皇女戦記   作:山本 奛

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筆者のこと。詳しくは活動報告にて


想定外

世の中、何事にも想定外というものは存在する。

例えば3年間の出向のはずが、1年1か月しか経っていない5月1日付で出向前の所属に復帰せよという珍辞令が公務員(ワタシ)に発生するように。

だから、統一歴1928年12月12日の深夜、連合王国首相、ウィストン・チャーブルが秘書官に叩き起こされ、耳元でささやかれた報告に、一瞬で眠気も吹き飛んでこう叫ぶ事象だって、大いにありうるのだ。

 

「いったい何が起こった!?」

 

それは連邦軍の大規模攻勢『黎明』に対してのものか?

――否である。

なるほど連邦はその攻撃計画を、ギリギリまで帝国の西側にいる連合国各国に通知していなかった。…だが、考えてほしい。そもそも連邦と連合王国、そして合州国が「連合国」として振舞っているのは『敵の敵は味方』なればこそ。

そうでなければ、共産主義者と資本主義者、独裁国家と民主国家が手を取り合うなど、天地がひっくり返ってもあり得ない。

いや、この際言ってしまおう。資本主義とそのアンチテーゼたる共産主義者の同盟は、『帝国』という恐怖がなければ生まれるはずがなかったのだ、と。

故に、連合王国宰相から言わせれば、「今は」「一応」「少なくとも」同盟国だからと言って、秘密の国への覗き見をやめることなど、アールグレイにミルクをぶち込んで、ボストン港に投げ捨てるに等しい。

だがそれは連邦だって同じだろう。なればこそ、作戦発起の数時間前になって、『伝えたと思い込んでいた』などと連邦大使の口から言わせたのだ。

それゆえ、哀れ貧乏くじを引かされた連邦大使殿が面会を申し入れてきた時点で、連合王国首脳陣は『黎明』を知っていた。それも、大使殿も気の毒なことだ、と鷹揚に嘯く程度には、その中身をも承知していた。

 

――ただ一つ、その時点で気がかりがあったとすれば。

 

「…帝国は気づいていないのかね?」

 

メッセンジャー役を押し付けられた哀れな大使殿が、冷や汗を拭き拭き首相執務室の扉を閉めるや否や、チャーブル首相はハーバーグラム少将に憂いの色をたっぷりと含んだ声で尋ねる。

 

そう、『憂い』だ。

 

なるほど、帝国は打倒せねばならない敵だ。

しかし、連邦は唾棄すべき異教だ。

にもかかわらず手を組んだ理由は、過去にチャーブルが放った以下の発言に集約される。

 

『私は帝国を倒すためならば、悪魔とも手を組むだろう』

 

ゆえに帝国の黄昏が見えてきた今となっては、「異教」の扱いは悩みの種。

なればこそ、『今や我々は、帝国参謀本部に日参している』と豪語する情報部長の答えは、チャーブルを落胆させること甚だしい。

 

「残念ながら、帝国統帥本部、帝国参謀本部とも平常業務です」

「全く気付いていないと?」

「補足すれば東部方面軍も、です。新たに着任したラウドン大将自ら、前線視察に出たとの情報が上がっております。もし仮に帝国が連邦の攻勢を察知しているならば……、全く大した役者ですな。かの大将が、ゼートゥーア顔負けの名優ならば、ですが」

 

ありえないだろう、というニュアンスをたっぷり含ませて連合王国情報部長は笑う。

 

彼らは知っているのだ。

 

ラウドン大将閣下が『あのゼートゥーアの上官を何度かやれていた』御仁であることを。

しかし、今回の東部方面軍司令への着任は、どちらかというとその「才知」ではなく「堅実さ」、もっと言ってしまえば「若手の性急さ(ロメール)」を避けるがための人事であることも、彼らは知っていた。

 

『『第二次回転ドア』計画は参謀本部にとっても寝耳に水だったようで』

西方方面軍(ロメール将軍)の独断であったと?』

 

エルウィン・ロメール。

典型的な帝国軍人的思考、すなわち、機動戦をこよなく愛する大将閣下。

そして、おそらくハンス・クデーリアンの次に戦車を使いつぶした韋駄天。

必要とあらば中央の了解なんぞ知ったことかと戦場を駆け巡る――それで連邦相手に多大な戦果を挙げるものだから誰も止められなかった――将軍は、だからこそ、こんなことを考えつくのだ。

 

『――敵がジークフリート前面に集結している? 実に結構。ならばその横っ面をぶん殴ろうじゃないか。…共和国には悪いがね』

 

これを見てピンときた読者諸兄は、次にこう言うだろう。

『連合王国と同じこと考えてるじゃないか!?』と。

全くその通り。

 

『折よく秋で、気象条件もこちらに有利。……濃霧となれば、連中のヤーボも襲っては来ない』

 

戦後、かなり経ってからの話になるが、当時の連合王国関係者がこう白状している。

 

「――帝国が我々と同じことを考えていると知り、我々は焦った。その結果が、あの『三時間戦争』だ」

 

ゆえに、共和国と戦闘状態に入ったあと、チャーブルはじめ連合王国首脳部は、その自制心を極限まで試されることとなる。

 

あいつら(帝国)だって同じことを考えていた!』

 

そう言えれば、どれほど気が楽になったことか。

だが、言ってしまったが最後、連合王国は「知っている」ことを帝国に知られてしまう。ひいては、連合王国は情報戦において、致命的な損失を被りかねない。

 

「現在、我々は帝国軍暗号の大半を解読しております。本件を公表した場合、それが崩壊しかねません!」

 

ハーバーグラム少将がそう必死に説得し、もし口を漏らすものがあらば辞表を出すと言い切るほど。

統一歴1928年当時、連合王国は帝国が用いる暗号を、一部の「よく分からない言語体系で構築されていると思しき」ものを除いて、ほぼ完全に解読していた。

例外にしても「一部」と表現できる程度には少ない割合で、しかもよく使っているかと思えば、ぱったりと使わなくなったりするような代物だったから、影響は少ないと考えられていた。――戦後になって、それが皇帝と一部側近を繋ぐ重大なものだったと知るまでは。

 

話をロメール将軍に戻せば、彼が発案した『第二次回転ドア(衝撃と恐慌、再び)』は、どういうわけか土壇場になって中止された。ゆえに事情を知る連合王国上層部は首を傾げながら、地団太を踏むという器用なことを強いられたのである。

 

あいつら(帝国)も越境すれば良かったのに!」

 

 

 

 

 

 

『――って命令が戦闘団にも出ているんだが…?』

『…手段は問わん。(皇帝)が許す。――そいつ(ロメール)を止めろォ!』

 

だが、このことが意外なところに影響した。

 

『…全く、有能な指揮官ほど猪突猛進するのはどうにかならんのかね?』

『我々帝国軍の参謀将校育成過程、それを思えば無理からぬ話かと。何しろ、何よりも速度を、機を逃さぬことを要求しますからな』

『…言われてみれば確かに。となるとゼートゥーア、君は稀有な例外ということになるな』

『ええ。陛下を見ていて、益々そう思う今日この頃であります』

『人を暴走列車か何かのように言わないでくれたまえ。……おい何故そこで黙る』

 

ゆえに、粛々と戦力を整理整頓して西部に送ることが求められる東部方面軍司令官には、軍歴が長く、ゼートゥーアとも気心の知れた、言い換えれば、「何を求められているか正しく理解し、暴走しない落ち着きを備えた」ラウドン大将閣下が着任することとなったのである。

 

――そしてその裏事情をも、連合王国情報部は把握済み。

 

「…教えてやるべきか?」

「連邦に知られた場合のリスクが大きすぎます。――何より、すでにイルドアにはそれとなく知らせています」

「それでも動きがない、と?」

「あるいは欺瞞情報ととられたかと。目下、帝国軍は東部から西部への兵力移動を進めていますので……」

 

――今年の春に行われた、連邦の春季攻勢。

合州国、連合王国による史上最大の作戦、『オーバーロード』に先んじて(を出し抜こうとして)発起されたそれは、完全なる失敗に終わった。

連邦軍が被った被害は甚大であり、()()()()()()()()()、当分の間攻勢に出ることは困難と断言できるレベル。

帝国陸軍参謀本部も同意見だったのだろう。それ以降、各種諜報情報、偵察情報は、いずれも帝国軍の基本方針が以下のとおり集約されたことを表していた。

 

『東部方面軍の縮小及び戦線後退。及びそれにより抽出した戦力の西部戦線(ジークフリート)への再配置』

 

なればこそ、チャーブルのみならず西()()()()首脳陣の顔色は優れない。

 

「…ハーバーグラム君。君の推測で構わない、『黎明』は()()()()成功する?」

 

何も知らず、東部から西部への兵力転換を進める帝国。――今や帝国東部戦線は、「線」ではなく「点」といって過言ではないレベル。

かたや合州国からの援助物資を足掛かりに、畑からとれるかのごとき大戦力を叩きつけんと着実に戦力を集結させる連邦。――いや、集結と言うと語弊がある。なにしろ彼らが準備しているのは「全戦線縦深攻撃」。文字通り『面』での圧殺、もしくは『鉄の津波』なのだから。

 

そんな両者の激突(『黎明』)の結果など……、否、それはもはや激突にすらなるまい。

一方的な蹂躙の果て、どこまでが地獄の業火に焼かれるのか、それが連合王国、合州国といった『西側連合国』の関心事。

 

「情報部では最悪…失礼、最大の成功を収めた場合、帝都ベルンをも扼し得ると推定しております」

「なんと…、それほどかね?帝都周辺にも防衛戦力はあるだろう?」

「現状、『ありました』と言うほかありません。既に各戦線、特に西部戦線に戦力を抽出し、必要(わざと)最小限しか残していないものと推定されます」

「…つまり、首都陥落もありうる、と?」

「ゼロではない、と情報部では判断しております」

「なんということだ…」

 

アイゼンバウワー連合国軍最高司令官が天を仰ぐ。

当然だろう、何しろ自分たち(西側)がジークフリートに阻まれて何の成果もあげられていない――ゆえにアイゼンバウワーら総司令部は、連合王国本土に戻ってきている――間に、()()からの大津波が全てをかっさらうのだから。

 

『帝国を打倒したのは、連邦だ』

 

結果(勝利)は、なるほど素晴らしい。

だが、その手段を、立役者を見れば、とてもではないが言祝ぐ気分にはなれない。

いや、それどころか、『勝利』が見えてきた今だからこそ、何としても避けたい事態だ。

共産主義などという資本主義のアンチテーゼ、不倶戴天の敵がこの大戦の最大の功労者?

何という悪夢!いかなる神への冒涜だとて、これに勝る汚辱はあるまい!

 

「…しかも、それだけではない」

「…ええ」

 

政治も分かる――後に合州国大統領となる――アイゼンバウワーなればこそ、チャーブルが言わんとすることは分かりきっている。

 

「帝国の軍事技術。これが連邦の手に渡れば…」

「欧州全土が赤く染まりかねんな」

 

あの無尽蔵の兵力に、優れた軍事技術が合流する?

それこそ西側連合国からすれば、想像するだけでも震え上がる、『悪夢』という表現すら生ぬるい、最悪の事態だろう。

 

「総司令官。君のところの大統領、援助先を間違えていないかね?」

 

今となっては詮無きことだが、と悪人面をさらにゆがめる連合王国宰相に、後年『私の人生において、もっとも『身の置き場がない』という表現が適切な場面だった』と回顧することとなる最高司令官はほろ苦く笑う。

 

「同感です。パッテン将軍ならば、ホワイトハウスに機甲師団で突入するでしょう」

「…ちなみにその場合、貴官は止めるのかね?」

「ええ。大統領『を』逃げられないように、止めるでしょう」

 

こんな風に、とヘッドロックをかます動きを見せる最高司令官に、チャーブルが苦笑する。その時は私にも手伝わせてくれ、と。

 

「流石にまずいと気づいたか、最近はかなり絞ったようです。その分が間もなくこちらに届くかと」

「本日唯一の朗報ですな。…とはいえ、嘆いていても仕方ない」

「何かお考えが?」

「もちろん。連中(連邦)の一人勝ちなどあってはならないし、見たくもありませんからな」

 

チャーブルはにやりと笑い、アイゼンバウワーの耳元で囁くのだ。

 

「…着任早々で彼には悪いが…、ルメーイ少将に仕事を頼みたい」

 

 

 

 

――それが、昨日の夕方の話である。

ゆえに、秘書官に叩き起こされたチャーブルは、耳元に囁かれた一報に、驚愕とともに飛び上がったのだ。

 

「モスコーが帝国軍に襲撃されているだと!?」

 

◇――◇――◇ ◇――◇――◇

統一歴1928年12月13日 ロンディニウム標準時午前0時15分

連合王国首都ロンディニウム ダウジング街 首相官邸

 

「…一体全体、どうしてこうなったのだね?」

 

会議卓にプロットされた状況図に、連合王国が誇る百戦錬磨の腹黒狸、ウィストン・チャーブルは頭を抱えた。どうしてこうなった、と。

 

「…ハーバーグラム君。『黎明』は成功したと、ほんの数時間前に報告を受けたと記憶しているんだが?」

「間違いありません。帝国東部軍は司令部も蹂躙され、潰走状態にありました」

「とてもそうには見えんのだが…」

 

思わず、といった風につぶやいたのは、海軍大臣マールバラ卿。

そこにあるのが情報部への皮肉ではなく、純粋な疑問であることが、より事態の深刻さを物語る。

 

「情報部でも現在情報を精査しているところでありますが…、少なくともモスコーは空襲により甚大な被害を受け、ほぼ全域が停電。各所に魔導師が降下した模様です」

「…少将。私は陸戦には詳しくないのだが、それでも潰走している軍隊にできることとは思えん」

「マールバラ君の言うとおりだ。…帝国め、気づいていたのか?」

「だとすると、連邦はまんまと一杯食わされましたな」

 

にやりと笑う彼らの表情は、一様にこう言っている。「ざまあみろ」と。

成果を独り占めしようとするから、こうなるのだ。春の失敗を忘れたのか?と。

皮肉たっぷりに連邦首脳陣へのお悔やみを口にする彼らだったが、しかし、駆け込んできた部下から耳打ちされたハーバーグラム少将の次の発言に、その顔面は一気に蒼白となる。

 

「…クレムリンが占拠された、だと!?」

 

その意味するところの深刻さに、共産主義者への皮肉など吹き飛ぶ。

何しろ首都の、国家元首の住まう、まさに連邦の中心なのだ。

それが魔導師に占拠された、だと?

 

「現地は混乱しており、不確実な情報ですが…。ただ、少なくとも2個魔導大隊がモスコーに降下、クレムリンに突入、占拠した模様!」

「連邦首都だぞ!?防衛戦力は何をしている!?」

「…いや、彼らを責められませんぞ、閣下」

「どういうことかね、ハーバーグラム少将?」

「クレムリン内部ともなれば、戦車には狭すぎ、重砲だと誤射の恐れがあります。対する帝国軍魔導師、こちらは歩兵を圧倒する火力と機動性を有しています。何より……」

 

そしてハーバーグラムは、今もたらされたばかりのレポートに目を落として、告げる。

 

「現地のドレイク大佐からの急報です。降下してきたのは、『ラインの悪魔』とその大隊とのこと」

「『ラインの悪魔』だと!?」

 

全員の心の声が一つとなる。

――考え得る限り、最悪の連中じゃないか!?と

 

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