皇女戦記   作:山本 奛

145 / 147
モンシュタインの閑話

――遡ること1年と少し前。

セバスチャン・ト・ホリ要塞攻略直後、帝都参謀本部でのことである。

その日、エーリッヒ・フォン・モンシュタインは要塞攻略戦を報告するとともに、現下の東部戦線における根本的な問題を述べた。

 

「砲が足りない。射程も然り」

 

この当時――と言うより敗戦に至るまで――、帝国陸軍野砲の大多数を占めていたのは10.5センチ榴弾砲、通称「十榴」であり、その有効射程は10キロあるか無いか。フンメルの15センチ砲とて、生産数の7割近くを占めるⅠ型の射程はほとんど変わらない。…強装薬?その都度部隊長の決裁(代決不可)と簿記が義務付けられる*1代物を、普段使いできるとでも?

対する連邦軍の主力火砲は射程20キロを誇り、しかも5倍以上の数があった。

 

「参謀本部よりモスコーのほうが気前が良い」

 

一時、自部隊のほぼ全ての砲を鹵獲砲で揃えてしまった、とある将校の発言である。そんな笑えない実情故のモンシュタインの要求に対し、参謀本部ハンス・フォン・ゼートゥーア大将(当時)の回答は実にシンプル。

 

「無い物は無い」

 

その回答に、エーリッヒ・フォン・モンシュタインはあっさりと頷いたという。まぁ、そうでしょうな、と。

 

「…妙に物分かりがいいな」

「言い換えましょう。――正(・)規(・)の(・)方(・)法(・)ならば、そうでしょうな」

「…なるほど、実に貴官らしい。一体誰に似たのやら」

「はっはっはっ。よくご存じの筈です。――これでも陸大100期ですからな」

「フッ、今の発言は聞かなかったことにしよう。ところでこれからの予定は?連中の要塞戦術など聞いてみたいのだがね」

「申し訳ありません、閣下。実は先約がありまして」

「ほう。それは?」

「参謀本部文献課です」

「言った端から命知らずな!?」

 

――参謀本部文献課

資料課ではないのか?と首を傾げた諸兄は実に正しい。

なんとなれば資料課は別にある。

そして参謀本部に長く在籍する人間でも、文献課の存在を知る者は殆どない。なぜならこの部署、帝国陸軍のそれなりに長い歴史の中でも数回しか現れず、そして大抵「在籍課員1名」。

そして今代の文献課も例にもれず、在籍するものはただ一人。

 

――コーデリア・フォン・エルメロイ・アルレスハイム大佐である。

 

◇――◇――◇ ◇――◇――◇

 

「『壁に耳あり障子に目あり』という東洋の諺はご存じかね、首席殿?」

「寡聞にして初耳だ。してその心は?」

「陸大百期の紅一点、花も恥じらう乙女を捕まえて『諸悪の根源』とはこれ如何に?」

「事実を言って何が悪い」

「躊躇いもなく言い切っただと!?」

 

なんて酷い同期だ、と泣き崩れて見せる同期の姿に、モンシュタインは内心で呟く、そういうところだぞ、と。

 

「話を進めても?」

「…面白くない奴め。ちっとは動揺してくれ給えよ」

「何年の付き合いだと思っている」

「レディーに年の絡む話題は厳禁だと知らんのかね、全く」

 

一瞬にしてケロリとソファーに戻るアルレスハイムを目の当たりにして、モンシュタインは再び思う。本当に!そういうところだぞ!!と。

 

「話は聞いている。より長射程の砲を大量に、そう言えば砲兵師団構想なんてものもぶち上げていたな。まったく欲張りさんめ」

「砲兵師団の件はついさっき参謀総長にレポートを出したばかりなのだが…?」

「そこはほら、これでも私、大元帥ですし」

「都合のいい時だけ正体を現すんじゃない!」

 

全く、とんでもない同期もいたものだが、モンシュタインは知っている。

――そう、正規の方法で駄目ならば、ジョーカーを切るだけのことだ、と。

 

「実際問題、結果さえあれば多少の…そう、多少の『工夫』や『解釈』は許されるのが参謀本部だ。違いますかな?」

「違わないね。それが参謀将校とさえ思う時がある」

 

何しろ、彼女らのかつての指導教官にして現戦務参謀次長がその手の「解釈」の名人なのだ。どこの世界に、10歳かそこいらの幼女を「編成官」にして大隊を組織する人間がいるだろうか。――そう、ハンス・フォン・ゼートゥーアである。

 

「それで?小官の希望は叶えられそうかな?」

「ほかならぬ首席殿の頼みだ。――裏に車を用意してある」

「そう来なくては」

 

参謀本部の、今まで通ったことのないような通路をアルレスハイム大佐に続きながら、モンシュタインはにやりと笑う。

 

『結果さえ出るなら、多少の無茶は通る』

 

それが帝国陸軍という組織であり、参謀将校と言う生き物だった。……ただまぁ、正直に言うと、目の前のアルレスハイム大佐に頼るのは、少々、いや割と後が怖いのだが、戦局がそれを許さない。

 

「…何かまた失礼なことを考えていないかな?」

「…前々から思っていたのだが、貴官は人の心を読めるのか?」

「あはは、そうだったらもう少し、楽に治世を謳歌していただろうさ」

 

そんなやり取りを交わしながら連れられてきた先、帝国技術廠。その片隅にあるガレージで、モンシュタインは『ソレ』を目の当たりにする。

 

「これは…」

 

それは、一輌の自走砲。

…いや、自走砲ら(・)し(・)き(・)も(・)の(・)か。モンシュタインは脳内で修正する。

なにせその車両は、彼が知るどの自走砲とも、突撃砲とも、駆逐戦車とも異なっていた。

まず足回りはⅣ号戦車。これは間違いない。

見かけぬ日はないほど見慣れた車両なればこそ、モンシュタインはそれが「ラング車体」、すなわちフンメルⅡ(・)及びⅣ号戦車N型以降に採用された大型車台であることすら看破した。

――だが、その上に載っているモノが異常だった。

 

砲塔は取り払われ、そこにⅣ号大型車体が小さく見えるほどの大砲が1門、後部に据え付けられていた。――しかも、ほぼむき出しの状態で。

通常、帝国軍の自走砲は天板こそないが、断片防御程度とはいえ前(・)後(・)左(・)右(・)は(・)囲(・)わ(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)。フンメルが良い例だろう。

だが、この異形の車体にはそれすらない。

砲の左右に申し訳程度の防盾が、それこそ野砲についているようなペラペラの防盾が二枚ついているだけ。…いや、ハッキリ言おう。どう見ても戦車の車体に野砲をポン付けしただけである!

 

「……これは、なんだ?」

 

「--秘匿呼称、武器運搬車(Waffenträger)」

 

ツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルンはニヤリと笑う。

 

「Ⅳ号に60口径12センチ砲(12 cm Kanone 26 / Pak26)を搭載した、新型自走砲だ」

「60口径!それだけ長いということは」

「最大射程はざっと25,000メートル。――他に何か気づかんかね?」

「対戦車砲としても使えるな。と、いうよりそれが狙いだろう?」

「ご明察。当初から野砲兼対戦車砲として開発している」

 

そうで無ければ60口径などと言う、帝国陸軍始まって以来の長砲身砲など、造るわけがない。

 

「素晴らしい。これが量産化された暁には――」

「その事なんだが、誠に残念なお知らせがあってだね?」

「うん?」

 

そう言って、ツェツィーリエがモンシュタインに渡した書類には――

 

「…製造数見込み、28年夏までで約150門!?全く足りないではないか!?」

「製造工程が複雑らしい。とても全部隊には配備できない。――そこで、だ」

 

ツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルンはニヤリと笑う。

 

「いるかい?」

「いるとも!」

「よろしい。どうせ君以外には使いこなせまい。数はどうにか上積みしておく」

「持つべきものは同期だな。…ここだけの話、本土の10榴を根こそぎ集めることも覚悟していたのだ」

「…ハハハソレハヨカッタナー」

「なぜに片言?」

 

モンシュタインは知る由もない。

西暦世界の第18砲兵師団では、本当にそうなってしまった事を。

 

◇――◇――◇ ◇――◇――◇

 

12 cm Kanone 26 / Pak26

12 cm Kanone 26 / Pak26は、大戦中に神聖ライヒ帝国陸軍で採用された口径120mmの野砲兼対戦車砲である。

 

【概要】

東部戦線においてルーシー連邦軍が運用した、対戦車戦闘能力を持つ野砲、特に122ミリ砲に影響を受けた帝国陸軍が開発した多用途砲(野砲兼対戦車砲)である。野砲としては姿勢が低く、かつ機動する目標に追従し易い全周旋回が可能な牽引砲として設計が開始された。名称は野砲として「Kanone 26」、対戦車砲として「Pak26」が付与されたが、両者は砲架含め同一の砲である。なお、後述する「Flak28」は同じ薬室、砲身だが砲架が異なる。

 

【開発経緯】

一般的には開戦後、高初速の野砲を対戦車砲として運用するルーシー連邦軍に触発され開発がスタートしたとされるが、戦前から開発は始まっていたとする資料もある。口径については海軍の12センチ砲の治具、ノウハウを転用できることから採択されたようである。

なお、当初は「野砲兼対戦車砲兼(・)対(・)空(・)砲(・)」という更に野心的なコンセプトだったため、砲架の設計、開発に苦心した。結局「野砲兼対戦車砲(Kanone 26、Pak26)」と「対空砲(Flak28)」に分けて開発をやり直した。

 

【性能】

徹甲弾弾頭のみで重量27キログラムあるため、金属薬莢と弾頭が別々になった半固定弾薬が採用された。この方法は対戦車砲としては発射レートの低下を招くが、本砲の場合、熟練の装填手ならば毎分8~10発程度を発射できた。

金属薬莢は装薬量の異なる「軽装薬」「中装薬」「強装薬」の3タイプが用意され、前二者は野砲として運用する際、強装薬は対戦車砲として運用する際に用いられた。理論上、強装薬でも野砲運用は出来るはずだが、それに関する記録はない。

 

野砲としては最大射程25,610mを発揮した。対戦車砲としては強装薬を使用してPzGr.43、27.3 kg APCBC-HE弾を発射した場合、初速960 m/sを記録した。 この際の装甲貫徹力は以下のとおり。なお、装甲板はすべて30度傾斜した場合のデータとされる。

距離500m: 315 mm

距離1,000 m:232 mm

距離2,000 m:198 mm

距離3,000メートル:169mm

 

これは当時の帝国陸軍主力対戦車砲、72口径8.8センチ砲の性能を大きく上回り、いかなる連合国軍戦車をも距離2,000 m前後で撃破可能であった。特に遠距離でも貫徹力の減衰が少ない特性があり、これはより大重量の徹甲弾を使用することによる。

なお、貫徹力だけでも十分脅威だが、これだけの大重量徹甲榴弾の場合、たとえ貫通に至らなくても弾量効果によって高率で機能不全へ陥らせた。

 

【問題点】

本砲は「大戦中最優」とも称される優秀砲だったが、その大きさと重量が最大の泣き所だった。対戦車砲としても運用するため、野砲としては低姿勢に設計されていたとはいっても、72口径8.8センチ砲の2倍近い砲身長では待ち伏せ、隠蔽は絶望的であり、3倍もの大重量は迅速な陣地転換をほぼ不可能とした。

解決策として牽引砲運用、低姿勢を諦め、量産砲は全て自走砲に搭載することとになった。これが関連項目で述べる武器運搬車(Waffenträger)である。

 

【関連項目】

 

・Waffenträger(Waffenträger auf Pz. IV)

Ⅳ号戦車N型車体に小改修を施して本砲を搭載した自走砲。秋津洲語に直訳すると「武器運搬車」となる。本来は秘匿呼称だが、それがそのまま制式名となった。

戦後Ⅴ号戦車の車体を利用した後継車両が開発されるにあたり、名称を「Waffenträger auf Pz. IV」に変更した。

本砲の反動を受け止めるため駐鋤を複数追加したが、それでも強装薬使用時には車体前方正面を0度として、30度~150度の間は発砲禁止とされた。また砲重量から、機動性はベース車両から低下した。

 

・12 cm Flak28

本砲と同じ砲身、薬室を有する対空砲。最大射高15,000mは当時存在したいかなる航空機をも有効射程に収めた。

開発が「野砲兼対戦車砲」と「対空砲」に分けられた際、逼迫する東部戦線の状況から開発リソースは前者に集中された。加えてFlak28には自動装填装置が追加で要求されたために開発は遅延し、制式化は停戦の一か月前となった。戦後にルーシー連邦の戦略爆撃邀撃用として大量配備が行われた。

 

・Waffenträger auf Pz. Ⅴ

戦後にベース車体をⅤ号戦車に更新した型。車体強度が向上したため、側方向への射撃が可能となった。それ以外の変更点はない。最高時速48キロ。

 

・Waffenträger auf Pz. Ⅴ-G(試作のみ)

より迅速な展開と陣地転換を追求し、Waffenträger auf Pz. Ⅴの車体装甲を減じ、エンジンを強力なものに換装した試作型。末尾のGはライヒ語で「大きい」「重要」を意味するgroßから来ている。走行試験では時速60キロを達成した。しかし単価が高く、Waffenträger auf Pz. Ⅴで必要十分と判断されたことから量産には移行しなかった。

なお「Skorpion G」の新名称を付与されたという説があるが、確証はない。

 

・Waffenträger auf Pz. Ⅴ-15(試作のみ)

上記Waffenträger auf Pz. Ⅴ-Gの車体に、試作中の15㎝Pak34(60口径ないし63口径)を搭載した、快速大口径対戦車自走砲。試験結果は良好であったが、あまりに高価になり過ぎ、過剰な威力ということで量産化は見送られた。

開発呼称として「Grille 15」があったとされる。

 

*1:
史実準拠




12 cm Kanone 26 / Pak26
元ネタはヤークトティーガーでおなじみ、12,8 cm Pak 44。
なお英語版wikiなどでは牽引砲タイプの画像が見られるゾ!


Waffenträger auf Pz. IV

某ゲームにおける筆者の愛車。三優等まで残り5%…!
なお、ゲームではほぼ使うことの無い機能だが、仰角45度をプレイ出来る。


筆者の現況
絶賛魔導師二名から逃亡中
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。