作者の罹患した病。コメディを書かずにはいられなくなる。
治癒方法は恐らくない。
統一歴1928年12月10日
東部方面軍司令部(当時)が壊滅したその時、後年『帝国陸軍最高の頭脳』と謳われる名将エーリッヒ・フォン・モンシュタイン、戦車運用の先駆者ハンス・クデーリアンの両名が、
二人とも東部戦線での指揮経験があり、特にモンシュタイン将軍に至ってはほんの数日前まで東部オデーサにいたから、運が悪ければラウドン大将と運命を共にしていた恐れすらあった。もはや幸運どころか、奇跡と言って過言ではない。
――そんな文字通りの幸運について、嘆かわしいことに近年、根拠に乏しいこんな俗説が広く流布している。
『アルレスハイム准将のドレス姿だと?…それを聞いて、休暇を取らぬ陸大百期はいない』
――繰り返すが、根拠も何もない俗説である。
確かにプロイツフェルン陸軍大学校第百期生、かつその中の成績優秀者12名、いわゆる『十二騎士』の中に、「コーデリア・フォン・アルレスハイム」の偽名で4代皇帝ツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルンがいたのは紛れもない事実である。そして同期生にハンス・クデーリアン、エーリッヒ・フォン・モンシュタインが含まれる――言わずもがな、彼らも十二騎士であった――のも本当である。
そして件の皇帝陛下は、当時から大のドレス嫌いで知られていた。
宮廷行事でも軍服を着用していたというから、筋金入りと言ってよい。そんな彼女のドレス着用が確認できる
『…ゼートゥーア、どうにかならないか?』
『まず無理だろう。晩餐会に出席できるほど、我々とて暇ではない』
『しかしゼートゥーア。陛下のドレス姿だぞ?百年に一度の奇跡だ*1、何かいい手はないか?』
『貴官に一つ、教えて進ぜよう』
『ほう?』
『――私も全く同感だ。ゆえに、ひとつ良い考えがある』
さらに言うと、この俗説が全くの与太話だという根拠がある。
それは件の晩餐会の参加者名簿。正確には「警備担当者リスト(予定)」である。
宮廷主催の晩餐会ともなれば、その警備には皇宮警察は勿論、軍も駆り出される。…と言っても、
――だが、戦時下ということもあってか、この時の警備は
なにしろ通常ならば責任者を務めるはずの「尉官」を飛び越え、なんと最低クラスでも「佐官」という異常事態!それどころか半数以上を「将官」が務めており、その中にはなんとクデーリアン、モンシュタイン両大将をはじめ、陸大百期の成績優秀者、いわゆる「十二騎士」の名前も見える。
つまり、両名は無理な休暇を取らずともドレス姿の『アルレスハイム准将』を見られる立場にあり、その事からも件の与太話が事実無根のおとぎ話であることは明白なのだ。
…余談だが、あまりにも警備担当者の階級が高くなりすぎ――
――すなわち、警備統括責任者ハンス・フォン・ゼートゥーア元帥、副統括クルト・フォン・ルーデルドルフ元帥である。
『言っただろう、私に良い考えがあると』
『…見事だ、ゼートゥーア!』
もっとも、よく知られている通り、実際には晩餐会当日、クデーリアン、モンシュタイン両大将は東部戦線の立て直しに奔走しており、ゼートゥーア、ルーデルドルフ両元帥も統合作戦本部を離れられなかったのだが…。
しかし、当初の予定で言えばモンシュタイン大将は晩餐会に参加するはずであり。
…と、言うよりそもそも考えても見てほしい。
――彼ほどの知将が、そんな馬鹿馬鹿しい理由で、晩餐会より2週間以上前の時点で帝都にいる訳がないではないか?
『諸君、驚くべき情報だ。我ら帝国陸軍大学校第百期生、その十二騎士の紅一点にして稀代の謀将、諸悪の根源ことコーデリア・フォン・アルレスハイム准将閣下が、何とドレスに袖を通すらしい!』
『ついに積年の悪行の報いが来たか』
『あるいは年貢の納め時か?』
『だが待ってほしい。その情報は確かか?…我々が何度、アルレスハイム准将に振り回されてきたか、忘れたとは言わせんぞ』
『無論、裏は取っている。――オットー』
『
『出所は枢密院だろう。そこにいる友人に確認を取った。――連中、裏帳簿から捻り出したらしい』
『そこまでするか…俄かには信じ難いが、事実らしいな』
『うむ。事実とみて相違あるまい。驚天動地とはまさにこのことだ』
『然り。だが油断は禁物だ』
『と、言うと?』
『小官の聞くところによると…、まぁ、諸君らも察しているとは思うが…、当のご本人は、全く、これっぽっちも乗り気でないそうだ』
『…さもありなん』
『驚くことではないな、何しろあのコーデリア准将だ。それで?』
『あの「謀将」殿のことだ。何かしらの方法でドレスから逃げるに違いない』
『これまた容易に想像がつくな。…まて、確かアルレスハイム准将にはーー』
『そうだ、知っての通り「影武者」がいる。当然のことではあるがな』
『何ということだ!』
集まった面々がその可能性――否、あの准将閣下の性格を思えば確実にやる!――に愕然となった。…なるほど、『視覚情報』としては相違ないのかもしれない、そのための影武者なのだから。
――だが、違うのだ!!
『最悪だ…。それでは何の意味もありはしない!』
『然り!嫌がり恥じらう准将閣下にこそ意味があるのだ!澄まして着こなす影武者など、我らは求めていない!』
『そこまで読んだ「知将」エーリッヒ殿なのだ、何か考えがあるのだろう?』
『察しがいいな「韋駄天」ハンス。――私に一つ考えがある』
『それは?』
『ゼートゥーア教官にご協力願おう』
『ほほぅ?具体的には?』
『諸君らも知っての通り、アルレスハイム准将は他人の不幸、とりわけ真面目な人間が道を踏み外すところを見るのが観劇より万倍楽しいと言ってしまう稀代の謀将だが、その実、身内に甘い』
『然り』
『そのことはハンス、君がよく知っているだろう。…聞いたぞ。君、細君を口説くのに准将の力を借りたんだって?』
『何ィ!?』
『貴様、よくも我らがマルガレータ女史を!』
『お、落ち着け諸君』
『その通りだ諸君。その代わりにハンスが失ったものを聞くかね?』
『…嗚呼、なるほど』
『…詳しくは聞くまい』
『…理解が早くて嬉しいが、何故だろう。目から汗が出てきたぞ』
『まぁ悪魔に魂を売り渡してしまった韋駄天ハンスのことはさておき』
陸大百期十二騎士の『参謀長』、知将エーリッヒ・フォン・モンシュタインは続ける。
『晩餐会当日はどうせ何だかんだ理由をつけてドレスから逃走するであろうアルレスハイム准将だが…、その前に恩師から『この老体に、ちょっとで良いから見せてほしい』と切に願われれば、…どうだ?』
『…可能性はあるな』
『ああ、少なくとも晩餐会よりは』
『ウム、教官殿もいい年だ。この頃は激務でさらにやつれたと聞く。…案外行けるかも知れんぞ』
『ちょうどウチの部下にお誂え向きの技術を持つ人間がいるぞ。――特殊メイクと言ってな。登庁直後だろうが、三徹明けの鉄道部に擬態できる技術があるのだ』
『ほう!それは試す価値がありそうだ』
『しかし、一つ忘れてないかエーリッヒ』
『無論、忘れていないとも。――「教官は見れても、我々は見られない」、だろう?』
対策はある、と稀代の名将は宣った。
『既にヴァルハラに旅立った愚か者を除く、陸大百期十二騎士の残り10名。これを2名一組の5班に分け、ローテーションで参謀本部に滞在させる。そしてその班には参謀本部備品のカメラを携行させる――既にゼートゥーア参謀総長閣下とも調整済みだ』
『そこまで決まっているのか!?』
『…さすがは「知将」エーリッヒ』
『ここに集まった時点で、我々は貴官の手のひらの上か…。全く、間違いなく貴様は「名将」だよ。戦う前から勝負がついている』
『となると、後は班分けと順番決めだな。…よろしい、ここは一つ、公平に決闘で決めようじゃないか』
『おい
『じゃあどうやって決めると言うのだね。どうせどの方法でも禍根を残すんだ。決闘の方がすっきりしているだろう』
『それはそうかも知れんが…』
『まぁ待ちたまえ諸君。そうなると思って、すでに用意してある』
『何?…それはさすがに不公平だろうエーリッヒ。そこまで貴官が決めてしまっては』
『いいや?私が決める訳ではないぞ。決める方法を持ってきたと言っておるのだ』
『『『?』』』
顔を見合わせる面々に、モンシュタインは一枚の紙を取り出す。
たった一枚の紙きれ。
しかし、その「線が何本か書かれただけ」の紙を見て、彼ら全員の顔がほころぶ。
『――そう。そのアルレスハイム准将閣下が我らに齎した叡知。…これで決めるのが、最もふさわしいと言えるだろう』
一同が一目見るだけで納得したその方法。それは――
『――ÄMIDÄ・KUJI。この手に限る』
――なぜか、根も葉もない与太話が間に挟まってしまった気がするが、まあ置いておこう。
とにかく統一歴1928年12月10日の深夜、
「クデーリアン大将には北側の、そしてモンシュタイン大将には南側半分を任せる」
辞令とカメラを交換しながら、ハンス・フォン・ゼートゥーア元帥は続ける。
「貴官らに求めるのは、東部戦線の崩壊を緩和し、一人でも多くの東部軍将兵を収容することだ。…武器弾薬があっても、兵が居なければ無意味だからな」
「質問を宜しいでしょうか?」
「よろしい。何かね、モンシュタイン大将?」
「どこまで戦線を下げてもよろしいのでしょう?」
「ほぅ…」
かつての教え子の問いかけに、ハンス・フォン・ゼートゥーア元帥は満足そうに目を細めた。
『帝国陸軍最高の頭脳』
後年、モンシュタインを評価する際に必ずと言ってよいほど使われることになるこのフレーズ。実は最初に用いたのは、誰あろう、ハンス・フォン・ゼートゥーアである。
『私にルーデルドルフの代わりは務まらん。逆にルーデルドルフに私の仕事は無理だ。――しかし、たった一人、現時点において、その両方をこなし得る人物がある』
ちなみに、ルーデルドルフ大将に言わせれば――
『生まれてくるのがもう何年か早かったならば…、奴は我らの同僚、ひょっとすると上司だったかもしれない』
それほどの人材にして、帝国陸軍の将来を担うことが確実視されている自慢の教え子に対し、ハンス・フォン・ゼートゥーアは続ける。
「――この際、はっきり言っておく。統合作戦本部としてはこの際、東部戦線を開戦時の国境まで下げても構わないと考えている」
そうでもしなければ戦争を継続できないほど、帝国という戦争機械は部品切れを来していた。…否、戦前の武器規格統一令がなければ、既に武器弾薬を使い果たしていただろう。それほどの消耗であり、特に将兵の損失が、最早帝国の許容できる水準を超えていた。
「両名とも、戦線を押し戻そうなどとしないでくれたまえ。帝国は一人でも多くの将兵を――それこそ、腕の一本くらい欠損していても構わん。拉縄*2を引くだけの兵員であっても欲しておるのだ。
当然、貴官らほどの優秀な将軍を失う余裕など、帝国には全くないのだと認識してくれたまえ」
「「ハッ!」」
「よろしい。では仕事にかかってくれ。輸送機は既に手配している」
――エーリッヒ・フォン・モンシュタインが東部戦線のとある野戦飛行場に降り立ったのは、12月11日、現地時刻午後8時と記録されている。その足で彼は鉄道に飛び乗り、とある師団との合流を果たす。
その名は、『第十八砲兵師団』。
ハンス・クデーリアン:細君を口説く方法が見つからず、同期の「謀将」ことアルレスハイムと取引をしてしまった人。…なお、実は細君は何があったか知っている。曰く「困った人ねぇ…ちゃんと言ってくれればちゃんとお返事したのに」
モンシュタイン:元ネタは言うまでもなくあの名将。韋駄天ハンスと同期なのは史実準拠(!?)
オットー:元ネタは「ヨーロッパでもっとも危険な男」。こちらは生年月日ガン無視した。すべては特殊メイクのために…!
筆者:選挙の投開票に当てってしまい、さらに翌週はお盆前のお墓掃除でスネークと遭遇した運のなさ。あまりの暑さに脳がギャグを求めた結果がこれ。