皇女戦記   作:山本 奛

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お久しぶりです。
遅れた理由やら何やらを端的に申し上げますと

「コ●ナのバカ―ーーーーーーーーーーーッッッ!!」

これに尽きるかと(リング上で燃え尽きた顔


宰相

統一歴1927年4月

連合王国首都ロンディニウム 首相官邸

 

「それで、イルドアの反応は?」

「芳しくありませんな」

 

その報告に、女王陛下の忠実なる僕にして、連合王国の水先案内人、チャーブル首相は顔を顰めた。

 

「『未回収のイルドア』を提示しても、かね?」

「その通りであります、閣下。…やはり、先日ご報告差し上げたように、かの国の国力、軍備は思った以上に脆弱なものと思われます」

「フム…。部分的介入すら躊躇うほどに、かね?」

「少なくとも、彼ら自身はそのように認識しているものかと」

「なるほどなるほど…。ダキアとは違うという訳だ。身の程を弁えていると」

 

葉巻をくゆらせながら、鼻で笑った宰相閣下は、そこで座の面々を見回す。

 

「さて。恋多きイルドアの紳士ご一同が、予想に反して貞淑だと知れた以上…そこ、笑うところではないぞ。私だって笑いをこらえているのだ。コホン、彼らが意外にも『同盟』を堅守するというのであれば…。

()()、強引な手を使ってでもこちらを振り向いてもらうほかあるまい?」

「…と、仰いますと?」

「マールバラ君、例の件、検討してくれたかね」

「はい、閣下」

 

呼ばれたマールバラ海軍大臣だが、その顔は実に渋い。

『検討はしましたが本意ではありません』という表情を隠そうともせず、彼は続ける。

 

 

「首相から諮問がありましたのは、『イルドア上陸作戦』の可否についてであります」

 

 

『イルドア上陸作戦』

その場の人間からどよめきに似たものが漏れたが、しかし、そこに驚きはない。

「棍棒を持って穏やかに話せ」

そう言ったのは合州国人だが、連合王国人からすれば、わざわざ成句にするまでもない常識に過ぎない。振り向かぬなら力ずく、それでも駄目なら…。

ただ、それだけのことである。

 

 

「海軍としては、上陸作戦()()は実施可能と考えております」

「…イルドア海軍はそれなりに強力と聞きます。その点、大丈夫なのでしょうな?」

「陸相の御懸念、真にごもっとも。ですが…」

 

そこで、マールバラは視線だけで宰相閣下に問う。開陳してもよろしいですかな?と。

チャーブル閣下がにやりと笑って首肯するや、彼はよどみなく続ける。

 

「現在、帝国海軍主力艦隊の活動は低下しつつあります」

「お待ちあれ。彼らの通商破壊が、我が国にどれほどの損害を与えているか、海相ならばご存じのはずだが」

「大蔵卿、それは帝国の潜水艦、中小艦艇の所業です。こと戦艦になると、ほとんど逼塞状態…。それどころか、陸上兵力増強のために保有戦艦の削減すら検討しているとか」

「なんと!それは真ですか?」

「確かな情報だ」

 

チャーブル首相が厳かに述べる。

 

「機密保持のため、これ以上は言えんが、帝国海軍戦艦部隊が今後、我が国に来寇する可能性は皆無に等しい…。マールバラ君、続けたまえ」

「ハッ…。そのため、我が国本国艦隊、及び東洋艦隊から戦力を抽出、内海(地中海)艦隊を増強することで、イルドア海軍に対し、圧倒的優位を確立しうるものと海軍では考えております」

 

そう言いつつも、マールバラの表情はさえない。

その渋面にははっきりとこう書いてある。『…閣下、本気でやるのですか?』と。

 

「…一つ、宜しいですかな?」

「何でしょうか、植民地大臣殿?」

「東洋艦隊からも戦力を抽出と仰いましたが…、実際、どの程度引き抜くおつもりですか?」 「詳細は目下検討中ではありますが…。ざっと、半分程になるかと」

「何か問題でも?」

 

努めてのんびりと、そう、『問題は無い。良いね?』と言外ににじませる首相閣下のお言葉に、しかし植民地に係る事務を所掌する苦労人は首を振る。

 

「…それほどの数を引き抜かれては、極東方面の我が国植民地、友好国に与える影響が甚大です」

「…ふむ、具体的には」

「第一に、ムラカ海峡を中心に出没する海賊の問題があります」

 

 

ムラカ海峡。

それは太平洋とインディア海を結ぶ海上交通上の要衝であり、(いにしえ)の絹の道――厳密にはその「海の道」だが――もここを通っていた。

また、その南東端に浮かぶ()()()()()()()こそ、連合王国極東進出の一大根拠地である。

そのような要衝中の要衝であるこの海峡だが、同時に海賊多発地帯としても知られていた。

近年のそれは欧州列強の植民地化への抵抗運動であるとも、単純に営利目的であるとも言われ、被害は深刻であった。

 

「しかも、帝国が海賊を唆している節があります」

「…ほう。それは由々しき事態だ。証拠はあるのかね?」

「幾つかそれらしい痕跡が。…もっとも、あの辺りは小島も多く、決定的なものはつかめておりません。その捜索にも東洋艦隊の協力は不可欠です」

「うーむ…」

「それとも関係しますが、第二の問題点として、帝国植民地の封鎖、制圧の件があります」

「なるほど」

 

チャーブルもその件については心当たりがあった。

確かにあの辺りには、帝国が併合したネーデルラント王国からそっくり引き継いだ植民地、帝国になってから獲得、開拓した領土がそれなりに存在している。

それらは今次大戦勃発以後、帝国本土との交通路が遮断され、孤立していた。そして、放置するには少々、『旨味』がありすぎた。

 

「しかし、問題は無い」

「何か妙案がおありで?」

 

植民地相の問いかけに、チャーブル首相は満面の笑みで勿論だとも、と。

 

「極東には、我々の心強い同盟国があるではないか」

「…秋津洲皇国を利用すると?」

 

秋津洲皇国。

それは有色人種国家の中で唯一、文明化を達成し、のみならず、ルーシー帝国相手に奇跡とも言える戦争を繰り広げた世界史上の特異点。

かの戦争は連合王国をして瞠目させるものがあり、戦後、連合王国は皇国との間に同盟関係を樹立していた。…まぁ、急速にアジアに勢力を伸ばす合州国への当て馬を狙ったというのが実情なのだが。

 

「利用?とんでもない。協力を願うだけだとも」

「乗りますかな?…景気低迷に苦しんでいると聞きますが?」

 

外相の言うとおりであった。

西暦世界同様、秋津洲皇国もまたルーシー帝国との戦争に莫大な費用を投じた。

そして、西暦世界と異なり、大陸進出は『中支民国』に阻まれ、どうにかこうにかやりくりして莫大な借金返済の目途が立った矢先に『大震災』で首都近郊が壊滅。

ここから、西暦世界では『大戦景気』のお陰で復活を果たしたが、この世界ではそれもなし。

歳出のかなりの部分を戦争国債の償還と震災からの復興に費やし、それでいてルーシー連邦との対峙のために軍事費を切り詰めることもままならない。それが秋津洲皇国の現状であり、窮状だった。

――余談になるが、余りの財政難からシルドベリア出兵も取りやめとなったため、『尼港事件』は発生していない。…尤も、この世界の面々は知る由もないのだが。

 

 

「無論、タダでとは言わんよ。ちょうど良い対価があることだしな」

「なるほど、帝国植民地ですな?…しかし、宜しいので?」

「構わんさ。帝国本土を叩く方が効果的だ」

「それもそうですな」

「何より、極東は遠い。これ以上の海外領土など、我が国にとっては負担でしかない。

その点、彼らに任せておけば、我々は戦力の集中と警備費の削減を達成でき、彼ら自身は利権を得ることが出来る。

何より、彼らの能力と律義さは折り紙付き。正に適任といえるだろう」

「確かに…。しかし、惜しい気もいたしますな。特にボーキサイト鉱山、これからの航空機産業を思えば押さえておきたかったのですが…」

「なに、いざとなったらあとから買い取れば良い」

「秋津洲が手放すでしょうか?」

「外相、さっき君が言ったじゃないか、『秋津洲には金がない』と」

「それもそうでしたな」

 

この当時、長引く景気低迷から、秋津洲通貨の国際的信用度はかなり低下していた。

そんな彼らからすれば、連合王国による買取り…つまり、外貨は文字通り喉から手が出る逸品であるに違いなかった。

 

「無論、買い叩くような紳士にあるまじき行為は慎まねばならんぞ、諸君」

「勿論ですとも」

「結構。…さて植民地大臣、懸念は解消されたかな?」

「…ある程度は。秋津洲海軍がどれほどのものか、詳しく存じませんので」

「ふむ。…マールバラ君、この件について、明日にでも君と外相、植民地相とで話し合いたい。秋津洲皇国海軍に関する資料をお願いできるかね?」

「承知いたしました」

「よろしく頼む。…他に異論はないかね?

…ああ、陸相の言わんとするところは分かるとも。これから私と陸相、海相、それと情報部長による協議を行うとも。ほかには?

…宜しい。では、ひとまず解散だ」

 

 

 

……

………

 

 

 

数刻の後、官邸を去っていく陸相らの背中を見送るチャーブルに、ハーバーグラムは問いかける。

 

「閣下。本気でイルドア上陸をお考えなのですか?」

「失敬な。私が嘘をついたことがあったかね?」

「…そのお言葉自体が回答と捉えてよろしいので?」

 

にやりと笑う情報部門の長に、チャーブルもまたにっこりとほほ笑みを返す。

よく分かっているじゃないか、と。

そもそもの話。

『長靴のような形』といわれることもあるイルドア半島の地形は、なるほど「大兵力を投じずとも戦線を構築できる」という点で魅力的に映る。

 

だが、それは守る側にとっても同じなのだ。

否、現地の地理に詳しい守備側にこそ、その地形は有利に作用するであろう。

なにより、イルドアも帝国も現状、兵力という点においては「持たざる国」なのだ。戦闘正面が狭い地域の戦闘は、彼らにとってこそ願ったり叶ったりの状況といえよう。

 

「――それについても説明したはずだが?『イルドア戦線はそれ自体が帝国を脅かすものでは無く、そこに帝国の兵力を誘引することによる他戦線の綻びを誘発することが目的である』と」

 

笑いながら葉巻に火を点ける作業を始めるチャーブルに対し、ハーバーグラムは確信をもって答える。

 

 

 

()()()()()()()()()()()兵を動かす閣下ではありますまい」

 

その声に、ピタリと手を止めてチャーブルは口笛を吹く。

 

「結構。実に結構。全くもってその通りだとも。ハーバーグラム君、君は政治家でも食っていけるだろうね。私が保障しよう」

「ありがたいお言葉。ですが、生憎と魑魅魍魎に身をやつす趣味はありませんので」

「酷い言われようだ。何が一番ひどいって、否定する要素がない!」

 

楽しそうに笑うチャーブルだが、直後、その笑いは突如として止む。

 

「話は変わるがハーバーグラム君。――『鼠』は見つかったのかね?」

 

その問いかけに、情報部の長は思わず顔を顰めた。

『鼠』。

それはライン戦線のころから存在を確実視される『帝国のスパイ』。

かの戦争芸術「衝撃と恐慌」作戦時、連合王国情報部フランソワ派遣隊が壊滅した一件をはじめ、連合王国が各地で苦渋を舐めさせられている原因。

だが、情報部が血眼になって捜索しているにもかかわらず、一年余りが経った今日に至っても、しっぽすら掴めずにいる厄介な存在。

 

サー・アイザック・ダスティン・ドレイクに言わせれば、「リュパンは帝国にいる」。

それを小耳にはさんだハーバーグラムが嘆いて曰く、「君、ちょっとベイカー街まで人探しに行ってくれないか」。

それに対する部下の返答。

 

「少将閣下がアイリーンに変装されるならば、あるいは可能やもしれません」。

 

 

 

――彼らは知る由もない。本当の本当に「ただの偶然」であった事など…。

男たちが事実を知り、真っ白に燃え尽きるのは終戦後のことになる。

 

 

 

ともあれ、現状では思わず渋面を作らずにはいられないハーバーグラム少将に、策を巡らすことにかけては当代随一の宰相閣下は囁く。

 

「『餌』は撒いた。あとは、君たちが上手く捕まえられるかだ」

「!」

 

確かにそうだ。

これほどの重大作戦、仮に『鼠』が今でもいるならば通報しない道理がない!

 

「それと、言うまでもないことだが、閣僚諸君と軍部大臣両名に告げた内容は『ズレ』がある」

 

そう、そのとおり。

閣僚諸氏には「イルドア侵攻」としか告げておらず、対して、軍部大臣とは先ほどまでその具体的内容の討議を行っている。…帝国がどちらから情報を受け取るかで、当然対応は変わってくるに違いない。

 

「――フフフ、私はなかなかに親切な男だろう?」

「…ご配慮、ありがたく」

「なぁに、構わんよ」

 

鷹揚に答えるチャーブルだが、ハーバーグラムとしては怖気をふるうほかない。

 

――これが連合王国宰相、ウィストン・チャーブルか!

上司としては人使いが荒く、人としては間違いなく「悪人」にカテゴライズされるだろうが、この人物がこの時期に連合王国のかじ取り役であったことは、幸運だったに違いない、と。

 

「仕込みは上々。あとは情報部諸君がうまく引き上げてくれるだろうね?」

「勿論であります、閣下」

「結構。…抜かるなよ」

「ハッ!」

 

 

同時に、彼に扱き使われる己の不運を嘆くほかないハーバーグラムその人であった…。

 

 

 

 




お陰様で、次回投稿も未定(白目)。
私、今の業務と自分の本来の業務が終わったらおうちに帰るんだ……。


◇小ネタ
・リュパン
国民的某人気盗賊のお爺様のこと。

・ベイカー街の尋ね人
言うまでもなく名探偵

・アイリーン
上記名探偵の関係者。
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