皇女戦記   作:ナレーさんの中の人

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GW最後の投稿です。

実は第一話執筆時点で書いてたお話だったので、今見るとおかしいような気も…
ま、いっか(え


友よさらば

統一歴1925年7月20日

 

『いやぁ、疲れた。前世込みでも自分より年上の人間を鼓舞するのって結構しんどいのな』

『…そりゃあ研究室籠りのヒキコモリ歴史学者には大変でしょうねぇ』

『…あれ?ターニャさんご機嫌斜め?』

『当たり前だ!!これのどこが海水浴だ!』

『おかしいな。セレブリャコーフ中尉に言付けて、君用の水着も用意させたのだが?』

『貴様ぁ!?』

 

ターニャ・フォン・デグレチャフは激怒した。

必ず、この邪智暴虐の皇女に説教せねばならぬと決意した。

ターニャには政治がわからぬ。

だがターニャはもと日本国のビジネスマンである。ゆえに給与に見合わぬ強制的労働には人一倍に敏感であった。

 

『さて時候の挨拶はこれぐらいにして』

『おい』

『取り敢えず【ライン演習】ご苦労様。いや、悪いとは思ったんだけどね?

臨検と言うか交渉事のノウハウなら【君】が一番だろうし、なにより海兵魔導師の数が足りなくてね』

『…そんなに足りないのか?』

『艦隊防空に必要だと言って、海軍が出し渋った』

『オイ』

『ブレストの後だから仕方あるまいよ。

ま、戦艦連中を改造のためにキィエールに戻したら、もう2個大隊は出せるようになったんだが。そういう訳で【ライン演習第二幕、帰るまでが遠足です】は海軍魔導師だけで実施する』

『なんだその気の抜けるような作戦名は』

『正式な作戦名だが?』

『うっそだろオィ!?』

『命名者は私だ』

『でしょうねえ!』

 

◇◇

 

『しかし、米帝のふざけた物量は知っていたが、この時代の連合王国も大概だな…』

『第一次大戦を未経験だからな。英国の凋落は始まっていない。

そして【制限付き通商破壊】だったら連合王国には勝てず、【制限なし通商破壊】だと合州国を引き込んでしまう。結局どこかで【手打ち】にするしかないが、連合王国はやる気十分。さてどうしたものか』

『困ったものだな…。ところで【ルーシー連邦】はどうなった』

『いまだ秋津洲との講和交渉、正確には国境をどこに引くか揉めているらしい。こちらとしても永久に妥結しないで欲しいから、一手打たせてもらった』

『具体的には?』

『秋津洲の右翼を煽って、新聞各紙に【あの地は我らの父祖が血で購った大地である!!】と言うキャンペーンを打たせた』

『…効果のほどは?』

 

 

『史実でもそれで結局【連盟よさらば!】まで行っちゃった劇薬だと保証する』

※皇女の前世の専攻、【近代日本思想史】。特に取り組んだのは「戦前右翼の活動~いかにして日本人は戦争に前のめりになっていったのか(意訳」、つまり専門分野ど真ん中。

 

 

『えげつねぇ!?』

『ふふ、ペンは剣よりも強し、だよターニャ』

『使い方を間違っている気がする…。だが、そうなると連邦の参戦は回避できるか?』

『いや、あのチャーブル閣下がその程度であきらめるとは思えん。おそらくルーシー連邦に譲歩させて、見返りにわが帝国の領土を割譲すると唆すだろう』

『ルーシー連邦はそれで納得するのか?』

『あの国の政治体制(独裁者)を忘れたのかね?

秋津洲の国民全員を説得するより、あの国の独裁者を説得する方が難易度は低いだろ?』

『確かにそうだな。しかし、二正面戦争とは洒落にならんぞ?』

『無論だ。故に連合王国本土攻略は諦め、西はドードーバード海峡と大西洋を遮断線とした防衛線、持久戦に移行し、兵力を可能な限り東に回すほか無いと考えている』

『…大丈夫なのか?ノルマンディーはごめんだぞ?』

『東からの赤津波に呑み込まれる方がやばいとは思わんかね?』

『それは…そうだが…』

『安心しろ。大西洋防壁と西方防衛線再利用計画は準備済みだ…ふふ、ふふフフ。失敬、変な声が出た』

『うん、貴様のその嗤いからして碌なものじゃないな』

 

◇◇◇

 

統一歴1925年8月某日

連合王国首都ロンディニウム ダウ()ング街10番地

連合王国首相官邸

 

「…それは確かなのかね?」

「おそらくは」

応接室で、チャーブルはハーバーグラムと一対一で報告を受けていた。

「年齢からしてありえない、欺瞞情報と思われるでしょう。ですが――

「いや、信じるとも」

「――閣下?」

 

ハーバーグラム少将は困惑した。

それくらい、彼のもたらした情報は俄かには信じがたい(・・・・・・・・・)、荒唐無稽なものだったのだ。で、あるにもかかわらず百戦錬磨のチャーブルはすぐに信じた。そこに少将は困惑したのである。

そんな彼を尻目に、チャーブルは手渡された『写真』を手に窓辺に立った。

その窓からは歴代首相が手入れを重ねてきた0.5エーカーの庭園が見渡せた。

 

 

 

そして、チャーブルは手中にある写真を懐かしそう(・・・・・)に撫でた。

 

 

 

「…そうか、あの()が…。どうりで帝国らしくない訳だ」

 

 

 

「!?まさか彼女のことをご存じなのですか!?」

「ああ、知っているとも」

さらりと言ってのけたチャーブルに、百戦錬磨の情報部長が絶句した。

 

「君たちが知らぬのも無理はない。あれはもう10年も前になる…。

すっかり忘れていたな…私としたことがうっかりしていたよ」

「…差し支えなければ、詳しくお聞かせ願えますか?」

「いいとも。古い情報になるがそれで構わんかね」

「無論です」

チャーブルは語り始める。

 

 

 

「 ツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルン。

 

帝国現皇帝のたった一人の娘で、いずれ帝位を継ぐ者。私が会った時で7歳か8歳。

当時、かの国の皇帝一家が女王陛下の下を訪問した*1際に知己を得たのだが、その時既に【神童】と呼ばれていたよ」

 

「神童、ですか…」

「宣伝か誇張だと思っただろう?私も会う前(・・・)はそう思っていたよ。…いや、ついさっきまでそう思っていたのかもしれんな」

「…誇張ではない、と?」

「俄かには信じがたいが、私が見た『あの娘』と最近の『らしくない帝国』を考えるとおそらく君の報告通りだろう。

 

 

今の帝国を動かしているのは、ツェツィーリエに違いあるまい…」

 

 

「…閣下。閣下の感じたところで構いません。どのような女性なのですか?」

問いかけに、チャーブルは自信たっぷりに断言した。

 

「海洋国家の思考を持つ軍人だ」

 

「…どういうことです?」

「あの娘を普通の帝国人と思ってはならん。

アレは我々と同等に『シーレーン』(海上交通路)『チョークポイント』(水上交通の要衝)を理解した、中身は海洋国家の海軍人だと思ったほうが良い」

「まさか!帝国の皇女ですよ!?」

驚くハーバーグラムに、チャーブルはにやりと笑う

「私が彼女と会った時、何の話題で盛り上がったと思う?――

 

 

 

マハンの『海上権力史論』だよ 」

 

 

 

ハーバーグラムは今度こそ絶句した。

なにせ目の前の首相はただの「政治家」ではない。軍人として何度かの従軍経験を有し、なにより「海軍大臣」の経験もある男なのだ。

そんな傑物とその専門分野で盛り上がる?8歳で?どんな化け物だ、と。

 

「思い出したぞ。そう、彼女はそのとき帝国語版を持ち込んでいてね。

当然、同年代の我が国の王女殿下と話が弾むわけもなく、ちょうど海軍大臣だった私にお鉢が回ってきたのだ」

「あ、あれを8歳で読んでいたと?御冗談でしょう?」

「残念なことに、ページが擦り切れる程度には熟読していたし、大いに盛り上がったとも。

…待てよ? そのときお土産にその辺の専門書を進呈したような気がするぞ。なんでも帝国では入手困難とかで…」

 

 

 

 

チャーブルはすっかり忘れているが、その時、幼い皇女殿下が上目遣いで(かなり媚びて)おねだりしたのは以下の二冊である。

 

『海軍戦略』

アルフレッド・セイバー・マハン著

通商保護のための敵艦隊撃破による制海権確保、海上交通路を保全しながら国防を達成するための原則が示されている。また、艦隊のあり方については守勢的な「要塞艦隊」と攻勢的な「牽制艦隊」の二つがあると唱え、この二つの立場を踏まえた上で艦隊を状況に応じて調整的に活用しなければならないと論じている。

 

『海洋戦略の諸原則』

ジュリアン・コルセット著

クラウゼヴィッツの戦争理論を海戦に応用しつつ、海軍力の意義を制海権の獲得、すなわちシーレーンの確保だと位置づけた。

また海洋国家連合王国にとってシーレーンは不可欠で、その維持のための艦隊決戦、船団護衛や通商破壊の必要性、可能性をも指摘している。さらに海軍力は上陸戦にとっても有意義な戦力であり、陸海軍の統合作戦によって海上からの奇襲が可能になると指摘している。

 

…オイ誰だこんな本をあの皇女殿下に渡したの!? チャーブルさんです!!

ちなみに帝国の本屋でも取り扱っていたのだが、皇帝が彼女の手に渡らないよう――海軍熱がこれ以上悪化しないよう――にしていただけだったりする。

 

 

「つまり海洋国家たる我が国の弱点を――」

「帝国で一番よく知る人物だろう。どうりで通商破壊戦をしかけてくるわけだ。我が国の一番嫌なことを知り尽くしているじゃないか、ハッハッハッ」

「笑いごとではありませんぞ首相――」

 

 

「わかっているとも」

 

 

チャーブルは言った。

その表情に笑いはなく、ただただ剣呑な、射すような視線のみがある。

「本音を言うと一年前にその情報が欲しかった。そうであれば、帝国との戦争もやりようを変えていたかもしれん」

「…それほどの相手なのですか?」

「10年前でそれだぞ?今ではどれほどの頭脳を持っているのやら。

 

…少なくとも、あの時点で『暇つぶし』と称して船の図面を引いていたよ。ラフスケッチだったがね」

 

「それこそご冗談でしょう!?」

「そう思っていた時期が私にもあったよ…」

「…百歩、いや万歩譲ったとしてです閣下。それは海軍に関することです。

しかも彼女は18歳。…さすがに政治、外交までは――」

「あの娘は皇帝の一人娘。帝国皇帝の政治権力の大きさを考えると、いずれ皇帝の座に就くものとして政治教育も十二分に受けているはずだ」

「…もしそうだとすると、政治軍事両方に通じた傑物と言うことになりますぞ?」

「分からんぞ。風の噂では『プロイツフェルンの最高傑作』と呼ばれているとも聞く。…さすがにあの名宰相ほどの化け物とは思いたくないが…。

いずれにせよ、引き続き調査に全力を尽くしてもらいたい。分かったことは速やかに報告してくれたまえ」

「承知しました…ところで閣下」

「なんだね?」

 

 

 

 

「もし噂通りの傑物だった場合…如何いたしましょう(消しますか)?」

 

「………リスキーな選択肢だな。怒りに狂った帝国軍など想像したくもないが――」

 

 

 

 

 

―― いかなる選択肢も、排除すべきではあるまい 」

 

 

◇◇

 

 

「…よりによって、君が相手とはね」

ハーバーグラムを乗せた車が離れていくのを見届けて、チャーブルはため息をついた。そうして彼は机の引き出しから一通の、見るからに上質な紙が使われた封書を取り出す。

 

それは一昨日、イルドア王国大使から手渡された一通の手紙であった。

 

 

 

 

 

 

『 親愛なるチャーブル小父様へ

 

 はじめに、

 

 

 親愛なる先達に悠久のお別れを申し上ぐ。

 

 

 数年ぶりのお手紙が斯様な書き出しとなる事、心より残念に思います。

 先年、御身が連合王国内閣総理大臣に就任されたと聞いた折は、貴国と我が帝国の新たなる友好の幕が上がると確信しておりました。

 しかし神は我らに微笑まず。かかる仕儀と相成ったこと、誠に、誠に悔やまれてなりません。

 

 されどこの身は帝国皇太女兼摂政宮、御身は連合王国総理大臣兼国防大臣。

 

 斯くなる上は母なるライヒのため、全霊を以て御身と相対峙することを覚悟せり。

 御身も旧友なりとて容赦するべからず。公職たるもの、国家のために十年来の友誼とて打ち捨てるべし。そのことを我恨み申さず、我もまたそうせんとす。

 たとひこの身が銃弾に斃れるとも恨み申さず。

 

 …と、堅苦しく申しましたが、要は旧友だからと言って心苦しく思われずともよい、とお伝えしたかったのです。

 いえ、小父さまには『釈迦に説法』でしたね。ただ帝国皇太女として、私の覚悟をお伝えしたかったのです。

 私にとって、国家を、海を語れる小父様の存在は実に喜ばしく――だって帝国にはそんな人いないんですもの!――、折々の手紙にて小父さまと議論を交わすのは私にとって何よりもかけがえのない、そして楽しい時間でした。

 その親交に心より感謝申し上げるとともに。永遠の別れ(・・・・・)を告げさせていただきまして、結びの言葉といたします。

 

 御身大切に

 

貴方の優秀な後輩 ツェツィーリエより

 

 

 

 

 

 

 

追伸。

 

ブランデーと葉巻はほどほどになされませ。

あれでは紅茶入りブランデーです 』

 

 

 

「余計なお世話だ、まったく…。てっきり敵味方に分かれた友人への挨拶かと思っていたが…」

――どうやら違ったらしいな。

 

チャーブルはほろ苦く笑った。

その脳裏に浮かぶのは十年前。舞踏会では飾り物のお人形のようだったくせに、数日後にポーツマス軍港に案内したところ、別人のように大はしゃぎしていた少女の姿。

 

「なるほど、この手紙はあの子なりの宣戦布告という訳だ。

惜しい…。実に惜しい。あの子が我が国の人間だったなら、どんな手を使ってでも私の跡を継がせたのに…。

だが先達として負けるわけにはいかん…。良いだろう、このチャーブル、全身全霊を以て君に勝たせてもらうとも。恨んでくれるなよ?」

 

 

後年、チャーブルはこの時のことを回顧してこう述べている。

 

 

 

 

 

―― 我輩にとっての真の戦争は、あの時に始まったのだ ――

 

 

 

 

*1
実は親戚にあたる




◇◇◇

と、いう訳で実はこの二人類友(海軍好きの謀略大好き)でした。
ちなみに殿下は『紅茶党砂糖以外は入れない派』です。

◇チャーブルさんポカしすぎぃ!?
お忘れかと思うがこの皇女美少女です。この皇女美少女です。
子供相手だと油断したというのも大きい。
ちなみに史実でも両方1911年に出版されている。おそらくドイツ海軍も読んでる(あっ

◇チャーブルさんのギアが一段階上がりました(まて

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