皇女戦記   作:山本 奛

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モンキーモデル

統一歴1927年12月20日

合州国フィラデル 某所

 

 

「皆様、朗報ですぞ」

 

 

その声に、とあるステートビルの一角に集まった『出席者』たちの視線が集中する。

 

「――いや、失敬。凶報ですな」

「と、仰いますと?」

「先ほど連合王国の友人から知らせがありました。帝国はかの国への大規模攻撃を決意したとのこと。…いやはや、また多くの血が流れることでしょう。なんとも悲しいことです」

 

そう言ってわざとらしく目元をぬぐう『司会役』の様に、場の面々から失笑が漏れる。

 

「なるほど、()()ですな」

「然り然り、実に(げに)恐ろしき帝国かな」

 

口ではそう言いながら、『出席者』たちの表情は、揃って笑顔。

そんな彼らの胸中は、一人がポロリと漏らした次の一言に収斂される。

 

 

 

 

 

「劣化版を造るのにも飽き飽きしていたところです」

 

 

 

 

 

劣化版、後世の言葉を借りれば、『モンキーモデル』

 

――事の発端は2年前のこと。

当時、ドードーバード海峡航空戦が佳境を迎える中で、連合王国空軍はとある合州国戦闘機に興味を持つ。

 

その名は『ライトニング』。

 

()()()()()()()()、合州国陸軍航空隊で配備が進むその新型戦闘機は連合王国が誇るスピッツよりも速く、航続距離も倍ほどあり、なにより新たに開発された排気タービンの採用によって、高高度からの一撃離脱を、それも機首に配備された大口径機関砲(37ミリ機関砲)でもって実現可能、とされていた。

 

「これだ」

 

当時、帝国空軍の最新鋭4発爆撃機SB-1の脅威にさらされていた連合王国である。

特に彼らにとって深刻だった問題は、当時のスピッツが装備していた7.7ミリ機関銃では、この重爆を落とすのに千発単位が必要だったこと。

実際、この直後に連合王国がまとめたレポートでは、『4発重爆を撃墜するためには、30ミリ級の機関砲で5~6発、20mmクラスならば平均20~25発を必要とする』『弾丸内部に炸薬を有していない7.7ミリ以下の機銃弾では、効果的な射撃は到底見込めない』と記されている。

――彼らは知る由もないが、帝国空軍もほぼ同一の結論に至っており、以後、両国は航空機用大口径機関砲の開発へ邁進することとなる。

 

話を連合王国に戻せば、重爆対策は急務であった。

何しろ対連邦戦開始以後も、帝国空軍は時折思い出したようにSB-1を飛ばし、嫌がらせのように――真実、ハラスメント攻撃だったが――高々度から爆弾を落として帰っていくのである。

 

「税金泥棒」

 

国民からそう罵られた彼らは、当面の対策として空気抵抗の増加を覚悟でスピッツへの20mm機関砲装備を決定。また、高々度での迎撃を主眼に二段式過給機――排気タービンに頼らず高々度へ至る方法――搭載エンジンへの量産体制確立を急いだ。

しかし、それらは一朝一夕にできるものではない。

このため、彼らはフィラデルの友人たちから『ライトニング』(37ミリ機関砲搭載)を調達すべく奔走し――

 

 

 

 

 

「なんだこれは!?」

 

 

 

 

 

――とんだ欠陥品を掴まされることとなる。

 

何しろエンジンが明らかに違った。

確認すると、出力が1割ほどもダウンしていた。

加えて、肝心の排気タービンが消えてなくなっていた。

結果、速度は100キロ以上、上昇率も信じられないほどに落ち込み、当初のカタログスペックとは似ても似つかない低性能に収まっていた。

 

「ふざけるな!!」

 

連合王国空軍人が、何とティーカップを叩きつけて割ってしまったというから前代未聞の珍事である。

しかし、それほどまでにひどい代物だった。

ちなみにもう一つの目玉たる37ミリ機関砲に至っては装弾数がたったの「15発」で、しかも発射速度が毎分150発、つまり毎秒2.5発。挙句の果てに弾道特性もすこぶる悪い(垂れる)と来れば、これはもう航空機関砲としては『駄作』としか言いようのない代物だった。

 

…なにせ、本家本元であるはずの合州国陸軍航空隊が早々に見切りをつけ、20mm機関砲に換装した一品である。

 

 

「こんな駄作機、金を貰っても受け取れるか!」

 

 

無論、合州国にも理由はある。

 

 

 

それは、『排気タービン技術が帝国に流れてしまうと大変なことになる』という懸念。

 

 

 

そもそも、合州国において排気タービンの研究が盛んであったのには、かの国があまりに広大だったという地政学的条件がある。

大陸横断鉄道は既に存在したが、20世紀初頭に登場した「飛行機」は、鉄道とは比べ物にならない速さで人々を運ぶことが出来た。ゆえに各飛行機メーカーは『高速大陸横断飛行』に並々ならぬ熱意を傾けたのである。

 

さもありなん。

価格で鉄道に叶わぬ旅客機にとって、目的地までいかに迅速に届けられるかこそ至上命題。

否、鉄道に対し、まだまだ未成熟な航空産業が生き残る唯一の道であった。

やがて航空機製造技術が熟成され、空にまつわる様々な事象が研究されていく中で、彼らは一つの結論に至る。

 

 

『速度を上げるには空気抵抗を減らす必要がある。この点、高空ならばそもそも空気が薄いから好都合だ』

 

 

道理であった。

しかし、これには一つ問題がある。

 

「…問題は酸素も薄くなることだ」

 

これまた当然の話である。

そして、それは同時にエンジンの出力低下も意味していた。いくら空気抵抗が下がったところで、エンジン出力が下がっては意味がない。

 

「高空でも酸素を取り込む機構が必要だ」

 

その機構こそ『過給機』であり、各メーカーはその性能向上に知恵を絞った。

一口に過給機と言っても様々な形式があるが、合州国人達はその中でも効率が良い――なにせ、捨てるだけの排気ガスから動力を取り出すのだ!――とされた『排気タービン』に並々ならぬ熱意を傾けることとなる。

 

 

 

対する欧州。

ここでは、排気タービンの研究は合州国ほど盛んではなかった。

 

そもそも、広さが根本的に異なるのだ。

当時のエンジン出力では上昇時間も馬鹿にならなかったから、欧州では「高度を稼ぐより速度を上げることの方が重要」と考えられたのである。もっと言えば「高度を上げる暇があったら、さっさと目的地に向かって飛んだ方が早い」である。

しかも当時の冶金技術では、排気タービンは性能の割に大きく、重く、「これなら従来の機械式過給機の方が良い」という代物だった。

 

加えて空冷エンジンを好んだ合州国と異なり、液冷エンジンの採用で正面投影面積を抑えた設計が主流の欧州機は、比較的に速度向上が容易であったことも一因として挙げられるだろう。

当時、各国の航空機デザイナーたちの間では、「空冷エンジンでは時速600キロを超えることは出来ない」というのが半ば定説となっていた。

その不利を知りながら合州国が空冷エンジンに傾倒した背景には、一説には内陸には広大な砂漠が広がる上、液冷エンジンを支えられるだけの技術水準も無い、整備条件が揃わない地域がざらだったという理由がある。

それに比べ、欧州は狭いエリアに列強がひしめき、整備技術も平均的に高かった。これらの条件の違いが、両者のエンジン開発史に影響を与えたと考えられる。

 

ともあれ、こういった事情から合州国は排気タービン技術の開発に真っ向から取り組み、足かけ20年近くを要して、ついに世界一の排気タービン技術を有するに至ったのである。

そこに至る道程は決して楽なものではなかった。

 

 

 

 

――だからこそ、それを帝国に奪われることは断じて避けねばならなかった。

 

 

 

なにしろ、帝国は1910年代中盤以降、それまでの液冷偏重が嘘だったかのように空冷エンジン開発に莫大な国家予算を投じていた。

その技術進歩は目覚ましく、今では空冷星形18気筒を量産しているほど。

 

――10年前まで、液冷V型12気筒を連合王国とどちらが先に実用化するかで鎬を削っていたはずの国が、である。

 

「…いったい何があったのだ?」

 

余談になるが、液冷エンジンには正面投影面積を減らせる代わり、気筒を増やせば増やすほど前後長が長くなって飛行機に搭載しにくくなるという欠点がある。この問題の解決に連合王国は相当な期間を要する――液冷X型24気筒などと言う迷作もその一つ――こととなるのだが、いま問題なのはそこではない。

 

「帝国の技術水準ならば、排気タービンの完品、いや破片だけでも同じものを造れてしまうだろう」

 

これが秋津洲のような後進国相手の戦争だったなら、合州国は特に考えもせず排気タービン搭載機を投入したに相違ない。「鹵獲されたとしても、実用化されるのは10年後だろう」と。

 

 

だが、相手は技術立国として名を馳せる『帝国』である。

先述の空冷エンジン技術の熟成速度から見ても極めて危険な相手であり、しかも連合王国情報部のレポートが正しければ「空冷星形21気筒」なるバケモノまで開発していると来ている。

仮にそれが事実とした場合、帝国は空冷エンジンの技術で合州国に追いつくどころか、追い抜きつつあると認めざるを得ない。この情報に触れた合州国が、当時始まったばかりの『空冷4列28気筒』開発に発破をかけたのは言うまでもない。

 

話を戻せば、そんな帝国が排気タービンを手に入れてしまった場合、何が起こるか。

 

 

「彼らは、我が国の東部まで届く重爆を開発するに違いない。…いや、今まさに手に入れつつある可能性すらある!」

 

 

実態を知る現代の我々から見ると滑稽なことに、この時期、合州国陸軍航空隊は本気で帝国空軍による本土空襲に怯えていた。

『ライトニング』自体、開発の契機は自国の新型4発重爆――後のB-17――だったが、帝国空軍のSB-1の報に触れて開発、量産が急がれた経緯がある。

お世辞にも成功作とは言い難い「37ミリ航空機関砲」が採用されたのも、同じ理由からである。

 

…まぁ、こちらの場合、合州国陸軍工廠の「口径15ミリ以上の火器は『砲』である」との規定に基づき、「大砲の製造公差」に基づいて生産されたのも一因かもしれない。

――察しのいい方なら、この時点でピンと来たことだろう。

そう、大砲レベルの製造公差で造られた部品は、各所に「機関砲として生じてはならないレベルの隙間」を多数発生させ、「弾丸にグリスをべっとり塗らないとまともに作動しない」機関砲に仕上がった。

 

そして当然だが、グリスとて高度1万メートルにもなると凍結する。

「弾丸にべっとりと塗られたグリス」がである。何が起こるかは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

「ともかく、帝国に排気タービンを奪われることだけは、たとえそれが破片であっても避けなければならない」

 

 

かくして、連合王国向けレンドリースに含まれる航空機からは、排気タービンが徹底的に取り除かれた。のみならず、排気タービンに繋がる可能性のある「排気タービン仕様、即ちそのための構造を有するエンジン」が全てオミットされた。

 

これが連合王国空軍を激怒させた『ライトニング事件』、その真相であった。

加えて、この欠陥機が連合王国ポーツマスの港に届いたときには、連合王国本土防空戦は終幕を迎えていた。

帝国空軍がその主力を東部戦線に振り向けた状況で、そんな欠陥品を受け取る道理はなかった。

 

「全キャンセルで」

 

ジョンブル達が鼻息も荒く、そう断言したのは当然の結果だった。

そして連合王国人がいかなる時も忘れない筈のジョークや嫌みが一切含まれていないあたり、この一文には相当な怒りが含まれていたと見てよい。

 

 

そして、その知らせを受けた合州国メーカーも激怒した。

なにしろ、自社が絶対の自信をもって送り出した最新鋭機が、政治か何か知らんが見るも無残な劣化版にさせられたうえ、「欠陥品」のレッテル――事実そうなので返す言葉もない――とともに「受取拒否」という屈辱を味わったのだ。

 

「責任取れや!!」

 

本当にそう言ったのかは不明だが、結局この『劣化版』は合州国陸軍航空隊が自分で引き取ることとなり、その全てが()()()に回された。

…要するに、そのレベルの性能だった。

訓練用としては「前輪式」からくる離着陸時の視界の良さが好評だったとも、無駄に速い着陸速度で不評だったとも伝えられている。

 

 

 

 

 

 

ちなみに、似たような顛末を辿った機体に『コブラ』がある。

こちらはどういう経緯かルーシー連邦に渡り、「戦闘機としては使えないが、襲撃機には使える」という有難いお墨付きを得て、実戦投入を果たすこととなる。

…あるいは帝国空軍が、どこぞの誰かにテコ入れされていなければ、まだ戦闘機として活躍できたかも知れないが。

 

――なお、ここからは余談になるが、戦後、秋津洲皇国陸軍航空隊も本機を「襲撃機」の参考として購入している。その機首に据え付けられた大口径機関砲は、軍関係者は勿論、その後観覧に訪れた一般人の度肝を抜いたという。

なにしろ、当時の秋津洲皇国陸軍戦車部隊で大多数を占めていた『ハ号』の主砲と同一口径の大砲が飛行機に積まれているのである、皇国軍人たちが吃驚仰天し、続けて言われた『欧州基準じゃ、これはもう威力不足だよ』という言葉に色を失ったのは言うまでもない。

 

更に余談の余談で恐縮だが、後年、秋津洲皇国で制作された某アニメーションに登場する「大口径砲を腕に仕込んだ主人公」(それは紛れもなくヤツさ)の名前も、実は同機に由来しているのではないかという話がある。

 

 

 

 

 

 

――コホン、話を戻そう。

 

他にも合州国から連合王国に送られた戦車や装甲車の多くが、現行モデルの一つ前、もしくはそれとの競作に敗れたものだったりしたが、まぁ、こちらについては仕方のないところだった。

 

なにしろ合州国陸軍は建軍以来、『列強同士の殴り合い』に参加した経験が皆無。

当然、その軍備は欧州基準で見ればあまりに貧弱なもので、量はともかく質では帝国に太刀打ちできない、と考えられた。

ゆえに、欧州情勢が緊迫化する中で合州国は戦車――後の『シャーマン』の原型である――をはじめ、欧州に介入するだけの装備の開発、量産に血眼となった。

 

そして当然、装備転換は自国部隊が最優先である。

 

どこかの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()島国が例外なのである。

…なに、あれは自国戦艦のテストモデル?それにどうせ国産化できないだろうから、アフターメンテナンスも含めこっちで握ってしまう心算だった?……なるほど、実にジョンブルらしいやり方だ、実に結構。

 

そんな腹黒多重舌メシマズ国家の話はともかく、新型戦車の製造は急ピッチで進められたが、とてもではないがレンドリースに回せるほどの量はなかった。

『参戦後』の合州国ならば可能だったろうが、当時の合州国は「中立国」。

製造量、生産ラインの切り替えとも「平時にしては頑張った」速度でしか進んでおらず、他国分の製造に取り掛かるのはそれなりの時間が必要だと考えられた。

しかし、レンドリースを受け取る側にそれを待つ余裕はない。そのことはルーシー連邦のロリヤ内務人民委員が語ったとされる、次の言葉に端的に現れている。

 

「我々に必要なのは、明日の重機関銃ではなく、今日の小銃なのだ」

 

かくして、合州国陸軍から放出された中古品、又は型落ち品が各国には届くこととなる。

そのことは受け取り側の政府軍部も十分承知していたが、実際に使う側の兵士からすれば喜べない事だっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

だが、陸戦兵器はともかく、あるいは『ライトニング』以上に連合王国を失望させたのは『超大型旅客機』であったろう。

 

 

その()()()を合州国で視察した連合王国人は驚愕したものだ。

なにせ、排気タービンによって高度3万フィート(約9,000メートル)を悠々と飛び、加えてどのような照準器を使っているのか、その高度からの投弾が極めて精確。

 

「この爆撃――ゲフンゲフン、旅客機が欲しい。凄く欲しい」

 

ハリス司令官のみならず、連合王国空軍爆撃隊のお歴々が揃ってそう願ったのは言うまでもない。それほどの高性能機であり、これがあれば、命中率が悪いことが分かり切っている夜間爆撃に依らず、帝国の中枢を叩けるだろうと。

 

 

 

「…それが、これかね?」

 

 

ようやく届いた新型旅客機『DC17―A』を前に、ハリス司令はそう項垂れた。

『ライトニング』の件で薄々察してはいたのだ。どうせ排気タービンはオミットされるであろうし、それに伴って搭載量と最高速度も減少するだろう、と。

 

果たしてその予想は裏切られなかった。

だが、それにもまして問題だったのは――

 

「…どういう事だ、明後日の場所に着弾したぞ!?」

「分かりません。少なくとも、照準器は届いたものをそのまま使っているのですが…?」

「調整不足か?あちら(合州国本土)では、間違いなく高精度で当たっていたぞ?」

「…それは本当なのですか、閣下?」

「…どういうことだね?」

 

首を傾げるハリス司令に、照準器を確認していた空軍の技術者が告げる。

 

「この照準器、我が軍で使っている物とさして違いがないのですが…」

「なんだと!?」

 

 

 

 

 

――『モルデン照準器』

 

 

それこそが、合州国が終戦直前まで開示しなかった秘密兵器にして、()()()()()()()の心臓部。

 

この照準器の作動原理は以下のとおりである。

爆撃手はこの照準器を起動させたのち、備え付けられた望遠鏡を覗き込んでまずは「機体直下」を測定する。続いて「投下目標」まで望遠鏡のレンズを操作する。

 

…そして、主な作業はこれで終了。

 

聞いて驚け、この照準器にはジャイロコンパスが組み込まれており、爆撃手が機体直下から投下目標まで動かした望遠鏡、そのスライド量で「対地速度」「距離」「高度」などを機械的に計算、計測(!?)。

これに風の影響による機体の向き「偏流角」や「機位」――もし可能ならば目標上空の「風向」「風速」も――を入力すれば、あとは照準器自体が()()()()()()()、なんと()()()()()()する(!!)。

しかもこの装置、爆撃機の自動操縦装置と連動しており、自動操縦装置を作動させた状態で照準機を動作させ、爆撃行程に入ると操縦が爆撃手に移管されるようになっていた。

当時の各国の爆撃照準――照準器を覗き込んだ爆撃手が、口頭で操縦手に「チョイ右」「チョイ左」「そのまま」と指示していた――からすれば恐ろしく進んだ技術である。

 

研究開始が1915年ごろ、量産開始が1922年と言われているが、一つの照準器の開発にこれだけの時間をかけた例は、あまり例がない。

 

当然、機密保持には通常の軍機とは比べ物にならない注意が払われており、爆撃機乗員には「機体外への脱出時、自らの命を代償にしても処分を優先させる」旨の宣誓書にサインすることが求められ、破壊用の手榴弾すら機内に準備されていた。

整備士もまたこの照準器専属のチームが組まれており、彼ら以外の整備士が触れることすら許されていなかった。

 

 

 

――言うまでもなく、帝国の手に渡ることだけはあってはならない逸品である。

 

繰り返すが、当時の合州国は「帝国空軍による本土爆撃」を何よりも恐れていた。

これに『バトル・オブ・ドードーバード』で得られた帝国空軍局地戦闘機「ブリッツ」の情報を加味し、合州国は以下のように判断した。

 

 

「当面、『モルデン照準器』を欧州に持ち込むことは不可能だ。危険すぎる」

 

 

かくして、連合王国空軍期待の「旅客機」は高空を飛ぶことも出来ず、爆撃精度も低い「凡作」へとなり下がった。

 

「…これなら、我が国の『ランカッシャー』で十分。むしろ搭載量はこちらが上だ」

 

ハリス司令がそう結論付けたのは当然のことであり、「合州国製旅客機」の発注は大幅に絞られて、ランカッシャーの数が揃うまでの一時的な配備となることが決定した。

 

 

 

 

――皮肉なことに、合州国大統領の『通告』も、この結論を後押しした。

 

「北大西洋の航行の安全」と「それが脅かされる限り、我が国は『不本意な決定』をせざるを得ない」と語るその宣言に、帝国海軍は通商破壊戦を一時中断。

やせ細っていた連合王国の飛行機メーカーは息を吹き返し、ランカッシャーの配備は当初の見込みを大幅に上回る勢いで進んだ。

 

 

 

「…なるほど、これが『ペンは剣よりも強し』か」

 

 

 

チャーブル首相が()()()()使()()()()()()()()()呟いたのも、役に立たない数百の「受け取り拒否(ライトニング)」と、傑作とは言い難い「旅客機(B-17)」を思えば宜なるかな。

 

結果、増加する一方のレンドリース需要に有頂天になり、更なる生産ラインの増強に取り組んでいた合州国内の航空機メーカーの顔面は蒼白となる。

 

「だ、大丈夫だ。連邦向けに売り込めばまだ――」

 

確かにレンドリースはルーシー連邦向けにも膨大なものが送り出されていた。

――が、こちらについても連合王国同様、あるいはそれ以上の「劣化版」が大多数を占めていたのである。それも、製造ラインをいじる必要があるレベルの。

 

「何故だ!?」

 

なるほど、ローズベルト大統領は少々不安になるほど容共的な人物ではあったが――あるいはそうであったから――、合州国軍首脳陣は、共産主義者に最新鋭兵器を大量に送るなどと言う蛮行に「NO」を貫いた。

 

 

――となれば当然、契約価格、数量とも抑制されたものとなる。

 

 

 

「どうしてくれるんだ!?」

 

 

 

後年、一時『歴史上最大の蹉跌』とまで呼ばれることとなる合州国の参戦。

しかし当時の状況としては、ほかに道は残されていなかった。

 

戦前からあった「帝国脅威論」。

帝国の工業生産力は規格化、合理化によって合州国のそれを脅かしつつあった。

 

「融資先の破産」という恐怖。

レンドリースは膨れ上がり、「全面的な回収(連合王国海外資産総取り)」を以てしても不足する懸念すら生じていた。

 

加えて、国内メーカーからの要請。

『軍産複合体』という用語はまだ生まれてもおらず、左程の力も有してはいなかったが、しかし合州国をして()()()()()()を踏み越えさせる一因となったのは事実である。

 

 

 

 

――だからこそ、このロビーに集まった面々は『凶報』を前にニヤリと笑ったのだ。

 

すなわち――

 

()()()()、ですな?」

「軍からの発注が待ち遠しい限りです」

 

そのときこそ、彼らの『製品』が大いに売れる時。

連合王国がまともな陸上戦力を有していない現状、大陸反攻の主力は合州国陸軍が担うであろうことは容易に想像でき、そしてその需要量は莫大なものとなることが見込まれていた。

 

まさに、「この世の春」。

戦争という一大消費こそ、彼らにとっては最大の利益。

 

「願わくば、帝国軍には程好く頑張って(この戦争には出来るだけ長引いて)もらいたいものです」

「これはまた…、それはさすがに不謹慎でしょう」

「そういうモルゲン殿も顔が笑っていますぞ」

「おっと、こりゃ失敬」

 

なにしろ兵器と言う奴は、平時には全くといって良いほど売れないのだから。

 

 

 

 

彼らに次なる知らせが届いたのは、この数日後のこと。

しかしそれは、彼らが待ち望んでいたものとは全く異なるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知らせの名は、『皇帝崩御』

 

 

 




>空冷エンジンでは時速600キロを越えられない
西暦世界では1930年代に言われていたこと。
日本軍が自国の技術レベルに似合わぬ液冷エンジンにお熱だった遠因はこれじゃないかと筆者は疑っている。


>大砲の製造公差で機関銃を造る/グリスをたっぷり塗らないとまともに作動しない
史実(白目)
正しくは20mm機関砲「AN-M3」で問題になったのですが、まぁ37ミリでも起こっていただろうなと言うことで採用。
もしかして、あの方たちが12.7ミリをやたら使いまくった理由って…(



そして、諸君はこういうに違いない

コ〇ラじゃねーか(ヒュ--ッ)!!」
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