(そのため、前半部分を早めに投稿)
ここで突然だが思い出してほしい。
ターニャ・フォン・デグレチャフ同様、ツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルンも転生者である。その中身は現代日本のミリオタであり、そして――
そもそもの専門は、海軍なのである。
◇◇◇
統一歴1925年4月18日の早朝。
「諸君、由々しき事態だ」
まだ夜も明けぬうちから緊急で招集された…もとい、
事の発端は、4月16日の朝。
「ブレストに共和国軍が集結している?」
「ハッ。共和国軍に対し、戦闘の終結とブレストへの移動が命じられております」
「…それは海軍のみに対してか?」
「はい。いえ、陸軍部隊もであります。情報部では、終戦処理に向けた艦艇の集結に合わせ、地上部隊も同地にて武装解除の上、復員させるものと判断しております」
情報部長のその報告に、ツェツィーリエは内心首を傾げた。
なるほど、帝国軍との「不慮の事故」を避けるために、前線からやや離れたブレストに集結させるのは一見理にかなっている。
だが、それならば南部ヴィシーでもよいではないか?
そこには、パリースィイを退去した共和国新政府がおり、既に帝国側外交団との予備交渉に入っている。「外交のカードとしての軍隊」を考えれば、武装解除させるにしてもその前にヴィシーに集結させ、その威容を以て多少なりとも交渉を有利に進めると言う手もあるのだ。そう、『共和国軍いまだ健在なり!!』と。
「…空軍司令を呼べ」
「ハッ!」
念のため、空軍に偵察機を出させようと決意したところで、ツェツィーリエは思い出す。
―― そういえば、統合作戦本部も最高指導会議も、明日酒盛りに行くとか言っていたような… ――
彼らは今回の戦争勝利を記念して、金曜の夜に祝い酒を飲むとか言っていた。
一応、今年18歳になったツェツィーリエにも(社交辞令としての)お誘いはあったのだが、丁重に断っている。曰く、
「私がいては気が詰まるだろう。…そうだな、ルーデルドルフ。あとで鍵を渡すから、帝室のワインセラーから見繕って樽の二つ三つでも持って行きたまえ」
「「「「「おおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」」」」」
「よ、よろしいのですか!?」
「ああ、先日試飲してみたが、どうもワインは性に合わん。それなら諸君らに飲んでもらった方がワインも幸せだろう」
「お心遣い、感謝いたします!!」
この上司、部下をこき使うが気前の良さもかなりのものがあった。
ツェツィーリエとしてはこの数年、いつ終わるかもしれぬ戦争を共に戦い抜いた部下たちの息抜きである。使い道のない――皇帝陛下の分?病人に酒は厳禁だ。本人が飲みたいと言っている?却下だバカモノ!――ワインを供出することに躊躇いがあるはずもなかった。
―― 確かにブレストの共和国軍も気になるが…まぁ、気になる程度のモノであるし、それだけで彼らの楽しみを奪うのは気が引けるな…。ま、居残り組でも何とかするだろう ――
翌々日、この時の判断を彼女は心から後悔する羽目になる。
そして4月17日。
高高度偵察仕様SB-1がブレスト上空に派遣され、偵察と写真撮影を敢行。現像された写真は速やかに統合作戦本部に届けられ――
「これが本日…もとい、昨日正午ごろに撮影されたブレスト軍港の様子だ。…ここを見ろ」
「これは…」
「煙、でありますか?」
「そうだ、在泊する大型艦のほぼすべてから煙が上がっている。ちなみに、一週間前の偵察時には煙はなかったと報告を受けている」
「はぁ…?」
今一ピンと来ていない殆どの将校らの表情に、顔をしかめたツェツィーリエだったが、すぐにああ、と手を打つ。
「そうだった…。貴官らは陸空軍だったな」
仕方ない、と言って皇女は立ち上がり、黒板の前に立つ。
「これはボイラーが動いていることを示している。陸空軍の諸君はあまり知らんと思うが、軍艦と言うのは出港準備に
「半日!?」
「そんなにかかるのですか!?」
「…ああ、やっぱり知らなかったか…。簡単に言うと、ボイラーに点火して湯を沸かし、蒸気を発生させる【気醸】におよそ2時間から3時間。続いて蒸気タービンあるいはシリンダー、管や弁を暖める【暖気暖管】に4時間…旧型だとそれ以上は必要だ。それらをこなして初めて試運転、試運転で問題が無ければ本格的に動かすわけだが…。
まあ、一部は並行して進められるし、無理やり出航することも不可能ではないが、危険なので普通はやらない。まして大型艦の場合はこの倍かかることも珍しくないから、艦隊ともなれば半日は普通にかかると言う寸法だ」
「…それはまたなんとも…長いですな」
「うむ。さて、ここからが本題だ。
何故奴らはボイラーに火をつけた? 」
「…出航するため、でしょうな」
「待て!そうなるとおかしいぞ。連中は終戦処理のためにブレストに集結しているのではなかったのか!?」
「ッ!確かに!」
「その通り。そもそも集結はほぼ完了している。
―― 出撃準備にほかならない ――
統合作戦本部に衝撃が走った。
「し、しかしありえません!奴らはすでに交渉の席についているのですぞ!?」
それも事実であった。
この時、南部ヴィシーに移動したフランソワ共和国政府と帝国側の予備交渉が開始されており、近日中の合意は確実とみられていたのである。
だが、ツェツィーリエは嗤う。
「共和国が一つだと、いつから錯覚していた?」
「ッ!?」
『フランソワ共和国』
世界初の市民革命を成し遂げ絶対王政を打破し、民主共和制を成し遂げた欧州の強国。
だが、その道のりは平坦ではなかった。
民主制の名を借りた恐怖政治と独裁。
軍事的天才に全権をゆだねた帝政。
帝政の崩壊とその後の王政復古。
その後も政体はたびたび変化し、今の政体――第三共和政――はその流れを受けて多種多様なイデオロギーが混じりあっていた。
「帝国に産まれた貴官らにはピンと来ないだろうが、共和制においては議会の多数派、政権与党が変われば政治の方針も180度反転する。
今回の例で言えば、敗色濃厚となったことで『対帝国強硬派政権』が崩壊し、『講和派』が政権を握った状態なわけだが…」
―― それを良しとしない連中も少なからず存在する ――
「つまり共和国の『講和派政権』が我々との交渉を進める一方で、『強硬派』が政権を離脱し、なおも戦闘を継続しようとしていたとしても何らおかしくはない」
「…なんと……」
「しかし殿下、軍隊が本国から離反して戦闘を継続するなど、可能なのでしょうか?個人や政治団体ならともかく、『軍隊』なのですよ?」
レルゲン中佐の言うことごもっともであった。
一部の官僚、政治家が第三国に脱出し、正統政府を主張することは前例がある。
だが、それらとは異なり、軍隊は存在するだけで大量の物資を消耗する組織である。いくらフランソワ共和国に数多の海外植民地があるとは言っても、工業基盤の乏しいそれらで、近代的軍隊を維持することは不可能なのである。
「そのことについてだが……
「ハッ。…実は数日前より連合王国主力艦隊の所在が不明となっております」
「なんと!」
「潜水艦で監視していたのではなかったのか!」
「……悪天候により見逃したようで」
「言い訳とは見苦しいですぞ!」
「落ち着き給え諸君。海軍通として擁護させてもらえば、潜水艦は極めて目が悪い。
潜航中は海面すれすれの高さの潜望鏡しかないし、浮上したところで乾舷も低いしマストも無いから、いずれにせよ遠くのものは見つけられん。夜間と悪天候にもめっぽう弱い。
…課長、続きを」
「ハッ。その後、連合王国東方に敷いたわが軍の哨戒ラインにも、奴らはかかっておりません。共和国方面にも、です」
「つまり彼らは東にも南にも向かっていない。それと今回のブレストの件を踏まえ、私が予測するところは…こうだ!」
「…連合王国との合流…!」
「そうだ。ブレストと連合王国の軍港はさほど離れていない。今すぐにでも合流出来るだろうに、それをしないのは…」
「…陸軍部隊を収容するため……」
「その通りだ。よって私はこう断定する。
奴らの動きは、連合王国への脱出準備だ!」
今度こそ、統合作戦本部が凍り付いた。
当然だろう、いくら『講和派』共和国新政権と交渉妥結したところで、『抗戦派』が海外に脱出してしまえば、強力な共和国陸海軍が敵側に残ったままになってしまうのである。
否、それだけではない。
彼らの存在が、共和国内、帝国占領地内での抵抗活動、パルチザンを勢いづかせることも必定。戦争が終わるどころか、帝国は泥沼の占領地支配、ゲリラ戦を強いられかねない。
ここに集まる俊英には、俊英だからこそそれが分かってしまった。
海軍第二課長の顔も真っ青である。
長年仮想敵国として研究していただけあって、彼の脳裏には共和国海軍の戦力がインプットされている。それらがただでさえ強力無比な――七つの海を股にかけるかの国の海軍は一個艦隊で帝国北洋艦隊に匹敵する――
余談だが、皇女の予想は半分外れていた。
ド・ルーゴの狙いは共和国植民地マルジェリアであり、そもそも誇り高き共和国軍人である彼とその幕僚たちに、
もっとも、帝国にとって悪夢であることに変わりはない。
「私自身、共和国海軍艦艇には興味があったから何隻か接収したいと思っていたんだが、もはやそれどころではない。早急に撃滅せねばならん」
だがしかし。
「問題は手が無いことだ。地上部隊では到底間に合わん」
「海軍は?」
「ブレスト周辺に展開しているのは潜水艦だけです…。威力も手数も極めて乏しく…」
「空軍の爆撃機は?」
「ブレストまで確実に脚が届くのは戦略爆撃機だけですが」
「殿下、でしたらそれを――」
「馬鹿者!急降下爆撃ではないのだぞ!?高高度からの水平爆撃だ。1キロ圏内に落ちたら御の字だろうよ」
「…空軍参謀殿!なんとかならんのか!」
「現在、ブレストを航続距離に収めている急降下爆撃隊は1個中隊のみ。かすり傷を与えられるかどうか…」
「それも対地攻撃用の爆弾しかない。兵員輸送船には効果的だろうが、海軍艦艇にはかすり傷すら与えられんだろう」
「そんな…!」
「加えて言うと昨日の正午でこれだ。もうすぐ出港準備が整ってしまう。並の速さでは逃げられてしまうだろう…」
「クソッ!」
―― 射程距離に速度 ――
―― その両方が不足している… …!! ――
そこまで考えたレルゲン中佐の脳裏に天啓がひらめく。
「殿下、V1と魔導師の組み合わせならば!!」
「!!」
「そうだ、それがあった!」
そう、そうなのだ。
この時、レルゲン中佐と皇女殿下しか知らなかったことだが、先の『成功』を受けてV1は24機が製造、配備されており、加えて来る連合王国本土攻撃に向け、カレー近郊に発射場が秘密裏に構築されていたのである。
カレーからブレストまではおよそ550キロ。V1の速度を以てすれば30分程度で――V1は「終末」速度こそマッハ1.5=約1800キロ毎時だが、初速はそれほどない――到達可能である。
この際、問題となるのは24と言う数の少なさ。
並の魔導師がこれを使ったところで、ブレストに集結しているであろう共和国軍魔導師の的になるだけの公算が大だが。
「殿下、203なら、第203航空魔導大隊ならば可能です!」
そう、帝国にはとっておきの切り札、リーサルウェポンたる第203航空魔導大隊があった。
彼女たちならば2個中隊でも戦果をあげるだろうし、何よりV1の使用経験もある。まさにうってつけ、鬼に金棒、願ったりかなったりなのだが。
ツェツィーリエの表情がゆがむ。
「残念だが中佐。それが出来れば苦労しない」
「…どういう、意味ですか」
「実はだな…」
そして皇女は言う。ぽりぽりと頬を掻いて。
「…ちょっと酷使しすぎたと思ったから、一か月の特別休暇を認めた」
「「「「殿下ァ!!??」」」」
「仕方ないだろう!?こんな事になると思ってなかったんだから!」
「それにしても一か月は長すぎでしょう!?」
「それだけの戦果をあげているんだから仕方ないだろう!? しかもあそこの大隊長からはここ数か月何回も休暇の申請が出ていたんだ!!毎回握りつぶさせてたけど!」
「…殿下、元人事課長として、休暇申請もみ消しは見逃せませんな――
その話、詳しく」
「ボケてる場合かレルゲン中佐!!今はどうにかほかの魔導師部隊を宛がうのが先決だ!殿下への
「そうだった!ええい、V1発射場近くの他の魔導師部隊は!?」
「第48魔導大隊が!しかし繋がりません!」
「どういうことだ!」
「先方の通信士いわく『飲みに出かけた』と」
「嗚呼なんということだ!こっちの上司もそれだから文句も言えん!!」
万事窮す。
彼らの脳裏にそんな言葉が浮かんだ時だった。
ビーッ!ビーッ!ビーッ!
統合作戦本部の壁沿いに取り付けられたアラームが鳴り響く。
その意味するところは、『 特一級特別回線 』の入電。
それは方面軍司令など、上級司令部のみがほかの通信を差し置いて統合作戦本部に通信するために使用を許可された特別回線。
そして、参謀本部直属と言うことで、とある大隊にも使用が許可されていた。
「西方管区、第203航空魔導大隊、デグレチャフ少佐より緊急入電!!
出撃許可と、V1の使用許可を求めています!目標は…ブレスト!!」
「「「「「でかしたぁ!!!」」」」」
「素晴らしい!勝利の女神は我らの味方だ!! 通信兵、その通信はデグレチャフ少佐本人からか?…
そして、4月18日の夜が明ける――
一か月の特別休暇
:この間に連合王国に203を複数回投げ込めるだけのV1を量産する予定だったともいう。結局この皇女、鬼である。