっての精鋭部隊。対塹壕陣地戦にむけ、訓練を重ねておりますれば、早期に突破は可能と判断しております。

その後は速やかに前進し、帝国低地地方、工業地帯の制圧にかかります」

「そうなれば、忌々しい『サイレン』ともおさらばですな」

 

 

『サイレン』、正確には防空警報と、その原因たる『ブンブン爆弾(VOB)』。

 

 

昨年末からこの方、連合王国政府から安眠を奪い取った忌々しい飛行爆弾。

よほど量産性に優れているのか、ある時は一昼夜を通して降り続いたり、かと思えば一週間近く音沙汰がなかった翌日深夜に千発単位で飛んできたりする厄介な兵器。

近衛兵が儀仗より高射砲を愛する時代が来るなど、誰が想像できただろうか!

 

「予算は全て戦闘機と防空兵器に食われた」

 

そう嘆いたのはハリス司令のみではない。

海軍は勿論、戦闘機以外の空軍部隊は軒並み煽りを受けたと言って良い。

なにしろVOBは精度が悪く、ロンディニウム周辺ならばどこにでも落ちる可能性があったから『高射砲を寄越せ!』という声は高まることはあっても下がることは無し。

例外は発射地域制圧を目論む陸軍と、その支援を行う中近距離爆撃部隊くらい

 

「そんな!それでは『千機爆撃』が」

「飛行爆弾阻止が最優先なのだ!千機爆撃も有効だろうが、即効性がない!」

 

そうなのだった。

移動式カタパルトより射出されるVOBには明確な発射基地がなく、発射そのものを航空攻撃で叩くことは事実上不可能。

しかも、当時の連合王国はまだ詳細を掴めていなかったが、VOBは各部を帝国内()()()(!?)の企業や団体*4で分散製造し、20カ所の最終組み立て拠点で完成させるやり方を採用している。

極論すれば、これら工場をすべて破壊しない限り、飛行爆弾の製造は止められないと言うことになる。

 

――となれば、阻止手段はただ一つ。

 

「発射地点と目される、帝国低地地方を占領するほかない」

 

だが、既に述べたようにその地域の海岸部は要塞化されている。

である以上、帝国西方地域に可能な限り近い、上陸容易な地点を探してそこから進撃する必要がある。そんな場所があるのかと言えば…。

 

「…やはりノルマンディア地方か」

「そこしかないかと」

 

その意味でも、大陸上陸作戦は共和国ノルマンディア地方で行うほか無かったのだが、そういう点でも帝国に誘導されている気がしてならない。

 

 

『罠か何かがあると分かっていても、VOB阻止のため、我々には前進以外の選択肢は無かった』

 

 

後年、ある連合王国関係者が語ったこの言葉こそ、彼らの総意であったろう。

 

 

――だからこそ、地獄の釜は開かれたのだ

 

 

「…気に入らんな。連中の真意が見えん」

「……」

「…まぁ、良い。ところで共和国政府との交渉の方は?」

「はっ、先刻『条約』の締結が完了したと。こちらが大使館から届いた報告となります。正規な文書も明日には届くかと」

「結構」

 

アーデン外相から渡された書類を片手に、チャーブルはお気に入りの葉巻を一服。

彼が溜息を堪えながら手にしたレポート、その表紙に書かれたタイトルは。

 

 

 

『共和国と連合国間における非武装地域及び通行権に関する条約案』

 

 

 

約一週間前に共和国が発表した「ノルマンディア地方無防備都市宣言」。

それ自体は、一日でも早い帝国本土への進撃を目論む連合国にとって悪い話ではない。

なにしろ敵前上陸というのは、如何に入念な準備砲撃を行ったところで損害が出るのは避けられない。それを行うことなく、欧州に橋頭保を築けるならば、それに越したことはない。

 

――だが、ここで連合国軍法務担当者、そして連合王国外務省、合州国国務省のいずれもが懸念の声をあげた。

 

 

 

「…この宣言、有効なのか?」

 

 

 

彼らの懸念の背景にあるのは、「そもそも『無防備都市宣言』は、()()()()()()()()()もう一方に対して行うことを想定して、ハァーグ陸戦法規に記載されている」こと。

 

 

然るに、共和国は中立を宣言した国家である。

…まぁ、森林三州誓約同盟のように国際条約で認められている訳ではないが。

そしてノルマンディア地方は、帝国と共和国の休戦条約で設定された『安全保障地域』。

休戦条約に基づいて帝国が駐屯、展開しており、それによって連合国はこの地域を「帝国軍占領地であり、帝国支配地域である」と見なすことで上陸可能と理論武装していたのである。

 

「…その理屈で言えば、宣言を出来るのは当地を支配している『帝国』なのでは?」

「しかし、フランソワ共和国内なのも事実だ」

「待て、それを認めてしまうと我々の上陸自体が戦時国際法上、違法となりかねん…。ここはやはり『帝国占領地ノルマンディア地方(だからこそ、「解放」出来る)』と認識するべきだ」

「しかし、帝国軍は撤退したようですぞ?」

「いや、奴らが撤退したのは『宣言』が出されたあとだ。――そうだろう?」

「…なるほど。あくまでも『帝国占領地』だったわけだな」

「然り。そして我々は帝国の撤退を知らなかったのだから、上陸してしまうのも仕方あるまい?」

「もっともだ」

「となると、やはり問題はこの『無防備都市宣言』の有効性だ」

「ウム、『帝国占領地』である以上、やはり宣言を出せるのは『帝国』と言うことになるのではないか?」

「フム…。そのあたり、法務官に照会してみよう」

 

かくて将軍たちから下問された法務担当者は、自軍の軍事行動を正当化すべく、戦時国際法を隅々まで紐解き――

 

「…なぁ、これって小官の見間違いじゃなければ…」

「あぁ…間違いじゃない」

「嘘だろう…?」

 

 

――恐るべき真実を発見してしまうに至る。

 

 

「『宣言を行う権利を有する者』の、明文規定がない!?」

 

 

「それどころか、条文をそのまま読めば()()()()()()()()ことになる!?」

「ご冗談だろう!?」

 

残念なことに、冗談ではなかった。

この部分の明文規定が作成されるのは、ここから5年後の事。

…いや、正確にはこのときの苦い経験が、連合王国をして「明文規定作成」の音頭を取らせたと言うべきだろう。――そうでなければ、西暦世界のように1977年までこの部分は明文化されなかったに違いない。

 

ゆえに、1928年当時の法務官に出来たのは、自らの頭を掻きむしり、陸軍省を経由して外務省にも照会をかけることくらい。

そして照会を受けた外務省もまた、ほぼ同様の結論に辿り着く。

 

「無効とは言えないが…。そもそも『中立を宣言している国家』が無防備都市宣言をすることを戦時国際法は想定していない。

 

――なぜならば戦時国際法が誠実に履行され、その精神が順守されているならば、中立国が無防備都市宣言を出さねばならない状況に『なるはずがない』からだ」

 

全くもってその通り。

 

「よって、この『無防備都市宣言』のみでは共和国政府、現地住民、連合国軍の関係が不安定とならざるを得ず、極めて危険な、不確実な状態であると言わざるを得ない」

 

じゃぁ、どうすれば良いのだとテーブルを叩く首相閣下に、外務大臣は告げる。

 

「共和国との間で外交条約を締結する必要があります。その『条約』によって、我々の通行権、当該地域の非武装について明確にするのです」

 

かくて連合王国外務省に、チャーブル首相の特命が下る。

 

 

 

『一週間以内に条約案を作成し、次の一週間で締結に持ち込め』

 

 

 

その知らせが届いたとき、外務省()()の人間は一様に「聞き間違いかな?もう一度頼むよ」と答えたという。

もっとも外務省外局(情報部)だけは違う反応を見せた。すなわち、「あの閣下だからな」と。

 

 

かくして、外務省職員の毛根と胃痛を引き換えに、連合国は『合法的に』共和国北部へ展開する権利を得る。それがたとえ渋々サインしたものであったところで、力なき共和国にそれを断る術はなし。

彼らに出来たことはただ一つ。

 

 

――対象地域に『帝国との国境地域(絶対に戦場になる場所)』を加えることのみ。

 

 

 

 

 

「…嵐が来るじゃろう」

 

大統領官邸から引き揚げていく連合国使節団を見送りつつ、ペッタン大統領は呟く。

 

「『第二次ライン戦線』という大嵐が。…急ぎ、当該地域の共和国民の避難計画を」

「閣下、それについてはこちらに用意済みです」

「用意が良いな。実に結構」

「えぇ…その通りなのですが…」

「どうした、何かあるのかね?」

 

首を傾げる大統領に、内務省担当者はその計画書をひっくり返す。

そこに書かれた名前を見て、ペッタンは一瞬瞠目し、思わず呟いた。

 

 

 

 

「…間違いなく、血の雨が降るじゃろうな」

 

 

――帝国陸軍参謀本部戦務局鉄道部 ウーガ中佐作成 

――帝国統合参謀本部承認済

 

 

『戦闘予定地域における、共和国民誘導計画』

 

 

 

*1
援連邦ルートの一つ。帝国海空軍の活躍により途絶

*2
77話参照

*3
どこかの誰かさん命名

*4
木製主翼に至っては家具製造職人が手作りしている事例まであった




◼️西方地域の沿岸砲台(骨董品
西暦世界準拠。以下、広田厚司氏著『ドイツの火砲』より
「一九四一年以降の装備は次第に煩雑になって行くが、その前年までは海軍の沿岸砲台は一次大戦型の二一センチ、二四センチ、三〇.五センチ口径の海軍砲が主に使用されていた。しかし、なかには一八九〇年製ですでに製造寿命の尽きた火砲もあり、一方では、ソビエトから捕獲した二四センチ砲は一九一五年製という旧式で威力に乏しい骨董的火砲でもあった。これらは旧式であったが海岸砲台は固定砲台であったのでなんとか使用することができたのである。」

◼️『無防備都市宣言を行う者の規定』
西暦世界で「誰がどのような条件の元において宣言するのかが明確化された」のは、1977年の『ジュネーヴ条約追加第1議定書』になってからです(!?)
やったね連合王国、西暦世界より早く明文化できたよ!(

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