皇女戦記   作:山本 奛

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暗号

統一歴1928年12月13日 現地時刻午前4時

連邦首都モスコー クレムリン外壁 仮設指揮所

ターニャ・フォン・デグレチャフ

 

――本日のモスコーの気象情報。

重砲(122ミリ)時々重砲(152ミリ)の雨。ところによって(赤の広場側)一時激しく降る(203ミリ)見込み。なお、これまでの数時間にわたる大雨(砲撃)により、地盤(外壁)緩んでいる(崩壊した)ところがあります。小雨(76.2ミリ)程度でも油断せず、お出かけの際は十分にご注意ください。

…いやはや、これだけの重砲を自前で生産しておいて、足りぬ足りぬとレンドリースをせびるというのは、全く、共産主義ご自慢の「計画経済」が聞いて呆れる。

 

――おっと、皆様ごきげんよう、臨時混成魔導連隊連隊長兼第203航空魔導大隊大隊長、ターニャ・フォン・デグレチャフ大佐であります。…かなり久しぶり(セリフは7か月ぶり)な気もするのですが、たぶん気のせいでしょう。

 

さて、状況は先ほど申し上げた通り。いやはや、連邦が砲兵をこよなく愛してやまないのはよく知っておりましたが、まさかこれほどとは!

連中、魔導師相手に歩兵だけでは自殺行為だとようやくわかった模様。

 

…まぁ、コミーのことだ。大方、無傷でクレムリンを奪回したいがために、重砲の投入を躊躇ったのでしょう。共産主義者というのは、どうしてこうも面子とか体面とかに拘泥するのやら。付き合わされる兵士が哀れでならない。

 

こちらとしても、敵である以上撃ち殺さざるをえませんが…いやはや、赤の広場を比喩表現でなくす日が来るとは!

 

そこで自分たちの誤りを訂正し、戦車の投入を決断できるところは人としては大変結構。おぞましき共産主義者でなければ二重丸を差し上げるところ。

 

しかしながら、せっかくの重戦車を、市街地の、それも深夜の午前2時半を過ぎたタイミングで投入というのは、お世辞にも褒められたものではありません。

 

そうそう、ティーゲルもないのに何故3型があるのかと疑問を持たれた、そこの賢明な同志諸兄。

単純な事です。帝国は対共和国戦終盤時点で、既に72口径8.8センチ対戦車砲を実戦投入しています。つまり、連邦軍戦車に対しては、最初からかの『71口径8.8cm PaK 43』より長砲身の対戦車砲が火を噴くのです。頑迷な共産主義者といえど、増え続ける自軍戦車の損害を前にしては、それに抗し得る重装甲を備えた戦車を作ろうとするのは当然の帰結。

避弾経始を突き詰めた結果、あの特徴的な楔型車体に重装甲を備えた重戦車が出てくるのは時間の問題であったのでしょう。…早すぎる気がしなくもありませんが。

 

それに3型が相手とは言え、市街地と戦車の相性は最悪の一言に尽きる。何しろ西暦世界のベルリン攻防戦では、国民突撃隊()()()が用いるパンツァーファウストによる撃破が無視できない数だった*1というほど。街路で行動が制約され、建物で視線も射界もさえぎられる市街地は、戦車とは非常に相性が悪い。

 

――ましてや、こちらには『彼女』がいるのだ。

 

ルーデル(ヨハンナ)少佐、残存魔力量は十分か?」

『ハッ、こちらルーデル()()、まだまだ問題ありません。…ところでその、少佐というのは?』

「喜べ大尉、帰ったら昇進と銀翼突撃賞が待っているぞ。02秘蔵のボトルを賭けても良い」

「!?」

『光栄であります、大佐殿』

「なに、当然のことだとも」

あのデカブツを一人で12輌も撃破したのだ、これで昇進も勲章も無かったらその方がおかしい。…何で彼女以外の中隊員が『硬すぎる!?』と嘆いたものを、あっさりダース単位で喰っているのかは考えない方がいいだろう。しかも、ついでとばかりにそれ以外の重砲やら突撃砲(152ミリ)も盛大に吹き飛ばしているし…。…もう『ルーデルだから』で良いか。うん。

「ともあれ油断は禁物だ。引き続き、周囲を警戒してくれたまえ」

『了解!』

「…あの、大佐殿?」

「どうしたのかね副長?…あぁ、秘蔵のボトル云々は比喩表現だ。安心したまえ」

「いえ、そうではなく…」

「うん?」

 

ハテ、どうしてヴァイス中佐は思案顔なのだろうか?連邦ご自慢の重戦車()()()()()で見事に封鎖された赤の広場を見下ろしているというのに。

書記長閣下も剛毅なものだ。破壊された外壁(122ミリで吹き飛ばされた)の代わりに、鉄のバリケードを提供してくださるとは!

「連邦軍の攻撃ですが、こちらが()()()を打ち始めてから激しくなったように思われます」

クレムリン東側外壁()()()物のなれの果て、瓦礫の山から暗視装置付スコープ*2で周囲を窺いながら、ヴァイス中佐は続ける。

確かに彼の言うとおり、ターニャは2時間ほど前からセレブリャコーフ中尉に『暗号電』を任せている。言われてみれば、連邦軍が戦車を繰り出してきたのはそれ以降(変態が招いた単なる偶然)だ。

「大佐殿が以前指摘されたと聞いておりますが、連中、こちら(帝国軍)の暗号を解読しているのでは?」

「なんだ、そのことか中佐」

「はい、大佐殿。小官が懸念しているのはそれで――」

だからじゃないか」

「…はい?」

鳩が豆鉄砲を食ったように呆けるマテウス・ヨハン・ヴァイス中佐に対し、ターニャ・フォン・デグレチャフ大佐は満面の笑みで答える。

 

 

「答え合わせと行こうじゃないか。――もっとも、どう転んでも我々の勝ちだがね」

 

 

◇――◇――◇ ◇――◇――◇

 

ルーシー連邦軍デューコフ元帥にとって、統一歴1928年12月12日から13日にかけての二日間は、文字通り『忘れえぬ』日々となった。

 

スタフカ(総司令部)との通信途絶?クレムリンとも繋がらない?」

彼がその報告を受けたのは12日の日没直後、前線司令部へと移動する軍用列車の車内であった。

「…モスコーのどこかと繋がらないのかね?」

「はい、いいえ閣下。既に試したのであります」

「何?それでも繋がらないだと?……妙だな」

 

その10数分後、モスコー近郊にあった部隊との通信に成功した通信兵からの報告に、デューコフは驚愕した。

 

「モスコーが帝国軍の襲撃を受けているだと!?」

「ハッ!空襲に加え、未確認情報ではありますが大隊以上の魔導師が降下していると」

「馬鹿な!?連中の襲撃場所は集積地のはずだろう!?」

 

 

帝国軍の暗号解読に成功していたが故の悲劇*3

 

 

この事態に対し、デューコフの取った行動は、後年政敵からの批判に晒されることとなる。

 

――それは、最も近くにいる機甲師団との合流。

 

「同志デューコフ将軍が直ちに反転し、あるいは『黎明』の第三梯団をモスコーに向けていれば、あれほどの事態には陥らなかった。つまり利敵行動だ!」

 

それに対し、軍人たちは揃ってデューコフを擁護した。

 

「当時、同志デューコフが把握していたのは、『モスコーとの通信途絶』という確定情報と『帝国軍魔導師が降下している』という未確認情報のみ!これだけの情報で『黎明』の兵力を転用するなど、それこそが利敵行動だ!!」

「何より将軍に随伴していたのは、幕僚を除けば一個歩兵中隊のみ!この状態で各部隊に指示を出してみろ。帝国の斬首戦術にやられていただろう。そうなれば連邦軍は完全に機能不全だ!これでも何か言うのかね!?」

 

結局、結論の出ぬままに終わったこの論争――そもそもデューコフの足を引っ張るためだけの言いがかりだった――であるが、そういう議論が噴出するほどに『第二次モスコー襲撃事件』の影響は激甚だった。

 

――ただ、実際問題として、デューコフが友軍機甲師団との合流を果たし、機能停止に陥ったスタフカ(総司令部)に代わって各部隊との連絡を確立するまでの間に、状況はさらに悪化した。

 

「つまり、クレムリンが占拠されたのはほぼ確実であると?」

「ハッ。先ほど交信出来たモスコー近郊の歩兵連隊によると、これより奪回作戦を開始するとのこと」

「同志書記長の安否は?」

「脱出したとの事であります。ただ、連絡は未だ回復出来ておりません」

「そこは心配ないだろう」

 

不安を隠しきれない参謀長に対し、デューコフ元帥は太鼓判を押した。

 

「同志書記長の安全は確実だとも。これ以上は軍機だがね」

 

彼レベルともなると、『同志書記長』のことは非常によく存じ上げている。

すなわち、『自身の安全には人一倍敏感』な御仁であることを。

より詳しく言ってしまうと、前回のモスコー襲撃以降、クレムリンからの脱出ルートが()()確保されたことを、さらに脱出先のセーフハウスに至っては、『機密保持』のために軍にも党にも知らされていない――第三まであると噂されているが、その倍はあるだろうとデューコフは確信している――徹底ぶり。

名だたる朋輩を押しのけ、蹴落とし、粛清してその地位を手に入れた書記長閣下は、それ故に誰にも自分の避難先を明かさない。…となれば、連絡がつくのは敵魔導師が排除されたタイミングでもおかしくないと、デューコフは踏んでいた。

 

「問題はその歩兵連隊とも、モスコー近隣にいる大半の部隊とも連絡が取れなくなっていることだ」

「何が起こっているのでしょう?」

「単純に考えれば、帝国軍にやられたと考えるところだろうが」

「同志元帥閣下は違うとお考えなのですね?」

「その通りだ、同志。あまりに早すぎる」

 

なるほど帝国軍は精強だ。帝国軍魔導師に至っては悪魔か死神に等しい。

――だが、だとしても限度はある。

 

「いくら連中が、ネームド魔導師を基幹とする剽悍決死の士と言えど、モスコー近郊にある友軍司令部をすべて殲滅したとは思えん。時間的にも、数的にも、だ」

彼は機甲師団との合流の最中であっても、情報収集を惜しむ愚か者ではなかった。

ゆえに彼はこの時点で、帝国軍魔導師がおよそ3個大隊であること、そして爆弾を満載した、おそらく無人爆撃機*4を発電所や変電所に突入させることで、モスコー全域を停電に陥れたらしいということを把握していた。

 

「ということは、無線封鎖ですか」

「恐らくそうだ。モスコーにはそれなりの兵力がある。反撃を察知されぬよう、無線封鎖をしているのだと小官は思う」

「なるほど、それに閣下。連中はクレムリンを占拠したと聞きます」

「そうだ同志。となれば通信を傍受される危険性は格段に跳ね上がる。機密書類の類は処分しただろうが、我々の使用する周波数くらいは露見していてもおかしくないのだからな。それならば伝令を走らせたほうが安全だと判断するだろう。小官だったらそうする」

それくらいのことを考える頭脳と、反撃を企図するくらいの兵力はモスコーに残っているだろうというデューコフの指摘に部下もまた大いに納得した。

「こちらから援軍をモスコーに送りたいところだが…」

「閣下、それは困難かと」

「何故かね航空参謀?」

「夜間だからであります」

 

デューコフが詳しく話を聞くと、航空参謀は答える。

「小官も迅速な援軍として、航空魔導師を考えたのであります。そこで各指揮官に尋ねたところ、『地上が見えないため、夜明けを待たないと困難である』と…」

この時期の連邦軍航空部隊の大多数、そして魔導師に至っては9割9分が『地文航法』、つまり地上の景色で自分の位置を把握し、目的地へと飛ぶ方法を採用していた。この方法は天測に比べ必要となる機材、技能を省略できる利点があったが、反面、地上が見えない状況、すなわち夜間や悪天候にめっぽう弱かった。

「見えないとはいえモスコーだぞ、昨日までいたところに戻るだけだ。どうにかならんのかね?」

「はい、いいえ同志将軍。通常ならばあるいはそうかも知れませんが、目下のモスコーは停電により『真っ暗闇』なのであります」

「…魔導師ならば、どうにかなるのでは?」

「『半数が迷子になって墜落することを許容頂けるのならば』可能との回答でした」

「…航空機はどうだ、地上からの管制でどうにか出来ないか?」

「『モスコーからの航空管制があれば可能だが』とのことであります」

「…やむを得んな。帝国め、ろくなことをしない!」

ぼやくデューコフは夜明けと同時に航空戦力、航空魔導師をモスコーに派遣することを決定したのだが。

 

――およそ2時間後、真っ青な表情をした通信参謀の持ち込んだ走り書きのメモに、連邦軍元帥は色を失うこととなる。

 

 

「…まさか、そんな、そんな馬鹿な!

 

 

◇――◇――◇ ◇――◇――◇

統一歴1928年12月13日 午前1時

帝国首都ベルン 帝国陸軍参謀本部

 

「…ゼートゥーアよ。前のときに言った覚えがあるが、今一度言わせてもらおう。『我々はデグレチャフを過小評価していたようだ』」

「奇遇だなルーデルドルフ。私も丁度『やり過ぎだ』と言おうとしていたところだ。…レルゲン大佐、貴官はどうだね?」

「『作戦としては完璧』、いえ、それ以上としか言いようがありません。なにしろ……」

レルゲン大佐の視線の先にあるのは、参謀総長室の大テーブルを埋め尽くす書類の山。…それどころか、先ほどから何度も何度も、『通信部の』参謀が入室しては山()追加していく有様。

その中から取り出したる一枚の紙を手にして、ハンス・フォン・ゼートゥーアが口にするのは――

 

 

「作戦名は『黎明』。…なるほど、東からの夜明けと言ったところか」

 

――それは、本来彼らが知る由もない連邦の作戦名。

だがしかし、この部屋にそれに驚く者はいない。

 

「あるいは『諸国民の春』とでも?…全く忌々しい。ここは一つ、教育的指導が必要だな」

「しかし閣下、この()()()()()()()は実にシンプルですが、であるが故に厄介です」

「それをどうにかするのが作戦部の腕の見せ所だぞ、レルゲン大佐」

「…ルーデルドルフ、貴様忘れたのか?最早予備兵力は無いのだぞ。モンシュタインとクデーリアンに預けたので最後だ」

「我らが参謀総長閣下ならば、そこをどうにか出来るだろう?」

「無い物は無い。これ以上をご所望ならば、錬金術師をあたってくれたまえ」

「実に魅力的な提案だな。()()()()()()()()()()()()()使える兵隊がおらんとは!」

葉巻を荒々しく灰皿に押し付けながら、ルーデルドルフが嘆息する。

「そういきり立つなルーデルドルフ。少なくとも()()()()()()()()()()のだ…。色々とやりようはあるだろう」

「全くだな。参謀本部は当分、デグレチャフに足を向けて寝られんだろう」

 

 

 

 

「――よもや、作戦計画書を丸ごと強奪とは」

 

 

 

レルゲン大佐が思わず頭を振るのも無理はない。

彼は知る由もないが、無造作に積み上げられた連邦公用語の山から、ソレを見つけ出せるような『ネイティブ(ヴィーシャ)』が居なかったならば、さしもの203大隊と言えど、斯様な幸運を手繰り寄せることはできなかっただろう。

 

『なんでこんなところに(事務方の執務室)こんなものが…?』

『大佐殿、端に“手持ち資料”とありますから、内部での打ち合わせ用かと』

『どこだ?』

『ここです。かなり崩した走り書きですが』

『…持つべきモノは連邦語が堪能な有能過ぎる副官だな、全く』

『光栄であります』

 

そうでなかったならば、ターニャたちは暖炉にくべられて灰となった正本を探して無駄な時間を浪費したに相違ない。

 

 

「奴がクレムリンを狙ったのはこれが理由だろう。…全く、あれの頭はどういう作りになっておるのだ?」

「レルゲン大佐、この作戦計画書について情報部はなんと?」

「量が量だけに精査が追い付いていないとのことですが、『情報部及び戦略偵察部が現在把握している情勢とほぼ一致している』との事であります」

「…決まりだな。よろしい大佐、作戦部を全員集めろ。打開策の立案にかかる!」

「ハッ!」

 

レルゲン大佐を引き連れ、ルーデルドルフ大将が参謀総長室を退出したのを見届けて、ハンス・フォン・ゼートゥーア元帥は葉巻に手を伸ばしながら手元の紙に視線を落とす。

 

「…いやはや、これほどの兵を動かしての大規模攻勢。叶うことなら私もやってみたいものだ」

 

 

否、それは嘆きだった。

 

 

そこにあったのは種銭という種銭をひねり出し、どうにかこうにか『帝国陸軍』という歯車を回し続ける、一人の老将軍の背中。

 

「…閣下、よろしいでしょうか?」

「おや大佐、いたのかね?」

 

――しかしその背中は、ウーガ大佐が入室した瞬間には跡形もない。代わりに有るのは後年『恐るべきゼートゥーア』と畏怖される謀将の眼光のみ。

 

「はい、いいえ閣下。ノックをしたところ反応がありませんでしたので…」

「それは面倒をかけたね。ところで何用かな?」

「先ほど廊下でルーデルドルフ閣下らとすれ違いました。…宜しいので?」

 

声を落として発せられた問い。

 

主語のないそれであったが、ハンス・フォン・ゼートゥーアともなればその意味するところは口にするまでもなく承知済み。

 

()()()()()()()()()()()()()()、その件かね?」

「はい閣下。以前よりデグレチャフ大佐が指摘していることであります」

「なるほど、つまりこの『黎明』を前提に反撃作戦を立案した場合、逆に裏をかかれる恐れがあると。そう言うのだね」

「御慧眼であります、閣下」

「ハハ、貴官の言うことはもっともだ。――しかし問題はない」

「と、仰いますと?」

 

首を傾げるウーガ大佐に、参謀総長閣下はにやりと笑う。

 

「リトマス試験紙だ」

「は?…試験紙、でありますか?」

「そうとも大佐。仮にデグレチャフの指摘が正しかったとしよう。連邦軍はどうすると思う」

「単純に考えれば、『黎明』の変更。もしくは停止を検討するでしょう」

 

「甘いな、大佐」

 

稀代の謀将、ハンス・フォン・ゼートゥーアは嗤う。

「…と、仰いますと?」

「言っただろう、リトマス試験紙だと。仮に連中が侵攻を停止したとしよう。その時点で証明終了(Q・E・D)だ。――『連邦は、帝国軍の暗号を解読している』とな」

「!」

「そして連中も馬鹿ではあるまい。で、ある以上、彼らに出来るのはこのまま作戦を続行するか、あるいはモスコーへの対処を口実にしての中断しかあるまい。

前者ならばルーデルドルフの教育的指導が炸裂するだろう、後者でも実に結構だ。我々は労せず窮地を脱することができる」

「多少の変更で乗り切ろうとするのでは?」

「頭が硬いぞ大佐、この山を見たまえ」

 

そう言って、ゼートゥーア元帥はため息交じりに『黎明』を指さす。

 

「全戦線縦深攻撃、動員兵力250万。第一、第二、第三梯団が次々に打撃を加え、もって革命的打通を図る……。いやはや、実に贅沢な作戦だ。羨ましい限りだとは思わんかね?」

「閣下、正直なところを申し上げます。多すぎて全く実感がわきません」

「奇遇だな大佐、全く同感だとも」

 

あの合州国と連合王国の一大共同作戦、『史上最大の作戦』と号した『オーバーロード』でさえ参加兵力は150万前後だったと言えば、その凄まじさが理解できるだろう。上陸機材も艦艇もなしとは言え、ただの一国がそれを実施できてしまうことが連邦の強みであり、のちの冷戦時代において西側諸国の頭痛の種となる。

 

「さて問題だ。そんな大所帯が、しかも作戦行動中に、微に入り細を穿つような『調整』を、最高司令部たるクレムリンが機能停止した状況で、現場レベルの裁量で可能だと思うかね?」

「…一歩間違えば同士討ちすら起こりうるかと。ゼートゥーア閣下でもなければ不可能でしょう」

「それは過大評価だよ大佐。私でも不可能だ」

故に、とゼートゥーア参謀総長は断言する。

「連中に出来るのは、『黎明』をそのまま断行するか、完全に停止するかの二つに一つ。あるいは第三梯団をモスコーに差し向けるか、くらいだろう」

 

これが一般的な規模の、一方面における作戦だったならば、多少はどうにか出来るだろう。

しかし黎明の主眼は『全戦線縦深攻撃』であり、面での平押し。

250万という未曽有の大軍勢で行われるそれは、最早一軍司令官だけでどうこうできる代物ではない。

 

「つまり、どう転んでも我々に損はない。しかも運が良ければ『答え合わせ』も出来ると言う訳だ。…フム、ルーデルドルフの言う通りだな。我々は最短でも今後十年、デグレチャフに足を向けて寝られんよ」

「…彼女はこれを予期していた、と?」

「然り。そうでなければ、『解読されている』と指摘している暗号を使うものかね。…全く、アレを育成できたという一点のみで、我が帝国の参謀将校育成課程は大成功と言えるだろう。惜しむらくは、量産することには成功しなかったことか」

「…12騎士が全員『デグレチャフ』姓になりそうですな」

「それは困った問題だなウーガ大佐。冗談に聞こえないところが何よりも問題だ!」

そう言ってハンス・フォン・ゼートゥーアは大声で笑い、呆然とするウーガ大佐を尻目に紫煙をくゆらせる。

 

 

「さてさて、連邦軍同志諸君がどう動くか…。お手並み拝見と行こうじゃないか」

 

 

◇――◇――◇ ◇――◇――◇

 

統一歴1928年12月13日 現地時刻午前4時

ルーシー連邦西部 連邦軍中央集団総司令部

 

「どうしてこうなった!」

 

連邦軍元帥、参謀総長デューコフとあろうものが思わずそう叫ぶほど、事態は最悪だった。

 

「連中、よりによって『黎明』の作戦計画書を丸ごと奪いやがった!」

「クレムリンは何をしている!?」

「機密保持は!?まさかデスクに出しっぱなしだったとでも!?」

「流石にそれは…」

「だが同志、実際問題としてこの短時間で作戦計画が丸ごと露見している。計画書原本が丸ごと帝国軍の手中に落ちたとみるべきでしょう」

「閣下、このままでは全軍が危険にさらされます。ここは一時『黎明』を停止するべきかと」

「馬鹿を言うな作戦参謀!この作戦に、いったい我が国がどれほどの労力を割いたと思っている!?」

「同志政治将校殿に同意する。それに現実的な問題として、ここの指揮能力では中央軍集団はともかく、北部や南部の統制は困難だ」

「南北の司令部に連絡機を出して協力してもらうのは?」

「時計を見て言いたまえ!」

「それに次の攻勢スケジュールは明朝0500と決まっている。夜明けに連絡機を飛ばしても間に合わん」

「ではこのままむざむざと、帝国軍が待ち伏せているところに突っ込めと!?そんな馬鹿な!」

「馬鹿とは何だ貴様!」

 

「静まれ!」

 

参謀総長の一喝に、ようやく彼らは落ち着きを取り戻す。

「まず初めに言っておく。『黎明』は中止しない」

「閣下!」

「同志作戦参謀、貴官の懸念も理解するが、ここで作戦を中止すれば我々は帝国に『帝国の暗号を解読している』ことを教えてしまうこととなる。違うかね?」

「…閣下のご指摘通りかと」

「しかも悪いことに通信能力は連中のほうが上だ、そうだね通信参謀?」

「…遺憾ながら、その通りです」

項垂れる通信参謀は続ける。

「幾度となく通信妨害を試みましたが、出力が桁違いで歯が立ちません。恐らく、『コミンテルン』の機材を奪取されたものかと」

 

――コミンテルン。

それは偉大なるルーシー連邦共産党が、全世界の同志共産主義者諸君と革命的友愛を育む(を使って共産主義革命を起こさせる)ためのネットワークである。

当然ながら、その通信に対し世界各国を牛耳っている反動主義勢力は良い顔をしない。その悪しき妨害を潜り抜けるため、コミンテルンには様々な通信設備、機材が揃っているはずだった。

 

「破壊措置をしなかったと?」

「流石に暗号機は破壊したでしょう。…ですがクレムリンは短時間で占拠されたとの情報があります。非常用発電機やアンテナまでは破壊しきれなかったのかもしれません」

「なるほど、そこに帝国軍が自分たちの暗号機を繋いでしまえば…」

「はい閣下。小官はそのように予想しております。実際問題、この司令部の機材では歯が立たないのであります」

「由々しき事態だな。…同志、焼け石に水でも通信妨害を続けてくれたまえ」

「…最善を尽くします」

「話を戻すが、クレムリンを占拠され、通信アンテナを乗っ取られている現状、急な作戦変更はうまくいかない恐れがある」

「通信への割り込みがありうる、と?」

「作戦書原本まで流出しているのだ。それ以外の情報、例えば我々の用いる周波数、暗号表、作戦命令文の雛形…そういった物も安全とは言い難い」

「そんな……」

ただでさえ顔色の悪かった司令部要員の表情が、より一層悪くなるのも無理はない。何しろ同志デューコフ元帥の予想が当たっていれば、連邦軍は文字通り首を絞められたのに等しい状況なのだから。

「よって大幅な作戦変更には、連絡将校を派遣するしかない。そして諸君らが指摘した通り、夜明けを待つしかなく、到底間に合わない」

「…となると、作戦続行しかありませんな」

「その通りだ同志。だが、心配はいらない」

「と、仰いますと?」

 

不屈の闘志を持つ男、デューコフはそこでにやりと笑う。

 

 

「帝国軍の頑強な抵抗?機動的反撃?――そんなもの、とっくに織り込んだうえでの『黎明』ではないかね?」

 

 

参謀総長のその一言に、司令部の全員がハッとなる。

そう、その通りなのだ。

ほかのどの国よりも帝国軍の手管に晒されてきたのが連邦軍ではなかったか!数え切れぬほどの血の束脩を納め、研鑽し、練り上げたのが『黎明』ではなかったか!

 

「そうだ同志諸君、今までが例外中の例外、給料泥棒の時間だったにすぎない。

――喜べ同志労農赤軍将校諸君。諸君の愛する労働の時間がやってきたぞ」

 

冗談たっぷりに宣う参謀総長に、司令部のあちらこちらから笑い声が零れる。

 

「やれやれ、楽な仕事と思っておったのですが」

「それは問題発言だぞ同志。よもや労働を厭う反動勢力の一味かね?」

「御冗談を!小官ほど勤労精神にあふれる将校は居りますまい!」

「聞いたかね同志諸君。これが最近腹回りを気にしだした作戦参謀の発言だぞ?」

「閣下!?」

 

ゲラゲラと笑いだす部下を見渡して、デューコフは内心で胸を撫で下ろす。

先ほど言ったとおり、今までが順調すぎたのだ。作戦発起直後に帝国東部軍司令官を捕殺するという幸運があったからこそとも言える。

 

「ここからが本番だぞ、同志」

そう言いながら、第三梯団をモスコー方面へ転進させる算段をつけるあたり、連邦軍参謀総長デューコフはそつがなかった。

 

――ただ一つ、彼に誤算があったとすれば。

 

「――閣下!南方軍集団より急報であります!!」

「何事かね?」

 

――帝国に、モンシュタインという怪物がいたことだろう。

 

 

 

 

「『我、オデーサ北方にて帝国軍の伏撃に遭い、進撃困難!!』

 

 

 

*1
ソ連戦車の損失のうち20%以上がパンツァーファウスト等によるという説もある

*2
帝国技術廠の試作品

*3
134話『反撃』参照

*4
連邦軍総参謀長ともなると『ミステル』に関する断片的情報を有していた




皆さん選挙は行きましたか?


私は投票にも開票にも行きました。……仕事で!(血涙
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