皇女戦記   作:ナレーさんの中の人

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共和国の悲哀

統一歴1927年9月5日

帝都ベルン 統合作戦本部

 

「――『黒』作戦は当初の目標を完全に達成。連邦軍に甚大な損害を与え、バクー油田についてもその生産能力の大半を喪失させたものと判断しております」

「具体的な数は?」

「不確実ではありますが南方方面だけで40個師団程度、北方も含めれば50個師団を壊滅させたものと考えております」

「こちらの損耗は?」

「総計で2個師団程度が使い物にならなくなっております。ただし、多くは負傷兵であり補填は十分に可能かと」

「ならばよし。勝ったところで、こちらの損耗が酷ければ意味がない」

「全くだな」

 

陸軍作戦参謀次長クルト・フォン・ルーデルドルフ大将の呟きに、戦務参謀次長ハンス・フォン・ゼートゥーア大将も同意するが、両者ともどこか「心あらず」といった表情を隠せていない。

 

…いや、それはこの場にいる全員に共通する事柄だろう。

 

そして、その理由は単純明白。

 

 

「しかし、まさかこの段階で合州国が茶々をいれてくるとはな」

「陸軍ではあれをどう見ているのです?ただのはったりだと?」

「そう断じられればどれほど良かったか。…ウチの情報部からの報告はご覧いただけましたかな?」

「…ええ、率直に言って見たくない代物でしたな」

 

そう言って、空軍次官はため息を一つ。

 

「あれが正しければ、その気になれば連中は大西洋を渡るでしょう。兵力、海軍力、輸送力のすべてが戦前から格段に強化されている。…ただのハッタリならば、ここまで準備しているとは思えません」

「海軍としても同意見です。連中、我々が連邦の泥沼で足掻いている間に、着々と準備を進めていたのでしょう」

「全く、忌々しい植民地人共め」

「これまた古い表現を持ち出してきたな?独立して200年近くになるのだぞ」

「フン、根っこのところは連合王国と同じと言うことは変わらん」

 

それはまぁ、確かに。とゼートゥーアも首肯した。

『初めは自分たちの手を汚すことなく友好国を矢面に立たせ、そのくせ援助という名目の融資で戦後の利益を狙い、その友好国が危なくなった土壇場で介入する』というやり方は、なるほど、連合王国が帝国対共和国戦の最終幕で見せた動きと相通ずるものがある。

 

 

――もっとも合州国の場合、『連合王国海外利権総取り』という、より悪辣な思惑があるのだが、この場にいる面々は知る由もない。それが明らかになるのは戦後になってからである。

 

 

 

「…おかげで、講和交渉は完全に暗礁に乗り上げました」

 

珍しい外務省からの列席者であるコンラート参事官がぼやく。

 

「それはイルドアからの知らせかな?」

「ええ。イルドアからの水面下での呼びかけに対し、セバスチャン・ト・ホリ攻略のころまでは、連邦はともかく連合王国は『話を聞く』程度の態度を見せていたそうなのですが…」

「…完全に『切れた』と?」

「…はい」

「合州国め、全く碌なことをしない」

 

 

 

連中の考えは明々白々。

『今は苦しいが、合州国が参戦すれば勝てる。それまでの辛抱だ』

 

 

 

「問題は仮に連中が参戦した場合、我々には合州国本土を叩く手段がないということです」

「今だってそうだろう。おかげであのようないとも堂々たる中立義務違反(レンド・リース法)を掣肘出来ずに来たのだ」

 

もっとも、帝国もイルドアを介して似たようなことはやっているのだが。

細々とはいえ、太平洋南洋諸島の産物が帝都まで届くのにはそういう理由もあった。

 

――そう、つい数日前までは。

 

「しかも、合州国の態度に影響されたのか、これまで旗幟を鮮明にしてこなかった秋津洲皇国までもが連合王国よりの態度を示してきました」

「南洋諸島に対する保障占領の用意あり、だったか」

「全く!まるで火事場泥棒ではないか」

 

「――そう言ってやるな」

 

口々に極東の島国をなじる声が上がるのを、上座からやんわりと止める声があった。

 

「アジア唯一の文明国とは言え、あの国は小国。連合王国との友好関係を思えば、今までよく持った方だよ」

「しかし…」

「それに逆にこうも考えられる。――連中は欧州までは来ない」

「…なぜ、そうお考えに」

「あの国の国力と南洋諸島の広さだよ」

 

皇女ツェツィーリエの言うとおり、南洋諸島は広い。

そして、同じく帝国海外領たる南方島嶼群(帝国成立期に併呑したネールデラント王国に由来する)に至っては東西5,000㎞以上、島々の数は12,000を超える。

 

「連合王国領との位置関係を思えば放置は出来まい。…さて、我が国でも半ば自治領にするほかなかったあの広大な領域を、秋津洲という島国がカバーできるかね?兵站に詳しいゼートゥーア戦務参謀次長殿」

「厳しいでしょう」

 

即答だった。

しかも、咄嗟の質問ゆえゼートゥーアは知らなかったが、南方島嶼群の面積は秋津洲皇国の約4倍もあった。言語も宗教も違い、おまけに厄介なマラリヤが蔓延るこれだけの領域を支配するというのは相当な難事業である。

…実のところ、戦前の帝国もこの地域を持て余し気味で、そこに地下資源があると分かるまでは『ネールデラントの置き土産』と、嫌みたっぷりの表現で形容されることの多い地域ですらあった。

そんな領域を、しかも本土から遠く離れた状況で運用するノウハウなど、秋津洲皇国にはない。

 

「何より現状、南方諸島は帝国の戦況に何ら寄与しておらん。……むしろ秋津洲を釘付けにするよう、今の内からゲリラ戦の指示でも出しておくか」

「名案かもしれませんな。早速参謀本部で検討してみましょう」

 

 

 

――後に、『秋津洲の悪夢』『南方無限地獄』と評される悲劇が、確定した瞬間であった。

 

…もっとも、それでも欧州戦域への派兵をするよりは安上がりだっただろう、と100年後の秋津洲歴史学者が評価することになるのだが。それほどまでに、欧州での戦争は熾烈なものとなっていったのである。

 

 

 

「まぁ、列強の新入り君のことはさておくとして…。先日諮問していた『合州国爆撃機』の方はどうだね?」

「…残念ながら、やはり今の技術ではどうにもならないかと」

「…覚悟はしていたが、やはり、そうか」

「ハッ。東海岸の主要地域でも片道6,000㎞あります。爆弾を積んだ航空機で、その距離を飛ぶとなると…」

 

エンジンがいくつあっても足りない、と嘆く空軍次官の指摘は正鵠を射ていた。

実際、西暦世界でこれだけの行動半径を有するのはB-52くらいのものであり、B-36ですら爆装を減らせば出来なくはない、レベルの難事だった。

そのB-36のエンジンは『空冷星形28気筒×6発 ()()() ジェットエンジン×4発』。レシプロエンジンでは馬力不足だったらしく、後にも先にも数えるほどしかない『10発機』となった。

そんな怪物飛行機ですら爆弾搭載量に制約がかかる、大西洋横断爆撃というのはそれほどの難事なのであった。

 

 

 

「全く、いやなところに大国があるものですな」

「それもただの大国ではないな。超大国と言っていいだろう」

 

なにしろ、相手は連合王国と連邦への武器弾薬供給を潤沢にこなしつつ、自国の戦力増強も成し遂げる怪物国家。

戦前の帝国とて世界第二位の経済規模――国民一人当たり国内総生産だと第三位だが――を有する大国ではあった。

 

 

 

――だが、第一位合州国のそれは桁が違う。

 

 

 

加えて、旺盛なレンドリース需要――需要というにはいささか人為的過ぎるのだが――に応えるため、1925年前後から企業の設備投資は鰻登り。

帝国とて事情は似ていたが、何と言っても三か国分の武器製造需要である。合州国の方が伸びは激しかった。

 

「勝っているのは石炭の生産量くらい*1だ。おかげで鉄鋼と国内輸送(機関車)には不自由しないが…。……フム」

「殿下?」

 

突然腕を組んで考え込んだ少女は、しばし黙考し――

 

 

 

 

 

 

 

 

「…いや、逆に好都合か」

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

「――ここに居られましたか」

 

会議終了からしばらくのち、ゼートゥーアのその声に、ベンチに腰かけていた少女は「見つかった」とばかりに肩をすくめた。

 

「よく分かったね」

「侍女殿から、こういう時の殿下はほぼここだと」

「アデーレめ、肝心なところで口が軽い」

 

そう言いながら、しかし笑っているツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルンの正面には――

 

 

「…たしか『サクラ』、でしたか。お好きなので?」

「ああ、私が生まれる少し前、秋津洲から贈られたそうだ」

 

 

…彼女がどんな気持ちでこの桜の木を眺めているのか、ゼートゥーアは知らないだろう。

好きか嫌いか、と言われれば好きなのだろうが。

 

 

「その割に大きい気がしますが?」

「数ある『桜』の中でも成長が早い種類でね、その代わり寿命は百年もない」

 

それはまた…、と呟くゼートゥーアはしかし、直後に信じがたい発言を耳にすることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

「まるで帝国のようだとは思わんかね」

 

 

 

 

「殿下!?」

「成長が早い点だよ。特にこの数年での支配域拡大は恐ろしいものがある」

 

協商連合や共和国はともかく、ダキア大公国は完全併合、ミルスク以西の連邦領もいまや帝国の支配下にある。

――後年、『帝国最良の時代』と謳われる版図が、そこにはあった。

 

「加えて花のように煌びやかな社交界。…今は戦時下だから数も減っているが、毎回どぎつい香水の匂いには辟易するね。硝煙の匂いの方が私は好みだ」

「…およそ皇女殿下の仰る言葉とは思えませんな」

「おやおや、そう仕込んだ教官殿が何を言うのかね」

「はっはっはっ、これは失敗しましたな。陛下にまた叱責されてしまいます」

 

ゼートゥーアのごまかし笑いに苦笑しながら、ツェツィーリエはベンチを立ち、桜の枝を手に取る。

 

「しかしその実、病気も多い。ここを見たまえ」

「ふむ…、何やら皹が見えますな」

「枝癌腫病といってね、放置しておけばこぶ状に成長し、やがて枝が丸ごと枯れる」

「ほぅ」

 

関心の声を漏らすゼートゥーアに、皇女は続いて地面をトントンと足で踏む。

 

「根の病気も厄介でね。根頭癌腫病というんだが、地下だから気づきにくい」

「…ちなみに、それも?」

「ああ、進行すると枯れる」

「難儀な植物ですな。『サクラ』とやらは」

「『桜』に限らずバラ科全般、いや、それ以外でも罹患する病気だぞ?」

「そうなのですか?」

「うむ、貴官同様、多くの人は気付いていないがな」

 

実はそちらにも造詣が深い――おそらく、前世の祖父が原因――少女は、戦務参謀次長に言う。これまた似ているじゃないか、と。

 

「…成立期に取り込んだ領土問題、『建国神話』で誤魔化している民族問題、最近だと巨額の軍事費による財政問題…」

「…どれもこれも厄介ですな」

「ああ、そして今までは『勝利』という特効薬で治すか、誤魔化してきたが…」

 

 

――いまや、それ自体が『勝利しか知らない』という深刻な病巣。

 

 

「参謀本部でも、議論は『どうすれば勝てるのか?』に特化しているからな」

「…ご不興を承知でお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「なんだい、改まって?勿論だとも」

「では、お伺いします」

 

そう言って、ゼートゥーアは皇女のそばに片膝をつく。

何故ならば、彼が今からしようとしている質問は――

 

 

 

 

 

「殿下はこの(いくさ)、勝てぬと?」

 

 

 

 

 

――世が世なら、決して許されないその質問。

しかし、それに対する少女の答えは――

 

 

 

 

「むしろ勝てるとでも?」

 

 

 

 

今度こそ、ハンス・フォン・ゼートゥーアは言葉を失った。

それを不同意とみたのか、皇女殿下は続ける。

 

「ドードーバード海峡すら越えられぬ帝国軍が、大西洋を渡れるわけがあるまい?」

 

全く、誰だあんなところにあんな大国を造ってくれやがったのは、と悪態をつく少女。

 

「…合州国の参戦は避けられない、と?」

「逆に問うがねゼートゥーア。あの条件を呑める帝国人がいるかね?」

「………おらんでしょうな」

 

ゼートゥーアほどの人物が即答できなかったことが、すべてを表していた。

である以上、この交渉が決裂するのは目に見えており、それがいつになるのかだけが問題であるといえた。

 

否、これは約束された決裂なのだ。

 

「大使には可能な限り引き延ばすよう命じたが…、さて、どれほど持つやら」

「…妥結の可能性は?」

「あるとすれば、バクーの被害を見て合州国が条件を引き下げてくれることだが」

 

今のところそんな兆候はない、とツェツィーリエはため息をつく。

 

「大使はそこに一縷の希望を持っているらしいがね。

 

 

 

――さて『教官殿』。この場合、想定するべきは?」

 

 

 

「…最悪の事態、つまり合州国の参戦でしょう」

 

苦り切った表情で、ゼートゥーアは教え子に答える。

 

「そしておそらく、これまでになく苦しい戦いとなるかと」

「…違いない。今まで帝国が戦ってきたどの敵よりも強大な相手だろう」

 

 

 

先ほどの会議でも、ついに結論が出なかった理由はここにある。

二位の帝国を引き離す絶対的な工業力、生産能力。

そしてそれが、帝国からはどう足掻いても――唯一可能性があるのは潜水艦による襲撃だが、あの大国がその程度でどうにかなるとは思えない――届かない距離にあるという圧倒的に不利な状況。

 

相手側は連合王国か連邦を足掛かりにして帝国を叩けるというのに、である。

 

 

「…折角バクー油田を破壊したというのに、これでは元の木阿弥ですな」

「あれで連邦を諦めさせる心算であったのだがな」

 

だが、その目論見は儚くも潰えた。

何故ならば――

 

 

「合州国が健在な限り、連合王国も連邦も粘るだろう。そしてそうなった場合、先に息切れするのは帝国だ」

 

 

結局は、そこである。

勝ち筋が見えない、とツェツィーリエは嘆息し、ゼートゥーアもそれを否定できない。

相手が多すぎ、しかも悪すぎるのだ。

 

「ただまぁ、無駄骨とまでは言うまい」

「ええ、少なくとも連邦は当分の間動けないでしょう」

 

 

 

それだけが救いであり、だからこそ、この「よく似た思考を持つ師弟」はニヤリと笑うのだ。

 

「今ならば東部から戦力を引き抜き、西()()()()()を強化することも可能」

 

「資材もですな。例の『ジークフリート線』を急がせましょう」

 

「それは良い考えだ」

 

 

 

――『西方防衛線』

 

 

それは、約二年前のライン戦線で名を馳せた一大防衛陣地である。

入念に構築されたこの防衛陣地群への攻撃を繰り返した結果、共和国が誇る大陸軍は儚く溶け、帝国は勝利への橋頭保としたのだ。

 

とは言え、それはもう2年余り前のこと。

 

壊すのが面倒なトーチカの類を除き、そこに据え付けてあった銃砲は軒並み撤去され、一部が「西方防空軍」に移管、運用されている程度。唯一の例外と言えるのが2年前は共和国軍戦車をハチの巣にしていた「8.8(アハトアハト)」で、それはいまや高射砲となっている。

…いや、そう言えば君、高射砲だったね。すっかり忘れていたよ、とは西方防空軍に所属する兵士の談。

 

 

――そう、いまや陸戦陣地ではなくなっているそれを、二人が戦前計画されていた『ジークフリート線』にしようとしているのはなぜか。

 

 

「さて教官殿。仮に合州国が参戦してくるとして、連中はどこから上がってくると思う?」

「帝国本土、低地工業地帯は難しいでしょう。戦前より沿岸は要塞化しております」

「昨年も連合王国艦隊を返り討ちにしていたな。ま、威力偵察だったようだが」

 

現代の我々にはピンと来ないかもしれないが、沿岸要塞というのは、敵艦隊からすればとても厄介なシロモノである。

 

船というスペースも重量も限られた条件下での艦載砲と違って、陸上砲は砲と弾薬庫、動力源、観測所の設計に余裕がある。

セバスチャン・ト・ホリの30.5㎝砲、その地下設備が厚さ5m以上のべトンで固められていたのが良い例だろう。

特に観測所は『正・副・予備』が、それも至る所にある始末。当然観測精度も桁違いであるし、なにより揺れない大地に構えているというのは大きい。

これは発砲時のブレがないと言うことをも意味し、結果、ある研究者によれば「陸上砲一門は同一口径艦載砲の1,000倍の戦力を有する」という。

 

しかも帝国の場合、古くなってきた戦艦の多くを予備役に回し、その砲塔をいわば『移植』するというのをここ数年繰り返してきた――誰の指図かは言うまでもない――から、こと低地工業地帯の沿岸は接近困難な凶悪な代物となっていた。

 

――余談だがこの際、特に旧ネールデラント王国本土は軟弱地盤が多く、要塞砲を設置できないという難問に直面したのだが。

 

『戦艦を丸ごと曳航、着底させて周りをべトンで固めれば良いじゃないか』

『!?』

『ああ、でもその前に海底を均して強化する必要があるのか…。まぁ、検討だけでもしてくれないか?』

『た、直ちに!』

 

という、目から鱗な新提案により解決を見た。

これまた誰の言葉なのかは言うまでもない。なんと言ってもこの皇女、熱烈な『海軍好き(三笠日参)』なのだから。

 

ちなみにこの際、これを妨害しようとする連合王国海軍と帝国軍の間で戦闘も発生したのだが…、まぁ、その話は置いておこう。

結果から言えば帝国は4隻の旧式戦艦を沿岸砲台に転用し、連合王国は2隻の戦艦が砲台にされるのを阻止することに成功したのであった。

 

 

閑話休題。

 

 

 

 

「と、なると?」

「…パ・ドゥ・カレーか、あるいはフランソワ沿岸への上陸を試みるでしょう」

 

 

中立国なのに、とは二人とも言わない。

 

 

平和ボケしたとある人種の一部方面の方々は『中立』というだけで平和が維持されるとでも思っているらしいが、ハッキリ言って、その様な方々は至急、脳外科に行くことをお勧めする。

 

 

 

――それならば、何故中立を宣言したベネルクス三国が『侵攻ルート』になったのか。

 

――あるいは中立を宣言した北欧の国を、第三帝国はなぜ宣戦布告も無しに占領したのか。

 

 

 

「究極的には、力なき国家は何を言おうが蹂躙される」

「実に悲しい、しかし自然の摂理ですな」

「中立には二種類ある。実力を持った国が、自前の装備、軍備で中立を宣言し、他者のいかなる干渉もはねのけるケースと――」

「その国が中立であることが、その周辺の国々にとっても都合がよいとき、ですな」

「あるいはその両方を兼ね備えている場合だな」

 

 

良い例が森林三州誓約同盟だろう。

 

あそこは、欧州の要にある「無期限永世中立国」。

永世中立は伝統的中立とともに古い歴史を持つ概念であり、かなり古くから国際法に存在していた。その成立には数多の戦争と国際会議、暗闘があったのだが、ここでは割愛する。

 

ともあれ、長い期間をかけて成立した「永世中立」の概念には、以下の要件が含まれると解される。

 

――複数の国家の同意による「中立化」であること。

――「中立化」に参加した諸国が、永世中立国の独立と領土保全を常時保障する義務がある事を了解し、これを破棄しないこと。

…逆を言えば、破棄しようとする国家が現れた時点で、この中立は不安定なものとなる。

このため、永世中立国はその中立である領土を他国の侵害から守る義務があり、そのため常設的な武装が求められる。

実際、森林三州では道行く人々の中に一定数、背中に小銃をひっかけた民兵が見受けられる。

――永世中立国は、自衛の他は戦争をする権利を持たない。

――永世中立国は、他国が戦争状態にある時には伝統的中立を守る義務がある。

――永世中立国は、平時においても戦争に巻き込まれないような外交を行う義務がある。従って、軍事同盟や軍事援助条約、安全保障条約の締結を行わず、他国に対して基地を提供してはならない。戦時においては外国軍隊の国内の通過、領空の飛行、船舶の寄港も認めてはならない。

――ただし、非軍事的な国際条約、国際組織には参加できる。

――永世中立国は原則的に保障国の許諾無しに領域の割譲・併合などの変更を行わない。

 

等々である。

そして軍事同盟国が無いため、他国からの軍事的脅威に遭えば、如何なる同盟国にも頼ることは出来ない。すなわち、自国の軍隊のみで解決する必要があった。

森林三州誓約同盟が国土の割に精強な軍隊を持ち、帝国、フランソワ双方からの通行権要求をはねのけ続けたのも「永世中立」なればこそ。

 

ちなみに――西暦世界の日本人の多くが勘違いしているのだが――ここで言われている「永世」というのは「未来永劫、他国と軍事同盟を持たず、独力で国土と国民を保持する」という意味であって、『永遠に』『これから先もずっと』中立が守られるという意味合いは、全く持っていない。

そう、「平和主義」や「非暴力非武装」や「無防備都市宣言」とは、全く概念・理念が異なるものなのである。

 

よって、状況によっては「中立」は一方的に破棄されることもある。

その良い例こそ、先に挙げた西暦世界における『黄』作戦であり(低地諸国侵攻)、あるいは『ヴェーザー演習』作戦(北欧侵攻)である。

どちらのケースもそれらの国の周辺国――英仏独――が、それらの国を通行路、もしくは要衝として確保する必要があると見た結果、中立は儚くも破られてしまったのである。

 

『中立』というのは、かくも脆く、難しい代物なのである。

宣言するだけで平和が得られるならば、誰も苦労はしないのだ*2

 

このため、森林三州誓約同盟は自前の軍備、武力を持つ『武装中立』の立場を取っている。

言うなれば、あの国が中立でいられるのはその立地――絶対に確保しないといけない要地という訳でもない――と軍備――中世にまで遡る「森林三州傭兵」、その精強さはいまだ健在といわれている――、そして「仮に他国が我が国に不当な侵攻を企てるのであれば、我が国政府、軍、国民は最後の一人に至るまで徹底的に抗い続けるだろう」という強い姿勢によって維持されているのである。

 

――誤解なき様付け加えておくと、最後の宣言はハッタリではない。

戦後公開された文書によれば、仮に他国の侵攻を受けた場合、誓約同盟軍――国民の約15%を動員するという、通常考えられない大動員を実施していた――は作戦計画『砦』に基づき平野部を放棄し、山岳地帯に立て籠もって長期持久戦を展開することとされていた。そのための準備も着々と進めていたのである。

加えて帝国、共和国、あるいはその他の交戦国に自国の国防に関する情報を流したとされる数百人を検挙、拘禁し、悪質な事例に対しては廃止されていた死刑制度を復活*3させてまで対処していたのである。

 

 

 

…では、フランソワの場合は?

 

 

 

「我が国との休戦協定後、『中立』を宣言したとはいえ、それを担保する国際条約があるわけでもない」

「まさに『宣言しただけ』であると?」

「然り。森林三州のときは『ウィーン会議』で条約を結んだし、我が帝国もその条約に対する順守義務をプロイツフェルン王国から継承する旨、外交文書に認めているんだがな」

 

それに加えて自前の強力な軍隊を有することで、森林三州は中立を維持している。

 

翻ってフランソワの場合、それは無理な相談だった。

なにしろ周辺国たる連合王国と帝国が全面戦争の真っただ中なのだ。

当然、両者が同じ席について外交文書にサインするなど、出来るわけがなかった。

 

「一応、我が帝国とイルドア、あとはイスパニア王国がその宣言を『尊重する』と声明を出してはいるが、サインはない」

「つまるところ、その気になればあっさり破られると?」

「私が連合王国だったら『そんな宣言聞いたこともないし、なによりサインしてない』と言ってのけるだろうね」

 

 

――それが、現在のフランソワを取り巻く外交環境。

 

 

独力で中立を維持しようにも、陸海軍とも帝国との戦い、あるいは「自由共和国」騒動で消滅している。

無論、フランソワとて列強の一角を占める強国である。

…しかしながら、建国以来類を見ないほどの損失を補填するのは容易ではなく、なにより戦争で散財しつくした財政状態では夢のまた夢。

帝国を刺激したくないというパリースィイ政府――帝国との停戦条約発効後、帝国の設定した『安全保障地域』に含まれなかったことから、ヴィシーから帰還していた――の意向もあり、共和国軍の再建は遅々として進んでいなかった。

 

 

「――である以上、連中はフランソワに上陸する公算が高い」

「…やはりそうなりますか。実は殿下、そのことで一つ気がかりなことが…」

「ん?」

 

 

 

 

 

 

*1
産出量は合州国の3倍強

*2
『中立国の戦い』を見よ

*3
厳密には、刑法ではなく『軍刑法』で裁くことで銃殺刑を可能とした




…やたらと感想欄で勝利を望んでいる声が多いですが、








これ、『幼女戦記』の二次創作ですよ?(暗黒微笑

追伸:次回以降の投稿時期未定

●B-36
合衆国製バケモノ。どれくらい化け物かというと。こいつとB-29を並べるとB-29が「普通の大きさの飛行機」に見えてしまう。
そんな馬鹿なという方はググってごらんなさい。二度見するから。
なお地味にエンジン全てが推進式という浪漫を有する。(やったぜ
また原子力エンジン用実験機になった奴もいる。(おいばかやめろ

●B-52
合衆国製妖怪。どこが妖怪かというと「最終生産機の納入が1962年だが、2045年までの運用がほぼ確定している。なおそこから延びる可能性は否定できない」。
…ナニヲイッテルノカイミガワカラナイヨ。
ちなみに行動半径7,000~8,000㎞というところも化け物である。しかもペイロードは10t。…これが『核戦争で絶対に相手殺すマン』か。

●森林三州
史実におけるスイスポジション。
実際、第二次大戦中はかなり綱渡りを強いられていた模様。死刑制度の復活も史実通りである。…永世中立って、楽じゃないのね……。
ちなみに第二次大戦中、防空警報を7千回発令している。領空侵犯されすぎィ!?(逆を言えば永世中立でもその程度ということである)

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