皇女戦記   作:ナレーさんの中の人

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連邦領侵攻の前に、現時点での整理がてら
(決してDVDが届いたのでイッキ書きしたい衝動にかられたからではありません、多分)


感情

そもそもの話になるが。

 

 

国家とは理性的なものである。

それは官僚制度と言う頭脳集団に統御される組織である。

 

ゆえに。

 

略奪し放題だった中世ならいざ知らず、よほどぶっ飛んだ状態―― 例えば、集団パラノイアとか ――でもない限り、自ら泥沼の大戦争に突入しようと言う国家は皆無に等しい。

 

 

だが、現実には歴史上の大戦争と言うのは近世以降、特に近代に多く見られる。その際たるものが『世界大戦(WorldWar)』であろう。

 

この矛盾はいったいどこから来るのか?

答えは至極単純。

 

こんな事になる(大戦に発展する)とは予想していなかったから」、これに尽きるだろう。

 

例えば西暦世界オーストリアの―― それも評価の芳しくない ――皇太子が暗殺された時点で、それが世界大戦の引き金になると、予想したものがいただろうか?

「腐った納屋は蹴れば崩れる」と豪語したちょび髭伍長は、その納屋相手にあれほど苦労すると予想していただろうか?

 

 

この世界においても同様のことが言える。

いくつか順を追って見て行こう。

 

 

「協商連合のノルデン地方国境侵犯」。

大戦の始まりであるこれについて、そもそも協商連合の想定は甘すぎた。

彼らとしては示威行為によって国威を発揚し、あわよくば帝国との交渉を有利に進める程度の考えであった。だが、余りに自国民を煽りすぎた結果引っ込みがつかなくなったのが一つ。さらに帝国が即座に大規模動員、攻撃を仕掛けてきた結果、全面武力衝突に突入してしまったのである。

先にこぶしを振り上げたのが協商連合側である以上、無かった事にしてくださいと言える道理もなく、国力差からして勝ち目のない戦争が始まってしまったのである。

 

「フランソワ共和国の参戦」

ここでは帝国の見通しが甘かった。

近代の軍隊は初動に時間を要する。ゆえに共和国が何かしようにもその前にすべては終わり、協商連合は帝国に屈服する、と。

だが、現実はまるで違った。

協商連合は地の利を生かして想像以上に善戦し、共和国は驚くべき早さで軍を起こした。

共和国のこれほど早い参戦の背景には国境問題と経済問題―― 安い帝国製工業製品に伴う貿易摩擦、共和国産業への打撃 ――があったが、これらを帝国(の特にこの時期勢力を誇っていた拡大派)は軽視していた。

 

「連合王国の参戦」

これまた帝国にとって予想外。連合王国にとっては予定外の事だった。

まず、帝国人の多くは「フランソワ共和国さえ屈服させてしまえばこの戦争は終わる」と踏んでいた。

だが、彼らはすっかり失念していた。あるいは軽視していた。

連合王国のスタンスは「大陸に強大な国家を出現させない」事に尽きることを。この目的のために連合王国は常に大陸の二番手ないし三番手と手を組んできたのだ(その相手が大陸トップの座についたらアッサリ手切りする)。

 

すなわち、歴史的に仲の悪いフランソワ共和国と手を組んだのは、ひとえに「帝国が大陸に覇を唱えるのを防ぐため」でしかなく、共和国が駄目だったら大陸の戦争に介入するのは連合王国からすれば自明の行動なのだった。

 

実のところ、とある帝国人はこのことを予期しており、ゆえに共和国を屈服させるのではなく講和条約に持ち込もうとした。

だが、連合王国にそんな配慮が伝わる訳も無し。彼らは共和国援助を名分に帝国に宣戦を布告したのである。

 

 

逆に連合王国からすれば、これほど早期に帝国が大陸に覇を唱えるのは予想外の事態であり、ゆえに予定外の参戦を余儀なくされた。

彼らの当初の予想はこうだ。

「協商連合、共和国、ダキアと三カ国を相手に戦争している時点で帝国に勝利はない。帝国の体力が衰えたどこか適当なタイミングで『善意の仲介者』と言う体で介入し、(連合王国にとって都合の良い)講和条約を纏めようではないか」

だが、帝国は三カ国相手に勝利を収めてしまった。

だから、共和国が屈服する直前で連合王国は既定方針をかなぐり捨て、帝国との直接戦争に舵を切る「羽目」になったのだった。

 

 

 

 

このように当事者の事前予想を裏切る形で事態は推移し、戦争は泥沼の世界大戦へと広がってしまった。

戦後、その天文学的な軍事費と死傷者の数が―― ルーシー連邦を除いて ――明らかとなった時、全世界は戦慄した。

 

「もはや戦争になった時点で勝者も敗者もない。全員が出血死に至る」

 

二度目の大戦が今日、すなわち統一歴1975年まで起こっていないのは、その共通認識があるからであり、ゆえに世界は『東西冷戦』へと突入していった。

 

 

 

 

 

「――それほどの大惨事を引き起こしたかつての大戦。これを防ぐ手立ては本当になかったのでしょうか?」

「…ミスタ・アンドリュー。それをこの老婆に聞くのは何故です?」

 

 

 

統一歴1975年の初秋、連合王国首都ロンディニウム郊外のとある喫茶店でのことである。

 

 

 

「はい。御父上(・・・)の姿を見ていた貴女なら、何かしら思うところがあるのでは?…それに、女史はまだまだお若いですよ」

「お世辞が上手ねえ」

 

連合王国国営放送の記者にして、かつての大戦への従軍経験もあるアンドリューからの問いかけに、連合王国()首相、チャーブル女史(・・)は苦笑した。

ちなみにアンドリューのヨイショもあながち嘘ではない。目の前の女傑は今年で65歳になるはずだが、それよりも10歳以上は若く見える。

 

 

「そもそも貴方、『歴史にIFはない』と言う言葉をご存じ?」

「勿論。なので、この質問は純粋な興味です。無論、あのチャーブル首相の参戦決意に至る裏話を聞ければなお嬉しいのですが」

「…ちゃっかりしてるわねえ」

「そういう商売ですので」

「全く。…さて、あの大戦を回避する手段があったか、ねえ…」

 

暫し考え込むチャーブル女史だったが、やがてこう断言した。

 

 

 

―― 無理ね ――

 

 

 

「…何故でしょう?」

養父(ちち)が参戦を決意したのは『帝国の脅威』を恐れたから。これは貴方もご存じでしょう?」

「ええ、回顧録で述べておられましたから。『このまま帝国の拡大を野放しにしていては取り返しのつかないことになる』でしたね」

「そう。つまるところ帝国に対する恐怖、つまり『感情』ね」

「感情、ですか…」

 

 

その言葉を聞いて、アンドリューの脳裏に去来するものがあった。

 

 

 

―― つまるところ、感情です! ――

 

 

 

それはおよそ10年前、元帝国軍中央技術研究所主任技師、シューゲル氏が語った言葉。

同じだ。アンドリューは思った。

あの時、シューゲル氏の口から語られた言葉と、目の前の老女が語る内容はピタリと一致していた。世界を戦争へと突き動かしたのは、帝国に対する耐えがたい恐怖だった。あのときの老人もそう宣った。

 

―― ある者は恐怖し、ある者は憎んだ。 ――

 

―― 誰もが『感情』に支配され、破滅の道を進んでいったのでしょう ――

 

―― 剣を取るものは皆、剣で滅ぶように ――

 

 

記者の内心など知るはずもない彼女は続ける。

 

 

「いくら文明が進歩したところで人間は感情と情熱の生き物。ロボットじゃないのだから、当然と言えば当然でしょう?」

「つまり、人間が人間である限り――」

「この地上から争いは絶えることはない、その通り。国家と言えど最終決断を下すのが人間である以上、『感情』と言うファクターからは逃れられない。

今だって大国同士の戦争はないけれど、地域紛争はいくらでも転がっているわ。分かりやすい例だと、民族主義かしら」

 

なるほど、とアンドリューは大いに納得した。

目の前の女傑が一躍『鉄の女』と呼ばれるに至った、とある地域紛争。

約十年前、とある島々の領有権をめぐり、その島を実効統治していた連合王国と某国は武力衝突、戦争状態に突入した。

目の前の女性の断固たる決意で連合王国の勝利に終わったあの事件の本質が、統一歴1800年代からくすぶっていたナショナリズムの爆発であることを、彼は知っていた。

 

「ですが当時の欧州が全員、イルドア王国のような強かさを持っていたのならば、大戦は回避できたのでは?」

「実に良い指摘ね」

「光栄です」

「でも、イルドアの前提条件を見落としているわ」

「前提条件、ですか?」

 

彼女は言う。イルドアが中立を保ったのは、『そうせざるを得ない理由』と『それを維持するにたる利益』の両方があったからだと。

 

「あの国は欧州列強の中でも国土は比較的小さい。軍備もそれほどではない」

「つまり、あの大戦に介入することは土台不可能だったと?」

「そう、そして当時のイルドア空軍最高顧問、ジュリオ・ドゥーエの存在も大きいわね」

「ジュリオ・ドゥーエ…?」

「勉強不足ね、ミスタ・アンドリュー」

「優秀な学生ではありませんでしたから」

 

そう言って頭をかくアンドリュー記者に、ミス・チャーブルは教えを垂れる。

イルドア空軍最高顧問、ジュリオ・ドゥーエ。

世界で初めて「戦略爆撃」の概念を提唱し、イルドア空軍の父と言われた存在。そんな彼の著した名著『制空』のなかに、こんな一節がある。

 

―― 我が国は都市部に極端に人口が集中しているため、戦略爆撃をされると一ヶ月で戦争の続行が不可能になる ――

 

もし仮にイルドアが大戦に介入するとして、その道は2つ。帝国に与するか、連合王国に与するか、である。

前者の場合、強大な連合王国海軍と対峙せねばならない。

帝国の立場からすれば願ったり叶ったりではあったろうが、イルドア王国にそんな心算は露ほども無かった。

なぜなら帝国とイルドアの同盟関係は「仲良く一緒にやりましょう」と言う類のものではない。両国の間には―― 帝国は絶対に認めないが ――「未回収のイルドア」と言う問題が横たわっており、運命共同体となることはその時点では不可能だった。

だから、両国の同盟の実態は「相互不可侵条約」に近かった。

共に強大な敵を近隣に有する両国が、帝国は南の、イルドアは北の脅威を低減するために結んだ同床異夢と言うべきものだから、自動参戦条項も無い。であればこそ、帝国が連合王国や連邦と盛大に戦火を交える中にあって、イルドアは中立を維持していられたのだ。

 

では、連合王国に与した場合はどうなるかと言うと、ドゥーエの危惧するように帝国空軍爆撃隊に都市部を焼かれる恐れがあった。ハンニバルやナポレオンすら苦労した天下の険、アルプスと言えど、航空機の前には全く無力なのだから。

 

 

「あの当時、帝国空軍は世界最強の名をほしいままにしていたわ」

「ええ。世界初の量産型戦略爆撃機、長距離急降下爆撃機に防空戦闘機。そのいずれもが当時の世界標準から一歩抜きんでて……。ああ、申し訳ありません。嫌な事を思い出させてしまいました」

 

アンドリューが恐縮したのには、彼女の生い立ちに原因がある。

 

実は彼女、50年以上前に帝国空軍の本土空襲により目の前で両親を失い、自身も左目を失うという悲劇に見舞われている。そのため、彼女の左目は常に大きめの眼帯に覆われている。

彼女のことを『隻眼の魔女』と言うのはこのためである。

戦後、彼女は親戚である当時のチャーブル首相に引き取られ、のちに養子となってその政治基盤を受け継いだのである。

だから、実の親を焼き殺した帝国空軍の話を饒舌にしてしまったことにアンドリューは恐縮したのだが――

 

「…良いのよ。もう50年も前の話なのだから」

 

――酸いも甘いも嚙み分けた女傑、チャーブル女史は鷹揚に手を振ってこの話を終わりにさせた。

 

「話を戻しましょう。…そしてもう一つ、彼らには中立を保つことによって得られる『利益』もあった」

「それは…?」

「その前にミスタ・アンドリュー。貴方は大戦時にわが連合王国が行った『大陸封鎖』をどう評価するかしら?」

 

急な問いかけに面食らいながらも、アンドリューは学生時代に聞きかじった言葉をひねり出す。

 

「それなりの効果があったが、そもそも金の流れを断ち切るのは土台不可能。ましてや『穴』が二つもあっては封鎖など夢のまた夢だった…、と聞いた覚えがあります」

「…まぁ、及第点かしら。聞いた知識であることを隠さなかったのも高評価ね」

 

 

 

『穴』

 

 

 

それは統一歴1926年当時、協商連合とフランソワ、イルドアの『中立宣言』によって出現した、連合王国の大陸封鎖に空いた大穴のことである。

連合王国は大西洋と内海の両方において、臨検と封鎖で帝国を締め上げようとした。これを「大陸封鎖」と言うのだが、統一歴1926年初頭時点でこの方策は瓦解した。

 

まず大西洋においては、協商連合―合州国間の海上交通路が健在だった。

連合王国の嫌がらせのような臨検で効率は大幅に低下していたが、戦争からの復興のために協商連合は合州国に様々な商品を発注し、合州国の船は積み荷を載せて大西洋を東へと進む。

この際、「敗戦国の割に景気が良い」ことや「やたら量が多い」ことに気付いた人間もいたが、あくまでも協商連合からの民生品の注文である。フォードのトラックだって民間からの注文です。何に使うかは個人の自由である。

 

つぎに内海航路だが、こちらに至っては臨検すら殆どない状況だった。

何しろ内海の北西を占めるフランソワ共和国が「反連合王国よりの中立」、その隣のイルドアは「帝国と同盟関係にある中立」なのだ。小アジアからイルドア王国、あるいはフランソワ共和国南部の港への航路は連合王国の手の届かない領域となってしまった。

 

そして内海においても帝国籍の船は官民問わず一隻も存在しない。

内海を行き交う船はあくまでもイルドア行きの民間商船、もしくはフランソワ行きの貨物船であり、連合王国の臨検を受けることはあるが接収されることはない。ひょっとすると(実際には)陸揚げされた貨物の行く先が帝国だったとしても、それを確かめる手段はないのだった。

 

なにより、イルドア王国の知恵ある人々ならば、かのヴェニスがどのようにして(中継貿易で)繁栄を謳歌したのかを熟知している。

ゆえに、大戦勃発当初イルドア国内にあった主戦論―― この機に乗じて「未回収のイルドア」を回収しようではないか! ――もこのころにはすっかり影を潜めていた。

郷土愛は大変結構だが、血を流さず儲かる話があるならそちらを優先すべし。

この点において、イルドア人は実に賢く、そして強かであった。

 

あるいは、この『穴』の維持と物流を条件に、帝国のさる筋(皇女殿下)から中立維持への了解を取り付けていたのではないかと言う説すらある。

彼女もまた「信頼できない(一抜けしやがった)同盟国」を得るくらいなら、そちらの方が都合が良いと考えていたのである。

 

―― 中立維持大いに結構。ちなみに私は胡椒が欲しい ――

 

 

 

 

 

 

「――当時のイルドアはそれなりに儲けたようね。もっとも、平和な時代に比べると減っていたらしいけれど」

「イルドアが中立を保ち、後には和平の仲介に乗り出すのも道理ですな」

「ええ。イルドアだからこそ取れた選択でしょうし、純粋に賞賛に値するわ。あの父でさえ恐怖に囚われていた時代、ほかの国に同じことが出来たかしら?」

「…そうなるとやはり、世界大戦は不可避だったと?」

「あの大戦以前、人類は国家総力戦を、あれほどの大戦争を経験していなかったわ。

むしろあの大惨事を経験したからこそ、今日(こんにち)の合州国も連邦も直接戦争を回避しているのでしょうね」

「…悲しい現実ですな。人類は失敗からしか学習できないという訳ですか」

「学習できてないことも多いのだけれどね。例えば民族主義は失敗例も多いのに未だやめられないでしょう?」

「…ミス。それはそもそも近代の国家が『国民国家』である以上、どうしようもないのでは?」

「確かにあなたの言うとおりね。とすると、これからも人類は誤り続けるでしょう」

「悲しいお話ですな…。それを防ぐために、嫌がられても情報を、過去の過ちを発信し続けることが我々ジャーナリズムの使命なのでしょうね」

「…確かにそのとおりなのでしょうけど、追いかけられるこっちの身にもなって欲しいわね」

「ハッハッハッ、そこはまあ有名税と言うことでご容赦を」

「全く酷い話よねえ…。ま、もう引退したからいいけれど。…ただし、ここの支払いくらいはしてもらうわよ?」

「もちろん。それくらいは経費で落ちますから」

「じゃあスコーンとダージリン追加で…。ああ、あのプディングも美味しそうねえ」

「…お手柔らかにお願いします」

「フッフッフッ、そこはまあギャランティーと言うことでご容赦を」

「!?」

 

 

 

後日、会計担当から呼び出されたアンドリューは、こう供述する羽目になる。

 

 

 

―― 魔女の胃袋は底なしだった ――

 

 

 




実際、調べれば調べるほど戦争のはじまりと言うのは得てしてこんな感じです

事実は小説よりも奇なりです

例:警備が厳しく、「もうだめだぁ、おしまいだァ」と諦めてホットドックを頬張っていたら、襲撃対象が―― それも警護の警察官のうっかりルートミスで ――目の前を通ったセルビア人青年


例2:演習中に催してしまったので、こっそり隊列を抜けて用を足して帰ってきたら、中国兵の銃撃を受け行方不明、と言うことになっていたシナ駐屯軍の兵士


>底なしの胃袋
筆者の親戚のご婦人のケース

御年70歳ですが、ピッツァ食べ放題で7枚―― 7切れではない。あの丸いのを7つである ――ぺろりと平らげた。
ちなみに私は5枚が限界でした(

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