「ふぅ……これで今日受けた依頼は終わりだな」
「はい~。お疲れ様です~」
時刻は18時。ある男がよろず屋にて依頼完了の声を上げていた。
「今日も中々やり応えのある依頼ばかりだったな。毎度助かる、シェロカルテ」
「いえいえ~。貴方にはいつもお世話になってますよ~」
シェロカルテと呼ばれたハーヴィンの女性は、常に絶やすことのない笑顔を浮かべて男に何かの入った袋を手渡す。男が受け取った瞬間、袋からチャリンという音がした。どうやら依頼の報酬らしい。
「ありがとう。こちらこそ世話になっている。して、何か新しい茶葉は入っているか?」
「実はですね~、貴方のクッキーに合いそうなものが手に入りまして~。今回は特別価格でお売りいたしますが、どうでしょう~?」
そう言って彼女は、そばにあった紙袋を指さす。袋には、数日前に入荷されたことを示す札が付いていた。なるほど確かにそうらしい。値段を見ると5000ルピだった。
「どれくらい値引きされるんだ?」
「うぷぷ~、なんと定価5000ルピのところを3500ルピにしちゃいます~」
単純計算で3割引きである。これが100、200なら大したことないと思うが、この価格でのこの値引きは破格だ。それだけ男の日ごろの振る舞いが良いのだろう。
「せっかくだから2つほど頂こうか」
「毎度あり~」
チャリーン
彼は7000ルピを彼女に渡す。商人とは信用が命であるから、こうやって彼女もうまくやってきたのだろう。
「では、また明日」
二つの紙袋を受け取った男は、よろず屋を立ち去ろうとする。
「私もまた貴方のところに伺いますね~、シュウさん」
「ああ、是非来てくれ。いつでも待っているさ」
そう、この男、名をシュウと呼ぶ。
濃紺の着流しに下駄を履き、二本の刀を腰に佩いている東国戦士である。
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シュウは日中は騎空団の一員として依頼をこなしているが、彼には別の顔があった。
よろず屋から彼の所属する団の騎空艇、グランサイファーに戻った彼。
「おお、着流しの兄ちゃんおかえりだぜ!」
「シュウさんお帰りなさい!」
「ただいま、ビィ、ルリア」
同じ騎空団の仲間であるビィやルリアにただいまの挨拶を済ませ、足早に食堂へと向かう。彼はいつも依頼を終わらせると真っ先に晩御飯を食べに行くのだ。
食堂に着いた彼が中に入ると、丁度厨房では三人のエルーン男がせっせと料理を作っていた。
「ただいま、ローアイン、エルセム、トモイ」
シュウが三人の名前をそれぞれ呼びかけると、エルーン男たちは揃った動きで彼の方を向いた。
「お、シュウさんおかえりーっす。もうちょっとでシーメー出来るんでその辺座っといてください」
「今日のはいつもとは一癖二癖、いや三癖も違うヤババババババババハムートなやつなんで楽しみにしてていっすよ!」
「俺たち三人のKBSN料理、とくと味わってくだせえっす!」
この三人、口調こそ特異だが、根は真面目でグランサイファーきっての料理人である。そんな彼らの作るものは暑くても冷めても美味。シュウもこの三人が担当のときは少し気分が高揚するのだ。
「ありがとう、楽しみにしているよ」
どの担当のときでもそうだが、シュウは他の団員とは異なったタイミングで晩御飯を取る。それには彼の持つもう一つの顔が関係していた。そしてそれに関しては団長の了解を得ているのでこうして一人だけ早めの食事をしているわけであった。
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「ごちそうさま。美味しかったよ」
「そう言われると料理人冥利に尽きるっす」
晩御飯を終えて、食器をキッチンのシンクに片付けるシュウ。もちろん褒め言葉も忘れない。それがマナーであり彼の信条なのだから。
ローアインたちも自分たちの料理を美味しく食べてもらって嬉しそうだ。
「じゃあ、俺はこれで」
「ウッス」
そう告げて彼は食堂を出る。
そんな彼を、ローアイン三人組は不思議そうに見つめていた。もちろん食器洗いをしながらだが。
「シュウさんていっつもチョッパヤでシーメー済ませるよな」
「いっつも何やってんだろ。やっぱ鍛錬とかかなー」
「マジデジマ?やっぱシュウさんパねえわ」
他の団員にとってシュウという男は謎に包まれているのである。
*********
さて、そのミステリアスを貫く(ように周りからは見えている)シュウは、グランサイファーをどんどん奥に進んでいき、とある部屋へと入っていく。その部屋には「特別休憩室」というプレートが掲げられていた。
「ふぅ、やっぱりここが一番落ち着くな」
八畳ほどの広さの部屋には調理場や窓、窓辺に椅子が二つほどあり、さらに扉が三つ、赤色のプレートがあるもの、青色のそれがあるもの、「シュウ」と書かれたプレートがつるされているものが見受けられる。
部屋の中央には大きな丸机と椅子が四つほどあった。
「さあて、着替えますか。相応しい服に」
シュウはこの「特別休憩室(通称『特休』)」の第一利用者であり、主的ポジションである。
彼はいきなり着流しを脱ぎ捨て刀を下ろし、同じ濃紺のの布を取り出した。そのまま流れ作業のように着る彼。
「この緩さがいいんだよな。ここではこの服じゃないと」
ジャージと呼ばれるものである。よろず屋に特別に作らせたらしい。
そのまま彼は調理場に向かい、買ってきた茶葉を置いた。次いで戸棚や冷蔵室からいくつかの材料を取り出す。
「今日もおいしく作ろうか」
*********
彼が作業していると、不意に出入り口の扉が開かれた。そして一人の女性が入ってくる。
「邪魔をするよ、シュウ」
その女性は、シュウが部屋にいることを認識した瞬間顔を少し綻ばせた。
「邪魔なんてとんでもない、何も言わずに入ってきてくれて構わないよ、ジャンヌ」
ジャンヌ。本名ジャンヌダルク。光属性を得意とする戦場の聖乙女だ。彼女もまた、この「特別休憩室」の利用者である。
「君の言う通りだが、癖が抜けなくてな」
そう言いながらも、彼女は迷いなく赤色の扉に向かい、十分ほどで出てきた。
「おまたせ、シュウ。もうほとんど出来上がっているようだな」
「ああ。ジャンヌ、なかなかジャージ姿が板についてきたじゃないか」
ただし、彼女は赤色のジャージを身に着けていた。前を閉めているシュウと違って、彼女はフリルのついたかわいらしいシャツが見えるよう前を開けている。
「そう言ってもらえるとありがたいな」
「そうか。ところでもうそろそろ出来上がるぞ」
「わかった」
ツーと言えばカー、とでも言うべきか、少しの言葉で自身のやることを把握したジャンヌ。戸棚からカップ数個と皿を取り出していくその姿からは、既に何回もこの動作を行ってきたことを窺わせた。
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「それにしてもジャンヌ、紅茶の淹れ方も随分様になってきたな。俺のよりも美味しいかもしれない」
カップに淹れられた紅茶を飲みながら話すシュウ。二人は中央の丸机に向かい合って座っている。
「いや、シュウの淹れるものには負けるよ」
「そうか?手順は教えたはずだろう」
「菓子作りもそうだが、経験の差が表れるのだろうよ。そう言えば今日の紅茶はなんだかクッキーととても合う気がするんだが、もしかして新しい種か?」
クッキー。そう、彼はクッキーを作っていたのだ。しかもバターを使ったもの。ジャンヌの好物であるが故に彼女はシュウの作るクッキーをとても好いているのである。
「お、よく気が付いたな。シェロさんがつい最近入荷したというものだから、つい買ってしまったよ。俺も飲むのはこれが最初だが、結構美味しいものだな」
こうしてシュウとジャンヌの緩く甘い時間は、実に23時まで続く。
これは、二人が憩うこの場所に、漂う菓子の匂いに惹かれた様々な団員たちが時に遊びに、時に憩いに来る、ゆるゆるな物語である。
次回からはシュウ視点になります。
シェロカルテを相手にするときは呼び捨てにしていますが、心の中や彼女がいないときは尊敬を込めてシェロさん呼びにしているシュウ君です。