デグ「あぁ、少し前の感想欄。そこで閃いたネタで一気書きしたらしい。…プロット無視に走ってないか、甚だ不安なんだが」
大丈夫大丈夫、どこかで書きたいなーと思ってたネタも盛り込んだから
「「つまり趣味で書いたってことだろ!!それが一番不安なんだ!!」」
決して屈するな。決して、決して、決して!
――サー・ウィストン・チャーブル
統一歴1925年の暮れ、連合王国海軍部は激震に見舞われた。
『帝国海軍U-2500型潜水艦に関する初期報告』
1926年暮れに最終報告が取りまとめられ、「技術的課題を解決できておらず、戦力化は当分先」という意見を付されることになるそのレポートだが、初報段階ではまさに『連合王国の悪夢』そのものだった。
「ここに書いてあることが事実とすれば、由々しき事態です」
すぐさま開かれた緊急会議の冒頭、進行役の大佐は続けた。
なにせ水中速力20ノット、潜航深度200メートル*1という、まさに潜水艦の『ドレドッドノート』と言うべき性能。しかもシュノーケルによる長時間連続潜航まで可能と来ているのだ。
これが実用化され、実戦投入されたなら、連合王国は開戦直後のころのような窮地に陥ることは確実であった。
「悠長に情報の精査を待つ猶予はありません」
「その通り。この情報の一部でも真実ならば、恐るべき事態となる」
「至急対抗策を取りまとめ、試行せねばなりませんな」
まず問題となったのは、その恐るべき水中速力。
「我が軍が使用している水上艦搭載用ソナーは、速力12ノット以上では使用困難となる。間違いありませんな?」
「ええ。艦政本部、技術局に確認済みです。それ以上はノイズで実用に耐えないと」
「それは帝国の潜水艦の方も同じなのでは?」
「問題となるノイズの大部分を占めるのは造波の音です。潜水艦の場合、これがありませんから、水上艦よりも有利です」
「更にこちらは潜水艦1隻、多い時でも5、6隻の音を拾わなければなりませんが、あちらはこちらの護送船団が作り出す大合奏を拾えば良いので……」
「敵潜の方が有利という訳か…。対策方法はあるのか?」
「あります」
「それは?」
座長を務める少将に、対潜部門の技術将校は答えた。
「現在拡充中の『ハンター・キラー』戦法の徹底であります」
ハンター・キラー戦法
元々はこの時代のソナーの構造的弱点――敵潜水艦が至近距離、特に真下に入ると探知できない――を克服するために連合王国海軍が考え出した、護衛艦(駆逐艦でもコルベットでも)2隻が一組となり、1隻が目標に近付き過ぎないように注意しながらソナーで敵を探知し続け、攻撃を担当するもう1隻を誘導するという戦法である。
目標を探知する役を
「…なるほど、ハンター艦は12ノット以下に制限されるが、キラー艦は敵潜が高速でも追尾し続けられるわけだな」
「その通りであります。ただ…」
「何か問題でも?」
「この戦法は2隻の連携が重要ですので、ハンター艦とキラー艦の距離は6,000フィート以内*2としております。ですが……」
「12ノット以内に制限されるハンター艦と20ノットで追尾し続けねばならないキラー艦の距離はそれ以上に広がるだろうな…。対策はあるのかね?」
「ハンター艦の誘導技術の強化しかないでしょう」
「具体的には?」
「現在、技術局で考えておりますのは、敵潜探知結果を表示するPPIスコープ*3に友軍艦艇、今回で言えばキラー艦を重ねて表示する方法です。これならば多少距離が離れてもハンター艦は無線でキラー艦を誘導できます」
「出来そうかね?」
「敵潜水艦の速力向上、探知技術の向上と相まって、装置の大型化、電算機の更新が不可避でありますが、予算さえあれば実現可能かと」
「よろしい、その研究予算を増やすよう長官に具申しよう」
「ありがとうございます」
「設計課から宜しいでしょうか?」
「何かね?」
「そこまで行くと、おそらくCIC全体の設計、ひいては艦そのものの設計にも影響するかと。その研究、艦政本部設計課も参加させていただきたいのですが?」
「技術局として否やはありません」
「決まりだな。その先は共同して進めてもらいたい」
この光景をどこぞの女帝が見たら、連合王国の本気に卒倒しただろうか。
もしくは『これは記録しなきゃ!』と演算宝珠を起動しただろうか。
…あの人、根っからのミリオタだから後者の可能性が高い。
ともあれ、水上艦そのもので出来る対策はそれくらいしか無い。
あとは護衛艦を増やし――ハンター・キラー戦法の徹底と言うことは、つまり2隻一組が基本だから2倍の護衛艦を必要とする――、護衛空母と哨戒機による索敵を強化するほかない、と言う話になった。
「しかし、この情報が正しいとなると、航空機による対潜哨戒は意味をなさなくなるのでは?」
誰かが言った言葉に、他の面々も頷く。
何故ならばこの時代、哨戒機が潜水艦にとって恐るべき存在だった理由は、第一にこの時代の潜水艦が『可潜艦』だったからである。
「昨年の対潜哨戒、攻撃結果の統計を見ると、哨戒機の場合、
そうなのだった。
この時期――U-2700型登場以前――、帝国海軍潜水艦の多くは夜間に浮上航行しながら充電作業を行っていた。そこをレーダーで捕捉、襲撃するというのが連合王国側哨戒機の常套手段だったのである。
…このときギリギリまで気取られぬよう、エンジンを切って降下し、爆弾投下をするよう徹底したあたりが連合王国人の連合王国人たる所以である。
確かに帝国海軍潜水艦はシュノーケルを装備していた。
しかしそれは『ディーゼルエンジンを動かすこと』を最優先した設計。
艦内で発生、蓄積する炭酸ガスや電池回りでどうしても発生する有害ガスの排除、乗組員に必要な酸素の取り込みにはやや不十分だった。一応、炭酸ガス吸着装置もあったが、当時の技術ではそれだけで潜航し続けられるほどの性能は望めなかった。
ゆえに、浮上航行は『潜水艦そのもの』と言うより『中の人間のために』必要不可欠であり、できる時には浮上しておきたい、というのが帝国海軍潜水艦長たちの本音だった。
「齎された情報が事実ならば、帝国海軍の新型潜水艦はシュノーケルと潜望鏡しか出さなくて良いことになる」
「センチメートルレーダー波で捕捉できるのだろう?」
「装置が大型過ぎて、艦載機に積むにはまだ時間が掛かります」
「加えて最近の敵潜は逆探を装備しているフシがあります。そうなれば、すぐさま完全潜航に移行して逃げられることでしょう」
「厄介だな」
「閣下、磁気探知ならば有効です」
磁気探知
それは元々鉱脈の位置特定用に編み出された、意外と古い技術である。
より正確には『磁気異常探知機』であり、これを用いれば、その存在自体が地磁気の乱れを生じる潜水艦をその潜航中であっても検出可能であった。
「しかし、消磁処理をされればおしまいなのでは?」
「いいえ閣下、それは船体磁気、すなわち船体そのものが生み出す磁場への消磁です。
今回問題なのは、潜水艦の存在が地磁気の流れを乱す『磁場歪』であります。こちらは隠しおおせません」
そして発言した本人も知り得ぬことであったが、彼は大当たりを引いていた。
すなわち、この後になって連合王国情報部がキャッチしたU-2500型の大問題――電気配線の位置が拙かったのか、あるいは電流量が従来とは比べ物にならぬほど多いせいか、艦内で過剰な磁場が発生。――と、絶妙にマッチしていたのである。
要するに、帝国の嫌がることを率先していた。
――しかも、である。
「さらに技術局では、合州国と共同で『ソノブイ』の研究を進めており、予算さえあれば実戦投入を早めることが可能です」
ソノブイ
秋津洲語なら『航空機搭載型音響装置付浮標』とでも訳せそうなそれは、要するに――と言うか読んで字のごとく――飛行機から投下されるソナー。
これもまた、完全潜航中の敵潜水艦を航空機が捕捉する新技術であった。
「…また予算かね?」
「また予算です。…ええ、技術局長から強調しろと厳命されておりまして……」
「あの野郎、たまには研究室から出て自分で言えとあれほど……。まぁ良い。そちらも合わせて上申しておく」
「ありがとうございます」
「その代わり、技術局への紅茶葉の配給を考えさせてもらう」
「そんな!?」
ちなみにこの場では開陳されなかったが、実はこの時期、合州国と連合王国は『対潜用音響追尾魚雷』の共同開発も進めていた。
…が、この魚雷。
速力12ノットで10分と言う性能ゆえ、伝えられる帝国海軍新型潜水艦には全く使えない(普通に振り切られる)ことが確実なために言及されなかった。開発打ち切り、予算ストップとされるのが目に見えていたからである。…研究者って汚い。
「つまり、現在研究中の技術が実用化されれば、まだまだ対潜哨戒機は使えると、そう認識して良いのだね?」
「むしろこれからが本領発揮であると、技術局は考えております」
「実に結構だ。予算は上申しておくから、確実に成果を出してくれたまえ」
「ハッ!」
「と、なると次は艦載機運用の問題だが……」
そう言って、座長に話を振られた護衛艦隊担当者は表情を曇らせた。
「正直なところ、厳しいかと」
「何となく予想はつくが、説明を」
「それだけの装備を艦載機に載せるのは不可能かと」
センチメートルレーダーに磁気探知機、そしてソノブイ。
トランジスタや半導体なんてものが無いこの時代、これらの電子機器を支えているのは真空管であり、ゆえに現代のものとは比較にならぬほど巨大だった。
例えば合州国が軍事目的で開発中の『ENIAC』の場合、17,468本の真空管を用いており、設置するのに50坪もの広さを要求していたが、これを約50年後にとある大学生がシリコン基板上に再現(機能と言う意味で)したところ、必要な基板の大きさはたったの「7.44ミリ×5.29ミリ」だった。それくらいに当時は場所を喰ったのである。
「どれか一つならば、『アバンジャー』に載るかもしれませんが…」
「そこでなぜ合州国機を出すのかね?我が軍の『スピ
「最新鋭機ですよ?対潜護衛機に回すほどの余裕は…」
「だがその前となると…」
「……無理だな」
彼らの脳裏に浮かぶのは、連合王国飛行機乗り御用達の『複葉買い物カゴ』。
なまじ使い勝手が良すぎたせいで、連合王国はこいつの後継機開発に苦しんでいた。…まぁ、後継機も最初複葉機で設計した時点で何やってるんだこいつら、と言う気もするが。
「しかも、爆雷も載せねばなりませんから…」
「そこはハンター・キラーのやり方を航空機でも実施出来ないのかね?」
「確かに。やってみる価値はありそうですな。…ただ、倍の艦載機が必要になりますが」
「仕方あるまい。見つけられなければ攻撃も出来ないのだからな」
先に結果を言ってしまうと、この分業方法は航空機でも有効だった。
ただ、予想通り倍の艦載機が必要と言う苦労を味わうこととなり、結局合州国海軍が『一機でハンター・キラー両方の仕事ができる
話を統一歴1925年末に戻すと、この点で担当者は頭を悩ませた。
「広いエリアをカバーできるという点でも哨戒機は有用です」
「磁気探知、そして先ほど上がったソノブイが実用化されれば、船団護衛はさらにやりやすくなる」
「問題はそれが出来る機材が無いということだ…」
「大型爆撃機、もしくは飛行艇ならどうだ?」
なるほど、大きさが必要ならばそれに見合う大きい飛行機を使えば良い。
「問題は哨戒エリアが広大な北大西洋と言うことだ。合州国と我が国の間の海路は3,000マイル以上ある。増槽を積んだ爆撃機でも片道がやっとだろう」
「いや、レーダー類を増備して重たくなった機体だと、片道すら危うい」
「となると飛行艇だが…」
「サンダー飛行艇は使えんのかね?」
サンダー飛行艇は、連合王国が誇る大型の4発飛行艇である。
なるほどこいつならば様々な対潜装備を積んで哨戒飛行を行い、洋上に着水して給油を行えば広大な北大西洋をカバーできるだろう。だが……
「お忘れですか閣下、サンダーは魔導師にすこぶる弱いのです」
「そうだった…!」
メンバーの脳裏に、開戦以来の悪夢がよみがえる。
『航空魔導師』
帝国が他国に先んじて実戦投入し、運用確立に成功した兵科である。厄介なことに、帝国はこいつを海の戦い、特に通商破壊に投入していた。
「しかし、それは連中が水上遊撃部隊による通商破壊をしていた時の話だろう」
大戦前に帝国海軍が設計、建造していた巡洋艦にはもれなく魔導師運用能力が付与されていた。だが、連合王国海軍の船団護衛、哨戒体制が強化された昨今、その出撃、戦果は著しく減少している。
「残念ながら閣下、連中も馬鹿ではありません」
「…つまり?」
「連中、魔導師を潜水艦から出撃させるようになりました」
考えれば当然のことだ。
魔導師の発進にはカタパルトも耐圧格納庫も不要なのだ。潜水空母がなくとも、普通の潜水艦でも十分に運用できる。
「…まぁ、狭い潜水艦ゆえか、もしくは回収するのに潜水艦の浮上が必要になるのを嫌ってか、以前ほど会敵することは無いのですが」
「加えて魔導師は戦闘機に速力で劣ります。
「サンダー飛行艇とは、恐ろしく相性が悪いのです」
そうなのだった。
サンダー飛行艇の最高速度は181ノット(時速336キロ)。
そもそも哨戒が主任務と考えられており、敵戦闘機との交戦は考えられていないから、この速度で十分だった。なにしろ仮想敵たる帝国の戦闘機は北大西洋に出張るほどの航続距離を持たないのだから。
だが――
「後方に魔力反応!」
「くそっ!降下して離脱する!!救難信号を打電しろ!!」
この速度では、戦闘機より遅い魔導師相手でも逃げ切れない。
とくに帝国海軍最初期の水上通商破壊作戦『ライン演習』の時など、相手が帝国軍屈指の練度を誇る203航空魔導大隊(最高速度290ノット(時速540キロ)オーバー)と言うバケモノだったせいで、当時当該空域を担当していた飛行艇部隊は全滅している。
だが、180ノット台前半と言う速度では、他の帝国軍魔導師相手でも結果は同じだった。
『敵魔導師を視認!』
「海面ギリギリまで降下するぞ!各機銃は各個に応戦せよ!!」
そして飛行艇はその構造上、下方に防御機銃を持てない。いわば船体なのだから当然だ。
ゆえに速度を稼ぐ目的もあって、空中分解しないギリギリの速度まで出して降下するのだが……
『こちら後部機銃!当たったが効果がない!なおも接近中!』
『機長、もっと速度を上げてくれ!』
「限界までやってるさコンチクショウ!」
高度を速度に変換出来るのは魔導師とて同じこと。
そしてサンダーの防御機銃の口径7.7ミリでは、防殻術式を有する魔導師相手にはドアノッカーにしかならない。それでいて――
「魔力反応増大!」
「くそっ!爆裂術式か!!」
「マイガッ!」
無論、先に述べた通り、最近では少なくなった光景ではある。
しかし、帝国海軍が情報通りの新型潜水艦を配備して、それに魔導師を乗せてきたら?
「困ったな。サンダーでは荷が重いぞ」
「となると、護衛空母の数を増やすしかないでしょう。加えて船団随伴とは別に潜水艦狩り専門の艦隊を作り、そこに配属しては?」
「合州国の護衛空母はまだ数が揃っていない*4。それにパイロットも養成せねばならんのだぞ?」
「合州国がそこまでしてくれるか不明瞭だ。こちらで出来る対策を考えねば…」
「具体的には?」
「新型飛行艇、速力と防御機銃、勿論搭載力に優れた機体の開発だ」
「簡単に言うが、各メーカーとも今やっている仕事で手一杯じゃないのか?」
「余力のあるメーカーを探すしかあるまい。そこが飛行艇を設計できるかだが……」
うーむと悩ましい声をあげる参加者たち。
「宜しいでしょうか」
「何かね?」
そこで手を上げたのは、外務省外局――つまり情報部の人間。
対潜戦術に関する会議に門外漢であるはずの彼が出席していた理由は、偏に『帝国の新型潜水艦に関する情報提供役』に尽きる。
ゆえに、この場面では発言することなどないオブザーバーの筈だったが、そんな彼はこう言った。
「確認ですが、その飛行艇は速力に優れ、航続距離が長く、各種電子機器を載せるスペースと積載量、当然操作する人員を乗せる必要があるのですね?」
「当然だ。防御力、防御機銃に優れていればなお良い」
「つまり、そういう機体が既にあるなら、それを購入、もしくはライセンス生産する形でも宜しいのですか?」
「妙なことを言うな。……まさか!?」
「ええ、あります」
「何だって!?どこにあるんだそんな飛行艇!?」
会議に参加していた空軍関係者全員が息を呑む中、その情報部員は気負うことなく告げる。
「秋津洲皇国です」
「そんな、冗談だろう?」
一笑に付す面々。それはそうだ、彼らの中で秋津洲とは後進国。
なるほど文明国、列強に伍してはいるが、技術力では欧州列強に一段劣る。それが彼らのみならず一般的な認識であったが、念のため問いかける。
「その飛行艇の速力は?」
「時速234ノット、ただしこれは試作初号機のデータです。エンジン換装が予定されており、それによって245ノットまで向上する見込みとの事」
「サンダーより60ノット以上速いだと…!?」
場の空気が変わる。それほどの速度差だった。
「……航続距離は?」
「搭載量にもよるでしょうが、この資料には3,850海里とあります」
ちなみにサンダーの航続距離は約2,500海里。
「…搭載量は?」
「最大で魚雷2本、もしくは1,700ポンドクラスの爆弾2発」
「防御機銃は?」
「20ミリ機銃5門、7.7ミリ機銃4門。最早空中戦艦ですな。魔導師相手にも一定程度撃ち合えるでしょう」
「防弾装備は!?」
「燃料タンクは防弾仕様。自動消火装置も配備」
「エンジンは!?」
「空冷星形14気筒4基。なお、現状秋津洲が使用する航空燃料のオクタン価は91から100の間です」
――つまり、合州国と連合王国が使用するハイグレードオクタンならば、更なる性能向上が見込まれる。
「おっと忘れていた。乗員数は?」
「11名」
「十分だ。ほかに何かあるかね?」
「詳細不明ながら、荒れる海面での離水を容易とする
「ほぉ…これは……」
関係者たちは顔を見合わせ、頷き合う。これだ、と。
故に軍関係者を代表して座長は立ち上がり、無駄に良い声でこう言った。
「パーフェクトだ●ォルター。して、購入窓口はどこかね?」
「感謝の極み。交渉はお任せください」
かくして、秋津洲皇国を巻き込む大騒動の幕は上がった。
「なんで知ってるんだ!?」
外務省経由で打診を受けた、海軍大臣と海軍軍令部長の第一声である。
「三試飛行艇は先月飛んだばかりだぞ…!?」
「詳細もバレている様です。『エンジン換装後の成績も開示頂きたい』と……」
「全く、連中は耳が良すぎるぞ!」
その飛行艇は皇国が鋭意開発中の最新鋭機。
言うまでもないことだが、皇国は四方を海に囲まれた海洋国家。
そして皇国海軍は来寇する敵艦隊を捕捉、撃滅することを至上命題としており、それを完全過ぎるほどに体現したのがかの秋津洲海海戦だった。
だが、この極東大戦を通して、皇国海軍はある問題点に気付いた。
「大海原で敵艦隊を探すのって大変だ…!」
そのころはまだレーダーというものはなく、そして後の大戦に至った時点でも、皇国海軍は電波兵装、特にレーダー開発で他の列強に大幅に後れを取っていた。
よって索敵は目視に頼るほかなく、水上艦艇だけでは限界があった。
「ある程度針路が予想できたバルテック艦隊、ウラジオ艦隊でもあれほど苦労したのだ…。これが太平洋方面からとなると」
ゆえに、航空機が兵器として実用の域に達した時、皇国海軍はこの新兵器の、特にその速力と索敵範囲の広さに大いに期待することとなる。
「水上艦の見張りとは比べ物にならない!」
「しかし艦艇に搭載できる水上偵察機では哨戒できる距離、時間が限られている。ここはひとつ、大型の陸上偵察機を作るべきでは?」
「同感だが、折角作るのだ。攻撃能力も持たせるべきだろう」
かくして始まった皇国海軍航空隊の大型攻撃機開発計画だが、しかしほとんど間を置かずに頓挫することとなる。
「皇国本土の飛行場は、我が陸軍の所管である」
皇国名物、『陸海軍相対し、余力を以て敵に当たる』の発動であった。
「なんで海軍の航空機に、ウチの飛行場を貸さねばならんのだ」
「その通り。そもそも海軍の運用する航空機は、水上機だけで良いだろう*5!」
西暦世界と異なり、皇国海軍は志那方面に進出していない。
渡洋爆撃なんて影も形もなく、そもそもロンドン軍縮条約も存在していない世界だから、海軍基地航空隊は存在する根拠がなかった。
いきおい、陸上機の開発運用は陸軍の独壇場であり、彼らからすれば海軍の攻撃機など、自分たちの領分を犯す侵略者でしかなかった。
「来寇する敵艦隊を早期に発見できなければ、本土防衛は困難だ!」
「仰ることは分かる。ならば我々の司令部偵察機に洋上飛行技術を付与すれば良いだけの話。わざわざあなた方が新型機を作る必要はない」
「雷撃機だって必要だ!」
「それもウチの爆撃機に雷撃能力を付与すれば良いのでしょう?態々似たような機種を陸海軍で別々に造る必要もありますまい」
「ぐぬぬぬぬぬ」
かくて、陸上基地から締め出された海軍上層部は思案する。
自前で飛行場を造ってしまうか?…いや無理だ。秋津洲各地に飛行場を自前で造るほどの予算はない。
陸軍に要求性能を伝えて作ってもらう?…話にならない、却下だ!
そんな時、一人の航空関係者が呟いた一言が、秋津洲皇国海軍の方向性を決定づけた。
「要するに飛行場を使わず、水上から発進すれば良いのだろう?」
「!それだ!!」
皇国海軍の大型航空機が、須らく飛行艇として産まれることを宿命づけられた瞬間だった。
この歪んだ方向性が解消されるのは、恐ろしいことに大戦終結後、皇国の航空戦力を統括する『秋津洲皇国空軍』が発足して以降のこととなる。
ともあれ、皇国海軍は飛行艇に多大な期待を寄せ、いくつもの失敗作を重ねながらも技術を蓄積していった。
そして欧州が戦争の業火に包まれてゆくころ、皇国海軍はそれまで蓄積してきた技術をもとに、欧州戦線からもたらされた戦訓を加味した新型飛行艇の開発を決意する。
……そして、ここで万年金欠海軍の悪い癖が発揮された。
「大量生産できるか怪しい。ゆえに一機でより広い領域を担当できることが望ましい」(航続距離)
「欧州の戦闘状況を鑑みるにスピードも重要だ」(速度性能)
「同様に速度だけでは不十分と言える。防御力も欲しい」(防弾性能、防御機銃)
「今までの技術もある。四発機らしく搭載量も増やしたい」(搭載量)
「あれもこれも欲しい病」
この前もこの先も、秋津洲皇国の軍需企業を悩ませ続ける難病が、ここでも遺憾なく発揮されたのである。
そして、発病する方も発病する方だが――
「要求性能、達成できました!」
「ヨシ!!」
――実現してしまう方もしてしまう方である。
そう、実現してしまったのである。恐ろしいことに。
「それとエンジンを改良型にすれば、もっと性能上がりますよ」
「よし、量産型はそれに変更しよう。ほかの修正箇所もきっちり改善してくれ」
そんな話をしているところに連合王国からの問い合わせである。
皇国海軍と製造元の
言うまでもないことだが、皇国海軍は渋った。
何しろ最新鋭機、それも場合によっては対合州国戦*6に投入する新型機である。合州国のお仲間である連合王国に売るのはかなり躊躇われた。
「売っても良いんじゃないか?秋津洲の技術力の宣伝にもなるしさぁ」
逆に皇国政府は前向きだった。
開国してからこの方、技術では常に欧州列強の後塵を拝してきた皇国である。そんな自国の製品が欧州からの引き合いがあるとなれば、売りたくなるのは当然だった。
「造船特需で潤っているではないですか?」
「あれは連合王国、合州国の造船所が輸送船で忙しいから我が国に注文が回ってきているに過ぎない。今回の件とは性質が全く違う」
そして製造元の山西飛行機も乗り気だった。
「こう言っちゃなんですけどね、社長」
「うん」
「…海軍さんの発注と言っても、数が知れてるじゃないですか」
「それなんだよなぁ…」
繰り返すが、皇国海軍は万年金欠海軍。
トイレ紙を自弁するまでは行っていないが、航空機の発注数はそれほど多くない。一機当たりのお値段が張る飛行艇なら何をかいわんや。
「だったら連合王国に名前を売れるというのはありだと思うんですよ。あの国の植民地には島嶼も多いでしょう」
「需要があるという訳だな」
「ええ、――なので非武装の人員輸送型の設計図、描いてきました!」
「……君、用意が良すぎない?しかもこれ、連合王国公用語で書いてるじゃない」
「お分かりになりましたか」
「海軍さんが何と言うかだなぁ…」
結論から言えば、海軍が折れた。
最後の最後まで抵抗し、山西飛行機が作成した見積書に0を一つ書き足すという暴挙に出たが、紅茶の国の紳士の方が上手だった。
「PONとサインしてくれたぜ」
その場に立ち会った、山西飛行機社長の証言である。
だが、彼は後日伝えられた発注数量にひっくり返った。比喩ではなく椅子ごと転倒した。
「……もう一度宜しいですか?」
「取り敢えず200機欲しいそうだ」
「ちょっと何言ってるか分かりませんね」
4発の超大型飛行艇である。
図面だけでも9,000枚、部品点数なんと155,000点という怪物なのだ。秋津洲皇国基準で言えば最終生産数が3桁行くかどうかと言う代物。
――それを
「最終的には1,000機調達するかもしれないと…」
「…ちょっと何言ってるか分かりませんね。わが社では月産10機*7行ければ御の字です」
「となると、ライセンス契約しかないか…。また金額を
「海軍さん…またやるんですか?この間それやったとき、後から辻褄合わせるの大変だったんですが」
「あの時ほど増やせとは言わないから、頼む」
「……まぁ、うちも高い方が良いですからね。上手い具合にやっておきましょう」
社長は後年、新銘和航空の名誉会長となったときに回顧している。
あの時のボッタク、もといお金があったからこそ、今日の『世界の銘和』『飛行艇の銘和』はある、と。
…もっとも良心が咎めたか、山西航空機はこのとき、設計主務者を含む大技術者チームを連合王国に派遣して技術指導に当たった。その全員が帰国後、食べるものが無くて困った、と回顧しているのは連合王国ゆえ致し方なし。
「結果としてそれが良かったんでしょうな」
とは、その設計主務者、
「同じ設計図から造っているのに、どういう訳か、わが社で造ったのは気密性に難がありましてね。量産機だと、『防弾燃料タンク』の筈なのにどこからか気化ガスが漏れているんですよ。ええ、機内は煙草厳禁でした。引火して爆発する恐れがありましたから」
これはおそらく基礎工業力、工場での生産体制によるものと思われるがその差は歴然としていた。何しろ秋津洲海軍に納入された山西飛行機製の機体など、「一晩洋上に着水しているだけでドラム缶2本分の水がたまった」とも「整備員が一晩中手押しポンプで排水していた」などと言う逸話があるほどなのだ。
「ライセンスにしていてよかったですよ。もし輸出にしていたら、その後はさっぱり売れなかったでしょうから」
梅原がそう自虐するほどの違いが連合王国製との間にはあった。
ちなみに水漏れ自体は連合王国製でも発生したが、そこは欧州基準。補助動力装置(APU)で駆動する自動水抜きポンプが標準装備されていた。
「早速本社に連絡して、ウチ製の機体にも取り付けました。…もっとも海軍さんは最初『そんなものいらん!重くなるから降ろせ!!』と言ってたらしいですがね」
ちなみにエンジンもいつの間にか合州国製の星形14気筒に取り換えられており、コピー元より稼働率が高くなったという。
「ライセンス初号機のテストフライトには私も立ち会いました。腕のいいテストパイロットを用意してくれたんでしょう、秋津洲でのテストよりも順調だった気がします。
…何よりうれしかったのは、テスト飛行終了後、連合王国軍と合州国軍*8のお偉いさんが言ってくれた一言です」
完敗だ。秋津洲は飛行艇技術で世界の頂点に立った。
――連合国軍将兵、特に船乗りから『ビッグ・ワン』と親しみを込めて呼ばれる事となる名機、秋津洲皇国軍制式名称『一式飛行艇』、連合王国軍正式名『Emilly』は、かくして欧州大戦に名乗りを上げた。
【パーフェクトだ●ォルター】
半分くらいこのネタのために書いたことを認めよう。
反省も後悔もしないぜ!!
【ソノブイ】【対潜用音響追尾魚雷】
時代的に早すぎだろと思ったそこの君!
史実では1944年の6月に米軍が伊号第52潜水艦に対して『両方を』使っているぞ!
…米帝さん、オーバーキルって言葉をご存じですか?こっちは逆探もないんですよ?(取り付けの真っ最中だった模様)
ちなみに対潜音響魚雷の実戦初投入は1943年5月。米帝ェ…
なお、こっちの世界では帝国海軍潜水艦の脅威がさらに加速させた模様。つまりツェツィーリエって奴が悪い。
【護衛空母増産体制】
こっちもツェツィーリエって奴が悪い。
【補助動力装置(APU)で駆動する自動水抜きポンプが標準装備】
史実の欧州飛行艇標準装備。……悲しいねえ。ちなみに二式が煙草厳禁なのも実話。
【いつの間にか合州国もライセンスを取得】
ライセンス料2倍取れたよ、やったね!
連合王国が巻き込んだ(いっぱい作って欲しい)のと、合州国側の事情――同じ目的で飛行艇を試作していたが、担当メーカーがとある重爆の大量生産に入って開発が大幅に遅延していた――が原因。何を量産しているんでしょうねぇ?(すっとぼけ