幼女戦記ってのは末期戦の、つまり絶望的な戦いを楽しむモノなんだぜ(暗黒微笑
「――敵も味方も欺くと言う点において、ツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルン陛下ほどの方はいないだろう」
クルト・フォン・ルーデルドルフ退役元帥
「パ・ドゥ・カレーは思った以上に粘っている。そうは思わんかね、ルーデルドルフ」
「…ハッ」
帝国第4代皇帝ツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルンの問いかけに、ルーデルドルフは言い淀む。何故ならば――
「しかし、長くは持ちますまい」
『貴官はパ・ドゥ・カレー守備隊の使っている砲を知っているか?――教えてやろう。…連邦から鹵獲した76.2ミリ対戦車砲が最大だ』
昨年の暮れ、イルドア帰りのレルゲン大佐にルーデルドルフ作戦参謀次長が語った言葉である*1。
「実際、要塞とは名ばかりだからな」
『パ・ドゥ・カレーを要塞化し、連合王国本土への足掛かりとする』
確かに帝国はそのように考えていたのだ。
「…あまりに多くの物を、我々は東部に投げ込んでしまった」
二人と共に会議卓を囲み、手にしたコーヒーよりも苦い現状を嘆くゼートゥーア参謀総長の指摘は、帝国の限界そのものを如実に表していた。
「『損耗抑制ドクトリン』でもかね?」
『損耗抑制ドクトリン』
ルーデルドルフが口にしたそれは、対共和国戦の中盤以降、帝国が取り入れた新しいドクトリン。その真価は対連邦戦で…いや、対連邦戦でこそいかんなく発揮された。
――攻撃、防御のいずれにおいても航空戦力、砲火力、機銃で敵戦力を徹底的にすり潰す。
――攻勢が必要な際は、前記の『準備砲爆撃』を徹底したうえでこれを行う。
――奇襲的攻勢においては、我が意図を敵に知られないために準備砲撃を極小化するのはやむを得ないとしても、機甲戦力の集中投入による敵戦線突破を基本とし、歩兵のみによる攻撃、突撃は厳禁とする。
そもそも兵隊の数で帝国は圧倒的に不利なのだ。これくらいしていなければ、今頃帝国軍将兵は枯渇寸前、繰り上げ卒業の新米士官に率いられた少年兵の軍隊となっていたに違いない。
――だが。
「『損耗抑制ドクトリン』だからこそだ、ルーデルドルフ」
「つまり?」
「砲弾もまた、『工業製品』と言うことだ」
そう、ゲームでは忘れられがちだが、弾薬とて工場で作られる製品なのだ。
しかも帝国の場合、薬莢に使われる「銅」の産出量に乏しく、その製造コストも高くならざるを得なかった。
これについては――やっぱりと言うべきか――どこかの誰かさんの入れ知恵で銅を使わない軟鋼製薬莢が戦前から開発されていたが、当時の技術では排莢時に問題を生じることが多く、結果最前線での野砲放棄(破壊処分)の増加と言う悪循環を招いていた。
「やはり戦争は金がかかるな…」
「仰るとおりで。先日、大蔵省の友人に言われましたよ、『あとどれくらい武器弾薬に注ぎ込めば良いのかね?』と」
「内国起債で賄っているだろう」
「ルーデルドルフ。君、国債が借金だと言うことを忘れてはいないかね?」
そしてその天文学的な額の返済は、戦争で減少し続けている将来世代に押し付けられることとなるだろう。
「発案者は伏せるが、一部では国民の預貯金に手を出す事すら検討されておる始末だ」
「…世も末ですな。国家が盗人まがいの事を考えるとは」
「あり得ないことがあり得ないのが総力戦だ。違うかね、ルーデルドルフ」
「違いありませんな」
「それに、この国らしい」
「…はい?」
「気にするな。ただの独り言だ」
ツェツィーリエは知っている。
そのあり得ない国家犯罪をやっていた『
だからこそ、彼らはあれほどのスピードで再軍備を成し遂げたのだ。
「…まぁ、実のところ、私もその案に心惹かれたことがないとは言い切れん」
「陛下!?」
「何しろ手っ取り早いからな」
なにしろ西暦世界の1933年から1938年にかけての第三帝国の軍事費累計額は、何と同時期の米英仏三か国の「合計」よりも多い!
欧州の富強国ならいざ知らず、これを成し遂げたのは莫大な賠償金とインフレにあえいでいたドイツである。
ヴェルサイユ体制を経ていない、ユンカーたちも健在なこの世界の帝国でこれをやれば、いったいどれほどの戦費が捻出できるのか。
一部の財務官僚たちが算盤を弾いてしまうのも無理からぬ話であり、弾き出された数字は書類を受け取ったツェツィーリエをして瞠目するほどのものだったと言う。
「ただ、現下の窮状を見ると、いっそやってしまえばよかったと思わなくもない」
「しかし、それは…」
「戯言だ。言われずとも犯罪行為だし、何よりもう遅い」
――言い換えれば、ナチスのような『無茶無謀』をしていない帝国なのだ。
なるほど、その領域は中欧帝国とも言って差し支えない広さを誇り、海外植民地もそれなりに有してはいる。
…だが、
健全な財政収支のため、そして他の列強を刺激しすぎないために軍事予算は常識的な額。
誰かさんが推し進めた規格化、合理化、量産体制の確立で予算の割には潤沢な武器弾薬を保有しているとはいえ、開戦前から国防予算が国民総所得の半分を超えていた第三帝国とはわけが違う。
ましてや『国民の預金の横流し』などと言う犯罪行為にも手を染めていない。――なにしろ貴族階級、帝室のある国家なのだ、「ノブレス・オブリージュ」を幼少期から叩き込まれる彼らに、総力戦の影も形もない時点でそんな下賤な発想が生まれる訳もなかった。
そして『多民族国家』を標榜する時点で、血の色だけで万単位の人間を収容し、使役し、絶滅させんとする狂気の国家プロジェクトなど、あるはずも無かった。――実は第三帝国の兵器製造状況を見ると、末期になればなるほど「強制収容所の囚人を動員」という文言がしばしば登場する。…兵器解説の本では多くの場合、さらっと流されているが、要するにそういうことである*2。
そんな『まともな』帝国にとって、東部戦線で消費される武器弾薬の量は、あまりにも多すぎた。
「共和国『安全保障地域』の防備計画など、とうに机上の空論でしたからな」
実のところ、『安全保障地域』と言う名称は方便に過ぎない。
考えてみて欲しい。
本当に共和国の、あるいは帝国西方の安全を保障する目的ならば、そのエリアは共和国海岸線全て、最低でも連合王国に近い大西洋沿岸全てをカバーしていなければおかしい。
けれども実際は共和国-帝国国境からシェリブールに至るノルマンディア地方のみ。
これでは連合王国、あるいはその同盟国による共和国上陸を防ぐことなど出来ない。
何故なら、いくらノルマンディアの防備を固めたところで、ほかのところに上陸されてしまえば何の意味もないからだ。
つまり――
「あの地域を我々が獲得したのは、あくまで『連合王国上陸作戦の策源地』としてだ。『ゼーレーヴェ』が無期延期となった時点で、優先順位は一気に下がった」
連合王国と距離的に近く、海上戦力の劣勢を無視して上陸作戦を発動できる可能性のある好適地。
それが、帝国にとってのノルマンディア地方の価値であった。
無論、共和国と連合王国の間に物理的にくさびを打ち込むと言う名目もあるにはあったが。
しかし、連合王国上陸作戦が泡沫に帰した時点で、この地域を確保しておくメリットも消滅した。
なにしろ敵上陸阻止と言う点では、『安全保障地域』はあまりにも狭く、意味がない。それが参謀本部の一致した見解であり、東部での損耗が激しくなると『安全保障地域』の放棄、返還すら唱えられる始末だった。
「そもそもだ、敵を防ぐと言う意味ならば、地の利もあり、戦前からある程度構築の進んでいる『ジークフリート線』に依るのが適切ではないか?」
「加えて、連合王国は上陸に先立って艦砲射撃を行う公算が大だ。わが方の海軍力ではそれを阻止することが困難である以上、水際防御の実施には戦艦主砲の直撃に耐えられる強固なトーチカが必要となる」
「…30センチクラスの超重砲の直撃に耐えうるトーチカだと?バカバカしい。技術局に照会は」
「ここに回答があるが、みるかね?従来のトーチカの5倍以上の資材と経費が必要とある」
「論外だな、見るまでもない」
「その意味でも、我々が得意とする陸上戦闘、防衛線への誘引撃滅が適切だ」
「然り。駐留経費は共和国政府に負担させているとはいえ、現状の『安全保障地域』は兵力の分散配置でしかない」
「空軍の防空監視哨だけ残して、あとは撤収するのが適当なのでは?」
――だが、それは実現しなかった。
「我々がライン戦線で、どれほどの血を流したと思っている?」
それは拡大派に限らず、口に出さないだけでほとんどの国民が胸に抱く思い。
知人を、友人を、何より愛する家族をこの大戦で失った帝国国民はあまりにも多い。
「ノルマンディア地方の返還ですと!?正気ですか?」
「参謀本部は軍事が分かっていても、政治はお分かりでない!」
「そんなことをしたら政権が吹き飛びますぞ!」
実際、どこから漏れたのか、参謀本部、陸軍関係者に群衆が詰めかける事態が発生。
軍はその火消しのため、以下のような声明を発表するに至る。
「参謀本部において、『安全保障地域』の放棄など検討されたこともなく、そのような話は事実無根である」
そして帝国政府は事態の更なる鎮静化を図るべく、記者会見で付け加えたのだ。
「目下、軍主導のもと『大西洋の壁』を建設中である。
この歴史上比類なき防壁によって、帝国とその権益は未来永劫堅守される事であろう」
「そこにはノルマンディア地方も含まれるのですか?」
「かの地は共和国政府との協定に基づく『安全保障地域』であり、その協定の続く限りは当然、貴殿の仰るとおりであろう」
そう答えるほかなかったとはいえ、これにより、ノルマンディア地方からの撤兵は不可能となった。のみならず、格好だけでも要塞建設を行わねばならなくなった。
「あの手の連中は実際に目で見るまで騒ぎ立てるからな」
「殿下*3の仰るとおりかと」
「殿下、それに首相も。そうは言いますが、軍に大西洋の壁を造るほどの資材は残っておりませんぞ」
「――それについてなんだが、一ついい考えがある」
「まさかあの時の『大法螺』が役立つ日が来るとはな」
「いやはや、まさか『パ・ドゥ・カレー要塞』がこれほど有名になるとは、小官も予想外でしたな」
「よく言う。あの要塞の『青図面』、貴官が流出させたのだろう?」
「おかしなことを仰いますな。いやしくも参謀総長、いや、あの時は戦務参謀次長でしたか。その様な重責を担う者が軍事機密の流出など、あり得ないでしょう」
「…ゼートゥーアよ、同期からの忠告だ。鏡を見ろ」
「フム?」
ルーデルドルフに指摘され、しかし満面の笑みを崩しもしない己の姿がそこにはあった、と後年ゼートゥーアは回顧している。
「まぁ、報道連中の目をくらますためにも、ある程度の『要塞』は必要だったろう」
「一応聞いておくが、流出した『図面』は本物じゃないだろうな?」
「まさか!今頃ジョンブル共が見ているだろうモノは
「当初案とも言うな」
「つまり、現物は?」
「要所は
「稜堡式だと?…なんとまぁ、士官学校を思い出す話ではないか」
当然だが、そんなパ・ドゥ・カレーを死守する発想など、
あくまでもパ・ドゥ・カレーは「帝国国民向けに」「見せる」ための要塞であり、宣伝工作の一環として建設工事は要所要所で――それも、見栄えがするように立派なものが――進められ、同時に「張り子の要塞」であることを、特に帝国人から秘匿するために防諜に細心の注意が払われた。
――ゆえに、帝国内に情報網を張り巡らしていた連中の瞼にはパ・ドゥ・カレー要塞の『幻影』がちらついて離れなかったに相違ない。
だが、状況は常に変化する。
時に、統一歴1928年春。
奇しくも、労働者の祭典の日にその災厄は舞い降りた。
「レーダーに感!」
「馬鹿な、まだ朝方だぞ?」
「ジョンブルめ、遂に味覚どころか時間感覚まで壊れたか?」
「違いない」
帝国西方、大西洋沿岸に設置されたレーダー、それが探知した機影を映し出したスコープ画面を見た監視員の最初の反応であった。
なぜなら当時、帝国に対する空爆は連合王国によるもの、それも夜間絨毯爆撃に限られていたからである。
その夜間絨毯爆撃も損害の多さ*4からか、一時に比べて規模、回数とも減少傾向にあったから、帝国空軍監視員である彼らがコーヒー片手にそんな冗談を交わすことすらできる状態になっていたのである。
――そう、この日までは。
「さぁ、冗談はここまでだ――警報鳴らせ!」
「待機中の戦闘機隊に告ぐ、直ちに発進せよ!繰り返す、直ちに発進せよ!」
「高射中隊、対空戦闘用意!」
「付近にこちらの哨戒機は!?」
「ちょうどベッカー1、2が付近を哨戒中です。現在、確認に向かわせています。間もなく――」
『――こちらベッカー1。敵機を視認した』
その時、統一歴1928年5月1日 午前8時2分。
『見慣れぬ機影だ…、それもデカいぞ』
「機種は確認できるか?」
『敵なのは確実だ、先ほどから撃たれている…待て、国籍表示が…合州国だ!敵機は合州国機!』
「何!?間違いないか!?」
『あんな馬鹿でかい星マーク、他に聞いたことがない!』
「分かった。現在戦闘機隊がそちらに急行中。ベッカー1、2は接触を保ちつつ、敵情を報告せよ」
『了解!』
この日、連合王国本土から出撃した、合州国陸軍第8航空軍は、ついにその刃を帝国へ抜き放ったのである。
「ついに来たか…レーダー、敵機の観測を密に。オペレーター、状況を速やかに指示盤に投影せよ」
「ハッ!了解しまし、…た……」
「西方防空司令部にも緊急通報!…どうした?何か異変で…も……」
――そして、帝国空軍は目撃する。
「何だ、これは……」
「レーダーが故障している可能性は!?」
「昨夕点検したばかりです!そんな筈は……!」
「しょ、哨戒機、敵情を報告せよ!」
『こちらベッカー1。どうした?生憎、雲が多くて敵機は見え隠れして…、いや、雲が薄くなってきた。これで連中の状況が分か………おい、嘘だろ…』
「どうしたベッカー1、敵情を報告せよ」
――超大国の軍隊と言うものを。
『…なんなんだこれは…!報告、
『おい、護衛機まで付いているぞ!?』
『馬鹿な!』
地獄の釜が、開いた瞬間であった。
■国民の銀行預金の横流し
ナチス・ドイツの再軍備の種銭。
なお、1939年時点でこの不正流用による負債総額が500憶ライヒスマルクに達していたと言う。
■兵器解説の本ではさらっと流されている
そういう意味では「世界の傑作機 第195号」はちゃんと書いている。
発射拠点のあった、ノルトハウゼンの山にあった地下V2製造トンネル工場の例であるが、隣接するミッテルバウ=ドーラ強制収容所で少なくとも埋葬された20,000人の遺体と、放置された6,000人の遺体のあったことを記している。
■合州国陸軍第8航空軍・護衛戦闘機付き
史実では当初3グループ81機からスタートして最盛期には爆撃機2,000機、戦闘機1,000機を擁していたという。
――そしてこの世界には太平洋戦線もイタリア戦線もない。つまりそういうことさ(ニッコリ
そして早い時期から参戦する気満々で欧州の戦いをしっかり見てたから、当然のように最初からマスタングちゃんが付く。
やったねツェツィーリエちゃん、第二次大戦の最優秀戦闘機が見られるよ!(ヤメロ