皇女戦記   作:ナレーさんの中の人

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パ・ドゥ・カレー⑵

 

――飛行爆弾。

正式呼称、帝国空軍『26年式対空標的機(VOB)』。

 

西暦世界ならばV1と命名されていたであろうそれは、連合王国にとって悪夢以外の何物でもなかった。

チャーブルらは知る由もないがこのVOB、西暦世界のV1と比べ幾つかの違いがあった。

まず『届かない80番より、命中する25番』という理由から弾頭が軽量化された(途中から30番に変更)。これにより、弾頭の製造コストが下がったうえ、速度性能の向上、航続距離の延伸に成功*1

巡航速度628㎞/h、*2と言うのは、連合王国軍戦闘機でも撃墜出来る速度だが、量産体制の確立により、毎回数百発単位で降ってくるから対処は容易ではない。

 

「それがパ・ドゥ・カレーから発射されたと?」

「およそ20発が発射されたようです」

「…発射地点を叩き潰す好機、という訳か」

「はい、閣下。なによりパ・ドゥ・カレーの場合、距離が距離です。従来の迎撃では間に合いません」

 

ポータル空軍総参謀長の懸念はまさに正鵠を射ている。

パ・ドゥ・カレー、ロンディニウムの間はおよそ150km。すなわち発射から着弾まで30分も無い。しかもVOBは低空域を突っ走ってくるから、実際の迎撃可能時間はさらに短い。

 

「空軍としてはパ・ドゥ・カレー攻略。最低でも無力化が必要であると考えます」

「…冗談はよしてくれ。要塞地域、それもあの帝国が造った要塞だぞ?」

「マールバラ海相の言うとおりだ。――なにより、パ・ドゥ・カレーは()()()()()()にある。当然、新たな飛行爆弾の補充も難しいだろう」

「しかし証拠はあるまい?」

「証拠はない。だが、要塞攻防戦がどれほど甚大な犠牲を強いるか。空軍はご存じないのかな?」

「…では逆に聞くが、発見して着弾まで15分と掛からない飛行爆弾を陸軍ならば全て迎撃できるのですかな?」

「それは空軍の仕事だろう。そのツケを我々(陸軍)に支払わせる気ですかな?」

「ほぅ?空軍は開戦以来、ずっと戦い続けてきました。――沿岸警備と言う名の惰眠をむさぼっていたどこかの誰かさんも、そろそろ仕事をしないと不味いのでは?」

「…なに?」

「ポータル参謀長、言い過ぎだ」

「申し訳ありません、閣下」

 

頭を下げつつも、決して陸軍大臣の方を見ないポータルの姿に苦笑しながら、チャーブルは呟く。

 

「――あるいはそれが、帝国の狙いやもしれん」

「閣下?」

「どういう事ですか?」

 

顔を見合わせる閣僚、軍人らにチャーブルは続ける。

――彼が知るツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルン、その性格の悪さから考えるであろう悪辣な手段を。

 

 

「先ほど話もあったが、パ・ドゥ・カレーは現在包囲下にある。――本当にそうかね?」

「包囲が不完全な可能性があると?」

「いいや、違う。私が言いたいのはだね

 

 

 

――『包囲()()()()()』というのが正しいのではないか、と言うことだ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

居並ぶ面々が顔を見合わせる中、宰相は続ける。

 

「そもそも連中は、我が方の上陸作戦を事前に察知し、兵を戦前国境まで下がらせた」

 

それは説明と言うより、自分の考えを口に出して整理する独り言のようなものだったのかもしれない。

 

「…恐れながら閣下。共和国が北部に無防備都市を宣言するのに伴い、やむなく引き上げたのでは?」

「外相、考えてもみたまえ。あのエスカルゴどもにあんな大胆な手が打てると思うかね?何より帝国軍の撤収があまりにスムーズだ」

「…確かに」

「証拠はないが、事前に示し合わせていたと考えれば説明がつく。その上で問題は、『なのになぜ、パ・ドゥ・カレーから撤退しなかったのか』だ」

「…罠だと、お考えなのですね」

 

ハーバーグラム少将の問いかけに、チャーブルは頷く。

 

「そもそもノルマンディア地方を明け渡した時点で、パ・ドゥ・カレーを守備する必要性はほとんど無いのだ。迂回されてしまえばおしまいなのだから。にもかかわらず、連中がパ・ドゥ・カレー要塞に立て籠もった理由は何か?」

 

閣僚たちが顔を見合わせ、そのうちの一人が声をあげる

 

「『飛行爆弾』の発射基地、迎撃しにくい発射地点として残したのでは?」

「馬鹿な。陽動のためにノルマンディア地方全体に落としたのとほぼ同じだけの爆弾を落としたのだぞ?発射基地なんぞ、残っておるまい」

「だが実際問題、連中は撃ってきた。違いますかな?」

「それについては…。ハーバーグラム君、例の件、説明してくれたまえ」

「ハッ。その存在を察知して以来、我が情報部は帝国の飛行爆弾の発射方法、基地を突き止めんと総力を挙げて参りました。その結果…」

「結果?」

 

チャーブルに促された情報部長から放たれる言葉。

それは、列席者からすれば更なる悪夢でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「――かの爆弾はトレーラー型のカタパルトから発射されています」

 

 

 

『大規模な発射施設なんて、「ここを狙ってください」と言ってるようなもんじゃないか』

 

そう言ったとある少女に、どこぞのちょび髭のような大規模建築、発射施設へのこだわりは全くなかった。むしろ彼女は野戦運用できる簡便な施設を望んだ。

結果、試作段階では採用されていた『ヴァルター式カタパルト*3』は――

 

『…ドクトル。君の飽くなき情熱は認めるが、いい加減この手の薬剤混合はやめないか。火薬式で十分だろう』

『いやしかし殿下、これを使えば最適な射出速度を繰り返し実現――』

『そもそも最初は普通に火薬式だったろう。その時よりもカタパルトがでかくなったのは気のせいかな?』

『…誤差の範囲内でしょう!』

『――連れていけ』

『殿下!?お待ちください、再考を!今一度――』

『火薬式カタパルト、それも移動可能なトレーラー型にしろ。良いな』

『『ハッ!』』

『殿下!殿下ぁ!』

 

彼女は知っていた。

西暦世界でのV1の鹵獲品コピー、アメリカ合衆国のJB-2が6輪トレーラータイプの火薬式カタパルトを用いていたことを。

 

かくして完成した飛行爆弾、秘匿呼称『VOB』は、発見、捕捉が非常に困難な代物となった。

 

なんとなれば、発射台は移動式のトレーラー。

しかも史実のV2と異なり、激しく蒸発してしまうために発射直前に注入せねばならない液体酸素なんてものはない。地下トンネルでも森の中でも良いから、予め低オクタンガソリンを入れるだけで燃料は準備出来る。

カタパルトもカートリッジ式の火薬管を必要数押し込むだけだったから、熟練部隊ともなるとモノの数分で発射できてしまうのだった。

 

「…なんと言うことだ」

「ゆえに発射前の発見捕捉は困難です。夜間ともなれば不可能と言って良いでしょう」

「あなた方情報部が帝国内に張り巡らした…そんなものはないとは言わせませんぞ、諜報網でも、ですかな?」

「実は一度だけ、我が方のエージェントが発射準備を捉えたのですが…」

「ですが?」

「ここまで情報が届いたときには既に発射されていました。予想以上に発射までの時間が短いものと思われます」

「なんと厄介な!」

「しかし、先ほど言ったとおりパ・ドゥ・カレーには相当量の爆弾を落としたはず。加えて包囲下にあるとなれば、さほど残っていないのでは?」

「陸軍卿、君の意見は正しいだろう。問題は確証がないことだ」

 

更に指を立ててチャーブルは告げる。

 

「そしてそれこそが二つ目の可能性。『そう思わせて、我が軍の攻撃を誘引する』」

 

その声に、軍関係者からうめき声が漏れる

 

「…西方戦線の時間稼ぎ、ですか」

「その通りだともモンゴメリ君」

「帝国の西方戦線、連中は『ジークフリート線』と名付けていますが、その実力は未知数です」

「諜報活動、航空偵察のいずれも、帝国軍の東部から西方への移動が未だ続いていることを物語っている。つまり、まだ連中の作戦準備は終わってはないのだ」

「だからこそ、我々の攻勢をパ・ドゥ・カレーに引き付けようと?」

「そうでなければ要塞化したとはいえ、貴重な戦力をあたら包囲させる道理がない」

「やはり、これは帝国の時間稼ぎでしょう」

「ここは事前の予定通り放置するのが一番では?」

「しかし、それでは飛行爆弾の脅威が残り続けますぞ?」

「いや、飛行爆弾とて有限だ。包囲し続ければいずれ枯渇する」

「しかし…」

 

会議室の意見は茫漠とではあるが、二つに分かれた。

一つはパ・ドゥ・カレーの攻略、最低でも無力化を求めるもの。

これはどちらかと言えば閣僚に多く、軍人たちはほぼ全員が「放置」を唱えていた。

――血を流すのは自分たちなのだ。この後に控える帝国本土進攻作戦の事を思えば、その前に無用の損耗は避けたいところ。

 

一方で政府閣僚の言い分も理解できないではない。

なんと言っても彼らは市民に選ばれた政治家である。自分たちに一票を投じた有権者の要望に、なにより、その生命と財産の安全に誰よりも心を配る義務がある。

そんな彼らに言わせれば、軍の言い分も分からないではないが、目と鼻の先にある安全保障上の一大危険地帯をそのままにするなど、とても賛同出来るものではない。

 

「…こう言っては何だが、軍人と民間人、どちらの安全の方が優先されるだろうか?」

「内務大臣、その言い方は卑怯ですぞ!」

「分かっている!分かってはいるが、我々だって必死なのだ!」

 

そう言って、ロンディニウム警察(スコッチランド・ヤード)を所管する大臣は、()()()()()()()()()目で天を仰ぐ。

 

「8カ月、8カ月ですぞ諸君。あの忌々しい飛行爆弾が、我々から『安眠』の二文字を奪い取ってから!」

 

その主要目標となったロンディニウム。

避難誘導から灯火管制の監督、避難に乗じての空き巣騒ぎ対応、警察の仕事は多岐にわたる。ついでに着弾現場の保全――軍の特殊チームに引き継ぐまで――、野次馬の排除だってある。…当然、報告書の量は雪だるま式に膨れ上がった。

 

「そして2週間前、我々はついに欧州の地に再び足をつけた。そしてその日以来、飛行爆弾は降ってこなかった」

 

内務大臣の言うとおり、この2週間は飛行爆弾による攻撃はピタリとやんでいた。

それは実のところ、帝国側の都合――西方方面軍全体の再編と連動した、VOB発射部隊の再配置――による一時的なものだったのだが、連合王国人の目には違ったものに見えた。

 

「昨日、市民の方から言われました。『どうしてまだ攻撃があるんですか!?』と」

「「ッ!」」

 

 

 

――そういえば最近、空襲警報が出なくなったな

――油断するなよジョン、まだ10日くらいじゃないか

――それだって凄いじゃないか!きっとノルマンディア上陸が上手く行ったからだよ!

――ああ、それはきっとそうだろうな。

――これでようやく夜も安心して眠れるんじゃないかしら

――そうとも!あとは悪の帝国を倒すだけさ!

 

 

 

「おかげで昨晩、私の事務所の回線はパンクしました。選挙区がロンディニウムなものでね」

「…それは」

「無論、軍の皆様の言い分もよく分かります。…ですが、市民の忍耐にも限界があると、内務大臣として懸念を示したく」

「…よく言ってくれた内務卿。大変だろうが、引き続き頼むよ」

「ハッ」

「しかし、軍の誰かが言ってくれたとおり、パ・ドゥ・カレーは包囲下だ。飛行爆弾もいずれ撃ち尽くすだろう」

「では?」

「やはり放置だろう。ただし、単なる包囲は取りやめ、絶え間ない空襲と砲弾の雨で、帝国軍守備隊を徹底的に叩くのだ。――それが出来ればの話だが、ね

「それはどういう――」

 

事ですか、と問いかけようとしたマールバラの発言を遮るかのように、会議室の扉が荒々しく開け放たれる。

 

「も、申し上げます!」

 

駆け込んできた若い秘書官の表情は蒼白で、そしてここまで全力駆けてきたのであろう、息も絶え絶えであった。

 

「何だね君、今は会議中だぞ?」

「まぁまぁ落ち着き給えマールバラ君。…さて秘書官、君の用件を言い当ててみせよう」

「はっ…?」

「閣下?」

 

あっけにとられる閣僚たちと、チャーブルの発言を察したと思しきハーバーグラム少将以下の軍人たちの様子に、内心面白いものが見られたなと苦笑しつつ、宰相は告げる。

 

 

 

 

 

 

 

「マスコミがパ・ドゥ・カレーからの飛行爆弾発射を嗅ぎ付けた。違うかね?」

 

 

――凍り付いた秘書官の表情が、全てを物語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
パルスジェットの特性上、射程距離はエンジン寿命(約40分で自己の熱または振動で破壊される)と言って過言ではなく、速度が上がれば射程も伸びる

*2
個体差が激しく、500㎞/h台前半しか出ないものも多かったと言う

*3
一種の蒸気カタパルト。薬液を再充填すれば繰り返し発射可能と言うメリットはある




■トレーラー型カタパルト
>JB-2 ルーン で検索検索ゥ!!
検索した君たちは次にこう言う。

「V-1じゃねえか!?」

なおさすがは米帝、75,000発造る気だったらしい(ヒェ
何処かの砂漠で火薬式カタパルトから撃ち出した写真が残されている



■マスコミ
船の上からも見えてるし、欧州派遣軍も見えたろうからね、シカタナイネ
幼女「…本当に何もしてないのか?」
元皇女「しなくてもマスコミだもの、勝手に嗅ぎ付けてくれるでしょ」
幼女「えぇ…」

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