皇女戦記   作:ナレーさんの中の人

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ペレコフ地峡

統一歴1927年初頭。

 

帝国陸軍参謀本部では、来る夏季の軍事行動について、作戦局と戦務局との間で激論が繰り返されていた。

 

 

 

もっと端的に言えば、「攻勢か、防衛か」の二点で。

 

 

 

兵站を司る戦務局の見解は、防衛戦志向…彼らの言うところでは、『長期持久戦構想』であった。

彼らのみるところ、連邦は余りに広く、加えて無尽蔵とも思える兵力を有し、挙句、自前の工業力の高さに加えて合州国からのレンドリースも受けている。

これでは、連邦奥地に踏み込んでの戦争継続はむしろ悪手であり『東方防衛線』、すなわち、帝国本土からの潤沢な補給に支えられた防御陣地に依っての防衛戦を行い、連邦を文字通り『すり潰す』べきと主張した。

 

 

 

対して、作戦局はこう反論する。

 

 

 

「連邦相手にそれでは勝てない!!このままではジリ貧だ!」

 

 

 

なんとなれば、戦前200個師団と想定――それでも過大とみられていた――された連邦軍は、しかし、100個師団を優に超える損耗を出しながら、現時点でも300個師団以上を有している。…おい、増えているぞ。

 

「…そんな相手に長期持久戦だと?冗談ではないな。先にこちらの兵力が尽きるだろう」

 

作戦局次長、ルーデルドルフのいうとおり、如何に帝国軍が精強とはいえ、限度がある。

 

「いかに精緻に築かれた防御陣地といえど、こちらの損耗がゼロということはまずありえない。いずれは機動防御に不可欠な予備兵力も払底するだろう」

「だから防御ではなく攻勢を、と?」

「然り。敵野戦軍の包囲殲滅、主要都市の陥落によってのみ、連邦の戦争継続意志を打ち砕くことが出来る」

「ご高説ごもっともだがね、ルーデルドルフ。攻勢に出ても、補給が続かなければ意味があるまい」

「その前に包囲すればよい。今ならばそれが可能だ」

 

このころ、東部戦線では自然休戦状態が成立していた。

なんのことはない。この年の寒さは例年以上に厳しく、お互い戦争をしているどころではなくなったのだ。

そして、この休戦状態を利用し、両軍ともに戦力の再配置を進めていた。

 

結果――

 

「空軍の偵察によれば、連邦軍はその主力の大部分を最前線に集めている。春一番の大攻勢で、これを捕捉するのだ」

「なるほど、近場で包囲できると?」

「そうだ。何よりこのままではジリ貧だ」

「その前に打って出るという訳か?博奕打ちの思考だぞ、それは」

「持久戦という名の消耗を重ねてもそれは同じだ。…その点、今ならば戦力にも余裕がある!」

「反対だ。貴様のそれは『ジリ貧を避けようとしてドカ貧になる』というやつだ」

「守っているだけでは連中の戦争継続意志は砕けんぞ!その点はどうするのだ!?」

「連邦とて馬鹿ではあるまい。一定以上の兵力を失えば、少なくとも自然休戦状態にはなるだろう」

「その『一定』とやらの目算はあるのかね?…地雷原の啓開に、生身の兵隊を使う連中だぞ?」

 

 

両者とも、間違ってはいない。

 

 

此方の損耗を抑えつつ、敵の出血死を強いるという点では、戦務局の唱える『防衛戦』が効率的だろう。

…しかし、相手が損耗を無視する――もしくは無視できる――手合いだった場合、つまり「出血死」が無い場合は?

この点、作戦局の提案は受動的ではなく能動的。

すなわち、積極的に敵兵力を殲滅ないし、主要都市を攻略することで、力づくで敵の戦争継続能力又は意思を砕くという方法であった。

…問題は、それだけの攻勢を支えるだけの兵站を構築できるかだが。

 

「今の鉄道部ならば、やってのけるだろう?」

「簡単に言ってくれるな。全く」

 

ゼートゥーアは脳内で算盤を弾いた。ギリギリではあるが、なんとか…と。

両者一歩も譲らぬ対談に――

 

 

「…要するに、だ」

 

 

――不意に、軽やかな鈴のような声が割り込んでくる。

 

 

「兵站の負荷を極限まで減らし、それでいて連邦に甚大な打撃を与える攻略目標ならば良いのだろう?」

 

 

陸軍参謀本部の二大巨頭が、思わず顔を見合わせる。

 

――そんな、都合の良い場所があるのだろうか?と。

 

 

◇◇◇◇

 

統一歴1926年6月27日

連邦首都モスコー 連邦軍最高司令部

 

「…第51軍の状況は?」

「ペレコフ地峡にて防衛線を展開中。…増援要請が届いております、参謀総長」

「送れれば苦労しないとも」

 

部下の報告にデューコフは顔を顰めた。

三日前にドニエプルを渡った帝国軍は一路南下し、クリーミャ半島と大陸を繋ぐ唯一の地峡、ペレコフに達していた。

 

そもそも、セバスチャン・ト・ホリは連邦海軍黒海艦隊の根拠地にして、旧ダキアの油田を空爆可能な空軍基地を有する連邦軍の最重要拠点の一つであった。

ゆえに、同地の要塞化が開戦直後から進められており、ペレコフ地峡もまた、その幅7キロという狭さを利用した防衛線が構築されていたのだが…。

 

「…同志、君の見るところ、あとどれくらい持つ?」

「…第51軍の損耗率からして、今日明日が山場かと」

「奇遇だな、同志。私もそう思っていたところだよ」

 

同志参謀の能力に満足しながらも、厳しい予測にデューコフは溜息をもらした。

ペレコフ地峡はクリーミャ半島と大陸を繋ぐ、唯一の陸路。

それでいて幅7キロしかないという、まさに防衛線を引くのに最適な場所である。戦闘正面が小さいと言うことは、防衛戦力を集中できることを意味するからだ。

 

 

 

――しかし、それは同時に攻撃側も戦力を集中できることを意味した。

 

 

 

「第27軍の反攻は?」

「攻めあぐねています。こちらも増援と重砲の要請が」

「…南方軍の予備兵力は?」

「すべて反攻に投じております」

 

帝国軍ドニエプル渡河の報に、連邦軍が無策だったわけではない。

同地にあった第16軍に対し、帝国軍橋頭堡を叩くことを命じ、速やかに西岸に押し戻そうとしたのである。

なるほど、上陸直後の軍隊というのは非常に脆く、それを叩くというのは実に理に適っている。なんとなれば、重砲の類が未だ川向こうにあって火力に乏しく、それ以外の装備にも制約がかかっているからである。言うなれば、タバコの火が大火事になる前に消そうと言うヤツである。

 

『帝国軍をドニエプルに叩き落とせ!!』

 

その意味で連邦軍最高司令部の檄は、実に常識的かつ合理的であり、正しかった。

 

 

 

 

 

 

――命じられた第16軍の司令部が、既に壊滅していなければ。

 

 

『――魔導師というのは実に便利な兵科だ。特に、斬首戦術において』

 

 

 

 

 

モスコーが事態に気付いたとき、第16軍は上記の呟きを残したモンシュタイン率いる第11軍によって、書類上の存在と化していた。

半島への扉は、完全に開け放たれていたのである。

 

 

「同志参謀総長、第27軍から緊急電であります」

「…吉報かね?」

「…残念ながら、凶報であります。同志」

「…遅かったか」

 

 

【挿絵表示】

 

 

第16軍の壊滅によって、連邦軍の反撃は3日ほど遅延した。

結果、ヨセフグラード方面から急行した第27軍がドニエプル川南岸、そこの帝国軍左側面に攻撃を開始したとき。

そこはもはや側面ではなく、塹壕と機関銃陣地、地雷原に守られた防衛線へと変貌を遂げていたのである。

第27軍の反攻失敗は、同時にクリーミャ半島への増派が困難となったことを意味していた。

 

「…同志、事ここに至っては第51軍をセバスチャン・ト・ホリ要塞群まで後退させては」

「ふむ…。近々に援軍を送る見込みがない以上、ここで損害を被るより、その方が賢明か」

「はい」

 

なんとなれば、クリーミャ半島へ至る陸路は今まさに激戦が繰り広げられているペレコフ地峡しかなく、それ以外には海路でセバスチャン・ト・ホリに送り込むか、ケルチ海峡を渡るしかなかった。

そして、そのどちらの方法も、ペレコフ地経由に比べて極めて大回り…アゾフ海の周りをぐるりと時計回りし、しかも船を手配する必要があった。

 

「しかし、帝国がそれを許すでしょうか…」

「それでもやるしかない。セバスチャン・ト・ホリの要塞陣地で時間を稼ぐのだ」

「了解しました。直ちに第51軍に下令します」

「よろしい。増援部隊の準備を急げ」

「「「「ハッ!」」」」

 

 

 

◇◇◇

 

6月28日

帝都ベルン 統合作戦本部

 

「第11軍より報告。ペレコフ地峡の突破に成功したとのこと!」

 

レルゲン大佐の報告に、参謀本部の面々から口々に、安堵の混じったため息がこぼれた。

 

「思ったより早かったな。手古摺るかと思ったが」

「あれだけの戦力を投じたのだ。さっさと突破してもらわねば困る」

「ま、それもそうか」

 

ゼートゥーア戦務参謀次長の言うとおりであった。

デューコフらは知る由もなかったが、帝国軍はこの幅7キロという地峡を早期に突破すべく、実に突撃砲(ブルームベア)150輌、それと同数の4号戦車、自走砲、そして400門もの野砲を投入していたのであった。

 

「おかげで突撃砲の在庫は空っぽだ」

「ハッハッハッ、そのあたりの調整は貴様の十八番だろう?」

「気楽に言ってくれるなルーデルドルフ。…おかげで各方面から恨み言を言われたよ」

「しかし、効果はあっただろう?」

 

Ⅳ号突撃砲、ブルームベア。

それは、連邦軍トーチカと市街地での高層ビル陣地に苦労させられた帝国陸軍が、それらを真正面から爆砕するために開発した専用車両。

制約の多い車種でもあるが、その20.3センチ臼砲は大抵のトーチカを吹き飛ばす威力があった。

 

「とは言え、我々は門をこじ開けたにすぎん。…連邦軍に与えた損害は?」

「目下集計中とのことです」

「閣下。情報部では、それなりの数がセバスチャン・ト・ホリ要塞に残っているものと推定しております」

「根拠は?」

「開戦以来、連邦はセバスチャン・ト・ホリ要塞を強化しております。ペレコフ地峡に固守して全滅するくらいなら、要塞に籠っての防衛戦を選択するでしょう」

「道理だな。…()()()()の情報は?」

「第30番砲台、第35番砲台とも、すでに稼働状態にあるものと判断しております」

 

 

 

『連邦軍第30番装甲砲台』

『連邦軍第35番装甲砲台』

 

一見すると何のことか分からない文字列だが、帝国軍が付けたあだ名を見れば、ピンと来る人も多いのではないだろうか。

 

『マキシム・ゴーリキー』

 

後世、その名で知られることとなる連邦軍地上砲台である。

前年夏以降、帝国軍の目立った攻勢のないこの地域ではあったが、この地の重要性――帝国の油田を扼しうる、黒海海上交通の要衝――を熟知した連邦軍によって、遅れがちであった同砲台の工事は急ピッチで進められ、この数か月前に完了していたのである。

 

 

 

「主砲は戦艦主砲を流用した30.5センチ連装砲」

 

戦艦主砲としてみれば、やや小ぶりの時代遅れ――38センチクラスも登場し始めた時分である――に見えるそれも、陸上では立派な『巨砲』である。

 

しかも――

 

「地上型に改修するにあたり、相当な機能向上が図られたようで」

「ほう?よく調べたものだ」

「もともと、ルーシー帝国時代に始まった工事のようでして。亡命者の中に、詳しい人間がいました」

「なるほど。となれば、弱点も分かっているのだろう?」

「それが…」

「?」

 

 

 

帝国だった時代と、連邦になった後のルーシーで、実のところ変わっていないことがある。

 

 

それは、『キチがい染みた要塞強度と、火力至上主義』

 

 

「件の砲台は、それ自体が独立した要塞として機能するように設計されております」

「…独立戦闘が可能と?」

「ハッ。内部に侵入されてからの戦闘すら考慮しているそうで」

「…極東の戦いか。旅順での苦い経験をフィードバックしたわけだな?」

「ハッ、仰る通りであります」

 

情報部参謀が頷いたとおり、この砲台にはルーシー帝国が極東の島国との戦争で培ったノウハウを惜しむことなく投じて構築されていた。

 

()()、内陸からの28センチ榴弾砲というトラウマを克服するためか、戦艦主砲を流用した――といいつつ、実は完全新規製造だったことが後に明らかとなる――砲塔は、全周旋回が可能。

加えて、「敵の大砲に接近される前に●す」という執念に燃えたと見えるルーシー人技術者は、仰角引き上げと発射装薬の増量で射程を大幅に引き延ばしていた。

 

 

 

その射程距離、実に44,000メートル。

 

 

 

ちょっとやりすぎである。

ベースになった戦艦主砲のそれが、23,000程度だったことを思えばなおのこと。

そんなに28センチ榴弾砲がトラウマか君たち。

 

「…確かな情報かね?」

「ほぼ、間違いないかと」

「…攻略手順を考え直す必要があるな」

 

だが、こんなのは序の口である。

如何にこのバケモノ主砲の射程が長く、それでいて30.5センチというサイズから発射速度が早い――毎分2~3発撃てた――とはいっても、敵の接近を許し、撃たれることもあるだろう。

この問題に対するルーシー人技術者たちの回答もまた、極めてシンプルだった

 

「分厚い装甲とべトンで弾き返せ!」

 

…なるほど、道理である。

船に積む場合なら問題となる重量も、地上型なら苦にはならない。

旋回速度が落ちる? 案ずることはない。旋回用の動力をパワーアップすれば良いだけの話である(確かにそのとおりだが…!)。

 

結果この砲台、装甲についても可笑しなことになっていた。

 

その厚さたるや、正面(側面)で400ミリ。

比較的薄い天板ですら200ミリ、そしてそもそも撃たれることがあるのかと思う砲塔基部、つまり地下ですら100ミリの厚さを有していた。

 

また、砲塔以外の地下部分についても、()()厚5メートルの鉄筋コンクリートで構築されるという念の入れようである。

 

そして先ほどの会話にもあった通り、内部に侵入されても戦闘を継続できるように設計されているとくれば、これを設計した人間の正気を疑うレベルである。

…君、一体何との戦闘を考慮していたのだね?と。

 

 

 

 

 

「案ずるな。私にいい考えがある」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

「――つまり、セバスチャン・ト・ホリ要塞は難攻不落であります、同志書記長」

 

図面を指し示し、自信たっぷりにそう断言する将軍の発言に、並み居る党首脳陣が揃って安堵の溜息を洩らした。

 

「…正直なところ、驚きだな。いつの間にこれほどの地下陣地群を?」

「戦前から工事は進めておりました。かの地は黒海艦隊の根拠地にして、黒海海上交通の要衝でありますので」

 

加えて、帝国との開戦後、万が一に備えて工事の速度を速めていたと述べる将軍に、同志書記長は首を傾げる。

 

「それほどのものが、なぜここ(モスコー)にはないのかね?」

「そ、それは…」

 

ギロリ、という擬音が聞こえてきそうな独裁者の声掛けに、それまでと一変して将軍の顔が凍り付く。

 

「重量と、必要性の問題であります。同志書記長」

「どういう事かね、同志参謀総長?」

「ハッ、この砲塔は性能が高いだけに重量も重く、1,400トン程度あります」

「1,400…」

 

桁外れの重量に、さしもの独裁者とて驚いた表情になる。

有能なる軍人、同志デューコフはその驚きが列席者に行き渡るのを見計らい、続ける。

 

「それだけに、そう簡単に増やせるものではありません。なにより、野砲としては大きすぎます。威力が強すぎて、友軍を巻き込みかねません」

「…逆に、なぜセバスチャン・ト・ホリにはそれがあるのかね?」

「来寇してくるであろう、敵戦艦との撃ちあいを想定した結果です」

「なるほど」

「そうでなければ、そんな化け物を地上砲にする必要もメリットもありません」

 

だが、その分、防御力については非の打ち所がない。

なにせ敵戦艦との撃ちあいを想定した防御力を有しているから、陸軍が使うような大砲ではまず破壊不可能。

 

「何より、帝国軍には20センチ以上の重砲が存在しないとの情報があります」

「素晴らしい。つまり、逆立ちしても我々の砲台を破壊することは出来ないと?」

「仰るとおりであります、同志書記長。ゆえに増援を送り込み、あるいは側背面に回せば…」

「追い詰められるのはむしろ帝国軍という訳かね?」

「はい」

「よろしい。同志参謀総長、貴官から提案のあった反攻作戦を了承しよう」

「ありがとうございます。同志書記長」

 

 

 

クリーミャ半島が、両軍の血を一体どれほど呑み込むことになるのか。

この時点で、その答えを知るものはなかった…。

 

 

 

 

 




マキシム・ゴーリキーは、計画当初のスペックです。
なお、射程距離は史実通り。
図面はこちら↓
http://topwar.ru/uploads/posts/2012-07/1342059719_Sevastopol-Battery35_Scheme01.gif
中央やや上、菱形に囲まれた円筒が2カ所見えますが、これが30.5センチ砲の基部になります。…地下部分、広すぎやしませんかこれ。
ちなみに黒塗り部分は鉄筋コンクリートです。…部屋の広さといい勝負なコンクリート壁、だと…?

これを攻略したマンシュタインすげえ。

80cm列車砲無しでいけるのかこれ(おい作者

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