皇女戦記   作:ナレーさんの中の人

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ちょっと最近評価が落ち気味なので、端折っていた部分を纏めて追加
(書き忘れていたのでは、と言う指摘には耳を塞ぐ)


黒幕

「控えよ、ターニャ・フォン・デグレチャフ!!」

 

 

 

ターニャは思わず飛び上がった。

時に、統一歴1926年5月2日。陸軍参謀本部でのことである。

この少し前、彼女は陸軍の二大巨頭、ルーデルドルフとゼートゥーアに対し、この戦争の行く末について、己が思うところを語っていた。

 

 

そして、ルーデルドルフの手にハンケチを巻いたのち、続けて言ってしまったのだ。

 

 

『連邦領侵攻は危険すぎる、このままでは帝国は底なしの沼に沈むことになる』、と。

 

 

対するルーデルドルフの反応が、冒頭の大音声という訳である。

と、そこへ――

 

「まぁまぁルーデルドルフ、そうカッカするものでないよ」

 

「で、殿下!?」

「と、言うか私自身がそう思っているくらいだし」

「殿下ァ!?」

 

しれっと部屋に入ってくるや、あまりにも明け透けな物言いでターニャを含めた4人全員を絶句させたツェツィーリエ。

彼らが固まっている間に、当の本人は我が物顔でソファーにどっかりと―― 咄嗟に場所を空けたレルゲン中佐は実に良くできた御仁と言えよう。逃げただけかもしれないが。 ――座り込む。よく見ればその顔には不満がありありと浮かんでいた。

 

「残念ながら翻意は得られなかったよ…。こういっては何だが、あの方は軍事に関してはずぶの素人だ。議会と宮中からの突き上げに抗しきれなかったらしい」

「…確かに、先の会議でも連邦領侵攻を叫んでいたのは、議会と政府の人間でしたな…」

「陛下も軍部が消極的、宮中が積極的と言う状況は妙だと思ったらしく、調べさせたらしいんだが……」

「…?殿下?」

 

そこまで言って、彼女は口を閉ざし、頤に左手を当てた。

疑問符を浮かべる面々を見回した皇女は右手をかざす。

 

 

ヒョイヒョイ、と。

 

その意味するところは単純明白。

 

―― 耳を貸せ ――

 

 

皇太女であり、摂政宮である彼女がそんなことをする時点で嫌な予感しかしない(逃げ出したくなった)ターニャだったが、この状態からの退出などできようはずもない。

そうして4人が顔を寄せたところで、彼女は囁く。

 

 

 

 

「『拡大派』が動いたらしい」

 

 

 

 

その言葉に両次長は顔を顰め、その眉がピクリと動く。

対照的に、名前は聞いたことがあるがどんな連中だったかな、と疑問符を浮かべるターニャの反応は鈍い。

 

「…連中、ここ最近は大人しくしていたのでは?」

「喉元過ぎれば熱さ忘れる、と言う奴だろうよ。もしくはダキア(瞬殺)フランソワ(勝利)、そして今回のティゲンホーフ(大勝利)で調子を取り戻したのかもな」

「勝手なものですな。それを為したのは我々であって、連中は何もしてないではありませんか!!」

「声を抑えろルーデルドルフ、痛い」

「っ、ご無礼をいたしました」

「構わんよ。貴様の声音は嫌いじゃないからな」

 

そう言いながら、悪戯っぽく片目を瞑る皇女の言葉に嘘はない。●田哲章ボイスは痺れる、異論は認めない。

余談だがルーデルドルフと面識を得て以来、彼女は度々このことを言って親交を深めていた。彼女が作戦、戦略の知識を深め、ルーデルドルフが兵站にも造詣を深めたのはこの交流によるところが大きい。

ともあれ、場の空気が弛緩したのを幸い、ターニャ・フォン・デグレチャフは恐る恐る手をあげた。

 

「…小官はあまり詳しくないのですが、『拡大派』とはそれほど厄介な連中なのですか…?」

 

すると、他の4名はターニャに怪訝な目を向けた。

あれ?もしかすると不味いことを聞いたか…!? そう焦る彼女だったが、ゼートゥーアがあぁ…と思い出したように言う。

 

「参謀本部直属でありながら何事…、と思ったが、貴官はずっと前線勤務なのだったな」

「そう言えばそうだったな。いや、儂としたことが失念しておったわ」

「なれば詳しくないのも無理はないかと…。連中、軍部ではさほど勢力を有しておりませんから」

「ターニャ、君は『拡大派』についてどの程度知っているんだい?」

「読んで字のごとく、拡大路線…領土拡張を唱えている連中だと聞いておりますが…」

 

ツェツィーリエからの問いかけに、内心忸怩たるものを感じながら、ターニャは噂で聞いた内容でもって答えた。あまりにも中身のない、テストだったら零点になりそうな答えにターニャ自身情けないくらいだったからである。

 

だが。

 

「…概ね正解だな、ウム」

「だな。と、言うよりそれ以上無い連中だ」

 

あにはからんや、採点者たちの評価は高かった。

と、言うよりゼートゥーア閣下は今なんと言った?『それ以上無い』…?

 

「一種のデマゴギーみたいなところがあるからね。よろしい、私の知っているところを教示しようじゃないか。…ああ、レルゲン中佐。すまないけれど、人数分のコーヒーをお願いできるかな?話の内容的に、従兵を呼ぶわけにもいかないからね」

「ハッ、畏まりました」

 

そうして始まった、皇女殿下の授業によれば――

 

 

 

 

『拡大派』

 

 

それは読んで字のごとく、帝国国内において領土拡大路線を唱える一派の事である。

彼らに言わせれば、国土や国民が増えることは国力の増進を意味し、昨今のような不況への対応能力も向上する。また、新たに得た国土の開発事業による経済効果も見込める、と。

その勢力は政界や宮中、そして産業界の一部に根を張っている一方で現在の(・・・)軍上層部ではさほど多くない。

それは帝国軍伝統の内線戦略と相性が悪い―― 維持しないといけないエリアが増えるからだ ――のが一つであり、もう一つは…

 

 

「全員更迭済みなのさ」

 

 

―― この大戦の始まりとなった、協商連合の越境侵犯。

この事態に、当時陸軍上層部にいた『拡大派』の面々は何をしでかしたか。

 

 

大規模動員の発令と、西方方面軍のノルデン地方への投入である。

 

 

「戦前の帝国の外交方針は非戦、ひいては対外協調路線でね。

当然、連中にとっては面白くない。だから協商連合から攻め込んで来たのを奇貨として、協商連合を武力で併合しようと目論んだのさ」

「止められなかったのですか?」

「『畏れ多いことながら、現下の融和路線が協商連合を増長させたのではありますまいか?』…連中がいけしゃあしゃあと奏上したことさ。困ったことに事実だから、こっちも強く出られなかった」

 

その結果、何が起こったか。

西部方面軍の減少を見たフランソワ共和国からの宣戦布告である。

 

「連中、人を殴ることには熱心だが、殴られる想定が甘かったらしくてね。『いざとなれば北方に送った西方方面軍をもとに戻せばよい』と言ってたんだが…」

「――肝心の鉄道輸送のことをすっかり忘れていた、と…?」

「その通りだ中佐。…連中の中には兵站に詳しい人間がいなかったらしい」

「ルーデルドルフの言うとおり。作戦局には何人かシンパがいたようだが、戦務には誰もいなかったよ」

「そもそも占領地の増加、兵站への負荷を考えない拡大派は、戦務局とは相性が悪い。

ああ、当然財務省とも相性は良くなかったんだが…。話を戻そう。結局、その件で責任を問われた当時の首脳部は全員更迭、予備役送りとなったわけだ」

 

 

 

そうして台頭してきたのが現在の軍首脳部、すなわち陸軍ではゼートゥーアやルーデルドルフと言った、『皇女殿下のシンパ』である。

海軍?もとから皇女殿下の愉快な仲間たちだ。何と言っても陸軍偏重だった予算をかなり引っ張ってくれた大恩人だからな、とはとある海軍長官の弁である。

創設の恩義がある空軍に至っては言わずもがなである。

 

ちなみにルーデルドルフの場合、もとは拡大派寄りの思考回路だったのだが、誰かさんが長年にわたって『貴様の声は耳に心地良いな。もっと(作戦の話を)聞かせてくれないか?』『ハ、ハッ!』と耳元で篭絡(?)しており、先述の拡大派の体たらくも相まって、いまや立派な『統制派』の一員である。

 

 

 

「『統制派』…?」

「拡大路線はもはや不可能。適度に統制された経済と国家を堅持し、武力の行使は必要最小限にとどめるべし。…と言う派閥だな。あちらさん(拡大派)からは軟弱派と言われているが」

「察しがついていると思うが中佐、『統制派』の旗頭は殿下だ」

「…嗚呼、分かります」

開拓者の時代じゃない(フロンティアはもうない)のだぞ?

合州国ならいざ知らず、欧州の土地は誰かしらの手垢がついている。そんな状況で領土拡張論?時代錯誤にもほどがあるだろう」

 

 

だが、自国の有権者の言うことには注目を払いながら、国外のそれには全くと言っていいほど関心を払わない『政治家』や、帝国開闢期の先祖の立志伝を聞かされて育ち、外交や戦争にほとんど関与しない『貴族』の、それも高位貴族の連中にはそれが分からない。あるいは分かっていても軽視してしまう。

 

彼らにとって国土は財産であり、貯えである。あればあるほど国が潤うし、自分たちも潤う。

 

「預貯金と違って維持費もかかる代物だってことを忘れてるとしか思えないんだが…。

ともあれ、これらに武功を求める軍人、貴族出身の将校が加わって『拡大派』の出来上がりという訳さ。…もっとも、連中の言う『拡大』自体、かなり曖昧なんだが」

 

 

それが、『拡大派』が帝国内の一大政治勢力となった所以でもある。

有名なところで「西進論」と「東進論」があるほか、軍事力による拡大を唱えるものから外交努力によって経済的に拡大を達成すべしと唱える一派まである。

逆を言えば「拡大」と言う旗を掲げてさえいれば団結できる大味な集団、それが『拡大派』なのだった。

 

 

「…なるほど、デマゴギーですな。しかしそのような連中がよくもまあ一つの政治勢力に纏まっていられるものです」

「貴官の言うとおり、連中は纏まっているとは言い難い。…いや、細かいところでは意見対立を繰り返しているとも聞く。『拡大』と言う大同団結に過ぎないと見るべきだろうな」

 

そんな連中が、曲がりなりにも「団結」していられる理由。それは――

 

 

 

 

 

 

「あちらの旗頭も皇族なのだよ、我が従兄殿なのだがな」

 

 

 

 

 

ザクセンブルク公爵アルフレッド。

 

それが『拡大派』の旗頭であり、帝位継承順位2位の人物でもある。

ちなみに、ツェツィーリエより8歳ほど年上である。

帝位継承権の保持者であると言うこともあり、ツェツィーリエも手を出しづらい相手である。

 

 

 

「現状は私の支持基盤が『軍部』、あちらの支持基盤が『宮中』と言う奇妙な状態でね。

立太子まで済んでいるのに不思議な事だと思わないかね?」

 

確かに妙だ、とターニャは訝しんだ。

本来は逆ではないのか、皇太子が宮中にあって、それ以下の王子が軍をバックボーンに力をつけるというのは聞いたことがあるが、と。

 

その疑問に対し、ツェツィーリエは苦々しげに答えた。

 

「究極的には、私が女だと言うのが根底にある」

「?」

 

疑問符を浮かべるターニャに、皇女は問いかける。

 

 

 

 

 

「『良妻賢母主義』と言う言葉に聞き覚えは?」

 

これまた死語を持ち込んで来たな、とターニャは咄嗟に苦笑しかけ、そしてハッとなった。

 

―― この世界では、まだ死語ではない! ――

 

そう、西暦世界の日本ですらところどころに残ってしまっているソレ。

『男は仕事、女は家事(そして育児)』という性別役割分業に根ざすものであり、有名なのは戦前日本の女子教育の在り方だが、実際には戦前日本に限らず、近代社会に広範に存在した女子教育理念である。当然、帝国の貴族社会とて例外ではない。

いや、家を繋ぐことを第一義とする貴族なればこそ、その傾向はより顕著である。

前世の知識からそう言うこともあると予想していたツェツィーリエだったが、聞くのと見るのでは大違い、と言う奴であった。

 

 

 

「おかげで私の宮中における評判は芳しくなくてね。

『ダンスも出来ない皇女殿下』『容姿の持ち腐れ』『壁の花どころか壁そのもの(72)』…。最後の一つには殺意すら覚えるね。…例外は軍部だったという訳さ」

 

 

そう、軍部に限っては性別職業分化の傾向が薄い。

 

何故か?

理由は単純明白。

魔導師の適性がある人間は女性だろうと登用してきた歴史があったからである。

これには帝国が周囲を仮想敵国に囲まれた国家だったというのも大きく関係していた。

性別で採用差別する余裕など、帝国には無かったのである。

そして実力主義の軍隊なればこそ、ツェツィーリエは人望を集めたとも言える。これが貴族子弟の通う学校に通っていたとした場合、碌な事にはなっていなかっただろう。

 

 

 

「一応あちらの公爵も陸軍士官学校卒ではあるのだが…。確かルーデルドルフが教官をした時期があったのではなかったか?」

「ハッ…。ただ、あまり覚えておりませぬな。すくなくとも、成績優秀者には入っていなかった筈です」

 

ルーデルドルフの記憶に残らなかったのも無理はない。

実際、かの青年の卒業席次はかなり下の方だった。帝都部隊勤務を形式的に任官したのち、さっさと予備役に編入されている事からもそれは窺える。

まぁ、この時代になると貴族子弟の軍隊勤めなど「箔付け」程度のものでしかないので、普通と言えば普通なのだが。

 

 

 

 

そして、ゼートゥーアが思い出したように告げる。

 

 

「加えて言うと、殿下の婚約者候補の一人でもある」

 

 

「!?」

「…ゼートゥーア。嫌な事を思い出させないでくれ」

「思い出しましたぞ。それが原因でイルドアまで飛んだことがあったと…」

「はい!?」

「そんなこともあったなあ…」

 

ルーデルドルフが思い出した一件。

それは統一歴1915年11月、皇女ツェツィーリエ8歳のときに起こった。

この2か月ほど前、彼女は陸軍士官学校に特例―― 成績面では問題なかったが、年齢と言う部分で特例とされた。この特例はのちにターニャのような幼年志願者に適用されていくこととなる ――入学を済ませていたのだが、そんな彼女の下に士官学校の教官を経由して、上級生との面会が申し入れられる。

 

「面会とは言っていたけれど、相手の名前とやたら丁重な文面でピンときたね」

「確かにそうでしょうが、それでイルドアまで飛びに行く殿下も殿下ですぞ?」

「そそそその節は大変ご迷惑をおかけいたしました赦してください!!!」

(…ルーデルドルフ閣下、これは?)

(…ウム、儂も噂で聞いたくらいなのだがな?殿下は脱走から戻ったとき、担当教官だったゼートゥーアから相当に絞られたらしいのだ。…奴は怒ると恐ろしいからな)

(小官も聞いたことがあります。なんでも丸一日指導室で説教されていたと…)

 

「そこの3名、聞こえているぞ?」

「「「ハイッ!!」」」

 

8歳児相手にそう言う話を持ち込む16歳と言う時点で大概に思われるかもしれないが、皇族と言う時点で仕方のない部分もある。ましてやアルフレッドの場合、別の理由もあった。

 

「奴の両親は早くに亡くなっていてな?その後は家令達が養育したらしいんだが…」

 

後ろ盾のないこの少年の事を、叔父である皇帝は大層心配したらしい。

ちょうどそのころ産まれた自分の一人娘と娶せようと言うのは、その辺りから生まれた発想らしかった。

 

 

 

だが、である。

 

 

 

「主君の忘れ形見、と言うことで甘やかしたらしくてな…。

私が知己を得た時点でかなり自信過剰と言うか…。…いや、悪い人間ではないとは思うんだぞ?ただ周りに持ち上げられやすい、持ち上げられているのに気づかず調子に乗るタイプの考え無しに育っていると言うだけで」

「…殿下、それくらいにして差し上げてください」

「ん?これでもだいぶオブラートに包んだつもりなんだが?」

「………」

 

否定できないな、とゼートゥーアは思った。

実際、何度か見たこともあるし話も聞くが、かの青年は良くも悪くも『貴族らしい貴族』であり派閥の領袖。周囲に流されやすく、その癖自信家なのは察せられた。

 

「だが、奴は宮中での諸々には熟達していてな。特にダンスやら歌やらの文化的教養分野では宮中でも5本の指に入る」

「…つまり、貴族受けは良い、と?」

「お姫様らしくないお転婆娘よりはよっぽどね」

 

少なくとも、盆踊りしかできないツェツィーリエよりは宮中での人気も高い。ダンス嫌いのツェツィーリエがその手のパーティーから逃げ回っていたのも一因である。

 

 

そういう訳で「軍部に人気の皇太女」、「宮中で人気の公爵閣下」と言う対立構造が生まれ、やがて後者に『拡大派』がくっつくこととなった。領土拡大と言うのは、貴族連中にとって耳当たりの良いものであったからである。

そして『拡大派』つながりで議会の国粋主義者、産業界の一部ともつながりを得た、と言うのがかの公爵の現状だったりする。

 

「先にも言ったが、奴のシンパは軍部ではさほど多くない。数少ないそれも先の大失態で多くが予備役送り。…それで油断したと言われればそれまでだが」

「仕方ありますまい。あの公爵殿にこれほどの根回し工作が出来るとは…」

「恐らく黒幕がいるのだろう」

 

ツェツィーリエは苦々しげにつぶやく。

あのボンボンにここまで出来る脳味噌があるとも思えん、と。

 

「だが、なってしまったものは仕方ない。

…ゼートゥーア、戦務、特に鉄道部には苦労をかけるがよろしく頼む。鉄道省には私の知り合いもいる。協力は惜しまん」

「ハッ!」

「ルーデルドルフ、作戦局には兵站に無理のない作戦立案を頼みたい。面倒な注文なのは百も承知しているが、底なし沼に嵌ることだけは避けねばならん」

「ハッ!微力を尽くします」

「そしてターニャ、君には対連邦戦における新戦術、戦略案の考案を頼みたい。…私自身、考えていることもある。その資料も届けさせるから、存分に活用してくれたまえ」

「ハッ!」

「暫し、お待ちください」

 

夢の後方勤務だ!と歓喜するターニャだったが、それに待ったをかけたのはゼートゥーア戦務次長その人である。

 

「不服かね、ゼートゥーア?」

「不服という訳では…。しかし現状、対連邦戦に第203航空魔導大隊は必須不可欠であります。参謀本部直轄の自由に使える部隊であると言う点を考慮ください。ほかに代えが無いのですぞ?」

「フム…」

 

ゼートゥーアの意見もごもっともであり、他方でターニャとの約束のこと(後方勤務にしてやるから)もある。皇女は頤に手を当てて考え込んだ。

 

「…いや、それも含めてちょっと考えがある」

「それは…?」

「そうだな…。ゼートゥーア、この後時間をもらえないか?詳細はその時に話そう」

「は…」

「小官にはお話し頂けないので?」

「あくまでもアイディア段階だし、作戦局に過度な期待を持たせても悪い。戦務の意見を聞いてみたいのだ」

 

それに、両次長が揃って密談など、痛くもない腹を探られるだろう?

と皇女はにやりと笑った。

 

「そういう訳だから、203には一度下がってもらおう。なぁに、それも含めて『我が軍の消耗も予想外に嵩んでおりました。精鋭部隊も損害多数であります。ついては連邦領侵攻はしばし遅らせていただきたい』と帷幄上奏すれば良いのだ」

「それはまた…政府に恨まれますな」

「フン、それこそ今更だろう。貴様のことを慎重すぎると非難する声もあると聞くが?」

「そういう貴様が羨ましい。聞いたぞ、今回のティゲンホーフでも作戦局を賞賛する声が多数と言うではないか」

 

 

ここにも何者かの作為が見られた。

確かに『クロム計画』は作戦局主導と言うことにはなっている。だが、陸軍参謀本部に詰める人間ならば、その突飛な発想と原案文章の筆跡―― 妙な右肩上がりの癖があった ――を見れば誰が本当の発案者なのか分かるはずである。

それが奇麗に捨象され、のみならずゼートゥーア(皇女の恩師)ら戦務局が書き上げた芸術的なまでの海上輸送計画も賞賛の対象から漏れている。

 

そう、意図的に皇女殿下の才幹を、そしてそのシンパ(と見なされていたゼートゥーア)の功績を低く見ており、対照的に作戦局を持ち上げることで両者の分離を図る離間工作なのが明らかだった。

繰り返しになるが、ルーデルドルフはもともと『拡大派』に近い人物とみられていたのである。とっくに篭絡されているのだが。

 

 

「分かりやすすぎて、いっそ滑稽だな」

「笑いごとかルーデルドルフ。うちの若いのを宥めるのが大変だったのだが?」

「フン、それこそ相手の策にまんまと乗せられておるな。部下の教育不行き届きなんじゃないか?」

「貴様ほど拳で語るタイプではないからな」

「ハッハッハッ!言うな貴様!」

「んんっ!同期の語らいは大いに結構なんだが、課業後の士官クラブでやってくれないかい?…ああ、ついでに私も連れて行っておくれよ。今日は自棄酒でも呑みたい気分なんだ」

「ほう、それは珍しい。…ルーデルドルフ、確か貴様のところに良い酒があったな?」

「士官クラブに持ち込めと?…仕方ないか。最近の士官クラブは酒が悪い」

「決まりだな」

 

そして、彼女はコーヒーのお代わりをそっと差し出した出来る男、レルゲン中佐に語り掛ける。

 

「レルゲン中佐には今まで以上に前線視察をして貰うことになる。…負担をかけてすまんが、当分私は帝都から動けないだろうからな。貴官にしか頼めないのだ」

「ハッ!…しかし、帝都から動けない、とは?」

「今回のようなことが無いようにするには、私が帝都で目を光らせておくほかあるまい?」

「…ご期待に副うこと敵わず、面目次第も――」

「ゼートゥーアは悪くない。そもそも政府は軍に、軍は政府を信頼して口出ししないと言うのは帝国の伝統であり、今や悪弊だ。構造的欠陥なのだから、貴官のせいではない」

「………」

「それを言うなら政府にも軍にも口出しできる(皇女)が率先して動かねばならなかったのだ。…今までが軍に注力しすぎで、宮中や政府と言う足元をすくわれたと言うべきだろう。つまり今回の一件、むしろ私のミスだ」

「そのような事は!」

「ああルーデルドルフ、ストップ。この件はどっちも引かずに水掛け論になるのが目に見えているから、士官クラブで話そうな?その方が気楽でいい」

「…ハッ」

「それに理由はもう一つある」

 

首を傾げる面々に、お転婆娘は告げる。

 

 

 

 

「前線突撃がばれて、演算宝珠を没収された」

「「「「…そりゃ、そうでしょうな」」」」

 

 

「息の合った反応をありがとう。…まぁ、そういう意味でも私は当分帝都で大人しくしているよ。陛下にも泣かれそうになったからな」

 

さもありなん。

ルーデルドルフは思った。

陛下は殿下を溺愛している。なればこそ、『良妻賢母』たるべしと教え込む貴族向けの学校ではなく、陸軍士官学校への入学を手配したのだろう、と。

そんな彼女が危険な前線に行ったと聞いて、心穏やかに過ごせるはずもない。

陛下の宸襟を安んずると言う点でも、殿下には大人しくしていてもらいたい、と。……いつまで大人しくしていられるか、甚だ、極めて、とっても不安ではあるのだが。

 

 

 

かくして、ターニャたち203航空魔導大隊の後方転属は決定された。

皇女は幼女との約束を守ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが一時的なものであることを、この時のターニャは知る由もなかったのであるが。

 

 




●ハンケチ
親愛なる我が恩師は言いました。「ハンカチじゃない。ハンケチだ!」

●田哲章ボイスは痺れる、異論は認めない。
異論があるものは申し出られたい。即刻、腹切りを命ずる(え

●篭絡済みルーデルドルフ
『貴様の声は耳に心地良いな。もっと(作戦の話を)聞かせてくれないか?』
水瀬い〇りボイスでそう囁かれて、落ちない男がいるだろうか?
いやいまい、女だって落ちるだろう(断言)。

●黒幕について
実のところ、初期プロットの初期プロット(メモ書き)にはあったのですが、風呂敷を広げ過ぎて畳めなくなる危険があったため、削除予定でした。
が、最近の数話の評価が芳しくないため、補完するのにやはり必要と言うことで…。
なので、今回登場したザクセンブルク公爵アルフレッド、五秒で忘れて大丈夫です。たぶん(おい

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