皇女戦記   作:山本 奛

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同志内務人民委員の戦い

統一歴1927年4月中旬

連邦首都モスコー

 

「…ようやくここまで来たか」

 

再建されつつある街並みを眺めながら、勤勉なる共産党員であり、連邦一誠実な人間であることを自負するロリヤ内務人民委員長は呟いた。

 

「ハッ、ほぼ全ての政府機関、党施設の再建が今月中に完了します」

「実に結構」

 

昨春、帝国軍の手によって徹底的に破壊されたモスコーだったが、お得意の人海戦術の結果、見事によみがえりつつあった。

 

「…ただ、人民宮殿については」

「それについては仕方ない。何しろ、あれだけの大きさの建物だ。

…いや、むしろこの戦争勝利の後、『人民の勝利の宮殿』として建て直した方が良いかもしれない」

「素晴らしい案です、同志委員長!」

 

阿諛追従の言を述べる他の党員に頷きながら、ロリヤは心中で呟く。

『馬鹿共め』、と。

 

 

 

――まったく、勝てるかどうかすら分からないというのに!

 

 

 

 

連邦軍の冬季反攻は――早い段階で――失敗に終わった。

 

戦線を引き直し、越冬を見越した防衛戦に移行するという帝国軍の選択は、全く、嫌になるほど正しかった。

両軍が気温の更なる低下によって自然休戦状態に突入――零下30度以下という極限状態においては、生きること自体が戦争である――していなければ、今頃連邦軍はモスコー防衛線まで後退を余儀なくされたに違いない。

 

『戦争することにかけて、帝国の右に出る者はいない』

 

戦前なら、発言者が即座に粛清候補に上がったであろうそんな発言。

だが、統一歴1926年を通しての戦闘で、連邦はそれが事実であると認めざるを得なくなった。

 

『圧倒的な戦力で、帝国を粉砕する』

 

開戦劈頭、そう息巻いていた人間はもはやいない。

彼らは今頃、連邦西部の雪の下に眠っていることだろう。

 

――業腹だが、連合王国の力を借りるほかなし。

 

かくして、連邦西部に展開する帝国軍の漸減を図るべく、連邦から依頼を受けた連合王国はとある陽動作戦を実行することとなる。

 

 

作戦名『ティー・パーティー』

 

 

それは、連合王国海軍空母打撃群による帝国大西洋沿岸各軍港空襲を主軸に、主力艦による艦砲射撃をも組み込んだ大規模強襲作戦。目的としては帝国西方海岸に脅威を与え、以て第二戦線の形成を示唆することにより東部戦線の帝国軍圧力の減衰を目論むこととされていた。

空母6隻、戦艦4隻が投入されるこの作戦が「陽動」に過ぎないという事実に、連邦の首脳陣、共産党関係者は思わず溜息を洩らした。

これでも本国艦隊の一部に過ぎないのだから、ロリヤが呆れたのもむべなるかな。曰く――

 

「その予算を4分の1でも陸に回していたら、いまごろ第二戦線を構築できただろうに」

 

大陸国家と海洋国家の『ズレ』が如実に表れた一件とも言えるが、それだけに、連邦はこの作戦に大きな期待をかけた。

なにせ、帝国もまた大陸国家である。これだけの海上戦力による強襲、ただでは済まないだろう、と。

 

 

結果だけ見れば、なるほど東部戦線の帝国軍は減少した。

 

しかし、軍事的な点で言えば、『ティー・パーティー作戦』は帝国、連合王国双方痛み分けに終わった。

 

 

まず連合王国第一空母打撃群は、最初の目標、フランソワ共和国北部の港湾都市パ・ドゥ・カレー――共和国と帝国の講和条約において、「安全保障地帯」という事実上の帝国占領地域にあった――襲撃に成功。

払暁を狙ったロイヤルネイビーの航空攻撃は、帝国の防空体制が連合王国本土から飛来する陸上機を想定したものだったことと相まって、奇襲的効果をもたらしたのである。

この攻撃により、ドードーバード海峡周辺への襲撃行動を担うはずだった帝国海軍の高速魚雷艇、小型潜行艇部隊が実戦投入前に全滅。港湾施設にも甚大な被害が生じ、パ・ドゥ・カレーは帝国海軍前進基地としての機能を喪失した。

加えて同港近くの倉庫群に、秘密裏に、遅々とではあるが集積されていた連合王国上陸作戦用機材のほとんども焼失し、同作戦の可能性が――元々低かったが――完全に失われた。

対する連合王国側の損失は被撃墜4、被弾による廃棄7と軽微なものにとどまった。

 

 

かくて、初戦を完全な勝利で飾った連合王国だったが、幸運は長続きしなかった。

帝国軍は緒戦こそ経験のない空母艦載機による襲撃で混乱したものの、即座に態勢を立て直した。

 

 

加えて、第二目標が『低地工業地域』だったのも悪かった。

なにしろ、ここでは帝国空軍主力戦闘機『ブリッツ』が夜間を除いて――灯火管制のため――フル稼働で生産されており、近くには訓練基地も兼ねた帝国空軍で二番目に大きな飛行場が立地していた。

また工業地域という重要性から、工場周辺に大量の高射砲が備え付けられていた。勿論、それらの高射砲とその弾薬は、すぐ横の生産ラインで大量生産されたものである。

 

無論、連合王国とて無策でこの重要地点を襲撃したわけではない。

当初の計画()()、パ・ドゥ・カレー襲撃と同時、払暁を期して第二空母打撃群が低地工業地域への空爆を行うこととなっていた。

パ・ドゥ・カレーを手始めに帝国軍基地を破壊することで、欧州沿岸海域の制海権、制空権を盤石なものとし、以て各軍港、工業地域への徹底した反復攻撃を容易ならしむることが出来る。また、複数の目標を同時多発的に攻撃することで、帝国側の対応を困難とする。

そのように、ロイヤルネイビーは考えたのである。

『恋と戦争においては妥協しない』かの国らしい作戦といえただろう。

 

 

 

――濃霧さえなければ、だが。

 

 

 

第二空母打撃群は、艦艇同士の衝突すら危ぶまれるほどの濃霧に巻き込まれ、発艦作業は大幅な遅延を余儀なくされた。

敵地に接近しての襲撃ということで無線封止を解くわけにも行かず、結果、第一空母打撃群はそのアクシデントを知る由もなかったのである*1

かくして、連合王国第二空母打撃群から発進した航空隊は、第一空母打撃群の襲撃を受け、臨戦態勢を取った西部方面防空艦隊、対空部隊の待ち受ける低地工業地域に突っ込むこととなったのである。

 

 

結果は…。

まぁ、散々なものだった、とだけ記しておこう。

 

 

実のところ、帝国の防空体制も泥縄式で――低地工業地帯で生産された戦闘機の大半は東部へ送られていた――混乱の余り、邀撃には適さない爆撃機や司令部偵察機、果ては高等練習機まで持ち出し、錬成途中の魔導師部隊まで駆り出しての迎撃だったようだが、撃退されたという事実は揺らがない。

 

帝国軍西部方面の防衛体制が予想以上に強固だったことは、連合王国海軍にとっても予想外だったらしい。彼らは夜陰に乗じての艦砲射撃を取りやめ――敵飛行場を破壊できていない以上、夜明けまでに離脱できない沿岸部への接近は自殺行為だと判断された――、作戦は中途半端な形で終焉を迎えることとなる。

 

 

――とはいえ、当初の目標であった「帝国東部軍の他方面への転出」は実現した。

…それが、この作戦による成果であればどれほど良かったことか。

しかし、現実に帝国軍の他方面転出を成し遂げたのは――

 

 

「――イルドアの動員だと!?」

 

 

連邦が熱望し、戦前にはブルジョワ資本主義と蔑み、蛇蝎のごとく嫌っていた連合王国に依頼する程度には希求していた帝国東部軍の転出は、予想だにしていなかったイルドア王国によって実現したのである。

 

「…費用対効果の点で、イルドアの右に出るものはないだろう」

 

そんな連合王国首相のぼやきを小耳に挟んで、ロリヤは大いに頷いた。

空母打撃群を用い、血税と国債で購われた爆弾を投じ、なにより少なくない血を捧げた連合王国。対してイルドアのそれは、はるかに出費の少ない、なにより死人の出ないデモンストレーション。

 

――もたらされた結果を考えれば、騒乱の勝利者が誰であるかは明らかだった。

そして、その『勝者』からもたらされた提案は、連邦首脳陣をして顔を顰めさせるに十分なものだった。

 

 

「和平だと?」

 

 

そして彼らは続けて言う、「馬鹿な」と。

 

『大祖国戦争』

 

それが、彼ら共産党が本次大戦につけた名前であり、崇高な大義である。

 

人民よ、祖国を守れ!

武器を取れ!

奪われた領土を奪回せよ!!

 

 

そもそも、連邦は世界初の社会主義国家であり、その究極的な目標は共産党一党独裁による理想国家、否、理想世界の建設(世界革命論)にあった。

この時点で察せられるとおり、彼らはイデオロギーを何よりも重視する。それゆえ、時として現実すらイデオロギーの下位に位置づける。

 

――それは、ある種共産主義国家にとっての『宿痾(しゅくあ)』なのかもしれない。

 

そして、偉大なる党はこの戦争を『世界の敵、帝国から祖国を防衛するための崇高なる大祖国戦争』と定めた。

党が決めた正義である以上、それはいかなる犠牲を払ってでも完遂されねばならない。

「妥協」など、考えること自体が許されざる反党行為。

 

いやそれ以前に、この提案を同志書記長の耳に入れることの出来る心臓の持ち主がいるだろうか?猜疑心が強く、なによりこの戦争を決断した独裁者に。

 

 

 

 

 

加えて、「帝国に領土を奪われる」という現実的な問題もある。

 

そもそも、戦前からすでに帝国と連邦との間には領土問題、いわゆる『帝国領オストランド』問題が存在した。

連邦が帝国との戦争に踏み切ったのには、帝国に対する恐怖と同時に、この積年の――連邦側公式見解で言えば、かの地は『ルーシー革命に乗じて帝国に掠め取られた』連邦に帰属すべき地域である――領土問題を解決したいという願望があったことは想像に難くない。

 

だが、現時点で和を結ぶとなれば、オストランドの解放など望むべくもあるまい。

いやそれどころか、現時点で帝国軍に占領された連邦西部を帝国に割譲することになりかねない!

 

【挿絵表示】

 

 

「現在の戦線での戦争終結は、我が国の安全保障上許容できない」

 

ロリヤから内密に相談を受けたデューコフ将軍は即答した。

レネングラード、モスコー、そしてセバスチャン・ト・ホリ。

それぞれ連邦の一大工業都市であり、首都であり、黒海艦隊の母港という、連邦の重要拠点であった。

 

彼らの脳裏には、開戦劈頭に行われたモスコー襲撃がこびりついている。

崩れ落ちる指導者の像が、爆散する党関係施設が、絨毯爆撃で更地となった工場群が。

なにより怒り狂った同志書記長による『責任者弾劾』の恐ろしさは、忘れようとして忘れられるものではない。

 

ゆえに彼らにとって、あの悪夢の再来はあってはならない事。

 

だが、思い出してほしい。

あの時の戦線はどこにあった?

――帝国領内である。

帝国軍は地上で押されている状況下にあって、あの災厄を齎してくれたのだ。これがドニエプ川(リガー-ミルスク-キーエフラインとも)まで前進してくるとなれば…。

 

 

悪夢というほかない。

 

 

かくしてイルドアからの提案は、同志外務委員から丁重にお引き取りを願われることとなる。現状、受けることは出来ないがゆえに。

 

 

「なにより、兵士は無尽蔵なのだ」

 

諦めるにはまだ早い、と。

それに昨年と異なり、退避の完了した工場群からの潤沢な供給、合州国からのレンドリースで武器弾薬は格段に充実している。夏に行われるであろう帝国軍の攻勢を凌ぎきれれば、勝機は数で勝る連邦に転がり込んでくる、と。

 

――事実、そのとおりとなるのだが、彼らがそう考えた根本的背景にあるのは、「兵士は畑から取れるが、同志書記長の逆鱗に触れた我らの命は一つしかない」という、実にこの国らしい恐怖だった。

 

 

 

 

「問題は連合王国だ」

 

ロリヤの懸念はそこにある。

通商破壊、そして今回のティー・パーティー作戦の失敗もあって、かの国には厭戦気分が広まっているという。事実、『打倒帝国』を高らかに掲げるチャーブル首相でさえ、イルドアからの提案を明確に拒絶していない。

 

「冗談ではない」

 

それがロリヤの、連邦の総意であったろう。

連合王国で政権交代が起き、この大戦からの足抜けなどと言う事態になれば、帝国はその総力を対連邦戦に投入するに違いない。

――そもそも連邦参戦のお膳立てをしやがったのは、あの腹黒狸だというのに!

 

「それだけは、何としても避けねばならぬ」

 

優秀なる同志ロリヤに抜かりはない。

 

まず、一般人に受けのいい『理想主義者』を選抜して連合王国に送り込むことで、連邦に対する好感度をアップ。

イメージというのは馬鹿に出来ない。

現に、現時点でも「夢を語る、誠実な連邦の共産党員」が「帝国に蹂躙される祖国の苦境を嘆き」、人々に助けを求めるという世論工作は、事前の想定以上に上手くいっている。

これをさらに地方にまで拡大することで、「侵略者帝国に対する祖国防衛戦争」というプロパガンダを連合王国共通認識へとすり替えるのだ。

…あの腹黒狸を援護することになるのは噴飯ものだが、背に腹は代えられぬ。

付け加えると、この『宣伝要員』を増やすことは、イコール政権運営には邪魔――理想主義者というのは、往々にして政権担当からすれば煙たく、そのくせ何ら過ちも犯していないからラーゲリ送りにすることも難しい――なだけの理想主義者の国外派遣(追放)にもつながるから一石二鳥だった。

 

 

お次は余計なことをしてくれた半島人への『お返し』。

かの国にも共産党員は大勢いるし、工作員もしっかりと配置済みである。

それらをうまく組み合わせれば、あら不思議。

イルドア王国政府要人の「汚職のようなもの」が次々とマスコミにリークされ、議会ではイルドア共産党が先頭に立って追及する。

 

暗殺や秘密工作のような方法は必要ない。

何しろこれは、「ささやかなお礼」に過ぎないのだから。

 

「いずれは講和もありうるかもしれない。しかし、今ではない」

 

帝国を完全に屈服させる見込みが薄い以上、どこかで手打ちとする必要を否定するほど、連邦は頑迷ではない。だが、それは最低でも戦前の国境まで押し戻したあとのことである。

それまでは、イルドアがあちこちに声をかけ、和平への機運が盛り上がるなんてことは有ってはならないのだ。

――ゆえに、返礼を兼ねたハラスメントを行う。

 

 

 

 

常人ならこれでも満足しそうだが、しかし、ロリヤは徹底した反帝国主義者であった。

あるいは『目的のためならば、手段を厭わぬ外道』だった。

 

「どうせなら、帝国には完全に崩壊してもらった方がありがたい」

 

それが、ロリヤという男の、否、帝国という強大すぎる隣国に晒された連邦の本音だった。

言葉を飾らずに言えば、『帝国という悪夢』が消滅して初めて、連邦人民は心安らかに安眠を享受することが出来るのだ、と。

…まぁロリヤの場合、多分に()()()()()()がかなりのウェイトを占めているのだが。

かくして、愛の戦士ロリヤは三の矢を放つ。

 

 

その矢が狙うは海のかなた、アメリゴ合州国。

 

幸い、弓矢の数(理想主義者)には不自由していないのだ。

中には現在の連邦首脳部に批判的な輩もいるが、この際、使えるものは何でも使ってしまおう。なにより、彼らが世論工作に絶大な効果を発揮するのは連合王国で実証済み。

そうまでする目的はただ一つ。

 

「かの国の参戦さえあれば、我々の勝ちは揺らがない」

 

同志内務人民委員ロリヤはほくそ笑む。

 

 

 

 

 

すべては、あの天使を我がものとするため。

 

世の中には、決して負けられない戦いがあるのだ、と彼は信じて疑わない。

 

 

*1
万一の場合、水上機を使用してでも連絡機を飛ばすこととなっていたが、濃霧が予想以上に酷く断念された






『内務人民員ロリヤ1927 愛の戦士たち』

~その愛は、世界を壊す~

今秋上映予定(まて



◇お知らせ

次回、帝国軍夏季攻勢

ただしコ●ナのお陰で全く執筆が進んでいない模様。

…私、これが落ち着いたらヤマト2205 新たなる旅立ちを見に行くんだ…
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