皇女戦記   作:山本 奛

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本章最終話になります。

次話からは新章、原作に戻りますのでご安心を
最悪、読み飛ばしてもらってもあらすじに影響はありません。たぶん

【注意】
①本話はオリジナル純度100%となっております。十二分にご注意ください
②次話の投稿時期未定




超大国の夜明け

統一歴1926年7月

合州国首都ワトソンDC

 

「――それで、戦況は?」

「芳しくありませんな。連合王国は帝国相手に打つ手なし。連邦は負け続きです」

「あれだけの武器弾薬を送っているのに?…頼りにならんな」

「大統領、流石にそれは…」

「分かっているよ、副大統領。冗談さ」

「…それならば宜しいのですが」

「冗談だとも。不甲斐ない友好国の有様につい、ね?…しかし、帝国がここまで善戦するとは予想外だな」

 

大統領の感嘆は、合州国の経済人の総意でもあった。

なにせ協商連合に始まり、共和国、大公国に連合王国、挙句の果てには連邦と、帝国はもはや世界の半分を敵に回して戦っているに等しい。

しかも始まったのが1923年だからそろそろ丸3年になる。

湯水のように消費されていく武器弾薬、川のように流れる血の量を思えば驚異的どころか驚愕でさえある。

 

「同感ですが、理由もあるようですぞ」

「それは?」

 

大統領の声に副大統領の隣にいた国務長官、ステイサムが続ける。

 

「我が国のフォードと同じことを、彼らは武器弾薬の製造で行っているのです」

 

統一歴1917年に武器弾薬から始まった帝国の『規格化』は、総力戦体制が推進されていく中で帝国の隅々にまでいき渡っていた。

今やネジ一本、板一枚に至るまで、どのメーカーが造っても同じサイズ。例外は精々オーダーメイドの家具くらいだろうが、「戦争」にあらゆるリソースが投じられている帝国でそんなものが残っているのか甚だ疑問である。

 

…いや、状況は程度の差こそあれ、全ての交戦国に共通している。

むしろ戦時下にあっても繁華街からネオンが消えず、不朽の名作カラー映画―― しかも自国の内戦をテーマにした ――を作って、アイスクリーム製造機の故障が原因で水兵が暴動を起こしかける方がおかしいのだ!

 

「おかげで帝国の武器弾薬は安くて豊富。対する連合王国は…」

「…あの鉄パイプか」

 

 

 

 

悪名高いスパム銃のことである。

 

 

 

その開発背景には今次大戦まで、連合王国が強力な陸軍を要する事態に直面したことがなかったという経緯がある。

彼らは『欧州本土に覇権国家を出現させない』という国是に従い、「シーソーの適切な側に移動する」所業を繰り返してきた。

例えばフランソワに皇帝ボナパルトが出現したときは、当時のプロイツフェルン王国*1をはじめとする他の欧州諸国と手を組んでその覇業を妨害し、直近では帝国の勢力拡大を阻止せんがためにフランソワ共和国と同盟を結んだ。

 

つまり、連合王国は常に「欧州本土に誰かしらのパートナー(当て馬)」を用意しており、陸のことはそちらに任せてきた歴史があった。

 

勘の良い読者なら既にお察しだと思うが、この関係は連合王国が『ウチの同盟相手が今度は欧州の覇者になりそうだな…。チェンジで』と思った瞬間破棄され、昨日までの敵が今度は同盟国になる。

相手国からすればひどい裏切りだが、ジョンブル流に言えば――

 

 

 

『永遠の友も永遠の敵も存在しない。ただ永遠の国益のみが存在する』

 

 

 

――のだから仕方ないのである。

 

…話を戻そう。

兎も角、それゆえに共和国の敗戦後、連合王国は自前の陸軍を整備増強する必要に直面した。だが、彼らは運が悪かった。

 

『ドードーバード航空戦』

この戦い、仕掛けた側の帝国空軍は「失敗」と評価したが、実は意外な戦果をあげていた。

 

 

 

『王立スプリングフィールド兵器工廠』。

ここに落ちた強運の爆弾は原油タンクを吹き飛ばし、火災を発生させた。

燃え盛る重油の流れ込んだ先には運悪く、航空機用爆弾製造工場があった…。

 

 

 

「――連合王国も必死なのです大統領。兵器工廠がやられた以上、一般的な金属加工設備を持つ工場で製造できるよう、できる限り単純な設計で、かつ安価な素材で製造しようとした結果が…、まぁ…、見た目がアレなのは美的センスを発揮する余裕すら無かったということなのでしょう」

「しかし、あれはあんまりだろう?」

「おかげで我が国の銃が売れているのですから、良しとしようではありませんか」

 

国務長官の言うとおりであった。

このスパム野郎、早急に数を揃える必要があったからとは言え、いささか雑過ぎた。

「鉄パイプにグリップと引き金を取り付けただけ」と形容すべき、実にシンプルなデザインが特徴なのだが――

 

従来の銃とはあまりにもかけ離れたデザインに、配備先から「()()()()()()()()()」というクレームが殺到。

さらに構え方が分からない兵士たちは、握りやすいところに飛び出ていたマガジンを握って射撃したのだが…。

 

 

 

「見た目はアレですが、性能は必要十分。正しい射撃姿勢なら全く問題ありません!

 

 

 

―― ただ一つだけ。誤ってマガジンを握って射撃すると()()()弾詰まりす(ジャム)るので、それだけは絶対にしないでください」

 

こんなものを配備された連合王国陸軍。

当時の彼らのコメントは、後にこの国のお国柄とこの銃の真価を表したものとして有名になる。曰く――

 

 

 

 

 

 

「問題ないさ、鉄パイプだって立派な武器だからね」

 

「むしろ銃剣が付けられる時点で最高の鉄パイプだとも」

 

「ただ、個人的にはちょっと細すぎるかな。鉄バットの方が丈夫で長持ちするんだよ」

 

「でも飛び道具になる!こんな最強の鉄パイプ、見たことがあるかい?」

 

 

 

 

 

…実に連合王国民らしいジョークと言えよう。

結局、こんな銃を連合王国は推定()()()()挺も造り、兵士たちも「銃剣突撃には最適」というジョーク―― なら良かったのだが ――を飛ばしながら、統一歴1950年代に後継機が出てくるまで使い続けた。

 

まあもっとも、飛び道具として()使えるように改善されては行ったのだが。

そしてその補佐として、正確には「銃剣突撃(スパム銃)を支援する射撃装備(飛び道具)」として、同じくらい大量の『トミ()ガン』を合州国から購入したのである。

 

 

…読者諸君もお忘れだろうから言っておくと、書類上はどちらも『銃』にカテゴライズされている。

 

 

 

 

 

「…まぁ、良い。親愛なる旧宗主国の愉快な話はそこまでにしよう。さて、国務長官。

 

例の調査は進んでいるのかね?

 

ニッコリと嗤う大統領に、国務長官も笑顔で答える。

 

 

 

「はい、大統領。()()()()()()()()()()()()、すべて完了いたしました」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

この大戦の原因、背景は非常に複雑である。

 

政治、経済、思想、理性、感情…

 

その他ありとあらゆる要素が複雑に絡み合い、遂に地上に地獄を出現せしめたと言え、その全てを解説するのは、撲殺に使えそうな研究書ならともかく、短い紙面ではもはや不可能である。

 

だが、部分的にでもしなくては、この戦争の性格を正しく理解することは出来ない。

ゆえに、幾つかの部分について記すこととしよう。

 

 

まず『欧州における政治対立』

これは既に何度か述べているので省略する。要は帝国が強くなりすぎたのだ。

 

次に『民族主義の勃興』

このころ民族主義、民族自決の考えは、燎原の火のごとく全世界を覆いつつあり、世界的不況の中で強まっていった国家主義、自国第一主義的思考と融合。

結果、それまでは下火だった、もしくは棚上げとなっていた「国境問題」が至るとこで噴出したのである。

そして建国過程で「領邦」やら「自治領」をあまた取り込んでいた帝国は、この種の『火種』をより多く抱えていた。本次大戦の導火線となったノルデン地方もその一つである。

 

そして『欧州における経済対立』

これは統一歴1910年代末に深刻化した事象であり、原因は帝国の「規格統一」にある。

武器に始まり、1920年までに工業規格の制定を成し遂げた帝国製工業製品は、他の欧州各国にとって恐るべき脅威となった。

そもそもの工業生産力で頭一つ抜きんでていた帝国の製品である。

それが規格化とそれに伴う分業、量産でより低価格かつ安定した品質を発揮しだしたのだからサァ大変。

 

具体的な事例として『蒸気機関車』を取り上げてみよう。

まるで自動車のように関節式蒸気機関車(クルップ式蒸気機関車)を作る変態集団が帝国に現れたことは、欧州に大変な影響を及ぼした。

 

例えばフランソワ共和国の場合。

この国の鉄道にはある悩みがあった。

それは「良質な石炭が手に入らない」こと。

良質なカーディフ炭に恵まれていた連合王国と違い、共和国には良質な産炭地が存在しなかった。

それどころか鉄道用石炭は粉末状態で、この国の蒸気機関車を悩ませていた。なぜなら粉末石炭は燃焼が不十分なまま煙突から出てしまいやすく、エネルギーロスは発生するわ沿線火災は発生するわという難物だったからである。

 

 

西暦世界でも彼らを悩ませたこの問題に統一歴1917年、救世主が現れる。

 

「わが社のウーチャン式火室なら、粉末状石炭でも問題ありません!むしろ得意分野です!!*2

 

売れた。

それはもう飛ぶように売れた。

性能の割に非常に安く、隣国と言うことで輸送コストも安かったから、フランソワの鉄道オーナーからすれば買わない理由が無かった。

愛国心?このころは帝国脅威論が声高に叫ばれる前だったから、そこまで考えていなかったに違いない。

 

 

災いは連合王国にも及んだ。

産業革命勃興の地であり、最近合州国に追い抜かれたとはいえ「元祖世界の工場」を自任するこの国にとって、蒸気機関車は重要な輸出品目である。

特にアフリカやアジアといった、自国で蒸気機関車を製造できない国々に対し、100輌単位で機関車を送り込んできた実績がある。

 

だが、この大事な稼ぎ頭に1920年前後から暗雲が立ち込める。

 

「わが社の機関車製造は大量生産技術を確立しているからお安いのです。

…まぁ、従来型よりちょっとだけお高いのですが、それで出力二倍で軸重も軽い、急曲線やトンネル区間にも強い新型機が手に入るのです!!」

「「「その話、詳しく」」」

 

…どこのセールスマンかは言うまでもないだろう。

さらにこれらの国家、鉄道の重役たちからすれば、わざわざ要求仕様を紙に纏めたり、あるいは設計図を送ったり、はたまた遠い欧州に出向かずとも『カタログ』で大体のことを決定できるというのは実に魅力的だった。渡航費用だって馬鹿にならないのである*3

 

「すまんが、うちじゃ直せない破損が発生してしまってね…。交換品を送ってもらえないだろうか?」

「承りました。側面ないし内側に刻んである形式番号をお知らせください。本国に在庫照会のうえ、早急にお送りしましょう」

「…いや、サイズ違いがあったら困るから現品か実測図を送るよ」

「御心配には及びません。サイズ含め、全て形式番号で管理しておりますので」

「なんと!」

「それに大体の部品は在庫がありますから、おそらく一月以内にはお届けできるかと*4

「そいつは素晴らしいな!」

 

無論、連合王国の機関車メーカーだって負けてはいないし、むしろ注文を受けて要望通りの品を納入する能力ならば帝国よりも高性能な一品を造っていた。

…だが、悲しいかな。それだけ気合を入れて造ってしまうと、どうしてもお高くなってしまうのである。

 

上述したのは機関車であるが、それ以外の工業製品についても規格化による量産、低価格化を達成した帝国製品は欧州各国にとっての脅威となった。

 

 

これらの経済的、実態的脅威が「帝政」という、自分たちが過去に捨て去った、そしてネガティブなイメージを持っている政体と相まって『帝国脅威論』を、もっとストレートに言うなら『帝国と言う耐え難い恐怖』を欧州各国の国民に植え付けていったのである。

 

 

なるほど、チャーブルのような政治家が煽った部分もあるだろう。

だが、彼の思考の根底にあったのは当時の連合王国においては主流となっていた『帝国脅威論』であり、彼の英明な頭脳はそれをより詳細に検討しただけにすぎない。

なればこそ、統一歴1925年の選挙において彼は連合王国市民の圧倒的な支持を受け、内閣を率いることとなったのである。

 

 

 

言い換えれば、『打倒帝国』というスローガンは、濃淡こそあれ連合王国市民の総意であったと言える。

 

 

 

◇◇◇

 

 

そして合州国から見た場合、この戦争の意義は大いに異なる。

 

ここからはそこを見ていくこととしよう。

…ああ、面倒くさい話だと思ったそこの貴方。気持ちはよく分かる。

だがしばしご辛抱戴きたい。何故ならば――

 

 

 

 

 

大戦こそが合州国が世界の覇者となる第一歩だったのだから

 

 

 

 

 

――話を始めるにあたり、当時の合州国の国是、『モンロー主義』についておさらいしておこう。

これは乱暴に言ってしまえば、「こっちも欧州に手を出さないから、欧州もこっちに手を出すな」という相互不干渉主義である。

統一歴1815年に、当時の合州国モンロー大統領がこの主義を掲げた背景には、独立戦争以前からしばしば欧州の政局に左右され、干渉を受けてきたというこの国の苦い記憶がある。

 

しかし、当時の合州国はまだまだ未成熟な新興国家であった。

 

統一歴1990年現在とは比べ物にならぬほどに弱々しかった、この国の当時の実態に思いを馳せるとき、この宣言はさしずめ「よれよれのリーバイスに身を包んだ若かりしころの青年サム(合州国)が、煌びやかなシャンデリアの下でモーニングに身を包む老獪な大人たち(欧州諸列強)に向かって、精一杯の虚勢を張っている」ようなものだったのかもしれない……。

 

だが、それから100年が経とうとしているこの時期、この国は世界随一の超大国へと飛躍を遂げていた。

 

アメリゴ大陸の東半分にとどまっていた国土は西へ西へと広がってついに太平洋に到達し、東部大西洋沿岸地域には世界最大の一大工業地帯を現出せしめた。

『アメリゴン・ドリーム』の言葉が示す通り、この国には夢があり、希望が満ち溢れていた。かつてよれよれのリーバイスに身を包んでいたサム青年は、今や世界の最富国の一員となり、シャンデリアの下を堂々と歩く紳士へと成長していたのだ。

 

 

 

 

だが、ここでこの国は困った事態に直面した。

 

 

 

 

『モノを売る相手が足りない』

 

これは合州国の西への伸長が終了した、すなわちフロンティアが消失したことによる。

 

何と言っても人類史上稀に見る、未開拓の『ブルー・オーシャン(西部)』開拓事業であった。この国家戦略は若者に仕事を、工場に活気をもたらし、東部で造られた各種製品が西部で消費され、西部で産出する豊かな鉱物資源が東部に送られるという好循環をもたらしていた。

 

ゆえにフロンティア開拓がひと段落すると、合州国の資本家たちは悩む。

 

『新たな市場が欲しい』

 

このころ登場したフォードに代表されるように、合州国製の安い工業製品は欧州でもよく売れていたが、欧州はもはや『レッド・オーシャン』であり、独占など夢のまた夢。

殆ど時を同じくして工業化、量産化を成し遂げた帝国製との競争も避けられず、合州国の経済成長率は鈍化を始める。

 

 

 

 

この事態に合州国連邦政府は新たな国家戦略、ひいてはフロンティアを探し始める。

 

だが、これに制約をかけるものがあった。

自分たちが定めた国是、『モンロー主義』である。

 

合州国市民の多くがこの方針を支持しており、欧州への進出は不可能に等しい。

 

そこで連邦政府は反対側、つまり太平洋に目を付けた。

 

これは以前から模索されてきたものであり、「自衛のための正当な戦争」と定義した対イスパニア戦争によるグア()島、フ()リペン諸島の獲得もこれにあたる。

その位置を概観すればわかる通り、この時期の合州国の進出エリアは「太平洋」であり、その最終目的地は膨大な国土と人口を抱える『チャイナ』であった。

 

 

 

しかし、それは単純な事ではなかった。

この当時、疲弊の極致にあったとはいえかの地の『中支帝国』は現存しており、そしてこの老い先短い老人をハゲタカのように狙う『ルーシー帝国』の南下があり、さらにこれを脅威と見て協力関係を結んだ『秋津洲皇国』と『連合王国』の姿があった。

さらに少し離れた南の地域(インドシナ)からは『フランソワ共和国』も熱い視線をこの地に向けているとなれば、フェリペンという地歩を得ていたとはいえ、合州国がここに乗り込むのは至難の業だった。

 

 

 

 

 

だが、合州国は強運だった。

すなわち『極東大戦』の勃発と、秋津洲皇国の勝利である。

 

 

 

 

この戦争、言うまでもなく前評判ではルーシー帝国が圧倒的に有利だった。

白色人種から有色人種への差別意識が根強い、いやむしろ当たり前とすら見られていたこともあるが、そもそもの国力からして結果は歴然だと思われていたのである。

ゆえに秋津洲皇国の戦時国債はさっぱり売れず、戦費調達に難渋する事態に陥った。

 

この事態に現れた救世主、それこそが合州国であった。

 

これ以前からアジア進出の機会を虎視眈々と狙い、地域情勢の緻密な分析を重ねていた連邦政府国務省の検討チームは、大統領に驚くべき推測を報告した。

 

 

『この戦争、秋津洲の条件的勝利の可能性大』

 

 

予想外の報告に仰天する大統領に、国務省の報告官は告げた。

ルーシー帝国はこれまでの戦争等で疲弊しており、国内情勢が不穏である。

さらにモスコーからウラジヴォストークまでシルドベリア鉄道は伸びているとはいえ、その総延長9,000キロという数字は将兵と兵站に恐ろしいほどの負荷をかけるであろう。

 

更に海軍力では逆に秋津洲皇国有利。

なるほど海軍の総戦力ではルーシー帝国が有利だが、太平洋に限っては秋津洲皇国が圧倒的に有利。

皇国は自国で戦艦を建造する能力を持たず、海外からの輸入に頼ってはいたが、それが却って開国、近代化から日が浅いことと相まって「それなりに新しい戦艦」が揃っている状況を作り出している。

無論、ルーシー帝国も早晩本国艦隊を極東に向けて抜錨させるだろう。

だが、あれほどの大艦隊、地球を半周させるだけで疲労困憊となるに違いない。そもそも火薬が極東に着くまでに湿気ってしまうのでは?

 

しかも極秘情報によれば、あのアルビオン連合王国が対ルーシー帝国の同盟締結を考えているというではないか!

あの旧宗主国殿はいけ好かないし、簡単に裏切るし、なにより舌が何枚あるか知れたものではないが、良くも悪くも見る目は確かだ。そんな国が手を取るに足ると見ている時点で、他の有色人種、アジアの国々とは別物とみていいだろう。

 

 

「――我が合州国の取るべきスタンスは?」

「秋津洲の国債を購入することです大統領。そうすれば、彼らの勝率はぐっと高まるでしょう」

 

 

さきほど救世主と述べたが、国家関係において「善意の第三者」など存在しない。

合州国が秋津洲皇国の戦時国債を引き受けたのは、それが最終的に自国の利益、具体的には「アジア進出のきっかけ」となると踏んだからに他ならない。

合州国の明け透けな思いはこうだ。

 

「どうせ秋津洲皇国は戦時国債を返済しきれないでしょう。

 

 

…そのとき、代わりに満州を貰い受けようではありませんか」

 

 

「…素晴らしいアイディアだ。直ちに詳細な検討にかかってくれたまえ」

 

無論、馬鹿正直に言う訳にもいかないから、合州国の財閥オーナーと秋津洲皇国外務大臣との間の『密約』と言う形で「満州の利権を合州国へ」と約すこととした。

だが、連邦政府の一員でもない人間との密約であり、契約書などどこにもない。

無論、それだけの内容を一民間人が取り交わすなど通常あり得ないから、その背後に連邦政府がいるのは誰の目にも明らか。だが連邦政府に言わせれば「自国民が勝手に言ったことであり、我々は認知していない」のである。

 

 

そう、彼らは自国を戦争の外におき(平和主義を標榜し)ながら、秋津洲皇国が手に入れるであろう中支大陸利権をそっくりそのまま掠め取ろうと画策したのである。

 

 

 

 

だが、結論から言うとこの目論見は失敗した。

人類が経験したことが無いような総力戦を前に秋津洲皇国は勝ちきれず、合州国は仲介に骨を折る羽目になる。

そして、未曽有の大戦争を経て秋津洲が得たのは、極北の島一つと大陸の小さな半島一つのみ。しかも賠償金は一切獲得できなかったから、国民は激怒し政府機関に火を放った。

 

かかる状況にあっては獲得したサハ()ン、遼()半島を合州国に譲り渡すなど出来ようはずもなく、秋津洲皇国は連合王国国債等への「借り換え」をおこなうことで戦時国債の返済原資を確保することとなる。

 

 

 

「…まぁ、状況的に仕方ないか。貸したものは返してくれたし……」

 

 

 

合州国は狡猾だったが、この時点ではまだ良心的だった。

彼らは中支半島への入り口を友好国―― 和平交渉仲介のこともあり、両国関係は極めて良好だった ――秋津洲が抑えてくれたことで、ひとまず自分を納得させたのである。

 

 

そしてその数年後の統一歴1907年。

合州国が待ち望んだ好機が到来する。

 

『丁未革命』の勃発である。

 

西暦世界における辛亥革命に相当するこの革命により、遂に中支帝国は崩壊。

世界大戦が勃発していないこの世界において、秋津洲単独での介入、恫喝など起こりようもなく、欧州を含む諸列強が揃ってこの一大事件への介入を目論んだ。

表向きは自国民保護であるが、本音は利権獲得と中支分割にあることはいうまでもない。

 

 

 

 

 

 

だが、合州国はここでも躓いた。

いや、一番の失敗者は秋津洲皇国だったかもしれない。

 

 

というのも革命を起こして誕生した『中支民国政府』は列強の予想を裏切り、あっさりと国内を掌握。西洋的近代国家制度をたちまちの内に構築して全世界を驚かせた。

 

その背後には、中支帝国末期に西洋で学んだ「革新官僚」、海禁政策を破って秋津洲皇国や西洋諸国に密航して近代思想を学んだ若き「革命の志士」たち、そして秋津洲から大陸に渡った大陸浪人、すなわち「()()()()()()」の存在があった。

 

 

 

 

亜細亜(アジア)主義』

 

 

それは、近代秋津洲が生んだ思想潮流の一つである。

前時代末期以降、数多の秋津洲人知識層が西洋列強に学ぶべく欧州へと渡ったが、彼らはその道中、植民地化されたアジア諸国の実情を目の当たりにすることとなる。

 

支配と収奪。

差別と貧困。

 

言葉にするのも躊躇われる悲惨な光景が、そこには広がっていた

『このまま手をこまねいていては、いずれ秋津洲もこうなってしまう』

その危機感こそが彼らを「皇国」という中央集権国家建設へと突き動かした原動力であったのは間違いない。

そしてこの現状を「白色人種と有色人種の争い」と捉えた、一人の男があった。

 

 

 

その名は、岡()天心

 

 

 

彼の専攻は秋津洲美術であり、「凍れる音楽」と評した自国の芸術を全世界へと広く発信していった人物であるが、そんな彼の言葉の中にこんなものがある。

 

 

『欧州列強による植民地化という運命を前に、アジアは一つである(Asia is one)

 

「Asia is one」

 

 

このシンプルなセンテンスこそが亜細亜主義のルーツであり、出発点であったと言えるだろう。

西暦世界の2000年代に生きる我々からすれば荒唐無稽な言葉に思われるだろうが、当時この言葉は大いなる共感を呼んだのである。

 

 

 

彼らは主張する。

皇国よ、アジア独立の旗頭たれ!と。

それに対する政府の回答は――

 

 

 

――「富国強兵、脱亜入欧(ほかのアジアの連中とは違うんです)

 

 

 

丁未革命で重要な役割を果たした亜細亜主義者、北輝之はこのことを「皇国はアジアを捨てた」と表現している。彼は故国を捨てて海を渡り、ついに中支に骨を埋めたのであった…。

 

秋津洲政府は西洋化路線をひた走り、()()()亜細亜主義者はそのたびに失望の度合いを深めていった。

生粋の、と力点を置いた理由は単純で、亜細亜主義を標榜する者の中にはこれを秋津洲皇国のアジア進出の大義名分(大東亜共栄圏)と見ているものが一定数いたからである。

 

ともあれ、彼らの目には秋津洲皇国の「裏切り」は明らかであった。

故に中支の民族自決運動、のちに丁未革命につながるそれを前にして、彼らは海を渡る。

 

「最早、秋津洲にアジアはない。あるのは藩閥政治と西洋礼賛のみ」

「然らば、『アジアのアジア』を標榜する我らが進むべき道はただ一つ!」

 

彼らは良くも悪くも頭が良かった。

なにせ日本初のコーラン翻訳書を著した人物すらいた*5くらいである。

そして彼らが言うところの「秋津洲政府の醜い本性」も熟知していたから、その対策にも余念が無かった。

更に言ってしまうと彼らの母国、秋津洲自体が「列強の干渉を排除して中央集権国家を造り上げた」稀有な成功モデルであった。

 

 

 

かくして中支革命、『丁未革命』は成功を収めることとなる。

革命に際し、旧政権に属していた富裕層の財産を没収することで財政基盤を確保した彼らは官僚体制、鉄道国有化、国民軍創設へと邁進し、列強からの干渉を排除することに成功。

事実を知り、秋津洲皇国政府が地団太を踏んだのは言うまでもない。

だが、この時点でも極東大戦で負った財政ダメージから立ち直れていない皇国に、列強からの―― しぶしぶとは言え ――承認を受けた中支民国に喧嘩を売る余裕はなかった…。

 

 

 

中支民国の予想外の成功は合州国にとっても誤算だった。

加えて、内戦の長期化を当て込んで製造した武器弾薬が余ってしまった。それらは協商連合をはじめとする紛争の火種を抱えた地域に横流しされたが、それでも余った。

アンクル・サムも、あの特徴的なシルクハットを地面に叩きつけていたに違いない。

 

ついに合州国の景気は後退局面に入り、世界経済にも影響、不況を及ぼした。

まぁ株価の大暴落が起きなかっただけ、『暗黒の木曜日』よりはマシだったが。

 

 

 

 

 

 

だが度重なる運の無さと失敗は、アンクル・サムの狡猾さに磨きをかけた。

そして統一1925年、連合王国が対帝国戦に突入するや、合州国は「民主主義の兵器工場」というお題目の下、『レンドリース』を開始。

 

 

「火事に苦しむ隣人に、消火用ホースを貸すようなもの」と大統領が答弁したレンドリース法であるが、その裏にはこんな事実がある。

 

 

レンドリースは無償ではない

 

 

実際、西暦世界においてもイギリスは有償となった武器代金の支払いに60年近い歳月を要した。最後の返済は―― 驚くなかれ ――西暦2006年12月31日のことである。

 

これはこの世界でも似たようなものであり、その額は雪だるま式に膨れ上がっていた。だが、この点は外交文書でも巧みに誤魔化されており、あたかも「全て実質無償で」援助を受けられるかのように語られていたのである。

 

チャーブルは老獪な政治家であったが、西暦世界同様、契約書で相手を騙すことにかけては合州国に勝てなかったのである。

もし、連合王国の人間がこの事実を知っていたならば、こう叫んだに違いない。

 

 

 

ただでさえ戦時国債で乗り切っている連合王国に、それだけの負債を―― 無論、全てが有償という訳ではないが ――返す当てなどあるはずがない!

 

それに対し、心優しい我らがアンクル・サムはにっこりとほほ笑むのだ。心配することはありませんよ、と。

 

彼は暖炉端の地球儀を手に取り、反対の手で連合王国の肩を叩いてこう囁くのだ。

 

 

 

「君はたくさんの海外資産を持っているじゃないか」

 

 

 

『七つの海を制覇せし栄光の連合王国』

連合王国人が好んで使うこのフレーズは伊達ではない。

彼らの植民地、旧植民地は地球上のあらゆる要地を占めており、その栄光を物語っていた。

 

 

 

「それらを適正な価格で買い取ってあげようじゃないか。なぁに、心配することはない。なんと言っても、我々は無二の親友じゃないか」

 

 

 

なにしろ連合王国の抑えている『資産』は一級品ばかりだ。

それらを合法的かつ合意の上に獲得できれば、その時点で合州国は世界の覇者となるに違いない。かくてサムおじさんは満足げに嗤う。

 

 

 

「連合王国は武器を得て、我々は資産を得る。実に結構なことじゃないか!」

 

 

 

◇◇◇

 

 

狡猾極まりないこの手口だったが、一つだけ問題があった。

それは――

 

 

 

「ありえないとは思うが、帝国が勝つ可能性は?」

「…不可能でしょう。彼らはあまりに多くの国を敵に回しています」

「それなら良いのだが」

 

「ただ、一つ懸念すべきことがあります」

 

「それは?」

「このままレンドリース額が増えますと、連合王国が債務不履行になる危険があります」

 

 

そう、それこそが合州国が恐れる唯一の事態。

彼らは連合王国の海外資産を身ぐるみ剥ぎたいとは願っているが、連合王国の破産までは望んでいない。いや、むしろ破産してもらっては困る。

なぜなら世界第二位の経済大国が破産したとなると、その影響は全く予測がつかなくなるからだ。余波は間違いなく合州国を直撃するであろうから。

 

「あれだけの海外資産があるのに?」

「はい。今すぐではありませんが、彼らの海外資産全部を以てしても返済できなくなる日が来るでしょう」

 

そうなれば連合王国の債務不履行、破産が確定する。

それを回避するためにはどうすれば良い?

答えは単純明白。

 

 

 

 

 

 

連合王国が破産する前に、()()()()()させればいいのである。

 

それはつまり――

 

 

 

 

 

 

「参戦のタイムリミットは?」

「再来年のクリスマスかと。それ以上は危険です」

「よく分かった。…陸軍長官を呼べ!」

「ハッ!」

 

 

 

 

 

 

時に統一歴1926年7月30日、午後6時32分。

 

運命の歯車が、唸りを上げて回り始めようとしていた…。

 

 

 

*1
後の帝国の母体

*2
ベースとなったウーテン式火室からして、「商業価値のない細かな石炭」を燃やすために考え出されたものである

*3
ただし、この時期のクルップ社には遠方からの商談客用の宿舎が併設されていた。かなりサービスも良かったそうである

*4
アフリカの場合。なお、後には帝国のアフリカ植民地用に現地部品倉庫がおかれ、そこからの発送となることでさらに短縮された

*5
大河内周明のこと、彼はアジアの一大宗教たるイスラームの理解が亜細亜主義の理想の実現には不可欠だと考えた




好きなことを一発書きしたら1万文字越え、だと…?


お気づきになられたかと思いますが、筆者は『亜細亜()()者』です。
加えて言うと、一人でも多くの人に亜細亜沼に嵌って欲しいと目論んでおります♪

友人K「あんたの部屋の本棚、禍々しいオーラを放ってるんだけど」

酷い言われようだ!一冊のみ返り血を浴びたらしき本があるだけじゃないか!!

友人K「間違いなくそれが原因だよ!?」



◇スパム銃
元ネタは英国面の一つとして名高い『ステン短機関銃』

多少盛りましたが、おおむね実話です。
実際は大戦中版ごろには使えるものとなっていたようですが。
なおマーク3に限ってはどうしようもならず、1947年には廃棄された模様(

ちなみに現在イギリス陸軍制式装備となっているアサルトライフル「L85」もなかなか愉快な奴で

「―― 非常に多くの問題点が指摘されることとなった。完全に右利き用に設計されている点や、重量がL1A1とほとんど変わらない点、重量バランスの悪さや引き金の硬さなどから射撃精度が悪い点、射撃速度が非常に低い点などに代表される使用時の性能上の問題のほか、銃を落とした時に暴発を起こす危険性が報告されていたほか、部品の破損や脱落も相次いだ。調達コストも光学照準器の採用などによって当初の想定より膨らんでいた――」

…良いところ、あるの?(Wikipediaよりほんの一部だけ抜粋してこれ)
あっ、探したらありました!

2004年以降(21世紀)、銃剣突撃を成功させた実績を()()有する』

…君、アサルトライフルだよね?毎分600発はどこ行った?…え、平均99発で弾詰まりする?
…なるほど、剣や槍の類じゃったか……


◇Asia is one
岡倉天心の言葉の一つ。
なお、わざと誤用しております。…いやだって正確な引用するとアジア主義の説明だけで1万文字くらい必要になっちゃうんだもの。書く方は楽しいけれど…、ねえ?
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