皇女戦記   作:ナレーさんの中の人

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仕事の現状 : カユ・・・ウマ…


賽は投げられた

統一歴1927年9月25日

合州国首都ワトソンD.C 

 

 

「どんな塩梅だね、国務長官?」

「おおむね順調と言えるでしょう」

 

ローズベルト大統領の問いかけに、ヘル国務長官は答えた。

 

「予想以上に国民は帝国との戦争に肯定的です。ウチ(国務省)の情報局も首を傾げる程度には」

「ふむ、願ってもない状況だが…。原因不明(存在X)というのは気味が悪いな。…調査続行をお願いできるかね?」

「もとより、そのつもりです」

「結構。とはいえ、先ほど言ったとおり願ってもない状況ではあるがね」

 

大統領の言うとおり、ホワイトハウスの懸念はその一点…『世論』に尽きた。

伝統的に合州国は『孤立主義』、もっと直接的に言ってしまえば「欧州のことに合州国は口を出さないから、そっちも合州国に介入するな」というスタンスを貫いてきた歴史がある。

 

けれども――

 

「商務大臣が言っておりました。『国民も、そろそろ孤立主義の限界に気付いてきたようだ』と」

 

なるほど孤立主義、モンロー主義は()()()()()()()()合州国にとっては最善の外交戦略だった。合州国には自前の資源があり、工場があり、なにより西部には未開の『フロンティア』が広がっていたから、欧州に頼らずとも問題なかったのだ。

しかし――

 

「フロンティアが失われて40年、ようやく気付いてくれたかね」

 

――もはや、フロンティアはない。

 

内需拡大という手もあるが、これは言うほど簡単な話ではない。「ブルーオーシャン」と「レッドオーシャン」ではどちらが好ましいかなど、一目瞭然なのだから。

そして既得権益というのは、行政ですら手を焼く――特に根拠の曖昧な、それでいて頑固な地権者程困るものはない――ものなのである。…私情が漏れ出てるって?気のせいです。

 

「なにより帝国の急拡大が我が国の脅威であると、多くの国民が気づいたようです」

「実に結構なことじゃないか。全くその通りだとも」

 

なにせ、戦前の時点で帝国は世界第二位の工業国であり、先進工業分野では合州国の競合相手であった。

これが全欧州を呑み込めばどうなってしまうか。

――資源、工業力で合州国に比肩し、軍事力では合州国を凌駕する巨大な君主国家の出現。

それこそ合州国にとっては独立以前の連合王国を凌ぐ、恐ろしい脅威となるだろう。

 

なにより――

 

「このままでは融資が回収できなくなる。ところで『海外資産』の状況は?」

「戦前の予想を上回る速度で増え続けております。この勢いだと、やはり来年中に戦争が終わらなければ連合王国の海外資産全てを以てしても償還不可能となるかと」

「それは困るな。やはり今年中の参戦が望ましいが…」

「はい、大統領。差し当たっては『戦略爆撃』の準備を進めるべきかと」

「爆撃だと?上陸作戦ではないのかね?」

「それについては…、陸軍の方から説明をお願いできますかな」

「では、私から説明させていただきます」

 

そう言って、ヘルと場所を替わったのは陸軍航空隊司令長官ヘンリー・アーモンド。

陸軍きっての頭脳派であり、なにより『陸軍航空艦隊』の生みの親でもある彼は、地図の前に立って続けた。

 

「大統領閣下の仰るとおり、いずれは大陸本土への上陸、地上部隊による帝国本土進撃が必要となるでしょう。しかし――」

 

そう言って、彼は手に持った教鞭で帝国本土、その海外線をぐるりとなぞる。

 

「戦前より帝国本土沿岸は高度に要塞化されており、今や『大西洋防壁』を豪語しております。無論、誇張や宣伝の可能性もありますが()()帝国です。楽観的観測は不可能でしょう」

「確かに君の言うとおりだ。だから陸軍で『フランソワ』案を検討しているのだろう?」

「ハッ、軍事的にはほかに好適地はないかと。問題は共和国を通り抜ける大義名分ですが…」

「…それについては政治の方で対処しよう。それで仮に上陸作戦が決まるとして、どうして戦略爆撃が必要なのかね?」

 

首を傾げる大統領に、航空隊司令長官は答える。

 

「どこに上がるにせよ、その前に帝国を弱らせる必要があります」

 

そう言って、アーモンドは大西洋岸の二カ所のエリアを指し示す。

 

「幸いにして、帝国が誇る一大工業地帯、『低地工業地帯』は大西洋に面しており、『ルールゥ工業地帯』もそこからさほど離れておりません。連合王国本土から十二分に爆撃可能です」

「なるほど道理だ。…しかしアーモンド君、私の記憶違いで無ければ、同じことを考えた連合王国空軍はさしたる効果を上げられていなかったように思うのだがね?」

 

大統領の言うとおり。

これ以前、連合王国が行った帝国本土空襲――そのほぼすべてが夜間爆撃であった――

は戦果らしい戦果をあげることが出来ず、逆に被撃墜が増加する一方であった。

特に8月に入ってからは損害が酷く、これは帝国が何らかの画期的な夜間対空警戒方法(フライヤ・レーダー)を確立したのが原因であると、合州国も連合王国も分析していた。

 

しかし、アーモンドは言う。

 

「戦力を小出しにし過ぎています。つまるところ、夜間爆撃のやり方が根本的に間違っております」

「…どういうことかね?」

「つまりです――」

 

 

航空隊司令長官が言うには、夜間爆撃は『当たらないことを前提』に考える必要がある。

彼が率いる合州国陸軍航空隊が西部の砂漠地帯で実験したところ、投下された爆弾は実に幅約1マイル(3.3キロ)、前後に至っては6マイル(20キロ)もの広範囲にわたって散らばった。

 

「――しかも、目標地点で巨大なかがり火をたいていたにもかかわらず、です」

「そんなに外れるのかね…」

「夜間ゆえに距離感がつかめず、風に流されているかどうかも分からないのです。むしろ横幅は思ったよりも狭い方です」

「これで、かね!?」

「それくらいに当たらないものとお考え下さい」

「うぅむ…」

 

大統領は唸った。

道理で大量の航空爆弾を送ったのに上手く行かないハズだ、と。

 

「…そこまで言うのだ。何か解決策はあるのだろうね?」

「勿論であります」

 

自信たっぷりにアーモンドは頷き、そして続ける。

 

 

 

 

 

「上手く行けば、数日中に連合王国が結果を示してくれるでしょう」

 

 

 

 

◇◇◇

同時期

連邦首都モスコー 

 

「今日も派手にやっているようだな」

 

そう呟くこの部屋の主を前にして、ロリヤ内務人民委員長は冷や汗を垂らした。

 

「…その様ですな」

 

それ以上は言えない。

なにせ、ひとつ間違うだけで、眼前の独裁者は自分の名前も『リスト』に載せるだろうから。

そうなれば、自分もまた、今まさにクレムリンの城壁で響き渡る音と同様に……。

 

「空軍も不甲斐ない。昨日もまたモスコーへの空襲を許した」

 

苦虫をかみつぶした表情になる同志書記長を前に、ロリヤは意識をこの部屋に戻し、沈黙を守る。ガソリンの温存を命じたのは誰であるとか、粛清に継ぐ粛清で首都防空指揮官が払底しかけているだとか、そういった指摘は死を招くのみ。

 

…それに、書記長の考えも分からぬではない。

 

バクー油田が壊滅的打撃を被った現状、仮に帝国軍が再度のモスコー攻撃を企図したとき、それを防ぐ戦車部隊のガソリンが無いとなったら?

なるほどモスコー――の外周には機関銃や重砲を据えたトーチカがずらりと並んでいる。

しかし、援護のないそれらはただの的に過ぎないし、第一それらが消耗する弾薬をどうやって疎開した工場群から運び込むというのだ?ざっと1,000キロを背負って歩けとでも?…まぁ、最悪の場合それをやってのけるのが連邦という国なのだが。

なによりも、それら弾薬製造工場だって動力を必要とするのだ。人力で旋盤を回せとでも?

 

そう考えれば、書記長の「不要なガソリン消費を無くすべし」という指示は理に適っているのだ。実際、『木炭バス』はモスコー市民の交通手段として定着しつつある。

 

 

 

 

…ただ、いささか『行き過ぎた』連中が現れたのもまた事実。

 

 

具体例として、党中央の誰かが『同志書記長は日々のガソリン消費を1ガロン減らせと厳命された』と下部組織に伝達したケースを示すこととしよう。

いかに独裁者のお眼鏡に適うかが出世と自分の生命に直結するこの国において、その様な目標値は以下のような伝言ゲームを辿る。

 

『同志書記長は日々のガソリン消費を1ガロン減らせと厳命された』

 

『分かりました。では私の所管部門では3ガロン減らしてみせましょう』

 

『なんと愛国心のない目標か。私のところなど10ガロンは減らせる!』

 

『ばかばかしい。いっそ50ガロンは減らすべきだろう』

 

そんな馬鹿なと笑うなかれ。

何しろ西暦世界では党や指導者に関する記念日に間に合わせるために突貫工事を強行し、結果大惨事となった例がいくつも見られるのである。

 

結果、何が起こるか。

 

『同志政治将校殿!これほどのガソリン制限をかけられては満足な邀撃が出来ない!』

『それは党の方針に不同意という意思表示と捉えてよろしいのですかな、同志少佐殿?』

『そ、それは!』

『足りぬ足りぬというのは工夫が足りぬのです。…ああ、そうですな。高射砲中隊ならばガソリンも使いますまい。そちらに人員を回していただけるとありがたいのですが?』

『人員まで減らせと!?』

『どうせ飛行機は飛ばせないのでしょう?ならば余ったパイロットと整備員は高射砲に回した方が効率的だ。そうは思われませんか?』

 

片や『目標』に忠実な政治将校(党の犬)

片や『軍事常識』に忠実な軍人。

 

両者の意見は決して一致することはなく、最後は軍人が折れるか、政治将校殿のピストルが火を噴くか二つに一つ。

 

 

 

…もっとも、どちらに転んだところで「モスコーへの空襲を許した」時点で、生き残っていた方も銃殺刑に処されることとなるのだが。

 

 

「…愚か者共が過剰なガソリン自粛を行ったようです。既に同志デューコフ将軍とも協議の上、関係各所に是正を指示しております」

「流石だな、同志ロリヤ」

「恐縮であります」

 

「――そんな優秀な同志ロリヤを呼び出したのはほかでもない」

 

ロリヤのつるりとした脳天を、一筋の汗が伝い落ちる。

――ここが運命の分かれ道だ、と。

ひとつ回答を間違えば、自分の首と胴が永遠に離れ離れになることを確信しながら、ロリヤは伺いを立てる。なんなりと、と。

 

「合州国の動きは知っているな?」

「ハッ、着々と参戦に向けた準備を進めていると」

「ウム、一昨年から君の進めてきた『世論工作』が上手く行ったようだ」

「恐縮であります」

 

二度、ロリヤは深々と首を垂れる。

その脳内では、『我ながらあの時の自分は実に冴えていた』と自賛しつつ。

 

戦前、彼と書記長を悩ませていたものの一つに『共産党内の理想主義者』という存在があった。

彼らの理想は書記長の方針とは反りが合わず、当然ロリヤにとっても目の上のたん瘤。

しかし彼らは『理想主義者』であるがゆえに共産党のテーゼから見て実に『正しく』、それゆえに処断も出来ない――なにせ間違ったことを何一つ言ってもいないしやってもいないのだ!――厄介極まりない存在だった。

 

 

 

それを、連合王国や合州国にロビー活動要員として送り込む。

 

――当然ながら反対意見もあった。虎に翼を付けて野に放つようなものだ、と。

しかし、ロリヤはそれを断行した。

何故なら「世界の平和を守る『よき連邦』というイメージ」をつくるのに、彼らほど都合の良い存在はなかったからだ。

 

なにしろ彼らは理想主義者。

ロリヤやヨシフが鼻白むほどには「清く、正しく、美しい」人物ばかりだったし、弁論の才も抜群。流暢なクイーンズを操るものも珍しくなく、お洒落にも気を遣う社交的な人物も多くいるとくれば、それを見る人々にクリーンなイメージを与えること請け合いだった。

 

けれども、それだけが勝因ではない――

 

「しかし、同志書記長の『()()』あってこその成果でしょう」

「ふっふっふっ…。ロリヤ、君だから問題ないがそれは最重要機密だぞ?」

「これは失礼を致しました。平にご容赦を」

 

――のちにこの時代のルーシー連邦、あるいは共産主義者の各国への()()度合いを示す言葉として、こんなものが語られることとなる。

 

 

 

『大統領が見ている地図を、横から書記長も覗き込んでいる』

 

 

 

誇張が過ぎるだろうって?

確かにそのとおりだ。正しくは、『大統領に提出されたレポートは、一週間以内に書記長にも届けられる』である。

 

ゆえに、合州国で起こっていることをヨシフもロリヤも熟知していた。

 

「彼らは予想以上に好戦的なようだ」

「連合王国への船便で犠牲者が出ているのだから当然でしょう」

「ふむ?そういうことにしておこうか。…本題に入ろう」

「ハッ」

「あちらの大統領閣下におかれては、ひとつ悩みがおありのようだ」

「あれほどの大国の元首でも、ですか」

「全く贅沢な悩みとは思わんかね。こちらは帝国軍を相手取るのにこれほど苦労しているというのに」

 

冗談っぽくため息をつきながら、書記長は続ける。

 

「だからこそ、合州国には早急に第二戦線を構築してもらわねばならぬ」

「仰るとおりです」

 

第二戦線の構築。

それは開戦以来連邦が待ち望み、同盟国相手に再三再四に渡り要求している最重要事項。

 

「イルドアは論外だ。あそこでは帝国軍はさほど誘引できまい」

 

なにせあそこは細長い半島。戦闘正面は当然狭く、少ない兵でも防衛戦が可能となる。

更にそこを突破したところには「欧州の天井」が聳え立ち、まさに天然の要害。

このようにイルドア戦線は合州国のもつ物量の強みを発揮できず、逆に帝国は少ない兵力で戦線を維持できるという、連邦にとってあまりにも旨味のない場所なのである。

 

――では、連邦にとって都合の良い『第二戦線』とは?

 

「望ましいのは帝国本土への直接上陸だが…」

「難しいでしょう。そのことは既に連合王国が証明済みです」

 

実のところ、『ティー・パーティー』は一度きりではなかった。

連邦への援護射撃、あるいは帝国へのハラスメント、あわよくば低地工業地域への打撃を企図して同種の作戦は幾度となく繰り返され、そしてあまり芳しい成果は上げられなかった。

それどころか、直近では戦艦による夜間強襲砲撃なんてものを試み、逆に損害を被って退却したというではないか!

幸いにも沈んだ戦艦はなかったので国内向けには隠し通しているようだが、世界に広がるコミンテルンの目は誤魔化せない。

 

つまり――

 

「やはりフランソワしかない訳か。大統領の懸念はそこだ」

「…大義名分がない、と?」

「そういうことだよ、同志ロリヤ」

 

そう言いながらも、書記長の表情には笑みがある。

それはいったい何故か?

一瞬だけ考えたロリヤだが、その答えはおのずと知れた。なにしろ彼らからすれば単純明快なことだったからだ。

 

「なるほど、ソレを作って差し上げる訳ですな?」

「何か名案でもあるかね?」

 

口ではそう言いながら、半ば以上ロリヤの回答を予期しているであろうヨシフの問いかけに寸分も違うことなく、同志内務人民委員長は答えた。

 

 

 

 

 

 

 

「――『モスコーの長女』を動かしましょう」

 

 

 

 

 

 

かくして()()()賽は投げられる。

 




艦これイベントに出撃できてない程度には忙しいので、次回投稿未定(マジで

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