年度内には閑話を終わらせたい……
統一歴1928年11月22日 午後11時23分
帝国東部ティゲンホーフ近郊 帝国空軍飛行場司令室
アドルフ・ガーランテ
「どうして呼ばれたか、分かっているな少佐?」
「ハッ、いいえ。とんと見当がつきません」
「ほぅ?」
堂々と白を切るとは…、全く、良い度胸だ。
「しいて言えばガス欠で
確かに、それは
それも敵地上空ともなれば懲戒モノだが、しかし。
「安心しろ。そうなら
――『シュワルベ』は一味違う。
そもそも考えて欲しい。
このティゲンホーフからモスコーまでは、
なるほど、落下式燃料タンクを使ったというのもある。
だが、それは空戦前に切り離すモノだ。モスコー上空で空戦に入った場合、空戦でのフルスロットルとあわせ、燃料が足りなくなるのは最初から分かっていたことである。
――にもかかわらず、それが良識ある帝国空軍の正式な作戦として裁可、断行されたのは何故か?
「…その事ですが司令」
「何かね少佐?」
「訓練でも思ったのですが…、
「安心しろ。私にも分からん」
「えぇ…」
困惑するハルトマン少佐には悪いが、私だって聞きたい。
何しろ開発のかなり早い段階――具体的には途中で改良させたキャノピー形状に『ガーランデ・ハウベ』なんて別名*1が奉られるレベル――から関わっている私でも理解しがたい、…いや、理解したくない特性がシュワルベには多すぎる。
――あれはそう、開発の初期段階だったか。
翌日の試験飛行に向けて滑走路横に駐機させていた――まだレヒリンに格納庫が出来る前の話だ――試験機が、翌朝数百メートル離れた先で横転大破した状態で発見される『事件』があった。
何者かによるサボタージュ、他国の工作員による破壊が疑われ、実際関係各所をがさ入れしたら共産党員が出てきて大騒ぎになったその一件。
最終的に明らかになった事実に、一同別の意味で唖然としたものだ。
『強風で勝手に浮いた!?』
『はい…。他機種でも可能性としてはゼロではないのですが…、こいつの場合、本当に浮いてしまったようでして…』
修理が終わったばかりの機体が、技術者の眼前で、今度は昼間に全く同じ現象を引き起こして明らかになった真実。
円盤翼とやらは揚力発生に有利と聞いていたが、やりすぎだ。
『…新しい繋止方法を考えねばなりませんな』
とは言え、それは非武装、軽量な試験機での話。
実用型ともなれば相応に重たくなるから、こんな非常識染みたことは早々あるまい。
――そう思っていた時期が、私にもありました。
『離陸速度が時速100キロ?…君、ノットと間違えてないかね?』
今になってみれば滑稽なことだが、『
まともな帝国人に理解できるワケがなかったのである。
――いやまぁ、伊達や酔狂でそんな離陸性能を有している訳ではないのだが。
『内線戦略』
帝国が置かれた地政学的要件から運命づけられたその基本戦略こそが、シュワルベに異常な、常軌を逸した離陸性能を付与せしめた根本理由と言っても良い。
四方全てが仮想敵国であり、隣接している国の全てと、何かしらの領土がらみの懸案事項を有しているという、軍人ならば誰しもが頭を抱え込む条件ゆえに、帝国軍は『先制攻撃で敵国を下す』事を断念した。
なんとなれば、いずれかの方面に戦力を集中している間に、他方面から攻め込まれては元も子も無いからである。
「開戦当初は各方面軍による遅滞防御を行い、中央本軍の準備完了後、敵を撃滅する」という内線戦略のドクトリンは、言い換えれば「敵からの先制攻撃を受けとめる」ことを受容して成り立っている。
そしてこのドクトリンは、陸軍航空隊――1914年に独立して空軍となる――に恐ろしく過酷な戦略条件として立ち上がった。
『一歩間違えば、航空戦力は開戦と同時に消滅しかねない』
後に参謀総長となる、当時のハンス・フォン・ゼートゥーア中佐が述べたのは極論でも何でもない。なにしろその時点で、航空機の性能は今とは比べるまでもないほど稚拙だったが、それでも重砲を凌ぐ射程と、他兵科を上回る速度を発揮していた。
『こちらから先制できれば良いが、それが適わない場合、余程早い段階で敵機を発見しない限り、邀撃が間に合わん』
『現下の想定では、飛び上がれるのは10機程度…。残りは地上で撃破されるのがオチだな』
そしてこの懸念は帝国に限った話ではなかった。
欧州はその地理用件――比較的狭いエリア内に列強国がひしめいている――から、こと航空戦となると「迎撃が間に合わない」。
なればこそ、欧州機は他に比べて速度性能を重視する傾向が強かった。そして当時の技術では航空機エンジンの出力は1,000馬力を超えるのがやっとだったから、欧州各国はこぞって空気抵抗を抑えられる液冷エンジンを採用したのだ。
……何故か我らが今上陛下は、病的なまでに液冷を毛嫌いしておられるが。
ともあれ、後に登場するブリッツの、当時としては破格の上昇性能要求もここから生み出されたものであり、「先制攻撃を受けざるを得ない」帝国空軍の置かれた悪条件によって決定づけられたと言っても過言ではない。
『ほらみろ!空冷だってちゃんと使えば液冷に引けを取らんぞ!』
……決して、誰かさんの執念が理由ではない。ハズだ。
いずれにせよ帝国の置かれた環境は、内線戦略は、帝国空軍にその誕生の瞬間から過酷な生存環境を強いるものだった。
なるほど『帝国陸軍』にとって内線戦略は、帝国の置かれた地政学的条件に対する唯一絶対にして最適の解だったろう。だが、繰り返しになるが航空機は重砲とは文字通り桁一つ違う射程で、地上戦力とは話にならない速度で襲い掛かってくるのだ。
――これが準備万端整えて、開戦と同時に襲い掛かってきたら?
「…考えただけでも悪夢だ」
何しろ飛行機は、歩兵のように塹壕を掘って待ち受けるなんて出来ないのだ。
『飛行機は、飛んでなんぼの商売』
だが、帝国空軍の置かれた条件が、それを困難なものとしていた。
「…前線飛行場は、開戦と同時に真っ先に狙われるだろう。ほとんどの機体が飛び立つどころか、駐機状態のままスクラップになりかねん」
「飛行場を前線から下げては?」
「道理だが、あまりに下げると
この時期になるとダキアのような一部例外を除き、列強諸国は戦争における航空戦力の重要性を十分に認識していた。特に帝国の場合、数的劣勢を免れえぬ以上、航空機又は魔導師による弾着観測、それによる火力の命中精度を重要視していた。
だからこそ、帝国の航空戦力は『
「ある程度のエアカバーは魔導師に任せられないか?」
「…当分はそれしかないか」
「だが航空機の速度向上は日進月歩だ。今はともかく、いずれは魔導師では対処しきれなくなるだろう」
「それに多少飛行場を下げたところで、航空戦ではさほど意味がない」
悩みに悩んだ結果、我々は一つの妥協策を採用するに至る。
「どうせ攻撃を避けられないなら、簡易な飛行場を大量に準備しておくのはどうだ」
「なるほど、簡易な飛行場なら多数準備できるだろうし、万一の際の修復も容易だな」
「とはいえ、予算が潤沢にあるわけでもない…。…ならば、有事の際すぐに飛行場に出来る『候補地』を見繕っておくのはどうだ?」
それは、『野戦飛行場』と『野戦飛行場
どれだけ対空砲を設置しようが、滑走路をコンクリートで固めようが壊されるなら、いっそ簡易な飛行場を、敵が破壊しきれないくらい大量に準備すれば良いという発想だった。
『それなら平時は民間に貸し出して、それこそ牧場にしておくのはどうだ?周辺国の諜報を欺けるし、ちょっとした収入にもなる』
嬉々としてそんな提案をした誰かさんがいたのも、今となっては懐かしい思い出だ。
……あぁ、そうそう。この制度の恩恵を一番に受けていたのは、今は爆撃航空団にいるルーデルの坊主に違いない。何しろあの野郎、朝昼晩と牛乳一瓶を干していたからな。奴さんの姉貴も結構な頻度で買いに来ていたような…。
話を戻せばこの方法、思った以上に有効だった。
対共和国戦劈頭、不意を突かれたにもかかわらず帝国空軍西方方面軍が壊滅を免れたのは、偏にこの方法のお陰と言っても良い。
「まさか戦闘機を干し草で隠す日がこようとは…」
「滑走路に牛を放った直後に敵の偵察機が来たときなんて、生きた心地がしなかったよ」
けれどもこの方法で用意された飛行場には、一つ重大な欠点があった。
「凹凸が多い上に滑走路も短い…。運用できる機種が限られる」
「だが、整備された大規模飛行場は数が用意できないうえ、真っ先に狙われる…。どうしたものか」
採用当初は深刻に考えられていなかったこの問題は、しかし航空機の進歩、大型化重量化が進んだ
SB-1の採用にあたり、配備可能な飛行場がどれだけあるかリストアップした担当者が、そのあまりの少なさに頭を抱えたと噂されるくらい、地味に深刻な事態だった。
……平時の予算状況ゆえ、ご立派な飛行場が殆どなかったというのもある。
――そう、それが
『…あっ』
そんな折に『新型戦闘機検討会』で
極めて短距離で離陸でき、着陸滑走路も短くて良く*2、不整地にも強く、それでいて戦闘機として求められる各種性能も大いに期待できる新型機があると聞いて、飛びつかない奴がいるだろうか?
『い、いや、エンジンが二ついるし、前翼機ならエンジン一つで同等の性能が出るよ!』
『でもそれ、不整地と相性が悪いでしょう?』
なるほど、エンジン一つで済むというのは財務官僚的には魅力だろう。
だが、前輪が跳ね上げた石ころでプロペラが破損するのを防ぐため、舗装された滑走路を必要とし、しかも後ろにプロペラがあるせいで長い滑走路が必要*3で、トドメに速い着陸速度の点からも長い滑走路を必要とする。そんな『前翼機』を求める帝国空軍人がいるだろうか?
…そう、『前翼機』は戦闘機としての性能云々以前に、野戦飛行場と、言い換えれば帝国空軍のドクトリンと絶望的なまでに相性が悪かったのである。
――まぁ、後先考えずに色々とアイデアを出していた誰かさんの自業自得とも言う。
『それに引き換え円盤翼は極めて短距離で離陸できる!』
『ああ、
流石にそれは期待のし過ぎだったが、そもそも考えて欲しい。
シュトルヒが比較対象になる時点でおかしいのだ!
『うむ。それに
これはその通り。実際、先日集合写真ついでに試したところ、百人乗っても大丈夫だった。それ以上?円盤翼でも流石にもう乗らなかったから不明だ。試すのが怖いとも言う。
『失速速度が低いのも素晴らしい。これなら着陸も短距離で出来るでしょうし、着陸難易度も下げられる』
これまたその通り。何しろ途中で複座練習型の開発が延期になったほどである。
開発途中、あまりに着陸態勢時(迎え角)における視界が悪いと苦情を言ったら、いつの間にか足下に覗き窓が出来ていた。実用型でも防弾ガラスに変更されたうえでこの覗き窓は踏襲されている。…ちょっと心臓に悪いが。
『それだけではありませんぞ。この頑丈さと翼力、馬力。長めの滑走路さえあれば重爆としても運用可能でしょう!』
これまた規定では積載重量2トンまでとなっている――この時点でも戦闘機としてはおかしい――が、これは「帝国空軍が一番多く運用している飛行場水準での想定」での決まりに過ぎない。
今回の作戦がまさに良い例だが、より長い滑走距離を確保できる飛行場ならば、実は3~4トンくらいは問題なく行ける。…上が爆撃機の生産ラインを閉じる訳だ。
ちなみにこれは我々が運用する――目下最優先で量産が進められている――A型での話で、高高度性能を妥協した代わりに各部を強化、操縦席周りの防弾性能を上げたB型となると、レヒリン飛行場では6トンのバラストを積んだ状態での離陸に成功したと聞く。……なるほど、重爆の生産停止がすんなり決まる訳だ。
『『『『流石殿下、これを予期して提案なさったのですな!』』』』
『…ソ、ソノトーリダトモ』
その目は死んでいた。
かくして、後に海軍から『なぜ陸軍さんが艦載機を持っているんですか?――ウチにもくださいよ』と大真面目に提案され、そして
――そんな機体が帰投中にガス欠?
…遺憾なことに、何の問題も無い。
嘘か真か、凧に着想を受けたと言われるだけあって滑空性能もすこぶる良好。途中で大型化された二枚の垂直尾翼もあって安定性も抜群と来ている。
…おかしい。こいつ間違いなく重戦闘機のハズなのだが…。
……いや、毎秒百発の20ミリ機関砲弾を撃ち出す飛行機が重戦闘機でない訳がない。やっぱりシュワルベがゲテモノなのだ。誰だこんなの考えついた変態は?
コホン。唯一の問題はエンジンが止まるとコックピットの与圧も無くなること。
故に操縦者はガス欠が回避できなくなった時点で、早期に高度を落とす必要がある。しかしそれさえクリアー出来れば墜落の心配は全くない。
…まぁ流石に無防備極まりないので、今回の作戦では迎えの護衛機を呼びはしたが。おかげで
実を言うと、開発途中から『燃料切れでも問題なく帰還できる』と言うのは周知の事実だったから、ウチの航空隊でも滑空飛行の訓練はそこそこ実施済みだ。
…どうして開発途中の段階で周知の事実だったのかって?
…不思議な乗り心地に燃料計を見落とし、滑空で帰った間抜けがいたのだよ――ここに。
「話を戻すが、本当に心当たりは無いのだね?」
「む、無論であります。ちゃんと脚も出しましたし」
まだ粘るか。往生際の悪い奴め。
「電動式だから、エンジンが止まっていようが問題ありませんでした!」
――そう、こいつの降着装置は電動式。
先に述べた『燃料切れでも飛べる』ことが判明したとき、我々は欲を出した。
『折角燃料切れでも飛べるんだ。脚もどうにか出せないか?』
なるほどガス欠でも帰って来れるというのは、たとえ胴体着陸でも魅力的だ。しかし、着陸とは言うが『胴体着陸』は危険と隣り合わせ。それにコイツは――しばしば忘れそうになるが――どでかいエンジンを二つ積む重戦闘機。滑走路上で座り込んだシュワルベをどかすのは並大抵のことではない。
ならば、ガス欠でも脚を出せないか?
我々がそう求めるのは当然の流れだった。
しかし、それには脚の出し入れに使う動力を、従来から用いている『油圧』以外に変更する必要がある。なんとなれば、その油圧の動力源にエンジンを用いているから、エンジンが止まれば降着装置も動かなくなってしまうのである。
安定性確保のために大型化した垂直尾翼も、我々に油圧以外で作動する降着装置を要求させた。
考えてみて欲しい。こいつで胴体着陸しようものなら、そのご立派な『下に突き出した』垂直尾翼のせいでつんのめり、パイロットが前方に投げ出されるのだ!
設計陣は『胴体着陸時、垂直尾翼は飛散します』と言っていたが、じゃあなんで私はキャノピーを突き破ったんだ!?かなり痛かったぞ!
病院でタント技師に文句を言ったところ、彼は事も無げにこう答えた。
『ご安心を。降着装置用モーターが間もなく完成します。近日中に取付出来るかと』
『電動式ですと?……それはひょっとして、エンジンが止まっても?』
『ええ、何の問題もなく脚が出し入れ出来ます。万一モーターすら逝かれた場合に備え、着脱式の手回しハンドルも用意する予定です』
『実に結構ですな。しかし、手回し式とは懐かしい。何年か前まではみんなそうだったのですが……』
『今ではほぼ全て油圧式ですから。私も
『……ひょっとして、電動式のアイデアも?』
『ひょっとしなくても、私が問い合わせたときには技術廠で小型特殊モーターの試作が進んでいました』
『……もう何も言いますまい』
『えぇ、それがよろしいかと』
かくして、シュワルベは初陣で半数近くが300キロを
自分もそれで帰ってきた口だが、しかし、それが問題なく出来てしまう時点で、やはりシュワルベは頭がおかしい。
…いや、一番おかしいのは考え着いた御仁に違いない。
本当に、なんであれで帝国皇帝なのだろう?帝国の、否、世界の七不思議に違いあるまい。
――そして、真っ当な将官として、私には部下を
「…そうか。ならば教えてやろう。実は貴官の着陸を、私も上空で見ていてね?」
「……マジですか?」
「大マジだとも」
「あの、司令?どうして小官は閣下にアイアンクローを決められておるのでしょう――イタタタタ!?」
そう、私には道を踏み外しそうな部下をキッチリと締め、二度とそんなバカげたことをしでかさないように訓導する責務があるのだ。
つまり、何が言いたいのかと言うと――
「ガス欠の機体で宙返りするバカがどこにいる!?」
「ここにいます!」
「よろしい。ならば制裁だ!」
「ギャァアアアア!!!!」
エースオブエースのお遊び
※彼女は特殊な訓練を受けています
※良い子は真似してはいけません
電動式降着装置
Fw190の足回りとも言う。雷電は…うん