皇女戦記   作:山本 奛

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よし、終わったぜ(閑話が


【閑話】帝国印のパンケーキ(その4)

同刻 ティゲンホーフ飛行場整備区画

 

 

ぎゃああああぁぁぁぁ……

 

 

司令部の方から響く、整備の喧騒を切り裂く悲鳴に、しかしディッツ班長ら整備員はこれっぽっちも驚かなかった。

 

「やっぱりこうなったか」

「また、だな。賭けにもなりゃしねぇ」

 

そう。()()

 

お嬢(ハルトマン)も懲りねぇなぁ…」

 

 

――JV44はかなり特殊な部隊だ。

そもそも戦闘機総監の職責にある、ガーランデ『中将』が直率している時点でおかしいのだが、さらに各飛行隊長はもちろん、全搭乗員が『エース』の称号持ちという異常性を持つ。

 

『本部隊はいわば教導隊だ』

 

そう、部隊開設時にガーランデが訓示した通りの事情からであるが、同時に彼は続けた。

 

『…だが、正直に言おう。諸君には俺にもどう扱えばいいのか把握しきれていないとある変態の運用法を確立するために集まってもらった!』

 

各地から集められたエースオブエースの面々は困惑したが、しかし駐機場に場所を移すや即座に納得した。なるほど、こいつぁ変態だぜ、と。

 

『中将閣下、こいつのスペックは』

『そこの机に置いた資料にすべて記載してある。各自一部取ってくれたまえ』

 

わらわらとパンフレットを手に取っていくエースたちは、そこに記載された性能にまず瞠目し、次に目の前の『シュワルベ』をまじまじと見て、再度手元に視線を落とし、最後に司令官に真顔で尋ねる。

 

『…閣下、ここに書いてあることは本当なのですか?』

『気持ちは分かる。全く同感だ。しかしテストも終わって量産も始まっている機体だ。恐ろしいことに誤植ではない』

 

俺もテストパイロットとして参加していたんだがな、とガーランデ。

 

『だが、見た目から想像がつくだろうが…、テストパイロットの一人として忠告しておく。こいつの運動性は未知数だ。俺が乗ってきたいかなる単発機とも、双発機とも挙動が違う!』

 

その発言に、しかし困惑する者は一人もいなかった。

なにせ、ここに集められたのは各戦線から、時には『戦闘機総監』の強権を使ってでも集められたエースばかり。

彼らの眼に浮かぶのは、異形の機体への畏怖ではなく、面白いものを見つけた狩人の眼光。

 

『諸君も知っているとおり、訓練と実戦は別モノだ。ゆえに諸君らには、諸君が各戦線で培ってきたあらゆる挙動をこいつで試す権利と義務がある』

『…つまり、教範で禁止されている運動も?』

『事前に一声かけてくれれば、その通り。小官の権限で許可する』

 

思わず歓喜の声を漏らす強者どもに、ガーランデはニヤリと笑って続ける。

 

『とはいえ、帝国に無駄な二階級特進を許す余裕はない。――ついて来い、まずは()()()()()のレクチャーからだ』

 

 

 

とは言え、良い仕事には良い報酬が必要である。

中将になっても操縦桿を握る男、アドルフ・ガーランデはそのことをよく知っていた。

だからこそ、Jv44の錬成――癖の強いじゃじゃ馬(シュワルベ)の調教が半分――にあたり、彼は有益な結果、面白い結果を出した搭乗員に、ささやかな報酬を出すこととした。

 

『煙草ひと箱ないし酒精、または特別休暇一日』

 

実にささやかな、それくらいならば問題は無いと判断しての事であり、効果もそれなりに挙がった。

『燃料弾薬を満載した際の標準的な離陸速度』

『上昇時の縦方向安定性の低下に対する対処策』

『失速時の対処法』

『荒れた滑走路への最適なアプローチ手順』

 

そう言ったデータの蓄積に有効な方法だったが、彼は失念していた。

 

『…特別休暇だって!?……その話、詳しく』

 

エーリカ・ハルトマン少佐。

帝国空軍最多撃墜数を誇るエースオブエースにして、敵から黒い悪魔と恐れられる紅一点。

そんな彼女には、ひとつ悩みがあった

 

『まともな休みがない!残業も多いよ!』

 

無論、彼女の感覚で、ではある。ついでに言うと書類仕事を手抜きしまくり、結局やり直しを食らっているから、という事実は彼女の耳には届かない。

更に彼女は帝国が誇るエースオブエース。休暇になると、どこからかそれを聞きつけた新聞社の取材やら写真撮影が入ることもしばしば。そういう時限定で被る猫の皮が無駄に上手なのも一因だが、部隊仲間でそれを指摘する奴はいない。

 

『日頃からああやっていれば良いのにな』

『だな、そうだったら今頃大佐にもなれていただろうに』

 

そんな彼女の耳に、特別休暇のことが――最初の説明でまともに聞いておらず、後から同僚に教わって目の色を変えた――入れば、何が起こるのか。

JV44の面々は思い知らされることとなる。

 

 

 

――天才は、頭のネジが常人とは違うのだ、と

 

 

 

その日は珍しく、雲一つない青空だった。

この日、JV44は中~低高度での戦闘訓練を実施することになっていた。

 

「…機は熟したようだね」

 

滑走路脇で煙草を吸っていた非番の兵士は、こう証言している。

 

『最初に離陸した機体は、いつもより明らかに短い距離で、より速い速度で離陸していきました。思えば、上昇速度も段違いだったような気がします』

 

一番機の機首に描かれていたパーソナルマークは、『黒いチューリップ』。

 

日頃は積極性を見せない彼女が、珍しくやる気を出したことに、JV44の士官連中は驚いたという。

とは言え、却下する理由もないのでこの日は第三航空隊から離陸したのだが、空に上がってからもその日の彼女は一味違った。

 

「何だあの機動は!?」

「これがスコア300の実力か…!」

 

同じシュワルベに乗っているはずなのに、彼女の機動に誰も追いつくことが出来なかった。そして彼女が放つ演習弾は標的に吸い込まれるようにあたり、逆に誰も模擬空戦で彼女の背後を取ることが出来なかった。

 

『はい、撃墜判定1つ!』

『ッ!?いつの間に!?』

『なんだ今の動き!?』

『…これはもう、今日の最優秀者は決まりだな』

 

そしてその驚きは、彼女の着陸を見たとき最高潮に達した。

 

「…なんだ、あれ?」

「止まっている…?」

「さすがにそんな筈は…、いや、確かに」

 

これまたその日に限って彼女は周囲に着陸順を譲り、最後の最後に降りてきたのだが、その速度はあまりに遅く、向かい風と相まって止まっているかのようだった。

 

「おいおいおい…これは最低着陸速度記録の更新だぞ!」

「間違いない。計測班!しっかり見ているなっ!?」

「勿論であります閣下!現在計測中!」

「ヨシ!」

 

そうして彼女は後にも先にも――戦後を含めて――破られることの無い記録を打ち立てるのだが、しかし、特別休暇を得ることは出来なかった。

――何故か?

その答えは、着陸後の彼女の機体にあった。

 

「…ん?やけに軽いな?」

「やたら動かしやすいな。まぁ、俺たち(整備員)からすればラッキーだけどよ」

「……ディッツ班長。その話、詳しく聞かせてくれたまえ」

「はっ、はい」

「げっ」

 

確認の結果、彼女の機体が燃料弾薬を限界まで使い切っていたことが判明。

着陸時にプロペラが回っていなかったのは、速度抑制のためではなく、純粋に燃料切れだったことが判明する。

――なんと彼女、記録のために整備員と兵器員を何処からか調達した煙草と酒で買収。ぎりぎりまで燃料弾薬を減らしていたのだ!

 

「弾薬なんて、全部当てれば10分の1で足りるじゃないですか」

「…なるほど、道理で動きが軽快だったわけだ」

「いや司令、指摘すべきはそこじゃないかと…」

 

それだけではない。

この日の訓練メニューに高高度での内容が無いのを幸い、与圧関係の取り外しできる――つまり、器物破損に問われない――部品を徹底的に外していたことも判明。もう十分にやり過ぎだが、それよりも問題だったのは。

機体から降りてきた彼女を出迎えたときの、ガーランデ司令との以下のやり取りに集約されるだろう。

 

 

 

「…少佐。帝国軍は士官に範たれと求めても、()()()()とは求めていないのだが?」

「ご安心ください閣下。これはズボンであります(だから恥ずかしくないもん)!!」

 

「「「「「嘘を言うな!」」」」」

 

 

 

当然だが、彼女が得たのは休暇ではなく営倉であった。

 

「…待てよ。一日ゴロゴロできるからこれもありなのでは!?」

「ハッハッハッ、懲りない奴だな…。宜しい、罰走に変更だ」

「しまった!?」

 

そう言うのを見慣れているからこそ、ディッツたちは作業の手を止めすらしなかった。

精々、いつも通り過ぎて賭けにもならねえ、と愚痴る程度である

 

「にしてもまぁ…」

 

汗をぬぐいつつ、()()()()()()()()作業スペースで整備員たちはぼやく

 

 

「夜明け前に再出撃とか、上も無茶を言いやがる」

 

 

 

◇――◇――◇ ◇――◇――◇

 

本機の夜間運用は自殺行為

 

シュワルベの教本にデカデカと書かれている理由を、ディッツ達ほど身に染みてよく分かっている帝国人はいないだろう。

初めてシュワルベと対面した時、彼らは一様にこう驚いたものだ。

 

「何だこのプロペラお化けは…?」

 

それは、プロペラと言うにはあまりにも大きかった。

その直径、実に4.5メートル。

SB-2(重爆)ですら3.5メートル少々と言えば、その異様さがお分かりいただけるだろう。

おかしいのは直径だけではない。このプロペラはタント技師と旧知の間柄である、帝国における垂直離着陸機研究の第一人者、フォッケ博士が開発に当たった特殊プロペラ。

これがあったからこそシュワルベの異様な性能が発揮されているその特殊形状は、ディッツ達整備員の目にも異様だった。なにしろ縦横比も形状も世間一般のプロペラとは似ても似つかない代物だったのだ。最初保護カバーか何かだと思ったほどである。

 

そして二週間と経たぬうちに、ディッツらはこのプロペラにある蔑称を奉ることとなる。

 

 

――死神の鎌

 

 

この時代、シュワルベに限らず多くの軍用機が『尾輪式』と呼ばれる形状を採用していた。

説明し始めると長いので割愛するが、この形式には「地上滑走時の前方視界が劣悪」という弱点があった。そして多くの場合、ある解決方法が用いられていた。

 

それは「整備員を翼に乗せて走る」こと。

 

前が見えないパイロットの代わりに整備士が翼上から指示を出すこのやり方は、しかし『シュワルベ』に限ってはかなりの困難が伴った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

お分かりいただけるだろう。

翼の上はほぼ全域にわたってプロペラ後流の只中にある。最大出力ではなくタキシング中であっても、ちょっとした弾みで転落事故が起こりうる。いや、起こった。

唯一操縦席のすぐ側はプロペラ後流の外で、故に「誘導員」はここに座ることが常態化したが、しかし、よく見て欲しい。そこには巨大な過給機空気取入口がある。

この部分の防護金網が後期量産型になればなるほど頑丈になり、とうとう最終型では起倒式の『柵』になるのは、()()()()()()()

 

もうこの時点で整備員、地上要員泣かせのシュワルベだが、こんなもの序ノ口に過ぎない。

 

この時代、よほど整備された首都近郊の飛行場でもない限り、飛行機を動かすための『牽引車』は存在せず、自力(プロペラ)を除けば、飛行機の移動は大人数で「押せッ…押せッッ!」するのが当たり前だった。

 

――では、シュワルベの場合は?

 

「…主脚くらいしか押す場所がねえ…」

 

4.5メートルもの大直径プロペラを回転させるため、地上姿勢におけるシュワルベの主翼前縁は他機種とは比べ物にならないほどの高みにある。

とてもではないが、バックさせるために人が押すことは不可能だ。結果、主脚周りに取り付ける程度の人数、つまり4~5人で押すしか無いのだが。

思い出していただきたい。…こいつ、重量は間違いなく双発機なのだ。

 

「お、重い!」

「クソッ!どう考えても馬力が足りない!」

「パワー!!」

 

結局、尾輪車軸に牽引器具を取り付け、どこからか調達してきたトラックとロープで結んで引っ張るしかなかった。

 

「…牽引車、最低でも軍用トラックの増備は必須だな」

「それと尾輪への負荷が心配です」

「そいつも併せて上申が必要だな。…全く、レヒリンが懐かしいよ(牽引車があった)

 

ちなみに、前進させるときはまだマシだが、しかし容易ではない。

何しろ円盤翼だ。エイかヒラメのような外形で、後ろから押すにも力が入りづらい。

 

「こ、この姿勢は腰に来るな…!」

「水平尾翼を押している奴!壊さんように気を付けろよ!!」

 

こちらについても結局、主脚から二本のロープを括り付けて引っ張らせるのが一番確実と言う結論が出される。

 

「…これはもう、基本的にタキシング走行で運用するしかないな」

「地上要員諸君に気を付けてもらうしかありますまい」

 

 

――だが、これだけではない。

 

 

チョーク(車輪止め)外せ!』

 

戦争映画や漫画で見かけるこのシーン、シュワルベでやるとどうなるだろう?

――そう、プロペラ後流で吹っ飛ばされるまでの我慢比べだ。

付け加えると野戦飛行場の場合、巻き上げられた砂塵や石ころがガンガン飛んでくるポジションでもある。流石にこれは試作段階で判明していたこともあり、シュワルベには専用の『()()止め』が用意されることとなったが、それでもこれに当たった*1整備員が揃って、「一番の苦行」と回顧する程度には辛いものだったという。

 

しかも、これが緊急発進、連続発進ともなるとサァ大変。

死にたくなければ外した車輪止めを引きずって――又は抱えて――滑走路脇まで一目散に退避せねばならぬ。もし途中で立ち止まりでもしたら、たちまちスプラッタと言う名の二階級特進だ。

そして残念なことに、大馬力のシュワルベをそれ一個で止めるため、件の『尾輪止め』はかなり大きく、重量があった。具体的には、途中からコンクリート製*2になった程度には重量があった。

 

 

――こういった諸々の検証の結果、JV44をはじめ、シュワルベを運用する部隊は各飛行場に進出後、何を差し置いてもいの一番に「滑走路、誘導路脇の退避溝(そこに飛び込め!)」構築を実施するようになる。

それほどまでに地上要員との『不幸な事故』が多すぎた。

艦載機型ではあまりの酷さに尾輪止めを諦め、『発艦ワイヤー式』なる珍妙な方法*3を採用したほどである。

 

 

――昼間ですら、これだ。

夜間や視界不良時ともなると、より一層事態は深刻となる。

 

 

考えてみて欲しい。『翼端灯より外にプロペラがある』状況を。

 

そんな機体を夜間運用など、自殺行為でしかない。

「隠顕式翼端灯」「伸長式翼端灯」なるものが試作されたが、構造の複雑さ、なにより重量増で断念され、同時にシュワルベ夜戦型が断念されたほどである。

シュワルベのプロペラが、帝国軍機お馴染み、『スピナーの渦巻き塗装』に留まらず、外側50センチが真っ赤に塗られているのも、純粋に事故対策からであった。

 

余談だがその塗装が始まった当初、JV44では「その赤、本当にペンキかな?」というブラックジョークが流行した。

 

 

 

――故に、整備員たちは件のプロペラを、ひいてはシュワルベを『死神の鎌』と呼ぶ。

 

それを夜明け前に再出撃させろ?…正気か!?

 

ディッツたちが愕然としたのは当然であり、故にティゲンホーフ飛行場は投光器で昼間のような明るさを維持しているのだ。

敵機襲来の危険性?自分たちが整備した機体にミンチにされるよりはましだ!と。

 

「小耳にはさんだ話だがよ、魔導師の連中、クレムリンを占拠したそうだぜ」

「なんだって!?そいつは凄いな」

「ああ。だがそれだけじゃない。連中、機密文書も大量に押さえたそうだ」

「…なるほど。それでか」

 

整備終わったエンジンの覆いを戻しながら、フランツ上等整備兵が頷く。

 

「道理で上がせっつく訳だ。この調子だと、夜中の発進に繰り上がるかもしれんな」

「悪い冗談はよしてくれ。命が幾つあっても足りない」

「…いや、フランツの言うとおりかも知れんぞ」

 

そう言って、ディッツが顎をしゃくった先には――

 

「さっきから滑走路にも投光器を設置し始めてる。そう言うことだろうな」

「おいおい勘弁してくれよ。今日の尾輪当番は誰だ?」

「……フランツ。君は良い奴だったよ」

「そんな!?」

 

 

 

 

 

Jv44の再出撃は、その2時間後のことであった。

 

 

*1
当番制だった

*2
トーチカ等の解体廃材利用

*3
左右に渡した切り離し式ワイヤーに着艦フックをひっかけて固定。発進の号令と共にワイヤを根元で切り離すというもの。元々あった逆向き着艦用ワイヤーの転用である




「恥ずかしくないもん!」
これを言わせたかった

「嘘を言うな!」
言うなれば運命共同体

…脳内再生されるようになったら末期。


「不幸な事故」
尾輪式飛行機でよくある事象だが、大抵の場合「名誉の戦死」と告知され戦後に真相が明らかとなる。
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