皇女戦記   作:山本 奛

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遅くなりました…(五体投地

デグ「理由は?」

12月に入って定時上がりは3日のみ、日付が変わる前に帰れたのは10日だけだったんです…(シオシオ


反撃

12月12日午後9時45分

モスコー郊外某所

 

――「だから、貴官の助けが必要なのだ同志!」

 

聞こえてきた大声に、軍用バイクから降りようとしていたイワン・ゴーネフ少佐と、同じくサイドカーから降りようとしていたボリス・ゴーネフ政治将校は顔を見合わせた。

 

「…先客がいるようだ」

「の、ようだな。…コホン、ここからはお行儀良く行こう、同志少佐殿」

「承知しました、同志政治将校殿」

 

ニヤリと笑いながら不良中年二人が歩いて行けば、先客とここの司令官らしき男が営門横で対峙しているのが見えてきた。

 

()()()()()()()の助力さえあれば、クラウツ共を排除できるのです!どうしてそれが分からんのですか、同志少佐殿!」

「貴官の言うことも分かるが…。うん?そちらは?」

「モスコー軍管区、第27独立歩兵旅団所属、イワン・ゴーネフ少佐だ」

「同じく第36独立歩兵旅団政治将校、ボリス・ゴーネフだ。今は訳あって27旅団と行動している」

「第1親衛戦車旅団、第1戦車連隊長、コンスタンテ・サヒモン少佐だ。…用件は、こちらの大尉殿と同じかな?」

 

そう言って苦笑するサヒモン少佐の視線の先には――

 

「同志イワノフ大尉!どうしてここに?クレムリン西側の担当では」

「ハッ、同志少佐殿。残念ながら歩兵のみでは目標達成は見込めず…。故にここの戦車隊の助力を要請していたところであります」

「なるほど、我々と全く同じだな、同志」

 

むさくるしい男4人が顔を見合わせ苦笑する様は、いっそ滑稽ですらあった。

尤も、そのうち一人が政治将校と言う点を思えば、連邦ではめったに見られない光景とも言えるのだが。

 

「正直なところ、小官も貴官らを助けたいのだがな、同志」

「ならば――」

「だが」

 

そう言って、同志サヒモン少佐は溜息を零す。

 

「…我々は第1親衛戦車旅団、第1戦車連隊。故に、…こんな状況でなければ自慢話なんだが…、先日、新型に更新してしまってな。…一月前だったら良かったんだが」

「新型…一月前…。…!、まさか!」

 

ゴーネフ少佐は思い出す。

風の噂で聞いた、『新型重戦車』の話を。

 

「そうだ。うちの重戦車の主砲口径は()()()ミリなのだ、同志」

 

その場の全員が天を仰いだ。

たった2ミリの差!しかし、とかく数字が絡むと病的なまでに拘る時があるのが共産党という生き物の習性である。

なにしろ記念日に間に合わせることに関しては命を燃やす――それも物理的に――連中である。

 

「は、85ミリじゃなかったのか!?」

「そいつは『1型』ですよ、同志。…ウチにあるのは同志書記長肝いりの『3型』でして」

「おいおい…、2型だってつい最近の話だろう?もう3型が出来ているのか!?」

「いや、うちにだけ配備されたと聞いています。何しろ『親衛第1』ですから」

「なんという間の悪さだ…!」

 

天を仰ぐ彼らに、しかし、天は福音を授ける。

 

 

 

「――話は聞かせてもらったよ。同志諸君」

 

 

 

――ロリヤ(変態)と言う名の福音を。

 

 

◇――◇――◇ ◇――◇――◇

――遡ること午後7時30分

モスコー市内某所 党秘匿施設

 

 

――その男は、とてもとても臆病だった。

なればこそ、2年前の襲撃後に計4カ所もの秘匿避難先を用意し、今回「帝国軍機接近」の知らせが届くや緊急避難路近くに移動を済ませ、「帝国魔導師直上!降下してきます!!」の報に接するや否や、地下通路を猛然と駆けだしたのである。

 

――その男は、運にも恵まれていた。

そうでなければ、彼は途中で転倒して捻挫することもなく、早々に第一か第二の避難先民家――に偽装した、実態は機銃掃射くらいならばビクともしない代物――に辿り着いて、そして諸共に帝国軍によって消し飛ばされていたに違いない。

 

――そしてその男は、馬鹿ではなかった。

なるほど、即断即決を是とする軍事的才覚については絶無だったかもしれない。

だが、こと自身の身に迫る脅威というものに対して、この男の嗅覚は異常なまでに研ぎ澄まされていた。

故に、地下通路から這い出た先で、炎に包まれる第二避難先を目撃した彼は、周囲をぐるりと見渡しただけでその理由を看破した。

 

 

「…照明だ!照明を落とせ!!」

 

 

11月も終わりのこの時期、モスコーの夕日はとっくに暮れている。

そして帝国軍の攻撃により全域で停電が発生しているモスコーで、明かりのついた建物というのは、とてもとても目立つ。

この点、第一、第二避難先を管理する共産党員が勤勉実直で、クレムリン襲撃の報に接するや、直ちに非常用発電機を起動させていたのがアダとなった。

 

少佐(406大隊)。現在明かりがついている民家があれば即時攻撃、速やかに破壊せよ』

『み、民家ですよデグレチャフ大佐殿!?』

『考えてもみたまえ少佐』

『はっ…?』

『市内全域が停電しているときに、政府施設でも病院でもない、ただの民家に明かりがつくなど、どう考えてもおかしいだろう?』

『!…なるほど、承知しました大佐殿。直ちに!』

 

運がいいという意味では、第三避難先の責任者も強運の持ち主だったに違いない。

数日前から発電機の調子が悪く、加えて――()()の責任者と言う点でも分かるとおり――ここの責任者はその修理を迅速に行っていなかった。

結果として11月22日のこの日、非常用発電機は一瞬だけ動いてエンスト。

真っ青になって慌てふためく彼が、直後にかかってきた同志書記長からの電話に死を覚悟したのは当然の事だった。

 

――結論から言えば、彼の不真面目さが彼の命を救った。

 

「そちらの施設は無事かね!?」

「はっ!?…はい!非常用発電機の復旧を急いでおりますれば、直ちに使用可能であります。同志書記長!!」

「いや、直す必要はない!そのままにしてくれたまえ同志!!」

「はい!?」

 

 

◇――◇――◇ ◇――◇――◇

 

 

かくして辿り着いた避難先で、連邦の最高責任者ヨシフは震えていた。

 

――寒さからか?

否。電気は消されているが暖炉は燃え盛っており、明りが一寸たりとも漏れ出ぬよう幾重にも重ねられた布とカーテンのせいで、部屋はむしろ暑いくらいである。

ではなぜ、同志書記長は震えているのか?――それは怒りによってである。

 

 

「――聞いてた話と違うようだが?同志ロリヤ」

 

 

冬のモスコーの外気温よりも低い声で、ヨシフは宣う。

 

まだ丸1日も経っていない昨日の夕刻、彼はこんな報告を目の前の内務人民委員長らから受けていた。

 

『――お喜びください同志書記長。『黎明』作戦は当初の予定通り、…いえそれ以上の成果を収めつつあります』

 

そう言ったのは、連邦軍参謀総長を務めるデューコフ()()

 

『進撃が当初の予定スケジュール通りなのは無論ですが、帝国の東部方面軍司令部を壊滅、司令官を戦死せしめたことが確認されました』

 

彼の報告に、思わず会議室の面々からどよめきが漏れた。

 

『敵司令部を壊滅させたと?間違いないのかね』

『間違いありません。現地司令部の跡地、および敵司令官の遺体を…正確には階級章などを確認いたしました』

『傍証もあります。帝国東部方面軍は組織的抵抗も出来ず、ただただ潰走するばかりであります。この点、同志ロリヤ内務人民委員長にも確認いたしました』

『同志デューコフの仰るとおりです』

 

ロリヤが続ける。

 

『以前より我々内務人民委員部では帝国軍支配地域での情報収集、帝国軍の通信傍受にあたっておりました。今回、その全てが帝国東部方面軍の『脳神経』が消失したことを示しております』

『先ほど潰走と申し上げましたが、頭のない状態ゆえ組織だった退却すらできていないようです。…むしろ帝国兵の死骸と遺棄車両で我が軍の進撃が阻害されておる有様です』

 

デューコフが冗談めかして言ってしまうほど、戦況は圧倒的だった。

けれども、それでも安心できないのがヨシフと言う男だった。

 

『…間違いないのかね?連中、後退と見せかけて手痛い反撃を仕掛けてくることがしばしばあると記憶しているが?』

『無論、その可能性はゼロではありません』

 

ですが――、デューコフ元帥は自信たっぷりに言う。

 

『従来のそれらと、今回の『黎明』における我々連邦軍の作戦行動は根本的に異なっております。反転攻勢?回転ドア?…どうぞしていただいて結構。わが黎明の鉄の津波で、諸共に押し流してくれましょう』

 

元帥は断言する。

 

『あるいは頑強に抵抗する帝国軍部隊があるやもしれません。しかしそれは波打ち際に作られた砂の城です。打ち寄せる波に一度や二度耐えられたところで、最後には跡形もなく消え失せるのです。

回転ドアをしようにも、我々は『面』です、打ち寄せる『鉄の津波』なのです。側背面などありはしないのです。

なにより敵東部方面軍司令部は壊滅しております。あるいは帝国中央…参謀本部が手を講じようとするかもしれませんが、連中は予備兵力に乏しい。あったとしても我々を相手にするには焼け石に水です。打つ手なしと言うべきでしょう。無論、油断は禁物ですが』

『具体的には?』

『戦果拡大と敵の反攻に備えるため、残しておいた予備も投入いたします』

『…危険ではないかね?』

 

ここで言う危険とは「モスコーが」という意味だろうな、と思いつつ、デューコフは怯まなかった。

 

『いいえ同志書記長。ここで帝国東部軍を殲滅できれば、我々は帝都をも扼すことが出来ます』

『それは本当かね同志?』

『帝国東部方面司令部壊滅の報を受け、再検討した結果、十分に可能であると判断されました』

『同志デューコフに賛同いたします、同志書記長』

 

ロリヤもまた畳みかけた。――何しろ彼には時間が無かったから(幼女が幼女でなくなってしまう!)

 

『この際、一気に帝国を落としにかかるべきでしょう。そうすれば、我々は何の憂いもなく(私ロリヤは)枕を高くして眠ることが出来ます(妖精さんとベッドの上でウフフフフフフフ!!)

『…本当に可能なのかね?』

『帝都ベルン近郊、参謀本部やベルン宮殿を重砲の射程に収めることとて不可能ではありません。同志書記長』

『ううむ…』

 

それでも危険はないのかと悩むヨシフに、ロリヤ内務人民委員長は続けた。

 

『それに国際政治の面もあります。同志書記長』

『どういうことかね、同志ロリヤ?』

 

首を傾げて見せる書記長に、得たりとばかりに内務人民委員長は答える。

 

 

 

『――『誰が帝国を倒したのか?』と言う点です。同志書記長』

 

 

 

彼は続ける。

 

『世界の敵、帝国!――彼らは恐るべき悪夢でした。共和国をはじめ、名だたる欧州列強を屈服させ、連合王国や我が連邦をも脅かした恐怖の大魔王!――それを打ち倒したのが誰なのか、世界は未来永劫、忘れることは無いでしょう』

『…なるほど、それは我々連邦であるべきだ。違うかね?』

『同志書記長、まさしく、まさしくそうあらねばなりません!』

 

その声と共にロリヤは椅子を蹴倒して立ち上がり、顔面をほてらせ、湯気さえも幻視出来そうな熱狂と共に言葉を迸らせる。

 

『帝国との戦いにおいて、最も血を流し、最も勝利に貢献した我々にこそ(もの凄く頑張った私のこの滾りは)月桂樹の冠は授けられねばなりません!(あの妖精さんに叩きつけねば収まらない!)

 

ぜぇ、ぜぇと涎まで垂らしながら、天を仰いで声を張り上げていたロリヤは、そこでグリン!と首を回転させた。

 

『そのうえで同志書記長。一つ気になる情報があります』

『何かね?』

『帝国軍、正確には参謀本部が、何やら策を弄しておるようです』

『具体的には?』

『そこからは小官がご説明いたします、同志書記長』

 

いよいよ不味いと思ったのか、思わずデューコフが声を挟んだ。

――中年男が息を荒げて涎を垂らし、目を爛々と輝かせているその様は、とても見ていられなかったから(劇場版はよくやったと思うよ、マジで)

 

『連中、黎明に対抗すべく、三個魔導大隊を投入することに決めたようです。――場所は、こちらの三カ所になります』

 

地図を指し示しながら彼は続ける。

 

『北部、中部、南部の交通の要衝。見事に『黎明』の兵站の要を狙ってきました。全く、帝国人め、戦争だけはお上手です。そのうち一つは、2年前にこのモスコーを襲撃した大隊であるとの情報もあります』

『先ほどは何の懸念も無いように言っていたと記憶しているのだがね、同志?』

 

別の党中央委員が厭味ったらしく指摘する。

戦時中であろうが、共産党名物内ゲバの種はどこにでも存在するらしい。

 

『ご安心を、同志』

 

なればこそ、デューコフもまた無駄に堂々と、自信たっぷりに答えてやるのだ。

 

『すでに処方箋を用意しました。御覧ください』

 

そう言って彼は()()の部隊表示を、先ほど示した3か所の周りに3つずつ並べた。

 

『9個の魔導大隊を用意しました』

『『『!?』』』

『なるほど帝国魔導師は精強でしょう。…しかし、3倍の魔導師が、それも待ち伏せている所となれば、連中に勝ち目はありません』

 

――もっとも…。彼は一瞬言い淀んだ。

 

『どうしたのかね同志デューコフ?』

『はい同志書記長。小官はこれで十分と考えるのでありますが…、同志ロリヤ委員長に言わせれば、これでも不十分との意見でして…』

『なに?』

 

さすがに十分すぎるだろう?という同志書記長の視線を受けたロリヤだがしかし、彼は自説を曲げなかった。

 

『恐れながら同志書記長。これでは足りません!』

『…では同志ロリヤはいくらあれば足りるというのだね?』

『同志書記長。お考え下さい、連中が投じるのは()()203なのですよ?』

『ふむ…』

『残り二つにしても、帝国の参謀本部が起死回生の一手に投じんとしておるのです。負けず劣らずの精鋭部隊を宛がうに違いありません』

 

故に――、ロリヤは続ける。

 

『伏撃だとしても、5倍の兵で当たるべきでしょう』

『ご、5倍だと!?』

『そうです同志書記長!全部で15個大隊、つまりあと6個大隊は必要です!!』

『ただでさえ魔導師は数が少ないのです。この上6個は難しいと小官は指摘したのですが…』

『同志デューコフ。あなたはこうも仰いましたな。『追加4個大隊くらいならばまだ何とかなる』と』

『黎明の第2波、そこから引き抜くなら、確かに可能です』

『ならば何の問題もありますまい。帝国東部軍は潰走状態。現状、第2波は戦闘らしい戦闘もなく、第1波との交代時刻までただついて行っているだけと言うではありませんか』

『その通りだ同志。なればこそ4個大隊は確約できる。問題は残り2個だ』

『それについても考えがあります』

 

そう言って、目的(妖精さん)のためならば手段を選ばぬ愛の戦士(はた迷惑)、ロリヤは発言する。

 

『同志書記長。先ほど申しあげたとおり、今こそ好機です。出せる兵力は全て投じ、一気呵成に帝都まで陥れるべきです』

『…同志ロリヤ、まさかと思うが』

『そうです、同志書記長。――ここモスコーにある2個魔導大隊、その投入を許可願いたく』

『馬鹿な!あれは万一のための備えなのだぞ!』

『お考え下さい同志書記長。

現時点で、戦線はここモスコーから1,000キロ前後離れておるのです。

まして帝国東部軍は潰走状態。

その様な状態で、我が空軍、高射砲の防空網を突破してこのモスコーに辿り着ける帝国軍部隊など、ありはしません!』

 

目標(妖精)が近いと知る男の叫びは止まらない。

 

――なるほど3倍の魔導師で待ち受けるとなれば、撃破は出来るだろう。

 

――だが!それでは駄目なのだ!!

 

――あの妖精さんを!

 

――ロリヤの渇望を!!

 

――五体満足な状態で捕まえてロリヤの待つベッドまで連れてこなければ!!!

 

――この戦争に何の意味も(どう考えても言い過ぎだが、)ありはしないッッッ!!!!(ロリヤにとっては真理である)

 

何のために魔導師の能力を封じる特殊装備を、態々シルドベリヤのラーゲリから引っぺがし、()()()()()()と言う移動運用可能な形に改造したのか分からなくなるではないか!

……いとも堂々たる職権乱用だが、ロリヤは自身の純真さを疑うことはない。

 

『何より帝国最後の希望と言うべき反撃です。これを完膚なきまでに圧し折ることが出来れば、帝都の門は開かれたも同然!――そうでしょう同志デューコフ』

『…開かれた、は言い過ぎかもしれませんが、今後の戦争遂行に極めて有利に働くのは間違いないかと――』

『同志デューコフもこう言っておられるのです同志書記長!

今こそご決断を!!帝国を!憎き世界の敵を討ち滅ぼすために!

無きに等しい危険を顧みる必要などないのでありまぁす!!』

 

とうとう目を真っ赤に充血させたその姿は、護国の鬼もかくあらんやと言わんばかりの惨状。

それほどの表情を、熱意を目の当たりにして、なにより『帝都の門が開かれん』という希望を前にして、ヨシフ書記長はしばし瞑目した。

 

『…確認するが同志デューコフ』

『はい、何なりと』 

『前線からここモスコーに至る防空網は万全かね?』

『開戦以来最大数の戦闘機を黎明には投じております。これを突破できる敵があるとは思えません。モスコー防空隊の装備練度もまた同様であります。同志書記長』

『…よろしい。ならば2個大隊の転用を許可する』

『おぉ…、ありがとうございます、同志書記長!』

『それと同志ロリヤはこの後医務室に立ち寄るように。熱があるように見える』

『滅相もない!小生はすこぶる意気顕揚であります!!』

『……ならば良いのだが』

 

 

 

それから24時間と経たぬうちにこの有様である。

寒空の下、1時間余りの逃避行を余儀なくされた書記長の怒りは至極当然であった。

しかも、何度も何度も危険性を確認したうえでの惨状である。

 

「…まさか、帝国と通じているのではないだろうね、同志ロリヤ?」

「まさか!天地がひっくり返ろうとも断じてあり得ません!」

「ならば同志デューコフか?」

「………」

 

ほんの数時間前に前線指導に赴いた元帥にさえ、書記長の猜疑心は向けられる。

 

「何故こうなったのかね?…同志諸君がモスコーに来ることなどありえないと言っていた帝国軍魔導師、それがどうして、よりにもよってクレムリンを占拠しておるのだね?」

「それは…」

 

言い淀むロリヤに罪はない。

何しろ彼らの仕事は正確だった。

これまで積み重ねてきた各種情報から帝国軍の暗号をほぼ完璧に解読し、『3個魔導大隊を3カ所に投入する』という参謀本部が必死に編み出した起死回生の一手も正確に解き明かしていたのだから。

 

――彼らの誤算はただ一点。

 

帝国に、電話一本で作戦目標を変えてしまう奴がいたこと、ただその一点のみ。

なまじ正確に暗号を解読できてしまっていたが故の惨劇。普通はありえない喜劇。

 

「勿論、同志の献身と党と祖国への忠節を疑ってはいないとも」

「ありがとうございます。同志書記長」

 

言葉とは裏腹に、怒りと猜疑心で染まり切った視線をロリヤに向けて、書記長は続ける。

 

「とは言え、これだけの事態だ。誰かが責任を取らねばならないのは分かるだろう?」

「…仰るとおりです。同志書記長」

「だが、私とて鬼ではない。汚名返上の機会を与えよう」

「…同志書記長、実は私も同じことを考えておりました」

「ほう?」

「同志書記長、私にクレムリン奪回の機会をお与えください」

「…何か考えがあるのだね?」

「こちらをご覧ください」

 

そう言って差し出された写真を見て、書記長は思わず呻き声を上げた。

 

「…なんという事だ…!!」

 

そこに映し出されていたのは、クレムリン外周城壁、より正確には()()()()()()()()()()から撮影された、『特大の大穴が刻まれ、一部は崩落した城壁』。

 

「それだけではありません。その手前側をよくご確認ください」

「手前側…?…待ってくれ同志ロリヤ、これは…、そんな…、嘘だと言ってくれ同志」

「同志書記長、私も全く同じ思いであります。――しかし残念ながら、それは間違いなくラーネン廟です」

「おぉ…!」

 

ラーネン廟。

それは世界初の社会主義国家、ルーシー連邦を創り上げた偉大な創始者を祀る霊廟であり、共産党の、連邦の永遠であるべきメモリアル。

故に、その建設を主導した人物でもある現書記長ヨシフがうめき声を上げるのは当然のこと。

 

「人民宮殿、クレムリンに続き、ラーネン廟までも…!!なんという事だ……!!」

「心中、お察しします同志書記長。――故に、事態が収拾した暁には、速やかに復旧工事に着手せねばなりません」

「…あぁ、その通りだ」

「当然、工事には足場が必要です。ああ、今は冬季なれば、同志労働者諸君が凍えたりすることの無いよう、壁も付けて(入念に囲む)は如何かと」

「!」

「悪天候下でも作業を続けられるよう、屋根もつけましょう(空からも見えない)。…いや、この際です。赤の広場全てを囲って資材置場、現場指揮所、休憩所を設ける(外界からシャットアウトしてしまう)のが良いかと」

「…素晴らしい慧眼だ。同志ロリヤ」

「ありがとうございます同志書記長。…あるいは帝国主義者共が、()()()()()ふざけた写真とやらをばら撒くやもしれませんが――」

 

そう言って、ロリヤは今しがた報告したばかりのクレムリン外周写真を無造作に暖炉に放り込んだ。

 

「それらは全てプロパガンダ。()()()()()()()()()()

我々は長年風雨にさらされ、傷んだ外壁を入念に修理するだけなのです。工事が終わり、足場と囲いを取り払えば、そこには磨き上げられた、あるべきクレムリンとラーネン廟のみがあるのですから」

「その通りだ、同志ロリヤ」

 

頬を紅潮させながら書記長ヨシフは二度、三度と頷き、思わずロリヤの手を取った。

 

「その通り、君の言うとおりだとも同志ロリヤ。君と言う同志が今この瞬間ここにいたことを、私は神に感謝せねばならない」

「なんと…!神ですか?」

 

思わずロリヤは苦笑し、ヨシフも自分の発言に思わず笑い声をあげた。

無神論を、宗教をアヘンと断じるこの国のトップが、神とやらに感謝を捧げようとは!!

 

「同志ロリヤ、これは言葉の綾だ。最大級の賛辞を表す比喩表現だとも」

「えぇ、ええ、分かっておりますとも、同志書記長」

 

思わず彼を抱き寄せて抱擁を交わす同志書記長から見えぬよう、ロリヤはほっと溜息を零す。

 

――なんとか最悪の事態は避けられたようだ、と。

 

だが、ここで終わらせるのはただの共産党員である。

愛の戦士にして忠実なる国家の僕、何より内務人民委員長ロリヤが、()()()()で終わるわけが無いのだ。

 

「そこで同志書記長。今一つご提案が」

「なんだね同志。まさかこれよりもいい案があるとでも?」

 

上機嫌に尋ねる同志ヨシフの顔を見て、ロリヤは自身の勝利を確信した。

 

「そうであれば良いのですが…。どうせ修理するのです。今はクレムリンから帝国魔導師を排除することを最優先するべきでしょう」

「…重砲の使用を許可せよと?」

「もちろん、赤の広場側に限定して、でありますが」

「そうは言うが同志ロリヤ、そう上手く出来るものかね?」

 

基本的に人を信用することの無い男、同志ヨシフは表情を曇らせる。

 

「152ミリ重砲の射撃は私も目にしたことがある。あれでは壊しすぎるのではないかね?」

「流石同志書記長。私も同感です。なにより、現場からの報告を聞く限り、重砲は近付くことすらままならないでしょう」

 

そう言って、ロリヤは窓の方にちらりと視線を向ける。

その窓の外には今頃、正直な報告を届けたがため(歩兵ではどうしようもありません!)に書記長の逆鱗に触れ、物言わぬ骸となった連邦兵が何人か転がっているはずだった。

 

「…腹案があるのだね?」

「はい同志書記長。…第1親衛戦車旅団です」

「!…そうか!」

 

ヨシフの脳内に電流が走った。

たしかに『アレ』ならば122ミリと丁度良いサイズな上、接近も可能だろう。何しろ書記長肝いりの最新鋭重戦車なのだから!

 

「勿論、現場がやりすぎる危険は残ります。そこで同志書記長」

「何かね、同志ロリヤ」

「先ほど同志は仰いました。『汚名返上の機会を与える』と」

「同志ロリヤ、あれは私の言い過ぎだった。いまや君の愛国心を疑う余地など一片たりとものこってはおらんよ」

「ありがとうございます同志書記長。――ですが、私が収まらんのです!」

「…なに?」

 

思わずヨシフは後ずさった。

彼は本能的に悟っていたからだ。()()()()のロリヤは有能だが危ないと。

 

「一度のみならず二度も!二度もあの連中(妖精さん)に襲撃された(が来てくれた)のです!!もはやこの手で直々に鉄槌を下さねば(捕まえなければ)この滾りは収まらないのです!!」

 

暖炉の明かりに照らし出されながら、ロリヤは声を張り上げる。

 

「書記長肝いりの重戦車と!」

 

「首都にある全兵力を以て!!!」

 

「嬲り!」

 

「責め立て!!」

 

「殲滅しようではありませんかぁ!!」

 

そしてロリヤは書記長ヨシフに真摯な瞳を向ける。

 

「――同志書記長」

「な、何かね?」

「どうか第1親衛戦車旅団の投入許可と、私にそれに同行する許可をお与えください」

 

 

――必ずや奴らを殲滅し、その首魁(妖精さん)をひっ捕らえてごらんに入れましょう

 

 

 

 

 

統一歴1928年12月13日

午前2時34分。

 

 

「警報!敵戦車接近!!」

「なんだと!?種類は!?」

「待ってください…。なんだあれは!?新型です!連中、見たこともない新型を持ってきやがりました!!」

「コミーめ!思い切りが良すぎるぞ!!」

 

 

 

――連邦の反撃が、愛の戦士ロリヤの戦いが、始まる。

 




●明かりのつく民家はクロ
トリックは山本ハーロック五十六提督が教えてくれた。

●中年男が息を荒げて涎を垂らし、目を爛々と輝かせているその様
劇場版の事。なお同志チカ先生の漫画版はもっとヤバい描写が「複数」あるという。
…結論。幼女戦記に関わる人は、すべからくおかしい。

●連邦の新型重戦車
みんな大好き『3』だよ!あの楔形装甲はとてもキュートだと思わないかね?
デグ「貴様、虎1の箱型が至高と言ってなかったか?」
それはそれ、これはこれさ!

●元気いっぱいなロリヤ
愛しの妖精さんが来るとなればこれくらい当然。…と思って書いてたらあっという間に一万文字を越えた(word上)。変態を甘く見ていたぜ…。

○配属部署がブラック
公務員あるある配属部署ロシアンルーレットであたりを引いてしまったぜ…
なお残業代は12時間分しか出ない模様(白目
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