ツェツィーリエ・ドクトリン
出典:フリー百科事典『アカシック・ペ〇ィア』
ツェツィーリエ・ドクトリンとは、先の大戦において神聖ライヒ帝国が採用した政治、外交、軍事などにおける基本原則を指す学問上の概念であり、統一歴1990年代に提唱されたものである。
その内容は「国家総動員体制」「各種工業規格(武器)の制定」「空軍設立」「航空主兵思想」「特殊作戦群の創設」「防衛構想」など多岐にわたる。
これほど多様な内容を包括している理由は単純で、それらが全て統一歴1920年代の『ツェツィーリエ文書』に明記されているためである。
内容が多岐にわたるため、各項目についてはそれぞれの項目を参照されたい。
概要としては各種徴兵免除規定の見直し、魔導師志願制の拡充による「兵力増強」。
既存の閣議、統帥本部の再編(統合作戦本部、帝国最高指導会議の創設)による「権力集中」。
規格化による工業製品、武器弾薬の大量生産体制の確立による「軍備増強」。
航空戦力が戦争の趨勢を左右するものとみての「空軍創設」。
戦局、情勢に即応できる少数精鋭の「特殊作戦群」。
既存の内線戦略を強化した「徹底した防衛戦構想」、に大別される。
それぞれの分野において当時の常識を覆す極めて先進的な内容を有しており、また、その多くが現在に続いている―― 特に工業規格 ――ことが特徴である。
その一方、戦略構想としては「国土防衛戦」に終始しており、戦争終結、
これについては、当該部分を記した文書が散逸している可能性、何らかの事情で削除された可能性が指摘されている。
ある歴史学者のコメント
「あるいは、それが当時の帝国の、あるいはツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルンの限界だったのかもしれないね」
統一歴1926年4月28日 深夜
帝都ベルン 帝国最高指導会議
4月28日が29日になろうかと言うこの時、帝国陸軍参謀本部戦務参謀次長、ハンス・フォン・ゼートゥーアは内心頭を抱えていた。
その原因は――
「ルーシー連邦に対しては、断固賠償と謝罪を求めねばなりますまい!!」
――と、宣う政府閣僚にある。
ティゲンホーフ攻防戦が帝国軍の大勝利に終わったこの日、今後の帝国の方針を策定すべく臨時に招集された最高指導会議の席上、彼らは言ったのだ。
『ルーシー連邦からの謝罪と賠償』
「ゼルクト副大臣の言うとおりであります。更に申し上げれば、ルーシー連邦は我が国と中立条約を締結していたにもかかわらず一方的にこれを破棄、最後通牒も無しに我が国に攻撃を仕掛けてまいりました。言語道断の所業と言えましょう!」
「ゆえに、かの国には然るべき償いをしてもらわねばなりませぬ」
ゼルクト財務副大臣の発言は、帝国国内で日増しに高まっている声でもあった。
則ち、莫大な戦費と犠牲を払った以上、それに見合う対価が無ければ納得できない、というものである。
以前の対協商連合、対共和国戦で十分な対価を得られていないという思いも背景にある。
その2か国との講和条約
彼女に言わせれば、『ヴェルサイユ条約を見よ。過大な賠償が恨みを生み、ファシズムを産み出したではないか*1』であり、『明治以降の日本を見よ。
であればこそ、彼女は対戦国に巨額の賠償を求めなかった。
後々「ろくでもない事態」を招くのが目に見えていたからであり、それよりも西暦世界の某超大国を参考に、『経済的衛星国』に組み込んだ方が得策だと判断したのである。戦略的要地に限って帝国軍の駐留を認めさせるやり方も同様である。
今や協商連合は帝国海軍にナルヴィクほかの良港を、帝国陸軍には
フランソワ共和国はどうか?
こちらも現政権は『中立宣言』を掲げているが、
結果、帝国と同盟を組みながらも非参戦、中立のイルドア王国とあわせ、
…ちなみにダキアの併合は、大公国政府が完全に消滅し、講和交渉をする相手がいなくなってしまったこと、更にはルーシー連邦と言う火事場大泥棒が出てきてしまったため、安全保障と油田獲得の観点から、やむを得ず、と言うのが実態だったりする。
だが、ツェツィーリエにとっては自明の理屈であっても、この世界ではそうではない。
なにせ、世界大戦を未経験なのだ。
戦費と人的損失、それに対する補償すなわち『賠償』は十二分に取り、相手国が二度と立ち上がれないように叩きのめして然るべき、というのが普通の考え方なのである。
ツェツィーリエが協商連合、共和国との講和交渉で一番苦労したのが国内工作、説得だったという事実がそれを物語っている。
それでもなお、帝国国内では「協商連合、共和国に甘い」「今度の連邦相手には十二分な賠償をしてもらわねばならない」と言う声が
ゆえに、彼女がいない最高指導会議で、その主張が声高に叫ばれるのは当然の成り行きだった。
否、そのために一部閣僚、軍人たちがこのタイミングで開催を要請したのだ。
「…副大臣の仰ることは分かりますが、そもそも相手が停戦協議にも応じない以上、現時点ではどうしようもありますまい」
「陸軍大臣の仰る通り。我々外務省としても、内々にイルドア王国を介して呼びかけてはおりますが…」
外務大臣の言うとおり、ティゲンホーフ、引き続いての東部電撃戦での勝利を受け、帝国はルーシー連邦に停戦協議を呼びかけてはみた。
この時、帝国軍は連邦軍の消耗を100個師団規模と推計しており、そしてそれはかなり正確な数値であったことが戦後判明している。普通のまともな国家なら、これほどの損害が発生した時点で停戦協議等が開始されるのだが。
生憎と、相手は畑で兵隊が取れる独裁国家なのだった。
当然、賠償や謝罪と言ったものなど、望むべくもない。
「これは異なことを仰る」
「は…?」
「相手が交渉のテーブルに出てこない?
ならば、出てこざるを得ない状況に持ち込むまででしょう。それでもなお払うべきものを払わず、話し合いにも応じないのであれば、遺憾ながら『取り立て』るほかありますまい?」
「…まさか!」
ゼルクト財務副大臣は嗤った。
「そう!
「お待ちいただきたい!軍の方針は徹底した防衛戦闘であります。
これを徹底したからこそ、此度の大勝利も得られたというもの。それを軽々に変えろと言われても困りますな!」
「何より軍事に関する事柄は統合作戦本部の専権事項のはず!!」
「左様!副大臣の意見をないがしろにするものではありませんが、越権行為ですぞ!」
「専権事項?これはおかしなことを。
わが帝国の最終決定権者は、畏れ多くも皇帝陛下ただ御一人であらせられるはず」
―― それは建前の話だ!! ――
ゼートゥーアは心の中で叫んだ。
確かに帝国憲法で帝国の主権者は皇帝と定められており、帝国臣民はそれを
当然、法律を含む重大な決定は皇帝の裁可を経てからでないと効力を有しない。
しかし、それは建前なのだ。
そもそも帝国と言う巨大な国家を、一人の決裁権者がすべて面倒を見るというのは無理な話である。
ゆえにその実態は官僚国家であり、法治国家である。
皇帝が国政に口を出すのは(開闢期を除けば)極めてまれな事であり、であればこそ、現皇帝のような一年の半分以上を病床で過ごす人物や、何代か前の幼帝でも務まるのだ*2。
だから、ゼルクト副大臣の言うこともまた建前に過ぎず、実態は『軍に関する事柄は統合作戦本部の専権事項』なのである。
だが、まさか皇帝陛下御臨席の会議で堂々と言える事でもない。
あくまでもそれは実際の運用についての「解釈」に過ぎず、それが当然のこととして認知されていても、憲法の条文上は『帝国は神聖にして不可侵なる皇帝陛下これを統治す』なのである。
言葉に詰まる軍首脳部を前にして、副大臣は続ける。
「無論、出過ぎたことを申していることも重々承知しております。
しかし、守るだけでは勝利はおろか、有利な条件での講和も望めないのではありませんか?」
『守るだけでは勝てない』
至極もっともな指摘に、軍首脳部は口をつぐんだ。
それは、ツェツィーリエの基本戦略が抱えている根本的問題だったからだ。
あるいは、彼女がもともと歴史学者だったがゆえの『限界』だったのかもしれない。
ツェツィーリエは西暦世界における二度の大戦の結末を知っていた。
なればこそ、西暦世界の超大国を参考にした工業生産力の底上げ、大量生産体制の確立を図ったのであり、
あるいは第二次大戦後の合衆国の世界戦略を参考にした講和条約を協商連合、共和国と締結したのである。
だが、そこにはツェツィーリエも見落としていた、あるいは目を逸らしていた『陥穽』がある。
すなわち――
―― どれほど頑張っても、帝国は合衆国にはなれない ――
合衆国だからこそ、当初は守勢に立たされたとしても、その怪物的工業力がもたらす規格外の化け物染みた軍備、兵器を以て『反攻』に転じ、敵国を叩き潰すことが可能だった。
いや、あの合衆国ですら―― 二正面戦争だったからとは言え ――、東洋の島国を叩き潰すのにミッドウェーから3年を要したのだ。
もう一度言うが、国力100分の1の小さな極東の島国一つ叩き潰すのに、である。
そして帝国の場合、どんなに規格化、大量生産に取り組んだところで、かの合衆国ほどの戦力を産み出すことは出来ない。
そもそもの国力、人的資源、資金力が違いすぎた。
さらに悪いことに、帝国の交戦相手は極東の島国や欧州の2か国ではなく、七つの海に覇を唱えた連合王国と無限とも思える国土を有するルーシー連邦、更にその背後にいる合州国なのである。
つまり帝国が合衆国のやり方をそっくりコピーしたところで、反転攻勢など夢のまた夢。
『防衛には成功した。だが体力がそこで尽きた』となりかねないのである。
「過去の失敗例」を回避しようとするあまり、そこに気付かなかったのか。
あるいは「過去の成功例」が無い―― ドイツは数少ない、二度の大戦ともに敗戦を喫した国である ――がゆえの悲劇だったのか。
ともあれ、帝国が西暦世界で言うところの「大ドイツ仕様」だったとしても、相手が悪すぎ、そして多すぎたが故の悲劇であり、あるいはツェツィーリエが100年早く産まれてテコ入れしなければ解決しようのない
「なにより、お配りした資料の最後のページをご覧ください」
そこに記されていたのは…。
「…ゼルクトよ、この数字は何だ?桁が二つ間違っておるのではないか?」
「陛下の仰せごもっとも。…ですが、誠に残念なことに事実であります。
そこに記載されている通り、我が国は既に膨大な戦費を費やしております」
さらに!と彼は続ける。
「ここに記されております額は、あくまでも我が帝国陸海軍の武器弾薬に関する支出のみ。
この度の戦争で命を失った兵士諸君、傷痍軍人、帝国臣民の家や財産、焼かれた農地、破壊された鉄道、道路、その他もろもろの被害額は含まれておりません。
…当然、それらを含んだ我が国の被害額は恐ろしい額となることでしょう」
「壊したものは弁償する。罪を犯した者は償う。子供でも分かる道理でございましょう。
ゆえに、ルーシー連邦にはこれらの被害をきっちり補填していただかなくてはなりません。
…第一、これほどの被害を我が国の税収で復旧するとなると、国庫が破綻します」
副大臣の最後の言葉に、後ろに控える財務官僚が揃って頷く。
それほどの被害額であり、なればこそ財務省としては賠償金が不可欠と考えたのである。
「…しかしこれほどの額、ルーシー連邦がすんなり出すとは…」
「なればこそですよルーデルドルフ殿?」
「ム…?」
「出さざるを得ない状態に持ち込むために連邦を屈服させねばならない。そうは思われませんか?」
「!」
これだけの賠償金である。生半可な勝利、講和ではとても望めない額である、
すなわち、連邦を屈服、つまり降伏に追い込む必要がある。
「何より連邦の背後に連合王国がいる以上、現時点で連邦が我が国との停戦交渉に応じる見込みはほぼ無い。…さる筋からそう伺ったのですが、どうなのです、外務大臣?」
「……連合王国云々は兎も角、応じる見込みは皆無に等しいと外務省でも推測しております」
「外務大臣の仰る通り、現状では戦争は終わりませぬ。
連合王国か連邦、このいずれかに痛烈な一撃を与えぬ限り、外交交渉も始まらない…小生はそう考えるのですが、如何思われますかゼートゥーア殿?」
「……外交の事なれば、小官に答える権利はありますまい」
「なるほど、そう仰いますか。…では質問を変えましょう。
昨年伺った『連合王国上陸作戦』。実施の目途は立ったのですかルーデルドルフ閣下?」
「…軍の機密に該当するため、回答は差し控えさせていただきたい」
「陛下御臨席の会議で、ですか?」
「っ…。失礼いたしました。現時点では実施不可能。その結論に変更はありませぬ」
―― 何なのだ、コイツは!? ――
ルーデルドルフ、ゼートゥーア両名の一致した心であった。
確かに徴兵制を敷く帝国の制度上、目の前の男も一定程度の軍務経験を有するだろう。だが、このような戦略的な話を進められるような男だったか!?と。
「連合王国上陸が不可能な以上、残った道は連邦を屈服させ、それにより連合王国を脱落させる。これしかありますまい?
それ以外にこの戦争を終わらせる道が無いのであれば、連邦領侵攻は不可避でありましょう」
「…それについても以前回答させていただいたとおり、あの国の広大過ぎる領土、鉄道、気候、その他条件から困難と」
「では、北海を泳いで連合王国に攻め込みますか?」
「なっ…」
「確かに連邦領侵攻は困難。以前いただいた資料を拝見する限り、その通りでありましょう。しかし海を泳いで渡ることに比べれば…。何より、私が軍に居りました折、こう聞きましたぞ?
『陸軍参謀本部は困難を要求しても、不可能は求めない』と。違いましたかな?」
「……」
「それと、これは陸軍にいる知り合いから聞いたのですが…。連邦南部は泥濘も酷くないというではありませんか?」
「…よくご存じで」
連邦南部。
そこは連邦でも温暖な地域であり、彼の言うとおり泥濘もそこまで酷くない。
鉄道事情はモスコー街道周辺より劣悪だが、そもそも連邦内と言う時点で、どこも鉄道は引き直し、新規敷設なのが確定しているから、否定材料とはならない。
何よりも ――
「連邦南部には肥沃な穀倉地帯が広がっていると聞きます。賠償と言う点でも申し分ないでしょう。さらに言うと…、まぁ距離があるので無理かもしれませんが、さらに進めば油田もあります」
ゼルクトが指し示す、会議卓の横に張り出された大判地図の一点。
そこには彼の言うとおり、連邦屈指の大油田、「バクー油田」がある。
おお…、と場がざわめくのに、ゼートゥーアは危機感を覚えた。
『 資 源 』
それは、近代国家、資本主義社会にとって、正にのどから手の出るほど欲しい一品。
特に帝国は新興の列強と言うことで海外植民地でも割を喰っている部分があり、更に連合王国の海上封鎖によってそれら植民地との連絡が遮断されている―― 協商連合、共和国、イルドアのおかげで大陸封鎖に「穴」が開いていると言っても限度があった ――現状、『資源地域』という四文字は悪魔のささやきに等しい。
しかも、吊り下げられた餌の名前が「バクー油田」という、『世界最大の油田』なのだ*3。
その歴史は古く、統一歴1830年代には採掘が始まり(!?)、1870年には石油パイプラインが完成していた。当然、帝国においても多少経済をかじった人間ならば聞いたことがある名前だった。
これほどの誘惑に耐えられる人間、経済人がいるだろうか?
いや、まずいないだろう。ゆえに、ゼートゥーアは声をあげる。
「距離が離れすぎており、侵攻は不可能です。断言してもよろしい」
「ゼートゥーア殿、私とて陸軍の飯を食った人間です。あのような遥か彼方の地を占領など、
「…何が仰りたいのですかな?」
「空爆ですよ。あの油田は連邦にとっての血液。空爆でその機能が失われたとなれば…。
外交交渉にせよ、極めて有利に進められるのでは?」
確かにその通りであった。
その点はゼートゥーアから見ても否定の余地が無い。
何しろ現代の武器弾薬、兵站には石炭ないし石油が必須条件なのである。しかもバクー油田はルーシー連邦の石油消費の9割近くを賄っているとの説があり、これにダメージを与えられれば、戦局をかなり優位に進められることは疑いの余地が無い。
…実現可能性を無視すればの話だが。
その後も議論は続けられ、そして統一歴1926年4月29日早朝――
「明日の、そして百年後の帝国のため、余は決断する」
―― 底なしの沼が、開かれた。
次回投稿:真面目に9月になりかねない
…まさか、人事異動の結果予算やら契約やらの事務担当量が3倍になるとは思わなんだ……トホホ