皇女戦記   作:山本 奛

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今年最後の投稿だと思います。
それでは皆様、良いお年を~


統一歴1928年8月15日

統一歴1928年8月15日夕刻

連合王国首都ロンディニウム

 

「閣下。欧州派遣軍からの至急電であります」

「見せてくれ」

 

連絡将校から半ば奪い取るようにして受け取った紙片を二度、三度と読み返したのち、チャーブルは深々とため息をついた。

 

「…閣下?」

「君も見たまえ。ハーバーグラム君。第三次攻撃も失敗だそうだ」

 

そう言って、天を仰ぐチャーブルの顔色は悪い。

それもそうだろう。『嵐は過ぎ去りつつある』と啖呵を切った数日後からのロンディニウム空襲である。

帝国はパ・ドゥ・カレーにVOBを隠匿していた、それはもう疑いの余地がない。

それをしかも、狙ってやったのかは不明だが、宰相にとって最悪のタイミングで放出したのだ。いまはやや落ち着いたとはいえ、『まだ隠している』可能性は否定できない。

 

――悪魔の証明

 

それは人類社会において、もっとも困難で、それでいてしばしば求められる、極めて厄介かつ不条理な代物。…そう、それこそパ・ドゥ・カレーを完全占領するか、文字通りの意味で()()()()()()()()()()ほか、チャーブルには手立てはないのだ。

 

連日、政府、そして空軍防空司令部には多くの市民が詰めかけており、チャーブルが今いるのだって『地図には記されていない』非常用施設である。

それほどまでに、騙された、話が違うと叫ぶロンディニウム市民の怒りはすさまじかった。

 

「このままでは倒閣運動すら起こりかねん」

「まさか!この状況下で――」

「――してしまうのが世論であり、それに従わざるを得ない政治家の宿命なのだよ」

 

今一度、深々と溜息を洩らして、老宰相は()()()()()()()()()()()()()()()に声をかける。

 

「…と、いう訳でだ。ハリス君。不本意だろうが先日伝えた『例の作戦』、速やかに準備に入ってもらいたい」

「いったい全体、誰の発案なのですか。これは」

「私だよ。これでも軍の新兵器には一通り目を通してある。『アレ』を使うほか、目下の問題を解決する手立てはない。それにこのタイミングでの政権交代、世論の厭戦化は君たち軍人にとっても困るのではないかね?」

「………」

「あるいは今夜にでも『ハンブルガー』(夜間絨毯爆撃)を再来出来るかね?それが叶うならば、それでも良いのだが?」

「畏れながら、閣下。夜間護衛戦闘機の数が揃うまでは――」

 

無謀である、と続けようとしたハリスだったが、彼の発言はチャーブルの右手によって遮られた。

眼の下にくっきりとクマを浮かび上がらせて、老宰相は静かに告げる。

 

 

 

「――我々は、今すぐの成功を必要としているのだよ。将軍」

 

 

 

ぞっとするほど平坦な声であった、ハーバーグラム、ハリス両名は後にそう語っている。

 

「貴官らの言うことはよく分かる。…だが、それを待てる一般大衆は居ない」

 

手に持った葉巻を握りしめて、チャーブルはほろ苦く笑う。

 

「連合王国首相たる私が言うのもなんだがね、そもそも政治に対する大衆のスタンスは『他人事』だ。それでいて政治に対する要求は高く、尚且つ忍耐とは無縁と来ている。

彼らが政治に求めるのは今すぐの成果であり、それも自分たちの努力によらず与えられる無償のギフトなのだよ」

 

無論、例外もいるがねと宰相閣下。

 

「そういう稀有な例外は政治家になるか、あるいは政治に頼らず生きる手立てを見出す。

だが大半の連中は…まぁ、自分の生業、生活には勤勉かもしれん。だが、それ以外の事になると途端に『他人事』になる。そんな彼らにとって、この大戦もまた『被害は自分たちのこと』だが、『解決策は政治家と軍人が考えること』なのだよ。

だからこそ、無条件に勝利を希求する。

これが大衆であり、悲しいかな、我々政治家は政治家である以上、その声に耳を傾け、彼らの望みをかなえなければならん」

 

それが出来ない政治家は落選するのだよ、とチャーブル代議士は苦笑した。

 

「ゆえに連合王国の政治家として、政権首班として、ハリス君。私は君に君の望まぬ仕事を命じなければならぬ」

「…仮に、小官がそれでも『No』と申し上げた場合は?」

「大将を一名、インデ方面に異動する(とばす)人事案にサインすることになるな。

あぁ、残念だが、冗談ではないぞ? 今頃陸軍省では元帥を一名(ヘイグ)、極東に回す人事案が作成されているはずだ」

 

提出され次第、速やかに裁可することになるだろう、と宰相。

パ・ドゥ・カレーの攻略は、もはや必須不可欠の状態にある。

軍も、チャーブルも、もはや失敗は許されない。パ・ドゥ・カレーから4度目のVOBが発射され、地上からの攻撃が3度失敗に終わったとき、陸軍は欧州派遣軍総司令の首を挿げ替える羽目になった。

 

知らず、ごくりと生唾を呑み込んだアーチー・ハリスの肩にポンと手を置いて、ウィストン・チャーブルはにっこりと微笑む。

 

「ゆえに連合王国市民の、空軍の奮闘に期待するや切である。――どうかね?」

「…直ちに、準備にかかります」

 

 

◇――◇――◇ ◇――◇――◇

 

同刻 帝国首都ベルン

統合作戦本部 

 

「で、どうするつもりなんだ?」

「これまた含意の広い質問だな。どう、とは?」

 

そう言って首を傾げる友人に、ターニャ・フォン・デグレチャフ魔導大佐は鼻を鳴らす。

 

「全てだ。どう見ても敗戦まっしぐらな状況を、我らが皇帝陛下は如何お考えなのか、洗いざらい喋ってもらおう」

「しょっぱなから日本語なのはそういう訳か」

「皇帝陛下にため口をきける、実に有用な言語だからな」

「全ての現国教師と敬語に喧嘩を売る発言だな」

 

クスクスとひとしきり笑い声をあげた後、ツェツィーリエはぽつりと呟く。

 

 

 

 

「帝国は仕舞だ」

 

 

 

 

余人のいない皇帝執務室に、その声は嫌に響いた。

のちにデグレチャフ大佐は語っている。

しかしそれは未来の話であり、1928年8月15日時点でのターニャの反応は至極あっさりしたものだった。

 

 

「――で、亡命先は?」

 

 

「……君、衝撃を受けろとまではいわないが、もうちょっとこう…重々しく受け止める演技くらいはしてくれても良いんじゃないかい?」

「ほざけ、貴様の事だ。帝国が滅ぼうが滅ぶまいが、悠々と生き残っているに違いあるまい。心配するだけ時間の無駄だ」

「酷いいわれようだ!?」

 

軍服の袖を顔に当てて、ターニャちゃんがぐれた、ヨヨヨ…とワザとらしく泣いてみせる少女をターニャは冷め切った眼で見降ろして、溜息交じりに続ける。

 

「第二次大戦を知っている連中なら誰だってそう思うさ。ナチスドイツはノルマンディーから1年と持たなかった。それを許す貴様とは思わんが…。帝国自体はナチスドイツよりマシだろう。スターリングラードも経験していないし、バクー油田の破壊にも成功した――が」

 

そこまで言って、ターニャは執務机で手を組む少女に向き直る。

 

「相手があの合州国(合衆国)だ。誤差でしかない。違うか?」

「違わないね」

 

やれやれ、とツェツィーリエは両手を上げてぼやく。

 

「この世に神とやらがいるのなら、なんであんな手の付けられない超大国を創ってしまったのか、小一時間ほど問い詰めたい気分だ。ジョーカーにもほどがある」

「で、やはり亡命か?それなら約一名、連れて行って欲しい人物がいるのだがね」

「ちなみにその人物は銀翼突撃章持ちかね?」

「ああ。亡命中、及び亡命後の用心棒としてこれほどの適材はいるまい?」

「…全く、君は相変わらずだな」

「その言葉、そっくりそのまま返させてもらう」

 

思わず、といった風に二人は笑い声を上げた。

それはここまで来ても『相変わらず』な互いの様への苦笑か、あるいは帝国の現状への乾いた笑い声か。

 

「…ま、今の時点で諦めるつもりはないし、亡命は最後の手段だな」

「手はずを整えるのは早いほうがいいんじゃないか?」

「君、私の前世の職業をお忘れかな?」

「歴史学者か。それがどうした」

 

首を傾げるターニャ・フォン・デグレチャフに、ツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルンは独白する。

 

「私の専門は戦中、戦後史。

その中でも私が唾棄するのは、『俺もあとから行くぞ』とか『お前たちだけを死なせはしない』と言いながら、戦後のうのうと生きながらえた旧軍指導者だ。

特攻という統帥の外道を命じ、それ用の兵器開発までして、そのくせ自分たちは生き永らえ、責任を取らなかった連中を私は心から軽蔑している。

――無論例外はいたし、その人物には敬意を払うが、それはほんの一握り。同様に、結果的に国民にヴェルサイユの苦難を背負わせながら、自分は貨物列車に財産を満載して逃げ出した皇帝陛下も唾棄すべき存在だ。

 

――そう言ってきた私が、今更『あれ』と一緒になるだと? 冗談じゃない

 

少なくとも、『俺は死ぬ係じゃない』と言い放ち、慰霊の場に一度として姿を現さないような糞にはなりたくないと少女は断言した。

 

「考えたくもないな。これでもその道で飯を食った前世があるという自負がある」

「駆け出しと言ってなかったか?」

「学部生時代から数えたらそこそこの年数だろう」

「学部って遊ぶ時間では?」

「貴様は私の灰色の青春時代に喧嘩を売った。――そこを動くなよ?」

「うん、私が悪かった。取り消すからシレっと宝珠を取り出すのをやめろ。没収されたんじゃなかったのかそれ」

「今の私は陛下だ。宮殿内の金庫は全部開けられる」

「分かった、本当に悪かったから目を妙に光らせるのをやめてくれ!」

「そもそも日本の学部生は少々不真面目なのが多すぎる」

「いや、それは…」

「おかげで真面目にやってる私のようなのが変人扱いされる始末だ。おかしいとは思わんかね?」

「…はい、ソウデス」

「そもそも遊び惚けて週に一度しか大学に来てないようなやつでも『学士』、夜を日に継いで期限内に卒論仕上げたこっちも『学士』って不公平とは思わんかね」

「オッシャルとおりかと」

「しかもそう言う奴に限ってバイトで稼いで恋人を作るんだ。――実に忌々しい

「…本音は最後だな?」

「何か言ったかね?」

「イイエ、ナニモ」

「フン。まぁ、良い。ともかく現時点で亡命の予定はない。イイネ?」

「アッハイ」

「…何しろ、ここまで散々好き放題して来たんだ、今更投げ出すのも寝覚めが悪い」

 

そう言って、彼女は執務机の上に置いてあった、木の飛行機模型を手に取った。

 

「間もなくこいつも数が揃う。敵の戦略爆撃に有効なはずだ。――名はシュワルベ」

「シュワルベ?ジェットエンジンは作らないんじゃなかったのか?」

「その通り、こいつはレシプロ機だ。()()()()()()()()のね」

「それは凄い」

「だろう?」

 

 

 

――Ta262『シュワルベ』

 

後年、「帝国最強の戦闘機」の名をほしいままにする名機を手に、彼女は笑う。

 

 

 

「もはや帝国に勝利はない。…いや、合州国が敵側な時点で、勝てる要素がある国などこの地上には皆無だ」

「…だろうな」

「ゆえにここからは()()()()()()()()として話を進める。良いかな?」

「ま、そうなるな」

 

西暦世界を見れば分かる話だ。

ドイツは二度の大戦で二度ともアメリカを敵に回し、そして敗北した。

 

「なにより、相手はこちらの策源地を叩けるのに、こちらからは叩けない。これほど不公平なルールはゲームでもないだろう」

「しかもその策源地が『世界の工場』ともなればなにをかいわんや、だな」

「然り然り。前世の架空戦記の中に、北米大陸が丸ごと消滅したり原始時代に転移してしまうのがあるのも納得だ」

 

逆に言えば、そんな『とんでも設定』でもぶち込まないと勝てないバケモノなのだ。

『日本人』からすればむしろ当然の話だが、幼女の返答に少女はほっとした表情をこぼす。

 

「話が早くて助かる。なにしろ真っ当な『帝国人』にこの話をするには、相当な注意を必要とする」

「相変わらず『不敗神話』は強固かね?」

「いや、むしろそれより悪い」

「…なに?」

「厳密には『崩れかけた』不敗神話と言うべきだろうな」

「どういうことだ?」

「ずっと東部にいた君にはピンとこないだろうがね」

 

そう言って、彼女は壁に掲げられた帝国地図を見上げる。

 

「ハンブルガーに始まり、エッセン、デュッセル、アウグズ、オズナブ、マクドブルグ、ケルン、ライプツィヒ…」

 

彼女が読み上げるのは、戦略爆撃を受けた帝国西方地域の諸都市。

 

「西方工業地域の損害も無視できんレベルだ。東部、地下工場への移動も行っているが生産率の低下は免れん。そしてこのベルンも二度、敵爆撃機の侵入を許している。この状況下で『帝国、それは勝利である』、そう言い切れる帝国臣民がどれほど残っていると思う?」

「…普通に考えれば、ありえないな」

「そうだ。しかし現実には新聞各社の論評は、多少の違いこそあれ相変わらず勇ましいモノばかりだよ」

 

見たまえ、といってターニャに手渡されたのは、本日帝都ベルンで発行された新聞の数々。

戦前より明らかに紙質が悪化し、頁数も減っているそれだがしかし、紙面に踊るのは少女の言ったとおりの誇大妄言、美辞麗句の数々。

 

「…どういうことだ?」

「逆に聞くがターニャ、今の帝国の大通りで『この戦争は負けだ!』と叫ぶ奴がいたら、どうなる?」

「袋叩きがオチだろう……嗚呼、そういうことか」

「そういうことさ」

 

ターニャ・フォン・デグレチャフは思わず天を仰ぐ。

同調圧力、とでもいうべきか。それとも警告者は殺される、か。

 

「崩れかけた神話なればこそ、それを指摘するものは信奉者に抹殺される。躊躇わずに言い切れる人間などそうはいるまい。うちだとゼートゥーアくらいだろうな」

 

だから疲れる、とツェツィーリエ。

 

「ゼートゥーアでさえそうなのだ。軍が、臣民が敗北を素直に抱きしめると思うかね?」

「勝利はとっくに不可能だ。敗北が嫌ならば講和を目指すしかない。それくらい分かりそうなものだが」

「人間とは非論理的な生き物だ。第一次大戦の敗北を経験していない、正真正銘『敗北処女』な帝国で、今敗北を口にすれば『宮城事件』くらい普通に発生するだろう」

 

小園司令予備軍もゴロゴロいるだろうな、とツェツィーリエ。

 

「そのような状況では講和交渉すら難しい。

何故ならば、少しでも講和の話が漏れた時点で反対派はそれを潰しにかかり、体制側は反対派を潰そうとする。行き着く果ては内戦状態、よくて国内の統制崩壊だろう。

そうなってしまえば、交戦相手に足元を見られる。

『いいぞォ、もっと混乱しろ。二進も三進も行かなくなって、こちらの要求を丸呑みするほかなくなってしまえ…』とね」

「悪辣すぎる」

「少なくとも、私ならそうする」

「うわぁ…」

 

目の前のこいつなら絶対にやるだろう、という目でデグレチャフは皇帝陛下を見る。

この御仁、歴史に詳しいせいか、時々人間の腹黒さを一点に濃縮したが如き黒さを発揮することがあった。後年彼女はそう回顧している。

 

「そう褒めてくれるな。なにより親愛なるチャーブル首相なら間違いなくやるだろう。そうは思わんかね?」

「間違いなくやるだろうな」

「だろう?…いや、あのチャーブル閣下の事だ、ご親切にも帝国臣民の耳にも届くよう、こちらが『講和』の話題を振った次の瞬間、主要メディアを集めかねんな」

「…うわぁ」

 

否定できねえ…!そう戦慄するターニャ・フォン・デグレチャフは、しかし同時に気付く。

 

「なるほど。それで第六軍をパ・ドゥ・カレーに」

「それに親衛第一師団もね。その通りだよ」

 

禍々しい笑みを浮かべて、皇帝陛下はニヤリと笑う。

そう、彼女は先ほどこう言ったのだ。

 

『今敗北を口にすれば宮城事件くらい普通に発生するだろう。小園司令予備軍もゴロゴロいる』

『そのような状況では講和交渉すら難しい』

 

 

――ならば、逆にこうも言えるのだ。

 

 

 

「反対派は先に始末するに限る

 

 

 

あまりにあっさりと放たれたその言葉に、同じ元日本人であるターニャですら一瞬寒気を覚えるほど。

 

()()()()第6軍は国粋主義者と拡大派の巣窟だ。先に始末する」

「偶然とは笑わせる。ちなみに親衛第一師団は?」

「そちらも国粋主義者が多いというのが一つ。もう一つは――」

「もう一つは?」

「ザクセンブルク公アルフレッドの与党だ」

 

従弟の名前を口にして、彼女は寂しそうに笑った。

 

「奴自身は悪い奴じゃないんだが、如何せん、奴は帝位継承権第一位。

講和に反対する連中が担ぐ神輿に最適だ。そうは思わんかね」

 

だから、彼女は続ける。

 

 

 

「ゆえに消さねばならん」

 

 

 

何処までも平坦な口調で、皇帝は続ける。

 

「それに関しても貴族が邪魔だ。連中は私よりもアルフレッドに好感を持っている。ゆえにアルフレッドを排除するとなれば反発は必至。まずは貴族連中の財力と戦力を奪わねばならん」

「…貴族社会は苦手と言っていた人間とは思えんな」

「必要なればこそだ。話を戻せば連中の財力は国債でかなり食った。残るは実働戦力となりうる近衛だ。だが、何も咎が無いのに貴族を潰すことはできない。適当な大義名分をでっち上げるのも手だが…」

 

そこで彼女は笑う。

 

「連合王国がやってくれるなら大歓迎だ。面倒がなくていい」

 

かくして、帝国内の騒乱は未然に防がれる。残る問題は西方戦線だが――。

 

「そのための西方防衛線の準備時間も連中が稼いでくれると」

「我ながら戦争がお上手だとは思わんかね?――付け加えると、第6軍司令パウロスは明日付で元帥に昇進する」

「それはまた…。貴様はどこぞの総統閣下かな」

「そう褒めてくれるな」

「褒めてないからな?」

 

そう言いつつも幼女はニヤリと笑う。

 

「それで?そこから先は講和を目指すのか?」

「帝国の勝利はない、そして滅亡も避けたい。となるとそれしかあるまい。

だが、今のところ新大陸人とお仲間たちにそのつもりはない様子…。さてターニャ、君ならばどうやって連中を交渉テーブルに就かせる?」

 

得たりとばかりにターニャ・フォン・デグレチャフは即答する。

 

「合州国の戦争継続()()を削ぐしかあるまい」

「すなわち?」

 

彼女たちは知っている。

アメリカが戦争から降りるの(ベトナム アフガン)は、自国の世論がそれを許さなくなったときだと。

そして、それに必要なことは至極単純だ。

 

 

 

 

 

 

 

「合州国兵を100万単位で殺すしかないな」

 

 

 

 

 

 

その答えに皇帝陛下はニッコリと笑い、再び『シュワルベ』の模型を手に取る。

 

「その通りだ。まずは戦略爆撃機をこいつで叩き落とす。…先ほども言ったとおり、戦略爆撃で生産が遅延しているのがネックだが、いずれ解決するだろう。問題はそれ以外だ」

 

そう言って、彼女は再び地図の前に立つ。

 

 

「さしあたり、東部戦線は捨て置いて良いだろう。バクー油田を失った連邦軍の動きは極めて鈍い。何よりこの冬を乗り切る燃料の確保が先になるだろう」

 

――後に、デグレチャフ大佐は回顧している。

皇帝陛下は有能な人物ではあったが、この一点においてのみ、現実が彼女の予想を上回った、と。

 

「ゆえに君も知ってのとおり、帝国軍は東から西への大移動だ。それが完了すれば、君の言うとおり西部戦線は好転するだろう。敵兵力にもよるが」

 

だが、と彼女は言う。

 

「問題は鉄道能力だ。開戦以来強化したとはいえ、帝国東部の鉄道能力は東部軍の規模に追いついていない」

「東部軍が増えすぎた、というのもあるだろうな」

 

毎時100台しか通れない高速道路に1,000台が乗り入れようとするようなものだ、とターニャ。

 

「その通り。鉄道部は頑張っているが、問題は機関車が西方でかなり被爆した点でな」

「人の嫌がることを率先して、か。実に模範的だな」

「なるほど模範的だが、それを相手がやっているのが問題だ。模範的なのは我々だけで良い」

「機関車の補填は?」

「国内の機関車メーカーにも発破をかけているんだが、問題は多くのところが戦闘車両の製造も請け負っているという点でな。これ以上はリソースの共食いになると警告が上がっている。で、残った輸送能力を防衛線築造資材、補給弾薬も食う訳で」

「おいおい…」

 

どこぞの誰かが凝った防衛線でも考えたせいじゃないか、と疑う幼女だったが、それを指摘する暇はなかった。

 

何故ならば――

 

「ゆえに統合作戦本部、参謀本部は精鋭部隊を先んじて西部に回す必要があると結論付けた。あとは分かるね?」

「…待ちたまえよ。『サラマンダー』は補給と休養、一部とはいえ既定の休暇を消化するための後退の筈だ」

 

 

休暇。

それは職務の奉仕する社会人の当然の権利であり、戦い詰めの帝国軍将兵にとっては『夢』といって過言ではない代物。

 

「そうだな。()()()()()()()()()()()()命令書はそうなっていたはずだ」

「……つまり?」

 

――しかし、所詮は人の夢。

非人道的に職務に奉仕する参謀本部の鼻息一つで吹き飛ぶ『儚い』もの。

 

故に、淡い期待を抱いて問いかけるいたいけな幼女に対し、親愛なる皇帝陛下は懐から取り出したる『新しい命令書』でもって答える。

 

「貴官らの戦闘団に出した命令は取り消しだ。一部新兵装の受領後、直ちに西方に向かってもらう」

「…私の休暇は?」

「西方に着任した後で余裕があるならば、まぁ取れるんじゃないかな?」

 

人、それを絶望的という。

煌びやかな王宮の天井に向かって、思わず例の嘆き声(どうしてこうなった)を漏らす幼女だが、彼女は知らない。

 

 

 

 

 

――わずか10日後、着任したての西方戦線でこんな報告を受け取ることになろうとは。

 

 

 

 

「パ・ドゥ・カレー方向より爆発音多数!守備隊との通信途絶!第六軍、親衛師団とも応答しません!!」

 

 

 

 




実に忌々しい
今なら温かい目で笑って許せますが、あの当時の筆者は、なぜ生霊は物語の中にしか存在しないのかと考えていました。実に忌々しい
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