統一歴1928年11月某日
合州国首都近郊 海軍省
フォックス海軍大臣は、報告書を手に唸り声をあげた。
「ここに書いてあることは事実かね?作戦部長」
「遺憾ながら、事実です」
そう断言する合州国艦隊司令長官兼海軍作戦部長、アーネスト・キングダムの手にもまた、同じ報告書が握られている。
――報告書のタイトルは、『帝国の通商破壊による商船被害情報(緊急)』。
「10月ころから被害が急増しています。…全くライミーめ、ウチに頼ってばかりで護衛すらまともに出来んとは!」
「君、もう少しオブラートに包んでくれないかね?」
「事実を言って何が悪いのです」
海軍大臣のそのお願いに対し、たたき上げの海軍長官は鼻息でもって応えた。
余談だがこの海軍長官、その昔スリにあったとかで大の秋津洲皇国嫌いで知られていたりする。
「数えきれないほどのレンドリースで足りず、とうとう合州国軍が出張っているのです。護衛くらい自分でしっかりやれと言いたくもなります」
「まぁ、気持ちは分からんでもないが……」
実際、フォックス海軍大臣としても言いたいことはある。
何しろ最近の合州国造船業は好況を呈しているが、その中身はと言えば、2日で
つまるところ…、いや、誰がどう見ても連合王国支援用船舶、艦艇のオンパレード。
そしてそれらで構成される輸送船団の積荷もまた、全て合州国製の武器弾薬、軍用機、重油と航空用ガソリンなのだ。
「連中、どれだけ注ぎ込めば満足に戦争できるんだ?」
とは、キングダム大将のみならず、この時期の合州国人の一定数を占める意見なのだった。
「しかし、この報告書が事実ならば問題だ。ORは進めているのかね?」
「もちろん、既に取り掛かっています。報告書の後半は彼らからの一次報告です」
「どれどれ――」
◇――◇――◇ ◇――◇――◇
およそ2週間前
連合王国某所 某会議室
「これまでに分かっていることを整理しよう」
そう言って、座長の肩書を持つ男は黒板の前に立つ。
広義で言うならば、数学的・統計的モデル、アルゴリズムの利用などによって、さまざまな計画に際して最も効率的になるよう決定する科学的技法のことを指すが、大戦終盤期の連合王国にあっては、その目的とする事はただ一つ。
『いかに帝国海軍Uボートの被害を減らし、そして駆逐するか』
統一歴1926年から27年にかけて、その目的は8割以上達成されていたと言って良い。
――もっとも効果の高い護衛船団の組み方は?
――Uボートを捕捉する最も効率的な手法は?
――Uボートを攻撃するのに最も適した方法は?
これらの問いかけに対し、数学者、科学者たちはORによって最適解を提示し続けており、その効果は着実に上がって来ていたのだ。
――そう、つい一か月前までは。
「被害が増加し始めたのは10月初め。これは間違いないな?」
「間違いありません」
「他に何か変わったことはないだろうか?例えば無線通信量の増加とか」
メンバーの一人がそう提起したのには訳があった。
彼らが、否、運用している帝国海軍自身がそう名付けているUボート運用術。
それは統一歴1926年以降、帝国海軍が用いた戦術であり、以下のような段取りを経る。
第一段階、想定される輸送船団の針路上、予想エリアの海域に3隻以上の潜水艦を潜伏させる。
第二段階、襲撃対象を発見した潜水艦が
第三段階、帝国本土の潜水艦隊司令部は
そう、この戦術は無線通信を多用するのだ。
潜水艦最大の持ち味である秘匿性、隠匿性を相殺してしまうような大量の無線通信。
しかし、それが
「…妙だな」
「…確かにおかしい」
積み上げられた資料の束。その中から通信傍受に関するものを拾い上げたメンバー達は揃って首を傾げた。
「通信量の増加は見られない。それどころか減少している」
「ああ。定時連絡らしき通信は見られるが、
「今月に入ってからは…、何という事。連中、ほとんど無線通信を使っていません!」
その意味するところに気が付いた女性科学者が思わず声をあげた。
何故ならば――
「
正式名称『短波方向探知機』High-frequency direction finder。
この装置、実は戦前に救難信号を出している船舶の捜索用として実用化されていた。
これが対Uボート戦闘に使えることを見出したのは、言うまでもなくここにいるORの面々。
彼らは、大西洋上で増加していた不審な無線通信の正体が
方位だけではない。この装置を搭載した艦艇が複数いれば、三角測量と同じで距離さえも掴むことが出来るのだ。
――つまり、これさえあれば、Uボートが帝国本土に無線通信を行った瞬間、その位置を割り出せてしまえるのだ。
この装置が行き渡って以降、
『無線通信は位置が露見する。何か他に方法は無いのか?』
『残念ながら…』
勿論、どこぞの少女はそのことをよく知っていたから、無線通信を減らす方法を模索していた。…だが、当時は他に方法が無かった。何故ならば。
「無線を使わず、どうやってこれほどの襲撃が出来るんだ?」
そう。この時代、潜水艦は極めて目の悪い軍艦であった。
目視の話になるが、地球は球体だから、背が高いほど遠くを見ることが出来る。
遠距離砲戦を行うようになってからというもの、戦艦の艦橋が摩天楼の如く高くなっていったのはこのためである。
ゆえに、戦艦の乾舷よりも低い位置にある潜水艦の艦橋からでは、自ずと見える範囲は狭まる。潜望鏡ともなれば尚の事。しかも潜水艦はとにかく狭いから、浮上時に周囲を索敵する見張りの数もまた少ない。潜望鏡に至っては艦長しか覗くことが出来ない代物と来ている。
無論、目視だけが索敵ではない。
特に帝国の場合、他国と比べて一歩半は進んだレーダー技術を有しており、当然ながら潜水艦にも耐圧防水仕様の各種レーダーを備えている。
だが、レーダーだって低いところにあっては探知距離が限られ、水上艦や航空機のそれに劣る。
そんな目の悪い潜水艦で、広大な北大西洋をジグザク航路で進む輸送船団を毎回必ず見つけろというのは、これはもう無理な話である。
だから、表向き予備役と言う形で、『帝国海軍潜水艦部隊の取るべき戦術』の研究を任されたデーナッツは考えたのだ。多数の潜水艦を推定航路近辺にばら撒き、輸送船団を発見出来た艦に通報させ、本国からの誘導でUボートを集中し、敵船団を捕捉するしかない、と。
――何しろ従来の潜水艦では、単艦でまともな戦果など望めなかったから。
先ほど目の悪さに触れたが、潜水艦は攻撃力もまた微妙な軍艦だった。
まず大砲はほとんど無い。あっても1門程度である。…まぁ、稀有な例外が連合王国とフランソワにあるが…。
そして唯一に近い最大の武器として魚雷があるが、これにも問題があった。
まず、何と言っても命中率が悪かった。
砲弾なら数秒で届く距離でも、魚雷は目標到達までに数分を要する。
当然、敵も魚雷に気付けば回避行動を取るから、それだけの時間があれば回避できる可能性は飛躍的に高まる。だからこそ、帝国海軍の潜水艦は秘匿性の高い電池式を採用したのだ。
この命中率を改善する唯一の方法、それは目標に向かって自動的に針路を変更する誘導魚雷の開発実用化である。
…逆に言えば、それ以前の魚雷攻撃とは「敵の予想針路(出来れば直進し続けて欲しい)に向かって、まっすぐ進む(筈の)魚雷を投げ込む」行為でしかなかった。
命中率が悪いなら、数でカバーすればよい。
そんな単純な解決方法も、潜水艦の場合実施困難だった。
潜水艦は狭く、帝国海軍の潜水艦の大きさでは艦首発射管は6本が限界。
ならば再装填すればと思うだろうが、当時の潜水艦の場合、それもまた困難を極めた。
何しろ狭い潜水艦の中で、重さ1トンを超える魚雷を人力と滑車で吊り上げ、発射管に入れていたのだ。襲撃前ならともかく、護衛艦の爆雷攻撃に晒されながらの再装填などほぼ不可能。
つまり、この時代の
それを克服するための多数隻集中運用、投入こそが
だからこそ、無線通信の形跡が見られないと聞いた頭脳集団は頭を悩ませる。
「毎回航路は変更しているのだ。毎回『偶然』で、敵潜水艦に襲撃されるわけが無い」
「レーダーでこちらの船団を捕捉しているのか?」
「いや、こちらの逆探にはかかっていないぞ」
「じゃあどうやって?無線誘導もない、レーダーも使っていないのだろう?」
「マイクロ波レーダーを実用化した可能性は?それならばこちらの逆探知を逃れることが可能かと」
「帝国の技術力を思えば…」
「いや待て。マイクロ波は到達距離が短い。洋上捜索用には不向きだ」
「ならばパッシブソナーか?」
「それこそまさかだろう。あれの探知距離はかなり短い。それに方角しか分からない筈だ。この正確な襲撃を説明できない」
「アクティブと併用している可能性は?」
「…報告書によれば、魚雷発射前、つまり攻撃直前に一回だけ使用しているらしい。船団発見、追尾には使っていないようだな」
「連中、一体どんな手を使っているんだ?それが分からなければ対策の取りようがない」
「…堂々巡りだな。こうなれば、考えられる方法を全て試行し、その中で効果のあった方法を統計的に抽出、発展させるしかないか…」
「それまでにいったいどれほどの被害が出るか…」
「何か他に情報は無いのか?少なくとも、索敵方法は従来と異なる新方法を確立しているようだ」
「加えて無線誘導がない、つまり単艦による襲撃である可能性が高い。単独の潜水艦でこれほどの被害が出るなど、今までなら考えられなかったことだ」
その意味するところは、つまり。
「索敵方法、攻撃方法の両方が既存のものと異なる、新型潜水艦である可能性か…」
「だとすれば厄介だな…」
「ああ。…帝国軍潜水艦に関する資料はこっちの山だな。該当しそうなものを探すとしよう」
かくして、彼らは書類の山と小一時間ばかり格闘し、そして『それ』を引っ張り出す。
「…そう言えば『こいつ』がいたな」
「ああ。
――レポートのタイトルは『帝国海軍U-2500型潜水艦に関して』。
連合王国情報部、その技量は世界最高水準と言って良い。
なればこそ、件の潜水艦についても一番艦就役の翌年にはかなり詳しい情報をまとめ上げ、1926年暮れには一冊の資料に仕上げていた。
――レポートが纏められる数か月前、第一報を受け取った連合王国海軍は天地をひっくり返したような大騒ぎに見舞われた。
「水中速力17ノット!? 何かの間違いではないか?」
「潜航深度200メートル!? フィートの間違いではなくて!?」
何しろ、断片的に届いた二つの情報のいずれもが、既存の潜水艦の2倍の性能を示していた。あまりの隔絶に、情報と単位のどちらか、もしくは両方の間違いではないかと何度も確認されたのは無理からぬ話。
特に水中速力17ノットと言う情報は、仮に本当ならば大変なことだった。
なんとなればこの当時、連合王国の持っていた水上艦用パッシブソナーは、それを装備している駆逐艦が12ノット以上を出すと、雑音で使用不能になった。
つまり情報が本当ならば、帝国の潜水艦を追尾できる艦艇がいないということになる。
海軍省から矢の催促を受け、情報部はさらなる諜報活動を行い、その潜水艦に関する情報を徹底的に集めた。
「…非常にまずい」
そして情報が集まれば集まるほどに、連合王国海軍上層部の顔色は蒼くなり、遂には白を通り越した何かになった。ちなみに頭部戦線は壊滅である。
だが、彼らは海運国家連合王国の、世界に冠たるロイヤルネイビーを預かる俊英たちだった。
ゆえに彼らの灰色の脳細胞は、壊滅した頭部直下にあっても、一つの矛盾を見つけたのである。
「…だが待ってほしい。この潜水艦は昨年就役したのだろう?」
「妙だな…。それにしては戦闘詳報でほとんど見たことがない」
「何よりこれが本当に大量投入されてみろ、今頃我々は飢餓地獄に陥っている」
そう、彼らがこの情報を入手したのは統一歴1926年秋。
情報が正しければ、件の潜水艦は50隻以上が発注されており、帝国潜水艦の建造スピードから計算すると、とっくに実戦投入されているはずなのだ。
――だが、実際にそれらしきUボートを見たという証言はほとんどない。
この奇妙な状況に対する答えもまた、その年の冬に連合王国情報部からもたらされた。
届けられたレポートに飛びついた海賊たちの末裔は、しばしそれを熟読した後、こう呟いた。
「…ほとんど使い物になってない。世に送り
以前にも触れたがこのU-2500、ベースになっているのは西暦世界の『XXI型』である。
そしてこのXXI型、末期第三帝国兵器によく見られる、「性能は良いのよ、額面性能は」を地で行く代物であり。
…結果から言ってしまうと、一番艦が完成した1944年5月以降、288隻が建造予定、118隻が実際に起工されたにも拘らず、実戦配備、作戦行動に入ったのはたったの『2隻』。
無論、どこぞの皇女(後に皇帝)はそこも知っていた。
なればこそ、彼女は
『この船の実用化には年単位の時間を要するだろう。しかし、それだけの価値がある船だ。なればこそ、今から造っておく必要がある』
しかし、考えてみて欲しい。
貴方が潜水艦隊司令だったとして、「今手元にあるどの潜水艦よりも高性能」な潜水艦があると聞いて、「3年くらい待ってくれたら大量配備できるよ」と言われて、待つことが出来るだろうか?
「どんな兵器でも初期不良はつきものです。むしろ実戦の中で問題点を洗い出した方が、早期の戦力化につながるのではないでしょうか?」
故に、海軍司令部の中で上がったそんな声に背中を押され、艦政本部はU-2500型の大量発注に舵を切った。――切ってしまったのだ。
…その結果が、いま連合王国海軍省にあるレポートに示されている。
「…これは酷いな。思わず同情するよ」
潜水艦に乗り組んだ経験者がそう零すほど、レポートに記された内容は散々なものだった。
大速力実現のため採用した、新開発大出力モーター。
――これがしばしば火を噴く。機械室が全損しドック入りになったケースも複数。
そのモーターのために用意された、これまた新開発のバッテリー。
――結構な頻度で故障ないし発火。二か月に一度は小爆発を起こす。
大量建造のために企図されたブロック工法
――帝国工業規格の採用、普及により問題なく実施可能と判断した模様だが、実際には部品メーカー、組み立て工場の技術差等により、「補正」が必要なことが大半。この補正の結果、実用可能な潜航可能深度が80メートルに制限された艦もある模様。
これらは
これだけでもうお腹一杯になりそうだが、特に最悪で、連合王国海軍が「ああ、こりゃ実戦投入はないな」と断じた欠陥は別にある。
――電気配線の位置が拙かったのか、あるいは電流量が従来とは比べ物にならぬほど多いせいか、艦内で過剰な磁場が発生。よって磁気探知機で容易に探知可能。
そもそも、艦内では補正困難なほど方位磁石が狂うため、天測が困難。
…この時代、GPSもなければ慣性航法装置なんてものもない。
よって船乗りたちは民間船だろうが軍艦だろうが、天測航法によって自分の船の位置を知り、大海原に漕ぎだすことが出来た。
それが不可能と言うことはつまり。
「…大層ご立派な沿岸用潜水艦に仕上がったものだな」
「…面目次第もありません」
「だから実験艦扱いに留めておけと……」
それが統一歴1926年初頭における、U-2500の実態だった。
当然、起工済みの60隻は、20隻以外は全てキャンセル。
用意された資材は従来型の建造に振り分けられた。…欠陥だらけの割に20隻も建造が続行されたのは、取りも直さず帝国海軍がこの潜水艦に未練たらたらであったことを示している。
情報に接した連合王国海軍人たちが、一様に安堵の溜息を零したのは言うまでもない。
……毛根は還らなかったが。
しかし、それから2年余り。
急増する輸送船団の被害に、当時のレポートを引っ張り出したORの面々は、一つの決定的な通信記録を見出す。
「…これを見てくれ!」
――『…もう一度言ってくれ。なんだって?』
――『敵潜水艦の水中速力が15ノットを越えた!これ以上追跡出来ない!』
――『…ソナーの点検を行ってくれないか?潜水艦がそんな速度を出すわけが無いだろう』
◇折角作られた20隻のU-2500型は地道な改良→出撃→修正→出撃をしていた(意味深)。
◇頭部戦線:基本、後退するもの。あなたは大丈夫?
Q やたら髪の話混ぜ込んでない?
A 本日実に立派な、光り輝く拝みたくなるようなアレに出くわしてしまってな…。