皇女戦記   作:ナレーさんの中の人

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大変間が空きましたこと、心よりお詫び申し上げます。


今回の概要:一番やばいのは、兵器ではなくヤツ


帝国印のヤバイ奴(3)

統一歴1928年7月20日

帝都ベルン 統合作戦本部 本部長執務室

 

 

「なかなか良い塩梅じゃないか」

「いい塩梅、ですと…!?」

 

 

部屋の主にして帝国第四代皇帝、ツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルンと貴族院議員の会話を、幸か不幸か、エーリッヒ・レルゲン大佐はその場で聞いていた。

 

「然り」

「畏れながら、敵軍が一兵の損耗なしに共和国北部に展開した現状を、陛下はどのようにお考えなのでありますか?」 

「貴官は知らんのかね?戦争は防衛側の方が有利だ。地の利もあるし、なによりあの地域には『ジークフリートライン』もある。(けい)は何が不満なのかね?」

「畏れながら陛下。常勝不敗の帝国軍が、帝国が、戦わずして占領地を明け渡すなど、帝国開闢以来無かった事で――」

「占領地ではなく、共和国との外交交渉の中で設定された安全保障地域だ、そこを履き違えてもらっては困る。そして何事も最初は初めてだ。違うかね?」

 

茶化すように言う彼女だが、しかし『拡大派』の伯爵には通じなかったらしい。

 

「言葉を飾ったところで、事実上の占領地であったことは違いありますまい」

 

さて、どうだろうかとレルゲン大佐は内心で首を傾げる。

なるほど帝国軍は駐屯していたが、「手間がかかり過ぎる」と言う理由で軍政官は置かれず、行政機構はフランソワ共和国のものをそのまま継続。以前レルゲンが視察した限りでは、軍事施設にいる人間の国籍が変わり、海岸付近が立ち入り禁止になったくらいの変化しかなかった。…まぁ、その経費を『安全保障費』と言う名目で、少々…いやかなり割り増して共和国から巻き上げていたのは事実だが…。

そんなレルゲンの内心を知る由もなく、伯爵は眼だけをギロリとこちら(レルゲン)に向けて続ける。

 

「海岸の防備が手薄であったとも聞いております。軍は一体全体何をやっていたのですかな?何故、戦わずして我が国への門戸を開くようなことを…」

 

その言いように、冗談じゃないとレルゲンは顔を顰める。

 

『ライン戦線を地の果てまで拡大したるもの、それが東部戦線である』

 

参謀本部の誰かが言ったその言葉は、事実を端的に表している。

なんと言っても「内線戦略」に特化され、それと引き換えに相当程度の外征能力を犠牲にしていた帝国軍にとって、東部戦線はあまりにも広大だった。

しかし、そうは言っても兵を張り付けない訳にはいかないのだ。

 

――では、その戦力はどうやって捻出するのだ?赤子を一瞬で一人前の兵士にする魔法の言葉があるとでも?

 

かくして、西部方面の兵力は次々と東部に転用され、昨年後半ころには再編中の部隊のほかは、警備兵程度の状態であったのだ。

武器弾薬にしても同様。

新規に製造される兵器と弾薬は東部戦線に文字通り「呑まれ」、西方に回ってくる新造品は防空のための戦闘機か高射砲程度。あとはライン戦線以来の型落ち品か、フランソワ共和国からの鹵獲兵器がずらりと並ぶ。

それが西方方面軍の実情であり、かつて参謀本部の誰かがぶち上げた『大西洋の壁』など、夢のまた夢。

 

――そんな状態で、上陸してきた百万単位の連合国軍を追い落とせとでも!?

 

「…そこまで言うのならば伯爵、私に良い考えがある」

「おぉ!それはいったいどの様な?」

 

ニヤリと笑って宣う新帝陛下に伯爵の顔が緩むが、レルゲンは知っている。

この御仁が良い笑顔になるとき、それは絶対に碌でもない事なのだと。

 

「時に伯爵、帝国の兵権は誰が掌握しているものかな?」

「陛下、統帥権は言うまでもなく皇帝陛下、大元帥たる陛下御自らのものであります」

「然り。故に勅を下そう」

「…勅、でございますか?」

 

当惑する伯爵は知らぬのであろう。

 

目の前の人物が如何にして『拡大派』の勢力を削いだ(前線送りでヴァルハラに送った)のかを。

10年近い歳月をかけて帝国政府、軍中枢を自分に近しい人物で固め、大戦を機に『帝国最高指導会議』を設置して政府に優越し、軍部に対しては3軍を統括する『統合作戦本部』の設置を行い、今や名実ともに帝国の主となっていることを。

 

 

「卿に兵権の一部を委ねよう。なに、ほんの一個大隊だ。無理はさせないし、優秀な副官もお付けしようじゃないか」

「へ、陛下!?」

「よい、よい。遠慮せずともよい。軍が不甲斐ない以上、自分が打って出ると言う素晴らしい愛国心の発露であろう?このツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルン、卿の帝国への献身には心を打たれるものが有った。なればこそ兵権を委ねようと言うのだよ」

「あ、いや、わ、私はそのようなつもりで申し上げたのでは――」

 

 

 

「――あれほど言ってくれるのだ。一個大隊もあれば、共和国内から連中を駆逐してくれるのだろう?違うかね?」

 

 

 

◇――◇――◇ ◇――◇――◇

 

「…宜しかったのですか?」

 

這う這うの体で退出した伯爵を見送ったレルゲンが尋ねる。

 

「構わんさ。奴はどちらかと言えば小者だからな」

「小者?お言葉ですが、かの御仁は伯爵位にあらせられますが?」

「比較の話だよ。と言うより大物は大方ヴァルハラか、自慢の跡継ぎを失って領地に引っ込んでおられる」

「!」

「良くも悪くも『拡大派』は元気が有り余っている方々ばかりでね。喜んで最前線に飛び込んでくれたものさ。

であるがゆえに、()()()()()()()二階級特進を遂げられた方が多いのだがね」

「…そう、なさったのでは?」

 

不敬も忘れて思わず問いかけたレルゲンに、彼女は答えた。

 

 

 

――何か問題でも?

 

 

 

ぞっとするような美しい微笑みであったと、後年彼は語る。

 

「無能な働き者はなんとやら、だ。…不服かね?大佐」

「…帝国の現状を鑑みれば、後退しての防御が適当かと」

 

思わず、声がかすれてしまった彼を、誰が咎められようか。

 

「そもそも共和国の海岸全てを防衛出来るほどの兵を、我々は有しておりません」

「全くだよ、大佐。だがあの方々にはそれがお分かりではない。兵も勝利も望めば得られると思っているのだろう」

「度し難いですな」

「然り。しかし仕方ない部分もある」

「と、仰いますと?」

「最近になって気付いたのだがね」

 

帝国第四代皇帝はほろ苦く笑う。

――タイミングが悪かったのだ、と。

 

「今の貴族たちの中に、初代(帝国開闢)の苦闘を知るものはほとんどいない。二代皇帝の専制支配に怯えながら、しかしその植民地拡大の恩恵に与ってきた人間と、その息子と言うのが殆どだろう。ルーデルドルフが良い例だ」

「ルーデルドルフ閣下が、ですか?」

「ルーデルドルフ家が軍の重鎮と言われるようになった切っ掛けは、奴の父上殿の植民地反乱討伐だ。実に鮮やかな指揮だったそうだ。『何よりも衝撃力、何よりも時間』が口癖だったと聞く」

「それは」

「ルーデルドルフの口癖でもあるな。実際、反乱鎮定には最適解だったろうね」

 

植民地反乱と言うのは、実に厄介だ。

初めは一部の部族、民衆の反乱だったとしても、放置すればあっという間に広がって手が付けられなくなる。しかも下手をすれば近隣にある他国植民地の宗主国――ほとんどの場合、連合王国だった――の介入を招きかねないと来れば、その早期鎮圧は必須不可欠だった。

 

「だから反乱発生の一報が入るや即時出撃、短時間で撃滅すべく苛烈なまでの攻撃を行い、敗北、降伏を問わずその首謀者を処断。もって波及抑止と他部族への威圧を兼ねる。

やりすぎると暴発と言う逆効果を生む方法だが、奴の親父殿はそのあたりの匙加減が見事だったらしいな」

 

かくてルーデルドルフの武名は帝国全土に鳴り響く。

 

「ついでに南方大陸のさらに南の端でのことだ。補給なんて無いのが当たり前、携行弾薬と現地調達で何とかするのが普通だったらしい。…思うに、誰かさんの打撃力偏重、兵站を軽く見る癖はそこに起因するのではないかな」

「最近はそのようには見られませんが…?」

「ゼートゥーアと二人がかりで説教してやったからな。そう簡単に元に戻ってもらっては困る」

「…その様なことがあったのですか」

「だいぶ前、それこそ戦前の話だからな。知るものもほとんどおるまい」

 

 

 

いずれにせよ、今の帝国、帝国貴族に『敗北』を知るものはほとんどいない。

「恐ろしいことに今回が例外なのだ。…ともあれ、兵力が足りない以上、下がるしかない。その場合、貴官ならばどこまで下がる?」

 

新帝陛下の問いかけに、間髪入れずレルゲン大佐は答える。

 

「ライン戦線、もしくは『ジークフリート線』でしょう」

 

『ジークフリート線』

 

それは戦前、四方を仮想敵国に囲まれた帝国が、せめて西方の備えだけでも万全としたいと計画した本土防衛ライン。

なにしろこの方面を抜かれれば、即座に帝国重工業の要、否、心臓と言っても過言ではない『西方工業地域』『低地工業地域』が危機にさらされるのだ。故に他方面はともかく、ここだけでも堅固な要塞を構築する必要があるとの説は、それこそ帝国成立期から唱えられ続けていた。

――皮肉なことに、この要塞計画が共和国をして『帝国に攻め込むは、要塞未完成な今をおいてない』と思い定めさせてしまったのだが。

 

ライン戦線は言うまでもない。

共和国との足かけ2年にもわたる『ライン戦線』。

ありとあらゆる地獄を地上に再現したと評されるそこは、最終的に塹壕陣地の完成形態と言って差し支えない凶悪なモノへと変貌を遂げていた。…どこぞの誰かさんの入れ知恵もあって。

両者は重複しているエリアもあり、いずれにせよ帝国軍が拠って立つには最適と言える。

 

より正確には、東部に戦力の大多数を取られた帝国には、他に選択肢がなかったと言うべきだが。

 

「事実、敵は共和国北部で足踏みをしております。これは我が帝国軍の予想外の後退に、事前偵察が不十分となったことが一因でしょう」

「それだけかね?」

「ハッ。いいえ、陛下。それ以前に連中は共和国北部を完全に掌握できておりません」

 

レルゲンは手元の書類をめくる。

 

「我が軍情報部、並びに()()()()()()()()()使()()からの情報によれば、共和国北部では連合国軍と共産党系武装勢力との戦闘が散発的に継続している模様です。このため、敵は我が帝国西方戦線のみならず、後方地域の警備にも兵力を割かれているものかと」

「…なるほど」

「まさか共産主義者に感謝する日が来るとは思いませんでしたが」

 

「…はぁ」

 

「陛下?」

 

レルゲンとしては単に思ったことを述べただけの話。

だが、それを聞いた新帝陛下は目を細め、明らかに落胆した表情を見せて、宣った。

 

「君、一度ゼートゥーアのところで修業した方が良いぞ」

「…はっ?」

「と、言うよりイルドアとの交渉で何を学んだのだね?コンラート次官からのレクチャーも受けたのだろう?…いやはや、参謀本部の質の低下は思った以上に深刻らしい。あるいはルーデルドルフの筋力志向が伝染したか?」

 

あまりの言われように、レルゲンの蟀谷がピクリ、と動く。

 

「後でゼートゥーアのところに行ってくるがいい。奴も西方への兵力再配置で根を詰めているだろう、気分転換にちょうど良い」

「…恐れながら、陛下の言わんとするところが見えないのでありますが」

「本当に?」

「大変畏れ多いことではありますが…」

「…はぁ。これは士官教育のカリキュラムにも手を入れるべきやもしれんな」

 

頭を垂れるレルゲンに、これ見よがしに溜息をついて、皇帝は告げる。

 

 

「フランソワの件、()()()()()()()とは思わなかったかね?」

「それは…」

 

 

確かに、と言いかけてレルゲンはハッとする。

まさか…、と思って目の前の少女の表情を窺えば、そこに開くのは大輪の花。

 

「ようやく気づいたか」

 

 

帝国軍が撤収し、連合国軍が何らの抵抗も受けることなく共和国北部に展開。

それを迎え撃つべき帝国西方防衛線は、要地こそ陣地構築が進んでいるが、如何せん東部に人手も予算も取られて久しいこともあり、全体では予定より遅れ気味。しかも肝心の兵力が足りない状況と来ている。その理由はあらためて言うまでもないだろう。

如何にゼートゥーア参謀本部総長が兵站に熟達していて、鉄道部に凄腕線引き屋が犇めいていると言えど、東部から西部への再配置は恐ろしい難事業。なにせ運ぶ荷物は戦前とは比べ物にならぬほど拡大した帝国軍とその武器弾薬なのだから。

 

――ゆえに、フランソワ共産党の武装蜂起とそれから引き続く混乱は、帝国にとって都合が良すぎた。

 

故に、レルゲンは言葉を発する。

 

 

「…何をなさったのです?」

 

 

その問いかけに、目の前の少女はニッコリとほほ笑んで教授する。

 

「そうだな大佐。…例えば君が革命を志す反体制派の思想家だったとしよう。君たちの一派は治安警察にもマークされており、行動には細心の注意を払わねばならない状態だったとする」

 

あえて『共産主義』と言う言葉を使わず、帝国皇帝は嗤う。

 

「そんな状態で、だ。『革命計画』と同志のリスト漏洩など、もっともあってはならない事だとは思わんかね?」

「!」

「あるいは武器を一カ所に纏めて隠匿するなど、君ならするかね?」

 

――ありえない

 

レルゲンは即座に看破した。

自分ならば、いや、多少知恵のある人間ならば『革命計画』の全容は主要メンバーのみに伝え、漏洩しかねない末端には一部しか開示しないに違いない。

そして革命に使う武器なぞ、それこそ小分けにして市内の至る所に隠しておくものだ。実際、以前目にした資料にもそのようなことが書いてあった。

 

『連中はあらゆるものを徹底的に秘匿する。末端を叩いたところで、その頭脳に繋がる情報はほとんど持っていない』

 

つまり、である。

 

「…成りすましたのですか?」

「いやいや、革命計画は本物だったとも。

 

――連中渾身の力作だったから、ついつい()()()してしまっただけさ」

 

 

 

繰り返すが、革命計画『自体』は本物だった。

モスコーが考えた緻密な計画は良く出来ていたし、フランソワ共産党(長女)はそのシナリオに忠実に、完璧なまでに役を演じようと準備してきたのだ。

 

――ただ、どういう訳か「党本部も把握していない末端組織」がいつのまにか存在していて、しかもその連中が()()()()武器を纏めて集積し、これまたフランソワ国家警察に()()()計画書のコピーが渡ってしまった、ただそれだけの話である。

武器だって彼らが使い慣れているだろう、連邦製のモノを心優しい誰か(帝国)がプレゼントしたのだろう。いやはや、親切な御仁もいるものだ。

 

「ああ、兵站統括部の方で『鹵獲兵器の一部が行方不明』と噂になっているが、聞き流して宜しい。じきに噂は沈静化する」

「……」

 

 

 

 

 

「いやはや、内務省は良い仕事をする。そうは思わんかね?」

 

 

 

実に良い笑みであったと、レルゲンはのちに回顧している。

 

 

 




きっと恰幅の良い局長に率いられてるんでしょうね、帝国内務省


「あとがきと言うか言い訳」
書いては消しが予想以上に長引いて、途中で放置していた(オイ
恋人とよりを戻すのに四苦八苦していた(待て
ようやく何とかなったと思ったら、第五波の余波で業務がパンクしつつある(なう

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