迷走
統一歴1927年4月某日
帝都ベルン 統合作戦本部
「――以上が、先日のパ・ドゥ・カレー空襲による我が方の損失となります」
レルゲン大佐の報告に、陸軍参謀本部作戦局長ルーデルドルフは溜息をついた。
「つまるところ、連合王国上陸作戦は露と消えたわけだ」
それは、前年から作戦局が温めていた、「制海権無しでも実施可能な連合王国強襲上陸計画」。
そんなことが可能なのかと思われるだろうが、作戦局ではこう考えたのだ。
――ドードーバード海峡は極めて狭い。
ならば、海軍の主力艦隊による制海権確保がかなわずとも、フランソワ側陸上に設置した要塞砲ないし列車砲*1、あるいは空軍の戦闘機や爆撃機によって、海峡部分に限定すれば、短時間ならば航路を確保できるのではないか?
そして一度上陸し、橋頭保を確保することさえできたならば、連合王国側に設置する砲台と相まって輸送路の確保も可能なはずだ、と。
この提案は統合作戦本部で海空軍にも提示され、「検討の余地あり」と評価される。
なにしろ、主力艦隊同士の艦隊決戦では、どう足掻いても勝ち目が無いのだ。
加えて、空軍の新型双発急降下爆撃機『
両者は共に航続距離2,800キロ*2を有し、作戦行動半径1,000キロは固いと見積もられていた。この数値は、フランソワ共和国はおろか、帝国本土からでも連合王国本土を射程に収められることを意味していた。
かくして空軍の援護を前提に、海軍からも魚雷艇、小型潜水艦、加えて旧式戦艦から取り外した主砲を転用し陸上砲とすることで、『ドードーバード海峡強行突破計画』を実現できるのではないかという機運が、急速に盛り上がることとなる。
この際、作戦発起地点がフランソワ共和国の帝国管轄地域であること、そして速度を重視する作戦であることから、作戦名をフランソワ語で嵐、もしくは突風を意味する『
同時に、陸軍作戦局主導で、作戦発起地点となるパ・ドゥ・カレーの機能向上、機材の集積が開始されたのが年明け早々のこと。
――しかし、である。
「ものの見事に消し飛んでおりますな。…復旧は?」
「港湾設備そのものからして相当な被害を受けております。これの修復から始める必要があり、東部への割り当てを考えると…」
「海軍としても、本年中の作戦は不可能かと」
「と、仰いますと?」
「魚雷艇や小型潜航艇のことごとくを破壊されたうえ、それらを造船した低地工業地帯の造船所も被害を被っています。とてもではありませんが…」
「…空軍は如何?」
「損害は軽微です。…しかし、『
「…まぁ、そうでしょうな」
――連合王国による、『ティー・パーティー作戦』。
それは、帝国の『
間もなく東部戦線も本格化するであろうことを思えば、最低でも一年は必要。
しかも、港湾施設の復旧をあの連合王国が妨害しない道理はない。
「連合王国を翻意させ、戦争を終結させる計画もご破算という訳だ」
この当時、帝国軍首脳陣は戦争継続の難しさを痛感しつつあった。
膨大な戦費に、積みあがる死傷者の山。
それでいて、交戦相手を屈服させる見込みは無し。
唯一、早期終結を図れる起死回生の一手、それこそが連合王国本土攻略であった。
それが実現すれば、さしもの連合王国も「交渉」のテーブルに着くかもしれない。「現下の帝国占領地域を容認する」という交渉を…。
降伏?無理だろう。海外領土に正統政府を打ち立てるのが目に見えている。
「――講和にせよなんにせよ、連合王国を大戦から脱落させ、以てルーシー連邦の継戦意欲を粉砕する…。良い考えだと思ったのだが…」
「…タイミングが悪すぎますな。情報漏洩の可能性は?」
「
「海軍情報部も調査しておりますが、今のところ…」
「空軍も、昨年中断した『連合王国本土空襲作戦』の再開としておりましたから…」
三軍首脳部がうめく。
何しろ、情報漏洩があるとすれば、『容疑者』はここにいる人間と、その他は数名程度に限られてしまうから。
「偶然、あるいは必然という可能性もあるな」
「どういう事だゼートゥーア?」
「連合王国の身になって考えれば分かる事だ。連中が我が帝国の戦闘力を削ごうと思えば、工業地域を攻撃するのは必然」
「…ふむ。一理ある」
「数ある帝国の工業地域の中で、一番攻撃しやすいポイントは?」
「なるほど、北大西洋沿岸。低地工業地帯でしょうな」
「海軍次官殿の仰る通り」
「…パ・ドゥ・カレーの方は?」
「もっと単純なことだ。連合王国から見て、最も近い敵国の主要港。すなわち、危険な場所だ」
「危険の芽を摘んだという訳か…」
「無論、確証はない。情報漏洩の可能性も否定するべきではないだろう」
◇◇◇
「…危ないところだったわけか」
ハーバーグラム少将の報告に、チャーブルは思わず額の汗をぬぐった。
「我が国本土への強襲上陸作戦。…わが海軍が健在な限り、机上の空論と思っていたが」
「具体的な立案には至っていなかったようですが、かなり前向きに検討していたようです」
「恐ろしいことを考えるものよ」
連合王国の宰相は、心の底からそう思った。
『連合王国を脅かすには、その前段としてロイヤルネイビーの撃滅が必要。しかして二国標準主義*3を堅持するロイヤルネイビー撃滅など不可能である』
それが、連合王国本土防衛の骨子であった。
だからこそ、連合王国は相当な予算を海軍力――特に戦艦などの主力艦建造、整備――の増強に割り当て、他国もまたそれに対抗するために戦艦を建造してきたのだ。
ゆえに、先年帝国が大型艦の建造を断念し、陸軍力にリソースを割くと聞いたとき、チャーブルのみならず、連合王国首脳部は安堵したのである。
――これで、本土防衛は一息つくことが出来る、と。
「そうではなかったという訳か」
「閣下、かの国は空軍の運用、軍用機開発で世界をリードしております。まさしく『パラダイムシフト』というべきかと」
「君の言うとおりだな」
――
帝国がやったのは、あるいはやろうとしたのはそれに尽きる。
「実際のところ、どうなのかね?帝国のやろうとしたことは?」
「…不可能、とは言い切れません」
チャーブルの問いかけを受けた空軍大臣は素直に答えた。
「現在、帝国空軍が量産中と言われる双発爆撃機、双発戦闘機の組み合わせは非常に厄介です。情報によれば、その行動半径は1,000キロに及ぶと…」
「なんと!それでは我が国本土が殆ど収まってしまうではないか!」
「仰る通りです。そのため、目下『スピット』の大量生産を急いでおります」
「うーむ…」
チャーブルをはじめ、連合王国首脳陣の額を冷や汗が流れ落ちる。
『危ういところであった』と。
「…ハーバーグラム君、帝国が再度我が国への上陸を企図しているという情報は?」
「今のところはありません。上陸資材の焼失を受け、帝国はさしあたり東部戦線へ全力を注ぐ方針とのこと」
「一安心、といったところかね?」
「はい。…しかし、パ・ドゥ・カレーの再建と上陸機材の再製造を企図しているとの情報もあり、油断は禁物かと」
「君の言うとおりだ。…よろしい、今後は防空体制の拡充と合わせ、空母艦載機によるパ・ドゥ・カレーおよび帝国西方地域への攻撃を継続するとしよう」
「閣下!それは!」
「何か問題でも?」
「問題も何も、今回の損害をお忘れですか!?」
「…勿論だとも」
なるほど『ティー・パーティー作戦』は望外の成果を収めた。
しかし、そのために払われた犠牲は、決して安いものではない。
特に迎撃態勢を取った低地工業地帯への空襲は、全くと言ってよいほど成果を上げられず、攻撃隊の半数近くが未帰還あるいは海上不時着の憂き目に遭っている。
――もっとも、その理由は。
「しかし、攻撃機の機種転換が完了すれば、再度の攻撃は不可能ではない。違うかね?」
王立海軍艦上雷撃機、『
極めて優れた操縦特性と離着艦性能、空中戦以外は何でもできると評された汎用性を有し、雷撃は勿論急降下爆撃も可能な「傑作機」と評価されていたそれは――。
「まさか、このご時世に魔導師にバタバタと撃ち落とされる雷撃機がいるとは思わなかったよ」
――しかし、鋼管骨組み羽布張りの
操縦特性は抜群だったとはいえ、その最高速度は時速222キロ(120ノット)。
しかもこれは爆弾等を搭載していない時の最高速度である。
戦闘機相手には有効――相対速度が開き過ぎ、飛び越えてしまう――だったその『トロさ』も、魔導師からすればちょうどいい的。
帝国軍戦闘機の13ミリ機銃ならば貫通して効果をもたらさない『布張り』構造も、魔導師の燃焼術式には却って『よく燃える』という効果しかもたらさなかった。
「なにより、本土防衛は最重要課題だ。そこは分かるね?」
「…ハッ」
「無論、すぐにとは言わんよ。今回の損耗を考えれば、再度の攻撃にはそれなりの準備期間が必要だ」
その間はどうするか?
チャーブルの脳裏によぎるものがあった。
「そう言えば、海軍にちょうどいいものがあったな」
「…はい?」
「例のモニター潜水艦だよ」
モニター潜水艦。
それは、潜水艦の用法が定まっていなかった時代に誕生した、珍兵器の一つ。
その特徴を一言で表せば『戦艦の主砲を積んだ潜水艦』
「確か30センチクラスの砲を積んでいたな。結構、早速準備に入ってくれたまえ」
「か、閣下!あれは秘匿兵器であり、ここぞというときに投入することで――」
「そう言って造って、不具合だらけで放置して何年になる?」
――魚雷という高価な兵器を使うことなく、水中から接近して浮上、敵に強力な一撃を与える。
一見すると理に適っているように見える――見えたからこそ4隻も造ったのだ――理屈であり、コンセプトのみならば潜水艦発射弾道ミサイルのご先祖と言えなくもないそれは、しかし、造ってそうそう『欠陥兵器』であることが明らかとなった。
砲塔は中心線から左右に各7度しか旋回できず、仰角も20度がやっと。
一応潜望鏡深度からの砲撃も可能だったが、なによりの問題は「結構な確率で、主砲部分から浸水する」こと。
どうやら戦艦クラスの主砲に旋回性能を付与し、水密耐圧構造とすること自体、相当無理があったらしく、1920年に一番艦が完成したものの、それから6年が過ぎた現時点でも解決に至っていない有様。それがモニター潜水艦なのだった。
…一応、連合王国の名誉のために言っておくと、フランソワでも同じような潜水艦を造っているし、帝国海軍もまた設計までは完了している。
「このままではドックと乗組員の無駄だ。…その点、地上の静止目標相手ならば当てることくらいは可能だろう?」
「お、仰る通りではありますが」
「では、実行したまえ。…それとも?戦艦部隊を投じての艦砲射撃をしてくれるかね?」
「…直ちに、M級潜水艦の出撃準備にかかります」
「そう言えば、そんな名前だったね。結構、期待しているよ」
海軍卿の蒼褪めた顔――事故確率をどうやったら低減させられるかで、頭がいっぱいだった――と引き換えに、チャーブルらは一息つく。
なんとか本土防衛の目途は付いた。
あとは帝国をどうやって叩くかだ、と。
◇◇◇
しかし、いつの世にも謀略の類を好む人間は多い。
特に、『似たような例』を知っている人間ほど。
「――これでようやく本題に入れる」
主要メンバーの大半を退室させた統合作戦本部で、皇女殿下がにやりと笑う。
「敵を欺くにはまず味方からというしな」
「やはり、情報漏洩があったとお考えで?」
「確証はないが、それを前提に、逆手に取ることを考えようじゃないか。
そういうのは大好きだろう、ゼートゥーア?」
「ふっふっふっ…。殿下ほどではありませんが」
「はっはっはっ…。それこそ指導教官の薫陶の賜物と言うヤツだよ」
「おっと、これは一本取られましたな」
ふっふっふっ
はっはっはっ
「…小官から言わせてもらえば、二人とも人が悪い」
「おやおやルーデルドルフ。善人で戦争が出来るとお思いかね?」
「然り然り。ゼートゥーアの言うとおりだ。戦争というのは騙してなんぼの商売と思ったほうが良いぞ?」
「至言ですな。当代随一の詐欺師を目指すとしましょう」
「その意気だとも。さしあたり、先ほどまでの内容を聞かれることを前提に動くぞ」
「…おや?この場の面々に『鼠』がいるとは思われないので?」
「これでも人を見る目はあるつもりだよ?それに…」
「それに?」
「ここにいる面々は全員、家族がいる。――つまり、分かるな?」
ぞっとするほど酷薄な、それでいて息を呑むようなほほえみを浮かべる少女に、場の面々は――ゼートゥーアを除いて――震え上がる。
「殿下、事前通告とはお優しい限りですな」
「教官殿ほど人が悪くないのでね」
「酷い言われようですな。これでも、真人間のつもりなのですが」
「はっはっはっ!…ま、冗談だとも。――冗談でいさせてくれよ、諸君?」
「…御意」
「よろしい。それでは『本命』に移るとしよう」
「…では?」
問いかけるゼートゥーアに、少女は頷く。
「仕込みは終わった。現刻を以て、オペレーション
「「「「はっ!」」」」
後年、『帝国軍最後の輝き』と称される戦いが、始まる。
『
元ネタは言わずと知れたソードフィッシュ。作中にある通り、鋼管骨組み羽布張りの複葉機。
…なのだけれども、英国海軍は1945年までこいつを使い続けた、英国面の一翼を担う名機である(操縦特性は抜群なので、迷機ではない)。
一応1942年ごろからは後継機バラクーダにバトンタッチを開始したが…。
え?アルバコア?…知らない子ですね
『M級潜水艦』
浪漫(端的)
西暦世界では悉く事故で沈むか再改造されて終わりましたが、統一歴世界では実戦経験が得られそうです。やったねM1、砲撃戦が出来るよ!
◇◇
近況
仕事と菱餅がやべえ
「貴様の場合、正規空母11隻必要な任務を、うっかり15隻目の大鳳でやって1から空母広いやり直しになったからではないか?」
いうなし!
※11隻目がなかなか出なかったので、溶鉱炉開けたら一発で6:40出たのでそのまま衝動的に10隻食わせた。…のち、間違いに気づいた