統一歴1928年8月20日
連合王国空軍司令部
「
その命令文を呼んで、連合王国空軍爆撃隊総司令、アーチー・ハリスは、荒々しく鼻を鳴らす。
「…上の連中、いよいよ紅茶缶を切らしたか?それこそバケツでカップに紅茶を注ぐようなものだ」
なにしろ、連合王国空軍の爆撃機、搭乗員は昼間の大規模爆撃なんぞほとんどやったことがない。対帝国戦当初に実施されたそれは、多大な損害とちっぽけな成果という教訓を残して夜間無差別絨毯爆撃に切り替えられて久しい。
「なにより、もうすぐ『キート』の配備が軌道に乗る。昼間爆撃は合州国に任せる段取りだったろう?」
『キート』
それは、帝国空軍夜間戦闘機に苦しめられてきた連合王国夜間爆撃隊の切り札。
同機が実戦投入されれば、今年に入って
「にもかかわらず、今になって昼間爆撃の実施だと?ありえん」
「残念ながら、それは決定事項なのだよ。大将」
「ぽ、ポータル元帥!?」
思わず立ち上がるハリス大将のそばを通り過ぎて、闖入者――ポータル空軍元帥はほろ苦く笑う。
「なにしろパ・ドゥ・カレーの攻略、最低でも撃滅は急務だ」
「…恐れながら閣下、軍事的にかの地は放置して差し支えない筈です。それなのに――」
「確かに貴官の言うとおり、あの手の要塞地域は放置、迂回が基本だろうな」
「ならばなおのこと何故です?戦略的にも意味がないでしょうに」
ハリスの指摘する通りであった。
あの地域を帝国が掌握していたのは、ひとえに『連合王国上陸作戦の策源地』としてである。
なにしろ『帝国安全保障地域』はあまりにも狭く、何よりも連合国のノルマンディア上陸作戦が成功した今となっては全くもって意味がない、放置して差し支えない場所だったのだ、
「陸軍の連中も全く同じことを言っていたよ。だがな――」
そう言って元帥は、執務室の分厚いカーテンをそっとめくりあげる。
「――なにしろ政治が、もっと言えば国民がそれを求めているのだよ」
――そこには、怒りのシュプレヒコールを上げるロンディニウム市民の姿があった。
遡ること、統一歴1928年5月。
帝国は鉄の嵐の洗礼を受けた。
「敵先頭集団、第三防空ラインを突破!」
「後続部隊も続々流れ込んできています!」
「戦闘機隊はどうした!?」
「全機上げていますが、敵の数が多すぎます!」
帝国空軍とて無策だったわけではない。
いや、それどころか合州国の宣戦布告以来、この日のある事を予見し、西方の防空戦力の増強に努めてきたのだ。
その数、局地戦闘機『ブリッツ』だけでも600余機。
それも全て「Bc301」、すなわち高々度用二段二速式機械式過給機付空冷14気筒を備えた新型であった。
情報部からのレポートを受けての対応とはいえ、これは実に思い切った戦力配置と言えた。なにしろ、その時点では合州国軍は影も形も見えていないのである。
そのような状況で、最新型の『301』を全て西部に回すと言う英断は、賞賛されてしかるべきだろう。
…まぁ、速力(650㎞/h)、高々度性能向上と引き換えに、航続距離が東部戦線に不向きな700キロ台に低下したと言うのもあるだろうが。
「司令!ロッテダルム基地より緊急電!」
「今度は何だ!?」
――ただ一つ、彼らに誤算があったとすれば。
「『敵第5波を探知』と!」
「…敵戦力は、一体どうなっておるのだ…?」
合計2,000機を超える戦爆連合。
「――肝要なのは最初の一手。そうは思われませんか、ミスター・ハリス?」
「全く同感ですな。しかし、これほどの部隊をいつの間に…」
「友邦が危機に瀕しているとき、いつでも手を差し伸べられるように準備しておくのは当然の事です」
連合王国の空を埋め尽くすおびただしい合州国軍機の数に、
「あぁ、それと第9、第10航空軍も現在本国で錬成中です。予定より遅れていますが、今年中には完了するとのことです。その時が楽しみですな」
「……」
開いた口が塞がらない、とはこの時のハリスのためにある言葉だったろう。
そんな大軍が、しかも護衛戦闘機を伴って来襲すれば何が起こるか。
「戦闘機隊より入電、『我、敵護衛戦闘機の迎撃を受く。敵爆撃機への接近困難!』」
「護衛だと?」
「ばかな、連合王国からどれほど離れていると思っている!?」
「司令!敵戦闘機は新型との報告が!」
「なんだと!?」
西暦世界同様、連合王国-共和国購入委員会(共和国休戦後は連合王国単体)からの求めに応じてノース社で設計、開発された戦闘機であるが、幾つかの点で違いがあった。
その中でも特に大きい違いは、最初から連合王国の液冷エンジンを搭載していたこと。
――皮肉なことに、その原因は帝国にあった。
すなわち、西暦世界以上に成功を収めた――第一次大戦を経験していない島国と、第二次大戦までの潜水艦戦を知悉した少女の戦いなのだから、当然ではある――、開戦劈頭の通商破壊戦。
その結果、連合王国は自国の軍用機に回すエンジンの製造にすら支障をきたし、そのライセンス生産を合州国に提案。
このとき、連合王国購入委員会のとある技術者が指摘した。
「そう言えば、現在貴社に依頼している『NA-27(マスタングの試作機)』。高々度では性能が落ちるようですな」
「ええ…、エンジンの過給機が一段式のものですから」
「それはいけませんな!帝国空軍のブリッツは高々度にも強い。二段式過給機に換装できませんか?」
「残念ながら、エンジン設計チームに余裕がなく、そこまで手が回らないと…」
「フム…。では一つ提案してもよろしいでしょうか?」
「何でしょうか?」
「実は現在、私とは別の担当者が『マリリン』エンジンのライセンス生産を合州国企業に提案しているところでして」
「それは!」
「ええ、実に都合のいいことに『マリリン』は二段式過給機を備えています。さらに我が国の主力機の大半が採用しているエンジンですから、我が国で運用するにあたっての整備にも好都合です。
如何でしょう?『NA-27』に積んでのテストをやってみませんか?」
「是非とも、こちらからお願いしたいくらいです」
この提案が、この機体を一気に名機へと押し上げることとなる。
エンジンを積みかえた試作10号機は、それまでとは比べ物にならぬほどの高性能を、特に高々度で発揮した。
「まさにこの飛行機のためにあるエンジンだ…!」
関係者がそう絶賛するほど両者は相性が良く、以降の機体、量産機が全て『パッ
これらの改良により、F51マスタングは最高時速690キロ、最大航続距離3,700キロと言う恐るべき高性能機に仕上がっていたのである。
――もしも、通商破壊戦術がこれほどの成功を収めていなければ
――もしも、『ブリッツ』が高々度性能を重視していなければ。
あるいはマスタングの完成はもっと遅く、そしてこれほどの高性能をもって欧州戦線にデビューすることもなかったかもしれない。
加えて、合州国は以前から着々と『介入』の準備を進めていた。
当然、帝国本土への空からの攻撃は初期の段階から想定されており、合州国陸軍航空隊は過去の『帝国本土空襲作戦』に関する情報を収集し尽くしていた。
「フム…やはり爆撃機単体での攻撃は損害が大きすぎるな」
「連合王国が初期に実施して大損害を被っているからな。しかも、情報によればその時よりも帝国空軍は強化されている。爆撃機だけでの帝国本土攻撃など、今や自殺行為に等しい」
「連合王国の夜間爆撃は成功しているぞ?」
この会議がなされたのは統一歴1927年9月の事。
当然、『連合王国空軍にとって涙すべき45分』と後に称される大損害は発生していない。
「夜間だからだ。それも最近では帝国も夜間戦闘機を繰り出してきて徐々に被害が増加しつつあると聞く」
「加えて命中精度も劣悪だ。ここはやはり、我々が誇る『モルデン照準器』が使用できる昼間高々度精密爆撃を目指すべきだろう」
「しかし、随伴できる護衛機がいない」
「大損害覚悟の昼間精密爆撃か、命中率低下を忍んでの夜間爆撃か…」
「うぅむ…。世論の事を考えると、こちらの被害は少ない方が良いが」
「どうしたものか…」
そんなところへ舞い込んだ、ノース社の新型機テスト結果である。
陸軍航空隊はその内容に狂喜した。
「これならば、帝国本土への昼間精密爆撃が可能だ!」
「最高速度690キロ!これならば、帝国の『ブリッツ』も敵ではない!」
「やれる!やれるぞ!!」
「…いや、それどころか昼間は我々が、夜間は連合王国空軍による
――昼夜連続空襲
それは、この少し前にORで提唱された、恐るべき空襲理論。
昼夜を分かたず連続、または断続して同一地域に空襲を繰り返すことで、帝国空軍の迎撃能力を飽和させ、彼らに休む暇を与えないことでこちらの損害を漸減しつつ、帝国に更なるダメージを与えうると期待された。
更に、このような攻撃を受けた地域は復旧も疎開も阻害されるから、ますます被害が拡大し、回復もおぼつかなくなるはずだ、というのが彼らの考えだった。
「至急、ノース社の生産能力の確認を。いや、他の航空機メーカーにも生産させる方向で準備を進めよう」
「異議なし。ただし、ボーニング社とコンソリ社は除くべきだろう。彼らには重爆の生産に集中してもらわねばならぬ」
「当然のことだな」
「以前提案のあった、部品製造への自動車産業の動員も?」
「言うまでもないことだろう。これから忙しくなるぞ」
かくして、地獄の釜は開かれた。
「皆さん、悪夢は今や過ぎ去りつつあります」
1928年7月19日、連合王国下院議会の冒頭でチャーブル首相はそう宣った。
「議員諸兄もご存じのとおり、先週、我が連合王国陸軍と合州国陸軍は欧州の地に降り立ちました」
閣僚をはじめ、居並ぶすべての議員らをゆっくりと見まわして、彼は続ける。
「3年前、我々の良き隣人であり、友邦であったフランソワ共和国は倒れました。帝国はかの地を足掛かりに我が国に対する絶え間ない攻撃を繰り返してきたのです。
空襲に次ぐ空襲、潜水艦による商船撃沈、魚雷艇による沿岸部襲撃……、いずれも苦しい戦いでありました。その中で斃れていった戦士諸君、不幸にも命を落とした一般市民の尊い犠牲を、私は一日とて忘れたことはありません。――否、今までも、そしてこれからも忘れることはできないでしょう」
そう言って天を仰ぎ、瞑目する宰相は、まさに名優と言えるだろう。
――なにしろその『友邦』を、文字通り
そうしてしばしの間、敬虔な使徒の如く沈黙を保ってから、彼は続ける。
「しばし遅れを取りましたが、今や巻き返しの時です」
その声に、議場のあちらこちらで同意する声が沸き上がる。
「開戦以来続けてきた我が空軍による帝国本土空襲は、5月からは合州国も加え、帝国の一大工業地域、生命線たるルールゥ工業地域に大打撃を与えております」
そう言って、彼が掲げたるは連合王国空軍偵察地が持ち帰った戦果確認写真。
そこには、帝国が世界に誇った巨大工業地域におびただしい数の弾痕が刻まれている光景が写されていた。
「成果は既に現れております。先月来、我が国に落下する忌々しい
議員たちが頷く。実際、6月に入って以降、連合王国が『Bob』と呼んで忌み嫌う件の飛行爆弾の数は減少の一途を辿っていた。
――それが工場疎開と
「加えて今回の上陸作戦とそれに続く進攻作戦により、帝国は飛行爆弾の発射地域をも失うことになるでしょう。――悪夢は、過ぎ去りつつあるのです」
宰相のその断言に、議場のあちらこちらからざわめきがおこる。
「議長、質問を宜しいですかな」
「コーネル議員」
「ありがとうございます。…首相、それはつまり、飛行爆弾はもはやこの国に落ちてくることはない、そういうことで宜しいでしょうか?」
「チャーブル首相」
「今すぐに、という訳ではありませんが。そう、やまない雨はないのです」
「根拠は?先ほど発射地域の事を仰っていましたが、飛行爆弾の射程外に帝国を追いやる目途が立ったということですか?」
「詳しくは軍事機密に該当するのでお答えできませんが、そうですな。先ほど申し上げましたように『嵐は過ぎ去りつつある』、と今一度申し上げましょう」
このころ、連合王国は幾つかの不発飛行爆弾の回収に成功しており、その性能、射程距離をほぼ正確につかんでいた。
それゆえのチャーブルの発言だったが、これがのちに災いを招く。
「議員諸兄、そして国民の皆様、もう少しです。もう少しの辛抱です。
嵐は去り、我々は青空をこの手に取り戻すことでしょう。その日は確実に近づいているのです」
――パ・ドゥ・カレーから発射されたVOBがロンディニウムに着弾したのは、その数日後の事である。
>マスタング
層流翼じゃないので、最高時速控えめの690となっております。
>遅延理由
①仕事、スゴク、イソガシイ
先日の一コマ
係 長「…この名簿、間違いないの?」
ナレー「イエス、マム!」
係 長「1月の75歳到達が、120人もいるの!?」
なお、この人たちに送るチラシやら保険証関係書類を実質1人で手配して印刷して詰めて郵送して問い合わせ対応して保険料算定バッチ回して点検して納付書送り付けて保険料高い高いと言ってくるであろうおじいちゃんおばあちゃんに対応せねばならぬ。あんた去年の年収1,000万行ってるじゃん、こちとら手取り15万だよhahaha!(そういう人に限って高いと文句を言ってくる)
全く保険は大忙しDAZE!
②86にドはまりしていた
デグ「…おい、そっちの方がメインじゃないだろうな?」
なななななんのことでせう!?