皇女戦記   作:ナレーさんの中の人

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…さて、缶詰研修のはじまりダァ(白目


反攻準備

統一歴1926年4月11日 午前

帝国東部 ティゲンホーフ郊外、第一防衛線上空

帝国軍第203航空魔導大隊 

 

 

どうしてこうなった!

 

 

ターニャ・フォン・デグレチャフは心の底から叫んだ。

「ハァ…ハァ…。セレブリャコーフ中尉、これで何度目だ?」

 

そうぼやく彼女の視界に映っているのは――

 

「ハッ…。…申し訳ありません、第5波までは数えていたのですが…」

「コミーめ…、滅茶苦茶だぞ」

 

――地上を埋め尽くすルーシー連邦軍の大群であった。

 

 

 

 

 

この日の早朝、空軍の長距離偵察機がティゲンホーフ方面に向かう連邦軍の集団を発見。

 

『連邦軍多数、ティゲンホーフ方面に進行中。雲量多く、数は不明』

 

その報告に、ティゲンホーフ防衛司令部は困惑した。

数不明だと?

彼らは不正確な情報をもたらした空軍の偵察機に軽く不満を述べながら―― 彼らとて、空軍が地上部隊の数を正確にカウントできるとは思っていないが ――、仕方ないので陸軍からの短距離偵察機で正確な情報を収集することを決意。

だが、ここでティゲンホーフ防衛軍の特殊事情が悪い方向に作用した。

 

 

ティゲンホーフには、使える飛行場が無かったのだ。

 

 

そもそも、ティゲンホーフはそれなりに歴史のある都市である。

当然、市街地もそれなりに広がっており―― コンパクトシティーなんて言葉は影も形もない時代である ――、飛行場と言う土地を要する施設は、当然のごとく市街地の外側、今や最前線の一部となってしまっている場所に造られていた。

さらに包囲されることを予期して、否、予定(・・)していたがために、航空魔導師をそれなりに配備していたのも災いした。

 

飛行場の優先度が下がってしまったのだ。

 

例えば西暦世界のスターリングラードの場合、包囲された第6軍は補給と負傷兵後送のため、飛行場を可能な限り保持しようとした。

ところが、この世界では滑走路いらずの魔導師がいた。

なにより、ティゲンホーフは背後にバルト海を有し、そこから少し河川を遡れば辿り着けると言う地の利をも有し、港湾施設すら有していた。

結果、郊外の飛行場は兵力を割いてまで守るべきモノとはみなされず―― 防空戦だけなら魔導師と長距離戦闘機で対処可能と判断された ――、むしろ連邦軍に利用されるのを防ぐために徹底的な破壊を行ったほどである。

 

 

ゆえに、ティゲンホーフ防衛司令部には自前の偵察機が無かった。

魔導師で事足りると判断されたのもあるし、どうしても必要なら要請を受けた東部軍が最優先で偵察機を出すことになっていた。

だが、どうしてもタイムラグが生じてしまったのである。

 

 

かくして、要請を受けた東部軍は偵察機を発進させ、より詳細な偵察を敢行。

そして、偵察機は『ソレ』を目撃する。

 

 

 

 

 

時に、帝国標準時10時32分。

偵察機は、帝国製新型無線機の最大出力で警報を発した。

 

 

 

 

 

 

 

『緊急!!連邦軍約20万、ティゲンホーフ方面へ進行中!!』

 

 

 

 

 

 

統一歴1926年4月11日 午後1時

帝都ベルン 陸軍参謀本部 作戦局次長執務室

 

「どういう事だ!」

 

広げられた戦況図を前に、ルーデルドルフが声をあげた。

 

「落ち着けルーデルドルフ。貴様の怒声は耳に響く」

「だが!…ッ。すまん」

「構わんよ。それに、『計画』がバレるのは想定内(・・・)だ」

「それは…そうだが…」

 

「なにせ、最終的に30乃至40個師団を海上輸送する『計画』だ。今のキィエールを見て、何か企んでいると気付かん方がおかしいだろうよ」

「兵にも目的地は連合王国と知らせたのだが…?」

「現下の状況で、それを信じる奴はいないだろう」

 

ゼートゥーアの発言に、しぶしぶと言った表情でルーデルドルフも頷く。

 

 

 

 

『クロム計画』

 

 

 

それは西暦世界のさるコーンパイプとサングラスの似合う将軍の、とある作戦を参考にした皇女殿下が原案を出し、ルーデルドルフ達が細部を煮詰め、ゼートゥーア達戦務局がそれに伴う兵員や物資の輸送計画を仕上げた大規模作戦。

だが、その内容は極めて単純。

 

『海上機動からの包囲殲滅』である。

 

 

【挿絵表示】

 

 

だが、これほどの大規模作戦となると、いかに防諜に気を払ったところで「海上輸送を含む、何らかの作戦を帝国が実施中」ということは早晩露見するだろう、と予想されていた。

 

 

そこで、帝国は目的地を欺瞞することとした。

 

 

曰く、連合王国への奇襲上陸―― 実際、前扉が踏板になるような新型上陸用舟艇が用意されていた ――と言ってみたり。

 

あるいは、協商連合へ移動し、そこから連邦北部を突く―― 曰く「レネングラードを失陥せしめれば、連邦の敗北は決まったも同然である!」。 ――と言った噂が兵たちの間には流布していた。

 

殆どの指揮官連中にも『キィエール出航の4時間後に開封せよ』とした封緘指令書で知らせる念の入れようである。

 

とは言え、状況が状況である。

この日のために西方からキィエールに移動した部隊、すなわち地獄の西方戦線を潜り抜けた古強者たちの間では「東部戦線の側面を突く奇襲上陸作戦だ」とか、「いや、包囲されたティゲンホーフへの増援なのだ」と言った、かなり核心を突いたうわさも広がっていた。

 

 

「しかし、ピンポイントでティゲンホーフと特定できるとは思えんが…?」

「いや、あの付近で大軍を上陸させられる港湾施設があるのはティゲンホーフくらいのものだ。そこから推定された可能性もある」

 

ゼートゥーアの言うとおりであった。

あるいは、更に数十キロほど戦線後退を実施していればまた別の港町もあった。

だが、ワルシワをくれてやるだけでも政治的には相当なリスクだった。

摂政宮ツェツィーリエが裁可したからこそ可能となったとも言え、そして彼女にとってもそれ以上の後退は許容できない代物だったのである。

 

「あるいは回転ドアの方向を逆にするか…?」

 

 

 

「論外だ。本作戦のために、機動力のある部隊は殆どキィエールから船に乗り込んでしまっている。今から逆回転させるのは不可能だ」

「…やはり、そうなるか」

「あるいは鉄道部を全員二階級特進させれば可能かもしれんが」

「つまらん冗談は止せ」

「冗談ではない。既に鉄道部はフル稼働だと何度言えば分かる」

「それほどなのか?」

「それほどなのだ」

 

ゼートゥーアの言うことは事実だった。

確かに、帝国軍は鉄道輸送を軸とする『内線戦略』に特化している。

だが、2年前の北方戦役、ノルデン地方の兵站状況が明らかにしたのは「現実は想定を容易く上回る」と言うこと。

近代の軍隊と言うのは、それ以前の軍隊のそれとは比べ物にならぬほど多量の物資を消耗する。

想定ならば十二分に余力があるはずの鉄道輸送は早々に飽和限界に到達(途中に船での輸送が必要だったと言うのもあるが)。ノルデン地方の帝国軍は「辛うじて越冬可能」と言う程度の物資しか集積できない事態に陥ったのである。

 

「殿下が戦前予想した通りだ」

「『鉄道輸送量を3倍に増やさないと足りなくなる』だったか?」

 

当時、既に帝国の鉄道輸送能力は―― そもそも工業化が進んでいた国なので ――列強の中でも頭一つ抜きんでており、皇女の懸念は杞憂だと受け取られていた。

 

だが、現実は。

 

「全く、あの方の予言は当たって欲しくないことでもよく当たる」

「『最悪、餓死者が出る』とまで仰っていたが、対処出来ているのか?」

「1.5倍程度まで輸送量は増えているが…」

 

繰り返しになるが、帝国は欧州の中では工業化が特に進んだ国の一つである。

当然、鉄道輸送量はもとから頭一つ抜きんでていた。それを3倍に増やすのは非常に難しく、さらに大戦勃発に伴い、兵器の方に工業生産力を振り向けたことで「今後10年で達成出来れば御の字」と言う状態に陥っていた。

 

「鉄道部の人員も予算も増やしてはいるが、無い袖は振れん」

「なるほど。…しかし、ルーシー連邦にも出来る奴がいるようだ。これほど早くに気付かれるとは。あるいは――」

「それ以上は言うなルーデルドルフ」

 

 

 

軍内部の『モグラ』

 

 

 

ルーデルドルフが言いかけて止めたのはそれである。

実際、その可能性は共和国戦のころから囁かれていた。

 

「…皇女殿下はどちらに?」

「統合作戦本部におられるはずだ。『欺瞞』の一環でな」

 

ゼートゥーアは知らない。

『欺瞞』の予定だったのが、空軍との本当の「協議」に移行していることを…。

 

 

 

◇◇◇

 

 

同時刻

帝都ベルン 統合作戦本部 空軍控室

 

「ふぅむ…。やはり芳しくないか」

「申し訳ございません。殿下肝いりの戦略爆撃でありながら――」

「そう畏まる必要は無い。こんな小娘に阿るのではなく、現実を直視して対処するその姿勢こそが重要だ。…特に、この数字を見せられてはな」

「…ハッ」

 

 

『戦略航空艦隊損耗状況』

 

 

ツェツィーリエの前に広げられた資料にはそう記されており、SB-1による戦略爆撃がこの1年で戦果の割に損耗の激しい、いわば「不採算部門」に陥っていることを示していた。

 

「防御を強化しても、無理があった(はやすぎた)か…」

「護衛戦闘機が随伴できればいいのですが…」

「開発中の『 Schatten(シャッテン)』ならばある程度可能なんだが…」

 

双発戦闘機、 Schatten(シャッテン)

それは、皇女殿下が前世の記憶をもとに造り出した双発戦闘機である。

ただしエンジンはSB-1やBlitzと同じ空冷星形複列エンジン『ヴェスペ(Wespe)-027―D』を採用。離昇1,450馬力、公称1,400馬力と言うこのエンジンのおかげで、本機はそのモデル(月光)よりも高い性能を獲得していた。

だが性能判定試験の結果、「格闘戦は不得手。あくまでも護衛戦闘であり、一撃離脱戦法がメインだが、航続距離獲得のために主翼が大きく、速度性能に不満あり。また防御性能に懸念あり」と評価されてしまい、どうにか改良できないかと試行錯誤を重ねている段階であった。

 

【 試作双発戦闘機 】

※6号機のデータを示す。微改良を施された機が多いため、性能は各機ごとに異なる。

全長:約12m

全幅:約17m

主翼面積:約40㎡

自重:約4,700㎏

過荷重:約7,900㎏

エンジン:ヴェスペ(Wespe)-027―D (離昇1,450馬力)

最高速度:520km/h

航続距離:(落下タンク込み)3,600km

武装:機首20mm固定機銃×1、主翼13mm固定機銃×2

爆装:250kg爆弾×2

乗員:2名

 

「戦闘機とするには主翼を小型化するしかないと技術局は言っていますが…」

「そうすると、航続距離が減るだろうな…」

「落下タンク込みで3,000キロが限界との報告が」

「作戦半径は1,200キロ程度か…SB-1の護衛には足りんな」

 

結局、技術局の提案通りの設計変更が行われ、 Schatten(シャッテン)は双発戦闘機としては成功した部類に含まれる―― 言わずもがな、皇女殿下がモデル機体を差し替えた(天雷) ――こととなるのだが、それは同時にSB-1を護衛する長距離戦闘機の開発失敗をも意味していた。

 

【 双発戦闘機 Schatten(シャッテン)-A型 諸元 】

全長:約14m

全幅:約12m

主翼面積:約32㎡

自重:約5,000㎏

過荷重:約7,500㎏

エンジン:ヴェスペ(Wespe)-027―D (離昇1,450馬力)

最高速度:520km/h

航続距離:1,400km (落下タンク込み2,800km)

武装:機首20mm固定機銃×4 

爆装:無し

乗員:1名

 

「戦略爆撃機は6人乗りだからな…貴重なパイロットが一度に大勢死んでしまう…」

「ハッ…。空軍としても看過できない問題と考えております」

「ふむ…逆に爆撃機の行動半径を護衛機にあわせるか」

「小官もそのように考えます」

「と、なると折角の航続距離が無駄になる…。その分、爆弾搭載量を増やすか…」

「そのことなのですが殿下」

「ん?」

 

 

 

「いっそのこと、双発爆撃機を大量生産した方が良いのではないでしょうか?」

 

 

 

「…ふむ」

 

空軍参謀の提案に、皇女は考え込んだ。

 

4発機と比べ、双発機は航続距離と爆弾搭載量が大幅に減ってしまうが、その代わり機動性、運動性能は段違いに有利である。

そしてSB-1は7人乗りだが、双発爆撃機は2人か3人乗り。人的リスクも少ない。

長距離飛行で懸念されるパイロットの疲労についても、飛行時間の短さと自動操縦装置―― と、言っても原始的な代物だが ――によって解消されるであろう。

また、機体自体小さい上に運動性が上がるから、撃ち落とされにくいとも考えられる。

 

なにより4発機は高性能であれば高性能であるほどとんでもなくお高くなっていく。

下手をすれば1機の値段が駆逐艦1隻に匹敵するとも言うくらいである。

その点でも双発機に軍配が上がる。

 

 

 

これが広大な太平洋戦線ならば話は別だが、ここは欧州である。

必要とされる航続距離は圧倒的に短く、むしろ陸続きで発見されやすいと言う特性上、航続距離よりも「発見されても敵が対処出来る前に叩く」、即ち速度の方が重要となる。

 

また、フランソワ共和国を下した現状、双発機でもロンディニウム空襲は可能であるし、モスコーについてはギリギリだが、そもそもあの国は縦深が桁違い。

よしんばモスコーを灰燼に帰さしめたとしても、東へ移動するだけに違いなく、そういう意味ではモスコーにこだわるよりも、その輸送路、鉄道網を叩き続ける方が効果的かもしれない。

 

 

 

 

…あれ?

これもしかして最初からB-17じゃなくて一式陸攻造った方が良かったんじゃ…

いやいや、最悪合州国とも事を構えねばならぬ可能性がある以上、北米に届く戦略爆撃機の技術獲得と言う意味でも4発爆撃機は造らねばならぬ…。

 

 

 

と、皇女殿下が内心冷や汗を流していることなど露知らず、空軍参謀は続ける。

 

「何より、それならばハインケル社の『アレ』をベースに、比較的短期間で開発可能かと」

「『アレ』か」

 

それは2年前の急降下爆撃機競作の際、ハインケル社が出してきた提案である。

 

 

『…単発機って言ったよね?』

『エンジントラブルにも対処でき、将来性も高いので双発にしました』

『確かに1.5トン爆装し急降下爆撃可能と言うのは素晴らしい…出来るのか?』

『…鋭意、技術検証中であります。現時点でも800キロまでなら可能です』

『…技術検証が完了するのはいつ頃の見込みなのかね?』

『1年以内には――』

『その時点でまた考えよう。今回は不採用だ』

 

 

「…そんなこともあったな」

「ええ、あの時は不採用としましたが」

「しかし、あれは爆弾搭載量の割に航続距離が微妙…。まて、なるほど、そういう事か!」

「はい。爆弾搭載量を800キロまで落とし、その分航続距離に振り向けるよう指示するのです。そうすれば――」

「航続距離十分な、しかも急降下爆撃が出来る双発爆撃機を確保出来る訳か!」

 

 

 

後年、帝国の傑作機の一つに数えられる『 Galaxie(銀河)』はこうして誕生した。

半面、SB-1の後継機の開発、量産は大幅な遅延を来すこととなり、後世の軍事評論家の間でも評価の分かれるところとなるのだが、この時は誰もそれを知る由が無かったのである。

 

 

【 双発急降下爆撃機 Galaxie(銀河) 諸元 】

全長:約15m

全幅:約20m

主翼面積:約55㎡

自重:約7,400㎏

過荷重:約14,000㎏

エンジン:ヴェスペ(Wespe)-027―D (離昇1,450馬力)

最高速度:510km/h

航続距離:1,400km (落下タンク込み2,800km)

武装:13mm旋回機銃×2(後部) 

爆装:250~400kg爆弾2発、又は800kg爆弾1発(いずれの場合も急降下爆撃可能)

乗員:3名

 

「では早速ハインケル社に指示を――」

「僭越ながら、既に空軍の方で発注をかけております。来月中には試作機が完成する見込みです」

「――素晴らしい。結果はすぐに知らせてくれ。性能が良ければ即採用、即量産となるだろうからそのつもりで」

「承知しました」

 

◇◇◇

 

同時刻

帝都ベルン 陸軍参謀本部 作戦局次長執務室

 

「実際問題、もはや奇襲は見込めない。貴様たちはどう思う?」

「同意する」

「同感です。強襲とならざるを得ないかと」

 

 

 

二人の同意を受け、ルーデルドルフは頷いた。

 

 

 

 

 

 

「では、現刻を以て『クロムB(強襲用)計画』に移行する」

 

 

 

 

 




Schatten(シャッテン)』ドイツ語で影。
月光→影と言う安直なネーミング。なお現時点では夜間戦闘機ではない。

Galaxie(銀河)
そのまんまの意味。
史実銀河に比べ航続距離が短いが、エンジン出力が誉より小さいのをカバーしている。
なお、当然のように急降下爆撃の申し子。


■SB-1要らない子説
欧州だから仕方ないね(オイ

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