皇女戦記   作:ナレーさんの中の人

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晩秋

統一歴1926年10月11日

連邦西部 スモレースク南方 サラマンダー戦闘団 

 

 

本日の天候は曇り時々砲弾の雨。

もっとも、まばらに降る程度ですから塹壕の用意は必要ないでしょう。

むしろ連邦の皆様におかれましては、砲弾と熱い抱擁を交わしていただきたいところ。

 

ああ、申し遅れました。

私、サラマンダー戦闘団の団長を務めております、ターニャ・フォン・デグレチャフと申します。以後お見知りおきを。

 

 

…とまぁ、脳内でふざける程度には東部戦線にも慣れてしまった今日この頃である。

 

ごきげんよう、無限に広がる連邦の荒野。

さようなら、愛しき後方勤務の日々。

 

 

現在、帝国軍東部方面軍中央管区はモスコー街道の要衝、スモレースク攻略に取り掛かっている。ここを抜けば連邦首都モスコーまでもう一息となれば、連邦軍の抵抗も激しいものがある。

 

…いや、正確にはこちらの圧力が低下したというのが正しいだろう。

 

ハナから分かりきっていたことだが、内線戦略(自宅警備員)に特化した帝国軍に、連邦はあまりに広すぎた。

機甲師団こそ実現してはいるが、それはどちらかと言えば「中央軍の迅速なる展開」を想定したもの。先日、戦闘団着任時の挨拶で意見を交わしたクデーリアンのような先進的考えの持ち主を除けば、『電撃戦』で勝てるという考えに至っている人間は皆無に等しい。

 

鉄道網、兵站線の構築が間に合っていないのも痛いところである。

つまり、史実のようなスモレンスク包囲戦を実行するほどの能力は帝国軍にはないと言うことである。

対する連邦軍は後退により戦線が一大工業地たるモスコーに近づいた結果、供給量が大幅増。そんな悪条件下で、曲がりなりにも我が帝国軍が進撃を続けられるのは――

 

「大佐殿!三時方向、増援と思しき敵部隊!!」

「襲撃戦用意!上空警戒も怠るな!」

「ハッ!」

 

――さて、臨時ボーナスはどこに請求すべきだろうか?

 

 

 

◇◇◇

 

 

同日 1500時

スモレースク近郊 帝国陸軍東部方面軍中央管区 第2装甲軍司令部

 

「閣下、サラマンダー戦闘団より入電であります」

「読め」

「ハッ!『戦域5-13にて、敵増援と思しき1個大隊と交戦状態に入れり。他方面におかれても注意されたし』、以上であります」

「増援は必要か?」

「はい、いいえ。『間もなく掃討に移行す』とのことであります」

「よろしい、ご苦労だった」

「ハッ!」

 

伝令が退出するが早いか、クデーリアンは盛大に溜息を洩らす。

 

「まったく、白銀には足を向けて寝られんな。これで何度目の()()便()だ?」

 

『定期便』

それは、モスコー方面から陸続と送り込まれてくる連邦軍増援部隊に対し、帝国軍が付けたあだ名である。

 

「12回目であります、閣下」

「イワンめ、戦力の集中という言葉を知らんのか?」

 

クデーリアンはぼやいたが、連邦軍にだって言い分はある。

連邦軍首脳も、最初はスモレースクに纏まった数の増援を鉄道で送ろうとしたのだ。

だが、その部隊は帝国軍の襲撃―― 空軍や航空魔導師 ――にあって、列車ごと壊滅。

鉄道そのものは夜間突貫工事で何とか復旧したが、それ以降、連邦軍は増援を夜間に送り込むか、小分けにしてばれないように工夫せざるを得なくなったのだ。

夜間移動、戦力の分散というのはあまり好ましい方法とは言えず、文字通り苦肉の策ではあったが、実行してみると意外なほどに帝国軍相手には有効であることが判明する。

 

「しかしながら、既に何度か()()()()たのも事実です」

「全く忌々しいことだ。何か手はないのか」

 

そう、あまりにも何度も送られてくる定期便に、さらに広すぎる戦域に薄く伸びてしまった帝国軍の対応が間に合わず、スモレースクへの増派を許してしまったのである。

今月に入ってから実戦投入されたサラマンダー戦闘団がなければ、連邦軍の防衛陣地はさながら要塞と化していたに違いない。

 

これを防ぐ確実な方法、それはスモレースク戦線の南北を機甲戦力で突破し、同市を完全に包囲することなのだが…。

 

「機甲師団の状況は?」

「補給物資の集積が遅々として進んでおりません。機動戦による包囲は困難です」

「結局はそこに行き着くわけか…。鉄道敷設状況は?」

「鋭意建設中とのことですが…、どうも枕木とレールの不足を来している様でして…」

「…冗談だろう?」

 

クデーリアンは嘆いたが、それが帝国軍の実情だった。

何しろ『内線戦略』に特化するあまり、帝国軍には「外向きの輸送計画」というものがそもそも存在しなかった。近年になって慌ててそれらの()()研究に着手した有様であるから、「連邦への侵攻となった場合、どこにどれだけの鉄道が必要か、どのような路線網を構築するのが最も効率的か、そしてどこが敷設可能な地盤か」といったデータの蓄積は皆無に等しい。否、無い。

 

かくして、帝国陸軍鉄道部は広大な連邦領西部に、帝国規格の鉄道網を一から構築するという恐ろしい大事業に足を突っ込むこととなる。

当然、必要となる資材の量も桁違い。鉄道部始まって以来の大規模補正予算が必要となり、さらに兵器製造と鋼材の取り合いに発展。これで鉄道敷設がスピーディーに進む方がおかしかった。

 

結果、帝国軍は昔ながらの「歩いて前進し、防御陣地に砲撃を(可能な範囲で)叩きつけ、歩兵が潰す」という方法への回帰を余儀なくされたのである。

 

「はぁ…、嘆いていても何も始まらんな。幸い、敵の増援は空軍とサラマンダーが可能な限り叩いてくれているのだ。急ぎ、スモレースクを落とさねばならん。…ところで、『ブルームベア』の状況は?」

「本日朝の時点で、まともに動くのは12台のみです」

 

 

『ブルームベア』には悩みがあった。

本車はトーチカ等に接近して直接射撃を加えるというコンセプトから産まれたため、前面装甲がかなり分厚く、重心もかなり前に偏っていた。

量産型になるとこの問題はかなり改良されるのだが、クデーリアンのもとに送られた先行量産型、正確には「増加試作台数を24台に増やして送り込んだ」タイプではこの問題が顕著だった。

 

しかも同車が砲塔を持たない突撃砲であり、大幅な照準変更には()()()()()が必要だったことが、事態をさらに悪化させた。

すなわち、運転に完熟していない乗員が今まで通りの旋回機動を行ったため、そもそも重量増で負荷のかかっていた変速機をお陀仏にしてしまったり、前方の転輪のサスペンションを破損させる事態が多発したのである。

あるいは地面の柔らかいところで不用意に旋回した結果、ぬかるみに嵌って動けなくなる事態も多く見られた。こうなってしまうとブルームベアはその重量から、同じブルームベアかⅣ号戦車による牽引によるしか救出手段がなかった。

 

これらの問題はテスト未了の新兵器を無理やり実戦投入した弊害であり、実際このあと量産、配備される段階ではその多くが解決され、無理な旋回は厳禁とするマニュアル作成へと繋がっていく。

その意味では、この時期のブルームベアのトラブルは大いなる教訓を帝国軍兵器局にもたらしたと言えるが、当事者のクデーリアン達には悩みの種でしかなかった。

 

 

 

「親愛なる我が同期殿の懸念が当たってしまったか…。その他の砲の状態は?」

「残弾に不安があります。総攻撃に備え、一日の使用弾数制限が必要かと」

「連邦に総攻撃を悟られはしないか?」

「明日、明後日に総攻撃をするわけではありません。それに、察知されたとしても砲弾に余裕があれば粉砕できると具申いたします。…なにより、砲弾に懸念があっては総攻撃など夢のまた夢でしょう」

「それもそうか…。よろしい。補給参謀、砲兵大隊長を呼べ」

「ハッ!」

 

彼らの手元にある書類。

そこに記された部隊名の中には、こんなものも含まれていた。

 

『親衛第一師団』

 

 

◇◇◇

 

同時期 帝都ベルン

ベルン宮殿 皇女摂政宮執務室

 

「――貴殿は自分が何を言っているのか分かっておられるのか?」

 

部屋の主、ツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルンは呆れたような声をあげた。

いや、真実彼女は盛大に呆れていた。

 

「親衛第一師団を帝都に戻せ?そんな余裕が東部戦線にあるとお思いか?」

「…ええ、分かっています。分かっていますとも」

 

それに対し、疲れた声をあげたのは彼女の従弟であり、帝位継承権の保持者でもあるザクセンブルク公アルフレッド。

 

「…従弟殿、胸襟を開いてお聞かせ願いたい。それを言っているのは貴殿のご友人(拡大派貴族達)ですな?」

「…ええ。その通りです」

 

 

 

 

『拡大派』と呼ばれる派閥がある。

 

彼らの合言葉は「更なる領土を、更なる資源を、更なる市場を!」

彼らに言わせれば、国土や国民の増加こそ、最もシンプルな国力増進方策である。

また、新たに得た国土の開発事業による経済効果も莫大なものである、と。

確かに間違いではない。間違いではないからこそ、その勢力は政界や産業界に広がっており、また新たな領土、利権と言うことで貴族連中からの受けもよかった。

 

 

だが、帝国の次代皇帝たる皇女ツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルンはこの主張に真っ向から異議を唱えた。

 

『過ぎた領土欲は国を亡ぼす』

 

それは、彼女の中の人の知見からくる真っ当な主張であったのだが、この時代にはいささか早すぎた。

 

 

ゆえに、『拡大派』は皇女に代わる旗頭を求めた。それが現皇帝の甥にあたるザクセンブルク公アルフレッドだったのである。彼が芸事に造詣が深く、軍事一辺倒でダンスも壊滅的な皇女より宮廷貴族からの受けがよかったという背景もあっただろう。

――そして宮廷貴族の親類が軍隊勤務をする場合、その所属はほぼ確実に『親衛第一師団』であった。

 

 

 

「…正直に申し上げましょう。彼らも、いや私自身ここまで酷いとは思っていなかったのです」

「連邦領侵攻は碌なことにならないと、折に触れて散々説明したはずですが」

「わが友が言ったのです。『連邦は腐った納屋です。蹴飛ばせば崩れ落ちる!』と」

「…いったいどこの馬鹿ですか、それは?」

「……皆が皆ですよ。実際、『粛清』の噂は私の耳にも届いていましたから」

「……」

 

うまく吹き込まれたというわけか…。

 

ツェツィーリエは嘆息した。

あの当時、自分をはじめ帝国軍中枢、帝国首脳部は外征に乗り気ではなかった。

さらに言えば、事実上勝利に終わった協商連合、共和国との終戦時の外交交渉でもかなり穏和な条件で妥結していた。

 

新たな領土、利権の獲得を叫ぶ『拡大派』からすれば面白くない状況だったのは間違いない。

そんな彼らにとって、連邦の参戦はビッグチャンスだったろう。彼らの目には広大な連邦領土は、さながらマルコ・ポーロの『黄金の国』に映ったに違いない。

なればこそ、彼らは連邦領侵攻を決定事項とすべく、世論工作や政治工作に邁進したのだ。目の前の「()()()()()()()()()」に、連邦軍は弱い、簡単に勝てるのですと吹き込んだのも、いわば宮廷工作の一部だったに違いない。

 

……あるいはその背後に、あの島国の関与があるやもしれぬ…。

 

脳内のメモにそう書き記しつつ、皇女は口を開く。

 

「で、今になって貴殿に泣きついてきたと」

「…恥知らずなことを申し上げているのは百も承知している。だから――」

 

「筋が違いますな」

 

ツェツィーリエは席を立つ。

 

「部隊の配置、編成、その他の事項は各方面軍司令部、あるいは参謀本部の決定することです。私に泣きつかれてもどうにもなりません」

「し、しかし――」

「大方、私を介して話を通しておいて、そのあと参謀本部にごり押しする算段だったのでしょう?その手は通じません」

「…ッ!」

「先ほどお伝えした通り、帝国軍は猫の手も借りたい状態なのです。そんな状況で親衛第一師団だけ後方に配置など、出来るはずもないでしょう」

「…どうにもなりませぬか?」

「無理ですな。参謀本部に行ったところで、回答を保留され担当をたらいまわしにされた挙句『ウチでは分かりません』と追い返されるのがオチでしょう」

「…まるで見ていたようですね?」

「数日前に貴方のお知り合いが、正にその状態だったのでね」

「あぁ…。合点がいきました。それで私のところに来たのでしょう」

「そういうことでしょうな。…お人よしも大概になされよ」

 

 

 

この御仁、悪人ではないからこそ逆に厄介なのだ。皇女は思う。

だからこそ宮廷貴族に持ち上げられてしまっているのだ。

 

「…他の部隊同様、休養を兼ねた一時的な後方配置がその内あるでしょう。それまで待ってもらうしかありません。…ご友人には『親衛第一師団だけ特別扱いは出来ぬ』と皇太女に断られたとお伝え願いたい」

「…よろしいので?」

「宮中の受けの悪さはとうに諦めております。…どうもダンスの類は苦手でして」

「それはそれは…。一手、ご指南いたしましょ――」

「その必要はない」

 

「――…相変わらず、つれないお方だ」

 

アルフレッドはほろ苦く笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――よろしかったので?」

「構わんよ。嘘は言っていない」

「…それはまぁ…」

 

宮殿を離れていくアルフレッドの車を見下ろしながら、ツェツィーリエはゼートゥーアに答える。

 

「…で、件の親衛第一師団の状況は?」

「報告によれば、損耗も軽微。スモレースク攻略に向けて準備を整えており、戦意旺盛とのことであります」

「…レルゲン大佐。君もなかなか口が達者になったねえ」

「…は?」

「いや、違うな。単純に気付いていないだけか」

「…と、仰いますと?」

 

首を傾げるレルゲンに苦笑しながら、ゼートゥーアが一枚のレポートを手渡す。

 

「これは…、情報部のレポート?」

「大佐、それを読むとなかなか愉快なことが分かるぞ」

「…拝見します」

 

そこには、『情報部が見た親衛第一師団の現況』が記されていた。

その内容は――

 

 

 

「…!?…こ、これのどこが損耗軽微ですと!?」

 

「親衛第一師団は7月に東部戦線に配置されて以来、連戦続きだ。むしろ戦闘数の割には損耗軽微と言えなくもないだろう」

「ゼートゥーア、正直に言いたまえ。『貴族のボンボンかと思っていたが、意外とできる』だろう?」

「殿下、戦務参謀次長ともなるとオブラートの一枚や二枚、使えなくては務まらないのですよ」

「なるほどねぇ」

 

顔を見合わせてクツクツと嗤う狸二人の姿に、レルゲン大佐の顔が蒼褪めていく。

 

「し、しかし親衛第一師団は何故自隊の損害を過少報告してまで前線配置を…!?」

「大佐。親衛第一師団が帝都にあったとき、ことあるごとに揉めていた部隊があったのを忘れたのかね?」

「それは…親衛第二師団のことですな。それがどう関係……。ッ!」

 

レルゲンは息を呑んだ。

まさか、そんなことが!?

 

「気づいたようだな」

「『戦闘団』ですか…?」

 

 

 

 

サラマンダー戦闘団。

それは皇女ツェツィーリエの肝いりで創設された新たな戦闘単位、部隊であり――

 

――その多くを、元親衛第二師団が占めている。

 

「よく覚えておくと良い、大佐。貴族連中のプライドの高さは厄介なものでね」

「殿下、他人事のように仰いますが狙ってやったでしょう?」

「ハテ、何のことかな?」

 

ツェツィーリエはすっとぼけたが、ゼートゥーアは確信している。

 

 

 

 

『なぜ、戦闘団を帝国陸軍東部方面軍中央管区に送ったのか?』

 

 

機動戦、電撃戦に造詣が深いクデーリアンに評価させるためと言われたが、彼ほどではないにしろ機甲部隊に理解のある指揮官はほかの戦線にもいる。

なにより、中央管区は―― 少なくとも、戦闘団の派遣が決まった時点では ――比較的順調に戦闘が推移している場所であったのだ。増援と言うことならばほかの管区に送っても不思議ではない。

 

では、戦闘団が中央管区に送られた理由とは?

 

 

「とある人物が務めている部署に、ある日徹底的に馬の合わなかった元同僚、いや後輩が配属されてきたとしよう」

 

皇女はにやりと嗤う。

 

「そしてその元同僚は、部長や幹部役員の覚えめでたく、『新プロジェクト(戦闘団)』を任されているという。

しかも!

ピッカピカの最新機材(先行量産型)を携えてきたではないか! 

…さて、この場合もともといた某氏はどう思うだろうな、レルゲン大佐?」

 

「…激しく、嫉妬するでしょう」

 

むしろなにも思わない方がおかしいだろう!

こみ上げてくる胃痛と必死に戦いながら、レルゲンは脳内で叫んだ。

 

「その状況で『疲れました、休ませてください』と言うと思うかね?」

「…いいえ、むしろ逆でしょう。『あんな後輩より、自分の方がもっとできます』と」

「然り然り。よく分かっているじゃないか。

…勿論、彼らに無茶してほしいとは思っていないよ?大事な帝国軍将兵だからねえ」

 

 

 

その割に楽しそうな声で、ツェツィーリエは続ける。

 

 

「帝国軍は規定通りに運用されている。いずれ、彼らにも後方への休養配置があるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――それまで部隊が残っていれば、の話だがね?」

 

 

時に統一歴1926年、秋。

地獄の釜は、未だその全貌を見せていなかった…。

 

 




基本、皇女殿下は腹黒である

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