皇女戦記   作:ナレーさんの中の人

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転換点

統一歴1923年

 

 

帝国軍参謀本部は大揉めに揉めていた。

綺羅星を連ねた高級将官たちが、激論を交わしていたテーマは二つ。

 

1つ 西方戦線の膠着と損耗(地獄)

2つ その西方戦線で功をあげている、ターニャ・デグレチャフ少尉の処遇。厳密にはその軍大学入学を認めるべきか否か

 

後者は本来、参謀本部で議論する内容から外れているのだが、かの幼女が西方戦線の救世主であったこと、問題を提起したのが人事局から異動してきた若き俊英(レルゲン少佐)であったこともあり、そろって喧々諤々の議論が交わされて『いた』のだが。

 

 

 

今、その場は静まり返っている。

 

 

 

カサッ…

 

その真っただ中に置かれたレルゲン少佐は思う。

(痛い…沈黙が…痛い)

痛いのは貴官の腹部だと思うぞ少佐。

 

カサッ…

 

先ほどまでの大激論は嘘だったかのように、部屋の中は静まり返り。

つかみ合い寸前にまでなっていた将官たちは、借りてきた猫のようにしわぶき一つ立てない。

 

そこにあるのはまさに静寂。

 

カサッ…

 

…いや、その表現は正確ではない。音はしているのだ。

 

 

 

上座に座った少女が、資料のページをめくる音だけは。

 

 

 

その少女は軍服を身にまとっており、それが示す階級は「中佐」。

だが、参謀本部の将官達を差し置いて上座に座り、さも当然のように待たせる態度から、その階級は欺瞞であることが明白。

 

 

そもそもそんな事が出来る少女など、帝国にはただ一人しかいない。

 

 

「貴官らの危惧するところは把握した」

凛とした皇女殿下の声が響く。人に命令することに慣れたその声は続く。

 

「問題は解決するためにある。会議を始めよう。

西方戦線の件は時間がかかるだろうからひとまずおいて、先にデグレチャフ少尉の件から片付けよう。

レルゲン少佐、少尉の陸軍大学入学に反対しているのは貴官とのことだが、その理由を聞かせてもらいたい」

「はっ。確かにデグレチャフ少尉は優秀な軍人でありますが――」

 

……

 

「つまり、9歳でありながら戦闘狂の気があり、あまりに軍人として出来すぎている。

心理面に多大な問題点があり、軍大学ひいては高級佐官にすべきでない。そういうことだね?」

「おっしゃるとおりであります、でん「中佐」…中佐殿」

 

やりづらい。

レルゲンは思った。

真面目な軍人たる彼にとって――未来のとはいえ――己が主君を「中佐」と呼ぶことは、地味にストレス(ふくつう)だったりする。強く生きろ。

 

そんな彼の内心を知るはずもない我らが皇女殿下は言う。

 

「確かに、彼女は9歳児とは思えぬ知性を持ち、また多大な戦果を挙げている。

だが、いつの世にも『早熟の魔』と言うのが存在する。そうは思わんかね?」

「はっ!…その、とおりであります」

 

否定できる訳がない。

なにせその見本が言っているのだから。

レルゲンの視界に、その場にいる何人かの将官が苦笑するのが映った。

 

「また、戦闘狂の気があるとのことだが…。それについても問題あるまい」

「何故です?」

「人間誰しも『狂った部分』はあるからさ」

「…は?」

「人間はロボ…コホン、機械やからくり人形じゃない。必ず『感情』が、魂がある。喜怒哀楽の感情があり、譲れない一線がある。である以上、それがちょっと行き過ぎて狂っているように見間違われることもままある。

良い例が私だ。

 

聞いてくれ諸君。皇帝陛下は私のことを『飛行狂』だの『脱走狂』だの言うんだぞ?

 

うら若き乙女にひどいとは思わんかね?」

 

 

 

この時、口には出さないがその場にいる全員が心を一つにした。

 

 

殿下、それは事実です!! と。

 

 

「と、言うことでこの件は十分だろう。他にデグレチャフ少尉の軍大学入学に反対するものは?……いないようだな。では、少尉の軍大学入学は予定通り進めてくれたまえ。

では、本題に入ろうか。

西方の地獄の釜をどうするか、だ。

 

 

だが――」

 

この日の会議は、公式記録には残されていない。

 

「その前に」

 

それもそうだろう。

御前会議でもなければ、参謀本部の会議でもなく、そもそもそんな集まりがあったと言う事実すら無い(・・)のだ。

 

「諸君らに、一つ聞きたいことがある」

 

だが後年、ゼートゥーアはこの日のことを回顧してこう記している。

 

――あの方が我が国の皇女であったことを、我々は神に感謝せねばならない――

 

 

 

 

 

 

「勝利とは、何ぞや?」

 

 

 

 

 

 

「…殿下、恐れながら質問の意味がよくわからないのですが…?」

今度こそ、紙をめくる音すらも消えて完全な静寂となった室内に、ルーデルドルフの声が響く。

 

「勝つ…と言う単純なものでは無さそうですが…」

「その通りだともルーデルドルフ准将。

確かに、我が帝国軍兵士は勇猛果敢で、ここにいる諸君らの明晰な頭脳と作戦指導をもってすれば、戦闘(・・)での勝利は約束されたも同然だろう」

「…なんと過分なお言葉!このルーデルドルフ、歓喜に「だがしかし!」…え?」

「それは戦闘…つまり『目の前の敵を打ち倒す』と言う意味での勝利だ。私が聞いているのは、そうではない。

 

 

どのような結末こそが、帝国の勝利なのか?

 

 

それを聞きたいのだよ」

 

皇女の問いかけに、その場の面々は顔を見合わせた。この皇女は何を言ってるのだ、と。

そんな軍首脳陣を見まわして皇女は嘆息した。

「…良い機会だ。諸君には、私の危惧するところを聞いてもらいたい」

 

 

◇◇◇

 

 

そのころ、我らが幼女軍人、ターニャ・デグレチャフは、意気揚々と陸軍大学(キャンパスライフ)にて励んでいた(を謳歌していた)

 

柔らかいベッドに温かい食事(学外に限る)。

安眠を妨げる砲声もなければ、夢見を遮る敵襲もない。

そしてなにより!

ここで出世のレールに乗れば、夢の後方勤務が待っている!

ああ素晴らしきかな大学生活!

見える、私には見えるぞ出世街道!

 

幼女は嗤う。

 

そしてその成算は、先日の参謀本部次長(ゼートゥーア)との出会いによって、ますます高くなっていた。…彼女の中では。

 

 

 

 

『それがどうしてこうなった!!』

 

 

『開口一番ご挨拶だね。今度はどんな外れクジを引いたんだい?』

『…貴様、人の不幸を喜んでいるだろう』

『人聞きの悪いことを言わないでくれ。私はただ君が毎回見舞われるドタバタを肴に一献傾けるだけさ』

『より一層悪いじゃないか!!』

『仕方ないだろう。やることなすこと全て目標と真逆と言うその体質。まさにギャグ体質そのものじゃないか』

『くそっ!忌々しい存在Ⅹめ』

そう、ターニャは毒づくが

 

『いや、直近のは自爆じゃないかな?』

『うっ…ん?待て。この状況、既視感があるぞ』

『…あ』

 

『…貴様、今回は何をした』

『…言わなきゃダメ?』

『その場合、帝位継承が困難になるとご忠告いたします殿下』

『…』

『…』

『…』

『…』

『わかりました。言います』

『ああ、きりきりと吐け』

 

『うぅ…先日、参謀本部でこの戦争について熱く語りまして』

『ほう』

『火力の進歩に伴い、これからの戦争は攻勢ではなく緻密な防御陣地による出血の強要こそが勝利への近道になると説きました』

『第一次大戦と塹壕戦、要塞戦の戦訓そのものだな。それで?』

『それだと結局負けるじゃないかと言われたので、火力と機動性を兼ね備えた機動部隊(タスクフォース)の創設を提言しました。まあ電撃戦は無理だと思うので、任務部隊と言うのが正確だけど』

『…いやな予感がする』

『そしたらゼートゥーアが――』

 

――奇遇ですな殿下。小官も昨日、現在の遅滞戦術に代わる、『魔導大隊の運用』に関する論文の提出を受けたところなのですよ――

――それは本当かゼートゥーア?私にも見せてくれ!――

 

『…なんとなく話が読めたが、一応続きをお聞かせ願おう』

『うむ』

 

 

参謀本部は膠着状態を打破しうるこの新発想に大いに狂喜し――無論、冷静な分析と検討を行ったうえで――、試験的にその大隊を運用しようという結論に行きついた。

ここまでわずか1時間。

 

 

『官僚組織としては驚くほどの即断だと感心したよ。無論、起案とか決裁の手続きは別途やったみたいだが』

『…で?』

 

『誰にやらせるのかが問題になった』

『なぜ?』

『この時代だと革新的過ぎるんだ。機甲部隊や機動部隊の概念がまだない世界だからね』

『…まあ、世界大戦を未経験だからな。なぜか戦車はあるが』

『それについてはいずれ熱く語り合うとして…。

ともかく、革新的過ぎて着想した人間じゃないと実施できない、と言う話になったのさ』

『…道理だな。認めたくないが』

『そこで問題』

『ん?』

 

皇女と軍人、前線に出すのはどっち?

 

『…なるほど諒解した』

『……』

 

 

身分制なんてくそくらえ!!!!!!

気持ちは分かるよ私もちょっとやりたかったもの

だったら貴様がやれ!!!!

残念、私、皇女なんだ

ガッデム!!!!!

 

かくて少女たちの夜は更けていく……。

 

 

◇◇◇

 

 

「しかし…」

「どうしたルーデルドルフ准将?」

 

参謀本部の一室で、二人の男が紫煙をくゆらせていた。

 

「…いや。何でもない」

「何でもない、と言う顔ではなかったぞ?」

「…」

「…」

「ハァ…ああ。そうだとも。笑ってくれていいぞゼートゥーア。私はあの方が恐ろしい」

「…笑いなどせんよ。私とて同じ思いだからな」

 

誰のこと、とは言わない。

彼らの脳裏に浮かぶのは1人の声。

 

◇◇◇

 

「この戦争は、最終的に世界大戦(World War)に発展する」

 

「大前提として、わが帝国は強大であるがゆえに、ほかの列強から常に脅威とみなされている。ここまでは諸君らからすれば常識だろう」

 

「問題はここからだ。…あらゆる兵器の製造に重工業が不可欠となっている現在、戦争と国家、戦争と経済はかつてないほどに密接不可分な関係となっている」

 

「また、弱小国の大半が消滅し、世界が列強により分割された今日(こんにち)において、戦争は列強同士の真っ向勝負となる」

 

「ゆえに、これからの戦争は、その遂行に文字通り国家のありとあらゆるリソースを投入しての 『 国 家 総 力 戦 』 となる。帝室のワインセラーを賭けてもいい」

 

「それだけのモノと金が動くことになった結果、今の時点ですでに、我が国と共和国、連合の戦争でありながら戦費調達、資源調達、武器調達の面で他の列強もこの戦争に関与している」

 

「知っているか諸君?

あらゆる兵器の製造に必要な鉄鋼。このかなりの部分を我が国は合州国から輸入している」

 

「知っているか諸君?

共和国が軍費調達に発行している戦時国債。そのかなりの部分を連合王国の金融街が買い込んでいることを。

 

付け加えると、現時点で軍事費は平時の数十倍。

戦時国債の償還に今から頭が痛いとロッシュ(財務大臣)がぼやいていたぞ。

 

諸君、夜道と財務官僚にはくれぐれも気を付けたまえ」

 

思わず場が笑いに包まれた。

無理もない。常日頃金食い虫だの実弾演習を減らせだの言ってくる財務官僚と、軍人は永遠の敵である。

 

「そして戦勝国も敗戦国も、勝敗が決するまでに天文学的な出費を強いられる。当然、戦時国債も恐ろしい額になっているに違いない。

 

つまるところ、勝てば借金地獄だ。

 

そして受注が激減する軍需メーカーを皮切りに、今の不況がかわいく思えるほどの戦後不況に突入するだろう。

…これが勝利と言えるのかね?」

 

 

あまりにも冷酷な未来予測。

エリート中のエリートたる参謀本部の将官達が蒼褪める。

 

 

「まぁ、負けた場合はそれにプラスして賠償金もあるし、生命財産が危険にさらされるから戦わざるを得ないのだが。私だってギロチンはごめん被る」

「で、では殿下。殿下はどうすれば勝ちだとお考えなのです?」

 

喘ぐように声を発したのは誰だったろうか。

誰だったとしても大して違いはなかっただろう。その場の全員が全く同じ思いだったのだから。

 

「…極めて消極的な結論だが、それでもいいかね?」

「構いませぬ。是非ともお聞かせください」

 

そして、皇女は口を開く。

 

 

 

 

「負けないこと、だ」

 

「…はい?」

 

 

 

◇◇◇

 

 

後年の戦史研究科が『皇女戦法』と呼んだ戦略の転換点。

 

〈緻密な防御陣地による出血の強要〉

〈火力と機動性を兼ね備えた機動部隊(タスクフォース)による機動戦〉

 

それは統一歴1923年に、とある生贄(ターニャ)の犠牲と引き換えに開発されたのであった…。

 

 

 




予防線を張っておくと、筆者海軍が専門です(まてや

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