皇女戦記   作:ナレーさんの中の人

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『 衝撃と恐慌 』

―― あれは私の、いや帝国陸軍にとって最高の日々だった ――

 

後年、ゼートゥーアが統一歴1925年春を回顧して語った言葉である。

 

―― あの『春の目覚め』計画に際し、私は敵ライン方面軍司令部を直接叩く【衝撃と畏怖】作戦を具申した。

確かに、第一機甲軍団ならば敵右翼を突破し、左翼の側背面を突くことは可能だろう。だが、共和国軍とて馬鹿ではない。いずれ反撃に転じるであろうし、後退して戦線を再構築するだろうと思った。あるいは、ダンケルク港まで後退し、海路撤退する可能性も否定できなかった。何しろ、連合王国の参戦が確実視されていたからな ――

そうなったら、今度は我々帝国軍が敵の防御陣地――パリースィイ郊外には、古いながらも首都防衛のための防衛拠点があった――に突っ込む羽目になる。

である以上、可能ならば、ここで共和国軍を捕捉殲滅したいと考えていた ――

 

―― そのための敵司令部強襲計画だ。

電撃戦と大規模攻勢、そして敵司令部の破壊、この三位一体により、共和国軍の組織的戦闘能力を喪失せしめ、以てカンネー以来の大規模包囲を実現する。

これが【衝撃と畏怖】作戦の中身だ ――

 

―― 司令部強襲作戦は、1月時点の原案では『選抜魔導中隊を追加加速装置V1で敵司令部に叩きつけ、それを破壊ないし混乱に陥れる。その後は即時離脱し、洋上の潜水艦に収容する』と言うものだったのだが…。これを読んでいる誰かさんはおかしいと思っただろう? ――

 

 

 

―― 実際に行われた作戦(衝撃と恐慌)と違うと ――

 

 

 

―― その理由こそ、我らが皇女殿下だ。あの方は私が見た原案をご覧になり、にやりと笑ってこうおっしゃった… ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 倍プッシュだ 」 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

統一歴1925年3月25日

連合王国首都ロンディニウム

首相官邸

 

「…戦況は?」

「破滅的と言っていいでしょう」

 

 

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「共和国ライン方面軍はアラスで包囲されました。指揮系統も壊滅しており、組織的抵抗もいつまで続けられるか…」

「それ以外の共和国軍は?」

「首都防衛部隊と、シェルブール方面防衛部隊が前進中。ですが、到底支え切れるとは…」

「そもそも共和国はライン戦線に総力を傾けていました。後方にあるのは、損害を受けて再編成をしているか、編成未了の部隊ばかりです」

「なんということだ…」

「…帝国にしてやられました」

 

情報部長が言うとおり、帝国は狡猾だった。

 

 

 

 

 

遡ること1925年1月。

協商連合と帝国の戦闘が終結した直後、帝国首都ベルンに駐在する連合王国大使館付武官から、本国にとある情報がもたらされた。

 

―― 帝国側が和平を望んでいる ――

 

知らせを受けた連合王国首脳陣は首を傾げた。

ダキアを下し、協商との戦争も片づけた帝国がなぜ? と。

それも大使館にではなく、「帝国軍の関係者」が大使館駐在武官と接触したというのである。怪しまない方がおかしい。

 

だが、接触を重ねたところ、「なるほど」と思える事情が見えてきた。

 

一つ、戦費が膨大なものとなり、このままでは財政が破綻する

二つ、仮に西方戦線の膠着状態を打破できたとしても、共和国首都を陥落させるだけの弾薬がない

三つ、皇帝陛下の健康状態が悪化しており、またこれ以上の戦争継続を望んでおられない。

 

大まかに分けるとこの三つとなるが、どれも納得できる理由であった。

 

まず一つ目について、連合王国情報網は共和国が費やした戦費をほぼ正確に把握していた。その額は文字通り『桁違い』なもので、それを見た連合王国の財務大臣が、『…すまない、眼科医を呼んでもらえるだろうか。もしくは気付け薬にワインを』と言ったほど。

また、積みあがる死体の数も異常な数値を示しており、このままでは国家が崩壊しかねないと危惧されるレベルだった。ゆえに、連合王国はこう考えていた。

―― 帝国も同様であろう ――

戦後に研究が進むまで「西方戦線は、双方の血で血を洗う、地獄の塹壕戦」と思われていた。

事実は「帝国の要塞に共和国軍が突っ込んで一方的に溶けている」だったから、連合王国の推測は見事に外れていた。帝国軍にも損害は出ていたが、少なくとも「一個師団が溶ける」ことはなかったのである。

また、戦費についても嵩んではいたが、「規格の統一と量産」により、連合王国の試算と比べるとはるかに低費用で済んでいた。

 

2つ目も同様である。

戦前、帝国が誇る帝国軍需工廠やグルップ重工業では、実に多種多様な兵器とその弾薬が製造されていた。しかも、それらの中には「マイスター」と呼ばれる職人の手作業を必要とするものすら存在した。

だが現在、帝国陸軍が必要とする砲弾のサイズは【8.8センチ】【12センチ】【15.5センチ】の三種類である。無論、野砲に使うそれと迫撃砲に使うものは異なるが、それらについても可能な限り部品の共通化が図られており、生産性は飛躍的な向上を遂げていた。

 

最後について、帝国の皇帝が常に健康不安を抱えていることは、戦前から広く知られていた。

加えてルーシー帝国が革命政府に倒され、親戚でもある王族が全員処刑されたにもかかわらず、周囲の反対を抑えて革命政権を承認し、不可侵条約を締結したほどの穏健的――言い換えれば、事なかれ主義――な人物であることも。

 

とは言え…

 

―― 失礼ながら、ここ数年は政務を皇太女殿下にゆだね、静養しておられると聞きましたが…? ――

―― ああ…。…全く、困った殿下だ。軍事に多少明るいせいか、軍部の方針にすべて口出ししてくる。心ある軍人は眉をひそめているよ ――

―― そうなのですか?…『神童』と喧伝されていたと記憶していますが? ――

―― ハッ!あれが神童?ひどい冗談だ。あれは軍隊と言うおもちゃで無邪気に遊んでいる子供だよ ――

―― ……。 ――

―― 武官殿、良いことをお教えしよう。今の帝国で本当に戦争をやりたがってるのは皇女殿下とその取り巻きの軍首脳に過ぎない。それ以外の人間はみな、さっさと戦争を終わらせたいと思っているのだ ――

―― もしや、それで皇帝陛下が…? ――

―― 察しが良いな武官殿。…さて、そろそろお暇するとしよう ――

 

 

この情報に、連合王国首脳部は―― 一応、欺瞞情報の可能性も排除できないと言いながら ――和平の仲介準備を始める。

 

そもそも連合王国の伝統的外交方針は、『 ヨーロッパ大陸に強大な国家を出現させない 』ことに尽きる。

であればこそ、強大となった新興国の帝国と対抗するために共和国と手を組んだのである(そもそもこの二か国、歴史的に見れば喧嘩していることが多い)。

その最終目標は共和国と帝国の共倒れであり、協商連合の脱落と共和国の凄まじい損耗により、それが困難になったとみていたところに帝国からの申し入れである。

この機を逃してはならない、と連合王国の首脳陣が思ったのも無理はなかった。

 

加えて各種調査から、共和国と帝国の双方が発行した戦争国債を『 合 州 国 』が大量に引き受けていることが判明したのも大きい。

かつて連合王国の植民地であったこの国は、連合王国が最も恐れる「一つの大陸を統べる強大な国家」に成長――欧州大陸では徹底的に妨害に成功したこの動きを、なぜ新大陸では止められなかったのか不思議でならない――しており、これに『世界最大の債権国』が加われば、もはや手が付けられないバケモノになると恐れたのである。

 

大正解である。西暦世界ではそうなった。

 

ゆえに、これ以上国債を発行しないで戦争を終わらせてほしいというのが連合王国の偽らざる本音であり、それを実現しうる帝国の申し出を拒否する理由がなかったのである。

 

 

 

ところが――

 

 

2月に入り、帝国軍西方戦線の動きが活発化する。

無線通信の量が増え、北方からの部隊、魔導師の配置転換が確認されるに至り、連合王国は愕然とした。どう見ても、大規模攻勢の準備にしか見えなかったからである。

そして『情報筋』とのコンタクトが完全に失われたとき、連合王国は自分たちが騙されたことを理解する。

 

無論、連合王国が帝国の情報をうのみにして、のほほんと構えていたわけではない。

帝国海軍を牽制すべく、本国艦隊は北海で盛んに『演習』を行っていたし、共和国への派遣に備え、久方ぶりの大陸派遣軍の編成にも着手していたのである。

また、情報部ははなから帝国を信用しておらず、和平の仲介依頼も時間稼ぎに過ぎないと度々警告を発していた。

 

 

だが、悲しいかな。

 

 

軍隊は国家の一部であり、『上』の命令には逆らえない官僚組織なのである。

如何に情報部や現場部隊が警告したところで、首相や国王がそれを認識しなければ意味がないのである。

そして、人は『自分の見たい現実』に流される生き物なのである。

 

結果として、3月14日に始まった帝国軍の大規模攻勢『春の目覚め』に対し、連合王国は何ら手を打てなかった。

いや、最後通牒(宣戦布告)を突き付け、共和国の側に立って参戦()したのだ。

だが、口でどう言ったところで「派遣軍の準備が出来ていません。渡海しようにも制海権を確保できていません」では、全く意味がないのである。

 

共和国軍左翼は――それまでのが児戯に思えるほどの――砲弾の嵐に見舞われ、右翼では帝国軍第一機甲軍団の突破を許した。

空では北方戦線以来見かけなかったSB-1が大挙して来襲し、共和国内の要地に爆弾の雨を降らせた。防空部隊はそれらと前線で始まった絨毯爆撃(戦術爆撃)への対処に分断され、ついに制空権を取り返すことが出来なかったのである。

 

そんな状況にあって、共和国軍戦車部隊は果敢に立ち向かい、瞬間的に帝国軍第一機甲軍の足を止めさせたこともあった。だが、彼らは数秒後には帝国が誇る対戦車自走砲の餌食となっていった……。

 

 

そして、彼らが後退すべき場所…後方には悪夢が待っていたのである。

 

 

◇◇◇

 

同時刻

ダンケルク港近郊 元共和国軍防衛拠点

 

「今回ばかりは過重労働だと思わんかね少尉?」

「は、はぁ…」

 

ターニャ・デグレチャフは副官に愚痴っていた。

まあ、それも仕方ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「超音速ロケットで敵司令部に突っ込まされた挙句、続けてダンケルクを強襲占領せよ、だと!? 命がいくつあっても足りんわ!!」

 

 

 

 

 

 

そう、ゼートゥーア発案の【衝撃と畏怖】を読んで、あの皇女(鬼畜)はこう言いやがったのだ。

 

倍プッシュだ

どうせ司令部を叩くなら、そのままダンケルクを占拠させよう。共和国軍の交通路、撤退ルートを塞ぐのだ」

「お言葉ですが殿下、あまりにリスクが高すぎます。司令部強襲だけでも困難極まりないのに、加えて港湾都市の占拠など、選抜とは言え一個中隊では到底――」

 

 

「いつ一個中隊でやるといった?」

 

 

「…はい?」

「どういう…ことですか?」

首をかしげるゼートゥーアに、ツェツィーリエは地図を指し示す。

「まず、貴様の作戦がこうだ」

 

【挿絵表示】

 

 

「この際、潜水艦はあくまでも着陸ポイントだが…。ここを、こう書き換えて…」

「「!!!」」

「…そういえば北方が片付いて予備に回した部隊もあったな。それもこうして…」

「…殿下、これは……」

ゼートゥーアをはじめ、その場にいる全員が驚愕した、その修正案とは。

 

 

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「本音を言えばカレーも抑えたいが、さすがに連合王国に近すぎる。制圧するのはダンケルクとし、カレーは攻撃目標にとどめよう。それで十分だ」

「「………」」

「いや待てよ。もうひと手間加えよう」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「何も両方から包囲してはダメと言う法はない。ウム、これでいこう」

「「「………」」」

参謀本部が沈黙した。彼らの心はただ一つ。

 

 

―― この人、鬼や… ――

 

 

 

かくして、ダキア、オースフィヨルドに続き、我らが第203魔導大隊の三度目の超過勤務が決まったわけである。泣いてもいい。

実際、参謀本部でも懸念の声が上がったが。

 

―― これが終わったら長期休暇(使えるものは何でも使う。)と特別手当をやろう(当たり前だよなあ?) ――

 

と言う鶴の一声ですべては決定した。

酷い副音声が聞こえた?それは気のせいだ。イイネ?

 

そしてライン方面軍の包囲は完成し、趨勢は決した。

 

 

 

の、だが。

 

「あ、あはは…。で、ですが結局戦死者は出ませんでしたし……」

「確かに戦死はないが……。ではなぜ私は頭に包帯を巻いているのかな?少尉?」

「あー…」

 

 

 

土壇場になっての連合王国の参戦。

 

 

 

連合王国魔導師部隊は北西から侵入した。

この際運悪く、洋上から出撃した帝国軍魔導師部隊と針路が重なったために、発見が遅れたのである。

そして第203魔導大隊、バイパー大隊とも港湾施設の破壊と共和国軍防衛施設の占拠で消耗したところであり、さらには復讐に燃える()協商連合国軍人、アンソン・スー大佐――フィヨルドで英国情報部に保護されて以降、何かに憑りつかれたかのごとく『あの悪魔を滅ぼさねば』とつぶやき続け、ついに本国にも家族にも連絡を入れなかった――の存在もあって、一時危険な状態に陥った。

 

大隊長ターニャ・デグレチャフですら彼に捕まり、一時は死をも覚悟するような状態にまで追い詰められたのである。副官のセレブリャコーフ少尉がいなければ、今頃彼女は大西洋の藻屑となっていたに相違ない。

 

だが、大佐は戦死(自爆)し、ターニャは生き残った。

(余談だが、公式記録上は正体不明の魔導師とされ、協商連合国軍の軍服を着ていたことも秘匿された)

そして異変に気が付き駆けつけた帝国軍魔導師を望見し、連合王国軍は反転離脱。

ここに、ダンケルク強襲作戦は成功したのである。

 

「セレブリャコーフ少尉、司令部に連絡だ。『大隊長以下、大隊の3分の2が負傷。うち数名は野戦病院への入院を必要とす。よって今後の遊撃戦は困難。本地を死守せんと欲す』、送れ」

「よ、よろしいのですか?」

「嘘は言ってない。打撲だって立派な重傷だ」

「はぁ…。了解です」

 

 

 

数日後、共和国政府内で政変が勃発。

そもそも第三共和政は呉越同舟の色合いが強く、敗色濃厚となった瞬間、一気にそれが噴出したのである。

共和国の新政権は帝国との和平交渉を要請。それは実質『敗北宣言』であり、これ以降共和国軍の抵抗は急速に衰えていくのである。

 

 

「取りあえず、追加の手当てと休暇をもらわねば。貴官らもたらふくボルドーワインが飲みたいだろう、ヴァイス中尉?」

「ハッ!大変楽しみであります!!」

「私もパリのカフェでのんびりと過ごしたいものだ」

 

 

だが、彼女たちはまだ知らない。

共和国のとある軍人の執念を……。

 

 




エクセルで戦況図が書ける。
良い時代になったものだ……。




なお、次回投稿はどうやらGW明けになる模様。許してヒヤシンス

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