皇女戦記   作:山本 奛

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三時間戦争

統一歴1928年11月11日。

 

その日、フランソワ共和国から齎されたその知らせに、全世界が驚愕した。

 

 

 

「連合王国軍と共和国軍が武力衝突だと!?」

 

 

 

チャーブル首相もローズベルト大統領も、それどころか帝国皇帝ツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルンすら耳を疑った『三時間戦争』。

その経緯を明らかにするには、時計の針を少々巻き戻す必要がある…。

 

 

◇――◇――◇ ◇――◇――◇

 

 

統一歴1928年11月10日。

共和国首都パリースィイ 大統領府

 

「何度仰られても、結論は変わりませんな」

 

その日()、ペッタン共和国大統領は連合国軍総司令官アイゼンバウワーとの面談に臨み、そして()()()()()()()()回答を今日もまた告げるのだった。

 

「…どうしても、ご再考いただけないと?」

「再考し、熟慮した上で返答は『Non』です。…あぁ、誤解のないよう貴国の言葉で言い換えますと『No』ですな」

 

ペッタンが、共和国が拒み続ける連合国軍の要請。その内容は――

 

「旧『安全保障地域』外への連合国軍の展開。――()()()たる我が国としては認められるものではありません」

 

 

【挿絵表示】

 

 

この当時、アイゼンバウワーら連合国軍首脳部は、待ち受ける帝国西方方面軍をいかに撃破、突破するかで頭を悩ませていた。

なにしろ当初の計画では共和国内、せめて国境付近で捕捉撃滅するはずだった帝国西方軍は丸ごと無傷な上、国境地帯に建設された『ジークフリート』とやらに立て籠もってしまっている。各種偵察、諜報活動によって日々明らかになるその防備は、兵数、物量で帝国軍を圧倒している連合国軍でも正攻法を躊躇わせるには十分すぎるものだった。

 

――要所を地下通路で連結した防御陣地は、塹壕線とあわせ、過去に類を見ないほどの縦深防御戦術を可能としている。

――野砲、榴弾砲の配備数が極端に少なく、迫撃砲の配備数が異様なほどに多い。これは航空偵察、航空攻撃されやすい前者を避け、塹壕からの砲撃に適している後者に注力していることを示すと見られる*1

――対戦車砲陣地も見られるが、戦車の砲塔を転用したと思しき『砲塔トーチカ』とでも形容すべきものが多数確認される点に留意。これは通常の対戦車砲よりも防御性が高く、注意する必要がある。

――対歩兵、対戦車地雷、障害物が相当数設置されており、砲撃を受けながらこれを啓開するのは非常な危険、損害を覚悟せねばならない。

 

「…これに真正面から突っ込むのは馬鹿のやることだな」

「同感ですな。迂回するべきでしょう」

「連中に射的の的を差し出すようなものですからな」

 

ゆえにアイゼンバウワーは勿論、連合王国のモンモメリ将軍、合州国パッテン将軍も『迂回』という点で完全に意見が一致した。

 

「具体的には?」

「南部、国境地帯の森林地帯が最適でしょう」

「待て!小官もそれは考えたが、アルデンテの森は帝国軍が共和国軍を撃破した(『回転ドア』をした)際に突破した箇所だ。連中も警戒している可能性がある」

「しかしパッテン将軍、それより南となると補給も一苦労だぞ?」

「む…」

「そこは今後の検討課題としよう。いずれにせよ、我々は右翼に向かって迂回する必要がある。ここは良いかね?」

「同意します」

「同意する。馬鹿正直に突っ込む道理はない」

 

【挿絵表示】

 

 

意見の一致を見た連合国軍だったが、ここで一つ問題が生じた。

 

「実態はともかく、共和国は『中立』を標榜している。事前に一報を入れるべきだろう」

「それでは帝国に奇襲をかけることが不可能となりますが?」

「モンモメリ中将に同意する。帝国軍に我々の行動を悟られる危険がある」

「両名の懸念はもっともだが、当該地域には共和国軍、そして共和国の要請を受けた森林三州誓約同盟の部隊が展開している。いずれも軽装備らしいが、事前通告なしで通ろうとした場合、不測の事態が起きかねない」

 

後年、合州国大統領に上り詰めるアイゼンバウワーの政治的センスは、このころから光っていた。

純軍事的に考えればさっさと通ってしまえば(交通路にしてしまえば)良いものを、本国に報告したうえで、共和国政府の了解を得ようとしたのだから。

しかし、結果から言えばこの試みは上手く行かなかった。

理由は複数あるが、根本原因は一言に集約できる。

 

――『共和国が頑として戦争に戻ろうとしなかった』から。

 

「…帝国を打ち倒す好機が目前に迫っているのです。貴国も旗幟を明らかにするべきなのでは?」

「我が国は旗幟をすでに明らかにしていますよ、ムシュー・アイゼンバウワー。

『中立』という旗をね」

「中立、と仰いますが、今の状況でそれは無理があるのでは?」

 

同席していた駐フランソワ合州国大使が指摘する。

 

「大統領閣下、戦時国際法における『中立国の義務』はご存じでしょう?」

「無論、承知しておりますとも」

 

戦時国際法には、交戦当事国とそれ以外の第三国、中立国の関係を規律する内容があるのだが、その中にこんなものがある。

 

『防止の義務』―中立国は自国の領域を交戦国に利用させない義務を負う

 

だが、連合国軍が展開している時点でこの義務は果たされていない。

――つまり共和国は中立国というには無理がある。連合国につかないのならば、自動的に消去法で帝国側ということになるが、それで良いのか?

言外にそう匂わせた大使だったが、ペッタンは告げる。

 

「大使こそ『()()()()()』をお忘れでないかね?」

 

『黙認の義務』―中立国は交戦国が行う戦争遂行の過程において、ある一定の範囲で不利益を被っても黙認する義務がある。この点について外交的保護権を行使することはできない

 

一瞬、顔をこわばらせた大使に、ペッタン大統領はにこやかに続ける。

 

「先日のパ・ドゥ・カレー破壊。…戦時中で、かつ帝国軍が立て籠っていたという事情は我々とて承知している。…しかし、だとしても、あの歴史的港湾都市*2が失われたことは、共和国にとって非常な損失であった」

 

だが、それについて共和国は損害賠償を請求していない。

これぞまさに『黙認の義務』の最たるものだろう、と嘆くペッタン。

 

「そもそも、あなた方(連合国軍)の展開にしても『黙認の義務』の順守であると共和国政府は考えている」

 

大統領は言う。

あなた方が現在展開しているのは、帝国が設定していた旧「安全保障地域」であり、いわば『帝国が占領していた地域』。

 

「その地を解放()()()()()ということで、我々はあなた方の展開に異を唱えていないのです。お分かりですかな?」

「…それは、そうですが……」

 

アイゼンバウワーの表情が曇る。

何故ならその論法は、ほかならぬ連合国が共和国北部への展開を合法化するためにぶち上げた理論なのだから。

 

「それと、これは貴国(合州国)だから申し上げますが、これでも()()()()()のですよ」

「…と、仰いますと?」

 

嫌な予感に覚悟を決めて問うアイゼンバウワー。

そしてその覚悟は裏切られなかった。

 

「『メルセルケビーク』に『パ・ドゥ・カレー』…、ハッキリ申し上げよう。共和国市民の大多数は連合王国軍の即時撤兵を望んでいる」

「そんな無茶な!」

「そうでしょうな。しかし大使殿、我々の立場もお考えいただきたい。…昨日までの同盟国に背後から刺され、一度ならず()()も歴史ある港町を奪われた。これで連合王国と仲良くしようと思えますかな?」

「それは…」

 

大使は知っていた。

フランソワが誇る近代彫刻の父が残した『カレーの市民』の銅像を。そのモチーフとなった百年戦争の一幕を。

帰路に大使からその話を聞いたアイゼンバウワーは、道理で、と呟いた。

共和国で補給物資を調達しようとした――本国から輸送するより、農業国でもある共和国で購入した方が()()()安上がりなのだ――連合王国軍担当者が、合州国軍担当者の4倍近い値でぼったくられたという報告が上がってくるわけだ、と。

 

「無論、無理なのは百も承知している。だからこそあなた方(連合国)の展開を黙認しているということをご理解いただきたい。国民感情から言って、これ以上の譲歩は不可能だ」

「…それでも、と問われたならば?」

「共和国に戦争をする意思はないが、軍は市民を守るために存在する、と申し上げよう」

「本気で仰っておられる?」

「本気だとも。それにそのようなことになった場合、帝国も黙ってはいまい。あなた方は共和国全土を戦火から守って頂けるのですかな?」

 

ハッタリだな。アイゼンバウワーは看破していた。

今の共和国軍に連合国軍と事を構える能力はない。かつて欧州を席巻した大陸軍(グランダルメ)も今は昔。そこにあるのは再建途上のちっぽけな警備隊に過ぎない。

 

――だが、連合国もまたそのような愚を犯すことは出来ない。

 

アイゼンバウワーは心中で唸り声を上げた。

仮に共和国を軍事力で征服するとしよう。

軍事的には十分可能だし、帝国本土への道も開かれる。帝国西方軍を包囲殲滅することも夢ではない。

…だが、その瞬間から連合国軍は『解放者』から『侵略者』へ成り下がる。それは政治的にも、兵の士気にも致命的なダメージを齎すに違いない。多少なりとも戦力は損耗しているだろうし、その状態で共和国全土を占領統治するための兵員も差し引かれる。

 

百害あって一利しかない。

 

それがアイゼンバウワーの判断であり、そして目の前の老将軍にも分かっているからこその「ハッタリ」なのだ、と。

 

「アイゼンバウワー元帥。我々が中立を叫ぶのは、これ以上の惨禍を避けたいというのもあるが、何より『()()()()とは共に戦えない』という世論があるからだ。

私自身、昨日までの友人を騙し討ちにするような方々とディナーを共にする事は出来ないし、ましてや市民にそれを強いるなど不可能。ご理解いただけると幸いだがね?」

「……通過であっても、認めることは出来ないと?」

「それこそ中立義務違反ですな。…ああ、ただしご安心を。あなた方との会談の件は『お隣さん(帝国)』には伝えていないし、伝える予定もない。我が国の立場は一貫して『中立』だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

だから、そこ(旧安全保障地域)から一歩も出てくれるな。

 

アイゼンバウワーは後に語る。

大統領の目は、老いた軍人のそれとは思えぬほど鋭い光を放っていた、と。

 

――そして、この場に連合王国の人間がいなかったのは、アイゼンバウワーにとっては幸運でもあり、同時に不幸でもあった。

 

――そもそも、必要とあらば昨日までの同盟国を後ろから刺すような連中が、『ただ通り抜ける』だけのことを我慢する道理など、ある訳が無かったのだから。

 

 

◇――◇――◇ ◇――◇――◇

 

統一歴1928年11月11日 正午

ノルマンディア地方 連合国軍総司令部

 

「何が起こった!?」

 

入口の幕を蹴飛ばしながらテントへ入ったアイゼンバウワーに、幕僚が答える。

 

「…連合王国第12軍所属、第5連隊がやらかしました」

「具体的には?」

「南方へ展開すべく戦線右翼を南下。旧安全保障地域との境目を強引に突破しようとして、警備にあたっていた共和国軍と小競り合いになった模様です」

「小競り合い?あの砲声の何処が小競り合いなのかね!?」

「報告によれば、連合王国側の空砲との事です」

「空砲だと?」

「威嚇目的です。『通行を阻害するな』という」

「……貴官、何故それを知っている?」

 

嫌な予感に、アイゼンバウワーの背筋を冷たい汗が伝って降りる。

当たってくれるなという彼の願いもむなしく、冷酷な事実が参謀から告げられる。

 

「……交渉では埒があきませんでした。かくなる上は、『棍棒を持って穏やかに話す(数代前の合州国大統領の名言)』ほかないと――」

「この大馬鹿者!!」

 

周囲が止める間もなく、作戦参謀が吹き飛ばされる。

だが、それを為した総司令官もまた、うめき声を上げて天を仰ぐ。やりやがった、と。

 

なるほど、軍事的には迂回しての突破が最善で、そのためには戦線を右翼に伸ばす必要があり、それ即ち共和国側への進出が必要だ。

アイゼンバウワーだってそれはよく分かっている。だからこそ、帝国側への漏洩リスクがあってでもペッタン大統領との会談を重ねたのだ。

その結果を今から将軍たちに伝えるはずだったのに、何人かの『軍事馬鹿』のお陰で全てがご破算になったのだ!政治は軍事に優先することを知らぬ馬鹿のせいで!!

 

「誰か、この愚か者を営倉にぶち込め」

「閣下!」

「やらかした連中も直ちに呼び戻せ!これは連合国軍総司令官としての命令である。それと、展開しているはずの森林三州誓約同盟軍と連絡を取りたい」

「…パリースィイの大使館経由ならば、可能かと」

「よろしい。直ちにかかれ。…本格的な殺し合いになる前に止めねばならん。身内はこっちで摑まえるとして、あちら(共和国軍)を止めてもらわねば…」

 

頭に血が上った状態の軍隊を制止するのはとても難しい。

連合王国の連中は合州国が羽交い絞めにするとしても、共和国軍を制止するのは合州国でない方が良いだろう。何せ『ライミー共の仲間』と言う一括りで攻撃されかねない。

 

「…ホワイトハウス、ダウジング街にも一報を入れろ。大至急だ」

 

 

 

 

結果から言えば、この三時間戦争はその名のとおり数時間足らずで終息した。

そもそも事を起こした連合王国軍部隊に攻撃の意思はなく――あくまでも威嚇して通行を認めさせることが狙いだった――、共和国軍側は装備が貧弱だったから。

 

だが、被害が大きかったのは連合王国側だった。

 

これは前述のとおり、先に行動を起こした連合王国側が当初空砲しか撃っていなかったことが原因であった。彼らの誤算は、共和国側にそれを威嚇の『空砲』だと即座に見抜ける士官も、突然の砲撃でもパニックを起こさない練度の兵隊も殆どいなかったこと。

結果、連合王国の空砲に驚いた共和国軍人は実弾で応戦。なし崩し的に実弾での撃ち合いに発展したため、本当の意味で先手を取られた連合王国側の被害が大きくなったのである。

 

しかし、それ以上に深刻だったのは――

 

「パ・ドゥ・カレーでも足りないと言うのか!!」

「メルセルケビークを忘れるな!!」

 

連合王国情報部長、ハーバーグラム少将は後年、こう回顧している。

 

『あの瞬間、共和国内における情報部の活動は頓挫したと言って良い』

 

むしろ帝国内のエージェントの方が安全だった、と皮肉交じりに語られることとなるほど、共和国の対連合王国感情は悪化した。

当然、迂回作戦などほぼ不可能。このままでは「ジークフリート」に真正面から突っ込むことになる。その危機意識が連合国首脳陣、特にチャーブルにある『計画書』を思い出させることとなるのだが、その話はまた後日……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…まさか、これを引っ張り出す日が来ようとは……」

 

 

 

 

 

*1
連合国視点。実態は帝国側のお寒い配備事情

*2
かの古代帝国の時代から、欧州とアルビオン島を結ぶ結節点として繁栄していた




デグ「流石に無理があるのでは?」
ツェ「ブリカスならやりかねん、だそうだ」
デグ「…いやな説得力だな」
ナレ「ちなみに本日の入浴中に降りてきたネタです。一発書きなので完成度はお察しください」

デグ「…貴様、プロットはあるんだろうな?」
ナレ「ありますよ。それに逸脱しないので降りてきたネタに身を委ねました」

デグ「この作者、大丈夫か?」
ツェ「わたしにもわからん」

ナレ「それにEU離脱が決まったときのグダグダっぷりを見ると…。あの人たち、妙な時に突っ走って、収拾がつかなくことがある気がしましてね」

ツェ「あー…あれか。ギリギリまで関税とかでもめてたな」
デグ「『独立記念日だ!』なんて喜んでたのにな」
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