皇女戦記   作:ナレーさんの中の人

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パ・ドゥ・カレー⑴

『欧州に旅順を見ゆ』

 

秋津洲皇国観戦武官・山上 奉文大佐の報告より

 

 

 

統一歴1928年8月15日

共和国北部 パ・ドゥ・カレー

連合王国第11歩兵師団司令部

 

「前線部隊の被害甚大!これ以上の攻勢継続困難です!!」

「クソッ!話が違うぞ!」

「砲撃で帝国軍陣地を叩いたのではなかったのか!?」

 

彼らは知らない。

地下陣地の類は一般的な火砲に対し、恐るべき抗堪性を発揮すると言うことを。

 

「前線部隊より砲撃支援要請!!」

「敵味方の距離が近すぎる!同士討ちの恐れがあるぞ」

 

無論、彼らは『戦争と恋愛においては全てが許容される』と言って憚らない連合王国人。

本格的な陸上戦は初めてとはいえ、連邦経由で東部戦線から多くの戦訓を得ていた。

 

――問題は、それ以上に物知りな誰かさんが、必要以上に頑強な陣地構築を指示していたことにある。

『欲を言えば、主幹線は地下20メートルくらいにしたいところだ』

『お、恐れながら殿下、沿岸部と言う特性上、それほど深くすることは困難かと』

『言われてみれば確かに…。ならばべトンを分厚くするほかあるまい。君の技術力に期待しておるよ、トットー大将』

『ぜ、全力を尽くします』

 

「敵トーチカの抗堪性が異常です。迫撃砲が10発以上直撃して健在なトーチカなど、聞いたことがありません」

「いったい、どんな構造をしてるんだ…?」

「…かのライン戦線では、共和国軍重砲が帝国軍トーチカをかなり破壊したと聞きます。その経験から改良を施したのでしょう」

「では最悪、重砲の直撃すら耐えうると?」

「考えたくもありませんが、帝国ならばやりかねません」

「全く、いやになるほど戦争上手と来ている。…速射砲、対戦車砲による開口部直射はどうか?」

「幾つかは成功しましたが、射撃地点への展開中に破壊されるものが殆どです」

「不味いことに、こちらの準備砲撃で足場がかなり悪くなっています」

 

戦争において、勝敗を決するのは情報であると知り尽くしている連合王国である。

当然、パ・ドゥ・カレーが要塞化されていることは十分認識していたし、その対策として事前の砲撃を()()()()単位で行うと言うのは至極当然の帰結だった。

 

「歩兵による肉薄攻撃は?」

「多くの地点で撃退されました。連中、特に火炎放射器と衛生兵を徹底して狙っておりますな」

「全く、人が一番嫌がることをよくご存じのようで」

「加えて、地下に連絡通路を張り巡らしておるようです。予想外の地点からの射撃、伏撃に多くの兵がやられています」

 

彼らにとっての不運は、パ・ドゥ・カレーの帝国軍陣地の主要部及び連絡線が、完全に地下化されていたことにある。

地上偵察、航空偵察ではありふれた火点に見えるそれが、実際には地下陣地のほんの一部に過ぎないなどと、誰が思っただろうか。

 

「地下要塞か、事前情報には無かったものだな」

「帝国が()()して3年、要塞地帯の防諜は徹底していたと聞きます」

「航空偵察では限界があったか…」

「如何いたしましょう?」

「…やむをえん。後退指示を出せ。それと通信手、軍司令部を呼び出せ。大至急だ」

「ハッ!」

 

 

 

◇――◇――◇ ◇――◇――◇

 

 

同刻 帝国租借地パ・ドゥ・カレー

帝国軍守備隊陣地

 

「敵、後退していきます!」

 

観測所からの報告に、帝国軍第六軍所属のヒス大佐は頷いた。

 

「欺瞞かもしれん、警戒は怠るな」

「承知しました」

「今のうちの装備の点検を、手すきの物は負傷者を運べ!」

「ハッ」

「大佐殿、これで三回目になりますが、また来るでしょうか」

「分からん。しかし今回は先の二回に比べ短時間だった。流石の連合王国人も、ここの守備が甘くないと理解したのだろう」

「…では?」

「次は来ないか、来るとしても大規模な砲撃支援の後だろうな」

「では、今のうちに兵を地下連絡壕まで下げては?」

「…即応に支障は出ないか?」

「大佐殿、我が隊の練度をお忘れですか?」

「確かに愚問だったな。よろしい少佐、貴官の意見を取り入れよう。退避後は適宜休息を取らせるように」

「ハッ、直ちに」

 

駆けだすルドルフ少佐の後姿を眺めながら、兵隊煙草に火を点けて彼は呟く。

 

「…さて、これがいつまで続くのやら」

 

 

 

◇――◇――◇ ◇――◇――◇

 

 

 

 

パ・ドゥ・カレー

 

それは、ドードーバード海峡最狭部にある共和国北部の港湾都市。

そして帝国と共和国の休戦条約において『租借』が認められた地でもあった。

――そう、租借。

統一歴1920年代に勃発した大戦において、帝国は協商連合及び共和国との終戦交渉において、「無賠償、無割譲、ただし要地への帝国軍進駐を認めさせる」方法を用いた。

これは軍政にかかる労力、予算を考慮した場合、いっそ占領しない方が良いと言う割り切りからくる当時としては前例のない方法であった。

そして後年、合州国がそっくりそのまま踏襲(安全保障条約)した事から分かるとおり、実に効率的なやり方であった。

なにしろ面倒な行政機構を敗戦国、言い換えれば「帝国に逆らうことが出来ない」国に押し付け、戦略的要地だけ直接支配するという、実に都合のいい方法なのだから。しかも、帝国軍の駐留経費でさえも「安全保障費」の名目で協商連合、共和国政府に支払わせることもやっていた。

…ダキア?あれは政権が消滅したからやむなく直接統治、軍政に移行したまでのこと。

 

 

 

――だが、完全に無併合だったかと言われると、そうではない。

 

 

 

何しろ相手が先に戦端を開き、攻め込んできたのを打ち破っての勝利である。

利権らしい利権獲得がゼロなどと言うことは帝国の国民感情が許さなかった。象徴的でも良いから『何か』を、目に見える『成果』を獲得する必要があった。

 

「あとの事を考えると、領土獲得は良いとは思えないのだが…」

「軍政の事を思うと、小官も頭が痛い思いでありますが」

「しかしゼートゥーア、防諜の点から言って、我が軍が展開するのが全て『安全保障地域』、行政機構は共和国の物をそのままと言うのは不安がある。特に、『ゼーレーヴェ』(連合王国上陸作戦)を思えば」

「本気かねルーデルドルフ。制海権の確保が困難な状況で、上陸作戦だと?」

「なればこそであります、殿下。海峡の最狭部ならば、制海権、海軍力の不利もさして問題にならぬかと」

 

連合王国上陸作戦はその後、ルーシー連邦の参戦もあって事実上撤回されるのだが、当時はそのような未来を知る由もない。

そして帝国海軍も――

 

「共和国北部の港湾を一つ、確保しておきたいところです。具体的にはパ・ドゥ・カレーを」

「目的は?」

「殿下*1ならお分かりでしょう。かの地はドードーバード海峡最狭部。ここを抑えれば海峡は通行不能。よって連合王国海軍主力に西回り航路を強要できるうえ、高海を不完全ではありますが内海化出来ます。哨戒線の構築、帝国西方の海防の点から言って大いに魅力的です」

「道理だな。しかし、それだけかな?」

「無論、『ゼーレーヴェ』のこともありますが、加えてもう一点。水雷艇部隊を配備したく思います」

「…連合王国沿岸への襲撃行動か」

「はい。パ・ドゥ・カレーからならば、小型艇でも十分に可能であります」

 

空軍に関しては言わずもがなだろう。

後には西方防空軍前線司令部がおかれた事から分かるとおり、この地は連合王国空軍に対する哨戒、警戒、更に敵無線の傍受を行う上で最適だった。

何しろ当時は熾烈なドードーバード航空戦の真っ盛り。敵航空戦力の動向を早期に察知できる拠点こそ、彼らが何よりも欲するものだった。

大型のレーダーから、敵襲時には退避隠匿可能な小型レーダー、各種防空火器まで、当時の帝国空軍地上装備のほぼすべてが揃っていたというから、その力の入れようが分かるというもの。

 

ここに三軍の思惑は一致し、パ・ドゥ・カレーは帝国租借地となり、それ以降、()()()()()()()()()()()()()()()()()()およそ3年余りをかけて同地は要塞化されていた。

「大西洋防壁は不可能だが、パ・ドゥ・カレーのみならば要塞化可能」あるいは「状況が好転すれば連合王国上陸作戦の発起点としたい」という思惑がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

――そして当然のように『アレ』も配備されていたことが、パ・ドゥ・カレーの明暗を分けた。

 

 

 

 

◇――◇――◇ ◇――◇――◇

 

 

 

 

統一歴1928年1月下旬

連合王国首都ロンディニウム 連合国軍総司令部

 

 

「――では、定刻になりましたので、欧州反攻作戦の会議を開始したいと思います」

 

この日、合州国軍関係者も参加して行われた会合。

上陸計画はおぼろげな輪郭すら定まらなかったのだが、しかし、列席者はとある一点についてのみ、完全な意見の一致をみる。

 

 

『パ・ドゥ・カレーは放置する』

 

 

「我が情報部の調べでは、パ・ドゥ・カレーは高度に要塞化されています」

 

連合王国情報部、ハーバーグラム少将は続ける。

 

「同地に駐留しているのは、()()()()()()()()()()()()()()です」

「近衛師団だと?なんだってそんなところに?」

「元々、東部戦線に展開していましたが、戦闘にて消耗。再編と休養を兼ねて共和国安全保障地帯に展開。そして昨年、元々パ・ドゥ・カレーを守備していた第15軍の転出に伴い、その後釜として配備されたようです」

「…流石は連合王国情報部。帝国軍部隊の動向も筒抜けですか」

「日頃のたゆまぬ努力の結果であります」

 

謙遜しながらもハーバーグラム少将は続ける。

 

「また、海岸部には対艦用速射砲が配備されておるほか、確認中ではありますが、フランソワ共和国から接収した長距離列車砲を配備したとの報があります。…次の資料が、その要目となります」

「…この性能は厄介だな」

 

連合王国トベーイ元帥、合州国キング元帥が顔をしかめたのも宜なるかな。

 

「元は沿岸防衛用列車砲として開発されたそうです」

「ああ、道理で厄介な訳だ」

 

そこには「24センチ列車砲」の最大射程が()()()()()()()()()()、つまり50キロもある事が記載されていた。

 

「資料の正確性は?」

「この列車砲はもともと秋津洲皇国が沿岸防衛用として発注していたものを、大戦勃発後に共和国が購入したものです。この資料は、手付金を払ったのに現物が届かなかった、哀れな皇国陸軍参謀本部からの提供品です」

「なるほど、ならば間違いあるまい」

 

列席者は揃って納得した。それならばデータが揃っているのも道理だ、と。

ちなみにこの時代、海外から発注された武器を、自国の戦争に伴って購入すると言うのはごくごくありふれた光景であった。

実際、この時点で連合王国、合州国ともに南米諸国から発注された戦艦数隻を自国艦隊に編入している。それに比べれば列車砲の横取りなど可愛いものであった。

 

「口径は24センチか、戦艦ならば、砲撃に耐えつつ接近しての射撃も可能だろうが…」

「確かに主要部分は無事だろうが…」

「防御された陸上砲相手に艦砲は分が悪い。それよりもパ・ドゥ・カレー以外に上陸地点を設定し、その援護射撃に回す方が良いのでは?」

「道理ですな」

 

「発言を宜しいですかな」

「何ですかな、キング元帥?」

「小官は海軍人なので詳しくないのですが、確かフランソワはこれ以外にも数多の列車砲を保有していた筈。それらが移動して沿岸防衛に使われる可能性を考慮する必要があります」

「元帥殿の言うとおりだ」

「対処法は?」

「鉄道線の爆撃優先度を引き上げるほかありますまい」

「動けなくするのですな」

「然り。破壊できればなおよしかと」

「では陽動も兼ねてパ・ドゥ・カレー及び共和国北部の鉄道網を徹底的に空爆すると言うのはどうでしょう?帝国に我が上陸地点をパ・ドゥ・カレーと誤認させ、部隊移動を困難とするのです」

「異議なし」

 

 

かくして方針は決定した。

なんと言っても要塞攻略は攻撃側の被害が甚大となるのが必定。

なるほど先ごろのセバスチャン・ト・ホリ要塞攻防戦では、攻める側の帝国が勝利した。

だが、それは帝国が――いったいどんな手品を使ったのかは不明だが――かの要塞が誇る30.5センチ砲8門を、航空攻撃で瞬時に破壊すると言う前代未聞の戦術に成功し、さらに3,000門以上の火力を集中した結果である。

 

その前の要塞攻防戦、秋津洲大戦における旅順要塞攻防戦は、観戦武官からもたらされた情報に各国の軍関係者が戦慄を覚えたほど。

 

そして今次大戦序盤、共和国と帝国との間で繰り広げられた「ライン戦線」。

ここではついに、現地部隊による野戦築城――塹壕と機関銃、各種砲兵陣地――であっても、攻撃側は多大な出血を強いられることが明白となった。特に帝国が作り上げた「西方防衛線」は、それまでの塹壕陣地とは一線を画す完成度で以て、数次にわたる共和国軍の総攻撃を撃退している。

 

無論、それだけの犠牲を払う必要がある場所ならば、連合国軍はパ・ドゥ・カレーへの攻撃も辞さなかったであろうが――

 

「では、パ・ドゥ・カレーを放置しての進撃となるが、問題は無いのかね?」

「帝国本土を目指すだけならば、特に問題はありません。兵站に使える港湾が一つ減るのは事実ですが、共和国北部にはほかにも良港があります。無理に要塞攻略を行う必要はないでしょう」

「それに、仮にパ・ドゥ・カレーを攻略したところで、連中の事だ、港湾を徹底的に破壊するでしょう」

「道理だな。奴ら戦争にかけては実にお上手だ」

「では?」

「ノルマンディア上陸作戦終了後、帝国への進撃に際し、パ・ドゥ・カレーは放置しよう。枝が残っていたところで、幹が枯れればその木はおしまいなのだから」

「同意する」

「異議なし」

 

 

 

 

 

――それが、『オーバーロード』発動前の連合国軍の総意。

 

 

だが、7月24日夜のロンディニウム空襲が、全ての歯車を狂わせる。

 

「…間違いないのかね」

「ハッ、付近に展開していた我が軍艦艇が視認しております」

 

チャーブルの問いかけに、マールバラ海相が冷や汗を流しながらも断言する。

 

 

 

 

 

 

 

「昨日の『飛行爆弾』。その発射地点はパ・ドゥ・カレーであります」

 

 

 

 

*1
当時。




■「24センチ列車砲」
実は戦前、秋津洲皇国陸軍の発注によりスナイダー社が開発していた列車砲。
元々海岸要塞用だったのは史実準拠。実際、発注資料には「東京湾要塞備砲復旧用」と記載されている。
……ひょっとして、全ての要塞に据付式の重砲おく予算がない(ちょうど宇垣軍縮のころ)から、機動防御的な重砲運用を目論んだんじゃ…。

本作では、その性能と低規格路線(秋津洲の狭軌)でも使用可能と言う点が共和国陸軍の目にもとまり、大戦勃発後に4門が共和国陸軍から追加発注された。このうち2門が休戦直前に完成。また秋津洲皇国用に製造されていた1門も共和国軍が強引に買い取った。
一部は実戦投入された模様。その後休戦条約に伴い、帝国への現物賠償品となる。

列車砲の製造をやめて久しい帝国陸軍にとって、この砲は余程価値あるものに見えたらしく、増産を望む声が上がった(設計、開発費用は掛かりませんから!)。
が、「そんな金が有ったら飛行機に回す」という誰かの一声で取りやめに。ただし「今あるものは有効に使わねば」と言うことで、砲弾はスナイダー社に増産させていた。

【要目】
口径:240㎜
砲身長:12,823㎜(53口径)
砲身重量:35,000㎏
弾量:約165㎏
初速:1,050m/s
射程:50,120m(最大装薬)
   35,000m(減装薬)
後座:二重式
俯仰角:0~+50°
射界:360°

言うまでもなく、元ネタは【九〇式二十四糎列車加農】
全体的に西暦世界より十年早いので、当然造られていそうと言うことで採用(西暦世界では1928年完成、その後海路で日本まで輸送)。


■戦艦買い叩き
チリ向け戦艦とかブラジル向け戦艦とか。
なお、チリ向け戦艦姉妹の姉の方は最終的に三笠の復元に用いられると言う数奇な運命をたどる。(どんだけぇ…

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