7月10日
帝都ベルン郊外 ポツダァーム
「――どうだね?ひょっとすると帝国最後かもしれない『本物のコーヒー』のお味は?」
「…なんだって?」
目の前の少女の発言に、ターニャ・フォン・デグレチャフは思わず立ち上がった。
久方ぶりの帝都を満喫する彼女にとってみれば、その知らせは凶報以外の何物でもなかったからである。
「イルドア経由で入ってくるんじゃなかったのか?」
「そこはまぁ、優先順位の問題だな」
「優先順位だと?」
「左様」
そう言うと、少女――ツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルンは手に持ったカップを下ろしながら続けた。
「要するに、帝国はKブレットとタンポポコーヒー、どちらを選ぶかという話だ」
「…そして臣民は小麦のパンを選んだ、と。――全く、究極の二択だな」
「どちらも独特の味があって良いんだが…。ま、常食したいとは思わんがね」
「独特の味、ねぇ…。もうちょっとマシには出来んのか?」
「そもそも真っ当なジャガイモを使えば美味しいはずなんだが」
「…真っ当ではない、と?」
恐る恐る尋ねる幼女に、皇女は重々しく頷く。
「例えば戦後…ああ、太平洋戦争後の一時期、『妙にまずい芋』が日本で出回った時期がある」
「それが…?」
「そもそもだよターニャ。
――まともなパン一個分の小麦と真っ当なジャガイモがあるなら、それぞれを戦地に送って食べればいいと思わないかね?」
「…言われてみれば」
「ちなみに日本の場合、原因はハイオクタン価の航空燃料製造に必要な…
「…その心は?」
「燃料用の芋は、洋の東西を問わず、不味い」
ターニャ・フォン・デグレチャフは納得した。
道理で、と。
「ところが、君たちがクロエシュティ油田を無傷で確保してくれたのと、石炭を利用する方法が軌道に乗ったせいで――」
「――燃料用の芋が余って食用に流れたと?」
「そういうことだろうね。工業用だから安いし。
ちなみに一部はまともな芋を使っているらしいが…、これまた輸送途中に腐ったりする」
「そんなものを混ぜ込むからあれほど殺人的な味になるのか…」
「ウム。稀に運のイイ奴は『当たり』を引くこともあるかもしれんが」
「ああ、道理で!」
益々もってターニャは得心した。
彼女の周囲が皆、Kブレットに不平を垂らす中、たった一人だけアレを「美味しい」と評する人間、そしてその豪運に心当たりがあったからだ。
呼吸するようにロイヤルストレートフラッシュを繰り出す人間が、運が悪い訳がないだろう!!大隊公庫を巻き上げた酒類で埋め尽くした強運は伊達じゃない。
――そして、同時に幼女は気付く。
「ふと思ったのだが。
――どうしてそういう話にお詳しいのかな?」
一瞬の沈黙。
しかし、幼女にはそれだけで十分だった。
「…質問の意味が分からナイナァ」
「ふぅん。――じゃあ質問を変えよう。
そのブタなんとか法、誰かに喋ったりしたことは?」
「…あると言ったら?」
「ハイクを詠め」
~~
「…コホン。何はともあれ、北方での陽動ご苦労さん」
「全くだ、人使いの荒い上司には苦労させられる」
「おやおや、クデーリアンに扱き使われたかね?」
「鏡を見ろと言っている」
苦々しげに言うターニャだが、さもありなん。
なにせ彼女たちが赴くところ、
しかも、T-34型演算宝珠よりも固い『KV-1』演算宝珠なんてものを用意してるなんて予想外にもほどがあった。
「はっはっはっ、冗談だよ。君たちには今回も無理をさせたと思っている」
「本当に?」
「本当だとも。――しかし、おかげでクリーミャ半島侵攻を最後まで察知されずに済んだ」
それこそ、参謀本部直轄のサラマンダー戦闘団が、二か月近くも北方軍管区の指揮下に配属された本当の理由。
「どういう訳か、君たちは特に警戒されているようだからね」
「まじめに仕事をしているだけなんだがな」
冗談交じりにターニャは言うが、この場に連邦軍の人間がいたら頭を真っ赤にしていたことだろう。大きなものだけでもモスコー、ティゲンホーフ、回廊の戦いと、彼女たちは連邦軍に辛酸を舐めさせ続けているのだから。
…あとはまぁ、あれだ。
ターニャ・フォン・デグレチャフが絡むといつも以上に仕事熱心になる同志内務人民委員長のしわ寄せが現場に来ると言うヤツである。
「仕事ぶりが敵にも評価されたと思えばいいんじゃないかな?」
「それなら鉛球をチップに変えて欲しいね。拍手と違って高射砲はもらっても嬉しくないんだ」
「そりゃそうだ」
ともあれ、『出向』は終わった。
何故ならば――
「そうそう。先ほどクデーリアンから通信があった。
『北方管区所属各軍は、無事、予定通り、攻撃発起地点までの、撤収を、完了せり!』だそうだ。
…やたらと多い読点を見るに、相当機嫌が悪いな、これは」
「ああ、我々が撤収前の挨拶に行った時なんて、司令部が恐ろしいほどにピリピリしていたよ」
なにしろ、あの
攻撃は最大の防御。補給線?そんな事より眼前の敵だ!と言わんばかりの攻撃志向。
そんな彼からすれば、
事実、特一級秘匿通信を使って、ギリギリまで参謀本部にレネングラード総攻撃を直談判していたくらいなのだ。
『――そこまで言うならハンス、私は貴官の細君に、貴官が誇る数々の武勇伝を事細かに語って差し上げねばならぬ。…戦友をこんなことで失いたくはないのだが』
『お、お待ちください殿下』
『殿下?知らんなあ、ここにいるのは君の同期にして
『…そうだった……!』
『思い出してくれたようでなにより。
――それはそうとお返事は? ヤーかね?それともナインかね?』
参謀本部の柱に掛けられた電話機。
少女がくすくすと笑いながらその受話器を左手に持ち、右手でコードを弄んでいるだけのその光景に、しかし叡智の殿堂たる参謀本部の面々が震え上がったという……。
「――そう言えば北方管区の参謀連中が首を傾げていたな。『あの閣下が、ある日突然撤収にゴーサインを出した』と」
「へぇ、不思議なこともあったものだ。あのクデーリアンがかね?」
「あぁ…。ま、そのお陰でこうして帝都に帰ってこられたわけだが」
「それはなにより」
いけしゃぁしゃぁと皇女は宣う。
「実際問題、レネングラードは落ちるまいよ」
「やはり、そうなるか」
「最盛期の国防軍でも落とせなかったレ
レニングラード攻防戦。
それは数ある独ソ戦の激闘の中でも、最も長く、そして凄惨極まる戦いであった。
900日に渡る包囲戦で命を落とした市民の数は
恐ろしいことにこの数――どちらも諸説あるので断言しがたいのだが――、日本本土空襲で死亡した民間人より多い。…それもかなりの割合を「餓死」「凍死」が占め、「人肉食」の
「…信じがたいことに、その状況であの都市はソ連軍に武器弾薬を供給し続けた*1。
あの状況下でだぞ?
そんなところに押し寄せて、しかも今の帝国軍では包囲できないと来れば――」
「敵弾薬庫の前での火遊びだな、自殺行為に等しい」
「全くだよ。クデーリアンは落とせると思っているようだが、そもそも連邦相手に土地争奪戦なんて考えるだけでもぞっとする」
ツェツィーリエは言う。
「ましてやモスコー攻略なんて夢のまた夢だ。空軍の偵察によれば、5重の防御ラインを構築しているらしい」
「常軌を逸しているな…」
「しかもモスコーを落として終わるという保証すらない。である以上――」
「フランソワの時と同様、敵兵力の殲滅しかない」
「然り。ただし、それを無尽蔵の連邦兵相手にやるとなれば、フランソワの時とは勝手が違うだろう」
だからこそ、彼女は考えたのだ。
「潜水艦の代わりに『SB』を使って偵察、もしくは敵後方を叩き――」
「陸攻ならぬ『
「…よく分かっているじゃないか。――そして第一艦隊ならぬ東方防衛線で敵をすり潰す」
「なるほど、漸減邀撃か」
「然り然り。広さといい、立って歩けないところといい、連邦はまさに太平洋のようなものだ」
だが、と彼女は言う。
「それですら足りない。空軍がつくった3トン広範囲榴弾でも足りるかどうか。
…なにせ畑で兵隊が取れるうえに兵器製造量も桁違いだからな。合州国の支援もあるとなればもうお手上げだ」
「そのためのクリーミャ半島攻略、バクー油田空爆計画だろう」
「然り」
カップ片手に、女性二人がにやりと笑う
『石油』
それは、今日の社会活動すべてにとっての生命線。
石油がなければあらゆる産業機械は動かない。ガソリンがなければ戦車も戦闘機もタダの鉄の塊である。
無論、工業用機械については石炭で代用できる分野もあるだろう。しかし、少なくとも飛行機を石炭で飛ばすことは不可能である。
……石炭燃焼式ラムジェット?ありゃ例外中の例外だ。
そしてクリーミャ半島から約1,300キロのところには「バクー油田」がある。
「西暦世界同様、こっちでも『連邦経済のアキレス腱は、石油供給源がほとんどバクー油田に依存している事』だそうだ。ゼートゥーアらの出した結論だから間違いあるまい」
「ゆえに、そこを落とせば――」
「――連中も戦争継続を諦めて、『講和』のテーブルに着くだろう」
それこそ、作戦名『黒』の真の目的。
この戦争、このままではジリ貧である。
帝国は強大だがルーシー連邦はそれ以上に広く、兵力は無尽蔵。そして背後には連合王国、さらに虎視眈々と参戦の機を窺っていると思しき合州国まで控えている。
で、ある以上、どこかで「手打ち」にする必要がある。
しかし、そこまでの国際情勢を知らぬ、なにより「勝ちしか知らない」帝国国民がそれを認めるだろうか?
――ありえない。
少なくとも『戦前への回帰』など、天地がひっくり返っても認めないに違いない。なにしろこの戦争、帝国国民からすれば――と、言うより事実――すべて「仕掛けられた」ものなのだ。
現在進行形で強いられている『銃後の努め』を思えば、交戦国は「帝国に償って然るべき」であって、それは当然領土なり賠償金の形で支払われなければならない。
至極当然の要求だろう。
しかしそれは、相手国からすれば到底認めがたい、敗北と同義の内容である。
なにより欧州における帝国の覇権、それ自体が安全保障上の重大な脅威。
最低でも『戦前への回帰』とならなければ、彼らは枕を高くして寝ることは出来ないのである。
なにしろ周辺国全てを敵に回しながら、帝国は勝ち続けているのだ。
強い、いや、強すぎる。
ゆえに本音をいえば、神話に出てくる邪竜と同様、その様な
これでは、交渉になるはずも無かった。
帝国の、正確にはツェツィーリエの依頼を受けたイルドアが苦労するのも道理である。
双方の要求はあまりにも、それこそ天と地以上に隔絶しており、どちらかが『詰み』にならない限り、同じテーブルに着くことすら難しかった。
――それこそ「油田が爆破され、戦争継続が困難」とでもならない限りは。
「これで連邦の油田がシルドベリヤにあったらお手上げだった。…すくなくとも、バクーはクリーミャから手が届く」
無論、ウクラーナからでも
ただし爆弾をほとんど積めない、純然たる「往復飛行」限定で。
しかも航路的に間違いなくクリーミャ半島上空でルーシー連邦軍戦闘機の邀撃を受けただろう。
「だからこそクリーミャ半島の占領と、爆弾4トンを積んでバクー油田まで往復できる『SB-2』の開発を急がせていたんだが……」
「…なんだ、その不穏な語尾は」
「これだよ」
そう言って、ツェツィーリエが投げてよこした新聞。
そこには、こんな記事が掲載されていた。
『帝都襲撃さる!』
◇◇◇
「――以上が、ベルン爆撃作戦の結果となります」
連合王国空軍総司令ハリファックス卿の報告に、列席者からため息が漏れた。
「…やはり、ハラスメント以上の効果は得られなかったか」
「それで良いのだ」
チャーブルの言に、閣僚たちの視線が一点に集中する。
「今日は皇帝の戴冠40周年の記念日。その前日に帝都に爆弾を落としたことにこそ意味がある」
「…むしろ帝国臣民の神経を逆なでしただけでは?」
それに、郊外に落ちた様ですし…と続けるマールバラ海軍大臣。
「それこそ今更の話だ。…なにより『やられたらやり返す』、これこそ我が連合王国の基本理念だろう。先日のハッテンガム宮殿爆撃を忘れたのかね?」
「誤爆だったと、イルドアを通じて謝罪がありましたが?」
「ならば我々も誤爆をしたというだけの話だ」
しれっと宣う宰相に、マールバラはもはや苦笑するほかなかった。
実際、誤爆だろうが爆撃は爆撃だし、生け垣が一部破壊されただけとは言えど、畏れ多くも女王陛下の宮殿に傷をつけられた事実は揺るがない。
「なにより、大陸反攻が不可能な現状、親愛なる
「トラウマを思い出させる、の間違いでは?」
「言われてみればそうかもしれんな」
口ではそう言いつつも満面の笑みを浮かべているあたり、この宰相、腹が黒い。
とはいえ彼の言うとおり、現下の情勢で連合王国が帝国に対して実施しうる、唯一最良の方法は『夜間航空爆撃』であった。
フランソワも協商連合も脱落し、大陸に地歩を持たぬ連合王国が帝国を叩く方法は、これか艦隊による沿岸襲撃くらいしかないのだった。
「とはいえ、スカゲラ海峡経由は距離が遠すぎたか」
「帝国の西方防空網を回避するには仕方のない方法だったかと」
「確かに。とは言え、毎回これでは爆弾投下量がリスクに見合わん」
「閣下の仰るとおりかと。目下、『新型爆撃機』の開発を大至急で進めております。あわせて、合州国との間で『大型旅客機』の導入交渉を進めております」
その報告に、ウィストン・チャーブルは満足げに頷いた。
戦前から研究の進んでいた『新型爆撃機』は、連合王国中部の飛行場から爆弾を満載した状態で、直接ベルンを叩ける期待の新型機である。
一部設計に苦労していた部分については
帝国の掃除夫には感謝せねばなるまい。裁断前に一カ所に纏めて確認するという彼の几帳面な仕事が、連合王国諜報員に望外の戦果を齎したのだ。
後に「ランカッシャー」と呼ばれるその機体は、まもなく量産体制に入る見込みであった。
加えて、合州国から提供される『大型旅客機』
なぜか胴体中央部に「シャッター式の乗降扉」が、それも
D、Cと来れば次は
その
誰がなんと言おうと、帝国の『SB-1』にどことなく似ていると言われようと、これは立派な旅客機なのである。
…なに?客室に座席がない?
そんなもの、連合王国に届いてから取り付ければよろしいのだ。
座席の代わりに「下向きの倉庫」が設えられても合州国は関知しないし、「自衛用」と称して機関銃が据え付けられたとしても、物騒な欧州情勢を思えば致し方なしといえるだろう。
そう言ったわけで、帝都爆撃が不完全だった割にチャーブル首相の機嫌は良かった。
そうして、会議はこの宰相の発言で締めくくられる。
「諸君、もうしばらくの辛抱だ。
確信を持って告げられるその声に、しかし疑問を口にする閣僚はなかった。
◇◇◇
「――いやはや、まさか北海をぐるりと回ってくるとは思わなんだ」
西方の防空網は相当強化してたんだがね、とツェツィーリエは笑う。
「見張りは何をしていた!」
「数も少ないうえ、方角が方角だったせいで『協商連合方面からの友軍機』と誤認したらしい。
結局、帝国側が事態に気付いたのは敵機がベルン上空に差し掛かったころ。
無線の呼びかけに応じない航空機が複数あり、しかもそれらが開戦に伴って設定された「飛行制限区域」を無視したことで、彼らはその正体に気付いたのだ。
「結果、邀撃機が上がったときには連中は帰るところだったという体たらく。灯火管制がなかったら危ないところだったよ」
連合王国側が落とした爆弾は数えるほどで、しかもてんでバラバラのところに落下した。
しかし、不意を突かれた帝国の慌てぶりは滑稽なほどだった。
夜間だったこともあってか友軍戦闘機を高射砲が誤射、撃墜するという醜態まで晒している。落下した高射砲弾の破片による民間への被害をあわせると、むしろそちらのほうが投下された爆弾よりも大きな損害を与えたといえよう。
「連中が夜間爆撃を強化するのは史実通りだから驚くには値しないが」
第二次大戦のドイツ本土空襲で投下された爆弾量は729万発、164万tに達する。
日本本土空襲の約10倍に及ぶその理由は、ドイツの場合、開戦直後から本土空襲に晒されていたことに起因する。
何しろ1940年時点でイギリス空軍は延べ11,000機の爆撃機、12,000tの爆弾をドイツ本土空襲に投じているのだ。この数は最盛期の1944年に至っては80,000機に迫り、爆弾投下量に至っては52万tを越えている。
「イギリス…こっちだと連合王国だが、彼らは大陸に地歩を持たない。フランス、フランソワを失った彼らが取りうる解決法が長距離爆撃しかないのは自明の理だろう。
加えて『戦略爆撃』自体、我々が協商連合相手に披露しているからね」
しかも太平洋を隔てた日米の太平洋戦争と異なり、欧州の第二次大戦は飛行機からすれば「指呼の間」とも呼べる至近距離で繰り広げられた。
事実、米英の戦略爆撃機を概観すると、後者は前者に比べて航続距離に劣るが、爆弾搭載量は倍ほどもある事に気付く。…改造必須とはいえ、
それを知っているからこそ、彼女は戦前に防空戦闘機『Blitz』の開発を指示していたのだ。
「――ちなみに初期の攻撃で大損害を被って、夜間爆撃に切り替えるところまでも全く同じだな」
「そこまで分かっていたのだ、夜間戦闘機も準備していたのだろう?」
「勿論だとも」
そう言って、彼女が机の上に置いたのは飛行機の模型。
一見して帝国空軍の長距離随伴戦闘機『Schatten』にみえるその模型には、しかし、見慣れぬ棒が上向きに突き出していた。
「最初から
読んで字のごとく、それは機体背面上向きに取り付けられた航空機関砲のことである。
夜間というのは昼間と違って視界が利かず、目標捕捉は困難を極める。
この点、敵機の斜め下に占位する斜銃は有利であった。
当然と言えば当然だ、飛行機というのは真正面、真後ろからよりも上下方向から見た方が大きく見えるのだから。
ほかにも敵爆撃機の死角になるという利点もあり、一説では西暦1943年から1944年にかけてのイギリス軍爆撃機の損失の80%がこれによるという。もっとも連合国軍爆撃機が随伴戦闘機を伴うようになると、その効果は激減したのだが…。
ともあれ、これを搭載した夜戦型『Schatten』の要目は以下のとおり。
全長:約14m
全幅:約15m
自重:約5,300㎏
過荷重:約7,500㎏
エンジン:ヴェスペWespe-027―F (離昇1,550馬力)
最高速度:520km/h
航続距離:1,200km (落下タンク使用時2,500km)
武装:機首20mm固定機銃×2/上向き20mm斜銃×2
爆装:無し
乗員:2名
ただし、夜間戦闘機にも問題がある
それは――
「前例のないやり方だから、照準器の設定やらパイロットの訓練が増えるし、撃墜した敵機の墜落に巻き込まれる危険もある」
実際、西暦世界ドイツ空軍の夜間戦闘機エース、マンフレート・ミューラーは、自身が撃墜したハンドレページ・ハリファクスと衝突し、戦死している。
「加えて、通常型…爆撃機護衛用の生産数が減ってしまうということで空軍は乗り気じゃなかったんだが」
「帝都爆撃となれば、そうも言っておられないと」
「そのとおり」
苦々しげに皇女は頷く。
「軍用機の生産計画は一から練り直し。少なくとも今年の後半は爆撃機をほとんど造れないだろう。夜戦型『Schatten』の増産に追われることになる」
「待て、それでは――」
「手間のかかるSB-2の量産配備など、当然のように後回しだな」
ツェツィーリエは盛大に溜息を洩らす。
それはそうだろう。折角クリーミャ半島を落としても、10機程度しかない試作爆撃機で何が出来ると言うのか。
「全く、人の嫌がることにかけては連合王国の右に出る者はいないな。今回の件で確信したよ」
彼女はそう言うが、連合王国からすれば『お前が言うな!』だろう。
なにしろ、当初は損害の少なかった帝国本土夜間空襲が、最近になって被害が増加の一途を辿っているのだ。
その理由は、間違いなく皇女ツェツィーリエが手配した夜戦型『Schatten』と、北海沿岸からルールゥ工業地帯までずらりと並べられた
加えて帝国において目下対空レーダー試作中と彼らが知っていたならば、重ねてこう叫んだであろう。『お前が言うな!』と。
「今更な話だな。…それで、どうする?」
「…一応、方法はあるにはある」
「ほう?」
首を傾げるターニャに対し、何故かツェツィーリエは席を立つ。
そうして、皇女はそのままテーブルをぐるりと回り、
「…待て、いやな予感しかしないのだが」
「察しが良いな。だが遅い」
満面の笑みで宣う皇女。
夕暮れ時のベルン郊外に、幼女の悲鳴が響き渡るまで、残り10秒。
●ブタなんとか発酵法
正式名称「アセトン・ブタノール発酵法」。
芋類のほか、オイルパーム廃液、廃木材、コーン、果ては生ごみでも適用出来るんだそうな。
もっとも直接航空燃料になるというより、これによって得られるイソオクタンが100オクタン燃料製造に不可欠と言うことらしい(技術屋じゃないのでよく分からん)。
なお、第三帝国は馬鈴薯からつくったアルコールをV2の燃料にした。
●ベルン空襲
元ネタは西暦1940年8月25日夜に実行された、最初のベルリン空襲。前夜のロンドン空襲への報復として81機が投入された。
なお、件のロンドン空襲も誤爆だった模様。