※少し脱線しました、ともいう
統一歴1927年12月31日 午後8時
帝都ベルン郊外 シャルロッテブルク宮殿内
「…そろそろ、かな」
人払いを済ませた離宮の一角で、第四代帝国皇帝ツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルンは呟く。
ここは数多くあったプロイツフェルンの離宮のうち、彼女がついに売却しなかった唯一の宮殿。その理由は――
余の亡骸は、父母や妻の眠るシャルロッテブルクの霊廟に葬って欲しい
「――言われた通りにしましたよ、父上」
そう言って、彼女は霊前に供えたグラスにワインを注ぐ。
生前、体に悪いと主治医から止められ、ベルン王宮の地下で埃をかぶっていたそれは、酒に疎いツェツィーリエでも香しく感じる一品だった。
「…大掛かりな大葬の儀は行えませんでしたからね。当座はこれでお許しください」
その葬儀は、皇帝のそれとは思えぬほどに寂しいものだった。
大戦真っただ中ゆえ致し方なしとは言え、空軍防空隊が帝都上空に張り付き、帝都周辺にあった高射砲部隊の大半がかき集められるなか挙行された大葬礼は、列席者を皇族と一部貴族、一握りの外国大使に絞り、しかも空襲に備えて会場の教会横に避難用装甲車両を待機させる物々しさ。
前例に倣い設けられた一般国民が皇帝に別れを告げるためのスペースも、密集を避けるために教会から道路を挟んだ向かい側の、それも複数の広場に分散して設置する徹底ぶり。また先々代のときは数え切れぬほどあった弔電も、今回はほんの一握り。
「イルドアにイスパニア、フランソワ、合州国くらいだったか…。意外なところでは秋津洲皇国からも来ていましたね」
――秋津洲皇国、参戦。
およそ2週間前に届けられたその知らせだが、実のところ、帝国においては特に重要視されていなかった。
「あんな極東の島国に、欧州まで出張る能力はあるまい」
それが大方の見方であり、当の秋津洲皇国自体、欧州まで派兵する気はさらさらない。
なにせ、当時の秋津洲皇国の状況は悲惨そのもの。
まず、西暦世界と異なり、この世界の秋津洲皇国は極東大戦後の大陸進出に失敗している。
原因は早期に国家体制を整え、諸列強の介入を排除するばかりか、「民族自決」の大義の下、不平等条約の改正に乗り出した「中支民国」。これにより、秋津洲は大陸利権獲得の機会を逸したのである。
加えて、この世界では1914年に世界大戦が勃発していない。
当然、『大戦景気』も起こっておらず、「11億円の債務国から27億円超の債権国」への躍進も果たせる訳がなかった。
要するに、極東大戦以来ずっと国際収支が赤字続きの貧乏国家、それが秋津洲皇国なのだった。
…そして、トドメとばかりに統一歴1920年に首都直下を震源とする大地震が発生。
それは被災者数190万、死者・行方不明者数10万人超、被災家屋31万棟という、秋津洲皇国始まって以来の大災害であり、この国の政治経済は再起不能と思えるほどの大損害を被った。
結局、皇国は極東大戦時に発行した戦時国債の返済の目途が立たない苦境に陥り、震災からの復興についても合州国からの援助――有り体に言って「出資という名の買収」――なくしては立ち行かない状況に陥った。
むしろ、このような状況で皇国が連合王国、合州国の矢の催促をいままでのらりくらりと躱して来たことの方が奇跡だった。
ゆえに、秋津洲大使からの最後通牒、宣戦布告を受け取ったときの外務大臣の反応は――
「…おや、まだ受け取っていませんでしたか」
それほどまでに、ここ10年の秋津洲皇国は窮していた。
ご自慢の連合艦隊さえ5年前に解散。旧式艦を売り払い、陸軍と共に『粛軍』と呼ばれる規模の人員整理を断行したほど。
当然、欧州まで出兵することなど不可能に近く、おそらくは太平洋に広がる帝国海外領の接収が主な「受託業務」になるだろう。
「にもかかわらず、イルドアに言付けて弔電を送ってくるとは…。なんとも律義なことで」
流石、西暦世界においてもルーズベルト大統領の死に際し、弔意を表した国だけのことはある。…少なくとも、魑魅魍魎の跋扈する欧州の感覚では「信じられない」行動だろう。
「――とはいえ、それはそれ、これはこれ。秋津洲には南洋諸島でのゲリラ戦で苦戦してもらいましょうかね」
そう言って、彼女はあくどい笑みをこぼす。
『南洋帝国植民地にあっては長期持久戦を展開し、敵兵力の誘引に努めるべし』
それが、帝国がかの地の植民地に発した命令。
なにしろ帝国本土からの増援が不可能――途中のインデ洋で輸送船もろとも海に沈むのがオチだろう――なのだ。そして植民地警備兵ごときで敵正規軍に勝てるなど幻想にも程があるというもの。
ならば、いっそ最初から正規戦を放棄してゲリラ戦を展開し、敵の体力と戦意を削いでいく方が賢明なやり方と言えた。
「そしてあの国は東洋唯一の、そして有色人種として唯一『文明国』と認められたことを誇りとしている。西暦世界の日本と同じように、彼らは『非文明国』のレッテルを何よりも恐れる」
――である以上。
「『戦時国際法』を彼らは絶対に破ることが出来ない。そう、彼らは間違いなく『捕虜を適切に』取り扱うだろう」
薄暗い空間に、ツェツィーリエの悪人面が浮かぶ。
「あの地域の帝国軍人、軍属はいったいどれほどだったかな。まぁ良い、その全員の衣食住確保、せいぜい頑張ってくれたまえ」
――『文明国』なら、それくらいできて当然だろう?
『帝国本土が扶養できない帝国人を、秋津洲に養ってもらう』
それを聞いたゼートゥーアが何故か絶句していたが、彼女に言わせれば別段おかしなことは言っていない。
――正規戦が不可能な以上、ゲリラ戦を展開するのは当然。
お誂え向きに帝国領南洋諸島最大の島、資源産出地でもあるニューギニー島には密林と山岳地帯が広がっており、年単位の持久戦すら可能だろう。
よしんば秋津洲が放置しようとしても、そうは問屋が卸さない。…そう、その時は島の南東部に広がる連合王国領にちょっかいを出せばよい。さすれば、彼らは秋津洲本土から遥か4,000キロ彼方にあろうがあるまいが、この島に兵力を派遣せざるを得ないだろう。
――そして、捕まる時
――そして『文明国』たるもの、戦時国際法は順守して当然。
つまり「降伏者及び捕獲者は、これを捕虜としてあらゆる暴力、脅迫、侮辱、好奇心から保護されて
「ま、これでも欧州大戦に本格参加するよりはマシだろう。前世の生国に対するささやかな
そう嘯いて、霊廟の前にどっかりと腰を下ろした新皇帝は、手元のグラスに水を注ぐ。
「…そう言えば、私が下戸なこともあって、とうとう親子で酒を酌み交わすこともありませんでしたね…」
いやはや、重ね重ね親不孝者だな、と彼女は苦笑する。
「貴族連中とは反りが悪い、社交界にはほとんど顔を出さない、結婚相手も決まってない、当然ながら世継ぎが生まれる気配もない…。フム、いっそ清々しいまでの親不孝者ですな」
――だが、それよりもっと酷いことがある。それは…
「――この戦、帝国の負けでしょう」
――前世の知識から、彼女自身が既にそう確信してしまっていること。
「西暦ドイツは2度敗れた。…中欧帝国プラスアルファ仕様の『帝国』ならばあるいは…、と思った時期もあったが、如何せん、敵が悪すぎる」
誰もいない空間だからこそ、誰憚ることなく彼女は呟き続ける。
「西に連合王国、東にルーシー連邦。どちらも帝国の能力では屈服させることは不可能」
帝国陸軍が精強無比と言えど、強大なロイヤルネイビーに守られたアルビオン島への上陸は無謀の極み。よしんば何らかの奇跡が起こって第一波上陸に成功したとしても、補給が続かず立ち枯れするのは明白。
ルーシー連邦の場合、その広大な国土が史上空前の「縦深」となって帝国軍の前に立ちはだかる。
運がよければモスコーまでは辿り着けるやもしれぬ。…だが、連中が東に首都機能を移転させ、戦争を継続する可能性は十分。否、モスコー周辺の大工業地帯のウラル疎開を成し遂げてしまった連中のことだ、必ずやるに相違ない。
「…いや、それ以前の問題か」
――帝国は事実上、一国で世界と戦争をしている。
いかに帝国軍が精強と言えど、そもそも外交と政治で失敗しているのだ。一人で五人を倒せる戦士だって、六人と戦えば勝てなくなるのは自明の理。
むしろ、その様な条件下でここまで粘る帝国軍が驚異なのだ。
帝国人が無邪気に待ち望んでいるような『勝利』の可能性は皆無である。
「しかも、
何しろ、ここは1914年に大戦の勃発しなかった欧州なのだ。
一応、対策として第一次大戦では不十分だった『通商破壊戦』を大規模に、それも第二次大戦仕様でやっては見たが…。
「太平洋戦線は無いから、合州国はその総力を挙げてこっちに来るだろう。…いやはや、嫌になってしまうね」
そしてルーシー革命が完了している以上、当然『ブレスト=リトフスク条約』の芽はない。すなわち東部戦線は底なし沼のまま、カイザーシュラハトは夢のまた夢。
幸いというべきか、今の帝国に西部防空戦はあっても『西部戦線』は無いが、それも時間の問題だろう。
「――いずれ、合州国は海を渡る」
今は連合王国への通商破壊戦、空襲を口実にせんと目論んでいるかの国だが、仮に帝国が我慢したところで状況は好転するまい。
「いずれは連邦領内での戦闘も、やり玉にあげるだろう。無辜の民間人が戦闘に巻き込まれているとでも言って、『即時の戦闘停止と開戦前国境への回帰』を要求するに違いない」
そして、現状では優位に戦闘を進めている帝国が、帝国世論がそれを認める訳がない。
『帝国、それは勝利である』
建国以来続いてきた、続いてしまったその
「どう転んでも合州国の介入は不可避」
駐合州国大使、駐在武官らからの報告は、その一点については完全に一致している。
――連中は、参戦の大義名分を探している、と。
「そうなれば、帝国の未来は3つしかない」
西から来た新大陸人に呑み込まれるか、東のコミュニストに食われるか、あるいは両者によって
「いずれにせよ、鉄の嵐がやってくるわけだ。…ふむ」
そこでツェツィーリエは腕組みをして考え込む。気になるな、と。
「『帝国は外から攻め滅ぼされた』のか、それとも『内から滅んだ』のか。後世の史家はどう評価するのだろうな」
『強大すぎる外敵』と『勝利以外受け付けない国民』。
合州国の助力を得た――最近は「連合国」と名乗り始めた――同盟国は帝国の望む「着地点」を断固拒否するであろうし、帝国国民は生半可な勝利では納得しないだろう。
これほどの血を流したのだ、と。
犠牲に見合う結果を寄越せ、と。
それは至極当然の要求である。
何故なら女たちは夫や子を戦地に送り出し、いつ来るやもしれぬ『通知』に怯えながら昼間は軍需工場で、あるいは軍の無線施設で働いている。
徴兵前の少年たちは『防空補助員』として高射砲弾の運搬、その他補助にあたる。
年頃の少女たちだって、今や学校の授業もそこそこに、『勤労奉仕』に汗を流していることだろう。
そして可処分所得のある者は「買わなければ非国民」とばかり、戦時国債を買い求めて列をなす。
――それが帝国の現状。
街並みに戦前の華やかさはなく、あるのはただ客足の遠のいた商店主、露天商の嘆きばかり。
「戦い続ければ戦い続けるほど『帝国』はジリ貧になり、対する連合国は合州国を中心に強化される。…いやはや、どこかで見たような流れだな」
行き着く先は『敗北』の二文字。
「実に模範的な歴史教科書じゃないか、『多正面戦争とは自殺行為である』。…問題は、それが現在進行形で我が帝国に降りかかっていることだ」
現時点で、それを実感している帝国人は絶無に等しい。
下手をすると、ターニャを除けばゼートゥーアくらいしか居ないに違いない。
ルーデルドルフら高級幕僚も、あるいは頭では分かっていても「勝利」を求めて足掻き続けるに相違なし。
何しろ帝国の参謀将校は「勝利」だけを求めるように教育され、錬成されている。種銭が無くなったとしても、彼らは無理やりそれを絞り出して戦い続けるに相違ない。
さながら一億玉砕、本土決戦を叫び、国民義勇戦闘隊を組織したどこぞの島国のように。
「まぁ、『帝国』の歴史を鑑みれば今回が例外なのだがな…。いやはや、先達たちは余程戦争がお上手だったか…、いや、『外交』上手がいたからか」
その脳裏に浮かぶのは、初代皇帝の覇業を支えた名宰相。
無論、あれほどの外交上手がそう何人もいたとは思えないし、いたならば現下のような無様は晒してはいまい。
だが、それでも『なんとか勝てるライン』を見極める人間はいたのだろう。そうでなければ、とうの昔に帝国は滅んでいたはずだ。
「翻って今はどうだ」
ツェツィーリエとしては苦笑するほかない。
現在の帝国軍のドクトリンは『内線戦略』、つまり国土防衛に特化され、洗練されすぎている。
『敵地に踏み込んで勝つ』ことを、ハナから放棄した――地政学的にそうせざるをえなかった――軍隊。それが三代皇帝治下の帝国軍だった。
そして『外交』はというと…、端的に言って、勝利に慣れ過ぎていた。
彼らの外交は平時においては「社交」、有事においては「戦勝国の戦後処理」。
そうでなければ、
「少しは軍以外にも口出しするべきだったか…?いや、しかしなあ…」
お忘れの方も多いだろうが、彼女の前世は『歴史学者』。
具体的には一応アパートに住民票は置いていたけれど、最長で一か月間大学構内から一歩も出なかった(ただし、資料調査と学会発表を除く)伝説を有する『ヌシ』
当然、社会経験や社交経験など絶無――学会後の懇親会? キミ、あれは質疑応答の続き(調査不十分と思しき箇所を、酔ったふりしてにこやかに突つく)だよ?――に等しく、それで問題ないと考える神経の持ち主。
実のところ、彼女が知人に『皇帝機関説』をぶち上げた本心は――
「政治なんて丸投げして、歴史研究と兵器開発に没頭したい」
「皇帝は機関だ。つまり、
――ひとえに、そのための大義名分づくりに尽きる。
……この世界の美〇部教授は泣いて良い。
まさか欽定憲法下での民主政治実現のための理論武装が、仕事をサボタージュする口実に転用されるなど、一体どこの人間が考え着くだろうか!
いや、『天皇機関説』をサボりの理論に転用する方がおかしいのだ。
ちなみに、言うまでもないことだが周囲はそうは思っていない。
むしろ彼女がさっさと楽隠居したいがため、そして元日本人らしい「隠居する前に、多少は仕事もしないとね」という感覚から
これもまた、彼女の社会経験不足――ただし、質疑応答を乗り切るために『自信があるようなスマイル』と『余裕がある風に見せる態度』だけは無駄に上手――が一因と言えた。
そんな彼女にとって、「歴史」でも「ミリタリー」でもない分野の人間との会話は、いささかハードルが高かった。
身も蓋もない言い方をすれば、面倒くさかった。
縁談の話など、彼女にとってはもはや異世界の猥談に等しい「ナニカ」だった。
ゆえに戦争の足音が目前に迫る1910年代後半まで、彼女が政治や経済に関して、軍事や歴史に比べておざなりだったことは紛れもない事実。
そもそも前世は一般庶民の彼女に、『皇帝』になる意欲がどれほどあったかは疑問が残る。あるいは、彼女にとって、皇帝になる唯一のメリットは「ぼくのかんがえたさいきょうの(以下略)」が実現できるという、ただその一点に集約されていたかも知れない。
唯一、経済に関わることで彼女の残した例外に『規格』の統一がある。
しかし、これにしても正確には――
――ある日の皇女ツェツィーリエ、「財務官僚に毎度小言を言われて癪なので、武器をより安く、かつ大量生産出来る方法を導入しよう」と『武器規格の統一に関する一考察』を書き上げる。
…が、これを真面目なお役所文書にするのは、とてもとても面倒に思えた。
どうしたものかとしばし悩んだ彼女だったが、ちょうどそこに彼女の恩師、ハンス・フォン・ゼートゥーア准将(当時は戦務局兵站統監部所属)が通りがかり、一言。
「ふむ。若い連中の事務能力訓練に使ってみてはどうですかな?」
かくて、当時戦務局に勤めていた若手将校に、皇女殿下のアイディア(殴り書き)を真っ当な書式にして、かつ参考資料も添付するというゼートゥーア准将の『教育的指導』(自称)が実施されることとなる。
「…どうしてこうなった?」
そう嘆く将校たちだったが、忘れるなかれ、彼らとて参謀本部勤務のエリートなのである。
口では文句を言いながら、しかし「財務官僚にぎゃふんといわせたい」という点においては全く同感だったこともあり、彼らは見事『武器規格統一令(案)』をまとめ上げた。
――まとめ上げてしまったのである。
そして、出来あがったそれは速やかに皇女殿下に奉呈され、半日も経たぬうちに御名御璽がなされて公布の運びとなる。
…皇帝陛下が入院中なのに、なんでそんなに早いのかって?
君、それは
かくして導入された『武器規格』だが、案の定というべきか、製造メーカーからははじめ不評だった。
さもありなん。ここは技術の国、ライヒ。
メーカーは揃って『独自性』『革新性』を競う気風が強く、規格の統一など、むしろ独自性を阻害する害悪にすら思われたのである。最初はぶぅぶぅ言いながらもそれに従ったメーカーだが、暫くしてその有用性に気付く。
「部品が安く手に入るな」
「おお、ネジが…ネジが使いまわせる!!」
「ナットが合うとか合わないとか、設計のときにいちいち気にしなくて済む!」
「「「使えるじゃないか!!」」」
繰り返すが、ここは技術の国、ライヒ。
海のモノとも山のモノとも知れぬ珍開発には冷淡な者も多い*1が、逆を言えば『使えるテクニック』には目の無い連中が揃っていた。
ゆえに――
「「「他の分野にも使おう!」」」
その結論に行き着くのは至極当然のことであり、後の『ライヒ標準規格』の芽はこの時、
――要するに、そこまで狙ってなかった。
他にも彼女のやったことは、その多くが「自分の趣味と実益」に従ったもの。
しかし、何度でも言うが彼女は元歴史学者。
当然、その趣味と実益を兼ね揃える『アイディア』のほとんどは「西暦世界の歴史知識」を援用したもの。言い換えれば「成功事例のコピー」。
結果、正真正銘好き勝手にやっているだけなのに、「なぜか上手く行く」。
かくして、誰も気づかぬままに事態は悪化する。
なにしろ『即位したら、即効丸投げして隠居する気満々』な皇太女殿下と、『この方ならば帝国も安泰』と無邪気に喜ぶ官僚である。
順調に進んでいると見せて、その実、自分たちが進む道の先に何があるのか、真剣に覗き込んだ者はなかった。
そしてツェツィーリエが気付いたとき、その道の先にあったものは――
「『敗北を抱きしめて』か。…全く、どうして元歴史学者の私がそれをせにゃならんのだ」
彼女はぼやくが、しかし、元歴史学者だからこそ見えるものもある。
「第三帝国亡き後、世界がどうなったか。――やはり、
その場をぐるぐると歩き回りながら一頻り呟いたのち、父祖の祖廟に向き直るツェツィーリエ。
――実のところ、策はあるのだ。
およそまともとは言い難い、それこそ『帝国を薪にする』策ならば。
ゆえに、
「『帝国』は、私の代で仕舞いだろう」
――しかし、彼女はこう考える。
『帝国』に拘泥するからこそ制約が増えるのだ、と。
その大前提をひっくり返してしまえば、色々と
何より前世は一介の庶民だったツェツィーリエである。無駄に重たくなった『帝冠』なんぞ、本音をいえばこの場で捨てたい代物。
「それが出来れば苦労はしないが…、ま、今更下りるわけにも行くまい」
帝国は、既に取り返しがつかないほどの大量出血を起こしている。
あるいは、それが純粋な『費用』の話だったならば、どこかで「損切り」の話も出来たかもしれない。
――だが、現実に帝国が失ったのは『兵士』。すなわち、『人命』。
勝利信仰と相まって、それは帝国人に不退転の決意を固めさせるには十分すぎた。
――喪われた命は帰らない。
――彼らが命を懸けたものは、何が何でも守らなければならない。
そんな中で勝てないという「現実」は、「勝利」という夢に酔っている帝国人には劇薬に過ぎる。事と次第では、帝国政府は国民という地雷原の上をのたうち回ることになる。
だが、そうと知っていてなお、四代皇帝ツェツィーリエはにっこりと嗤う。
「今は私が『皇帝』――つまり、好きなようにやって良いわけだ」
時に、統一歴1927年12月31日 帝国標準時午後8時30分。
「これからが本番だよ、
ツェツィーリエ:前世知識を有効利用して、紅茶片手に趣味の歴史研究を謳歌しようとした賢人(自称
…どっかで見たような設定だな?
※以下、一部筆者の経験談が混じっていることをご了承ください。
①人づきあいが面倒
…特に論文締め切りが近い時など、トイレに行くことすらタイムロスに思えてきます。――ゆえに〇瓶が最強(おい淑女
会食なんて以ての外です
②一か月間大学構内から一歩も出なかった(ただし、資料調査と学会発表を除く)伝説を有する『ヌシ』の一人
…こういう人が普通に居るのが「普通」だと思ってた時期がありました。
なお、気付いた瞬間「やべえ、このままだとシャバに戻れなくなる!!(院生研究室籠り2週目突入の淑女)」と愕然となった模様。
――ああ、ご安心ください。今はちゃんとシャバに戻って来てますし、毎日お風呂に入ってますよ(…ん?