皇女戦記   作:ナレーさんの中の人

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旗、それすなわちフラグ(なに

(R4.1.27加筆)
◎読者の方(水上 風月 様)が紋章を作ってくれました!!
使ってもよいとのお言葉も賜りましたので、早速追加いたします+本文も加筆します
改めて水上様、この度は本当にありがとうございます!

※ゲテモノ好きなことに定評のある皇女殿下ですので、頂いた案のうちもっとも無理筋な物を選んでおります(


閑話ー旗ー

遡ること半年余り前の話である。

 

ときに、統一歴1928年1月某日。

 

厳寒期の只中にある、東部戦線はゼートゥーア大将執務室。

もとは連邦軍司令官のそれだった場所で、つい今しがた参謀総長の辞令を受け取った大将閣下は、しかしそれとは別の理由であくどい笑みを浮かべた。

 

「大佐、どうしてなかなか大変――コホン、大層なものを貰ったものだな」

「…いま、大変と仰いませんでしたか、閣下」

 

口を滑らせた()参謀総長閣下の発言に、その腰ほどの背丈しかない幼女が思わず問いかける。

両者の視線は執務室の中央、先ほど帝都から届けられたばかりの『ソレ』に向けられている。

 

「皇帝陛下の忠実な僕たるこの私が、その様な不敬を漏らすとでも?」

「…小官の空耳であったようです」

「そうだろう。ここのところ連戦であったからな」

 

そう言って、労をねぎらうようにターニャの肩を叩くゼートゥーア閣下だが、その連戦続き(火消し三昧)を命じたのは一体どこの東部戦線査閲官ハンス・フォン・ゼートゥーアだったろうか。

思わずチベットスナギツネの眼差しで自分を見上げるターニャの内心を知る由もなく、新参謀総長閣下は帝都から届いたばかりの辞令を無造作に参謀行李に突っ込み、同時に届いた旧知の友人からの御届け物(お祝い)に火をともす。

 

「ルーデルドルフの奴、まだこれほどの上物を隠し持っていたのか。これは一度、奴の机を改めねばなるまい」

「…閣下、小官はこの『旗』の扱いをどうしたものか、決めかねておるのですが…」

 

 

 

――そう、旗である。

 

 

「フム…。大きさ、()()から言って軍旗と同等の扱いが適当だろうが…」

 

ゼートゥーアの言うとおり、その旗は帝国軍の『軍旗』とほぼ同じサイズ、よく似た意匠(双頭の竜)を持つそれだが、しかし。

 

「そもそも『戦闘団』に軍旗というのは宜しいのですか?」

 

そう。帝国軍において、軍旗は『連隊』ごとに授与されるという大原則がある。

のみならず、プロイツフェルン王国時代から続く帝国軍の『忠誠宣誓(Gelöbnis)』。そこにおいて、帝国軍人は君主への忠誠の宣誓として、左手を軍旗に触れて右手を上方に差し上げ宣誓することとなっている。この宣誓は絶対的なものと考えられており、軍人が命令に服従する根拠となった。

更に時代を遡れば、古の(いにしえの)古代帝国において、その『軍団』が所持する『軍団旗(アクィラ)』は宗教的な意味を有する神聖なものとされていた。彼らがどれほどこのアクィラを重視していたかというと、初代皇帝の時代に戦争で奪われたそれを、四代皇帝の時代までかかって取り返した記録があるほどである*1

 

――たかが旗とは言えない存在。それが軍旗である。

 

なればこそ、先刻()()()の人間がもってきたそれに困惑するデグレチャフに、ゼートゥーアは人の悪い満面の笑みを浮かべるのだ。

 

「戦闘団自体、本次大戦で初めて作られた戦闘単位なのだ。規定がない以上、違反ともなるまい」

 

ゼートゥーアはぼやく。あのお方は全く…と。

 

「『私に良い考えがある』とは、このことだったか…」

「閣下、話が見えないのですが?」

「だろうな。しかし、どこから話したものやら」

 

そう言って、大将閣下は葉巻を咥えてしばし黙考。

連邦の夜は暗く、厳寒期ともなれば空気も沈み切っている。灯火管制が敷かれ、外の様子を窺うことも出来ない閉めきった執務室。暖炉の明かりが2人と1本を浮かび上がらせる。

 

「…貴官、歳はいくつだったかな」

 

数分の後に放たれた問いかけに、ターニャは即答する。

 

「9月で15になったところであります」

「若いな。私が貴官の歳のころは何をしていたかな…。少なくとも、軍人ですらなかった頃なのは間違いない」

「9歳で任官しましたので」

「見事な愛国心だな、大佐」

「恐縮であります」

「ゆえに。今更なことではあるがな大佐、15歳の大佐など前代未聞だろう」

「で、ありましょうな」

 

ターニャもゼートゥーアも揃って苦笑するほかない。

今ではもう常態化しているが、10代の兵士など戦前にはおよそ考えられない存在だった。

 

「貴官の軍大学卒業時を覚えているかね?」

「よく覚えております。なにしろ『編成官』という職責を、古典以外で目にすることがあるとは思いもよりませんでした」

「我ながら良い考えだったろう?」

 

二人の脳裏に去来するのは、第203航空魔導大隊(はじまりの大隊)結成にまつわる型破りな手法の数々。

 

「なにしろああでもしなければ、貴官に大隊を預けることは出来なかった」

「存じております。しかし、少尉任官から1年足らずで少佐になるとは思ってもみませんでした」

「優秀な人間にはそれなりの地位についてもらわねばな、そうは思わんかね?」

 

 

 

――すくなくとも、あの時はそう思ったのだ。

 

 

 

「なにより貴官は極めて優秀だった。小官の、いや、参謀本部が期待した以上の戦果をあげてきた。これは何人たりとも否定できまい」

「光栄であります、閣下」

「だからこそ、困っているのだがね」

「…と、おっしゃいますと」

「バクー油田の破壊だ。本来ならば、過去の武勲も合わせ、更なる昇進に値する」

「恐縮であります」

 

なにしろかの油田は連邦の生命線。

それを破壊した『臨時混成第一魔導連隊』の指揮官ともなれば、本来ならばもう一つ階級を進めて然るべきであった。

 

――だが。

 

「だから困っておるのだ」

 

 

◇――◇――◇ ◇――◇――◇

 

 

同時刻、帝都ベルンは陸軍参謀本部。

その作戦局長執務室でも同じように溜息をつく男の姿が二つあった。

 

「参謀本部が直接運用できる、強力な機動部隊。それがデグレチャフの戦闘団だ」

「存じております」

 

部屋の主、ルーデルドルフ作戦局長()()()()()()()にレルゲン大佐は頷きつつも、続ける。

 

「しかし、()()をデグレチャフに下賜して本当に良かったのでしょうか?」

「…前例のないことではある。その点においては、貴官の懸念も的外れとは言えんな」

 

だが――、ルーデルドルフは続ける。

 

「奴を昇進させることも出来ん。もはや戦闘団の指揮官に留め置くのが不可能となる」

 

そもそも大佐という時点で、本来ならどこかの連隊長になっていておかしくないのだ。

これが准将ともなれば旅団長、平時の参謀本部なら次長クラスである。

…と言うより、開戦時のルーデルドルフらの階級に等しい。戦時とはいえ、ほぼ参謀本部直轄部隊にしか在籍したことの無い、15歳の少女が、である!

 

「なにより10代半ばの准将など聞いたことがない」

「仰るとおり。加えて、彼女の経歴は少々…いえ、かなり特殊です」

「ウム」

 

手元の資料をめくり、胃痛を覚えながらもレルゲンが続ける。

 

「そもそも軍大学卒業と同時に大尉昇進、戦闘団編成の功で少佐昇進……」

「奴に大隊を預けるにはそれくらいの無茶をせねばならなかったのだ。…ああ、貴官があの時反対したのは、この事態を予期したからかね?」

「そういう訳では…」

「フム、そういう事にしておこう」

 

兎も角だ、とルーデルドルフは続ける。

 

「デグレチャフがこれほどの武勲を積み上げると、あの時どれだけの人間が予想していたか…。そもそも『大隊』も『戦闘団』も試行、実証実験のつもりだったのだ。()()()、な」

 

ルーデルドルフは重々しく続ける。

 

「だが、今の参謀本部にあれを手放す余裕はない」

 

『総力戦においては、ありえないことがあり得ない』

 

至言だろう。

あの時点の参謀本部に、この戦争がこれほど大規模かつ長期になると予想できたものが有ったろうか。

『総力戦』という言葉を参謀本部に定着させた張本人とも言うべきゼートゥーアとて、共和国との戦争が終われば、その時が終戦だと思っていたのだ。

連合王国、ルーシー連邦、ましてや合州国とも戦火を交えると予想できた者が、果たしてどれほどいただろう。

…いや、約二名ほど、その事を予期していた可能性の高い人物にレルゲンは心当たりがあるのだが、胃痛が増えるだけなので考えないようにしている。

 

「魔導大隊はほかに幾つか編成出来ましたし、戦闘団も、各方面軍で幾度か編成されていますが…」

「希望的観測はよしたまえ、大佐。逆に問うが『サラマンダー』ほど使える戦闘団がその中に一体どれだけある?」

「…ありませんな」

「デグレチャフめ、いったいどんな錬成をしたのやら」

 

その点についてはレルゲンも否定の言を持たない。

 

 

その戦闘力は、実に一個師団のそれに匹敵する

 

 

ルーデルドルフをしてそう言わしめた戦闘力。

それが参謀本部直轄で、任意に動かせる『駒』ということがどれほど有難いものか、今の参謀本部で知らぬものはない。

戦線の火消し、挑発、攪乱ほか特殊作戦、友軍援護……。戦闘団の使い道は増えることはあっても減ることは無し。しかもそれが、一々方面軍司令部との折衝なしに任意に運用できるとなれば、これはもう手放すなど論外である。

 

「つまりデグレチャフを昇進させることも、他の部隊に異動させることも当分は不可能だ。違うかね?何か妙案があるなら聞くが?」

「…遺憾ながら、あれほどの魔導将校にして野戦将校を、小官は知りません」

 

あれほどの将校を送り出したという一点において、帝国軍の将校育成過程は成功したと言えるだろう。惜しむらくは量産に失敗したことか…、いや、あんなのを量産せねばならなくなったら世も末だ。

ポケットに忍ばせた胃薬――これまた増えることはあっても減ることは無し――を取り出したい衝動にかられつつ、レルゲンは続ける。

 

「とはいえ、これほどの武勲に褒章無しというのは無理でしょう」

「その通り。信賞必罰は帝国軍の拠って立つところ。いままでもデグレチャフと彼女の部下には勲章を複数授けてきたが、それとて限界がある」

 

参謀本部、いや、帝国軍始まって以来の珍事はこうして起こった。

 

「戦闘団長のまま留め置く、昇進はさせない。それでいて信賞必罰を示せ?…一体どうしろと!?」

「銀翼突撃章では駄目なのか?――なに、これ以上は略章ですら付ける場所が足りない?…知るかそんなこと!」

 

ゼートゥーア、ルーデルドルフの二大巨頭からのリクエストに帝国軍の人事、褒章を司る吏員は頭を抱えた。

しかも、トップたるデグレチャフ大佐を差し置いて、戦闘団のほかの人間を昇進させるのも問題だから、そちらも滞る始末。

前代未聞の事態に頭を抱える参謀本部に、話を聞きつけた()()がやってくる。

 

 

 

「それなら、私に良い考えがある♪」

 

 

 

◇――◇――◇ ◇――◇――◇

 

統一歴1928年8月15日夜

帝都 某所

 

 

「――やはり、噂は(まこと)であったか」

 

主人のその呟きに、初老の男は頷く。

 

「はい、(せつ)がこの目で確かに確認いたしました。写真もこれに」

 

そう言って、男が懐から取り出した写真。

つい今しがた帝都中央駅で撮影された、東部帰りの()()()()()()()を写した一枚。

それを手に取り、部隊の先頭で燦然と輝く『旗』を目にした瞬間、壮年の主人は思わず呻く。

 

 

 

「…『五枚花弁に双頭の龍』

 

 

『双頭の龍』

それは帝室の紋章であり、言うまでもなく帝国国旗の中央を占めるもの。

当然、それ()()ならば通常の軍旗にもあしらわれた、ごくごく通常の意匠である。

 

だが。

当時の皇女摂政宮、現皇帝たるツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルンが、歴戦の戦闘団を賞するために与えたソレは――

 

「言うまでもなく、()()()()()()()であらせられます」

 

そう、それは現皇帝ツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルンその人のみが自由に使うことのできる、世界でただ一つの紋章。

 

「しかもあれは、ただの紋章ではない」

「はい」

 

壮年の男は呟く。

 

「あれはツェツィーリエ帝が幼少の(みぎり)、御自らデザインし、先帝陛下に紋章替えの許しを賜ったものだ」

 

ツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルンは先帝の一粒種。

当然、生まれたときから個人の紋章は定められていた。

にもかかわらず、彼女は『どうしても』と願い出て、既にあった自分の紋章を差し替えたのだ。当時、宮中でもそれなりに話題になった一件であったし、その()()()()()()()()()()()()()()()を見た紋章官が卒倒し、遂には辞表をしたためる事態にまで発展した。

 

――なぜ殿下はそこまでして、自らの紋章に『サクラ』とやらを入れることに拘るのだ?

 

結局決まった常識はずれなデザインと合わせ、宮廷雀たちは新たな帝室七不思議の誕生だと囀ったものである。

ともあれ、ツェツィーリエ帝が件の紋章に一方ならぬ思い入れを持っているのは宮廷人ならば誰しもが知っている事であり、ゆえに彼らの間で「五枚の君」とは、今上帝ツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルンを指す隠語でもあった。

 

そんな紋章が、歴戦とはいえ帝国軍の一部隊に下賜されたのだ。

 

「帝国軍旗には厳密な規定があった筈。中世でもあるまいに紋章の下賜などとは…」

「『戦闘団』については軍旗の規定がないということのようですが、詭弁に御座いましょう」

「こうなってくると、『例の噂』もあるいは本当やもしれぬ。そちらについては何か分かったのか?」

 

主人の問いに、初老の男は面目なさげに首を垂れる。

 

「申し訳ございません。デグレチャフ大佐の出自について、新たな情報は得られませんでした」

「先帝陛下の隠し子という噂については、どうだ?」

「限りなく白でございましょう。どうも内務省、参謀本部それぞれが調査したようでございます」

「連中も怪しいと思ったか」

 

さもありなん、と主人は頷く。

それほどまでにターニャ・フォン・デグレチャフという軍人は、その経歴が不自然すぎるのだ。

 

孤児院に捨てられていた幼女が、魔導適性を見出されたとはいえ9歳で志願する?

しかも志願後の新兵教育では9歳にも関わらず成績優秀者に名を連ねている。

――初等教育すら満足に施されたとは考えにくい、孤児院育ちの娘が?

しかも任官して早々、「生者で受勲すること自体稀」とまで呼ばれる銀翼突撃勲章を授与されている。

――それも、当時はまだ皇女摂政宮であったツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルン直々に。

かと思えば、直後に教導隊に異動して新型演算宝珠のテストパイロットになったという。

――本来、たたき上げの古参魔導師が指名されるべき仕事にもかかわらず、時の主任研究員直々の指名で。

 

この時点でも異常すぎるのだが、彼女の場合はこれですら前座に過ぎない。

 

「軍大学卒業してすぐに大尉、ついで少佐に昇進した件については?」

「ゼートゥーア大将が関与した形跡がありますが、詳しいことは全て『軍機』とのこと(魔導大隊構想に関する機密指定)で…」

「不自然過ぎるな」

「はい」

 

しかも今日に至るまで、確認されているだけでも複数回、ツェツィーリエ帝はデグレチャフ大佐を護衛として各地に赴いており、そして大佐がベルン宮殿に伺候した回数は10を超えている。

 

「およそ一介の軍人、孤児院育ちに対する対応とは思えん」

 

軍人ではない二人が怪しむのも無理はなかった。

 

「他におかしなところはないのか?」

「『出自、経歴に不明点こそあれ、それは孤児院育ちゆえのこと。改竄された形跡はない』それが内務省の答えです。…私の古い友人ですが、件の紋章下賜を受け、内務省警備局、枢密院も全力で調べたそうですから間違いないかと」

「…枢密院が出張っただと?その時点で大概だな」

「仕方ありますまい。デグレチャフ大佐と皇帝陛下の親密さは有名な話です」

「膝の上に乗せていたこともあるそうだからな」

 

その話を聞いたとき、貴族連中は一笑に付すか、あるいは顔をしかめたものだ。

 

『社交嫌いの皇帝陛下が、赤の他人を膝に乗せた?』

『ありえんな。しかしそのような話が出てくること自体、嘆かわしい』

『然り。銀翼突撃章持ちとは言え、出自が出自だ。帝室の尊厳にかかわる』

 

彼らは知らない。宮中では徹底して空気になっているツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルンが、軍に行けば人が変わった様に周りを振り回していることを。

ともあれ今になってみれば、ツェツィーリエ帝の貴族連中に対する対応と、デグレチャフ大佐に対する厚遇とは、まさに天と地ほどの開きがある。

 

 

――あの幼女はいったい何者なのだ?

 

 

壮年の男は疑心暗鬼にかられる。

いや、その疑心は帝国貴族のほとんどが共有するものと言って良い。何故ならば――

 

「話は変わるが、パ・ドゥ・カレーの状況は?」

「芳しくありませんな。既に三度、連合王国の総攻撃を受けておるようです」

「参謀本部が策定しているという救出作戦は?」

「連中はそう言っていますが、私の見るところ、連中、救出する意思はありませんな」

「…そうか。となるとやはり――」

 

男二人は頷き合う。

すなわち――

 

 

「――新帝陛下は、連合王国に我ら(貴族)を始末させるおつもりらしい」

「毒を以て毒を制す、ですかな?」

「毒だと?我らが一体、帝国に何をしたというのだね?」

「帝室からすれば、我ら貴族は臣下であると同時に脅威なのでございましょう。先々帝(二代皇帝)の御代を思い出しますな」

 

 

 

『――帝国とは、帝室の下、初代皇帝の旗下に諸人(もろびと)集いて敵を打ち倒し、大ライヒを統合したるもの』

 

 

 

それは、帝国の建国()()

そう、「神話」。

およそ神話というものは事実を元に()()された、編集者にとって都合の良い物語であることが多い。そして帝国もまた然り。

実のところ、初代皇帝はライヒの統合を第一としたがために中央集権というには不完全なところがあった。それを力づくで対抗する貴族の力を削ぎ、自治都市の権利の大半を奪ったのが二代皇帝である。

当然、当時を知る貴族たちからは最も忌避される存在なのだが――。

 

「新帝陛下は更にそれを進めるおつもりと思料いたします」

「何故だ。この未曽有の災厄に、何故その様なことを!」

「分かりませぬ。ですが現状を鑑みるに、その狙いは明らかかと」

 

良い例が親衛第一師団、通称近衛師団だ*2

彼らは過酷な東部戦線で一歩も引かずに戦い続け、摩耗し、今まさにパ・ドゥ・カレーで包囲されている。この間に失われた貴族出身者の数は、もはや目を覆うばかりである。

 

そして参謀本部に救出の意思なしということは、つまり。

 

「新帝陛下は我ら貴族を亡ぼすおつもりの様子」

「…信じたくないものだ。あの美しき人が、その様な外道に手を染めるとは」

 

ゆえに、男たちは決意するのだ。

 

「過ちは正さねばならない。――それが如何に高貴なお方といえど。否、高貴なお方なればこそ」

「仰るとおりです。過ちは正さねばなりませぬ」

「…頼めるか」

 

主人の問いに、初老の男は恭しく首を垂れる。

 

 

「御意のままに。『オーケストラ』の準備を急がせましょう」

 

 

 

 

 

時に、統一歴1928年8月15日深夜。

 

 

運命の歯車がまた一つ、動き始めようとしていた――

 

 

 

 

 

 

 

ツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルンの紋章について

 

フリー百科事典:アカシッ〇・ペディア「ツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルン」より抜粋

 

――ツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルンに纏わるエピソードの一つに「個人紋章変更騒動」がある。

これは彼女が士官学校を卒業するのと同時(異説あり)に起こったもので、彼女自身が自己の紋章を自らデザインした新しいもの(図1)への変更を皇帝に願い出たとされる。

 

(図1)

 

【挿絵表示】

 

 

この、『5枚花弁に双頭の龍』と呼ばれる図案は『異端』の一言に尽きる。

そもそも欧州流の紋章に使用できる色は、金属色である「金」「銀」(紙面ではそれぞれ黄・白をもって代用する)、原色である「青」「赤」「紫」「緑」「黒」の計7色と、毛皮模様に限られている。

さらに「金属色同士」「原色同士」は重ねてはいけないという鉄則があり、フィールドの金に銀の花弁をチャージする本図案は明確な色彩違反である。*3

それどころか、現存しないがツェツィーリエの原案では花弁はこれ以上に大きく、「花弁の上に龍が乗る」デザインだったとされる。

 

このため、帝室紋章官らがデザインの変更案(図2)を具申したが、彼女はこれを聞き入れなかったとされ、複数の紋章官が職を辞す騒動に発展した。

 

(図2)

 

【挿絵表示】

 

 

最終的に、ツェツィーリエ原案を多少修正した図1が採用され、公的には「花弁ではなく双頭の龍に付随する後光である」とされた。

当然ながらかなり無理のある見解であり、当時の帝国上流階級ではかなり不評であったという。〔根拠?〕

 

 

●紋章下賜の件

 

この紋章は一度だけ、軍旗として下賜されたことがある(図3参照)。

その栄誉に浴したのが当時の帝国陸軍サラマンダー戦闘団であり、同戦闘団が戦後統一歴1977年にツェツィーリエ戦闘団と改称したのもこれに由来する。

 

(図3)

 

【挿絵表示】

 

 

しかしながら、この紋章下賜については詳細な経緯が不明である。

同戦闘団の多大なる功績、敢闘を評してとされるが、それならば通常の帝国軍旗を下賜すればよく*4、何故わざわざ皇帝自身の紋章を下賜したのか、一切の理由が伝わっていない。

 

これについては同戦闘団の当時の戦闘団長(司令官)、ターニャ・フォン・デグレチャフ大佐と皇帝の信頼関係によるところが大きいとの説がある。だが、これが事実とすれば近代の軍隊、国家では考えられない公私混同であり、当時の陸軍上層部、参謀本部が制止しなかったとは考えにくい。

また、団旗授与の場には陸軍参謀総長ハンス・フォン・ゼートゥーア大将(当時)も居たことが写真等で確認されており、このことから陸軍も本件授与を正統と見なす何らかの事情があった可能性が指摘されている。〔誰によって?〕

 

戦後長らくこの戦闘団旗は公的な使用が控えられていたが、統一歴1970年代以降、ツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルン再評価の動きの中でその存在が広く知られることとなった。

統一歴1977年には戦闘団名称変更に合わせ、公的に本旗が戦闘団部隊章、部隊旗と定められた。

なお、この時点でライヒ連邦国内には旧帝国、帝室に由来する『双頭の龍』を公的マークとして使用する公的機関、団体は存在しなくなっていた*5。このため今日に至るまで、同戦闘団がライヒ連邦内で唯一『双頭の龍』を公的に使用する団体である。

 

 

*1
トイトブルケの戦いで奪われた軍団旗3本のうち、最後の一本が回収されたのが四代皇帝の時代である

*2
貴族連中は、非貴族階級出身者から構成される第二師団の事は近衛師団とは決して呼ばない

*3
規則の成立前に確立したエルサレム王の紋章など、例外は極一部のに限られている。

*4
そもそも軍旗は連隊に授与されるものなので、序列もあいまいな戦闘団であれば、通常の軍旗が授与される事だけでも栄誉である

*5
プロイツフェルン家自体、ツェツィーリエの死で断絶しており、分家筋も国外に亡命するか、紋章を変更している




◇投稿が遅れまくった理由
繁忙期withコロナ対策で人員引き抜かれまくった職場!
「えっ、通常4人でやる仕事を2人で回せ!?」
「出来らぁ!」(課長
「!!??」

◇五枚花弁に双頭の龍
桜をバックに帝国国旗の龍の部分をあしらったもの。
…誰か絵の上手な人がイラストにしてくれないかなぁ(チラッチラッ

◇オーケストラ
黒い(確信

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