なので以前読んだ方は無視してもらって大丈夫です(むしろ赦してヒヤシンス
統一歴1925年 6月某日
帝国北部 メクレンブルク=フォアポンメルン州 レヒリン
帝国空軍航空技術廠 通称『レヒリン航空技術センター』
茫然自失の体で、ターニャ・フォン・デグレチャフは呟いた。
彼女の目の前に広がるのは、帝国が世界に誇る一大技術開発試験場。
ターニャが今生で見た中で最も巨大な空間を誇るそこは、きわめて合理的な配置になっていることが窺えた。具体的に言ってしまえばト●タの工場。
だが、前世で見たそれと比べても圧倒的にここの方が広い。
どれくらい広いかと言うと――
―― 電車が走っていた。
それも、貨物列車を牽引するような
重量物を運ぶこともあるからね。と、事も無げに皇女は言う。
「さすがに建物内で蒸気機関車を走らせるわけにもいかんからな。そこで
列車―― 正確には、『長物車《Flatcar》』の上にベンチをポン付けしただけの代物。建物内の物資輸送用と言うことで、これが丁度良いそうな ――に幼女をいざないながら、ツェツィーリエがにやりと笑う。
「実際、コイツでテストしたのが今の帝国潜水艦のメインモーターになっている」
「なんと、まぁ…」
「ハッハッハッ!驚くのはまだ早いぞ大佐!アレを見たまえ!」
そう言って、シューゲル技師が指さす先にあったものは――
「へ、ヘリコプター!?」
「ヘリ…?」
「こっちだと
「ええ、その通り。…しかし大佐、君はこれを知っているのかね?さすがと言うべきだろうな」
「あ、あははは……」
誤魔化すターニャを援護するかのように、ツェツィーリエが続ける。
「来月から先行量産型がロールアウトする手はずになっている。まぁ、現状では弾着観測と軽い荷運びしか出来んが…ところで、フォッケ博士はどこに?」
「ああ、海軍の依頼で
「熱心な事だねぇ…。ま、それでこそフォッケ博士と言えるが」
「しかし殿下、用途的に航空魔導師で十分なのでは?何より、動作が遅すぎます」
「…ドクトル、君の隣を見たまえ」
「「?」」
そこにいるのは我らが幼女大佐、ターニャ・フォン・デグレチャフである。
「あまりにも自然過ぎて忘れがちだが、大佐はまだ13歳だぞ?
彼女だけじゃない。今や魔導適性のある人間は根こそぎ徴兵している有様だ。10代の航空魔導師などもはや珍しくもなんともない」
「…なるほど。魔導師足りうる人材の払底、ですな?」
「然り。加えて言うと現状、魔導師の任務は制空戦闘に対地支援、着弾観測に潜水艦狩りとあまりにも多い。それだけ使い勝手の良い兵科とも言えるが、人手不足にならざるを得ないのもまた事実」
「…分かりましたぞ。つまり殿下は魔導師の任務の一部をこれで代替しようと」
「その通り。…もっとも、現状は着弾観測が関の山だろう。それ以上はいつになる事やら。…とは言え、観測手不足にあえいでいる砲兵隊にとっては朗報だろうよ」
その後も、巨大な風洞実験設備や超大型爆撃機の木型模型、どこかで見たことのあるような局地戦闘機らしき物体を横目に見ながら、一行は奥へと向かう。
そして、広大な敷地の最奥部。
更なる所持品検査を経て辿り着いた空間にあったものは――
「…完成したか」
――巨大な『鉄のトウモロコシ』であった
「ええ!一次審査も先日恙なく完了し、本日より第一次耐久運転*1に入るところであります!」
「実に結構!…だが、無理はするなよ?危なくなったら退避してくれ。君たちほどの技師を失うことがあっては、帝国百年の失敗となるからな」
「ありがたきお言葉!このシューゲル、身命を賭して――」
「――賭したら駄目だと言ってるだろう?」
「おっと、これはしたり」
「…まあいい。早速始めてくれたまえ」
「承知しました…副主任、状態は?」
「各部点検完了しました。いつでも行けます!」
「よろしい、セルモータ起動!」
「セルモータ、起動!」
「燃料ポンプ始動!」
「燃料ポンプ、始動します!…作動を確認!」
「…で、結局いくらかかったんだ?」
轟音をあげて動き始めた巨大エンジンから少し離れたところで、ターニャはツェツィーリエに問いかける。
その問いに、視線をエンジンから1ミリも動かさぬまま、皇女は答える。
「…離宮1.5個分プラス空軍の予算をそこそこ」
「……」
最早二の句が継げない幼女だったが、ツェツィーリエにもちゃんと考えはある。
まず、この手の技術開発はとにかくお金がかかる。
民間の航空機メーカーも技術開発には熱心だが、しかし企業である以上は「採算性」と言う絶対正義からは逃れられない。
その点、軍自らが運営する兵器工廠、技術廠は、利益や採算を考えずともよい―― 度が過ぎると税金の無駄遣いとなるが ――と言う強みがある。
利益に直結しないような技術開発、特に先進的技術開発を推し進めるには、直営の技術研究所が最適と言えた。
例えば、ターニャが先ほど見たヘリコプター。
実はアレ、
「――航空技術廠が出来た当初、民間企業は7気筒や9気筒のエンジンしか造れなかった。
だが、今じゃ民間企業独自設計の空冷18気筒エンジンが出始めている。その基礎研究データはここで取られたものだ。
そして民間企業が14気筒や18気筒のノウハウを獲得した今、ここに求められているのはそれ以上のエンジンなのだよ」
「…それが、アレか」
「然り。…本当は引き続いて4列28気筒、3列27気筒の開発にも着手するはずだったんだが――」
「その先を当ててやろう。
「その通りだよ!」
ツェツィーリエは地団太を踏んで悔しがった。さもありなん。
それらが完成していれば、新大陸に届く超大型戦略爆撃機の開発も可能だったのである。あるいは――
「最初からジェットエンジンを開発すればよかったんじゃないか?」
そう、ジェットエンジン。
実際、圧縮機とタービンを備えた概念そのものは、驚くなかれ、じつは1780年には連合王国で発表されていた。だが、耐熱合金の開発や、熱膨張によるタービンブレードの亀裂という課題を克服する目途が全く立っていなかったのである。
だが、航空技術廠ならその解決も可能なのではないか?
「残念ながら、そうウマい話はないのだよ」
「どういう事だ?」
「逆に聞くがターニャ。
君、ジェットエンジンに最適な耐熱合金の製造方法、金属比率を覚えているかね?」
「…あっ」
「そういう事。我々は『回答』は知っているけれど『解法』も『公式』も知らないんだよ。特に、技術分野ともなると文系ど真ん中の私には手も足も出せない」
「なんということだ…!」
「よしんば予算を大量につけて、西暦1940年代まで技術革新を進めたとしよう。…だが、それでも厳しい部分がある」
「それは?」
「耐久性と燃費だよ」
ツェツィーリエは言う。
西暦1945年のナチス・ドイツの航空技術は世界トップレベルに到達していたと。
「当時、他国のジェットエンジンは推力2,000キロをやっと超えるかどうかという状態だった。そんな時代に、ドイツは
実現しなかったけどね、と彼女は笑った。
「だが、そんな彼らでもついに解決できなかった問題がある。それこそが寿命の短さと燃費の悪さだ」
当時のジェットエンジンは、現代の我々から見ると恐ろしく寿命の短い代物だった。
例えば量産型ジェットエンジン、ユンカースJumo004の場合、連続運転は50時間が限界であった。
「今まさに
「…圧倒的に短いな」
「しかもさっきのは『限界』時間だ。確かJumo004の場合、30時間ごとのオーバーホールが必要で、かつ半分がタービンブレード交換になったらしい」
余談だが、これらの交換作業には約100人の作業員と、エンジン組み立て専門要員50人からなる特別チームを要したと言う。
これらの問題は、ニッケルやクロムと言った材質の使用を避けざるを得ず、マンガンを多く利用したが故の結果である。だが、逆にニッケルやクロムを使用していたならば、マンガンより加工しにくいと言う欠点から量産性の低下を招いたに違いない。
少なくとも、史実では月産1,500基を達成していたというジェットエンジン出荷台数は実現不可能となったに違いない。
「ちなみに『ネ20』の場合、もっと悲惨だけど聞くかい?」
「…10時間行けば御の字、というくらいか?」
「おしい、
「短すぎる!?」
ちなみに運転寿命は35時間程度と言う記録があるが…。タービンの件から言って怪しい数値であるうえ、万歩譲ってその通りだとしても、量産に入る前の試作段階でこれである。
量産段階ではどうなっていたのか、想像するだけでも恐ろしい…。
「そういう訳で、ジェットエンジンは時期尚早と言わざるを得ない。毎日エンジン交換になっても驚かないね。そしてさっきも言った通り燃費が悪い」
「そうなのか?」
「ターボファンエンジンになれば改善するのかも知れんが…」
西暦世界の例で比較してみることとしよう。
まずレシプロ機の場合。
フォッケウルフFw-190A-8の場合、燃料630ℓで航続距離は1,300キロ。
グラマンF6F-5の場合、燃料950ℓで航続距離は1,750キロ。
つまり、かなり大雑把な計算だが燃費はリッター1.8~2.0キロと言える。
これが、かの有名なジェット戦闘機メッサ―の262の場合。
燃料2,570ℓで航続距離は1,050キロ。
同機は双発なので、単発に換算すると燃料2,570ℓで航続距離は2,100キロ。
燃費はずばり、リッター0.8キロ。
「…倍違うじゃないか!?」
「その通り。さっき言った通り、ターボファンエンジンにしたりターボプロップにすることで改善はするようだが…」
その点でも時期尚早に過ぎる、とツェツィーリエは断じた。
また、エンジンが違いすぎて機体設計を1から練り直す必要があることを考えると、既存の技術が使えない分、様々なハードルが発生するだろう。
「そういう訳で、ジェットエンジンは当分お預けだ。もっとも、排気タービンの研究は進めているから、いずれはジェットにも取り組めるだろうよ」
「そう願いたいものだな…」
ときに、統一歴1925年初夏。
後世、『ライヒ航空エンジン技術の精華』と呼ばれることとなる傑作エンジン、
◇◇◇
【
フリー百科事典:アカシッ〇・ペディアより
帝国空軍航空技術廠が統一歴1925年に開発した航空機用エンジン。
空冷星形3列21気筒と言う他国に無い特異な構造を有し、その大出力から帝国軍大型機に多く採用された。
また3列星形と言う特殊な形状ながら、基礎部品、技術とも実績のある複列14気筒
ただし、後述する通り、開発、試作段階では相当苦労したことが伝わっている。
ライセンス生産含め、最終的には10万台余りが出荷されたとも言われ、現存、稼働するものも多い。
【概要】
空冷星形
しかしこの目論見は外れ、冷却問題、振動問題の解決に時間を要した*2。
冷却については、結局全長を増加させ各列の間を広げて冷却効率を上げることで解決した。
結果、直径1,290mm、前後長2,420mm(補機含む)と言う、当時はおろか現代でも空冷エンジンとしては極めて長い代物となり、重量と相まって既存機種、特に単発機の本エンジンへの換装をほぼ不可能とした。
振動問題については、結局協商連合経由で合州国から慣性平衡装置*3の技術を獲得することで解決した。
これについては『史上最大の産業スパイ』とも称される。
これらの改良により、【
完成した本エンジンの性能は素晴らしく、試作初号機で離昇出力2,300馬力、実戦配備型では離昇出力2,800馬力を叩き出した。これはレシプロエンジンとしては破格の性能であり、大戦期間中、これを上回るエンジンはついに現れなかった。