皇女戦記   作:ナレーさんの中の人

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お久しぶりです!

筆者近況などは活動報告にて…(白目


詐欺師

本日の天候は、晴れ時々砲弾の雨。

 

――ただし連邦軍陣地においては、砲弾時々術式の雨。

 

…おっと、ご挨拶が遅れました。

私、サラマンダー戦闘団長を務めております、ターニャ・フォン・デグレチャフ大佐と申します。――何故か「お久しぶり」という言葉が脳裏をよぎるのですが…。

…まぁ、気のせいでしょう。きっと。

お陰様で本日も我が戦闘団は意気軒昂。

東部軍北方管区と協力し、レネングラードへ向け、戦線を押し上げている真っ最中…、失礼、部下から入電であります。

 

『ザザッ…こちら04(マルヨン)、敵砲兵陣地の制圧を完了。指示を請う』

01(マルヒト)より04。02(マルフタ)と合流し、敵陣地制圧を継続せよ」

『04了解!』

 

 

 

 

兎にも角にも戦況は優勢。

ターニャは独り言ちる。

 

冬の間、鉄道線を苦心惨憺――凍り付いた大地での鉄道線敷設など、帝国人は誰も経験したことがなかった――しながら敷いたお陰もあって、帝国の統一歴1927年夏季攻勢は実に順調に推移している。

サラマンダー戦闘団…その基幹たる第203航空魔導大隊においても、第四中隊を半ば対地攻撃専門に充てたあたりから、向かうところ敵なしの状態。

 

…まぁ、端的に言えば、ルーデルは姉だろうがルーデルであった。

 

 

「…相変わらず、第四中隊は凄まじいですね」

「正確には『ルーデル中尉は化け物か!?』だな」

「あ、あはは…。そこまでは」

「そうか?私は正直そう思ったのだがな」

『…聞こえていますよ。大隊長殿』

「不満かね?誉め言葉のつもりなのだがな」

『…釈然としませんが。まぁ、お褒めいただき光栄です』

「少なくとも、13ミリ機銃をぶん回す魔導師は貴官くらいだろうよ」

『え?確かにちょっと重たいですが、その分威力は絶大ですよ?』

 

 

――それは貴官だけだ!

 

 

大隊諸君の心が一つになった。

確かに、通常魔導師が使用する7.92ミリライフルと比べれば、その威力は桁違い。

「これさえあれば、クレムリンも吹き飛ばせた」とターニャが嘆く程度には。

 

しかし、そうは言っても13ミリの重機関銃である。

 

確かに、もともと帝国空軍主力戦闘機(Blitz)の翼内機銃用に開発された経緯から、原設計からして軽量化に努めている。

そしてヨハンナが使っているのはそれからさらに銃身を切り詰めた――戦闘機用程、長距離の射撃性能は求められていないうえ、長い銃身は取り回しが利かないからだ――魔導師用タイプである。

なるほど、13ミリ機銃にしては軽量に仕上がっているだろう。

 

 

だが!

 

それでも!!

 

「ちょっと」という重さではない!

 

 

なにせこいつを試作した帝国陸軍技術廠をして、『威力は要求値を完全に達成するも、重量過()大にして、実用性皆無』と評価した一品である。

一応、試作2号銃がドードーバード方面で実戦テストにも供されたが…。まぁ、1号銃しか残っていない時点で結果はお察しである。

 

『小銃方式による魔導師用兵装の威力増強は限界に到達せり』

『今後、魔導師用兵装の威力増強は、術式を封入せる擲弾若しくは目下研究中の小型ロケット技術の転用を図るべきである』

 

かくして、折角試作された『試製26式大口径魔導()()』――どこからどう見ても重機関銃(お前のような小銃がいるか!)なのだが、魔導師用ということで単発式に改修されたため――は、「何かのテストには使えるかもしれない…。使えたらいいな」という理由で解体こそ免れたものの、暫くの間、倉庫の隅で埃をかぶることとなる。

 

 

 

転機が訪れたのは、今年の4月。

 

 

そう、ターニャが皇女にイルドアまで連れ(拉致)られて行っている間に、帝都近郊での戦闘団訓練の合間の息抜きと称してここ――親戚が勤めていた――を訪れたヨハンナが、偶然こいつを見つけてしまったのである。

 

曰く。

 

「既存の魔導師用ライフルは威力不足だと、時折感じていたのです。その点、この子は丁度よさそうです!」

 

――少女が垂涎としか言いようのない恍惚の表情で、自分の身の丈ほどもある重機関銃に頬擦りする様に、他の面々がドン引きしたのは言うまでもない。

 

その後、散々連れまわされて燃え尽きたターニャを引きずって(誤字にあらず)帰還した皇女殿下はヨハンナの嘆願を快諾。

……まあ、目を爛々と輝かせた狂人の如き少女の勢いに、「お、おう…。そんなに気に入ったなら…」と、後ずさりしながら首を縦に振る他なかったというのが正しいかもしれないが。

 

 

 

――これこそ、後世カノーネン・フォーゲル(大砲鳥)と呼ばれることとなるヨハンナ・ルーデル伝説の、その始まりの瞬間であった

 

 

 

 

 

 

――とはいえ、である。

古人に曰く、『戦略の失敗を戦術の成功で糊塗することは不可能』。

第三帝国がかの魔王ルーデルを擁しながら敗れたように、いかに一人の天才がいたところで、全体で躓いてしまえばどうしようもないのである。

いや、むしろ圧倒的劣勢だったからこそ、『ストゥーカ大佐』はあれほどの大戦果をあげることが出来たのかもしれない。

 

 

では、今回の夏季攻勢はどうか?

 

事前の準備は万端。

なにより、去年のような「取り敢えず、行けるところまで行ってみよう」という無定見なものではない。

 

――しかし、戦略上の意味…すなわち、『どこを攻めるか』の選定はどうだろうか?

 

なるほど、レネングラードは連邦第二の工業都市である。ここを攻め落としたなら、連邦軍の武器弾薬に与える影響は甚大だろう。

 

けれども、それは絶対的なものとまでは言い難い。

 

なんとなれば、連邦の軍需工業のうち、重要なものは昨年の内にウラル山脈へ疎開済み。

それらの疎開工場の再編、生産体制が確立された今、レネングラード工業地帯の重要性は相対的に低下している。

加えて、本当に攻略できるのかという問題がある。

なにしろモスコーと同様、昨年暮れから要塞化されているとの情報があるのだ。仮に攻略を諦め、包囲に移行した場合、その時点でこの作戦は失敗である。

何しろここは極寒の連邦北部。

冬になれば東側に広がる湖は凍り付き、鉄道すら敷設可能であることは西暦世界のソビエト連邦が実証済み。

そう、包囲しても意味がないのだ。

 

 

 

では、西暦世界における『ムルマンスク・ルート』…すなわち、連邦への援助物資輸送ルートの遮断という点ではどうだろうか?

これについては、答えを先に言ってしまおう。

 

そもそもそんなものはない

 

西暦世界の第三帝国と違い、この帝国は海軍力…特に水上艦艇が極めて有力であった。ヴェルサイユ条約が影も形も無いのだから当然とも言える。

また、どこぞの皇女殿下の肝いりで創設された、帝国空軍の存在も大きい。

その両方が、和平条約で協商連合国内に設けられた軍港、基地から哨戒活動を続けているため、北大西洋から北極海を経由して連邦に至るムルマンスク・ルートがそもそも成立できなかったのだ。

 

加えて最近では、警戒が厳しくなった連合王国本土周辺――こともあろうに、連合王国の連中、戦艦すらも哨戒、遊撃に投入し始めたのである!――より、帝国海軍は協商連合西方海域での通商破壊にウエイトを置くようになったから、このルートの突破は絶望的となった。

 

かくして、数回の冒険的試行――距離的には最も使いたいルートだった――が悉く失敗に終わったところで、連合王国も合州国も、このルートの開設を諦めた。

 

 

 

 

――こうしてみると、レネングラード攻略は得られるものが多くない。

それどころか、モスコー方面からの増援も確認されつつある現状、攻略可能性は時間を経るほどに低下しつつある。

 

なるほど念入りな準備砲撃に空襲、航空援護に魔導師援護まで潤沢に取り揃えるやり方は、実に王道と言えるだろう。

だが、燃料弾薬も安くはない。

なるほど鉄道網の構築によって輸送コストこそ下がったとはいえ、砲弾は炸裂するものである。つまり、その生産に投じられたコストは文字通り「消し飛んで」しまうのだ。こうしてみると、戦争ほど資源と資金を浪費する愚行は無いと考えさせられる。

話を戻そう。

繰り返しになるが、それだけのものを投じるだけの価値が、今のレネングラードにあると言えるのか?

 

――答えは否。

 

あるいは、西暦世界の合衆国のように、抵抗があろうがなかろう*1が、砲弾を十万単位で叩き込んで攻め込む国家なら、それで良いのかもしれない。

 

しかし、そんな資源の使い方など、帝国には逆立ちをしても不可能な話なのである。

なのに、何故、帝国軍はそのような行動を続けているのか?

 

その答えは、デグレチャフ大佐の次の一言に集約される。

 

 

 

「頃合い、だな」

 

 

 

◇◇◇

 

同刻

連邦首都モスコー

連邦軍参謀総長執務室

 

 

「やはり、陽動か」

 

参謀総長、デューコフ上級大将のつぶやきに、居並ぶ幕僚たちも揃って頷いた。

 

「総長閣下の仰る通りかと」

「然り。帝国らしくありません」

 

 

 

 

――後年、戦史家達が口を揃えて言う言葉がある。

 

『連邦軍の師匠は帝国軍であり、帝国軍の弟子は連邦軍である』

 

統一歴1920年代、ルーシー連邦軍は革命と粛清によってボロボロだった。

それが1940年代には「百個師団単位での電撃戦」という、西側諸国にとって悪夢以外の何物でもない武力集団へと進化を遂げていったのである。

それは、とりもなおさず帝国軍との激しい戦闘、あるいは帝国軍から学ぶことによって、文字通り血で購われる高い授業料を支払って得られたものに他ならない。

 

もっとも、その達成は統一歴1940年代に入ってからのことであり、統一歴1927年時点ではまだ学習途中の段階である。

しかし、ルーシー連邦軍こそが帝国軍を、その戦術とドクトリンを世界中の誰よりも真摯に、貪欲に学習する勤勉な生徒であったことに違いはない。

 

なればこそ、この統一歴1927年夏季の帝国軍の攻勢の『違和感』に、彼らは気付いたのだ。

すなわち――

 

 

「常識的過ぎます」

 

 

弟子たち(連邦軍)の見るところ、彼らのお師匠(帝国軍)は戦争の天才だった。

それも、お上品に言って『意表を突く』、有り体に言えば『詐欺師』という面で。

 

「ご自慢の『電撃戦』も今回はかなり控えめです」

「益々もってらしくない」

「…悪路ゆえに実施できないでいる、という可能性は?」

 

念のためのデューコフの問いにも、幕僚たちは首を横に振る。

 

「小規模な迂回機動はいくつか実施されています。…ですが、どれも昨年に比べ異様に小規模な上、かなりの割合で『取り漏らし』ています」

「…包囲殲滅ではなく、我が軍を後退させることが目的と?」

「その可能性が大かと」

「むしろ我々の目をレネングラード方面に張り付けることが目的ではないかと」

「根拠はあるのかね?」

 

参謀総長の問いかけに、情報参謀は自信をもって答える。

 

「帝国軍中央管区、ミルスク周辺で通信量の増加傾向が見られます」

「ほう!間違いないのかね」

「間違いありません」

 

そう言って情報参謀が取り出したレポートには、なるほど彼が言ったとおりの傾向が表れていた。

 

「…つまり、帝国の真の狙いはここ(モスコー)という訳だな」

「ハッ!小官はそのように愚考いたします」

「となると、レネングラードへの増派は敵の思うつぼという訳か」

「数を絞るべきではないでしょうか?帝国の狙いがここだとすれば、スモレースク守備隊の増強が必要です」

「待て!それこそ帝国の狙いかも知れんぞ。レネングラードは囮と見せかけて、増援部隊を削減しようとしているのではないか?」

「…ありうるな」

「帝国軍ならばやりかねません」

 

なんと言っても帝国軍は稀代の大悪党にして、当代随一の詐欺師なのだ。

コインの裏(陽動)だと思っていたのが、実は(本命)でした、なんてことは十分にあり得た。

 

「…帝国の意図が不明瞭な以上、レネングラードへの増援を減らすわけにもいかんな…」

「スモレースク、モスコー守備隊への手当ては如何いたしましょう?」

「兵隊の数だけならばなんとかなるが…」

 

無尽蔵の兵力を持つ連邦とて、『使える兵力』は有限である。

攻勢ならいざ知らず、苦しい防衛線に投じることの出来る部隊となるとなおのこと。

 

「…南部から引き抜くほかないかと」

「やはり、そうなるか。…帝国の南方管区に動きは無いのかね?」

「御懸念には及ばないかと」

「その根拠は?」

「彼らの動きは、昨年夏以来ずっと低調です。連中、ドニエプル川を利用した防衛戦に終始しておりますな」

「情報参謀殿の意見に同意します。帝国空軍の爆撃も、こと南部に限っては『定期便』と化しております。さしたる被害もありませんし」

「防衛戦力の減少によって、帝国軍がドニエプル川を渡る可能性は?」

「否定は出来ませんが、水際防御陣地も完成しており、迎撃可能かと」

「帝国が本気で渡河をするつもりならば、物資の集積や通信量増大が見られるはずですが、それもありません」

「よろしい。ならばその方向で行こう。速やかに南方軍の配置転換を立案してくれたまえ」

「「「「「ハッ!」」」」」

 

 

 

 

 

しかして、その数日後。

夜も明けきらぬころに、デューコフは叩き起こされることとなる。

 

 

 

 

 

「帝国がドニエプルを越えた、だと!?」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

*1
敵が撤収した後の無人島に100隻の艦艇と3万4千の兵員で上陸作戦を敢行した国である


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